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血液検査の結果通知が、郵送された。アレルギー児のママなら、誰でも知っているかも知れないが、IgEという、免疫ブログリンEの数値が、一年前よりの3倍になった。普通、1~2歳の乳児で、10とか20とかいう数字が出るものであるが、うちの子は119あった。10倍の数値だ。おまけに、ラストスコアにいたっては、去年卵が3で、乳が2だったのが、今年は卵が3で、乳が3に上がり、ダニ3、スギ花粉3、更にネコフケ3という結果が出ていた。ダニなどは、ある程度予測していたが、スギやネコまで出られると、たまらない。上の子が、早くもスギ花粉症である。幸い、乳幼児は鼻よりも、口で息をすることが多く、唾液で流されるため、花粉症特有の症状は、まだ見られていない。ネコは、ハッキリ言ってショックである。ネコの世話をするのは夫だ。結婚前から飼っているため、捨てるわけにも行かず、別室で飼ってはいるものの、洋服などにフケをつけたまま部屋に上がれば、間違いなく体内に入る。毎日、毎日、それは息子の体に入り続けている。解っていた。私だけ。以前、チラリと言ってみたこともあるが、逆切れされたし、今回の結果を見ても、夫は改善する意思はない。毎日ネコの部屋の掃除をしているはずだから、こんなのはおかしいと、見当ハズレなことを言っている。結果が出ても、それを見ても、自分の非を認めない。それから、ダニ。実家のじゅうたんを、買い換えて貰えないのかと国立の医師に問われたあと、「俺は、あの綺麗好きな母に、そんなこと言えない。」と最初から言っていた。そりゃ、お宅のダニ反応が、「強」と出ましたので…なんて、言えないけどね。まあ、かかりつけの小児科医は、「コンビニに行っても、ダニは居るからね。」と、軽く流していたから、ダニの反応はいずれ出るだろうな、という漠然な気持ちはあった。ただ、こうして数字を目の前に突きつけられると、やはり脱力してしまう。私が毎日、時間をかけて作っている食事は一体、なんだったのだろう。なんで、乳の数字が上がっているのだろう。私が、味噌汁の一杯も毎日我慢しているのは、何のためなんだろう。全室、フローリングの部屋、毎日の掃除、何のために毎日労力を費やしているのだろう。このままだと、来年か、再来年には、喘息の症状が出始めるだろう。夫は去年、「喘息が出たら、その時だ。」と言っていたが、喘息がどれほど大変な病気なのか、わかっているのだろうか。そして、この結果を見ても、まだその気持ちは変わっていないのだろうか。前途多難。
2005年10月29日
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4月以来の通院が、また始まった。今日までに、食べられないものが増えた。だから、血液検査の結果は、ハッキリ言って恐い。今日は、前回から今日までの具体的な症状などの、問診と血液検査だけだったから、あまり時間はかからなかった。でも、次回からまた、経口誘発試験が始まる。実は先生、本当は経口誘発試験をやる予定ではないようだった。で、なんでやることになったかと言うと、今日、次回の予約を取る時、ふと先生のパソコンを見てびっくりした。明らかにアレルギー児は、どんどん増えている。だから、うちの子の次回が、何と3ヶ月も先になってしまった。去年は1ヶ月毎に、予約が取れていたのに。で、次回また検査の結果と問診だけで終わり、その次に経口誘発試験をやるとすれば、ヘタすりゃ半年か、もっと先になるのではと懸念、私の方からお願いした次第なのだ。私だって、いろんなものを早く食べたい。半年先まで食べられませんって言われるより、もしかして、3ヶ月後には「卵」が食べられるかも知れない。確率は低くても、賭けたいのが人情。いちいち、鍋を分けて料理する生活は、コリゴリ。あーでも、どっちにしても最低3ヶ月は先になるのか。2年も卵が食べられない、乳製品が摂れないなんて、考えられる?先生曰く、「断乳したら?」…出来れば世話ないのだ。今の言葉で「オッパイ星人」と言うらしいが、まさにそれだ。いやいや、母乳にはアレルギーに良い成分が含まれているから、欲しがっているうちは止めるわけにはいかない。でも夫は少し、傾いている。断乳するなら協力をする、と言い始めた。自宅で、大好きな卵が食べられないからな。国立の先生と、かかりつけの小児科医とでは、見解の違いが多々有る。両先生も、それぞれ「私は、あの先生とは見解が違います。」とおっしゃった。患者としては、それぞれの先生の言葉を参考にしながら、試行錯誤するしかない。アレルギーは、個々違う。だから、治し方も人それぞれ違うのだと思う。自分の子には、どれが正解なのか。正解に、少しでも近づけて行くのが、親の務めだ。
2005年10月17日
