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ジュネーブから帰って東京で習った先生は、I先生。二人目の子供が生まれるまで大きなお腹を抱えて通い、生まれてからは、主人の両親にこどもを預けたり、託児所に子供を預けたりしながら、師範の免状をいただのでした。このときに基礎を徹底的に習ったおかげで今のわたしがあるといっても過言ではない。習っているときには、厳しいなあと思ったのだけれど、人に教えるようになった今、やってよかったとつくづく思う。このお免状がいただけてからすぐにParisへ。Eliane Boulogne支部長のお手伝いをすることに。そのころ、いけばなは、フランスにある程度浸透していたものの、みんなが知っているという今のレベルほどではなかった。しかしながら、Parisの草月は、Elianeのご主人が、4区の区役所にお勤めだったこともあって、2年に一回、草月展をすることが恒例となっていた。会場作りの人たち、展示のテーブル、キューブ、そしてついたて、照明、すべてがそろっていて、しかもそれをセッティングしてくれる人たちがいる。これは、外国では、すごいこと。また、いけばなインターが、12区の区役所で、いけばな展、Jalの主催でいけばなの展示を毎年、Versailleで行ってもいましたし、Vincenneの森で3流派の展示とデモなど、フランスにおける日本年に向け、いろいろなイベントも。行った頃は、本当にイベントだらけでした。草月としても創流70周年記念の展示もありました。これについては、シラク大統領の選挙があって、急遽、4区の区役所が会場として使えなくなり、大慌て。もう、だめもとで、Bagatelle公園の会場の問い合わせをしたところ、草月の実績が功を奏したのか快くOK。Bagatelle公園は、バラが素晴らしいので有名。ヨーロピアンフラワーアレンジメントのコンクールがあることでも知られています。困った支部長から相談を受けたときに、Bagatelleをもちだしたのは、ヨーロッパのアレンジメントに会場を貸してくれるなら、日本のいけばなにも会場を貸してくれるのではないかという思いがあったから。そして、支部長とBagatelleにお願いに行ったら、今展示している日本庭園のことなのだが、、、と相談を受ける。なんと、日本庭園の展示をしたところ、おこった庭師たちが、Bagatelleの花をみんな抜いてしまったという。フランスの庭園で、なんで、日本の庭園の展示をするんだというわけ。しかも、大使がオープニングに来てくださらなかったらしい。そんなこともあり、われわれの草月70周年の展示をするときに、日本庭園の方にも大使に来ていただけないだろうかと。意外なところに落とし穴は、あるものだと思ったけれど、それは、事前にどのようなものかということを庭師たちに言わなかったBagatelle側のミスだし、官僚と現場がうまくゆかないとこういうイベントは、絶対うまく行かない。話が通じなくなるのだ。案の定、庭師たちは怒ってストライキ。険悪なムード。こうなったら、どのように違うのかわかってもらうしかないのだから、庭師たちに見てもらってはどうだろうか?と提案する。そして、国と国との友好の年があることの説明などをしてみるなど。草月のいけばな展の時に、彼らにも来てもらい、見てもらう、友好を深めるというわけだ。もちろん、日本庭園のほうも見て、いかに違うのか納得してもらうしかない。このような感情のこじれは、言葉でいろいろというよりも、見てもらうのが一番早いし、大切にされなかったと思った場合はなおさらである。当時の大使は、国連大使のM大使。お花が大好きな大使で、Elianeの花が大好きだった。もちろん、オープニングには、喜んで参加してくださった。日本庭園も、ご覧になったし。そして、70周年の創流祭は、5000人を超す人を記録。(毎日1000人の入場者。Bagatelleという場所もよかったのでしょうね。)大成功でした。つづく
2008.01.30
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パリに行っていたので、火曜日から今週は、スタートです。花市場に行ったら梅が出ていました。早速、このうすピンクと白の梅を購入。アネモネとビバーナムをあわせてみました。スイスからNさんも加わって楽しいお稽古でした。元気で、良い一週間を!
