2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2005
全4件 (4件中 1-4件目)
1
ロンドンに滞在していた時に家族でよく行きましたレストランの一つは、日本食のお店でした。その当時もロンドンには何でもあるとい言われていましたがやはりロンドンはロンドンです、日本のものが何でもあると言うわけではありません。 しかし魚にしてもロンドンでそろう素材、たとえば、レモンソール、lemon sole(舌平目)と呼ばれている魚は、サーモンやタラ(cod)と同様にイギリスを代表する魚です。ドーバー海峡近辺で取れるドーバーソール、このシタビラメのムニエルは、フランス料理を代表するメニューでもあります。 同じシタビラメ(sole)でも、なぜかフランスではドーバーソールという呼び方をしないそうです。 イギリスではこの魚もフィッシュアンドチィップスでよく出てきます。日本レストランでは、レモンソールが、お刺身になります、軽くて品のいい美味しさです。 ほかにも活きのいいさば、帆立貝、生ニシン、アジ、などは魚屋さんでも見かけますが日本料理店で頂くと日本の感覚に料理されていて、食べていて本当に落ち着けるのです。 イギリス人の大好きな魚、スモークドサーモン、スモークドコッドロー、キッパー(ニシンの燻製)もここでは和食になって出てきていました。 家族でここにたまに来てホッとしたひと時を過ごしたものです。イタリアンレストランにも入ってみました。メニューと料理が結びつかなくて、注文にてこずっていましたらお店の方が、アドバイスしてくださってそのとおりのコースメニューにしました。お料理が出てきましたが、「これは何?スープかしら?煮豆かしら?煮豆にしてはしょっぱいわ」ウエイターに尋ねると、「前菜で、ファッロと豆の煮込み、です」と。別のお料理が来ましたが、又まめが入っていてスープでもないしパスタでもないし、これは何かしら? またして訊ねると、「パスタと豆のスープです」と。ビーフステーキが出てきましたがその付けあわせが白インゲン豆の煮物がたっぷりついていまして美味しく頂ました。パンは少し固めでしたが、頂いていると、ウエイターが「これはパンに挟んで食べると良い、豆で作ってある」と言ってピザのようなものを添えてくれました。このお店では豆のお料理を数種類経験しました。いくつかのお料理がテーブルに並び、最後までどんなお料理が来ているのかよく分からないまま全部食べ終えました。店を出てから主人が「今日の料理は日本のイタリア料理とはずいぶん違うな。 なんだか豆を食べに来たようなものだなあ」と言ったのでした。又ある時は韓国料理店で、店の女主人が日本語を話すこともあって私達はすっかり気をよくしたのです。とにかく東京のあのロースやカルビの脂ののったアツアツの焼肉が食べたかったのですが、でてきた肉は味が全然違うのです。焼き方も違っていて、鉄なべに入った肉からは汁がたっぷり出て水っぽくて焼肉と言うよりはスキ焼き風でした。キムチは辛い漬物ではありません、どちらかと言えば甘いのですから。何だか頼んだものと違うメニューが来たような感じがしましたが、食べ終えました。立ち上がると、女主人は上手な日本語で私達3人が着ていた、私の手編みのアランセーターを「三人でおそろいのアランが、とてもセンスがいい、あなたが編んだのですか」と言って、誉めちぎってくれましたので私は少し気分を良くしたのです。主人がレジを済ませて店を出ると「なんでこんなに高いのだろう、まあ、イギリスではこんなものなのかな、東京の韓国料理店ではないから・・・」と呟いたのです。 私達3人が毎週のように好んで通ったのはインド料理のタンドールレストランでした。近所のハムステッドでした。注文するものはいつも大体決まっていました、それでも慣れないうちは、あれこれ頼んだものですが、だんだんに好みも分かって来ますから。初めて来た時はやはりまごついたものです。 メニューを見てオーダーを終えると、ウエイターが、`Do you like hot ?゜と聞くのです。主人が、`Have you got the cold one?’ と言えば、ウエイターは口ごもっています。「あなた、hotは辛いと言う意味でしょう、熱いではないわよ」と私。