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昨晩はすさまじい風で家のあちこちがガタガタ音を立てていたら、今朝は、思わず寒さで目が覚めた。ううぅぅ~~さみぃ~~~と思いつつ、意地でも起きるもんかと布団にもぐりこんでいたが、もしかしたら…と思っていたら、やっぱり、外は真っ白東海地方、初雪だ。いつも寒い寒いと丸まっているくせに、なぜか雪が降ると、がぜん元気になるのが、ワンコの七不思議(^^別に不思議ではない、ただ単におバカなだけさ、とも言う。いやいや、寒がってるのはポーズなのさ、とも言う(^^;とにかくレイラたん、♪イヌは喜び庭かけ回る♪わん♪ (あまりにも歌詞そのままで芸がない、と毎年おもふ。。。。)そんな中「追い払い犬」という話題をゲット。知らなかったのは私だけ?かもしれないが、やや全国的に、猿や熊を追っ払うためにワンを訓練して野生動物も、人間も、ワンも、命を大切にしつつ、共存しようというコンセプトのもと実行されているようだ。「追い払い犬」=モンキードッグは、特に犬種の指定はなくて、地域の有志飼い犬が訓練されているみたい。○ヒトに危害を加えない○猿をほえて追い払う○追い払ったら帰ってくるうん(^^このみっつなら、レイラ@駄犬にも勤まりそう。…って、あんまり訓練せんでもええんとちゃうん。たいていのワンなら「犬猿の仲」だし、そのままできるかも。いやいや、凶暴なお猿くんも性悪のお猿ちゃんも増えてるらしいから、やっぱ、その手練手管に打ち勝つためには訓練が必要か。ベアードッグ=熊を相手にしているのは軽井沢のルナちゃんとブレッドくんがすでに有名だとか。このコたちは、カレリア犬(カレリアン・ベア・ドッグ)と言って特別に「犬熊の仲」の遺伝子を持つワンコたちらしい。一件、ボーダーコリーに似ている。かわゆい♪もし私がワンだったら、難しい(知的・高度)お仕事は無理だろうけど、追い払いならやってみてもいいかな。駆け回るの好きだし(^^vでも熊はちょっと怖いよな。なんて、思いつつ、今年もみなさんお世話になりました。ここも年明けまでお休みします。どうぞ、よいお年をお迎えください
2006.12.29
この本の題名を数日前に友人のブログで目にし、ん?うちにもあったはず、まだ読んでないぞ…と「積読」の山をあさって見つけてきました。そう、これは買ってすぐに某Mにとられたんだった。2刷めを買っているので、うちのは画像と帯が違う(映画の帯なし)映画の方は、寺尾聰さん・深津絵里さん・浅丘ルリ子さん、ルートは斉藤隆成くん(「光とともに」の光くん)と、イメージぴったりでよかったみたいですね。(観てませんが)吉岡秀隆くんは誰なの?と思ったら、大きくなったルートだそう。事故の後遺症で記憶が80分しかもたない天才的な数学学者の博士、その世話をしに来た家政婦と、その息子(博士が √ と命名)10歳。孤独に生きてきたメンバーです。この三人を中心に、なにげない日常が、穏やかに描かれています。と、言っても、80分ごとに記憶を更新しないと保存されない博士なので、「なにげなく普通の日常」と言ってもちょっと違いますが。愛されることの温かさ、心地よさ、愛することの素晴らしさ、大切さ、誰かをいとおしいと思い、その人のために行動することの人生における価値。そういうほんわかとしたものを、じんわりと伝えてくれます。博士のメモリーは、事故が起きたところで止まっている。ということは、博士の記憶の中で永遠に変らず保存されているのは人生でたったひとり愛した、そのヒト、ひとりきり。それも、たぶん愛してはいけないヒトだった。事故の後遺症を互いにその身体に追いつつ、その相手を忘れずに思い続ける人生。いっそのこと博士の記憶がすべてなくなってしまっていたら、ふたりは開放されたのかもしれない。楽になれたのかもしれない。でも、そうであっても、そのヒトは、不自由な足を引くたびに、杖をコツコツとならすたびに、博士のことを思うでしょう。それならば、博士だけが開放されるのは、ずるいことだし、また、辛い、哀しいことでもある。愛した気持ちをなくしてしまうことは、とても酷い。だから、その事故の時でフリーズしている記憶というのがとても重いですね。博士という人物のメモリー機能が「生涯愛する」と記したそのヒトとの記憶ですべて完結しているのは、なんというか、とてもとてもやるせなく、そして同時にとてもとても美しいものに思われます。ストーリー自体はこのことよりも、ルートをめぐる愛おしいエピソードが中心になっています。