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子育てに悩む親たちの問題が絶えず報道され、心が痛む。 子育ては、一瞬。 もっと大事にしてほしい。 小さい時に深く接すれば接するほど、子どもは応えてくれるもの。 時代時代で子育ての悩みもいろいろだけど大丈夫。 子供は未来に向かって、どんどん大きくなっていく。 今を生きていることが、一番の宝物。 毎日がとても早く過ぎ去るが、あるがままを大事にして、 子供の成長を楽しだと思わないと。 そもそも親が子供にしてあげられることは、 カッコいい親の背中を見せてあげるのが一番でしょうが、 その「カッコいい」は難しい。 しかし、人間としてちゃんと生きていればそれでいいんだと思う。 嘘をつかない、ズルいことはしない。 うまくいってもいかなくても、自分の仕事に誇りを持って向き合うこと。 子供は「そんなの当り前じゃないか」って思うかもしれないが、 後になって、その当たり前が、 実は親が自分にくれた財産だと気付く日がきっと来る。
2012.11.10
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人のものばかりを欲しがる人がいる。 隣の芝が青く見えるのか。 試したくなるのか、自分の強さや美しさなどを。 人間も動物だから自分の力を試したい誇示したいっていう本能があるのかもしれない。 恋愛に限らず、他人と関係を結ぶ上でゆがみが生じている場合、 その根底にあるのが自信のなさ。 人に裏切られたとか、幼いころに両親に放っておかれたとか、 ちゃんと愛されてこなかった、大事にしてもらえなかったという経験。 単に自己中心的で性格が悪いのかと思っていたが、何かつらい過去が見え隠れする。 生まれついての性格もあるだろうし、幼少期の体験や環境で形成される面もある。 子供心に得られたかったものとか、抑えつけられたものへの反動とか。 自分でも気が付いていないところで、満たされない思いを抱えている。 どうにかしてそれを満たそうと、物や食、性に走ってしまう。 ところが、それらが与えてくれる喜びや快楽は一瞬のもの。 心までは満たしてはくれないから、 手当り次第に満たしてくれそうなものを求め続け、 満たされない苦しみはさらに大きくなっていく。 すべての悩みの根底には欲がある。 欲は生きていくエネルギーでもあるけれど、 強すぎると自分を苦しめることになってしまう。 そういう、生きていくうえでどうしても生まれてしまう欲を、 愛というオブラートで包んであげると、 欲のとんがった部分がなくなって生きやすくなる。 そうするには、物や他人に頼らないで、自分を幸せにできる何かを見つけること。 支えになるものを自分の心の中に確立できたら、人間は強くなれる。 苦しみや渇愛など、 人間が持つ根本的な欲望は自分の中に支えを確立するためのプロセスなのだろう。 そういう苦しみを乗り越えることが人生の課題だと思う。 トラウマにしがみついて、 私はそういう苦しい経験をしたから強欲になってもいいんだ、 と開き直って生きるんじゃなくて、いつかはそうした過去のいろんな傷を越えて、 幸せのほうに歩かなきゃいけない。そのためには自分を知ること。 親から受け継がれたモノたちも含めて自業自得、自分が背負わなきゃいけない、 それを断ち切れるのは自分自身だけ。 だから責任をもって新しい道を目指してほしいと思う。
2012.11.09
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程度の差こそあれ、人ならば誰もが悩んだり、苦しんだりした経験があると思う。 親、子供、友人、仕事、恋人、学校、人生、年齢や立場によって、 悩みの種はどこにでもある。 そしてこの悩みは、大きく二つに分かれている。 「悩んでも何も変わらない悩み」と「悩む価値のある悩み」と。 「悩んでも何も変わらない悩み」は、 明日の天気などの動かしようのない事実などのように、 自分の力ではどうにもできないもの。 だから、どれだけ悩んでも結果や現実は少しも変わらない。 そう、「一年前の悩み」とはおぼえているだろうか。 もし覚えていなければ、その程度の悩みだったということ。 別の言い方をすると、時間が解決してくれる悩みだった。 一年後には忘れているのならば、 立ち止まってクヨクヨしている時間を過ごすよりも、 もっと楽しいことに時間を使うか、出来る努力をする方が有意義ではないか。 明日の天気が心配なら、晴れるかどうか悩むより、 雨の時の対策をできる限りすること。過去を教訓として、 未来の自分にどう活かすか。 そう、「これは悩むことで何かが変わるだろうか」と自問自答してみる。 「悩む価値のある悩み」とは、悩むことで現実に影響を及ぼし、 結果や未来が変わる。 苦しくつらい気持ちと向き合っているどの時間は、人としての器を大きくし、 思量を深め、成長している痛みの渦中にいる。 すぐに解決できなくても、悩むことそのものに大きな意味がある。 正面から向き合って、時には試行錯誤を繰り返し、受け止めていく。 人というのは、必ずしも白か黒じゃない。 グレーの部分もある。 白か黒ではっきりと物事を分けてしまうと、自分が疲れてしまう。 人間は、グレーのように曖昧で、いい加減なところがあったっていいじゃない。 そう思えたら、いろんなことが許せるようになるし、もっと楽に生きられると思う。
2012.11.08
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未来への一歩を踏み出すためには、 まずは現実をしっかりと受け止めること。 これもまた人生。 何があるかわからない。 だからこそ人生なんだ。 ならばこの現実を真正面から受け止めてやろうじゃないか。 自分自身が老いていくのも現実。 病に罹るのも現実。 それを否定しても仕方がないし、逃れることもできない。 すべての運命、すべての現実を受け入れること。 そこから再び歩き出せばいい。 それこそが生きる極意なのかもしれない。 人生にはふり幅がある。 糸で結ばれた玉が左右に振れるように、 あっちに振れたりこっちに振れたりしている。 いい時もあれば悪い時もある。 しかし、右に振れたら必ず左に戻ってくる。 決して振り切れて飛んで行ってしまうことはない。 それを信じて、絶対に糸から手を放してはいけない。
2012.11.07