2008.01.30
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この記事を書こうとして、書いたかと思うと消えるという不思議な現象がおき、今度で、3度目のトライ。書くぞ~。知る人ぞ知る、東福寺。さつきの美しい季節でもなく、紅葉の季節でもない、お正月にこのお寺に来ている人は、皆無かと思いきや、意外に人がいる。しかし、お目当ての枯山水のお庭は、1月3日までFerme...残念。しかし、せっかくきたのだからという主人の促しに、もう一つのお庭にGO! きっと、このお庭は、秋に来るとすごいのでしょうね。ここで、写真を取る人が多かった。このような、紅葉谷の美意識は、日本ならでは、だと思う。紅葉の葉っぱの無い、枯れた風景でも、すばらしい景色。ここは、きっと四季折々に美しいのでしょうね。初夏の新緑、秋のもみじの紅葉、冬枯れも美しい。散歩道が作ってあり、富士山の散歩道を連想してしまった。この後、三十三間堂へ。写真でしか見たことのなかった木彫りの彫刻のすばらしさ。躍動感は、大理石のものとは、ぜんぜん違う印象です。あらためて、日本人って、芸術的才能がすぐれていると思いました。繊細なのでしょうね。自分は、日本人にうまれてよかったと思いました。どっぷり日本に漬かった一時帰国でした。
2008.01.26
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やっと、日常がもどってきました。花だらけの生活?になりました。先週は、写真を取るのも忘れ、研修や3月のミーティング、子供の学校などなど、死にそうでしたが、今週になって、なんだかばたばたっと用事が済み、心配していたParis行きもGO!その前に、やっと花の写真がアップできそう。この最後の枝の名前が不明です。黄色の花ですが、小さい花の集合のようになっています。来週、Parisから戻ったら、調べます。いってきま~す。
2008.01.25
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ジュネーブから日本に帰って、主人が、転職し、金融関係の会社になりました。二人目の男の子も誕生。仕事をしようと思っていた矢先だったので、迷いましたが、外務省時代と違って、民間になったため、いろいろなしがらみがない。晴れて自由。いろいろなことが気にしないでできます。出産前から、大きなお腹を抱え、カルチャースクールで草月流をもう一度やり直し。草月流の師範の段階は、すごく細かく分かれていて、下の子供を主人の両親に預けたり、託児所に預けたりしながら、やっとお免状を貰いました。そのように平和な日々も、パリに行くという辞令がでるまで。またまた、パリへ。(この話は、つづく)いけばなのアップをしていないまま。先週は、Go!後で、アップします。
2008.01.21
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草月流のテキストブックは、4冊ありますが、この4月より新テキストブックが、登場します。今は、その新テキストブックへの移行のとき。新テキストブックのセッションに先週は、明け暮れました。今週も、セッション、がんばるぞ~。さて、話は、大学の4年に戻ります。草月流を始めた私は、その頃、フランス語もやっていて、フランスに行ってみたいと思うようになります。そして、大学が終わる頃には、教師よりも何か違うことをやってみたいと思うようになりました。東京都の教職の試験は、受かっていたのですが、面接を受ける頃には、教育実習を受けて、学校というものが思っていた世界とあまりにも違っていて、自分が進む道は、これではないという気持ちになっていました。そこで、なにが自分がしたいのだろうと、とりあえず、お花とフランス語は続けつつ、フランスの会社でアルバイトを始めます。そして夏休み。アテネフランセのフランスの語学研修で、フランスへ。今までやっていたフランス語が、まったく通じない。それもそのはず、南仏、しかもプロバンスですもの。あまりにも強いアクセントに、もうなすすべも無い。しかし、こうなれば、思いっきり楽しむしかないので、できるだけ旅行をする、フランス料理を食べる、おいしいワインを飲むということに徹しました。