当時理系で、大きくなりすぎた素数のようだった某Mはどんな感想を持ったのでしょうか。ここから番外編(^^~ある日の夫婦の会話~「素数ってさ、大きい数ほど孤独が染みると思わない?」「は?なんで?」「だって、2とか3とかは、もうひとり仲間を見つければすぐ4や6になれて 孤独から開放される見込みが明るいじゃん。 だけど4桁、5桁の素数だと、どんなに探してもなかなか仲間が 見つからないでしょう、さみしいじゃん」「あのね、素数は無限にあるんだよ。そんなのナンセンス」「知ってるよ。だから理系はきらいだ」「その文系思考にはついていけん」 素数の寂しさ、文系のあなたならわかってくれるでしょうか…(^^;
2006.12.28
年の瀬いよいよ押し詰まってきました。おとりよせで注文した新潟魚沼産ののし餅と、北陸産のカニがまだ届かんぞ(^^;これ、はたしてお正月に届くんだろうか…?うちはもしかして、お餅なし、ごちそうなしの正月、だったりして…えぇ~~~っっっ(汗)先日、今年の誤変漢の大賞が出てましたので、今年の私の誤変換大賞?を発表したいと思います(^^「外科医の茂樹」ほんとうは「外界の刺激」と書きたかった。「がいかい」をつい「げかい」とミスタイプしたら、「外科医の茂樹」と出てきた。「○○は外科医の茂樹の影響を強く受けますのでご注意ください」「外科医の茂樹にゆっくりと慣らしていくことが重要です」う~ん、この外科医の茂樹くん、かなりアヤシイぞ。ブラックジャックとか、只野係長みたいに、ウラ稼業がありそうだ。もしかしたら必殺系の医者かもしれん(^^茂樹くんはぜったい美形のはず。きっと、スリムだけど、かくれマッチョなんだろうな。。。な~んて、その時はひとしきりひとりでウケてました。(そもそもタイプの間違いなのでダメだけどね)仕事柄、日々いろんなおもしろ誤変換が登場します。うちのワード、私のわがままな欲求についてこれず、頭狂ってる傾向にあります(^^;;
2006.12.27
ブラボーー!いやいや、よかった、べト7☆歓喜のリズムが沸きあがって感動的でした。田舎の堤防道?みたいなとこでの千秋くんとのだめちゃんもとってもかわいいラブラブシーンでした。ああいう、後ろからグッと、というのにオンナノコは弱いでしょう♪(かつて私もオンナノコだった(^^めがねをかけない岩松了さん@のだめパパもよかった(笑)みんなみんな、とっても暖かく、優しく、思いやりあふれ、コンプリートなドラマでした。こういうのは後味よくていいですね。パリでのふたりが浮かぶ(思いやられる?)ようで、もっと、ずっと、観たい気がします。ところで、(ここから番外)わたくしもちょこっとピアノをやっていましたが、そのきっかけは、幼稚園で先生が教える歌を、私が聴いて憶えて、弾いて友達に歌わせているのを見て先生が「この子はちゃんと習わせた方がいい」と言ってくれたのでした。たぶん、勝手に全部Cになおして、主和音だけつけて(C、F,G、C7)弾いてたのだと思うし(^^;たいした才能もなく、真面目に練習もせず、ぜんぜん伸びなかったので、のだめちゃんとは雲泥の差がある、ステージが違う話なのだけど、でもなんか「おおっ…おんなじ…」と思ってしまった(^^コミックを読んでない私)先生に手の甲をピシッと叩かれて、ベソかきながら弾いてました。今はそんなことする先生はいないんだろうな(*^^*)なんか、なつかしぃ~っすねぇ。。。このドラマの折々で、そういう気持ちになった人、たくさんいるんだろうなぁ~♪
2006.12.26
クリスマスがすぎると主婦はそろそろ…とあせり始めます。なんか、なにをしてても「早く掃除しろよー」ってせかされてる感じが…(^^;そこをあえて、CDネタをもうひとつ。ジャン・イヴ・ティボーテ(1961年生・フランス)のドビュッシーピアノ作品集です。某雑誌で推奨されていたので聴いてみました。「ふたつのアラベスク」「月の光(ベルガマスク組曲)」「子どもの領分」「前奏曲集」など、誰もが聴いたことのある、練習したことのある、耳ざわりのいい曲が24曲入っています。ドビュッシーファンにはウレシイですね。ティボーテという人は、アルペジオをすごく優雅に弾きます。と言っても、この人のことをよく知らなくて、他のものを弾いているのと比較できないのですが、(華麗なる経歴です。ラヴェル集は絶賛を博した、とあります)たぶん、ピアニッシモとアルペジオを弾くために生まれてきたピアニストなのでしょう(??)その分、フォルテッシモとカデンツが(私は)いまひとつ、でした。なんか、おおらかさ・厚みに欠ける、カンカンと強すぎる、ような…ピアノにもよるし、録音にもよるし、ステージにもよると思うけど。それを除けば、とても繊細でロマンチックな演奏です。一家に一枚、いいかもしれません(^^