主人;I like medium.私;I like hot.娘;I like mild.と言う注文になったのです。カレーは美味しかったです、えびカレー、ビーフカレー、野菜カレーなど、前菜も、スイーツも頂いて、一週間もすると又食べたくなって家族では一番多く来たレストランでした。何度か行きやみつきになったのです。そして2番目によく行ったのはソーホーにある中華街です。3人で行く中華料理店はいつも決まっていて、おいしくて値段も手頃でした。今日はこれを、次に来た時はあれを・・・と。英語のメニューを見ても、想像通りの料理が確実に出てくるので安心して注文できました。 ここでも最初は、餃子は何と言えばいいのかしら、当たりを見回して、餃子らしきものを食べている人を指して、「あの人と同じものをください」と言ったのです。 そして、「何と言うのですか」、とそのつど料理名を聞いて、いろいろと覚えていきました。女性同士の友達と出かけると、たいていはデパートのレストランとか、イギリスのレストランでした。 紅茶にケーキ、サンドイッチとかフィッシュアンドチップスなどを食べたものです。又何人かで出かけると、ワインも飲んでステーキで、会食をしたものです。 やはりステーキは美味しかったです。 イギリスにはサイダーと言う、アルコール飲料があります。これはアップルサイダーのことで、かなり強いほうだと思いますが、スパークリングですから口当たりが良くてつい飲んでしまいますが、酔いが回るのは確実ですから、気を付けるといいでしょう。(楽天の仲間)僕にとって忘れられないのは、スモークト・マッカレルですね。初めてイーストロンドンのストリート・マーケットの屋台のお店で見つけたときは、鯖の文化干しだ!と、えらく驚いたものでした。黄色い色が気になりましたが、早速買って食べたら、鯖の薫製でした。ホントにおいしかったですね。その後スーパーマーケットにもあることが分かって、時々食べました。黒胡椒をまぶしてあるのも好きでした。もう一度食べたいです。(私)さばの燻製ですね、美味しかったでしょう。kipper、ニシンの燻製、も美味しいです。 スコットランドのホテルで朝食によく出ます。大きなキッパーが一匹出てきます、朝食はこれだけでもお腹いっぱいになりました。他にも、燻製は鮭、タラコなどがあります、美味しいです。(楽天の仲間)南アフリカは、みんながイギリス風のものにあこがれているのです。英語もイギリス式。アメリカ風は馬鹿にされています。始めていった時は、発音もさることながら、単語の違いに驚きました。イギリスでも信号のことはrobotですか?(私)イギリス人がアメリカ人のことを、見ただけで分かるというのです。ウチのピアノと英語の家庭教師、フローラが言ったのです。「同じ服を着ていても、アメリカ人は目だって、派手だ、着方が違う」、と言うのです。信号は、a traffic signal です。(楽天の仲間)海から近いはずなのに、新鮮な魚に出会う機会のないイギリスの片田舎に住んでいるワタクシ。無理して高く活きの悪い生魚を買わずもっぱらテスコの「スモークド・マッカレールか、スモークド・キッパー」を買っています。これをオーガニックの玄米(ブラウンライス)と一緒に頂いて和風を気取っております(笑)なんで燻製でまっ黄色なものがあるんでしょうね。今は慣れましたが最初ちょっと引いちゃいました(^^;(私)イギリス人はお魚、貝類、えびも結構食べますね。 貝やえびは茹でてあって、おつまみに良いですし、魚のスモークドは独特の美味しさですね。
2004年06月23日
コメント(17)
子供は言葉の習得が大人より早いと言いますが、それでも彼女にはそれなりの苦労はあったようです。イギリスの学校へ行き始めてまもなく教わってきた歌を歌っていますが、Mary had a baby. Yes, Lord.Mary had a baby. Yes, my Lord.Mary had a baby . Yes,Lord.People people come and a train has just gone.という4文からなる歌詞の歌です。聞いていて、どうも四行目の歌詞が理解できないのです。このように、歌っているからです。