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☆『楽天日記』のお仲間であるピアニストの場末ピアノ弾き。さんが、楽しそう&興味深いコンサートをなさいます。以下、メールを転載させていただきました。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ピアノ演奏付きトークショウを開催する運びとなりましたので、ご案内申し上げます。ロマン派を代表する作曲家、ローベルト・シューマンの名曲を、解説を交えながら演奏します。私ごとで恐縮ですが、これが20代最後のコンサートとなりました。20代最後を飾るにふさわしい内容のコンサートとなるよう精一杯がんばりますので、どうぞご来場のほどよろしくお願いいたします。プログラム: シューマン 幻想小曲集 作品12 シューマン アラベスク 作品18 シューマン フモレスケ 作品20 日時:2006年9月24日 日曜日 13:45開場 14:00開演 会場:スタジオ1619・( 西武有楽町線『新桜台駅』徒歩1分) 入場料:2000円 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆場末ピアノ弾き。さんは、とても男性的で流麗な演奏をなさいます。私も行きた~い、と思っていたのですが、残念ながら先約が入っていていけません。ごめんね、場末ピアノ弾き。さん。☆このシューマン(1810~56)は聴き逃せない全部シューマンとは、すごい決断力!これでシューマンの七変化する魅力が感じ取れると思います。私は隠れた名曲といわれている『フモレスケ』の10番目のメロディが大好き。何て心優しい、柔らかい旋律なのでしょう。☆私のシューマン音大時代の友人にシューマン気違いともいえるほど、シューマン大好き人間がいました。「これでもか」というほど溢れてくる情感豊かな「メロディ」の洪水。私は、若いころは、彼の躁鬱的ともいえるめまぐるしく変わる気分の変化、感情の波の高低についていけず、思わず知らず、敬遠していたところがあります。ピアノ科の期末テストの試験曲がト短調のソナタでした。彼の高揚の果てから一転して、暗鬱の極みまで、行ったり来たりさせられるその感情の揺れについていくことができず弾くのに大変苦労いたしました。☆彼の20代最後の演奏は聴いてみたい。場末ピアノ弾き。さんはどんな演奏をなさるのかしら?きっと、シューマンと一体化した素晴らしい演奏をなさることと思います。それにトークも楽しみ!彼と実際お話していても、とっても楽しいんですよ。☆『子供の情景』彼は子供が好きだったのね。実際8人いました。「トロイメライ」「異国から」・・・。私は譜面をひっぱりだして、全曲弾いて見ました。やはり「フロレスタン」と「オイゼビウス」という正反対に分裂した人格そのままの曲が並んでいます。(誤解がある表現ならごめんなさい)でも、今なら、心静かに弾ける、すべての曲を受け止めることができるように思えたのです。彼の「ロマン」を理解できる年齢に、やっとなれたのかもしれません。最後の「詩人は語る」は、今の気分として最高にマッチング・・・。ぜひ、お時間のある方は、いらしてみてくださいね。場末ピアノ弾き。さんのブログ。
2006.08.31
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☆冥王星はなくなったわけではありません。水金地火木土天海・・・めい・・・冥?あの、口ずさんだ冥王星がなくなってしまいました。でも、昨日も今日も冥王星は太陽の周りを回っています。惑星ではなくなっても、ずっと存在はしています。太陽系の惑星であってもなくても、ちゃんとあるのですから、当の冥王星が一番びっくりしているかもしれませんね。☆占星術での冥王星占星術は、太陽系の惑星を使います。現代占星術ではしっかりと冥王星も入っています。それがなくなったら・・・1.冥王星は使わない派2.冥王星を使う派に分かれるかもしれませんね。というのは時代と共に進化・発展していくのが、西洋占星術だからです。☆古代占星術西洋占星術の父プトレマイオス(85年 - 165年)の時代より、太陽、月、水星、金星、火星、木星、土星の7惑星が天体として使用されていました。ここで注意!月も惑星扱いされているのです。太陽も月も、見た目が同じ大きさであるって不思議だと思いませんか?ということが理由かどうかわかりませんが、占星術では地球の衛星である月も使用します。(占星術は天動説です)不思議と東洋の占星術と一致(陰陽五行=月、太陽、木、火、土、金、水)!☆進化する占星術近世・近代になり1781年に天王星、1846年に海王星、1930年に「冥王星」が発見され、そのたびに占星術も進化しました。それらの惑星がそれまで、太陽系の果てと思われていた土星の意味を分担するようになったのです。天王星は、変化・革命、海王星は、夢・幻想、冥王星は、極限・究極などというように。発見された時代を背負って、惑星の意味づけがなされています。例えば、「フランス革命」1789年という市民革命の動きを反映しての天王星というように。新惑星が発見されることは偶然ではなく、その時代の動きを象徴しているのです。☆冥王星の意味のゆくえ24日に降格になったことにより、占星術ではどのように考えるか?まだ、決定的な理論はなされていないと思います。私は「占星術で使う派」になると思います。