全14件 (14件中 1-14件目)
1

久しぶりに縫い物カテです。袷の小振袖(ジェニー本「ゆかたと着物」では中長の袖と呼んでいます)。袖に出ている柄をお見せして。左の袖にもドラゴンがいるんですが、同じようなので省略。袖裏は、黒地に柄のある布なので、場所によっていろんな柄の部分が出ています。振り布はちょっと派手にしてみました。裏をちらり。実は裏に凝っているんです(笑)。裏地は、本のとおりに部分的につけています。身ごろの裏地はこんなのです。見えないところに凝るのがおしゃれ、と言えば聞こえはいいですが、人間だったら動くとちらちら見えるのがおしゃれだけど、人形ではそういうことがないから意味ないですよね(^^;) ただやってみたかっただけ~♪後ろから見たところ。帯は半幅帯のつもりなので、帯揚げと帯締めはつけません。結び方は、片流しの羽を大きくしたような感じです。ジェニ本では金襴で作っています。私が作った帯は生地が薄いです。クリスマスを意識した赤地に金の星で、カジュアルにしてみました。クリスマス以外の時期には、お太鼓にしようかと思います。
2008.11.30
コメント(0)
今朝のDさんのキーワードは「意表をつかれる」だったようだ。テレビを見ていて耳に入って気になったらしい。「ヒメは意表をつかれることなんてないよね」とのたまう。意表をつかれるためには、その前に他人がどういう行動に出るか考察しなければならないからだ。そんなこと考えない私が意表をつかれることはないだろう、と。ところがどっこい、私だって意表をつかれることはあるのだ。リカちゃんキャッスルから、商品発送メールが来た。S川で昨日発送したという。S川なら到着は明日だろう。と思うでしょ。そう思ってふらふら出歩いてたりすると、今日届いたりするんだよ、意表ついて。そこで、今日は外出しないで待っていたところ、S川の兄ちゃんが来ましたよ。どうだい、私だって意表つかれることもあるし、さらにそこから学習して相手の裏をかくことだってするんだぞ。どこが裏かいただよって?えー、まあそれは勢いで言ったまでで・・・。さて、また人形買っちまったぞ。脱ゴミ屋敷はどうしたんだ?あー、うー、人形の体積分、なんか捨てます・・・。朝の話に戻って、出勤するDさんが言った。「じゃ、ヒメのエサ代稼ぎに行ってきます。」ヒメは言った「うん、がんばれ。」おかげで今日もエサをたらふく食っている。
2008.11.26
コメント(0)
今読んでいる、というか読み始めてすぐイヤになった(笑)本、「マンガ・シェイクスピア」。楽天ブックスで品切れだけどこういうの↓A Midsummer Night's Dream MIDSUMMER NIGHTS DREAM# Kate Brown/Richard Appignanesi# HARRY N ABRAMS INC# JAN:9780810994751アマゾンでは買えるようだ。表紙だけ見ると「ハムレット」とか面白そうだが。しょせんガイジンが書いたマンガだしなあ(ものすごい偏見)。読みかけた「真夏の夜の夢」はつまらないよ。原作のせりふを変更せずに書くんだから、制約が多いのはわかるけどね。マンガだと思うと見てられない。「誰のせりふかわかるように人物が描いてあるだけ」とか、「数行に一つの挿絵がついてる本」とか思えばいいだろう。その挿絵の絵柄が私の好みじゃないのは誰のせいでもない・・・。もう十数年前に、イギリスの(小学校だか中学校だか忘れたが)学校の授業で、シェイクスピアが必修でなくなった。つまりそれまでは、日本の国語みたいな授業で、必ずシェイクスピアを読んでいたということだ。有名な作品というものは、それ自体の価値は二の次で、「みんなが同じ物を知っている」ことが重要なのだと私は思う。日本の子供がみんな「春はあけぼの」を知っていることは大事なことだが、ほんとにあの文章が絶対的に価値が高いと思っている必要はない。シェイクスピア作品は、学校へ行った人なら誰でも知っているというところに価値がある、というかあったのだ。イギリスでも、活字離れが問題になっているとかいないとか、子供たちが本を読まなくなったと問題にしているのは日本と同じ。シェイクスピア劇をマンガにしたのは、文字だけの本を読まない子供たちに読ませるためなのだろうか?個人的には、マンガ・シェイクスピアはしばらく読んでいない(ので忘れている)作品を見直すには便利だ。