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餅です。あの食べる餅を投げます。都会のほうでは、もうあんまり見かけないかも知れませんが、高知では、まだ健在です。もちなげ。棟上とも言いますね。家の新築や、祝いごとで行われる行事で、丸餅を上からばら撒き、お祝いに駆けつけた人たちが、それを下で受け取るというもの。ところによっては、5円玉が入っていたり、インスタントラーメンや、お菓子などを投げてくれます。昔はよく、どこである、ここであると、追いかけたものです。近頃は少なくなりました。とはいえ、今年に入って3回目。まだまだ廃りません。本日、子供の通う小学校で祝い事があり、餅投げをしました。運動場に、子供が約500名、ロープを張ってこちらは大人、父兄や近所の人たちが数名…。と、思いきや、時間が近づくにつれ、来るわ来るわ。エプロンがけの、近所の叔母ちゃん(おばあちゃん)軍団。片手に手提げ。これがまた、恐い。開始前から、ずいっずいっと、人を押しのけベストポジションに陣取り、いざ始まったと思うとダイビングはするわ、押しのけるわ、引っ張るわ、挙句の果て、私の胸にぶつかった餅をむしりとるわ。小さい子供なんか、固まっている。いや~、ところが実は、これがたまらない。これが、醍醐味だ。誰も怒らない。高知では、これを「もちをばいに行く」(奪いにいく)というくらいだから、少しくらい怪我をしても、誰も怒らないんです。それどころか、戦士の負傷とでもいうが如く、嬉しいのです。それにしても、あのダイビングしたおばちゃん大丈夫かなー。張られたロープの上に、大の字になっていた…。そのままロープごと、地面に撃沈…。そう、目は餅のみ、ロープが張られていようと関係なくダイビングしてしまうのも仕方なし。実は、私の祖母が存命のとき、「もちをばいに」行き、腰の骨を折って入院したいきさつがあります。84歳の時です。更に、退院したと思ったらまた、家族の静止も振り切り「もちをばいに」行き、反対側の腰の骨を折りました。2回目の入院です。そのまま寝たきりになり、104歳で往生しました。帰り道、道行く子供いわく「うちでは、おばあちゃんが一番上手だった。沢山とっていたよ。」と自慢していた。おもちが食べたくて、必死になっているのではなく、「ばう」のが楽しいのです。20個も30個も入った袋をぶら下げています。そんなおばちゃんが、沢山健在、高知は元気です。私は、娘が餅をばう写真を取りながらも7個も頂いて帰りました。カメラ片手に、いつの間にか手は餅を取っていました。私も、高知のおばちゃん…なのか!(笑)
2005年11月20日
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一部の障害者の人たちは、お金を出して施設を借りて仕事をしている。それぞれの施設に、親などが毎日送り迎えをする。あちこちに、小さな施設を借りているのだが、そういうのでは助成金も降りないのだそうだ。そこで、力を併せて大きな施設を建てることになった。大きな施設になると、助成金を出してもらえるそうだ。でも、その施設を建てるための資金が、不足している。私の知り合いのお子さんが、小さな施設の一つに所属している。知り合いは、不足分の募金を一生懸命集めていた。私もすぐに寄付をした。その時、知り合いが他の人に声をかけるところを見ていたのだが、話を聞いてもすぐ寄付を寄せてくれる人が、いかに少ないかにびっくりした。「私には関係ない。」という顔をする人や、「じゃ、今度私の方のもお願いできるかしら、そうしたら寄付してあげるわ。」と条件を付ける人や、話をどうしてもそらす人。中には、「こっちの方が、寄付してもらいたいのに。」などという人もいて、正直驚いた。普段、知り合いとは普通に四方山話をしている人たちなのに。うーん、どう考えても解らない。大変だなぁ。私は、世間知らずだなぁ。
2005年11月09日
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魚をさばくのを、しばらく止めている。なぜかと言うと、こないだ、もろにうごめいているア○○○○を見てしまってから、どうも鳥肌が立ってしまう。野菜に居る虫(幼虫)も、菜ばしでピッと除けてはいるが、どうしても苦手だ。生きているなら、なお更。虫に関しては、トラウマがある。それは、ここに書くのはやめておく。思い出したくないし。と言っても、思い出すのだ。仕方がない。○ニ○○○が動いているのを見た瞬間、思い出して氷ついてしまった。それ以来、さばく魚を買っていない…。ああ、なんて勿体無い。ますますエンゲル係数が上がる、というものだ。とかいって、…どうせ大名裁きなので変わらないのかも。ついでに、昆虫類も苦手だ。これも虫だけど。成虫。どうか、息子が大きくなる頃には「ムシキング」ブームが去っていますように。(笑)冗談はさておき、月一の割合で息子の食べられないものが増えていく。「ブリ」もだめだったし、もう魚コーナーで買う物といえば、「買えるもの」を見つけるのみ。選べなくなった。ただし、今のところ「肉類」は大丈夫そうなので、随分助かっている。たんぱく質の種類が違うとはいえ、卵=鶏肉、牛乳=牛肉の食べられない人は多いらしい。そして、注目は「豚」のアレルギーが増えていることだ。あんまり食べられないものが増えると、栄養失調の方が、心配である。そういう人は、症状を薬で抑えながら食べさせるというから、アレルギーの治りも遅いらしい。アレルギーって、大変だ。寒くなってくると、暖かい関西風うどんが恋しい。でも、カツオ(ダシ)がだめなので、食べられないのだ。カツオ・サバは、私の好きな魚の代表だ。だから、息子がアレルギーになったのかもね。近所のうどん屋さんは、小一杯105円。娘を連れてよく行っていたが、しばらくお預け。娘も、文句一つ言わず、付き合ってくれている。ところで娘は、息子のアナキフィラキシーの症状を知らなかった。というか、薄々はわかっていただろうが、今日詳しく症状を話していた時、涙ぐんでいた。検査をしたときの息子の様子を言っている途中、「なんで、そんな可哀想な検査をするの。」と問われた。自分の苦しかった喘息の症状を、重ね合わせていたということもあるかも知れない。だから、「もしかして、食べられるかも知れないという希望を持って検査をしたんだよ。でも、こんなひどいことになってしまったんだよ。」ということを、説明した。途中で、説明するのを止めようかと思ったくらいショックを受けていた。娘をかわいそうだと思った。最初から言わなければ良かった。が、ここで止めないほうが良いと思い、私も一生懸命説明を続けた。初回の気持ちに戻って、アレルギーの仕組みを一から説明した。娘が納得するまで、どんな質問でも答えるつもりだ。あなたもだけど、アレルギーは、対処できる病気だということを、一生懸命伝えた。対処できているから、二人とも毎日元気でしょうと。二人とも、良くなって欲しいから、必要な検査もするし、いろいろ協力もして欲しい。と。最後には、笑顔になった。ほっ…。人の心の機微をわかってくれる人間に育てたいと、娘が生まれた時望んだ。どうやら、そういう人間になりつつあってくれているようだ。でも、たった11歳(4日後に12歳になる。)で、そんなに敏感になるなんて、今から繊細すぎるのではないかと心配になるのも、親心だ。
2005年11月05日
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