私は究極・極限という意味に変化ありと考えます。今までの冥王星に対する意味づけを消去することはありません。それにプラスして考えたいと思います。1992年以降、海王星の外側に小天体が1000個以上見つかりました。ということは太陽系がドーナツ状、いえ、球状に広がったといえます。冥王星は、その新しい時代の幕開けの星になるのだと思います。私は「限界を突破する」「境界がなくなる」という意味を付け加えたいと思います。太陽系の枠組みならず、この世の枠組みが発展的進化するのでは?と考えます。あの世のことも(今のスピリチュアル全盛の時代を見てもわかるように)、またこの世のことも、もっと深い洞察が得られる。新しい宇宙観が創設されるのではないか、と思います。人間の物理的視界も心理的視界も、どんどん広がりそう。「新しい占星術の時代の幕開け」を感じるのです。占星術は天文学とは違い、芸術であり、文学に近いと思います。占星術の象徴により、いかに豊かなイメージをくみ取り、世界を構築するか?それが占星術の醍醐味だと思います。ということは占い師個人の選択次第で、冥王星を使っても使わなくてもいい、ということになると思います。今回の冥王星のことについて、占星術師的私見を述べさせていただきました。
2006.08.26
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☆今日発売の『FYTTE』10月号(学研)に、「2007年に向けて 幸せをつかむ アロマ星占い」を掲載させていただきました。占星術にアロマ(香り)をプラスしてぜひ、運勢をアップしてくださいね。私はオイルだけじゃなくて、香りのするものならば花や果物、またハーブティ、料理もOKなのです。香りは、肉体だけではなく、人間のオーラ・フィールド(肉体を覆っている気の領域)に働きかけ、幸運を呼び寄せます。☆コンビニに売ってます。私も今朝、買いに走りました。ふむふむ、2006年後半のてんびん座(私の星座)の運勢は?良かった~、上がりそうよ。ラッキー。☆食べ物の「梅干し」や「カレー」も入れさせていただきました。さて、どの星座でしょうか?どうぞ、コンビニ・書店で見てみてください。
2006.08.23
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☆娘とのランチ娘「お母さん、私昨日しゅくもう矯正してきたんだけど、どうお?似合う?」私「え。しゅくめい矯正?」? ? ? ?娘と私「あはは!しゅくめい矯正!!」☆縮毛矯正私はすごいくせっ毛です。これは娘にも、しっかり遺伝してしまいました。硬くて黒い髪が、うわんと大きくウネっています。梅雨時など大変。特に今年は雨が多かったし。朝起きたら、髪がバクハツしたように膨らんで、一日中、まとまらずイライラすることが多いのです。で、縮毛矯正を2度ばかりしてみたのですが、今度はぺしゃんとしてしまって、ボリュームが全然なくなり、ある程度の年齢を経ている私がつるっぺそっていう何だか貧弱なイメージになってしまうのです。全部はしないほうがいいみたい。バランスが大事なのね。とこう考えている間に夏になり、縮毛矯正をせずに過しています。☆宿命は矯正できるか?おかしかったのは、私は娘が「宿命」を矯正できたんだ!と一瞬でも思ったことです。占いでよく尋ねれるのが「宿命は変えられるか?」ということ。「宿命」とは「生まれる前から決っていて避けたり、変えたりできない、運命」のこと。「矯正」というのは「まっすぐに直したり、欠点などを正しく改めさせる」ことですよね。変えられない宿命が変えられるか?という矛盾はちょっと置いといて、「宿命は変えられない」という説や変えられない運命が変えられる、というのは「変えられるという宿命がある」んだという説などがあります。(なんかワケわかんないよね)☆運命は変えられると私は思っています。宿命(字義的に)は変えられないかもしれないけど、運命は変えられると思います。運ぶ命ということで、今後の成り行きは自分次第じゃないかな。ここでまた「正しい運命はあるのか?」は置いておいて、運命は「コントロール」(制御)できるのではないか?というのが今の私の考えです(それこそ成り行きで変わるかもしれないけど)。☆ものごとは捉え方次第かも目の前に不幸なことが起こったとします。「ああ、なんて辛い、どうして私だけが」と嘆き悲しむこともできます。でも、「ああ、辛い、これは何のメッセージだろう」と考え、受け止めることも可能です。どちらを選択するかは「自分次第」。もちろん、悩むことは悪いことではないと思います。また、落ち込んで二度と立ち上がれないと思うこともあります。その不幸に打ちひしがれている自分を、上から見ているもう一人の自分を発生させるのです、私。「いつまで悩んでいるかな?」とか「どうなるかな?」などこの状況を見ている自分。一番大事なのは、その状況に巻き込まれないことかもしれない。そうすると、客観的に見ることができ、その状況を楽しもうとさえする自分がいることに気がつきます。確かインドの行者さんには、「一生目を開けないで生きる」という修行をなさっている人もいるとか。「見えない」のか「見ない」のかの選択をしていらっしゃいます。☆縮毛矯正はグッド私「うん、よく似合っているよ、可愛いよ」娘も彼氏のことや仕事のことなど、色々と悩みがあるから、自分で「宿命が矯正」できたなら、それはそれで「素晴らしい」と思ったのです。娘よ、強くたくましく生きておくれ!