字だけのテキストより場面がわかりやすいので、探したい箇所も見つけやすい。初めてその作品を読む人に勧められるかというと・・・うーん。視覚的にその劇の印象が固定されるのが良くないと言うと、読む前に上演を観るのはダメだと言うことになるか?それはおかしい。シェイクスピアは芝居の台本を書いたのであって、読まれるための本を書いたのではないのだから。とは言え、芝居は演出家や舞台効果を作る人たちや役者たちといった、厳しい訓練を受けた大勢のプロが作り上げていくものである。初めて観た人が「これはこういう作品なんだ」と、別の演出による上演を観るまでは思っていていいものだろう。「なんかとりあえずビジュアル化しました」というマンガ(日本の基準ではマンガと呼べるかどうかもあやしい)とはレベルが違う。
2008.11.24
コメント(0)
寒くなった。昨日からお風呂にお湯を張った。ストーブはまだ出していない。長い散歩、というのは映画のタイトル。 奥田瑛二 監督、緒形拳 主演。元校長のおじいさん(緒形拳)が、親に虐待されている5歳の女の子を連れ出して、「本物の青空」を見せるために旅に出る。住んでる町が愛知県のどこからしいんだけど、工場の煙突から煙がもくもく出ていて、青空が見えないのだ。重い人間ドラマだと思うと、話が非現実的すぎておかしいが、ファンタジーというわけでもない。ハンパな話かな。日本映画にはよくあるように思うけど。主演が緒形拳さんじゃなかったら見られたもんじゃないだろう。でも、見て損する作品ではないと思う。見ているうちに、まだつかまらないで、この子に青空を見せてあげるまでは!という気持ちになってくる。
2008.11.21
コメント(0)
なければ作ればいいじゃない。と言うのは易く行なうのは・・・。でも食べたさに負けて、パウンドケーキを作った。マロングラッセ入り。ふんわりもっちりして、異様に美味いんですが?前と同じ作り方なのになんでだろう?話変わって、最近といってもだいぶ前だけど「ナルニア国物語」が映画化された。まだDVDになってないのかレンタルがまだなのか、とにかくなかったので、古そうなテレビシリーズらしき「ナルニア国物語」を借りた。2枚見た。これで物語の半分ぐらいかな。1940年ごろのイギリスの子供たちの服が可愛い。という点だけがポイント高くて、あとはなんだかなあのドラマである。いや、駄作とは言わないが、生理的にダメ(笑)。フォーンや動物たちが着ぐるみで、デザイン的にキモイ。子供のころ見たらトラウマになりそうだ(^^;)。CGを使わないとこうなるのか、という技術的な問題というよりはセンスの問題だろう。アナグマとネズミがキモイぞキモイぞ・・・と思っていたところ、ドラゴン登場。もうカンベンして(笑)。とか言いながら、最後まで見ちゃうんだよな。まだ続きがあるから、それも見ちゃいそうだ。3年ぐらい前の映画は大スペクタクルファンタジーだと思う(まだ見てない)が、このドラマはどっしりのったり、紙芝居みたいな手づくり感あふれる作品だ。まあ低予算なんだろう。こ、こんな話だったけ?!と、奇妙な方向に目からウロコを落としたい人は見てごらん(笑)。
2008.11.20
コメント(0)
もう長い間おいしいお菓子を食べていない。ここド田舎だから、近所のスーパーにはdecentなお菓子がないのだ。中村屋のゲッペイやパイ菓子が最高レベル。それもまあ美味いのだが、私が食べたいのはケーキやシュークリームだ。まともなクリームを使ったケーキは、駅のほうの商店街に行かないと買えない。最近、あっちのほうへ行く用事がなくて、ケーキも買えないのだ。Dさんが電車で非常勤に行っていたころは、帰りに買ってきてくれたんだけど、非常勤やめてからはそれもなくなったし。というわけで、今日のデザートは自分で焼いたバターロールにブルーベリージャムをつけたもの。このジャムが「岩大滝沢農場産果実100%使用」で美味いのだよ。やっぱりケーキ買いに行こうかなあ。「お菓子がなければパンを食べればいいじゃない」とうそぶいていられるのも、あと数日という気がする。
2008.11.19
コメント(0)
