中高年の生涯学習

中高年の生涯学習

2024.04.28
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​中高年は病気を持つことが多い。病院の待合室は高齢者ばかりだ。身体を動かさない。一日中座っていることが多い。新聞やテレビの広告はそんな中高年を狙った 高額のサプリメント ばかりだ。尿が出にくくなる、筋肉痛、腰痛、皮膚やのどに腫れ物が出来る。病院へ行くのも面倒なので、つい、こういうサプリを試してみたくなる。深刻なのはガンで、あなたは余命半年などと宣告された時だ。どうしていいのか、頭が真っ白になる。​
健康を保つにはどうしたらいいか。江戸時代の禅僧に白隠禅師という人が「夜船閑話」という本を書いている。江戸時代の健康本だ。文学部の人間でも、ほとんど話題に上らない本だ。古典文学全集にも入っていない。半分は虚構のようなので、文学にも見える。村木弘昌先生が「 医僧白隠の呼吸法 ー「夜船閑話」の健康法に学ぶ」という本で解読法を伝授している。この本は柏樹社から出版されたが、柏樹社倒産したため、現在は春秋社から新装版が出ている。ここでは柏樹社版で紹介する。
​「夜船閑話」の本文は難解だ。医学用語や禅の専門語、中国古典の漢語などが出てきて、現代文に訳されても理解するのは難しい。村木先生は段落ごとに現代文にして、難読単語を解説するという古文を解釈するような手法をとられた。要は 白隠禅師の呼吸法は丹田呼吸 だというのが、その主張だ。村木先生は医学の面から呼吸の意義を解説している所が、この本の強みだ。​
白隠は貞享2年12月に富士山の裾野、原の宿で生まれた。幼名は岩次郎といい、3歳まで病弱で歩くこともできなかった(ある本では不具、つまり身体障碍と解釈していた)。岩次郎は母に連れられて寺で説法を聞いていた。12歳ごろから「般若心経」、「観音経」等を読み、14歳で原の宿の松陰寺で得度、名を慧鶴(えかく)と改め、修行がはじまった。しかし「法華経」にはたとえ話が多く幻滅を感じ、文学書を耽溺するようになる。美濃大垣の瑞雲寺の禅僧馬翁(まおう)に師事するようになる。馬翁は文学は禅の道の余技なので禅の道を逸脱するなと指導される。慧鶴は悶々とした日々を送る。この寺には蔵書がたくさんあった。作務で本の虫干しをしている時、「禅関策進(ぜんかんさくしん)」を手に取り、「慈明の引錐自刺(いんすいじし)」の1章に釘付けになった。慈明和尚は夜遅くまで勉学し、眠気に襲われると錐(きり)を自分の膝に突き立て眠気をとばし勉学を続けたという話に自分はどうだと猛省した。ふたたび禅修行に励むことになる。慧鶴20歳の時、母の死の知らせを受ける。しかし仏道入門の時でもあるので故郷にはもどらなかった。やがて馬翁の元を去り、多くの寺を回り遍歴の修行をつづけた。24歳で悟りを得たとおもった慧鶴は信州飯山の正受老人に大喝をうけた。「 生悟りの増上慢め 」と拳で叩かれ、胸倉をつかんで縁側から庭に突き飛ばされた。この厳しい正受老人のもとで慧鶴は大悟を得るのである。
​郷里の沼津の大聖寺(だいしょうじ)の先師が病気という報に接し、看病のため正受老人の元を暇乞いすることになる。師の看病と座禅修業が重なったため、心身ともに疲労の極に達した。睡眠不足、ノイローゼ、さらに結核におかされていた。慧鶴は座禅で乗り切ろうとしたが、大きく息を吸い込んで、その息を止めた。頭に血が上り胸も苦しくなった。後から、この呼吸法の間違いに気づいた。「夜船閑話」に表現される「 心火逆上 」という状態だ。村木先生の用語では「努責(どせき)」である。胸に力を込めて息を止めると血液が心臓へ戻らなくなる。倦怠感が生じ、立ち居振る舞いもおかしくなる。自分の病は鍼灸や薬では治らないと名医を求めて再び旅に出る。旅の途中で京都郊外に蟄居する白幽仙人のことを聞きつける。白幽仙人は天文・医道を極めた人物という。すぐに京都郊外の白河に向かった。慧鶴と白幽仙人との対話が「夜船閑話」のハイライトになっている。この病を治すには、内観の秘法と軟酥(なんそ)の法という呼吸法を伝授された。原の宿の松陰寺で住職になった慧鶴は富士が雪に隠れるのを見て白隠と名を改めた。​
