中高年の生涯学習

中高年の生涯学習

2023.12.24
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​今年(2023年)の芥川賞は市川沙央(さおう)の「ハンチバック」に決定した。未知の作家は、たちまち有名になり、あちこちのメディアに出ている。芥川賞は 純文学というジャンル になっており、話題にはなるが、普通の人にはなかなか理解しがたい作品が多い。3回くらい繰り返し読むと、おぼろに作品の骨格が見えてくる。「文藝春秋9月号」に全文が掲載され、市川のインタビュー記事、選考委員の選評などが入っている。「文藝春秋」は主に中高年の保守的なおじさん、おばさんを読者対象としており、たぶん、この作品は「読んでもわからない」、「半分読んでギブアップ」、「無視する作品」のような気がする。​
​市川も、この小説の主人公も 先天性ミオパチー の一種「ミオチュブラー・ミオパチー」という難病を患う障がい者だ。ミオパチーとは筋肉に現れる病気を意味し、色々な病型がある。筋肉の張りが弱く、体がぐにゃぐにゃ曲がってしまう。遺伝子の異常が原因のようだ。市川の姉も同じという。​
​​受賞者インタビューで市川は 「父は破廉恥さに激怒した」 と語っている。中高年の、普通の感覚である。逆に言えば、それだけ衝撃的作品ということになる。市川は、学校は中学でドロップアウトと語っているが、実際は学校へ行きたくとも行けないという日本の教育制度の犠牲になっている。それでも勉強したい人は裏街道があり、通信教育で大学まで通過可能だ。作品の中で中卒でも行ける大学として、第一は単位を取れば高卒資格なしでも特修生制度のある所に潜り込んで、第二の現在は早稲田大学人間科学部の通信課程に学んでいる。第一の大学は放送大学だろう。これを市川は 「学歴ロンダリング」 と言っている。​​
市川は「障がい者で文学賞を取った人はいない」と言ってるが、乱歩賞を取った二木悦子がいる。謎解きの本格派と江戸川乱歩が認めた。二木は児童文学を書いており、さすがに殺人事件は出てこない。
さて「ハンチバック」は、どこが芥川賞に値するのか。
​気付くのはやたらとカタカナ語が出てくる。さらにIT用語。タイトルのハンチバックとは本文中に「せむし」という語にルビをつけて使用されている。英語のhunchbackは 背が曲がっているという状態 を表現している。日本語では「せむし」という 差別用語 になってしまう。ユーゴーの「ノートルダムのせむし男」も原題は「ノートルダム・ド・パリ」で「せむし」という用語は使われていない。翻訳者が本文内容から、この用語を選んでいる。映画のタイトルも、そのままである。現代では背中の曲がりなどは手術で取り除くことが出来る。色々な障がいの症状として現れる。​
​​作品冒頭は、文学作品としては 異例のHTML言語 で始まる。HTMLとはホームページを作製する言語である。主人公がアルバイトで行っている男性向け風俗専門のウエッブメディアへの投稿である。こうした記事のライターとしてお金を稼いでいる。こういう記事を「コタツ記事」と自嘲して表現している。「コタツ記事とは、取材せず、ネット上の情報のつぎはぎで粗製乱造された記事」と説明している。この冒頭は芥川賞もエロ文学になったかと思わせる諧謔で始まる。その後は主人公が生活しているグループホームの日常が描かれる。ただこれだけなら生活記録レベルの「文学」で終わってしまう。芥川賞を受賞したのは日本社会への 知的異議申し立て が仕組まれている所が評価されたのだろう。​​
「生産性のない障がい者に社会保障が食われることが気に入らない人」にも「留飲を下げる」ような一文を入れている。「気に入らない人」が増えているし、なんと社会福祉施設の職員にもいることは昨今の事件などで新聞記事になっていることで明らかだ。なぜなのかについては評論家が論じることで、小説家はドラマ仕立てでこれを表現する。そのキーワードになるのが 「読書バリアが生ずるマチズモ」 である。自分の障がいを「曲がった首でかろうじて支える重い頭が頭痛を軋ませ、内臓を押し潰しながら屈曲した腰が前傾姿勢のせいで地球との綱引きに負けていく」と表現し、紙の本の重さで背骨が曲がっていく実状を訴える。普通の読書人は考えてみたことはなかった。「目が見えること、本が持てること、ページがめくれること、読書姿勢が保てること、書店へ自由に買いに行けること」。この5つの健常性を満たすことを要求する読書文化のマチズモを憎んでいた。少し後のページで「マチズモ」を健常者優位主義のルビに使っている。マチズモを英和辞典で調べてみると、machismoというスペルで「男らしさ、男の自己顕示欲」と訳されている。フェミニズム論で出てくるような言葉を障がい者問題に引っ張り込んだようだ。
​小説の後半は、このマチズモをひっくり返す 逆マチズモへと展開 する。女性優位、障がい者優位の世界とはどんな世界か。グループホームの職員田中は主人公が垂れ流していたツイッターのアカウントを見つけて、つぶやきを読んでしまう。エロ小説の投稿がばれてしまう。「妊娠と中絶がしてみたい」、「出産にも耐えられないだろう」、「育児も無理だろう」。このツイートを田中はチェックしていた。人手がなく、主人公の介護に田中が担当することになる。主人公は1億5千万円で男を買うという行為に出る。1億5千万円はギャクだろう。田中はズボンとパンツを引き下げる。田中の一物を口に入れる。田中は女のようなよがり声をあげる。逆マチズモが生み出される瞬間だ。​
専門の福祉職員の場合、こういう主人公にどのように対処するだろう。介護現場では田中のような非専門の、指導力のないアルバイト要員が多い。介護職員の給料が非常に安いことが問題になっている。人手が集まらない。臨時にアジア各地から安い労働力を調達しようとする。実際の介護現場では、午前中は日本語教室になってしまう。専用のフレーズを覚えるのに精いっぱいで、とても心の通じ合うコミュニケーションには間に合わない。こういう福祉政策を決定している政治家は、せっせと裏金を集め、老後に備えようとしている。この政治家を選んでしまった日本人の多くも似たような感じである。老人ホームの職員は、ほとんど外人とアルバイト職員といううそ寒い現実が待ち構えている。成金族が入る高級有料老人ホームと天下り所長が管理する官製有料老人ホームとに日本の老人政策は差別化されている。
市川はエロ小説に仮託して、政治思想小説を書いたのだ。
この本は単行本になって書店に並んでいる。





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最終更新日  2023.12.24 10:10:22コメント(0) | コメントを書く


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