90%自分に言ってるんだけど。葉書の返事書くのに2週間ってダメすぎだろう。死んだと思われてるよ・・・。あとの10%は落札者に。代金を振り込んでから最初の連絡をくれるのはもちろんOKなんだけど、昼間振り込んで連絡は夜になるんだったら、前日に住所氏名だけでも知らせてくれればいいのに。そうしたら入金確認してすぐ発送できるんだよな。通帳に名前だけ残されても発送できませんよ。落札者を思いやって早く発送してあげたいというのは10%で、90%は自分がさっさと取引を終わらせたいからなので、それほど正当な主張ではないからここでぶつぶつ言うだけにしておく。話変わって、2ちゃんねるでしばしば聞く意見なのだが、個人のブログで「2chでこういうことが話題になっていた」と書いているのがムカつくとかおかしいとか。なんで?私の場合、人形板は重要な情報源だから、「2chで見たんだけど・・」とブログに書くことがよくある。それはメーカーやショップのサイトで見た情報や、個人サイトで仕入れた情報を、こんなふうに書いてありましたと書くのと同じである。個人の場合は必要なければサイト名は書かないけど、企業のサイトや公共の掲示板から得た情報なら、情報源を明記することが多い。情報源が2chであることを明記すると、非常識だとかバカだとか思う人が少なからずいるらしくて、私もそう思われてるんだなあと思うと、なんか気分悪い。べつに違法サイトじゃないし、誰でも閲覧したり書き込みしたりできる公共の掲示板なのに、そこを見てきたと言うと変に思われるというのが理解できない。2ちゃんねるのどこがどう特別なんだ?選民思想か?(言ってるのは2chに書き込みしてる人たちだから、自分たちは特別だと思ってるのかという気がする。)思想は自由だし、私のことをバカ呼ばわりしたってべつにいいけど、その思想をまた公共の場所で言っちゃうのがよくわからんよ。まあ、言ってくれるから、私にもそういう考え方をする人がいるということがわかるので、言うのをやめろとは思わないけどね。
2008.11.17
コメント(0)
Dさんが、最近覚えた単語。PSYCHOMACHIA見てのとおりギリシャ語起源で、精神的葛藤みたいな意味。私は演劇用語だと思っていたが、それ以外の文脈でも使えそうだな。それはそうと、私はこの単語を「サイコマキア」と読んでいた。それって何語だよ?machiaは英語で「メイキア」のように読む。そしてpsychoを「サイコ」と読むのは英語だけだ。うーん・・・。もう一つ、二詞一意 hendiadys (カタカナ表記すると「ヘンダイアディス」)二語で一つのものを表す。といってもわかりにくいよね。nice and warm (=nicely warm)のような用法、と辞書にあるが、ちょっと待て。nicely warmだって二語じゃないか??というわけで私にはわからんw一家に一人学者がいると、役に立たない知識を授けてもらえて面白いこともある。その学者、「ムーランルージュ」を知らなかったよ。「コットンクラブ」も(-_-||)。昆虫学者や天文学者なら許すが、文学者だよ?本人は密かに美術史家だと思っているフシさえある。映画や芝居に関する己の鑑賞眼に自負も持っている(言わないけど絶対持ってるよw)。それにしては人形オタクのおばちゃんより知らないこと多すぎ!ハリポタを読んでないことをたまに気にしている(通俗小説は文化の重要なファクターだと思っているから)が、そんなもんよりアガサ・クリスティとかP.G.ウッドハウスを読めよ(ムーランルージュとは関係ないが)。
2008.11.16
コメント(0)
ブームにいつも1周どころか2~3周遅れている私は、今ごろ「鋼の錬金術師」を読んでいる。20巻まで読んだ(それが最新巻。まだ終わってない)。面白いじゃないか!キャラもストーリーも好きだ。人気が高まったからといってグダグダ引き伸ばさないところがいい。とても締まりのいい作品だと思う。マンガ20巻ぐらいは、ふつうは1日で読んでしまうのだが、これはあまり速く読むのがもったいなくて、4日かけて読んだ。さて、最初からもう一度読むか。その間、読みかけの小説はうっちゃっている。『薔薇の名前』を読んでいるのだ。これなんて30周ぐらい遅れてる気がする。なんか難しそうで開いて見ることさえしなかったのだが、読み始めてみたらとりあえず話にはついていける。宗教会議みたいなことやってるところは、やっぱりわからないのだが。登場人物の主張を読むと「なるほど」と思うのだが、それが対抗する意見よりどこがどう勝っているのかがわからない。主人公が言ってるんだからこっちが正しいんじゃないの?みたいな。ダメだねこの読者は。