(良い子は、まねをしないようにね。)さあそれからが大変。日本に帰ってきても、フランスのことばかり考えてしまう。フランス料理も日本で、習っていましたが、装飾、ディスプレーなどが、いけばなでできるとおもしろいだろうなあと、おもうようになったのです。猪年ですから、猪突猛進、気がつけば、パリ。パリの話は、また後で。南仏で出会った主人と象牙海岸のアビジャンで結婚した私を待っていたのは、外務省夫人という身分。そして、そのころは、公邸にお花を活けることは、必至。いまは、そのようなお花当番というものが、なくなったようですが、当時は、公邸にお客様がいらっしゃるときは、お花をみんなで活けていたのです。懐かしい思い出となってしまいましたが、イボワールホテルでのレセプション(キッコウマン主催だったような)でのいけばな。ここでは、剣山がなくなってしまい、びっくりしました。剣山は、珍しかったのでしょうね。この国では、蘭や、観賞用のミニパイナップルを栽培しているFermがあり、南国の花は、すごく容易にもとめられますが、バラなどは、輸入物ですから、冷蔵庫に入っていて、値段もすごく高いので、いきおい、南国の花ばかりをいけることに。マンゴーの枝を切ってもらっていけたりもしましたっけ。さて、そんなこんなで、出産で日本に一時帰国をしている間に、主人は、ジュネーブへ移動。ここでも、お花当番があります。お花屋さんの前に集合して、みんなでお花を買い、ベルソワの公邸へ、Go! いろいろなことがありましたが、いけばなをまったくやったことの無い人が多いので、びっくりでした。自分は、きっかけがあって、当たり前のように思っていたことがそうではないということで、いろいろとつらい気持ちになったこともありました。今思うと、若かったのでしょう。今思うと、たいしたことではないにもかかわらず、当時は、かなり悩みました。と、まあこのように、思いもしないところで、生活に密着して、?役に立ったいけばなだったわけです。つづく。
2008.01.20
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よく、人からどうしていけばなを始めたのですか?という質問をうけますが、草月流をはじめたのは、大学の4年生のときにやっていた真砂図書館でのアルバイトで、知り合った服部ゆみこさんのおかげです。白山の小野先生のお稽古に連れて行ってもらったときに、カルチャーショックを受けたといっても過言では、ありません。畳のお部屋に、ずらっと並んだ机、みんな立って、一心不乱にいけている姿は、壮観でした。お嫁さんも内田圭水先生と二人の先生のいる教室でした。お手伝いのちいちゃんと言う人がいて、教室に行くといつもいいにおいがしていました。お料理の上手な人だったのでしょう。ゆみこさんは、私と知り合ったとき、すでに師範の免状をお持ちだったのですが、それでもまだ、習いに行くという。お免状をいただいても、まだ、習わないとならない気の遠くなるような長い道のり。しかし、草月流は、自由にいけていい、それで、自分に向いているのでは、ないかとはじめたわけです。はじめてみると、はじめは、なかなか難しい。先生が、おなおしをされると、いままでうまくゆかなかったことが、あっという間に解消。すごいと思いました。そして、自分の気分でうまく行かない日もある。雑念があると、ちっともうまくゆかないことも。反対に、いやなことがあっても、花は、うまく活けられる日もある。そんなこんなで、細々と続け、やりつづけて、27年目に突入。このごろ、やっとこれだけは、続いてよかったなあと思えるようになりました。先週、生徒の一人から、生け花を通して、文化大使をしているねといわれ、うれしかった。ほめてくれる人、いいといってくれるひとが、いなければ、こんなに長く続かなかったでしょう。ということで、これからもよろしくお願いします。
2008.01.20
