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2020鹿児島県夏季高校野球大会の組み合わせ抽選会が6月27日にあり、出場65チームの対戦カードが決まった。 中止となった第102回全国高校野球選手権鹿児島県大会の代替大会は7月8日の大島地区大会を皮切りに、18日(雨天順延)まで鹿児島市、南薩、北薩、姶良・伊佐、大隅、熊毛、大島の7地区大会を実施。地区大会を勝ち抜いた16チームによる決勝トーナメント(7月22-28日・平和リース、鴨池市民)の2段階方式で実施される。開閉会式は行わない。 決勝トーナメントに進出するのは鹿児島市4、南薩3、熊毛1で残り地区は2チームの計16チーム。3年生にとっては春以降、全ての公式戦が中止となった中で「高校野球」の節目となる大会。全力を尽くした好勝負を期待したい。※組み合わせの詳細は鹿児島県高野連のホームページで!(文写真 政純一郎氏)
2020.06.28
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前川君(樟南OB)に学んだ配球術! 先日、樟南OBで現在駒沢大4年の前川大成君を取材した。コロナの影響でチームの活動が休止し、4月以降は鹿児島に戻ってきて、母校のグラウンドなどで自主練習を続けている。高校時代のチームメート・畠中優大君(中央大)も一緒だった。畠中君はチーム活動再開を見越して既に帰京したため話は聞けなかったが、その分、前川君とじっくり話せた。※その時の記事はこの文字をクリック! 記事では触れなかったが、この日はあと2つの目的があった。1つは4年前の夏、鹿児島実との延長15回引き分け再試合の話を聞くこと。もう1つは一緒にキャッチボールをすることだった。 記事では触れなかったが、この日はあと2つの目的があった。1つは4年前の夏、鹿児島実との延長15回引き分け再試合の話を聞くこと。もう1つは一緒にキャッチボールをすることだった。 どうしても聞いてみたいことがあった。4年前の夏の後、「高校野球ドットコム」の依頼で鹿実の綿屋樹君ら4人の3年生と夏を振り返る座談会を組んだことがある。その際に捕手だった井戸田貴也君の言葉がずっと頭に残っていた。 「他の投手はだいたい(配球が)読めるのに、樟南の場合は1年を通して配球が読めず、前川君はすごいと思いました」※鹿実4選手との対談記事はこの文字をクリック! ある意味、樟南野球の「企業秘密」を聞くような興奮もあって、前川君にその言葉をぶつけてみた。 「特別なものはありませんよ」 前置きしつつ、「浜屋(将太・現西武)の場合はボールになるスライダー、畠中の場合は内角、ベルトより下の直球、一番良い球をどう生かすかを考えながら配球していました」と語ってくれた。 「あの2人(浜屋と畠中)の良さを引き出す配球をしていました。試合中、うちの選手たちとも話し合ったのですが、各打者1人1人に違う配球を心掛けているし、1打席1打席でも配球を変えていました」 4年前の井戸田君の証言とも一致している。 その真骨頂が発揮されたのが決勝再試合の5回表、無死満塁のピンチで浜屋君から畠中君がリリーフに上がった場面だ。5番・板越君を一ゴロ、6番・追立君、7番・井戸田智也君(※貴也君の弟)をスライダーで連続空振り三振に打ち取り、絶体絶命のピンチをしのいだ。 「あの時、井戸田君が畠中の勝負球の内角の直球を張っていたので、逆を突いてスライダーで空振り三振。あれは会心の配球でしたね(笑)」 期せずして4年前の夏の「真相」に切り込み、彼らがそんな深いレベルで野球をやっていたからこそあの引き分け、再試合の歴史に残る名勝負が生まれたことが腑に落ちた。※引き分け、再試合の記事はこの文字をクリック! この日はあいにくの雨模様だったが、うまい具合に雨が上がった時間を使ってキャッチボールをお願いした。 私自身は最低限運動できる服装しかしていなかったし、何より靴が運動用ではなかったが、これを逃せばこんなすごい選手とキャッチボールできる機会はないと思った。 軽く普通のキャッチボールをして、その後はブルペンで投球練習もした。良いボールがいくと「ナイスボール!」と褒めてくれる。コントロールが定まらず、ワンバウンドするようなボールも身体で止めようとする。 