2008.11.13
コメント(0)
宮城聰演出の『ハムレット』を観た。『ハムレット』はノーカットで上演すると3時間半はかかる。休憩時間を含めて4時間は覚悟しなければならない芝居だ。近年ノーカット上演が多いけど、田舎の劇場でそんなことやるかなあ?せいぜい休憩入れて3時間じゃないだろうか。と思って行ってみたら、なんと1時間40分と書いてある。ウソだろ!前半しかやらないんじゃないのか~?しかし、それは紛れもなく『ハムレット』、ちゃんと最後の場面まであった。通し狂言というわけにもいかない、というのはやっぱり大幅に原作をカットしていた。主なカットされた場面は、最初に夜警たちが亡霊を見る場面、レアーティーズがオフィーリアに、ポローニアスがレアーティーズに訓戒を垂れる場面(完全になくなってはいないが5行ぐらいになっていたw)、ハムレットが亡霊について聞いて自分で夜の胸壁へ行ってみる場面(ホレイショーが亡霊の話を始める前のせりふから、ハムレットが亡霊と会話する場面に飛ぶ)、ローゼンクランツとギルデンスターンは存在自体カット、フォーティンブラスが兵を率いて進む様子をハムレットが見て第4(だっけ?)独白を言う場面、墓掘りの場面。要するに、ハムレットの感情と行動だけを追っているような芝居になっていて、『ハムレット』という劇のひとつのあり方としてはいいと思う。ただ、初めてこの芝居を観る人は、退屈でも(笑)ノーカット上演を見たほうがいいと思う。どの場面やせりふが自分にとって「いらない」か、初めて観るときは演出家に決められるより観客自身が見て決めたほうがいいだろうから。演出家自身が「エッセンス」と言っていたように、物語の主筋からはずれることなく直球で進む芝居になっていた。猥雑で豊穣な原作とは別の芝居になっていたと思う。面白い芝居ではないが、大切な良いものを観たと思える芝居だった。宮城演出では、ハムレットの感情と行動に説得力を与えることに成功していると思う。私は過去に上演、映画を合わせて10種類ほどの『ハムレット』を観たと思うが(意外と少ない)、ハムレットがオフィーリアの遺体を前に慟哭する場面に初めて感動した。あ、これ、じーんとする場面なんだと、初めて思った。自然主義とはほど遠い演出なのだが、感情の強さにリアリティを与えることに成功しているのだろう。なぜか原作を書き換えている場面、いろいろあるが、旅役者が登場している場面で二つ気になった。まず、役者にトロイ炎上の場を語らせる場面。原作では三人称でプリアモスやヘカベの様子を語るのだが、今日の上演ではヘカベのせりふとして息子の死と敗戦を嘆いて聞かせた。白石加代子さんを思わせる台詞回しだと思ったのは気のせいか・・・。もう一つは、クローディアスの有罪を確かめるためにハムレットが上演させた劇中劇。原作ではクローディアスがやったと同様の兄殺しの話だが、それが『リチャード三世』になっていた。女が夫を殺した男に口説かれてその男と再婚するという筋書きは同じだが、リチャード三世の話では、女は相手が夫を殺した犯人だと知っているわけで、それを劇中劇にするということは、ガートルードはクローディアスが王を殺したことを知っていたとほのめかしているということになる。その後のガートルードの言動からは何も明らかにならなかったが、この演出の意図はちょっと聞いてみたいところである。登場人物たちの衣装や使う楽器とそのリズムは、国籍不明の「なんとなくアジア」、役者たちの歩き方など身のこなしは狂言を思わせるところが多かった。視覚、聴覚的に国籍も時代も特定しないことで、ハムレットの感情と行動に焦点が絞られるのも演出の狙いかもしれない。ところが、ハムレットたちが死んで横たわっているとき、いきなり1920年代か30年代(無知なので特定できないが「コットン・クラブ」の時代っぽい)の音楽が流れてきて、車が止まって人が降りる音がする。音だけ。そして、フォーティンブラスのせりふとラジオ番組の司会者みたいな語りが2、3行。フォーティンブラスは舞台上には登場しない。あそこで急に時代と場所(地理的位置というより欧米先進国の人々が支配していた場所)を特定するような音を流すのはなぜなのか。なぜ20年代なのか。60年代でも2008年現在でもなく?そういうもろもろのことを、演出家に聞いてみたい、わけではなく、観客が自分で考えればいいことなのだが、今日は上演につづいてトークがあったので、宮城氏がいろいろ話してくれるのかと思った。ところが、対談相手の作家KS氏が、自分が劇を演出したことがあるだの、自分が書いた小説が映画化されてどうのこうのということばかり喋って、今日の芝居の話をしない。Dさんが退屈でたまらなそうで、帰ろうかと言うので、話途中で出てきてしまった。あのあと、今日の『ハムレット』の話をしたんじゃないかなあ・・・(^^;)
