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世の中、美人だから早く結婚できるとは必ずしも言えないということがわかった。今日、町の居酒屋で、となりで話し込んでいる女性三人組の会話を、別に聞くつもりはなかったけど、耳に入ってきた。「結婚はタイミングよ」と、三人組のひとり、お笑いタレントの森三中のメンバーといっても通りそうな、体型と容貌の女性が言った。「結婚する前に、10年間付き合った人がいたけど、その人とは結婚できずに、3年前に知り合った人と、去年結婚したのよ」ほう、この森三中は結婚しているのか、残りの二人は、若い頃の石野真子と若い頃の大桃美代子みたいな感じの女性だった。こちらの美人の方は、まだ結婚していないようだ、年齢的には3人とも30代かな。なんとなく、結婚した勝ち組の女子が結婚できない負け組(といっていいのか?)の女子に自分の成功体験を語っていたようである。まあ、友人の助言が、必ずしも人生の航路を照らす、灯台の明かりというわけではないと思うけど。頑張れ、未婚の美人たち。人気ブログランキングへ
Sep 30, 2013
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今日の徳之島の空には、ちよっと秋らしい雲が見えてました。井之川岳への登山道の入り口です。看板の文字が薄れていてわかりにくいです。登山道のこのあたりは、途中の農地へ入っていくためにコンクリート舗装されています。井之川岳が見えるところまで歩いて行きました。秋になるとハブの活動も活発になるので、一人で山行は危険かと思い、登山は危険でしょう。人気ブログランキングへ
Sep 29, 2013
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NHKの朝の連続ドラマ「あまちゃん」が終了しました。毎日、昼休みに楽しみにみていた「あまちゃん」、主人公の影響を受けて潜水士資格も取得したのですが、それが来週からみられなくなると思うと、ややブルーな気持ち、「あまちゃんロスト症候群(あまロス)」になりそうです。さて、徳之島の最高峰、井之川岳の山頂付近をズームで撮影してみました。井之川岳は火山ではありませんが、地質学的には後期白亜紀付加体コンプレックスの玄武岩ブロックとなっているようです。ただし頂上付近は後期白亜紀付加体コンプレックス基質となっています。「付加体」とは、海洋プレートが海溝で大陸プレートの下に沈み込む際に、海洋プレートの上の堆積物がはぎ取られ、陸側に付加したものだそうです。まあ、むかし海の底だった時に貯まった堆積物が基質となっているということです。右側の頂き付近には大きな岩があるようです。おそらくこれは玄武岩でしょう。こちらは、下久志地区からみた、井之川岳山頂です。人気ブログランキングへ
Sep 28, 2013
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徳之島の最高峰、標高645mを色んなところから撮影してみました。これは、徳之島町白井地区から見た井之川だけです。頂上は雲がかかっていて見えませんでした。井之川岳に雲がかかるのはよくあることです。これは徳之島町母間地区から見た井之川岳です。この景観は「母間御岳ガナシ(ぼまうでがなし)」と呼ばれていて、徳之島では高い山岳をウデガナシと呼び、信仰の対象にもしていたそうです。母間御岳ガナシはその代表的な例で、この近くには拝所があり、正月元旦の早朝には花米と酒を供えて祀る習わしになっているそうで、今でも多くの参拝者がいるそうです。人気ブログランキングへ
Sep 27, 2013
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徳之島町井之川地区に行くと、こんな怪鳥を見ることができます。黒い方をズームすると、白い方は共通しているのは、眼からくちばしにかけた顔の部分に真っ赤な皮膚が見えることです。この鳥は、黒いのも白いのも同じ種類で、南米原産のノバリケンを家禽(かきん)として品種改良した「バリケン」という名前の鳥です。「フランス鴨」、「タイワンアヒル」、「麝香アヒル」とも呼ばれているそうです。飛行能力が残っているそうなので、逃げ出してきてここに住みついているのかもしれません。ネットで調べると、奄美大島にもいるそうですし、MoMo太郎が以前住んでいた、つくば市にある洞峰公園にも住んでいましたよ。人気ブログランキングへ
Sep 26, 2013