メリー ハダ ベイビー イエス ロードメリー ハダ ベイビー イエス マイ ロードメリー ハダ ベイビー イエス ロードピコ ピコ カミナリ チン コン カン「チョッと、もう一度歌ってくれる?」私は彼女の歌っているのを聴いて、何だか可笑しいと思いながら「良く覚えたわね、最後のところはそれで良いのかしら、本で調べてみましょうね。」と子供向けのナーサリーライムズの本を探してみました。「ほら、これよ、 ‘ピプル ピプル カムアンダツレインズ ジャスツゴン’」と私は歌って聞かせ、娘にも歌詞を読んでもらいました。イギリス人の中に入ってすぐの頃でしたから、耳からだけ憶えた歌詞を、日本語の感覚で捉えていたのでしょう。5歳から彼女が通っていたロンドンの学校では当時、一クラスに生徒が十数人、そして先生は教室に2人いました。 日本のように先生が教壇にいて、生徒が皆で先生の話を聞くというスタイルの一斉授業ではありません。同じ教室の中で、ある子は算数をしていて、ある子は国語(英語)の本を読んだり、絵を描いている子など様々で、その間を先生2人が歩いて回り指導するのです。娘のように外国から来た子には先生の手作リ絵本が渡され、それを終了して後に教科書に入っていきます。初級の本から徐々に進み、進歩の早い子はどんどん次の段階に進んでいきます。子供によってそれぞれ個人差があるのは当然で、いつまでも同じ本を終了できない子もいますが、先生は一人一人の子に応じた対応でそれぞれの個性に合わせた自由な勉強、得意な教科をどんどん伸ばしていくのです。しかし、これを裏返すと、できる子はますます進み、算数でも国語でも得意な教科は他の子達に大きく差をつけてしまう反面、できない子、不得手な学科は全然進まないまま、激しく差がついてしまうということです。日本の小学校ではできない子や不得手な学科の子がいても、いかにしてみんなと同じレベルに至らせ、いかに同じに進んでいくかに重点が置かれ、極端に遅れた子を出さない平等で差別をつけない教育を、という考え方が根底にあるようです。だから優秀な子がいてもなるべく皆同じにするという観点から一等、二等、三等賞ではなくて「参加賞、すなわち参加することに意義がある」ということになるのです。こういう日本式の方法が良いか悪いかではなく、皆が同じようにはできていない人間を、皆同じレベルにもっていこうとする、日本の先生方のご苦労も大変なことと思います。日本に帰国すると、娘は小学3年生として編入しました。編入学をお願いに行き、その時担任の先生はすでに決まっていて、その男性の担任の先生に連れられて校長室に入りました。先生が、校長先生に「ロンドンから来た恵里子です」と紹介してくださり、娘に向かって 「恵里子、この方が校長先生ですよ」とおっしゃった。 先生は更に「恵里子、 校長先生って英語でなんて言うんだい?」と娘に話しかけたが、娘は黙っていて、先生が「ヘッドマスターって言うのかな?」と言いました。「違うよ、ヘッドマスターは男だよ!」と娘。 その言葉に先生は顔を赤らめてしまった。校長先生は女性でしたが、そのやり取りをお聞きになって、ニコニコと微笑んでいらした。自分の意見をはっきり言う、いかにも帰国子女、と思われたようです。娘は通学を始めて直ぐのある日、学校から帰ると「お母さん、緑のおばさんてなあに?」と聞きました。「その人はロンドンで言うロリーポップレディ(lollipop lady)よ」と私。又ある時は、「学校で水着を持って来なさいって、言ったんだけど、水着ってなあに?」「それはねスイミングスーツよ(swimming-suit)」と私。ロンドンでは寒いこともあるのでしょうか、ロンドンでの水泳の授業は一度もありませんでした。第一プール自体、恵里子の行っていた学校にはありませんでした。娘は水着を持っていましたが、それは近所の子供達と庭で、子供用の膨らますプールで水遊びをしたり、天気の良い日に日光浴をする時用のものでした。日本の小学校に来て生まれて初めての水泳の授業を受けたのです。水着を持って学校へ行ったものの、彼女にとって浮き輪のない水泳は生まれて初めての経験でした。いつも元気で病気知らずの娘が登校前に「お腹がいたい、今日は泳げないから、お便りノートに書いて」と言うのです。体調を心配しながらもお便りノートに「腹痛のためプールは見学にして下さい。」と書いて持たせました。