2008.11.09
コメント(0)
このところ、ネット上での交流を休止している。意図的にそうしているのではなく、ほかにどうにもならないのである。人のサイトや掲示板で文章を読んでも、「そうなんだ~」しか思うことがない。もともとそういう傾向が強いから、コメント書くのは苦手だったのだが、このごろ極端である。「・・・が~~なんです」と書いてあるのを読んで「ふーん、・・・が~~なのか~」しか言葉が浮かばないと、コメントが書けない。対面して会話をしているのなら、そんな状態でも「あいづちを打っている」ことになるからまあいいかもしれないが、ネット上ではそういうわけにいかない。そんなオウム返しなコメント書かれたら気持ち悪いからね。自分のブログにつけられたコメントに対するレスも、言葉が浮かばなくて書けない。ああ、そうですか、わかりました、しか言うことがないのだ。だからブログは全部コメント不可にしてある。何年もかかってネットで知り合いを増やし、交流を深めてきたのに、ここで切れてしまうのは大損害だ。しかし、言葉がないのでは、ネット上では打つ手がない。オウム返し以外に言葉が出ない。コミュニケーション不能である。今までがんばりすぎていたのかもしれない。リアルでは、それこそあいづちしか喋らない人間なのだ私は。人の話を聞いて積極的に感想や意見を持つようなことはまずない。ブログの記事にコメントつけるときは、「よかったですね(^^)」とか「それは非常識で頭にきますよね」とか、価値判断を含む感想を書くことが多い。価値判断といっても、相手が期待していないと思われることは書かないから、そんなに内容があるわけでも創造的であるわけでもないのだが、私としては「そうなんだ~、うんうん」という以上のことを発言するのは自分らしくないと思っているから、ストレスになるのだ。コミュニケーションってそういうものなんだけどね。相手の言ったことを曲げずに受け止めて、ほんの少し自分の創造を付け加えて投げ返す。このことはもうしばらく自分で考えてみるが、書くのはめんどくさくなってきたのでこれで終わり。一つだけ発見というか思い当たることを言うと、人形やってて、もともとコミュニケーションが極度に苦手な自分が無理なことやってることに気づいたようである。人形者の交流は、サイト主に対して、その人の人形・カスタム・コーディネートなどを自分がいかに素敵だと思うか、いかに面白いと思うか、ということを力説するのが基本である。実際すばらしいと思うからROMだけじゃ物足りなくて交流を始めるのだが、「感想を持つ」ことがもともと苦手な私にとっては、最初から無理なことだったのだ。「・・・が面白いです」とか「+++が素敵ですね」しか言うことが思い浮かばず、そんな小学一年生みたいなコメントばっかり書いていたら、自分がイヤになるに決まっている。そんなわけで、ほんとに終わり。
2008.11.08
コメント(0)
夕食後、書斎に入っていったDさんが「ちょっと来てごらん」とヒメを呼ぶ。小声で呼ぶときは、クモくんを発見したか、窓の「外側」にヤモリを発見したときである。今回はヤモリだった。ヤモリは窓に貼り付いていて、こっちからは腹側が見えている。足の吸盤もよく見える。ガラスは冷たい。外の気温もかなり下がっているはずだ。寒くて動けなくなりはしないのだろうか。家の中が暖かいから入ってくるかもね、とか言っていたら、トイレの窓から入ってきたことを思い出してDさんが怖がりだした。私はちょっと期待♪今日の夕食はおでんだった。こたつに布団はかけてあるが、まだ電源は入れていない。お風呂はシャワーだけ。そろそろお湯を入れようかな。いろいろ気をもんだがオークションは好調。新規の人が高値をつけて焦った物件も、ちゃんとした人が落札してくれて、無事発送できた。