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それにについて過去の経験から反省を試みた。仏教でいう無常(不変なものはない・・・人の世の儚いこと)といってしまえばそれまでだがそうなるには、それだけの要因がある筈だ。一番は、ねたみ=嫉妬心と、省みる。所有欲の強いそれは、真に始末におえない感情だ。我が侭~疑心暗鬼→嫉妬心に、変化もする?もんきーの弱点、第一に挙げられるものだ。たとえば浮気、飲酒、かんしゃく、粗野な言動などは、その類に入る。と、いって思いやりと敬意、礼儀正しさばかりでは、抱擁もままならないだろう。本能を失くした、渡り鳥は戻る場所を見失って自然界では生きれまい。万事適当に自制し、妬き過ぎないヤキモチがいい。狎れ会いも気をつけないと、思わぬ落とし穴になる。礼節を欠き、品位を落とし嫌われる要因の一つだ。<慣れても、狎れるな!>だ。同じ轍を踏まないように心がけてはいるが残された黄昏人生、いかがなものか知る由もない。「オールイン」で終わりたいが・・・望みどうりにならないのも人生だろう(笑) 合掌
2007年09月28日
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息子がもんきーの近くにマンションを購入して引っ越してくることは既に述べたが、嫁の苦労も半端ではないと、想った。それを窺いながら思ったことだが引越しは、主婦には大変な大仕事だが楽しみもあるのか生き生きとして見えた。男には唯、厄介なだけに思える。女性のお産と似て非なりと、考えられなくもない。お産の方が比べようもなく大変だが、引越しも新たな夢や希望が伴うらしく見える。それまでの準備もコツコツと、苦労なものであろうが当日は、一人で頑張るしかない。荷物の持ち込みが済んで一息つく暇もなく新居での整理整頓が待っている。やっと生み終えて、ホッとする間もなく子育て育児と、苦労は絶え間がないように思える。その点など似て非なりと思う由縁だ。男性は「やれ出かした・・・」「と、祝い酒に酔うくらいで大した苦労はない。少なくとももんきーの場合はそうだ。聖書でもその権威の序列は男が女の上になっている。不審に思い問い質すと、それは神のご意思で女の方が創りが劣るとか?但し、男は全ての面で責任があり寧ろ、女性よりしんどい立場にあるとか・・・。因みに無責任男を自認するもんきー007は、女寄りであろうか?(笑)然し引越しの苦労といい、子を産み育てる苦労等を考えると、生まれ変わるにしても男の方を選びたいと思っている。 合掌
2007年09月26日
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例えば、家庭での食事は、妻と決まっていた。18年の間、当院の食事を担当していた炊事係が作ったものでも食べなかった。趣味趣向の問題ではなくて妻のものでなければ、外食の方がいい。誰が作ろうと関係ない筈だが口にする気になれない。妻が特別という分けでないのも言うまでもない。では何故そうなのか?多分習慣で、男は女と違って現実感が乏しい代物なのだと、考えている。子を生むたびに女性は一皮むけて強くなると、聞いたが専門医として納得するものがある。若しかしたら男は、死ぬまで女性には及ばぬ甘ちゃんかも知れないと感じる。地球にアダムとエバが誕生してから以来、男は、女に上位を保っているように見えるが本当は女性の思惑という手の内に生きているのかも知れないと、考える。省みれば妻を失って一っ時、行き場がない空虚な日々を思い出すが改めてもんきーの不甲斐のなさに思い当たる。惚れたら負けと、よく云うが、負けられる内が華でもあろう(笑) 合掌
2007年09月24日
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少しでも近くにと、息子がマンションを購入した。しかし、もんきーにとっては、嬉しさよりも不満を覚える。百数十平米の最上階部分だが、広いので一部分を仕切ってもんきー用にベット等を置いてあるようだ。心優しい気使いいだとは、思いながら意にそぐわない。今のところ同居する気が毛頭ないもんきーには無用の買い物でしかない。それより平屋でも良い、庭がある方がいい。年寄り好みで、非能率的と、いわれそうだが年をとると、そんなものだろう。立地とか、機能性を好むのは、若い時だけだ。もんきーなぞ、家土地などより宝石、貴金属の方が魅力的だった。有為(才能があり将来見込みがあること)変転(移り変わる・・)今は億ションでも魅力が無い!娘のほうは、京都の一等地に地下一階地上二階のもんきーに負けない邸宅を建てた。一緒に・・・といってくれるが、まだまだ老いぼれていない。大画面の液晶テレビとか日本に数えるる位しかない神のワインとか・・・で誘われるがこの数ヶ月、娘・孫たちには御無沙汰だ。年寄りには豪華な新居は無用である。寧ろアラスカや南米クルーズに付き合って介護してもらいたい。 蛇足だが子供たちは、父親モンキーが大好きだが、このところ片思いを味あわせている(笑) 合掌