何より、汚れたボールを丁寧に磨いて返してくれる気配りに感服した。よく捕手は「女房役」といわれるが、投手の立場からすれば本当にかゆいところまで手が届く理想の「恋女房」だと思った。 ただ単に「旦那=投手」に優しいだけでなく、時には「あんた、しっかりしなさい!」と尻を叩く(!)ことも浜屋君、畠中君はあったことだろう。「浜屋は普段からマイペースであまりいろいろ言うことはありませんでした。畠中は自分で気づいて修正することの大事さをいくら言ってもやらなかったですが、3年の夏が始まる前ぐらいに何かが変わったのを感じました」。まさしく2人にとって最高の恋女房だったことがうかがえた。 最後に「こんな有名人とキャッチボールができて幸せです」とお礼を言うと「僕は有名人じゃありません」と謙遜する。「あの史上最高の決勝戦の主役じゃない?」と問えば「もう過去のことですから…」と言う。過去の栄光に甘んじることなく、今と未来をしっかり見据えている若者に感服し、本当に幸せな一日だったと思った。(文写真 政純一郎氏)
2020.06.15
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同級生、母校で刺激「社会人で野球を続ける」決意固まる前川(樟南卒、駒沢大) 樟南高野球部OBの前川大成(駒沢大4年)が、新型コロナウイルス感染拡大の影響で鹿児島に戻ってきてから、間もなく2カ月になる。この間、母校・樟南のグラウンドなどで自主練習を続けながら、大学野球再開を待ちわびた。チームで野球ができない日々が続いたが「社会人で野球を続ける」決意が固まり、新たな心境にたどり着いた。 帰省したのは4月9日。東京で緊急事態宣言が出されて、野球部の活動は休止。遠方から来ている学生は帰郷となった。奄美に帰らなかったのは「一緒にトレーニングできる相手がいなかったから」。鹿児島市内の親戚の家に身を寄せて、2週間は外出を自粛。その後は母校のグラウンドに足を運んで自主練習や後輩の練習を手伝った。 一緒に練習したのが同級生・畠中優大(中央大)=写真=だ。浜屋将太(現西武)と左腕2枚看板で、4年前の夏、鹿児島実との史上初となる延長十五回、引き分け再試合の決勝戦を経て甲子園を勝ち取った時にバッテリーを組んでいた。今は同じ東都リーグに所属していてライバル関係にある。 畠中は1年春から頭角を現し、中心選手として活躍していた。前川はチーム内の熾烈なレギュラー争いをなかなか勝ち抜けず、今のところ直接対決したことがない。グラウンドの外からかつてのチームメートの投球を外から見ていたが、今回一緒に練習しながら、ブルペンで実際にボールを受けることができた。 「球速はそれほど変わっていなかったが、ボールの切れが増した」と感じた。何より「自分の悪いところに自分で気づいて修正できるようになった」ことが驚きだった。ちなみに関東では社会人野球をしていた浜屋と3人で「よく遊んだ」という。昨秋のドラフトで浜屋の西武入団が決まった際は、鹿児島にいる同級生も駆けつけてお祝いをしたという。 久々に畠中と一緒に過ごして「自分も社会人で野球を続ける決心がついた」。これまで口では「社会人に行く」と言いながら、どこか迷いがあった。社会人、その先のプロを夢見る畠中から「一緒に社会人でやろう!」と言われ、迷いが吹っ切れた。 母校の後輩たちと日々接しながら、特に1年生を見ていると「自分もこんな初々しい頃があった」と懐かしくなり「ここで育てていただいた」ことに感謝の気持ちがわいた。2カ月間、大学野球から離れてみて「もっとこうしたらチームが良くなる」と思えることがいくつも見えてきた。チームの活動が再開したため、畠中は一足先に6月4日に帰京。前川も19日に東京に戻る。春のリーグ戦や全日本選手権は中止となったため、大学野球の集大成は秋のリーグ戦、その先にある明治神宮大会。チームの勝利に貢献するのはもちろん、畠中、その先のプロに進んだ浜屋、今や良き「ライバル」となった2人を追いかける決意を固めていた。 【メモ】まえかわ・たいせい。1998年6月25日生まれ。奄美市出身。金久中、樟南高から駒沢大。高校時代は主将、大学では副主将。175cm、83kg。樟南OB(文写真 政純一郎氏)・前川(駒大)が語る!