2006.08.18
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☆映画『ゲド戦記』観てきました。タイトルはエンディング・ロールの歌の一節です。「光は闇に溶け込む、闇は光にあこがれる」(後の部分は私のつけたし)☆講評先日の台風の中びしょぬれになりながら、映画の開場を待っていました。それほど、映画館は込んでいたのです。でも終わったあと隣の女の子たちが「何だかさっぱりわからな~い」「何が言いたいのかわからな~い」「何といっても暗いのよ!」確かに他の宮崎作品と比べると、画面も暗く飛翔感も少なく、テーマもはっきりとしていなかったように思います。多分「世界の均衡を取り戻すには、まず、人間の心の均衡を取り戻すこと」だと思いますが・・・。☆でも感動したのですそんな中で私ひとりじ~んとしていたのかしら?『ゲド戦記』は全巻読んでいます。私は、父親殺しのアレンに注目してしまいました。自分の「影」に脅えながら、狂気と恐怖とともに生きていく。父親を乗り越えられない恐怖(これも影?)。死ぬことへの恐怖。実はここに映画監督の宮崎吾朗さんの「お父さん」に対する思いを感じ取ってしまったのです。(違うかもしれないけど)お父さんはとてもビッグすぎる人。息子さんとしての第一作目として、とても緊張しているのではないかしら?☆光と影人間の中には明るい部分と暗い部分があると思います。光が強いほど陰は濃くなります。ということは、いつも2つは一緒。どちらもあって自分のような気がするのです。いつも明るく元気でいたいけど、そうはいかないときがある。そんなとき、自分を否定しないでおこうと思うの。落ち込み悩むのは悪いことではない。ドジでオマヌケもご愛嬌(と自分で自分を笑ってやる)。☆別のイマジネーションこの文章を書いていると陰陽の『太極図』が浮かんできました。白と黒の巴形の図形のこと。それがぐるぐると回転を始め、ウロボロスの蛇みたいに見え、最後には陰陽が合体をする。「陽極まれば陰、陰極まれば陽」均衡はいずれにしろ予定調和的に保たれるのです。変化し続けるということが唯一の真理なのかな。吾朗さんはこの映画を作ることで「均衡」を取り戻されたのかもしれない。
2006.08.12
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☆高橋歩さんはカッコイイ!先日、高橋歩さんのお話を聞きました。肩書き「自由人」だそうです。現在、33歳。出版中心のファクトリー「AーWorks」、世界中にカフェ・レストラン・ゲストハウスを経営、現在、沖縄で二児の父親として育児に燃焼しつつ、音楽と冒険とアートの溢れるアイランドビレッジを作り、執筆活動だけでなく、全国的にトークライブ(講演)も行っています。いや、もう、すごい生き方をなさっている人だと思っていたので、お目にかかるだけでも(遠くで遥拝しただけですけど)感激いたしました。ついさっき沖縄の海から上がってきたというようなラフな格好です。確か、ビーサンだったような。型にはまらない「成功者」というところでしょうか。☆『毎日が冒険』が今もそのまま彼は26歳で結婚し、その後約2年世界一周の「新婚旅行」をしました。(驚き!)そしてプロフィールの「現在、育児に燃焼」というのもびっくり。しかし彼は10代のころはバリバリの「ヤンキー」しかも、頭が良く勉強のできる「ヤンキー」でした。20才でお店を持ち、成功者となりました。「虚勢をはるのはやめた」「力が抜けた」人に好かれようと思わなくなった。・・・そうです。☆何が一番カッコいい言葉だったといえば 「オレがさやかにとってヒーローであり続けること」さやかさんって最愛の奥さんのことです。生きがいが、彼女の永遠のヒーローになることなのです。日本人で、こういう風に「特定の人」のために仕事をする、生きる、と堂々と宣言する人を見たことがありません。世界のために、日本のために、働くという人はいます。もちろんこれもとっても大切なこと。