2007年09月15日
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このところ甚だ面白くない。オールインと、賭けた勝負の筈だが裏目裏目と続いている。幾千万と云うわけではないが気分は沈みがちになる。勝負の世界では有りがちなことだ。チャップリンの言葉と、記憶するが「・・・人生で必要なのは、いくばくかの金と、勇気である。」余分な金のために、働けなくなったもんきーには勇気が問題だ。その勇気とは、人がしなくてもする。人がしてもしない。記憶の隅にあるフレーズだが、それを胸に秘めて車椅子で大抵のところは、行った。中国の黄山、万里の頂上も体験した。残るところは、インド、アフリカ、南米アマゾン、イグアスの滝ぐらいだ。アラスカは介護者とのの意見の相違で行き損ねただけだ。適当な伴侶でもあれば直ぐにも行きたいところだが相手側の都合や趣向もあることで中々難しい。アラスカなど豪華客船クルーズだし、観光の域を出ないが之までの経緯から近く達成する自信はない。人生の黄昏を前に片思いだけで終わらせたくない所だ。・・・傘を持ち歩くと雨を呼び込む例え、心配したら出来ずじまいで<日没>する。急いては事を・・の例えもあるが急かないと、間に合わぬ年だ。しかも旅行から戻って~勇気だけでは生きてはいけまい(笑)【人は、望みどうりに物事を変えていくことは出来ない。望みの方が少しずつ変わってゆく】<マルセル・プルースト> 好きなフレーズだ。 合掌
2007年09月11日
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ご存知、放映済みNHK・韓国・連ドラだ。土曜の夜のお楽しみで録画までして欠かさず見終えた。未だ、ドラマの展開もシーンも鮮烈に蘇えるが予約注文で全巻揃いを購入した。少しバカバカしいとも、感じたが思い出もある。主演のイ・ビョンホン、相手役の女優ソン・ヘギョもお気に入りだ。ドラマの展開もさることながら、題名も気に入った。賭博用語に過ぎないが自分の全てを注ぎ込む愛と、いうテーマに似合った表題でその内容に恥じないドラマチックなストーリーなのだ。人間味よりストーリーの展開に追われて登場人物に深みがない、背景の描写も粗雑に過ぎるなど尤もらしいケチをつけるのは簡単だが体裁より面白いか、どうかだろう。記憶に新しいアメリカニズムなドラマに大金を投じるのは、その証左だろう(笑)お陰でワインで癒されぬ夜の部分を埋めてくれている。運命の愛にオールインとは、なんとも羨ましい物語である。あやかりたいがもんきーでは最早、賭ける相手がいない(キキキー) 合掌
2007年09月07日
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夕日で染まる黄昏の恋に出会いたい・・。そんな人と地中海クルーズで最後のカジノでプレイをしてみたい。「オールイン!」←すべてを注ぎ込む・・・だ。昨日書いたブログの結びのフレーズだ。年甲斐もなくと、顰蹙を買いそうだが恥を忍んだネタ話だ。それを見たいと、明石大橋へ出掛けた。電車で神戸へその後は、タクシーだ。まだまだ陽は高く、パーキングに建つ大観覧車も夕日どころか炎熱地獄だ。ロマンチックな想いは燃え尽きて、絶景も目に入らず、その空間からの脱出を願うだけだった。 飛び込んだお土産コーナーは広く、快適だった。讃岐うどんとカレーライス&カキ氷で小腹を充たし、ひとまず黄昏の夕日は諦めてホテルに戻った。夕食の土瓶蒸しは、先取りした季節の旨味だ。松茸は中国産の上物だとか・・・。それより神戸肉のうま煮が絶品だった。ワインはフランス・ロワール上流地域のプイイ・フュメ(白)を選んだ。 美味いし、酔っ払ったし、一泊したいところだが、プラトニックラブの手前、言い出せずに車に乗った。不自由な身での黄昏の恋は、良くも悪くも至難の業と考える。因みに恋の架け橋は、懸け橋、仮橋とも書く<国語辞典~> 合掌
2007年09月06日
