24階のミミック

24階のミミック

2006.03.20
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 ちょっと前までの育児ストレスを癒すために実家に帰省したつもりが、実家ではまた実家でのストレスもあって完全に消えたわけではなく、この日また再発。泰のグズから発生した事件で私が母に怒られ、その言い方があまりにむかついたのでその腹いせで私が泰にあたる形になってしまい、そんな自分がまたいやになって実家にもいたくなくなって、家出してしまったのだった。

 きっかけはありがちなことなのだが、泰がまた3歳特有の「あまり意味のない」グズリで、せっかく入ったレストランでご飯を食べずになぜか隣のテーブルのお客さんの足の間に入ってしまい(T_T) 怒ったのだけど、全然出てこないで「ここがいい~(;_;)」とテーブルの脚にしがみついてはなれなくなってしまったということから。
 お客さんは穏やかな中年夫婦だったので別に怒りもしなかったけど、やっぱり人のテーブルの下に入り込んでいては困る。あまりにぎゃーぎゃーないてウルサイのだけど、そのご夫婦の提案で、一度テーブルの下を泰にゆっくり回らせてやって、それでごめんなさい、をしてようやく帰ることができたのだけど、その時点で泰が泣いて騒いだり私が謝ったりと大事になっているのを見て、うちの母が怒ってしまい、食事も早々に勝手にお金を払って一人どんどん店を出て行ってしまった。普通ならおばあちゃんだって何か言ってくれるとか、泰をひきとってくれるとかするものだと思うけど、けっこうお腹も大きくてかがむのも大変なのに私がテーブルの下から泰を引き出して、暴れるのを抱っこして駐車場にえっちらおっちら運んでいくと、もうエンジンをかけて車の中で知らん振りをしてる。
 そのくせ私が外で泰を叱ると「子供のやることなんだからいいんだよ、おこってるおまえのほうがうるさい」と言われるので「連れてきたよ」とだけ言ったら、「母親が怒らないのがいけないんだ、ああいうときは怒るのが当たり前なんだ、おまえが怒らないからいけない」と今度は言い出した。
 「はぁ? この前から外で私が怒ると散々言われるからあまり大きな声出さなかったんだけど? だいたいそう思うならおばーちゃんが言えばいいじゃない」と言ったら「母親がいるのに私が怒れるわけないだろう」と言う。
 走り出してもあまりにぐちぐち私が怒らないことが泰を増長させると言われるので、こっちもブチ切れてきて、「それじゃ怒ればいいんでしょ、大きな声で!」と言ってその腹立ちを泰にぶつけてしまった。そのときは、今まで家で怒ったこともないくらい大きな声で怒鳴って、母に聞こえるようにばちんと大きな音をたててぶった。

 1週間たっておさまってきていたものが再噴火したかんじで、怒りがとまらなくなって車の中で泰が悲鳴をあげて泣くまで怒り散らした。
 はっきり言って泰に怒っている、というより、その場限りで無責任な言動を繰り返す母に対しての怒りを見せつけるために泰にヤツ辺りしていた。母をぶちのめせないぶん、泰をぶちのめしていたのかもしれない。

 でも、そういうことをしたら結局はそれが全部自分にかえってくる。

 実家でもこれなのか、と思うともうどこにも逃げ場はない、この世のどこにもいたくない気持ちになって、家に帰ったらなんかもうご機嫌になっている泰にビデオをつけてやったら、散歩してくる、と言って家を出た。
 母は、なぜか私が一人で外出することを嫌う。だから、泰もおいて私が突然でかけてくるといったら今度は私に怒りを向け、「どうぞご勝手に」と吐き捨てるようにいった。