2006.12.25
クリスティアン・ツィマーマン(ピアノ)ボストン交響楽団小澤征爾:指揮ラフマニノフ ピアノ協奏曲 第1番 op.1 97年12月 第2番 op.18 2000年12月 ボストンシンフォニーホールラフマニノフといえば、アシュケナージ、あるいはリヒテル、あるいは千秋くん?(^^; というのがスタンダードですが、このツィマーマンのCDもすごくいいです。ツィマーマンのピアノはダイナミックで、都会的というか、男らしいというか、ラフマニノフをあえてフォークロアにしない、抒情的にしすぎないところがすごく好きです。甘美とか、感傷とかをスパッと切って、なよなよしてない、でも、淡白というのではなくて、めいっぱいロマンチックでイロっぽい♪1番の方は、玉手箱から音の宝石がキラキラ・コロコロこぼれてくる華やかさです。すごく大胆な音なのだけど、貴公子的というか、若々しい生命力がある。“若い美形男子”のイメージがぴったり(^^; >なんだそれ?2番はもう少し、風格があって、肉感的な感じも加わって、甘くて強い。こっちは「若い・キラキラ・コロコロ」というのではなくて、もっと引きずりこまれそうな大人の情熱。なんかこっぱずかしいような誉め言葉を並べましたが、、、オケも重厚で実直で、信頼できるブレーンのようです。特に木管がいい。誠意ある音で信頼に応えてます。小澤の暖かく、優しく、包容力のある誠実な感じが押し出されています。と、なんだかんだ書きましたが、あくまでもただの素人の一イメージですので、ご容赦ください。一言でいえばこれは、ものすごくピュアな初恋です。クリスマスの恋人たちにぴったりなのではないでしょうか♪
2006.12.24
このドラマ、超豪華キャストでしたね。内山理奈ちゃんも小池栄子さんもとてもよかったですが、男性陣、要潤くん、小柳友くん、本郷奏多くん、北村一輝さん、その他、高杉瑞穂、萩原聖人、谷原章介、吹越満、杉本哲太…ああ、多すぎる「目の健康に良い男」たち(^^v敬称略、以下略(^^;S.25年生まれの女性で、国立大卒の中学教師といえば、やはりほどほどエリートの部類に入るのでしょう。その女性が、男運悪く、ソープ嬢になり、人殺しもし、刑務所にも入り、最後はシャブ中の後遺症で、落ちるところまで落ちて、誰からも疎まれて、事件に巻き込まれ孤独死する一生でした。頑張ろうとすればするほど、どんどんまずい方向に流れていってしまう。いつもアンラッキーな星がついてまわる。というか、アンラッキーな星をあえて選んでしまう松子。でも、そこをポジティブに、強く負けずに生き抜いた一人の女性の一生が感動的でした。「転落人生」というのは、案外、かなり簡単にできてしまうのかもしれません。今では日本全国どこでも、繁華街や公園、駅に、ホームレスの人たちがあふれていますが、誰にでも落ちる前の人生があり、それにどう拘泥しようとも、滑り始めたらもう、自力で止めることは難しいのかもしれません。ということはさておき、ドラマにもどりましょう。松子が死んでいく場面、いろんな人たちを思い出して感謝するところ、「ゆっくり眠れば、きっと元気になる。そろそろ掃除もして きれいにして、またがんばらなくちゃ」と目を閉じるところ、うーん、ジーンときました。(;_;)めぐみの名刺を持って、生きる希望を抱いて、洋くんの出所を待ってのひとりぼっちの最期、哀れでした。。(T_T)人の一生って、こういう、理不尽なところのあるものなんでしょうね。なんか、抗うことのできない運命のようなものがあるのでしょう。自分の力だけでなんでもできるというのは、驕りなのかもしれません。難を言えば、理奈ちゃん@松子が突然、極端に老けこんで、妖怪バーバのようになったこと。(56歳で、あそこまでいかんでもええやろ)小池栄子さん@めぐみが、やはり50代後半なのに、お肌ピチピチ、ナイスバディのままであったこと。(もうちょっと、崩せ)よかったのは、要潤くんと北村一輝さん、老け役がグッド。なんか、もっとマシな感想が書けないものかと思うのだけど(^^;;こういうストレートにバシッとど真ん中に来るドラマは「よかったです」としか、言いようがありませんが、よかったです。(^-^)ごめん)
2006.12.22