2020.06.07
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地区大会、決勝トーナメント、2段階方式で代替名称は「2020県夏季高校野球大会」 鹿児島県高校野球連盟は6月5日、臨時の役員・常任理事会を開いた。中止となった第102回全国高校野球選手権鹿児島県大会の代替大会として、「2020鹿児島県夏季高校野球大会」を6月下旬から7月にかけて、地区大会、決勝トーナメントの2段階方式で実施すると発表した。 硬式に関しては6月下旬から7月中旬にかけて鹿児島市、南薩、北薩、姶良・伊佐、大隅、熊毛、大島の各7地区で予選を実施する。地区予選を勝ち上がった16チームで7月22―28日の7日間(2日間休養日)、鹿児島市の平和リース、鴨池市民、両球場で決勝トーナメントを実施する。各地区からのトーナメント出場校配分など詳細は後日発表する。 抽選会は6月27日、理事による代理抽選を行う。新型コロナウイルス感染拡大防止策に万全を尽くすため、開閉会式は行わず原則観客試合。ただし、保護者や控え部員の応援は認める。 軟式に関しては7月17―20日(休養日1日)の4日間、鴨池市民球場でトーナメント戦を実施する。抽選会は硬式と同日に行う。 県高野連では代替大会として様々な方式が検討された。通常の県大会同様に近いトーナメントを要望する声も多かったが、感染が完全な終息に至っていないこと、練習が不十分で熱中症対策などが万全でないことなどを考慮して、このような方式が採用された。中森俊朗理事長は「これから7月28日の決勝戦が終わるまで感染防止対策を徹底し、安心・安全に試合が終わるために全力を尽くしたい。その上で3年生がしっかりと高校野球に区切りをつけて次の目標に向かっていって欲しい」と話した。「鴨池で終わらせてあげたかった」「安心・安全の大会運営」…夏季大会に寄せる複雑な想い 代替大会が発表される6月5日は枕崎を取材に出かけていた。 「高校野球ドットコム」から「3年生野球部員のコメントを動画で撮ってきて欲しい」と前々から依頼を受けていたので、ちょうど代替大会の方式が発表される日に、どこかの野球部をピックアップして3年生全員の夏に向けての想いに耳を傾けたいと思った。 ちょうど枕崎に向かう頃に代替大会の方式が発表された。地区大会と決勝トーナメントによる2段階方式。甲子園の中止が発表された頃は「地区大会ができればいいのではないか?」と予想していた中、決勝トーナメントまで開催されるというのはなかなか良いアイディアではないかと思った。 関係者の言葉を聞くべく、まず鹿児島実の宮下正一監督に電話した。この代替大会を開催するために高野連とは別に宮下監督が会長を務める監督会が精力的に動いていたことを知っていたので、この方式で決まった感想を聞きたかった。 「やると決まったことはありがたい」と話しながらも「正直不満です」と言う。監督会としては通常の県予選とほぼ同じかたちでの開催を強く主張していた。全チームの選手にアンケートも取り「99%の選手たちが鴨池で試合をしたいと答えた」(宮下監督)という。 コロナ対策に対しても「各地区に分散して開催するよりも県立、市民、2球場で開催した方が防止対策にもなる」と主張する。鹿児島は離島を抱えている点が通常開催をためらう大きなネックになっていたが「離島のチームをトーナメント表の各ブロックにあらかじめ振り分けて、連泊連戦を避ける」アイディアまで提案していた。 「甲子園がなくなった以上、3年生に鴨池で野球を終わらせてやりたい」 宮下監督の一番の想いがここにあるのは十分に伝わった。 