「夜船閑話」の序文がなんともおかしい。この本自体が作りものであると表明しているのだ。草稿は出来上がってたが、ある時、京都の小川屋善兵衛という版元が訪ねてきて刊行を申し出た。禅病に悩む修行僧が、この秘伝を書き写していたが、その情報を小川屋がつかんだ。草稿は虫食いだらけで読めたものではない。それを弟子たちが読めるように文章を付け加え、清書して、白隠が加筆して上梓したという事が書かれている。眉唾な一文だ。落語の枕のようなもので、ここはどうでもいいとこだ。
さて「 内観の秘法 」とはなにか。
「眠りに入らないうちに、両足を伸ばし、しっかり踏みそろえる。そして全身の元気をへそ下の気海丹田にこめ、さらに腰部から足心
(そくしん)にまで充実させる。そのとき「わがこの気海丹田・腰脚足心こそは本来の自己である」などの4つの観念をくりかえし心に念じていく、というもの。これだけだと、意味不明だ。仰向けに寝て丹田に力を込めて腹式呼吸を行うように見える。直木公彦の「白隠禅師」(日本教文社)では、そのように解釈している。そうして直木自身の病気も治ったとしている。 軟酥の法 とは、軟酥(やわらかい牛乳の凝固した栄養豊富なもの)の卵大のものを頭上に置き、それが徐々に溶け出し頭部から胸部、腹、左右両下肢を潤していうという想念を保持しながら呼吸をおこなうイメージ療法である。この呼吸は息を吐きぬくことだ。
この「夜船閑話」の呼吸法をシステマティックに再構成して、だれでも出来るようにしたのが、明治元年生まれの藤田霊斎という人。息心調和法と称し、一般への普及に乗り出した。波浪息、屈伸息、大振息というステージを作り、そこに短息、長息を組み込んだものを完成させた。藤田は調和道協会を作り、講習会を開いた。村木先生が藤田に出会ったのは昭和16年、ここに医学を通して呼吸法を捉えることが可能になった。呼吸とは何か、体にどういう影響があるのか、体内での変化等の科学的な分析がされるようになった。村木先生は家庭で独習できる呼吸法として三呼一吸(さんこいっきゅう)というやり方を提案している。「最初、イチーと力強く発声し、入って来る吸気を用いて、「ハッハッハー」と心を込めて息を出す。三回目の「ハー」は少し長く出すと、間髪を入れず深い吸気が誘発される。これを12回繰り返す。その後、緩息(かんそく)は緩めの「ハッハッハー」とリラックス呼吸で休みを入れ、再び三呼一吸を行う。12回を1セットとして、徐々にセット数を増やしていき、1日10セットを目標にする。これを積み重ねていくと胃液の分泌は正常になり、胃潰瘍も消えてしまう。高血糖、高血圧も正常値に近づいていく」という。
残念ながら、日暮里にあった調和道協会は解散してしまったが、有志がNPO法人丹田呼吸法普及協会を作り、カルチャーセンターへの講師を派遣している。ホームページもあり、オンラインでの講習も受け付けている。
丹田呼吸法普及会
参考図書
調和道呼吸入門書として優しく紹介した本として、村木弘昌「健心・健体 呼吸法」(祥伝社)、帯津良一「ガンに克つ調和道呼吸法」(祥伝社)がある。共に新書。ネット書店で簡単に入手できる。村木先生の本は医学から調和道は健康に役立つことを説明されています。帯津先生は東洋医学を取り入れた治療を行い、呼吸法の重要さを強調されています。初期のガンが調和道で消えてしまったことも報告。帯津三敬病院では太極拳、気功、八段錦、智能功、郭林新気功等の様々な呼吸法を実践する道場が併設されている。西洋医学に加え、漢方、鍼、灸等も利用し治療に当たっている。
帯津先生は生命場という概念を出し、呼吸が重要な影響を与えていると書いている。帯津先生の道着を着た大きな写真で調和道の動作を解説している。やはり直接指導を受けた方が分かりやすい。
帯津三敬病院:川越市並木西町1-4(池袋にクリニックがある)
TEL:0492-35-1981





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最終更新日  2024.04.30 10:11:49コメント(0) | コメントを書く


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