「仙台麩」、またの名を「揚げ麩」「油麩」とも言う。そう、つまりお麩(棒状)を油で揚げたもの。見た目はまったくバケットそのものです。お麩というと、生麩は煮物や鍋物にいれたり、乾燥麩は汁の実に入れたりしますが、(東海中部では)そんなに料理の主役に出てくることはない。お菓子の甘い麩もあるけど、フガフガするし(^^;どちらかというと、よく池の鯉が食べている「鯉のゴハン」イメージが強い。仙台は、福島浜通りに3年住んでいたので、たびたび行ったけど、仙台麩は食べたことがなかった。この前TVで紹介していて、ネットでもちょくちょく見るし、生協であったので、買ってみました。玉ねぎや青菜とともに卵とじどんぶりにしてみました。つまり、親子どんの鶏肉の代わりに使った感じです。けっこううまいです。コクもあって、満腹感もあります。小麦粉のグルテンだから、ヘルシーなたんぱく質ですね。油で揚げてあるから、カロリーは他の麩より高いのだろうど、どうなんだろう? ネットで調べてみたら、「そんなに大量に使えるものでもないのでカロリーを 気にすることはありません」って書いてあったけど。食材としてはかなりいいかもしれません。買い置きもできるし、手軽で食後の満足度も高いですね。
2006.12.21
今日のムカっぱら(その1) 前を走っていたmoveのブレーキランプがふたつとも切れてた。 何の意思表示もなくス~と停車されたらあぶないのなんの! こっちは急ブレーキで車内にバッグの中身が散乱。(その2) 銀行ATMは、一度に50万以上引き出せないのを知らなかった。 まず40万を他に移動させて、次に生活費を出そうとしたら 出せないじゃん。 「窓口で出来ますが、印鑑が要ります」(んなもん、持ってません) 「明日また来ていただくしかありません」 私の金じゃ~!なんで私がおろせないんじゃ~! なんてことはさておき、昨晩の「僕の歩く道」最終回。こちらは実に爽やかに終わりました。トンビのシーンがとても美しく印象的でした。長山藍子さん演ずるお母さんの気持ち、すごーくすごーく共感でした。涙ちょちょぎれました。自立させることが良いこととわかっていても、母親としてはできるだけ長く手元において自分が見てやりたいと思うものでしょう。でも、息子の方は時期がくれば飛び立っていくものなのですね。大空を「ぴ~んひょろ~」と鳴いて高く高く舞い上がっていくトンビのように。すごく感動的だったので、都古ちゃんがいつも陰気に超ゆっくり歩くこととか、いつも「ほーら」というタイミングでトランペットのテーマが入ることとかの、これまでちょっと気に障っていたことは全部チャラになりました(^^ドラマって、当事者や関係者にとっては「そんなもんじゃない」ということも多いので、私はこのドラマが現場の立場から見てどの程度リアルを描いていたのかはわかりませんが、素直に、良心的なすごく良いドラマだったと思います。つよぽんも3連作それぞれいい味を出していて、とてもよかったですね。今クール、あと木10の「松子」と月9の「のだめちゃん」を見ています。この3本はけっこうおもしろかったと思います。ということで、今日はごくごく素直におしまい(^^
2006.12.20
西加奈子さんは77年生まれのまだ若い女性で、これは2冊目の作品です。最初、雑誌「編集会議」(05年9月号)で拝見したのですが、かわいらしく、細く、いい具合に力が抜けていて、ごく自然体。いきなり小学館の編集者に認められてデビューしたとか、「登場人物とかプロットとか全然決めないで書く。頭の中にシーンがパッと浮かんできて、それを書いていくと、後からつながっていく」と答えるあたりとか、さぞ、天才肌なんだろうなぁと、羨望?妬み?嫉妬?…(^^;で、長いこと“積読”になってました。その経歴を見ても、私なんかのような俗人とは違う「自由人」なんだなぁ…と。なんか“力み”がないというか、自分のやりたいことややるべきことをしっかり知っているというか、そういう感じがして、自分のちっちゃさが見えて、あせる(^^;まあ、↑こういうことはどうでもいいのですが、作品を読むと、まさしく、その西さんそのものという感じです。しぜ~んにありのまま~にいろんなことをよ~く見て、知って、判断できて、そしてさらに考えている、そういう才能のもともと備わっている人と言う感じがします。そのへんが「好き」な人と、「なんだ、ふつーの話じゃん」とひっからない人とで評価が違うみたいですね。(某所☆は5つから1つまであり)「さくら」というのは、白に黒ブチのさえない雑種の老犬。主人公の薫くんは、とにかくかっこいい誰もが認めるお日様のような兄・ー(はじめ)と超美形の妹・美貴の間でいまひとつぼんやりした存在。