それ以降もプールの授業があるたびに、「頭が痛い、お腹が痛い」とプールでの見学が度重なっていったのです。「水泳するの嫌なの、どうしたの?」と話を聞いてみると、初めての水泳の授業で、皆と同じようにプールに入って泳がなくてはならず、しかもとにかく水に慣れろと先生に無理矢理沈められ溺れかかったというのです(娘の話では)。その一回の恐怖感から、一種の逃避行動になってしまったのです。又あるときは、「お母さん、日本の学校ではイギリスの学校と同じ事をすると嫌われる事があるよ」と言うのです。「へえー、どんなこと?」「うーん、なんか自慢しているように思われるみたい・・・。だからイギリスの話はもうしないの。 お母さんもあまりみんなにしないで」と。子供は子供なりに自分の環境の変化を察して順応しようとしていたのです。他の子と同じでなくてはいけない、皆と同じ勉強を同じようなレベルでしていくのが当たり前の日本の学校。 女の子の個性はあまりみんなに受け入れられないのでしょうか。先生方のご苦労もありまして、お蔭様で帰国後2、3ヶ月もすると娘はすっかり日本人になっていました。帰国子女の補習校もありましたが特に行く必要も無かったのです。英語も覚えていて、英検3級をすぐに取得し「日本語で書かれた問題文の漢字が読めなかったけどカンでやってきたよ」と言っていました。友達も直ぐにでき、再びピアノのレッスンも始め、もとの高島平で小学校を卒業しました。後になって気がついたことですが、誰でも知っている幼稚園、小学校低学年で習う日本の歌を恵里子は何も知りませんでした。(楽天の仲間)個性を育てる少人数制、一方的に教え込む日本の詰め込み型でなく、隠れた才能を伸ばす、見つけだす・これは是非やってもらいたいと思われませんか?(私)人間は皆同じには、出来ていません。それぞれの個性があり、それぞれに得手、不得手があります。 それを皆同じにするのは、却って不平等、逆差別でもあるでしょう。英国式教育を、一握りのエリートを育てる、とも言いますが、それなりの利点も多々あるでしょう。個性や得意な学科は、どんどん伸ばしてあげたいですね。
2004年06月16日
コメント(12)

ロンドンの地下鉄ロンドン市内の街並み自体は少しも昔と変わっていなかった。 しかし、Oxford St. やRegent St.にあった以前のお店はいろいろ入れ替わっていました。私がよく通った‘Needle Woman’という手芸材料のお店も今はありませんでした。 その店へ行けば手芸材料のすべてが揃い、見て回るだけでも楽しかったのに。 イギリスの女性がどのようなものを作っているのか、が手に取るように理解できたのですが。最近では多くの女性が職業を持つようになって、編物や手芸のような手間暇のかかる奥様芸をする人が少なくなったのはどこの国も同じでしょう。 手芸や洋裁、編物などは趣味的なものだけでなく実用も兼ねていますので、安い値段で出来上がった作品が買えるのであれば、何も苦労して手間暇かけて作ることもないと思うのも当然かもしれません。 それでも私は苦労してでも作るのが楽しくて今でも作っていますが。今、日本では洋裁、編物、などの本の種類も数も以前に比べるとかなり少なくなっています。 洋裁も編み物、手芸もそれをする人口が減っているからでしょう。 その点は伝統を重んじるイギリス人も同じでした。 職業を持っていて、時間も無いでしょうし、安くて手の込んでいる外国製のものが簡単に買えるのですから。ピカデリーーサーカス駅にあるBond St. に行くと日本のデザイナーのお店やデパートが新たに出店していました。 相変わらずの高級感のあるお店が並んでいます。 ピカデリーサーカス駅付近は以前と変わらず、Lily White、というデパートのように大きなスポーツ店があり、懐かしい思いで通り過ぎました。 主人とこのお店にゴルフのセットを買いに来たからです。 ゴルフは主人がそれ以前から日本にいるときもしていましたが、私は、ここイギリスへ来てから始めたのです。 まずは、リリーホワイト、で道具一式を買ったのです。英国製の某ゴルフ製品を主人は,「日本でこれを買ったら大変な値段だぞ」と言っていました。 ロンドンのサマータイムの時季は主人が帰宅すると、すぐ夕食を済ませて、家族と娘の近所の友達も連れて、ハムステッド郊外にあるゴルフ場へ出かけました。 