中高年の生涯学習

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2023.11.26
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400メートルハードル日本記録保持者の為末大(だい)さんが「熟達論」という本を書いた。今年(2023年)の7月に出た本で最新の本だ。スポーツ選手が本を出されるのはめずらしい。「走る哲学者」と言われている。非常に読みやすく、すいすい読んでしまう。明解すぎるのだ。
為末さんは法政大学卒業である。法政には 福田定良 という不思議な哲学者が教授を務めていた。大衆文化、落語や芸能などを哲学的に考察するというスタイルだ。授業も講壇から降りて、教室の一番前の長つくえに腰をかけ、学生に世間話のように「哲学」を語り掛けていた。岩波書店の目ざとい編集者は、これを「岩波新書」にしてしまった( 「民衆と演藝」 というタイトル。図書館か古本屋で)。何年か後に、為末さんはグラウンドで語る哲学者になるだろう。
本の内容はハードルのトレーニングを中心にしたものだが、「熟達」は他の分野にも共通する概念である。オリンピック選手ということで熟達に秀でた多くの人に会うことができ、話を聞いている。その話を自分の考えに取り入れ、温めたようだ。直接的なインタビューの内容は書いてない。熟達とは主に芸道で重視される概念で学校教育の知識を蓄えるものとは違う。一つの分野を深め極めるという性格のものであろう。書道、お茶、弓道、日本舞踊等、日本の芸道では熟達することが、その道の権威といわれる。
為末さんは熟達の段階を「遊」、「型」、「観」、「心」、「空」の五つに分けて論じている。ここが為末さんのオリジナルなところだろう。しかし宮本武蔵の「五輪書」と似ている。「五輪書」よりわかりやすいところは現代の読者には適している。
​​為末さんは大学の時、実力が伸びず悩んでいた。日本代表の合宿で短距離コーチの高野進さんに出会った。悩みを話すと「ちょっと走ってみて」と言われた。その走りを見て、高野さんは「足を三角に回しなさい」とアドバイスされた。なんのことかわからなかったが、言われた通りやってみた。すると今度は「君は器用貧乏だから不器用になったつもりでやりなさい」。ますますわからなくなった。このアドバイスの 意味 は同書で読んでもらいたいが、高野さんは問題になっている為末さんの クセを見抜いたのだ 。言われた通りやっていると、いつのまにかスランプを抜けていった。これが熟達者との最初の出会いだった。ふつうは、これで終わりになるところだが、為末さんは「熟達とは何か」を考え始めた。熟達論という哲学だ。どうすれば熟達できるのか。この理論を構築できれば多くの人に役立つだろう。その成果がこの本として出版できた。​​
​技能の向上には自分を知り、 自分を扱う方法 を実践を通じて体得することだという。コンピュータで言えば、人間はOSであり、技能はOSの上で動くアプリケーションに喩えられる。この人間と技能をアップデイトしていくことが熟達の本質だ。「遊」、「型」、「観」、「心」、「空」とは何か。これを詳細に論じていく。序章で、大まかな定義がくだされている。「遊」とは不規則さと面白がる姿勢を身につける段階。「型」とは意識的に、あうポジションを身体に刷り込み、無意識に基本的な動きが出来るようになる段階。「観」とは自分の動きを観察することで、部分の関係と構造が理解できる段階。「心」とは中心を捉え、自在に動ける段階。「空」とは自我がなくなり、技能が自然に表現される段階。こうした段階は行きつ戻りつすることもある。需要なのは自分の現在地を知る手掛かりになり、問題解決につながることだ。​
​ここで突然、為末さんは孤独論を展開する。孤独感を和らげる簡単な方法は集団に属することだ。そこでの役割を見出すことによって安心する。しかし、そこで認められるとは限らない。勝ち負けがはっきりしているスポーツの世界では評価は単純である。その他の領域では評価の基準がはっきりしないし、時代が変わると基準も変わってしまうこともある。集団の常識というものに慣れてしまい、 そこでの不条理 も常識になってしまう。他者といる時、私たちの注意は他者に向かい、自分と向き合うということをしなくなる。孤独の時間は今まで気づかなかったことを浮かび上がらせ、人をオリジナルな存在にする。​