内容を書くとネタバレになるので書きませんが、家族の愛を、さくらを軸に、さくらへの愛を中心に、ゆっくりと描いています。登場人物は少し変ってるけど、そんなことはまあ、よくて、(わんこのサクラだけがまっとう)何がどうとか、どこがどうとか、ここでまとめては言えないのだけど、とにかく衝撃的であり、そして深く、いとおしく、かつ邪悪な、なおかつ慈しみに溢れた多様なたくさんの愛の世界です。作者は言葉遣いや表現がいちいちとてもうまくて、「涙もろい同盟」なら、かなりヤバイです。随所に不潔なエピが入っているのが気になりましたが、かえって「格調」とか「品格」とかをあえて排除しているところにこの作品の目的があるのかもしれません。おにいちゃんをなぜ死なせた? テーマが追及不足では? など、賛否両論ですが、この作品はそういうのではなく、ただ茫洋としてある日常のあふれる愛をどーんと出したのでしょう。とにかく西さんは、才能に恵まれて生まれるべくして生まれてきた人だと思います。「ゆれる」の西川美和監督に通じるところがあるように思います。かなわんなぁ、と思います。
2006.12.19
朝からレイラのわんこウェアを求めてネットをさまよっていたところ、みつけました、かわいいサイト(*^_^*)【男子禁制ジャージ】・・・(画像、お借りしました「オンナノコだってジャージを着たいけど、 オンナノコらしいのってないの?というわんこにぴったり」だそうでゴザイマス(^o^;他に【男子禁制Tシャツ】とか【夏のお嬢さん】とかもありました。冬の散歩用あったか系を探していたので【チロリアンパーカー】と迷いましたが(メロンパンのパーカーも捨てがたい!)(レイラなら【たたかうパーカー】のほうが、らしい、か(^^;)なんと言ってもだいじのお嬢犬、やっぱ“男子禁制”でしょ☆ っつうことで。他にも【ザ・鑑識】【ザ・巡回】など、おもしろいですね~コメントも「タートルをかっこよく着こなしたいと言うわんこ向き」なんてのもあり「誰が言ったんだよー」とつっこみたくなります~(≧▽≦)最近、ワンの主流は小型犬なので、大型犬ウェアは実用本位のファッション性に欠けるものが多いのだけどここは大きいコにもかわいいのを作ってくれるのでウレシイな♪「犬に服はいらんだろー!アホ」と言われそうですが、家の中にいてエアコンの部屋から外に出ればやはり寒いでしゅよん。防寒着は必要なのです~
2006.12.18
朝から電子ぴあにてコンサートチケット購入。トヨタ創立70周年記念コンサート実は昨晩、映画「HAZARD」を見逃したことに気付き、がっくり落ち込んでいた。東京・大阪ですでに公開されてることは知っていたものの、名古屋はどうせその後だろうとのんびりしていた。ところが、同時進行していたのだ・・・!オフィシャルサイトの劇場チェックで「ふーん、15日までか。急がないとな…」と思って。。。「・・・15日!?( ̄□ ̄;)!! …今日じゃん! えーっ! 終わっちゃったじゃん!!」この映画、ワケあって、作られてから4年、公開されなかった。いつだ、いつだ、とずっと心待ちにしていた。待ち続けて4年、ついに状況整い公開となったのを知り、とてもうれしかった。なのに、それを、見逃すとは…!なにやってんだ、美月!だから、トヨタマスターズ、ぜったいに買うぞ、逃がさないぞと、気合をこめて、発売スタートの今朝10時、ぴあにログイン。4/14の佐渡裕さん指揮の方を買うぞ!そのとき(10時きっかり)、まだ席は余裕。A席にするか、S席にするか、両方のとれる席をチェックし、比較。愛知県芸術コンサートホールは広い、微妙にAとSと、音響的にどちらがいいとも言い切れないところがある。座席表と見合わせて、どちらにしようかな…なんて考えていた。そもそも、人気アーティストでもなし、クラッシックコンサートの広大な席があっという間に埋まるはずがない。取り合いなんてありえない。(とのんきに思っていた)5分ほど逡巡し、再度アクセスすると、なんと、売れてるわ、すでにS席でも2Fになってしまっていた。これなら最初のSは1Fのいいとこだったのに、それにしとけばよかった。最初のAとあんまり変わらん席じゃんか。どうも、こういうスピードを要することにいつも私のトロ系が100%発揮される。まぁ、しかたない。取れたのでよしとしよう。それにしても「HAZARD」は悔しい。浜松と京都がこれから公開だ。新幹線に乗っていくか? あまりにも高い映画だな。名古屋シネマテークさん、お願い! もう一回カモーン!!