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アレルギーが発覚して、2回目の誕生日がやって来た。あっという間のような、長かったような。一週間前に、カレンダーに目を留めると息子の誕生日の印。これはいけないと、あわててKIKIさんのケーキを注文した。実は、長女がいろんな問題を起こしていて、ハッキリ言って今回の息子の誕生日は忘れていた、というか、淡々とやってきた。今しつけを怠ると、とんでもないことになると、毎日神経をすり減らしていた。正直、最初の頃、寝込んだ日もあった。少しでもキツくしかると、「お母さんは、反抗期という言葉をしらないのか。」と返ってくる。小学6年生で、ガラリと変わるよとは聞いていたが、まさかこれほどとは!ここには書けないことも、沢山あった。以前の学校の担任の先生に、会う機会があり、それとなくこぼすと、意外な答えが返ってきた。「転校して良かったかも知れない。今うち、大変ですよ。」聞くと、小学生にして、女子の間で、もう派閥があるらしく、先生方も苦労しているらしい。まあ、そういう校風だったことは、否めない。しかし、小学生で派閥とは。その先生と話していて「大丈夫。なるようにしか、ならないよ。ははははっ。」と豪快に笑い飛ばす答えを聞き、少し安心した。うちだけじゃないんだ。皆、通る道。さて、話は戻るが、未だ言葉らしきものも出てこない(遅っ!)息子。喋ろうとしているのは、解るが、まだ言葉にならない。やっとオウム返しが始まって、2ヶ月くらいたつ。私が「2歳」と言いながら、指を2本立てて見せるが、息子はどうしても1本しか立てることが出来ない。踊りは、上手に踊るが。(私似?)でも、そうやってニコニコしている顔を見ていると、かわいくて、それはそれで、もう少しゆっくり成長してもいいよ、と思いたくなる。こないだ、同じ年月に生まれた親戚の男の子は、もう10まで数えたり、言葉もいろいろと喋っていた。そんなのを見ても、すごいなあ、とは思うが、全っ然慌てなくていいと思う。さて、明日はいよいよ国立病院での、仕切りなおし。つまり、久しぶりの検査再開だ。ホロセが出たり、アナフィラキシー様発作が何度かあったので、多分まだまだアレルギーが改善されるのは、遠い先かも知れない。言葉なんか、遅くていいから、これだけは、早く治って欲しいと思う。
2005年10月16日
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もうすぐ12歳になるので、反抗するのは仕方がないが、長女は、少し人の道を離れたことをしてしまった。今までも、何度かあった。叱り、泣き、情けない思いをしながらも、話し合いで進んできたが、どうしても最後に「学校」の話題が出てくる。学校のことと、私的なことは、切り離して考えなければならないと、夫は言う。しかしながら、どれもこれもが積み重なってストレスが溜まり、つい悪い道に行ってしまうことを思えば、学校のことも一つ、視野に入れなければならないと思う。長女は、特に体の具合が悪い月がある。因果関係は証明されていないが、低気圧が近づく6月などは、特に遅刻が多い。遅刻した日は、一日中憂鬱なのだそうだが、そういうのが、今でいう「イジメ」に繋がっても仕方がないのかも知れない。去年から、ずっといじめられている。といっても、世間で騒がれているほどの「イジメ」に比べれば何でもないと思うほど軽いものだ。ただ、本人にとっては一大事、重大事件なのだ。相手は男の子、数人だ。土佐弁でいう、てがわれる。だ。世間では、おちょくられるというのがハマるのかも知れない。もう、学校に行きたくないと、娘は何度も私に訴えてきた。最初は、あなたのことが気になるから、ちょっかい出してくるんだよ、と、慰めていた。が、そんな言葉ではすまないほど、エスカレートして来ているのがわかった。そのつど、先生と話し合い、学級で話し合ってもらった。だが、一向に改善しないどころか、とうとう娘の方がおかしくなってきた。家でも、良くないことをし始め、咎めると開き直り、狂ったように泣き叫び、反抗する。よく娘と話し合った。今まで、何度も話し合った。勿論、下の子が生まれてからの焼きもちや、環境の変化などは普段からも考慮している。その点は、娘もわかってくれている。どうやら、そのことではないようだ。よくよく聞いてみると、どうやら一番の原因はやはり、友達関係のようだ。今回、学校でまた、イジメの子等とトラブルがあり、娘の方もやり返している。そのことで、職員室に呼ばれ、話し合いをした折、娘は傷ついた。先生、もし娘が100パーセント悪いのだとしても、「あなたは、心の病気ですよ。」なんて、とがめ方。小学生に対して、ひどすぎる発言ですね。先生は、非を認めてはくれたが、娘の心の傷は消えない。もとの、おとなしくて明るい、かわいい娘、今はどこかに行ってしまった。
2005年10月01日
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