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いけばなインターナショナルでの新年会は、入り口にいけばなをいけることになりました。あまり大きくても小さくても良くない。そこで、このようなものを飾ることに。日本で買った水引とイギリスの松、菊、椿。2mの竹を求め、斜めに切ったものを、組み合わせ、花器に。門松風のいけばなのできあがり。これは、日本人、外人両方に、かなりうけ、どこでこの竹を調達したかに始まり、自分の家にも竹があるという話になり、かなりの人が、竹について、語りたがり、ちょっとした話題提供になっていた。自分で花器を作ったということも、おもしろかったようだ。水引を欲しがる人がいたので、手持ちの予備を差し上げる。イギリスには、ないものなので、いけばなをやる人たちには、すごく喜ばれました。今回、私が使ったのは、いろいろな色の入ったもの。どうかなあと思ったのですが、少なくても、あでやかな感じになり、お正月風になるので、かなり便利なグッズ。写真を取る人が多くてびっくりでした。よろこばれてハッピーな気持ちになりました。
2008.01.19
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今日、朝、お稽古を始めようかと思ったら、シンガポールから電話が。なんとなく、口調からあまりいいニュースではなさそうな気がしたら、Aが、なくなったという。まだ、50歳、癌だったとのこと。巨人のピッチャーNの息子、ゴルフをさせれば、ホールインワン、アルバトロス、スポーツ万能で、どう考えても亡くなるとは思えない人物。デュッセルドルフ時代は、おすし屋さんのオーナーもやって二足のわらじもなんのその。豪快な大きなA.最後は、80キロあった体重が60キロ以下になって、すごく痩せてしまったと聞く。今日は、ショックで、なんだか、上の空でした。。。私が、始めてAと会ったのは、アビジャンで私たちが結婚式をしたときに、たまたま出張でやってきて、出席。われら新婚カップルのうちに毎日、ご飯を食べにきたA.主人もあきれたけど、にくめないところのあるA.アフリカで一緒にゴルフをして、プロ並みの飛ばし屋だったA.日本に一時帰国で帰ったときに、Kのうちにやってきて、今日プロポーズしたぞと仲間に報告したこと、(これは、忘れていたけど、くみちゃんから聞いた。)真っ赤なスポーツカーに乗っていたこと、Aの結婚式に長男を連れて出席したこと、パリの空港で、偶然、シンガポールの実家にわたしと長男が、ゆくところに遭遇したこと、自分の息子には、すごく厳しく当たってしまうと悩んでいたA.モロッコ時代、ロンドンにモロッコのワインを持ってきてくれたこと、ハミのうちで一緒にご飯をたべたこと、そして最後にあったのが、フランス留学時代の人たちと梅が丘で飲んだ二年前。いろんなことが、思い出される。一度会ったら、忘れられないほどインパクトのある、そんなAには、きれいな奥様とかわいい息子にお嬢さんもいる。考えると、心が痛む。ご冥福をお祈りします。
2008.01.17
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昨日は、わたしの所属するいけばなインターナショナルのロンドン支部の新年会があった。今年は、支部設立50周年にあたり、かなり盛りだくさんのイベントでした。和太鼓、日舞、琴、三味線、尺八、謡い等のエンターテイメントがあり、お料理も握りずしの屋台まで。毎年、日本人グループが、手作りのお料理を作ってくるこの行事も、お休みがもらえました。今回は、役員なので、エントランスホールに、お花を活けて、自分のテーブルのお花を飾らないとなりません。10時からの準備のお手伝いも。外は、強風、雨。着物を着るのをどうしようかと悩みましたが、これが、ロンドン最後の新年会となることもあり、頑張って着ることにしました。倉蔵から写真をアップできないので、これ以上の写真をアップすることは、無理ですので、後日、また対策を考えます。今回の新年会では、Janetがつくったロンドン支部50周年のあゆみという写真入のパネルで、最初の頃からこの会をやっている人の写真や、盛況だった時代の写真、今の役員の若かりし頃などが、わかりやすく紹介してあり、興味深いものがありました。日本でも、いけばなをしている人が少ない今日、この会の人たちは、ある意味、日本の文化をこんなに愛してくれる素晴らしい人たち。そのような人たちの会の末席に加えてもらえて、本当に良かったと思いました。会長が、感極まって、スピーチの途中で涙が出てしまったこと、いろいろな人を呼んだのに、いろいろと決めてなかったことが発生して、あわてたこと、急な欠席者が出て、思ったとおりにいろいろとできなかったこと。