2006.12.16
大石さんと言えば、「巧妙が辻」そして「ふたりっこ」「オードリー」(→しかし私はどれも観ていない(^^;「アフリカの夜」は少し観てた。こっちはけっこうおもしろかった。『四つの嘘』は、04年産経新聞の連載小説だった作品です。かつて、そこそこお嬢様の一貫校で学んだ4人の女性、今は41歳となり、それぞれの人生を生きている。冒頭、ひとりの女がニューヨークで、フェリー事故で死ぬ。同じ事故で、日本人外交官も死ぬ。しかし、彼の死は発表されずもみ消される。亡くなったのは美波。そして、高校時代の元カレ・河野。河野は、美波の同級生の詩文の元夫。ここからはネタバレありです。ご注意を。平凡なお嬢さんだった高校生の美波は、家庭教師の東大生・河野に恋をする。しかし、生来、淫乱にしか生きられない(とオビに書いてある(^^;)詩文が河野を欲しがる。横取りする。クラスの中心的存在の美貌の満希子は、詩文を嫌って美波を応援するが、男は、詩文の女の魅力に抗えず、関係を持ってしまう。美波は他の男と結婚する。ただ河野に面影が似ているというだけの、とりえのない男と。医大志望のネリが、一歩離れた位置で、冷淡にこの三人の関係をみつめる。その残された3人が、美波と河野の死をきっかけに、再び集まる。かつてはモデルスカウトされるほどの派手な美人だったのに、今は、ただのめただない普通の奥さんに成り下がった満希子。医学に青春をかけて、好きな男に理解されず、結ばれなかったネリ。そして、あいかわらず、ずっと男なしでは生きていけない詩文。女たちの描かれ方は、「ある、ある」と思わせて、なかなか深い。特に、満希子。今も自分が中心になって事をまわしていかないと気がすまない、けど、平凡な夫の妻になり、女としての魅力を全くなくしてしまっている、その空回り、説得力のなさ、哀しさ。その満希子の内面心理、そして、ネリの内面、これはなかなかいい。しかし、詩文はどうかな。正直、こんな女、いやだな(^^;詩文は、いささか、ドラマ的すぎ。詩文の大学生とのエピがなければ作品はもっとよかったと思う。なんか、やはり脚本家なんだなぁ、というか、ドラマチックにしないと、なにか事が起こらないと、だめ、みたいなとこがあるんじゃないか。3人の娘がまた同じ学校で同級生というのもドラマみたいだ。ラストもいまひとつ、すっきりしない物足りない終わり方だ。読みやすい。文学的ではないが、ストーリー性はある。読み応え感はあまり期待しない方がいいかも。こういうのは好き嫌いがあるかもしれないなと思う。
2006.12.15
『水滸伝』を読んでいる。と言ってもまだ[一]が終わったところだけど。北方謙三版の文庫化で、毎月1巻ずつ(10月からスタート)発刊されている。全19巻。読破には1年半かかる。>頑張れるのか?(^^;そもそも「壮大な男のロマン」という類が苦手だ。嫌いなのではない。脳内CPUが安物で、体系立てて内容を記憶しておくことができないからだ。それを、なぜ、チャレンジすることになったか?男子大学生M某が読んでいるのを見て「おもしろい?」と聞いたら、「これは男の物語だから。女子どもは読んじゃいけない」などとぬかしおった。M某は「壮大」「長編」「歴史」が大好き。大得意。 ふん!負けてなるものか。威信をかけて読破してやるわい。しかし、日経朝刊小説が今、堺屋太一の『チンギス・ハン』である。似たような歴史物で「脳ミソ混ざらへんかな…?」とつぶやくと、「そっちは国をつくるんだし、こっちは国を壊すんだし、混ざるわけないじゃん」と小ばかにしおった。 ふん!読んでやろうじゃないの。で、 やっぱ、おもしろいわ~~~♪ご存知『水滸伝』は12世紀中国の例の梁山泊ウンヌンのお話、私は原作も知らないし、他の作家のものも読んでないけど、この北方版は作家の脚色・創作が入っているらしく、とにかくおもしろい!登場人物が、1巻ですでにわけわからんほどの数(50人以上>マイ能力外)なのだけど、さすが北方謙三、ひとりひとりのキャラが際立っていて、まったくエピソードに無駄がなく、それぞれが生き生きとしている。まるで、そこにある世界のような臨場感。必然としてストーリーが展開していく。素晴らしい!1巻では腐敗した国政に反発し、立ち上がろうとする男たちが紹介されていく。RPGなみに、諸国から幾人もの男たちが集結してくるのだけど、それぞれに“マイ事情”もあり、人物描写が卓越している。ということで、このまま勢いで、2巻に進みます(^^名前が中国人名なので、整理がつかないのが問題だけど(この先、どれだけ増えるんだ?という不安もあるが)まあ、生きているうちに「水滸伝」の話くらい知っておきたいし(^^;塩野七生さんの『ローマ人の物語』も興味ありだけど、こちらはさらに長編で、全28巻?かな、すでに文庫化終結している。『チンギス・ハン』の連載が終わったらチャレンジしてみようかなと思ったり。ま、とにかくは『水滸伝』読破☆