いつも変な質問が来るカテゴリにも出していたが、何事もなく、落札者は模範的ともいえる人だった。そういえば、以前に変な質問(書いてあることを無視して海外発送できるかと訊ねるような)をしたヤツはブラックリストにぶち込んであるんだった。そういうヤツは他にもいっぱいいると思うのだが。今回はたまたま見つからなかっただけかも。オークションにもお世話になって、脱ゴミ屋敷作戦はゆっくりだが着実に進んでいる。減らすことはうまくいっているというわけだが、増やさないようにするのが難しい。完全に買い物禁止にすると何かが爆発しそうだから、そういう無理な禁止令は出していないが、かなり抑制していることは事実。そしてそろそろ反動がきそうで戦々恐々しているのも事実。amazonであれとあれをポチってしまったし、あれとあれとあれもポチりたいんだああああああ!冬眠でもしてろ!と自分に言いたくなる。どうでもいいけど、私もちょっと変温動物なのだ。寒いと体温が下がってしまう。体表温度だけだと思うが・・・いや、よくわからん。(追記)やっぱり出るな。ゴミ屋敷の広告。出るのはいいが「人気のゴミ屋敷」って何だよww
2008.11.05
コメント(0)
授業で使う教科書は、毎年授業担当の先生が決める。教科書を作っている出版社からサンプルの教科書が送られてきたり、営業の人が学校に持って来たりして、たいていその中から選ぶ。Dさんの業界の話である。教科書を採用すると、その出版社からささやかな、本当にささやかな御礼の品が届く。カレンダーとかタオルとか、くれたから来年もその出版社の本を採用してやろうなんて誰も思わないような、だったら何のためにくれるのかわからないような、つつましいプレゼントである。今年はしかし、ちょっと変わった物も来た。うどんである。稲庭うどんだ。長い乾麺が長い箱に入っている。手こねとか書いてある。食べ物をくれることは珍しいし、中でもなぜうどん?うどんの製造業者名を見ると、N堂とある。出版社の名前だ。本とうどんを作る会社?入社すると「君はうどん部ね」とか言われて、手こね3年やると次は編集部に移ったり・・・んなわけあるか?!今日、そのうどんを食べようと思って封を切った。挨拶状が入っていて、うどん屋N堂は「偶々」出版社N堂と同じ名前だと書いてある。たまたまかよ!やってくれるじゃないか、N堂。うどん、美味しくいただきました。まだ残ってる。乾麺だから、数日後にまた食べるとするか。先生、また来年も採用したく・・・ちょっとなるかもねw
2008.11.03
コメント(0)
こたつは一年中テーブルとして使っているので、正確には出したじゃなくて布団をかけてこたつとして使えるようにした。まだ電源は入れなくていいと思ったのだが、Dさんが「コードつながってないんだね・・」と残念そうに言う。い、入れたいのか?!今こたつを出して、しまうのはゴールデンウィークのころ。つまり、半年こたつを使っているということ。こんな暖地なのに。ていうか、関東に住んでたころと同じなのだ。単なる習慣か・・・?オークションがちょっと不安な状態になっている。中古で完全な状態じゃないと明記してるのに、ショップで新品を買う値段に迫っている。送料を加えたらお店より高くなるよ!おかしいよ絶対!プレ値がつくようなモノではない、断じて。定価の3分の1ぐらいで売れれば御の字だと思ったのだ。いくらで入札しようが人の自由だが、最高額入札者が新規の人だから不安なのだ。落札してから、こんな値段で買えるかよ!とトンズラされるか、商品を受け取ってからネチネチ難癖つけるようなコメント書かれるんじゃないかとガクブル。黙って入札削除したろうかと思ったが、次点の人も似たりよったりだ(TT)。何年もかかって築き上げてきた実績を、評価バトルで汚したくないぜよ。←と言ってみたら、みみっちいことをwと笑う気になった。汚したくないというのは本音だけどね。だれか助けて~!って冗談だけど。不安を感じる入札は全部削除すりゃいいんだよな。自分で責任もてる範囲のことだけをしようと思えばそうするしかない。あるいは、成り行きにまかせてどんな厨に落札されようともどんなDQNなコメントつけられようとも最後まで冷静に対応するという責任の取り方もあるか。イヤだけど。
2008.11.02
コメント(0)
全14件 (14件中 1-14件目)
1


