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誰にでも思い出の“味”がある。 母が作ってくれた、忘れがたい手料理の“味”。 大好きだったその味がもう味わえないとなったとき、 人は懐かしさとともに心にぽっかりと穴が開いたような寂しさを感じてしまう。 味だけでなく、楽しかったこと、嬉しかったこと、 大切な人とのさまざまな思い出がある。 そして、それらが多ければ多いほど、 二度とその日々が返ってこないことに寂しさを覚えるのである。 そんなとき、むしろ思い出など初めからないほうがよかった。 そうすればこんな寂しさを感じなくて済んだのに、 という思いにさいなまれるかもしれない。 確かに失った時の喪失感は大きい。 だがそれでも心に残る思い出があればあるだけ、人生は豊かになるのではないか。 それらは自分を愛してくれる人がいたという証であり、 これからを生きる温かい励ましにもなり、力になるだろう。 懐かしい思い出を大切に抱きつつ、 周囲のかけがえのない人たちとの新たな思い出を一つでも多くつくっていきたい。
2012.09.04
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自分の嫌な部分を見て見ぬふり。 でもコンプレックスこそが最大の個性で、一番の武器にもなる。 そこに気づけた時、大きなチャンスをつかむのかもしれない。 そして、自分がさびしく自信がないから、 たくさん友人がいることを自慢していたということも理解できるのではないだろうか。 そう考えると、悩んでいる人は、 自分が一番大切にしなければいけない人を 一番疎かにしていることに気が付いてくるはず。 いつも悩んでいる人は根本の問題を整理しようとしていない。 整理されていない人に軸はないし、大切なものもない。優先順位もない。 「私にはこれが大切」とう、それが生きていくうえでの軸。
2012.09.03
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昔の日本は、わが子が大人になるのが当たり前だとは思っていなかった。 かわいい盛りに寿命が尽きてしまう。そんな子供がたくさんいた時代。 だからこそ母親たちは、今、目の前に居るわが子に精いっぱいの愛情を注いだ。 この子が二十歳を迎えられるかどうかわからない。 だから今という生きている瞬間を精いっぱい大切にする。 そういう覚悟の中で暮らしていたのだろう。 今は子供が大人になるのは当たり前と考えている。 その前提に立って、我が子を叱咤激励している。 「今、一生懸命に勉強しておけば、いい大学に行けて、いい会社に就職できる」。 小学生に満たない子供に言い聞かせている。 それは、子供が必ずすくすくと育って、 大人になるということが前提にあるからだろう。 しかし、その前提は100%ではない。 人間が自然の存在である限り、いつどうなるかはわからない。 突然の病や不慮の事故も十分に起こりうる。 人間にとって100%のことは、死ぬこと以外にはひとつもない。 何も「どうせ死ぬんだから」と投げやりになるということではない。 恐る恐る生きる必要もない。 ただ、常に覚悟を心に持って生きること。 不確定な未来に軸足を置くのではなく、今という時間に軸足を置く。 今日という日、目の前の小さな命に心を寄せること。 親ばかりでなく、現代社会は死が遠ざかっている。 例えば今の日本の若者たちに「信仰する宗教はあるか」と聞けば、 八割が無宗教だと答える。 それは、彼らが本気で生死を考えたことと無関係ではない。 生きていることが当然だと考えていると、神や仏を信じる気持ちは生まれにくい。 自分はこの先何十年も生きると信じている。 あるいは自分の親さえもまだまだ長生きできると勝手に思い込んでいる。 そんな思考の中からは、生きる覚悟は生まれない。 死を考えることと、自然の恐怖を考えることは、どこかでつながっている。 そしてもう一つ付け加えるなら、 自然とは怖いものでも、優しものでも、明るいものでも暗いものでもない。 あくまで中立のものだ。 都市の中で暮らしていると、どんどん生きる覚悟が殺がれていく。 安全が当たり前で、自分の身体そのものが自然だという実感も薄れていく。 それを取り戻すためには、自然の中で暮らす機会をつくることだろう。
2012.09.02
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「意志のあるところに道は開ける」という言葉がある。 ただ、人間はそう強い生き物ではない。 いつまでも強い意志を保ち続けることは難しい。 心が折れたり、気力が萎えたりする時も当然ある。 そんな時はどうすればいいか・・・ 答えは簡単、立ち止まればいい。 立ち止まったらそこで道が閉ざされてしまうわけではない。 むしろ逆で、疲れも癒えるし、新たな発見があることもある。 登山や旅や航海のようなものだ。 鉄道のレールみたいに一度脱線したら大惨事になるのとは違う。 行先やコースはいくらでも選べる。 寄り道だって自由。 辛い道のりも、よく見れば絶景が広がっている場所がある。 そう思えるようになれば、ちょっとやそっとのことでへこたれることなく、 逆境も楽しめるというものだ。 悲しいことに、私たちは、脱線することを失敗とみなし、 極度に恐れる習癖がある。 子供の進学から大人の会社経営まで、ちょっとレールから外れただけで心が壊れ、 自殺まで思い詰めてしまう人が多い。 がむしゃらに頑張りすぎて、精神的にピンと張り詰めてばかりいると、 心か身体が壊れてしまう。 自滅ほど馬鹿げたことはない。 自滅せず、打たれ強くなるには、ほどよい「ユルさ」が欠かせない。 程よく力を抜いて、マイペースを保つこと。 道は長く険しいが、レールと違っていくらでもコースを変えられるはず。 そうした絶妙な「意識」があればこそ、意志がブレずに済み、道が開けてくる。 誰もが、現場で必要に迫られて、段々と知恵をつけていったにすぎない。 そういう意味では、折れない心を育てるために何よりも大事なのは、 「一歩踏み出す(踏み外す!?)」ことかもしれない。
2012.09.01
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