放送大学で 日本語学(国語学)、書誌学 などを講義されていた 杉浦克己 先生が亡くなった。テレビでの印象は何となくとっつきにくい感じだが、授業内容は非常に分かりやすいものだった。膨大な知識の集積である国語学の全体をどう提示できるか。この授業を聞いて目を開かれた人も多いだろう。
杉浦先生は 放送大学を卒業 されて准教授になられたと聞いたことがある。放送大学の問題点、受講生の思いなどがよくわかっていたのだろう。東京大学から天下ってくる教授とは一味も二味も違う。まず授業時間が45分、一般大学では与太話で終わってしまう時間である。いかに 45分で中味のある授業 を展開するか、とことん考えられた。書誌学などは 実際の古文献を見せながらの 授業で、江戸時代の書籍の形、文字の配置などを示しながら、読みのモデルを試みられた。粘蝶装(でっちょうそう)の書籍など図で示されても形がどうなっているのか分かりずらいが、実物をみせられれば一目了解である。
テキストも工夫がこらされていた。最後のほうに参考文献と理解度チェックの テストコーナー があり、この解答にも 丁寧な解説が施されていた 。通信教育のテキストは読むには読むが 理解するというところまで中々いかない 、ということを知っているからの工夫だろう。
放送大学は全部、録画、録音による授業である。学生の顔が見えない。理解度がライブで見えない。学生の反応を見て、臨機応変に授業内容を変更するということができない。理解したかどうかは最終のテストで確かめるほかない。既存の大学から横滑りの教授は、一方的に授業するしか方法がない。学生側からすると、まったく理解不能の授業も出てくる。
テレビの利点をふまえて 実物を見せると 言う事は徹底していた。放送大学に資料がない場合は博物館で録画で実物を見せ、その博物館の学芸員の話をつけた。和紙作りは山の中の和紙工房での作業を木の断裁から始め、和紙を乾かすまで写しとり、細かな解説をつけた。
放送大学のすごい所は亡くなっても授業は行われる所である。次期(4年ごとに更新される)講義はない。 日本語学、書誌学、日本語教授法
に関心ある方は、ぜひ視聴を。
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