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GS末期からプロとしてミュージシャン活動を続けてきた近田春夫先生が、DEF JAMレーベルのレコードに衝撃を受けて自らもラップを始め、PRESIDENT BPM(自分)と周辺のアーティストを出すためのBPMレーベルを興しました。詳しく知りたい人は86年ぐらいのミュージックマガジンなんかを参照。PRESIDENT BPM=近田春夫の楽曲は、サウンドこそ初期DEF JAMの影響をモロに被ったチープなドラムマシーン主体のある意味古びないオールドスクールビートなのですが、ラップの方は日本語ラップの手本が無い時代に“リズムに乗せる日本語の譜割”を煮詰めて考えてしまった独特のフロウで、スチャダラより後に聞いてしまった俺のような後追い世代には違和感があるものでした。レーベルの作品の中では、まだMAJOR FORCEレーベルを興す前の高木完+藤原ヒロシ=TINNIE PUNXの初期レコーディング、ジョーン・ジェットの「I LOVE ROCK 'N' ROLL」を下敷きにした「I LUV GOT THE GROOVE」が荒々しくて最強です。BPMレーベルは前記の「I LUV~」や、後にユウ・ザ・ロックがハードロックアレンジでカバー(最高!)した「HOO! EI! HO!」、細野晴臣にユル~くラップさせた曲など4枚の12inchとそれらをまとめた1枚のLPを出しました。日本語ラップのオールドスクールに関してはコレクター気質の俺、それら5枚はシュリンクとステッカー(帯ではない)付き極美品を集めて満足していました。数年前、有名DJの皆さんが実際にプレイしている和モノディスクガイドを見るまでは。そのディスクガイドには、BPMレーベルから出た一枚の7inchシングルが紹介されていたのです。それはなんと女優の宮崎美子が世のバブリーなトレンドへの違和感をラップした「だからDESIRE」、カップリングが更になんとなんとの調味料会社とのタイアップラップ「タカラ本みりん」という代物なのでした。それは欲しい!!と思い続けて…ある時元町の古本屋ちんき堂でそのシングルの話しになりました。J-POPのアーティストや芸人や俳優が様々な事情から日本語ラップに挑戦した歌謡ラップというジャンルのディスクガイド小冊子が出て、俺もそこらを夢中で集めていた時期のことです。ちんき堂の店主の著作「猟盤日記」シリーズを熟読している人なら覚えているかもしれない常連の一人、キヨオカさんがその場に居合わせたのですが、一言「俺それ出たとき買ったで」うそーっ!キヨオカさんは元ボンボンで、昔は雑誌やレコードを物凄い量買っていましたが、ある事情からコレクションのほとんどを手放した人です。宮崎美子はちんき堂かその近くの中古レコード屋ハックルベリーに売ってしまったとのこと。いずれにせよ数百円で誰かに持っていかれたことになります。「カセットテープにダビングしたやつあるから今度持ってきとくわ」「はあ、ありがとうございます…」音源を聞かせてもらえる心遣いは大変ありがたいのですが、これに関しては実物を所持したいもの。そこから中古レコード屋に行っても普段絶対に触らなかった80年代アイドルのコーナーをちょくちょく見るようになりましたが全く見つからず。一昨年ぐらいから真剣にヤフオクでサーチ。すると何回かヒットしたのです。ところが先の歌謡ラップの小冊子の影響からか、必ず何人かで競ってレンタルシールが貼ってあるB級品でさえも高額で持っていかれる始末。その度にキヨオカさんと知り合いになったタイミングを恨みました。年間にヤフオクに出た数を見ても思っていた程のレア盤ではないようですが、毎回競ってしまうので仕方ありません。この度、今までのようなキズ有りやレンタル落ちではない、盤自体は未使用?という極美品が出品されました。半ば諦めながらも入札。数日待って終了間際、案の定新たに何人かが入れてきました。俺は別作業をしながらちょっとだけ意地を出して高値更新。最後に、これで落ちなければ別にいいや。どうせ更新されるだろうと入れた値段で落札できてしまったのです。とはいえ\6250なり。しかしモノは美品です。もしかしたらこれ以上の状態のものが出ることは今後無いかもしれません。やはり嬉しいのでした。
2013.01.27