2006.12.14
久しぶりに、10年ぶりくらいに、吉本(よしもと)ばななを読んだ。『キッチン』『TUGUMI』『哀しい予感』などなど、ばなな作品は、少女から女への過渡期にある女性のキラキラ感、刹那感がとても素敵なのだけど・・・この作品に関しては、私個人的にはどうかなぁと思った。他の読者レビューでは☆4~5つで評価が高いのだけど、なんか、テーマが絞りきれてなくて、あれこれ雑多で、ばななワールドを中途半端な俗っぽい、子どもっぽいものにしている感じ。登場人物たちは、あいかわらず、地面から15センチ浮いている、生物的な確実さのない人たち。傷つきやすく、トラウマを抱え、生きることの困難さを痛感しながら、それでも浮遊しつつ自分なりの世界を築いて生きていこうとはしている。しかし、みんなワケありすぎで、つくりすぎ。白雪姫の森の小人みたいな、湖のほとりのミノくんチイさん兄妹に関してはあまりの非現実にあ然とする。中島くんだって、作者につくられすぎだ。こんな男、はたしてずっと愛せるのか?私は“もち網”を抱いて寝るような男についていくことはムリだ(^^;共感し、同情はしても「ここに新しい恋が確かに始まるのだ」とまで献身的な犠牲者には、私はなれません。出だしは、ばなな的で、安心して読めるものの、後半、あまりにもドラマ的になぞ解きしすぎ。途中の、留学だ、壁画だの挿入エピソードがなんのためにあるのか、十分に生かせていない。ママとパパのエピも、せっかくのママの人物描写も単にちひろが普通のオンナノコとは違うぞということを読者に押し付けるためにだけあるようだ。と、かなりキツイこと書きましたが、あくまで個人の意見ですのでご勘弁を。私的には「1,200円返せ」ってとこでした。『アルゼンチンバアバ』にはちょっと関心ありますが、絵本的なんだって?よしもとばなな、これからどうなっていくんだろう?それとも、私がこの作者の感性についていけなくなった、というだけのことなのだろうか…? >それはそれで、ちょっとヤバイか?
2006.12.13
なぜ今『風の盆恋歌』?と思われるかもしれない。9月末、友人と飛騨高山に旅行した。老舗旅館で、朝届けられた新聞、なにせ、前晩に引き続き朝からも露天風呂のはしごをしていた女たちは読む時間がなく、帰りのJRの中で読んだ。そこに『風の盆』の記事があり、暮れていく車窓の夕景の中に優雅で哀しい熟年の恋が思われた。。。で、先月図らずも映画館で「愛ルケ」の予告編を見た。トヨエツと寺島しのぶさんの愛の流刑地はさぞ美しいのだろうけど、この小説には日経読者の私は毎朝むかっ腹を立てていたものだ。「違う、そんなの違うぞ~!」と。というわけで、どうせならこの”由緒正しき不倫名作”を読んでみよう(まだ読んでませんでした(^^; と、思ったワケです。やはり、名作、描写がとても素晴らしい。川端文学のような、清涼な水音が聞こえるような、幽玄の美の八尾の坂の情景が、のっけから読者を作品世界の引きずりこんでいきます。学生時代に、入り組んだ事情で遂げられなかった恋を胸に抱きつつ、それぞれ別の相手との結婚生活を経てきた50代の男女の恋愛です。祭りの三味線と胡弓、ゆったりとしたテンポの踊り、けっして騒がしくなく、祭りというよりももっと陶酔的な別世界がとにかく圧倒的に素晴らしい。ここからはネタバレありです。まだこれから読もうと思われている方はご注意くださいね。贅肉の欠片もない長身、50代新聞社エリートの都築(つづき)と、「年をいったいどこに置いてきたんだ? こんなに美しい胸を…」と言わせる美貌のえり子。映画化するなら、いったい誰だ??(^^;都築の妻・弁護士の志津江も「子どもを持たなかった妻は50才を前にしても、その美しさは衰える気配さえも見せない」ってわけで、とにかく美しい方々です。(←(^^;ありえません! 絶対ムリ)まあね、主人公ふたりの不倫は、学生時代に好き同士だったのに、越えられない物理的な障害もなかったのに(精神的な障害はあったけど)いっしょにならなかったものを、今にしてなんとかしようというのは、気持ちはわかるけども、これは「夢」だって。現実には、そうはいかないよ。年をとれば容色衰え、体型崩れ、学生時代の恋人ともう一回なんとかしようという気持ちには、なかなか踏み込めないだろうに。というような現実的な読みをしてはおもしろくないので(^^;あくまで浸りこんで読むとすると、えり子と娘の小絵の描かれ方がなかなかおもしろかった。小絵には神学をやっている恋人がいて、優秀な外科医学者の父(えり子の夫)は、有望な若い心臓外科医との結婚を進めようとする。えり子は「それでは自分の二の舞になってしまう、いけない」となんとか好き同士のふたりを一緒にしてやろうと奔走するのだけど、小絵の方は、ここ数年の母の微妙な変化に気付いていて、興信所を使って、都築と母の関係を知ってしまう。父以外の男との恋愛の喜びに浸っている母に本能的に反発する娘。