​集団に属することと孤独であること、この二つの状態を選べる人は幸いである。しかし、これはそう簡単ではない。普通、人は就職すれば会社という集団に属する。仕事に追いまくられて孤独であることは許されない。時々、仕事をさぼって喫茶店に逃げ込み、つかの間の孤独にありつく。老人の独り暮らしや病院での入院生活では孤独という悪魔が忍び寄る。看護士という仮の集団に話相手になってもらって一時的に孤独から逃れるということもある。この辺は、 どうにもならない自己 をコントロールしなければならない。ここが熟達論の第一のポイントである。​
為末さんは「型」を二つ目の段階に置いている。普通の人は、この「型」をマスターするだけでも大変である。これは限りない繰り返しという修練が必要である。同じことを1万回以上繰り返す。同じことを繰り返すということは飽きてしまう。大抵、ここで脱落してしまう。ここで第一段階の「遊」が効力を発する。「遊び」の意味を馬鹿にしてしまうと、「型」までたどり着けない。トレーニングの質は「適応」と「醇化(じゅんか)」という二つの要素で決まって来るという。腕立て伏せをすれば腕の筋肉が太くなり、より多くの回数がこなせるようになる。これが「適応」である。「醇化」とは難しい漢字だが、同じ刺激を続けていると体が慣れてしまい、変化が起こらなくなることである。「醇化」が起こった時は、違う種類のトレーニングをしろと指導する。長距離選手の場合なら短距離選手が行うダッシュをしたほうがよい。これは自己の今の状態を冷静に察知することが必要である。
​「型」とは「土台となる最も基本的なもの」で、「走る」場合の「型」とは「片足で立つこと」だそうだ。誰でも出来そうなことだが、スプリンターの場合、1秒間に5回、足を回転させるという。右足、左足を交互に高速で動かす。中高年の人はやらないでほしい。足がもつれて怪我をする。「型」の章では様々な「型」の習得法が紹介されるが、最近は海外で活躍する選手が出ている。この場合、英会話は必須のトレーニング科目である。「観」の章で、それが出てくる。これも「型」であろう。為末さんの場合はスポーツトレーニングと同じように スピーキングもリスニングも時間をかけて繰り返す というやり方である。完全に暗記である。​
「観」、「心」、「空」の段階はオリンピックへ出場するレベルの人の話で、普通の人は「型」の修得のレベルで十分だろう。「遊」と「型」の章だけでも参考になる金言が満載である。
​​「型」を身につける方法として、塾に入るという手がある。これは、もちろんお金がかかる。書道、お茶、ダンス等で、大体、同じことを繰り返す。先生は毎回、一つの新しいことを付け加えていく。週一回でも半年くらい行けば、ほとんどの所作は身につく。これは他律的やり方。 お金をかけず、自律的にやる には、お坊さんのお経が参考になる。最近、仏事に関することがあり、お経を聴くことが何回かあった。お経はいくつか種類があるが、一つが30分くらいかかる。 お坊さんは意味不明のお経をよく覚えている なとボンクラ頭は考えていた。実はお坊さんは朝4時くらいの起きて、朝の勤行がある。これが1時間くらい。毎日、同じお経を読み上げている。最初は経本を手に持ち、文字通り読む(音読)のであるが、3か月位続けると経本なしでも読めるようになる。お経を読むことはお坊さんの最大の仕事である。この方法で、英語でも歌謡曲でも論語でも丸暗記が出来そうである。最近はCDも出ており、それをかけ、オーバーラッピングすればいい(モデルの声にあわせて、声をかぶせていく)。「空」の段階まで行けば、サトリ(悟り)もついてくるかもしれない。​​





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最終更新日  2023.11.26 10:01:05コメント(0) | コメントを書く


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