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以前紹介しましたが、洞窟に神様を奉るということで、徳之島町井之川地区にあるイビガナシとウキボウジガナシを紹介します。この祠の中にイビガナシという石のご神体が奉られています。これは昔海から石に乗って神様がやって来たという伝説があり、その時の石が御神体として奉られているそうです。いわゆる「えびす様」に似た信仰のようです。写真の道が二股に分かれていて、右手の道を行くと崖がありますが、その崖にできた洞窟にウキボウシガナシが奉られています。ウキボウジガナシは、貝を御神体として奉っています。この説明版によれば、イビガナシもウキボウガナシも航海の神様だということです。人気ブログランキングへ
Sep 25, 2013
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やがて、二番目の木製の鳥居が見えてきました。そして、この石段を上ると、この洞くつが喜念権現です。洞くつは鍾乳洞のようで、本当は薄暗い中に祭壇があって、なんとなく怪しい感じがするところでした。人気ブログランキングへ
Sep 24, 2013
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喜念権現へ参拝するのは、ちょっとした山道を進みます。最初はコンクリート舗装された道ですが、そのうちこんな地道に変わります。そして、徳之島の標準的なコンクリート製の鳥居が見えてきます。しかし、この鳥居よくみるとコンクリートが剥がれ落ちて、中の鉄筋が露出しています。強度は、大丈夫でしょうかこの鳥居を抜けると、この地区の水汲み場だったといわれる小川が見えてきました。ここを抜けると、権現様の洞くつに着きます。【つづく】人気ブログランキングへ
Sep 23, 2013
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伊仙町喜念地区にある喜念権現の入り口です。喜念権現の説明看板です。看板には、次のように記されていました。喜念権現(町指定名勝史跡 昭和53年2月23日指定) 鳥居の先の森の中に幅5メートル、奥行5メートル、高さ2メートルほどの鍾乳洞があり、その中に石碑が祀られています。喜念集落の人たちは、これを鎮守の神として崇め、雨乞いや豊年を祈願する祭りを行っていました。また、洞穴の西側にある小川は地域の人の水場であり、また、ショウジ神の祭場でもありました。 喜念権現には美女にまつわる2つの伝説が残されています。1.昔、世にも美しい娘がいました。村の若者はどうにかしてその姿を一目見ようとしていましたが、娘はどういうわけか人に顔を見られることを嫌い、外に出ることがなかったそうです。ある日、娘が何かを落としたと言ってすすり泣いているので、その姉が一緒になって庭を探していると、ものかげに隠れた一人の青年が「見たぞ、見たぞ」といって誇らしげに大声をあげて飛び出してしまいました。娘は顔を見られたことに落胆して山奥の洞窟に身を隠し、そのまま喜念権現の神となりました。2.薩摩から来た代官が、在任中に身の回りをする人を探していました。喜念村に絶世の美女がいると聞き、役人を通してその娘に相談を持ちかけました。娘は2年という短い在任中の島嫁になることはできないとして、その話を断ったそうです。そこで役人たちは娘の親をおどしたそうですが、娘は親に迷惑をかけてはいけないと思い、洞窟に入り自ら命を絶ってしまいました。村人たちは命を投げうって役人に抵抗し、貞操を守り続けた娘の気持ちを哀れみ、その霊を権現さまとして祭るようになったとこのことです。なお、鍾乳洞に向かって左側には高さ1.3メートルの鹿児島県で採れる山川石を使った灯篭が立っており、そこには、享保14年(1729年)己酉7月徳之島代官とその附役(補佐官)によって寄進されたと書かれています。参考文献伊仙町誌編さん委員会 1978『伊仙町誌』ちょっと面白そうなので、行ってみることにしました。人気ブログランキングへ
Sep 22, 2013
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徳之島の人口は約2万5千人ですが、牛は1万8千頭飼育されています。だいたい10頭くらいのメス牛を飼って、生まれた子牛を一年くらい育てて販売する農家が多いみたいです。子牛は将来、成長して松坂牛として売られるという話です。人気ブログランキングへ
Sep 21, 2013
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今、話題の病院です。もちろん徳之島にもあります。得意の診療科目は、「選挙」だと言われています。人気ブログランキングへ
Sep 20, 2013