小絵は母の意に背いて、父の進める外科医との結婚を決意し、都築に「母は死にました」と告げに八尾に来る。絶望の中、持病を悪化させて、ひとりで死んでいく都築。この一年、逢わずに貞淑な妻として娘を結婚させれば夫は解放してくれる、そうしたら恋人との新しい生活に飛び込もうと思っていたえり子。駆けつけたえり子もまた、後を追って自死してしまうのだけど、母と娘って、こういうものだなあ、とシミジミ…思った。いちばん近い同性で、いちばん信頼していて、愛していて、でも、娘は「母」でない母を許せない、同性ならではの「嫉妬」に近いような、複雑な感情があるのだろうな。。。そんなわけで、私としては、甘い熟年男女の恋愛よりも、女同士としての母と娘の描かれ方に感銘を受けつつ読みました。熟年同士の不倫というのは、やはり現実にはどうなんでしょうか。どうしてもドロドロの性関係にならざるを得ないはずで、その意味では、「愛ルケ」方向が正解か? しかしこれはどう見てもナベジュンさんの男の勝手でしかなかったけどね。
2006.12.12
11月23日、4連休の最初の日だった。庭のバラのアーチの鉄が腐食してきてたのを取り外し、もうちっと小さめのオベリスク2個に立て替える作業をしていた。からまっているバラの木も英断的にバッサリと剪定し、アーチも鉄ノコで分解して・・・の大作業をしている夫婦の足元辺でレイラも散策、遊んでいた。ふと見ると、剪定されたバラの木の枝をかじっている。「こりゃ、ダメ!」とレイラを家に回収。犬は、物をかじるのが大好き。食べたくてかじるのではなく、かじりたくてかじる。大型犬は噛む力が非常に強いので、なんでも粉砕してしまう。口の中のミジミジになったかけらは、いくらか飲み込まれていくのだ。「ま、いつものことだ」程度に思っていた。ところが、次の早朝、木のくずみたいなのの入った唾液を吐いた。「あらま、しょうないね」程度に思っていた。ところがところが、朝ゴハンも吐いてしまった。連休中の予定もあったので、「念のために」程度で病院へ。ところがところがところが、先生は「樹液とか、球根とか、生ものはいけないよー!」と。「先生、25日にはレイラも連れて山歩きに行く予定なんですけど、…だめ?」「だめ(キッパリ@とーぜん!)」この時、オットも私も、まだ「えー、そんなぁー」程度に思っていた。「そうは言っても、良くなったら連れて行こう」感覚だった。ところがところが、ところがところが、とんでもない事態へと突入していったのである。嘔吐と下痢が止まらない。どんどん、血へドと血●ンコになっていく。ひっきりなしに出る。水さえも収まらない。再び病院へ。点滴を受ける。(わんこの点滴の注射針は毛の上からテープで止める。「こんなん止まらんやろー」程度に思う余裕がこの時にはまだあった)先生は、「こりゃ死ぬだろ~ってコも点滴でよくなるから」となぐさめて(?)くれる。しかし、一向によくならない。山歩きどころではない。友人にキャンセルの連絡。夫婦は夜中も早朝も、パジャマにフリーズをひっかけて懐中電灯を持って犬を連れて歩くアヤシイ人に。(トイレです。レイラは外に出ないとできないので)毎日点滴に通い、入院も2回して、それでも治らない。連休が明けて、オットは会社に行ってしまう。責任者は母(私)ひとりとなる。先生も他に重篤な事態を想定して、レントゲン、バリウム、血液検査、もろもろ検査を進め、ひとつずつ予想される事態をつぶしていく。内臓内の異物、腸閉塞、胃の出口の閉塞、がん、すい炎、etc、全部「そうではない」ことになって、「もう後は予想外の何かが起こっているとしか考えられない」となった。それで一度家につれて帰るが、やはり病状はよくならない。「このままでは死なせてしまうから」と先生が再び預かってくれる。緊急手術もありとのこと、同意書にサイン。「これは…ヤバイ」「バラなんかで死なせたらかわいそすぎる」涙、涙。。。次の日の朝、病院に見に行くと、先生が「なんか、ゆうべはよかったよ」と言う。「とにかくトイレに連れて行ってやって」と言われて外に出すと、それまではヨロヨロしていたのに、力強く歩くではないか。「なんか、先生とこが良かったみたい」「ウチがイヤだとか、お母さんが怖いとか…?オレは優しいからね」と先生。なんでもいい。治ってくれ。夕方もう一度見に行くと、やはり様子はよさそうだとのこと。連れ帰ると、一度唾液を吐いたものの、それからは劇的によくなった!いくつもの病名が出た。いろんな事態が想定された。が、結局は、最初の診断通り、樹液の中毒症状だったようだ。「もう点滴にこなくてもいいよ」と言われたのが、12月2日。長くかかった。たいへんだった。保険がないから医療費もたいへん。でも良くなってよかった。レイラ、ただいま、着々とリハビリ中。天寿を全うするんだよ。
2006.12.06
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