続いて県高野連の中森俊朗理事長に電話した。各所の対応に追われていて一息ついたころだったようだが「いろいろあると思いますが、ひとまずは3年生のためにこういう大会を作れたことがよかったと思います」が第一声だった。 高校球児の気持ちを汲んだ宮下監督を中心とした監督会の意向に沿えなかったことに対する申し訳なさは十分に感じながらも「コロナが完全に終息したわけではない」ことへの不安が拭い去れない以上は通常開催が困難であるというのが役員・理事会の判断だった。それ以上に心配なのは「練習不足、準備不足による熱中症」などへの対策が不十分であることも大きな懸念材料だった。 「7月28日に決勝戦が終わるまで、安心・安全な大会運営ができるように全力を尽くしたい」 中森理事長はあらゆる批判を受けるのも承知の上で、覚悟を決めているように思えた。 通常開催を主張する監督会、運営する側の高野連、双方の気持ちが分かるだけに伝え手として何を発するべきか、大いに悩むところだった。 ちょうど電話取材を終えて、グラウンドに戻った頃、枕崎の小薗健一監督がマウンドの付近に全部員を座らせてミーティングをしている頃だった。 「マックスの力を出し切ってないじゃないか!」 厳しい口調で部員たちに語り掛けていた。「これまでゲームがなかった分、ここが勝負を分けるという緊張感のある練習ができていない」と感じた。昨秋以降公式戦がなく、練習試合はおろか、練習さえも不十分だったことは分かる。しかし、どんな形であれ、頂点を目指す舞台が決まった以上は、全力を尽くしてそこに向かっていかなければならないのに、その気概が練習中の部員たちから伝わってこなかったことへの戒めだった。 「地区大会だけで終わらせず、決勝トーナメントを作ったところが中森さんの愛情だったと思いますよ」 代替大会への感想を小薗監督は話す。同時に「監督会が必死になって動いてくれたからこそ、決勝トーナメントが実現した」と感謝する。監督会の頑張りがなかったら、地区大会で終わっていた可能性が高かったのではないかと推察する。 6月の鹿児島県議会開催にあたって三反園訓知事は高校野球の県大会に関して「5月29日に県高野連会長と地方大会の代替大会の開催について、意見交換した」と述べている。「これまで懸命に練習してきた生徒の思いに応え、大会が無事に終えられるよう感染症対策に要する経費など何らかの支援を行う」という。高体連の代替大会については言及がない中で、野球に関しては元高校球児の知事が直々に高野連会長と意見交換したという事実が重い。 いずれにしても、様々な想いが交錯する中で、鹿児島の代替大会は地区大会、決勝トーナメント方式の「2020鹿児島県夏季高校野球大会」として開催することが決まった。枕崎の3年生17人全員にこの大会にかける意気込みを聞いた。後で本音の部分を聞けば「鴨池でやりたかった」気持ちは正直あったが「この舞台を作ってくれたことに感謝して全力を尽くしたい」と大半の3年生が語っていた。 「『野球だけが』(特別扱い)ではなく『野球から』何かを変えていけるものを作っていきたい」 監督会理事でもある鹿児島玉龍の谷口裕司監督は、この方式の決定がある前に話していた。どんなかたちであれ、真剣勝負の舞台が今示されたことで、この数カ月様々な不安を抱えながら日々を過ごした3年生たちが「高校野球」に区切りをつけられる大会にするために、まずは関係者一同が全力を尽くすことを期待する。(文写真 政純一郎氏)
2020.06.06
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