でも、そういえば、世界という「人」はいませんよね。日本という「人」もいませんよね。愛する妻、彼女、家族のために何かをする、ということが本当に起動力になるのかもしれない。行動はいつも「ここ」から。これが、日本を元気にすることにつながるのかもしれない。これが彼の「原動力」となっています。こうぬけぬけと(失礼、すみません)「ノロケ」の言葉を聞いたのは始めてです。でもとてもカッコイイ。☆私はなぜ仕事をするのだろう?翻って考えました。彼の永遠のヒロインになる・・・うぅん、苦しい。もちろん、いつまでも可愛い女でいたいのは確か。でも、それだけじゃないなぁ。そう、ヒーローにもなりたいのです。自分の人生というストーリーの・・・。何か衝動、パッションがあるのです。それも生み出したい。私も、彼のように「オレは、結婚することで、より自由になった。 オレは、子供ができたことで、より自由になった」と女性版で言いたいものです。
2006.08.07
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☆先日、中野裕弓(ひろみ)さんのお話を聞きました。彼女は(彼とよく間違われたそうです)ベストセラー『世界がもし100人の村だったら』の訳者です。お話のタイトルは「スピリチュアルな生き方」です。彼女は世界銀行の人事マネージャーとして活躍、そして全国各地での講演活動、キャリア・コーチおよび企業の人事コンサルティングなど活躍のめざましい方です。私はどんな、がっちりとしたキャリア・ウーマンかしら、とお目にかかるまで思っていました。☆丸くてぽちゃっとした方講演が始まるまで客席でにこにことしていらして、まるでがちがちのキャリア・ウーマンのイメージではありません。とても親しみがもてる方で、いっぺんでファンになってしまいました。彼女はエリート街道をまっしぐら、ではありませんでした。彼女は大学へ行ってらっしゃらないので「学歴」はないのです。また生まれつき体に故障があり、コンプレックスが付きまとっていた、ともおっしゃってました。☆時代は変わった彼女はスピリチュアルな方でもあったのですね。知らなかった。本来の自己を「うめちゃん」と呼んで、会話しながら生きていらっしゃるのですね。講演でもしゃべってるのがうめちゃんで、中野さんは聞きながら驚くこともあるそうです。こんなことを書くと10年前なら、絶対、アブナイ人といわれたでしょう。でも、中野さんがそうであるなら、私はいたってノーマルな人ということになるかもしれません。私も(恥ずかしながら)スピリチュアリティとリアリティの融合が、テーマですもん。一昔前は「女であるのがもったいない」と女性性を否定するのが、かっこいい女性の生き方だった時代もあります。(肩パッドに象徴)でも今は「女であることを忘れない」生き方が「できる女」である、と移行しつつあるように思います。論理性に、感性と直感をプラスしたら、これほど豊かな時代はないと思います。☆美しく「こけ」るで、私はしょっちゅう、悩み落ち込み苦しんでいます。間違いや失敗は毎度のことです。彼女の言葉の中で一番印象に残ったことは「いつも元気である必要はない」ということでした。ああ、落ち込んでくたびれて、いいのね。今も、「原稿が書けない」と何度思い、何度放り投げようと思ったかしれません。手がグローブのように腫れ、ペンを持つのも大変です。彼女は落ち込んでいいと言ってくれます。その替わり、「美しく倒れよう」って。うめちゃんがよく言うのですって「落ち込み方がカッコイイ」って。そうだわ、私も「弱々しいところがカワイイ」・・・かも・よね!うれしい!そうだわ!美しく「こけ」よう、「こけ」る自分を許してやろうって思ったのよ。まるで一面の雪の平原に、ふわっと舞い降りるSnow Fairyのように「こけ」ることができたら、ベストなシーンができる!☆8月6日の『占星術とタロット』の講座はお休みします!
2006.08.01
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