いろいろあったけど、和やかなムードのうちに終了。ああよかった。さて、この会の間に、いままで長くイギリスで頑張ってきていた人たちが、こんなにがんばってやっていたのだと、訴えてくる、そして、テキストブックが4月に新しくなることで、いろいろとみんな心配していること、などなど。。。やっと、支部ができることとなり、本部の後押しもあって、7月には、福島先生をお迎えすることにもなった。長くやってきた人たちが、テキストブックのオーダーをかけようとしているので、話の輪に加わると、航空便で頼むとのこと。船便なら、無料で本部から送ってくださることを説明するのだが、4月になったら、すぐに新しいシステムで教えるつもりだから、船だと間に合わないという。そして、自分たちは、年だからいつまで生きられるかわからない、早く、新しいテキストブックが見たいとも。なんという、好奇心に満ちた人たちなのだろう。わたしなどは、テキストブックは、料金の負担のない船便で送っていただくのがいいと思っていたので、自分のおろかさに恥じ入ってしまった。そう、このように、いつ自分は、死んでしまうかわからない、それであれば、思い残すことの無いように、最新のものを見てから死にたい。ここまで、思わないとだめなのだ。そして、そう話すときのきらきらした瞳、この人たちは、本当に草月のいけばなが好きなのだなあと実感。まだまだ、私は、ひよっ子です。なかなか会えない人たちが一同に会するこの会は、いろいろなことが、話せる素晴らしい機会。支部をたてることになり、支部長になるIさま、ご苦労が多いとは思いますが、このように、根底では、みんな草月のいけばなが大好きです。立ち上げが大変ですが、やってゆくうちに、理解されることと思います。くじけずがんばってください。3月のいけばな展は、いろいろな人にわたしと交流の合ったことの記念に出品をお願いしようと思っています。出品料がかかるので、お願いしづらいのですが、頑張って口説きたいと思っています。5年間の集大成をごらんいただけるよう、精進したいです。
2008.01.16
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ロンドンに帰ってきて、Tesco(イギリスの大きなスーパー。最近、オリエンタルの野菜コーナーに日本の野菜が、たくさん入るようになり、一週間に、必ず一回は、ゆくようになりました。)で、お野菜を買った以外は、外出ゼロ。昨日は、お天気が久々に良かったのだけれども、気がつくと、もう、外は、まっくら。(4時くらいには、もう暗くなり始める。。。ヨーロッパだ~)しかし、妙にこの方が落ち着く。子供たちと同じで、わたしも、日本は、両親や兄弟の住む、休暇で遊びに行くところになりつつあるのかも。さてその日本の休暇。今回は、シンガポールの主人と実家の神戸、京都と久々に国内旅行をしました。東福寺は、枯山水のお庭が見たかったのに1月3日までお休みで、かなりショック。が、気を取り直し、別のお庭が見れるらしいからとお散歩。パンフレットの写真にもあるけれど、きっと秋の紅葉の頃は、さぞかし素晴らしいだろうなあと思われるお庭でした。でも、こういう冬枯れの景色も趣があり、嫌いではありません。富士山の山の別荘を思い出してしまった。(庭に二箇所、紅葉が植わっているのです。)こういうお庭は、Holland Parkの今日と庭園がロンドンの我が家の近くにあるけれど、スケールが違う。ランドスケープというのか、このように狭い空間に美を求める日本人の緻密さ、すばらしさ。自分が日本人であることを誇りたいと思いました。この様子は、後日。さて、神戸に着いた夜、泊まる宿の外には、人、人、人。それもそのはず、生田神社の初詣の人でその沿道前から屋台がびっしり。木には、びっしりおみくじが結んであり、壮観。翌日は、両親を訪ね、妹も2人のちびたちを連れて合流。神戸の震災の後、京都でパン屋をやっていたのに、被災者たちを助けたくって、神戸に住み着いてしまった?しげさんが、パートナーの妹には、年末年始も無い。住居の無くなった人たちに、炊き出し、おにぎりつくりと忙しいからだ。あれから10年経っているのに、まだまだ、苦しんでいる人は、多いのだ。天災は、予想もできないし、食い止めることは、できないが、それでも、おきたときにどうすればいいか、その後は、などという How Toを求める人がいるので、彼は、講演会などいろいろなところへでかけるらしい。