夏は夜10時近くまで明るいですから出来るのです。私と主人にはゴルフの先生が付きました。 先生の指導で振り方から始めました。先生; Have you got a handicap?主人; a physically handicapped?先生は主人の言葉に、ビー球のように澄んで綺麗なブルーの目をぱちくりさせていた。「あなた、ゴルフのハンデ、じゃないの?」と私。主人; Oh! No, I haven't.全くお笑いですが、こんな具合で、一から、習ったのです、以後、この先生のことを私たちは、ビー球ちゃん、と呼んだのです。娘と友達はミニコースでゲームをしていました。ロンドンにこんな所が出来たのね、と驚いて入ったのはジャパンセンターでした。日本人向けの本や、食品、薬など私達が生活していた頃とは比べものにならないほどたくさんの日本製品が置いてあります。 日本人のための情報誌も置いてあり、こういう情報をうまく活用すれば個人旅行、長期滞在も安く収まるはずでしょう。 またフラットの週ごとのレンタルや同居人探し、そして「不要品をお譲りします」などが掲示板に貼られてあり、大混雑しながら皆がその情報をメモしています。やはり日本人は今でも昔と変わらず、日本人同士で情報を交換し合って、支えあって生活しているのだと思いました。でも昔とは違って、今ロンドンには多くの日本人がいて、たくさんの情報があり、見ず知らず同士がお互い助け合い、こうゆう場所で情報交換をしているのでしょう。ここには本当にいろいろあって、今では日本人も生活し易くなったものです。ロンドンの地下鉄が世界で最初にできたという事実は普遍です。その地下鉄も新たにジュービィリーラインが増設され以前より便利で明るく綺麗になっていました。以前の地下鉄のエスカレーターは木で出来ていて、ガタガタとその音が響いていたのが印象的だったのですが、今では少し垢抜けていました。 速度が速いのは以前と変わっていませんでした。エスカレーターに乗ると、中央分離帯に注意書きが置いてあります。日本では「ベルトにおつかまりください。」と書かれたものをよく目にするのですが、ここロンドンでは「スリにご注意下さい」というのを見かけます。 並んで立っている間にスッと後ろからすられることもあるようです。私達は市内を歩き回るのに地下鉄をよく利用しました。 車両内はロンドンの縮図のように本当に色々な人種の人達がいるのです。 人種は違っても殆どの人は英国人なのでしょう。以前は身に着けている、民族衣装やターバン、帽子、サリー、黒いスカーフ、お化粧などで何処の国の人か、大方見当がついたものですが、今は衣服や外見では全く見分けがつきません。こうした現象は今や世界のどこの都市でも言えるのでしょう。(楽天の仲間)今は、日本人も大分多いそうですね。最近、親戚のちびちゃんをキンダーガーデンにあげたのですか、保母さんが日本人だった、て言ってました。(私)そうなんですかあ、保母さんが日本人ですかあ、そこまで日本人が浸透しているのですかあ。愕きました、娘がイギリスの学校で、初めての日本人でした、日本人は一人でしたから。(楽天の仲間)こうしてみるとチューブもなかなかかわゆいですねっ♪そうそうロンドンは日本人だらけですよ~。この前行った時いたる所で日本語が聞こえました(笑)日本人化の波は私の田舎にもやって来ており大学に100人ほどの日本人がいる(でもシティから遠いのであまり会わない)らしいことを聞きビックリしています。(私)大学に100人ですか、そんなに大勢いて、あまり日本人に会わないと、言っているのですね。イギリス中日本人だらけのようですね,なぜでしょうね?? (楽天の仲間)ロンドンも日本と同じように人の心も近代化していますか?ハリーポッターやシェイクスピアーのような伝統的な感じがしますが。バッキンガム宮殿は、印象的です。(私)女性の社会進出は伝統も変えるのでしょうね。バッキンガム宮殿,印象的ですね。ロンドンはやはりこれなしでは、済まされませんね。
2004年06月13日
コメント(12)