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体調のすぐれない中、元町映画館での初日に行ってきました。今年の初映画館だ。 90年代と言わずヒップホップの全歴史上で最も重要なグループ、「ア・トライブ・コールド・クエスト」のヒストリー、解散に至る赤裸々(ファンにとっては相当ショッキング)なメンバー間の衝突、2010年サマーソニックでの劇的な和解までを追ったドキュメンタリー。 俺のヒップホップ人生にとっても最重要グループのひとつであるトライブについては、このコラムでも何回か取り上げたことがある。 この映画では、だいぶ前に書いたネイティブ・タンのツアービデオや何回繰り返して見たかわからないビデオクリップ、そしてこれは俺のVHSコレクションにまだ残ってるかも!の91年アンプラグド映像なんかがコラージュされていて、個人的にはそういった面での新鮮な驚きは少なかった。 まずはネイティブ・タンの創成、Qティップとファイフが幼馴染みで、ティップが高校でアリと出会い、同級生にジャングル・ブラザーズの二人、その片方の叔父がレッド・アラートだなんて、ヒップホップの神様はとんでもない偶然を仕掛けられたものだ。 レッド・アラートなんてビートも作ってないし、曲に参加しても「イェ~~~~~イ」とか言うだけのオヤジだと思っていたが、トライブのデビューに関してティップがものすごく恩義を感じていると語っていて、ちょっぴりイメージが変わったり変わらなかったり。 ここでアルバムの話し。 俺が最初に買ったのは2ndの「The Low End Theory」だったと思う。ネタがどうのとか全くわからない時期に聞き始めたものの、ジャケとともに漆黒の“ベースとドラムだけ”感がとにかくじわじわと、最終的に鬼好きなアルバムになっていった。 文字通り「Jazz (We've Got)」という曲が入っていたり、ロン・カーターが演奏で参加した曲があったりと、“ヒップホップ=ジャズである”という宣言がなされたアルバムであるのだが、グールーの「Jazzmatazz」に始まる、ジャズのメロウネスに寄り掛かった“ジャジーヒップホップ”とは全く異なる“ハードコアヒップホップ”なのである。俺にとっては。 その後に「Can I Kick It?」や「Bonita Applebum」といった名曲の入った1stをレンタルしたが、ルー・リードやビートルズをサンプリングした革新性とカラフルさに比して、ミックスの平坦さと腰の弱さを感じて愛聴はしなかった。 1stを今聴くとそれはそれでスゴいのだが、2ndの“違い”はまさにそこにあったのだ。つまりアルバムのサウンドの“鳴り”を決定するエンジニアリング。 映画で、2ndでは白人エンジニアのボブ・パワーが凄かった、と語られ、パワー本人も、(ヒップホップを)勉強しながら作っていった、と答えるとこにはヒップホップの奇跡を感じて鳥肌立ちました。 ここまでで大分時間が経ったと思い、後アルバム三枚分どうするのだろう、と思っていたらここからファイフの糖尿病やそれに対するティップの理解不足による不穏な展開に。 1stのポップさと2ndのハードコアさを兼ね備え、「Award Tour」や「Check The Rhyme」といったクラシックを生んだ傑作の3rd。個人的には自分でラップを始めた頃に出たここからリアルタイムで追いかけていた。 しばらく開き、トライブの新作はまだかと焦らされた頃に出た「The Show」のサントラに一曲だけ収録された「Glamour & Glitz」、あまりにもシンプルな上モノ、ツルツルカチカチに磨き上げられたキックとスネアの極端な“鳴り”とプロダクションを担当した謎の「ウマー」(後にJディーとティップ、アリのチームだと判明)にトライブの次の展開を見た。 更に待たされ遂に出た4thからは親しみ易いヒップホップソウルの名曲がカットされ、ウマーのプロダクションレベルも高いながら、奇妙なトラックやファイフの変なラップ(このことも以前書いたことがある)に納得いかない部分も大いにあった。 アルバムからも何となく感じていたメンバー間のギクシャク、映画ではティップとファイフの相当辛辣な喧嘩、間で言葉を失うアリ、デ・ラのメンバーには愛想をつかされる。 ティップは「ファイフに気を使ってやってんのに、なんだよアイツ」みたいなことを言うのだが、思い遣りがちょっと足りないというか冷たい人なんではないかとも思えた。ファイフの言い分には被害妄想も入っているものの、個人的にはむしろ共感できた。 が、時間はトラブルを解決することがある。ファイフの糖尿病が悪化し、腎臓移植の手術をしなければならなくなったときにティップからの「グッドラック」のメール。 日本のサマーソニックに出るためのスタジオ練習での顔合わせからジーンとくる。 俺は残念ながら母親が亡くなった直後ということもあり2010年のサマソニはスルーだったんだけど、相方のDJ KSの言う通り、行っときゃよかった!
2013.01.13
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