かくいうわたしも、しげさんには、まだ、お会いしたことが無いのだけれども、その人柄は、こまめに電話やテキストをして、妹や、こどものこと、私の両親の健康状態などを気遣うこころくばりなどから、きっと素晴らしい人に違いないと思っている。忙しいと、人のことを思いやる気持ちを忘れがちだけど、見習わなくてはならない。妹は、大学のときにこの被災者を救う会のボランティアをしていて、しげさんに会ったのだけれども、縁あって、パートナーとなり、子供も男の子と女の子を一人ずつ授かった。最近、保育士の資格をがんばってとり、お正月から働いていると聞く。4歳と1歳の子供を持って、働くのは、大変だと思うけど、頑張って欲しいなあと思う。そして、母が、孫たちと毎日会って、元気を貰っているのには、びっくり。自分が必要とされているということが、どんなに人を元気にさせるのかというのを目の当たりにした気持ち。父は、広島県の相談役をしているので、いろいろなところに出張など多く、相変わらずだけれども、家にいることの多かった母にとって、孫は、元気の源。思い切って、広島の隠居暮らしから、神戸の大都会へ移り、正解でした。両親の長く住んだシンガポールに私が移るというのも何かの縁なのかも、と思う今日この頃です。
2008.01.13
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ロンドンに昨日戻ってきました。今回の旅行は、ほとんど友人にも会わず、家族の中にどっぷり使ったお正月で、久々にのんびりしました。インターネットもなく、携帯もない昔の生活?は、スローで不便なこともあるけど、夏の南仏ように、日常生活から本当に解放され、精神的に楽なのです。今回は、実家が神戸に引っ越したこともあり、京都が近かったため、お正月は、東京、神戸、京都となりました。何年ぶりかの京都。その模様は、またあとで。今回の帰国の目的は、二男の学校について家族会議。長男は、ロンドンの大学でファッションを専攻していますが、二男は、まだ、高校生。6月にシンガポールにつれてお引越しをすることにしていたのですが、アメリカ人を初め、すごい数の外国人がシンガポールになだれ込んで来ている。そこで、空きが無く、すべてウエイティング、いや、ウエイティングも断られて、アプリケーションそのものも送り返されてしまう始末。400人のウエイティングってありえない数字。。。びっくりしてしまいます。知り合いの意見を聞いたり、家族でいろいろなことを考えたりと、家族の絆が強まった休暇でした。考えてみれば、我が家の息子たちは、ほとんどが海外暮らし。長男は、ジュネーブに始まり、パリ、ロンドン、通算15年は、海外。二男は、パリ、ロンドンで11年海外。語学の壁、お引越し、環境が違う中でよく嫌にならずにこの親について来てくれたなあと思う。休暇も親と過ごし、ふだんから、いろいろな悩みを分かち合いということは、あたりまえのようで、なかなかできないことらしい。外国では、うまくゆかないことが多いから、うまくゆかなくても、できないなりに、がんばらなくてはならない。今回、長男は、一人暮らしを体験したいとのことで、ロンドンにお留守番。野菜を食べていなかったこと以外は、洗濯もしたし、食器も食器洗い機にかけ、オーブンを使ってピザも焼き、インスタント系は、まったく食べていなかった。心配した実家の母が何度も電話をかけてくれていたらしいと聞き、ありがたいことと思いました。病気もせず、ともかく2週間をクリア。学校も目覚まし時計をかけ、きちんといったとのこと。あーよかった。二男は、日本に一人旅。そして、実家の神戸まで一人国内旅行。主人の姉や、義母が、散々心配して、下さったおかげでこれも無事何事も無くクリア。このように、こどもは、どんどんとしっかりして、大きくなってゆく。私も負けないように(実は、負けるのが大嫌い)がんばらないと。ということで、また、来週からは、お稽古に励みます。15日には、いけばなインターナショナルの新年会です。エントランスとテーブルにいけます。晴れたら着物を着ましょうか。今年もよろしくお願いします。
2008.01.11
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