24階のミミック

24階のミミック

2002.07.09
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 かまいたちの夜とは、チュンソフトのゲーム名。小説を読みながら、登場人物(プレイヤー)がどのような行動をとるかでストーリーの結末が変わっていくという新しいゲームのジャンル「サウンドノベル」の二作目。

 もうすぐ「かまいたちの夜」2が発売されることになり、キャンペーンとしてなのか? 先日同名の2時間TVドラマも放送された。
 ゲーム自体、割と面白いと思っていたのでドラマも興味をもって録画して、見た。

 しかし、感想としてはぶーーーーーーーー×××!
 役者はなかなかの人を揃えているにもかかわらず、ストーリーがめちゃくちゃ。もちろん、ゲームと話を変えること自体は正しい設定なのだが、だからといって物語を作る上で全くルールを無視したでたらめな作りをしていいということにはならないだろう。
 途中まではよかったのだけど、この最後のオチは、たとえばミステリだとか推理小説のファンならある種「インチキだ」と叫びたくなるようなオチだ。
 はっきり言うと、科学的、論理的・物理的な問題をすべてふっとばす「オカルト」結末にしてしまったのだ。

 これは、一応まともな結末ももっていた同名のゲームに対する侮辱のような気もする。


 オカルトで結末をくくるなら、最初からオカルトを表明してほしいものだ。

 おまけに、最後オカルトネタで片づけてしまったために、途中のつじつま合わせがまったくなされていない。
最後、それならそれでいいんだけど「どーしてあそこではあーなるんだよ」っていう説明がつかない。いくらオカルトだって、なんでもやっていいということになってしまったらストーリーもへったくれもない。
 オカルトにだってルールがあったはずだ。

 つまり、このドラマはなんだか最近ちょっと話題のゲームの題名だけもってきた、適当な作りのドラマとしか思えない。雰囲気や俳優がいいのに、本当にもったいない。

 S・キングの「ミザリー」の中でもキングが言っている。要は、ヒーローのピンチは、ヒーローは自分で乗り切るべきである。読者や視聴者がまったく知らない新しい設定を作り出して、「実は何々だったのだ!だから平気だったのだ!」という結論は、『インチキ』である」。
 京極夏彦の小説で憑き物落としの京極堂も語っている。同じく、オカルトと現実は違う。オカルト的な事件があっても、なんでもオカルトで片づけてしまったのでは世の中めちゃくちゃだ。

 オカルトは否定しない。s・キングのシャイニングなんてすごい傑作だと思っている。
 だけど、ミステリと思わせておいてオカルトでオチをつけるのは、私にとっては反則だ。

 あー。胎教に悪いわ!





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Last updated  2002.07.09 21:32:21


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