ロンドンの地下鉄がストであった月曜日の朝、娘と私は別行動をとることにしました。地下鉄の駅の辺りには、通勤客たちが、バス乗り場に集まり、ごった返していました。そんななかを、私はSouth Kengington駅の近くにある今、泊まっているホテルからすぐの、歩いていける、‘ Victoria & Albert Museum’ に行き午前中を過ごすことにしました。歴史的な楽器のコレクションで有名なVictoria & Albert 博物館でもあり、工芸品、建築装飾などの装飾美術品の宝庫でもあります。名前はヴィクトリア女王とその夫であったアルバート公から来ています。South Kensington駅(Piccadilly Line)を出てすぐのところに, Exhibition RoadをはさんでNational History Museum、と Victoria and Albert Museumはあります。全世界のあらゆる時代のものが収集されたコレクションはすばらしい物ばかり。沢山ありすぎて早足でも到底全部は見きれなかったのですが、日本の展示品だけはゆっくりと念を入れて見ました。大英博物館でもそうですが、以前日本の貴重な遺産を見たとき、なんだかイギリス人に日本の遺産が盗られて持出されたという嫌な思いが強く、憤懣(ふんまん)やるかたない感じで観たものでした。でも今回は違った気持ち、つまり完成度の高い日本の優れた品を見て、誇りを持って、という思いで観ることが出来ました。英国で日本のすばらしい物を鑑賞できる事を嬉しく思えるようになったのは、私が歳をとった証拠なのでしょうか?博物館を出て、Brompton Rd. を少し歩いて行くと右手にハロッズが見えてきます。昔住んでいたハムステッドからは少し離れていたので、当時はハロッズも数回来ただけでしたが今はホテルから一駅で来れます。 今日は歩いて来まして時間もあり、ゆっくり見る事ができるのです。ハロッズに入店する時、警備員のような人が二人入口に立っていて、入って来る人々を呼び止めて何やらチェックをしていました。 私は呼び止められなかったのですが服装のチェックなのか、危険物の検査なのか・・? ハロッズでは服装も見られていることは確かです。昔はIRA過激派によるロンドン爆弾事件があり,セルフリッヂに入るときにバッグの検査をされたことがありましたが。店内に入り、食品売り場に行くと時代の流れとも言うのでしょうか、日本風のお寿司カウンターがあり、イギリス人のお客が上手に箸を使ってお寿司を食べていました。巨大なフードホールには主人の好物だったスモークドサーモン、 スモークドコッドロー(太い鱈子の燻製)、プローン(ゆでた子持ちエビ)、マッスル(タニシのような貝)、コックルズの貝(ムール貝のような貝)などがありました。懐かしくてしばらく確認しながらゆっくりと見て回りました。 今日は娘と喧嘩をして別行動を取っていたのですが、ふと娘がプローンを今でも覚えていて、「お母さん、あの茹でエビ食べたいけど、どこで売っているの?」と私に尋ねていたことを思い出しました。 わたしはプローンを買いました、「ハーフ、ポンド、プローンを下さい」「Oh! Pound.」と店員が驚いたように言ったのは、今は、グラム、になっていたからでしょう。私は一人ではありましたがハロッズで念願のアフタヌーンティーをすることにしました。ゆっくり休んで、ハロッズを出てSloane St.のお店を見ながらそろそろホテルへ戻ることにしました。 Sloane St.は高級ブティックが並ぶ通りであり、世界的に有名な一流ブランドのブティックがづらーっと軒を列ねています。 その中の3、4店に入り、リュックタイプのバッグを探す目的でみたのですが、商品がウインドーや商品棚などに、ほんの数点、飾るように置いてあるだけです。 店内を見ていると店員が、「どんなタイプが欲しいのか」と希望を聞いてから奥のケースから取り出してくるのです。「これではどうですか?」と、「もう少し小さいのはありますか」と私。こんな具合ですから、素敵なのがあったからつい買ってしまう、ということもなくて不自由だと思いました。 東京のお店のようになぜあれこれと並べて置かないのでしょう、盗難予防でしょうか、イギリス式商法なのでしょうか。どうしてもブランド物が買いたいという場合にはあらかじめ、日本でそのブランド品を下見しておいたり、ブランド本を見てリサーチしてからの方がいいかもしれないと思いました。