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伊仙町面縄地区の山手にある「上面縄姫按司墓古墳」は多分これです。多分、これだというのは、こういう石碑が建立されているのですが、この山の形、どう見ても古墳には見えません。反対側からみてもこんな感じです。一応、天城町のホームページで、上面縄姫按司墓古墳は、「地元で、この墓への立入は厳しく禁じられていた。「前方後円墳」というのは後円部の山頂に墓があるが、ここの古墳も墓のあるところは最も高く円形のなっていて、祭場として平らにしてある。石室の上は珊瑚石で囲いがなされている。前方部は緩やかな傾斜になって片側に通路がある。」となっているのですが、道路を造るために山が崩されたようになっていて、とても、由緒正しい古墳には見えませんでした。ちなみに「按司」とは琉球王朝の宮家に相当するものだそうですが、徳之島の按司は村長さん的な位置の人を指すらしいです。人気ブログランキングへ
Sep 19, 2013
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伊仙町面縄地区にある史跡の「古井戸」です。名称が、本当にベタに「古井戸」です。この井戸は、琉球国統治下、王府から派遣された豊見大親が築かせた井戸と伝えられています。かつては東浜集落一帯の飲料水をまかなった井戸で、面縄が隆盛をきわめた源はこの井戸にあったと考えられます。遺構は大きな石灰岩を積み上げて深さ5m内径2mの井戸を造ったのは、当時の工法としてはすばらしい技法であるといわれています。人気ブログランキングへ
Sep 18, 2013
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今日の徳之島で見えた夕陽です。人気ブログランキングへ
Sep 17, 2013
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大相撲秋場所が始まっていますが、徳之島からも横綱が出ています。第46代横綱、朝潮太郎、のちの高砂親方です。銅像が出身地の徳之島町井之川地区に建立されています。人気ブログランキングへ
Sep 16, 2013
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今日の徳之島の海は、台風18号の余波なのでしょうか波が高かったです。こういうのを「天気晴朗、波高し」というのでしょうか。人気ブログランキングへ
Sep 15, 2013
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徳之島町出身の偉い人といっても、徳洲会病院の徳田虎雄ではありません。徳之島町の図書館に銅像が飾られている吉満義志信氏と吉満義彦氏です。右が吉満義志信氏、左が吉満義彦氏です。吉満義志信氏は、万延元(1860)年3月28日生まれ、明治19年古仁屋警察署長代理を振り出しに県議、東方、西方、鎮西、亀津、天城、伊仙村の各村で戸長・村長などを歴任。明治20年代から大正中期にかけて地方行政官として活躍した人です。また、明治28年に江戸時代から明治中期までの主要な出来事や地図・民俗・衣食住・歴史・統計などが色付き絵図で紹介されている「徳之島事情」をまとめた功績があります。大正7年10月4日58歳で没す。吉満 義彦氏は、明治伊仙尋常小学校、鹿児島一中、一高、東京帝国大学文学部卒業、父、吉満義志信が官選戸長・村長のため、小学校時代は伊仙で過ごす。昭和初期の日本近代哲学思想の孤高。カソリック哲学者・実存哲学者・神秘思想家として知られる。上智大学教授。教え子に遠藤周作。遠藤に文学の道を勧めたそうです。 昭和20年10月23日42歳で没す。吉満義彦全集(講談社出版研究所)1984は、近代日本が生んだカトリック思想家としては最も著名な人物の全集。推薦文に哲学者森有正は「彼にせめて5年の生命を与えたならば、戦後日本の哲学、思想、宗教はまったく変わった発展を遂げたであろう」と記されたそうです。37(1904)年10月13日生まれ。まあ、要するに親子そろって偉い人ということで、鎌倉にお住いの芸能人親子とは違うってことです。人気ブログランキングへ
Sep 14, 2013
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今日、西の空を見たら、こんな雲が見えました。今日だけしか見られない雲。明日は別の雲。もう一枚撮影しておきました。忘れないように。人気ブログランキングへ
Sep 13, 2013
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伊仙町の小原海岸には、展望台があります。この展望台、どういう経緯で造られたかというと、農作業準備休憩施設だそうです。近くに火山灰層や鍾乳洞もあるそうなんですが、一体、どこにあるのか案内標識さえありません。そういうところ、大らかで徳之島らしくていいですね。上の展望台の床には徳之島の地図が描かれていました。こちらからの眺めもよかったです。海の景色もいいし、山の方の景色も空の色が澄んでいて、また格別でした。人気ブログランキングへ