 特にどこにもいくアテはないのだけれど、母の兆発にのって泰を激しく叱った自分に腹が立って、夕方の寒い川原をずっと歩いていった。本当ならゆったりとした利根川に入ってしまいたいくらいにまで思ったけど、やっぱり自分にはそんな勇気もなく、かといってこれ以上母や泰と一緒にもいられない気がしてとりあえず歩いて歩いて歩きまくって、このまま20キロ離れた兄の家までいこうかなと思って国道をずんずん歩いていった。途中義姉に電話すると、同じく母の言動で深く傷ついたことのある義姉がやさしく「何時になってもおいでよ、バスもあるから」とバスを教えてくれた。
 それでお言葉に甘えようかなと思ったのだけど、1時間くらい歩いているうちに5時になってしまい、今から行ったら逆に義姉が私を車で送らなければならなくなるということに気がついた。それってすごい迷惑だよね。赤ちゃんもいるのに。それに、義姉が私をかばったり泊まったりすれば、今度は母の義姉の対する印象をまた悪くすることになるし、義姉にまた迷惑をかけることになる。
 せっかく、昔ぎくしゃくしていた母と義姉の関係が少しよくなってきているところにそんなことをしたくなかったので、しばらくしてもう一度電話をし、泰がかわいそうだから帰るよ、と伝えた。

 それでもやっぱりすぐに帰りたくなかったのでさらに暗くなった公園でブランコにのってぼうっとしてたんだけど、やはり残してきた泰が心配になって股関節が痛いのをひきずりながら3時間後に帰った。

 母は、帰ってきた私を見て「子供をほったらかして遊びまわってきたってわけ」と冷たく言った。こんな親だったか。でも、それを聞いて逆に、もう二度と兆発にのって泰にひどくあたったりすることはしない、と心に強く思えた。その後は帰ってきた父にも私の悪口を大声で聞こえよがしにあれこれ言っていたけど、もう聞かなくてもいいや。
 この人はこういう人なんだ、昔はこうじゃなかったと思うけど年をとってこういう人になっちゃったんだ。その場限りで思いついたことを言い散らして、周りの人はみんなバカで、娘はヒステリーで気違いで(笑)。そういうふうに育てたのが自分だってこと全然意識してない。勝手にそう育ったと思ってるらしいけど、勝手に育つもなにも母の遺伝だっつうの。

 この先、どんなことがあっても泰にあんなふうには当たらない。私の子供なんだから、母の気に入るように育てる必要もない。あんなにひどく怒ったのに、しばらくいなくなってしまったママを心配して、泰は必死で駆け寄ってきた。「泰くんが、いいこにしてなかったから、ママいなくなっちゃったの?」と心配そうに聞いてくる。子供に、救われる。
 育児ストレスって何だろう。子供から受けるストレスなのか?それだけじゃない。実は、育児のストレスは周囲に対するストレスなのかも。
 無理解な言葉で責めたて、すべての責任を母親一人に押し付け、最終的には「知ーらない」。
 近くに住んで、子供の面倒をたくさん見たことのあるおじーちゃんおばーちゃんや子供とたくさん過ごす時間のあるお父さんなら、不必要なアドバイスなどしない。一緒に直面して、悩んでいるから。育児に正解はないということを今も理解して、わかっているから。思い通りにいかないのが子供だ、ということを知っているから。
 「いっしょに、育てている」感覚があるのとないのでは大違い。


 この日は、よくわかった。予定通り、明日は東京へ帰る。あれこれ心配だけど、来週からはついに幼稚園の延長保育が使えるようになるし。
 大きな後悔で、また一つ自分が何か乗り越えて強くなったような気がする。結局、泰の母親は私なんだ。どんなに怒っても、泰が私を待っていてくれたこと、それが少し自信になりました。

 こんな日記は本当に自己満足以外の何物でもないのだが、こういう自分がいたことを残しておきたくて。支離滅裂で変な文章。でも、偽りのない自分の葛藤がここにある。
 以後、この1ヶ月ストレスでノイローゼ気味の状態はこれをピークにだんだんと脱出していきました。まるで、こんな自分がいたことがウソのように。

 ああ、暗かったこの月のこと、書けてよかった。いつかまた暗くなるかもしれないけど、明けない夜はないという言葉をここでは書けるのがありがたい。。





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Last updated  2006.05.17 11:49:00


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