アフタヌーンティー一般には、お紅茶一式、と三段式のケーキスタンドにケーキ、サンドイッチ、スコーンが盛られて出てきます。 スコーン用のスプレッドにはクロテッドクリーム、ラズベリージャム、イチゴジャムなどです。アフタヌーンティーは、香港などでも、イギリス系のホテルなどでは、十分に夕食になりますから、ただの、お茶、ではありませんので、ご利用すると便利でしょう。 スコーン (イギリスのお菓子, 8個分) ロンドンのハロッズで買い物をして少し休みたい時に紅茶とスコーンで一息ついてから帰宅します。 焼きたての暖かいスコーンが2個にクロテッドクリームとイチゴジャムがついて紅茶と共に運ばれてきます。 英国のご家庭ではごく普通に焼いているお菓子のひとつです。 イギリスにはセルフレイジングフラワー(ベーキングパウダー入り)と呼ばれる小麦粉がありバターを加え牛乳と卵でこねたものをオーブンで焼けば出来上がりです。日本の普通の小麦粉でも簡単に焼けるお菓子です。 焼きたての暖かいのをご自身で作って素朴で美味しいスコーンを楽しみましょう。 作り方; 生地を作る・・・ボールに薄力粉とベーキングパウダーをふるいにかけておく。 バターは冷蔵庫から出して硬いうちに細かく切って、ふるってある粉に混ぜ指でこすり合わせるようにして混ぜ込む。 均一に混ざってさらさらになるまでする。 溶き卵と牛乳を良くかき混ぜてからボールの粉に加えて木杓子でさっくりと切るように手早く混ぜる。 このときこねたり、時間を掛けすぎるとグルテンの粘りがでてよく膨らまない。 台に打ち粉をして丸くまとめた生地を乗せ、綿棒で2cmの厚さまでのばす。 丸い型抜き(コップでもよい)で抜き取って天板に並べる。 照りを出すには牛乳をはけで塗る。 オーブンはあらかじめ220℃に暖めておく。 オーブンにいれて15分焼く。 ふくらんで割れ目が出来れば成功です。 材料; 薄力粉225g、 バター50g、 ベーキングパウダー小4、 卵1個、 牛乳大4~5、 ※紅茶にとてもよく合います、割れ目を手で割ってクロテッドクリームとジャムをつけていただきます。 ※レーズンやくるみ、チョコチップスなどを入れて焼いても美味しいです。(楽天の仲間)英国に世界各国の財宝(美術工芸品など)が略奪され集められたおかげで、無事保存されたのでしょうか?日本の美術工芸品をどっしりと風格のある英国の美術館で鑑賞するのも楽しみがあるでしょうね。(私)全くです、日本の工芸品の優秀さ、素晴らしさには、立ち尽くし、見尽くしてしまいます。(楽天の仲間)ポンド、田舎だからかなぁ?こちらで量り売りの時はポンドを使っているような気がします~。ブランド数点陳列はわたくし個人が感じたことですが、びっしりたくさん並べるよりスペースを空けてお上品なイメージをかもし出したいから?それにわざわざ店員が持ってくるというこの店員の使い方がイギリス伝統的なお上品な店のサービスなのかなぁと(^^; でもその場で選べる合理性のある日本の方が断然便利ですよね~。(私)まだまだ、ポンド、が多いですね、イギリス人はキログラムに変える気があるのですかねえ?やはりイギリス式のお上品なサービスなのですかあ、なるほど・・・。(楽天の仲間)アフタヌーンティー私も食べてきましたよ。お腹いっぱいになって食べ切れませんでしたよ。それにしても食事はまずかったですね。どう思われますか。朝食はどこのホテルでも、連泊でも毎日寸分違わないメニューです。昼も夜もまずくて、料理に何の工夫もなく、あれでは料理人は要りません。日本に生まれて毎日美味しいものが食べられてつくづく良かったと思いました。 どう思いますか?(私)アフタヌーンティーは夕食にもなりますから、お腹いっぱいでしょうね。朝食は毎日同じだったのですね。おそらくベーコン、エッグ、だったのでしょう。マッシュルームとミニトマトがついていたでしょう、あるいは太目のソーセージでしたか?どこのホテルでもいつも同じ朝食でしたでしょう。 これが慣れると当たり前、美味しいと思うのです。 食生活、食習慣とはそんなものでしょう。確かに日本の食事は美味しいです、日本人には日本のお食事が一番美味しいのは、この食習慣のせいもあると思いますが。 日本の食事、素晴らしいですよね。
2004年06月06日
コメント(18)
全4件 (4件中 1-4件目)
1