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もんきーがそうなるとは、思いもしなかった。自分だけは違う、あんな惨めな年寄りにはならない、なりたくないと、思っていた。それがあの阪神大震災の年の2月下旬の日曜日の朝に脳内出血で倒れ、その後遺症で半身不随になった。言い添えれば、その日を境に人生も一変したわけだ。医師の自負も社会的地位も資産、財産もその日から全て失った。有意変転、栄枯盛衰この世の無常を身をもって味わったわけだ。以来無為徒食に耐えてきたが、何より恐れた点は、精神的欝状態になることであった。入院中から努めて現実から目を背け物事をシリアスに捉えまいと努力を重ねてきた。お陰で、連れ合いをなくしてからも極めて、不真面目で、いい加減さを保つようになれた。旅行も含めて快楽優先、楽しむことに浪費することは、意に介さなかった。数知れぬ豪華客船クルーズなどは、恰好の遊び場所になった。飛行機もファーストか、悪くてビジネスクラスだ(笑)築き上げた資産は惜しげなく売り払った。傘を持ち歩くと、雨を呼び込む。←娘の言葉だが真に的を得た名言だ。蛇足だが、傘を持たずに香港のディズニーランドでスコールに遭って下着までびしょ濡れになった。障害者ゆえに、楽しい半生は送れたが残りは、夕日で染まる黄昏の恋に出会いたい・・。そんな人と地中海クルーズで最後のカジノでプレイをしてみたい。「オールイン!」←すべてを注ぎ込む・・・だ。 合掌
2007年09月04日
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そんなものは、芸術の分野での絵空事としか思っていなかったが、聖書の【愛の定義】を納得するためには、そのラブをぬいては理解出来ないと、思った。いい年をして今更どうでもいいが、寧ろ、プラトニックラブこそ年齢に相応しい愛の形であり老年の醜さを補う愛だとも考えられるようになった。【愛は辛抱強く、また親切です。妬まず自慢せず、思い上がらず、淫らな振る舞いをせず、自分の利を求めず、刺激されても苛立ちません。・・・すべてのことに耐え、信じ、希望を失わず、忍耐します。愛は決して絶えません。】然し、難しい。云うは易し、行うは難しだ。もんきーには至難の技である。「・・・・色気は?」と、聞かれた国定忠次の母は、火鉢の灰を掬って見せたという逸話は有名だ。即ちもんきーも灰になるまで、スケベーと、いうわけだ。愛に妬かれて、棺おけでまた焼かれるまでは、逃れられない運命と、いうわけだ。・・・・よろしゅうおたのん申します。あとは、また明日考えよう・・・・。 合掌
2007年09月03日
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人は、年をとるだけでどんどん孤独になっていく。みんなそうだ。ある意味での私達の人生と、いうのは孤独に慣れるための一つの連続した過程に過ぎない・・・・>村上春樹~。好きなフレーズだが時々反芻してわが身を慰める年齢になった。茶のみ友達ができない身では、秋の気配と共に早すぎる夕暮れに、ネガチブになる。癒してくれるのは、高価なグラン・クリューのワインだけだ。PC上にも07年のボジョレー・ヌーヴォの予約注文の広告が目につく季節になった。益々孤独の影を覚えるがみんなそうだと、思い直す。諺に「遠い親戚より近くの他人」と、あるが親戚どころか家族と、言い換えたくなる咋今である。短かくても時間どうりに顔を見せてくれるヘルパーの方が余程優しく頼りになる。時には、PC上のおびただしい何とかメールに誘惑を感じる(笑)昔の彼女の言葉が記憶に蘇える。『・・・・まだ足りないの?』足りな過ぎて、昔に戻りたい!人間とは、常に物語を作り、それを信じることで【生・老・病・死】を超えることが出来るのではないか。自殺するしかない人は、そうすればよいのだ。】<五木寛之~>←暗いけど、いいフレーズだ。 合掌
2007年09月02日
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間違いのないように辞書で確認をする。頑固で人の説得に従わない・・・強情なようす。愛し合う当人は、大なり小なり、そんなものだ。そればかりか、人生の色々な状況でかたくなさに遭遇する。拡大解釈すれば、人間の妬み、憎しみ、戦争も、その性癖からだろう。一歩ひいて相手の立場になって考えれば済むことなのだ。蛇足だが、大相撲を一人横綱として立派に協会を支えた朝青龍に対する非難は、人の心のあての無さを痛感する。相撲史に残した前人未到の業績、それに送った賞賛の数々は、どうした?立場が違えば、些細な事件に過ぎないのに、何故見守ってやれない。それを過剰非難する資格がマスコミや世間にあるのか!真実を知らせる義務権利だけで正義ぶるのは、止めて欲しい。世間は、過去の恩義に正義という旗を振って、ツバを吐きかけて良いか・・・どうして許す気持ちが起きないのだろう。次ができたら、ソッポを向く浮気者と、似て非なりだ。栄枯盛衰、無常の鐘を鳴らすのは誰だ。 合掌
2007年09月01日
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