Sep 12, 2013
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徳之島でもそれほど有名ではないみたいですが、雄大な海岸の眺めが楽しめる伊仙町の小原海岸に行ってきました。切り立った海岸崖が雄大です。海岸には奇岩が点在しています。人気ブログランキングへ
Sep 11, 2013
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徳之島の最高峰、井之川岳(標高645m)を徳之島町大原地区から撮影した写真です。今日の徳之島もいい天気でした。一応、亜熱帯でも秋らしい感じがしてきましたよ。人気ブログランキングへ
Sep 10, 2013
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ここ徳之島でも、2020年の東京オリンピック開催に間に合わせるため、道路の突貫工事が続いています。人気ブログランキングへ
Sep 9, 2013
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残念なことに2020年のオリンピックは東京に決まりました。人気ブログランキングへ
Sep 8, 2013
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前回のオリンピック招致運動の時のポスター(旗かな)です。明日の朝に、2020年のオリンピックの開催地が決まるそうですが、個人的には、「オリンピックいらないんじゃないの」と思っています。本当に日本でオリンピックをする時は、福島第一原発の問題も含めて、東日本大震災からの復興が出来た時ではないのでしょうか。それまでは、やっぱり、オリンピックに使う資金やエネルギーを東北のために使うべきでしょ。というわけで、オリンピック開催地が前回の時と同様に東京に決まらないことを願って、前回、オリンピック招致運動のポスターの写真を使っています。人気ブログランキングへ
Sep 7, 2013
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突然、この人のことを思い出しました。え~っと、忠臣といわれた人物ですよね。人気ブログランキングへ
Sep 6, 2013
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台風が過ぎ去って、昨日あたりから、徳之島も少し涼しくなってきました。こんなきれいな夕焼け空をみていると、そろそろ南の島にも秋の気配を感じます。人気ブログランキングへ
Sep 5, 2013
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徳之島天城町当部地区の一番山奥にある南部ダムです。フェンスが張られて中には入れないようになっています。やっぱり危険だからでしょうか。そして、ゴミを捨てないでならわかりますが、こんな看板がありました。どうしてかと言うと、このダムの周辺にはアマミノクロウサギが棲んでいるそうで、それらを野良犬や野良猫が襲うからです。ダムの近くには、クロウサギの観察小屋もありました。アマミノクロウサギは夜行性なので、夜、徹夜でこの小屋で見張っていると、運が良ければ本物のアマミノクロウサギを見ることができるそうです。人気ブログランキングへ
Sep 4, 2013
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本日の徳之島は台風17号の影響で、一日中、強い風が吹いて、雨が降ったりやんだり、海も山もこんな感じでした。人気ブログランキングへ
Sep 3, 2013
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今日は3,000日目のブログなのですが、以前、2009年にエチオピアで撮影した子供の写真を掲載します。人気ブログランキングへ
Sep 2, 2013
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今日は、9月1日、関東大震災から90年目だそうです。それから、MoMo太郎がこのブログをはじめて2,999日目を迎えました。9月になってもまだ暑い日が続いています。熱中症には気をつけて皆さんお過ごし下さい。そんなわけで、拙は仕事に熱中しないように気をつけています。写真は、徳之島の天城町に広がる畑です。人気ブログランキングへ
Sep 1, 2013
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