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人はひとりでは生きられない。 みんな誰かの存在が必要。 いつかきっと、自分にとっての神様のような存在の人と出会えるはず。 ひとりぼっちではない。 だから、悲しまず毎日を丁寧に生きてほしい。 世の中、すべてが思うようになるとは限らない。 マジメに生きている人ほど、ストレスを感じたり、黒い感情に悩まされたりする。 日頃から自分の心が喜ぶことをする時間を持ってみる。 健康的な生活を送るなど、 心にプラスの感情を増やす習慣を持つようにすると、 黒い感情に振り回される機会が減っていくはず。
2012.11.06
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努力は、人と同じようになるためではなく、 自分らしくあるためにするもの。 人と違う自分になるためにするもの。 そう思えたら、進むべき道が見えてくるはず。 一生懸命努力して、人と同じなんて悔しい。 ないものねだりからは何も生まれない。幸せの間口を狭めるだけだから。 人には、苦しみに耐えられる力がある。 でも、命を失いたいほどに苦しいことは捨てればいい。 捨てるというのは許すこと。 親子でも、縁を切ることはできないけれど、捨てることはできる。 この世の苦を見つめて生きることができたら、きっと心が変わってくれる。
2012.11.05
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人生には良いことも悪いことも訪れるから、自己の成長があるのだと思う。 しかし、そのことを頭では理解していても、 実際にある日突然に思いもよらぬ試練が訪れたりすると 「どうして、何で、私だけが」とつい心が塞ぎ込んだり、 恨みや憎しみの感情が心の中に芽生え、 どうしても心が闇の世界にとらわれてしまう。 人生を真をもって正しく生きていきたいと願う心は誰でも理想とする。 本来は誰にでも優しい心があるはずなのに、 それを素直に表現できなくて涙したり、 また、謙虚にならなければと思っていても、 ついつまらない我を張ってしまい、とんでもない人生になってしまったり、 私たちの心はとてもわがままだ。 はじめから上手に生きられる人などいない。 上手でも下手でも精一杯生きてみる。 悩んでも迷ってもいい、転んでもいい、そこから何かをつかめばいい。 寄り道したって、回り道したっていい。 ふりかえってみれば人生という一本道。 どうせ同じ人生を歩むのなら、笑って人生を楽しんだ方がいい。 自分一人だけが苦しいと悲観的にならず、 世間にはもっと苦しい思いや悲しい思いをしながらも 頑張っている人たちがいるんだと自分に言いきかせる。 大切なことは、何も実践せず迷っているより、 一歩ふみ出してわからないなりにも挑戦しているかで五年後、 十年後大きな差が出る。 何事にも執らわれない心で、今この時から一歩前を見つめ明るい心で歩んでみる。
2012.11.04
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世の中には四種類の人がいると。 闇から闇に行く人、闇から光へ行く人、光から闇へ行く人、光から光へ行く人。 自分にとってどうしても闇としか思えないようなことも、 いつまでも引きずることで人生がとんでもないことにもなりかねない。 人間は自分が苦しくなると、他人のことを考えなくなったり、 自己中心的に物事を考えて勝手気ままに立ち振る舞ったりしてしまうことがある。 そんな生き方では周りの人は喜ばないし、 それがまわりに回って自分自身に返ってくる。 しかし、それとは反対に、自分にとって闇としか思えないようなことでも、 跳躍台として、プラスと転換して切り替えていく人も居る。 明らかなのは、 人生とは自分の努力によって変えていくことができる可能性を秘めている。 過ぎ去ってしまったことをくよくよしても仕方がない。 ただ前を向いて歩いて行かなければならない。 「過去を追うな、未来を願うな、過去はすでに捨てられた、 そして未来はまだやってこない、だから現在の事柄を、 それがあるところにおいて観察し、揺らぐことなく、 動ずることなく、よく見極めて実践せよ、ただ今日なすべきことを熱心になせ」 昨日でもない、明日でもない、ただ今をどう生きるか、ということに徹する。 人生という時の流れの中で辛さ苦しさがめぐってきても、 常に心豊かな自分でありたいと、心のどこかで強く願い続けることが大事。
2012.11.03
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人生とは山脈が連なっているようなもの。 一つの大きな山が終わったら、また新たなる次の山が現れる。 平坦な道などはない。 岩にしがみついて上ることもあれば、下り坂を走り抜けることもある。 右に揺れたり左に揺られたり、上ったり下ったり。 それが生きるということ。 一言で表せば、「何でもあり」ということになる。 時には、必死になって現実を受け入れようとすることで、 心が折れてしまうこともある。 現実から目を背けることでしか、自分自身を保つことができない。 そういう人たちもいる。 歴史に名を残す偉人でも、無名のままで一生を終える人でも、 その人生にはターニングポイントがある。 その時、大きな心の葛藤を経て初めて、新しいフィールドへ向かうことができる。 険しい山だからこそ、挑戦しがいがある。
2012.11.02
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生きていれば苦労があるのは当たり前。 自分を救うのは自分でしかない。 不安や恐怖に支配された時、人は心を失ってしまう。 心を生かさなければ、人の身体はただの形に過ぎない。 見えるものさえようとしないのに、見えないものを見ることは難しい。 見えないものが人にとって大切なことを心で知ろうとしなければいけない。 心を使うと、人の痛みを察するようにもなるし、 傍らにいる人が苦しんだり悩んだりすることに自分の心をくだけるようになるだろう。 たくさんの人が、人のために心を使えるように変わっていってほしい。
2012.11.01
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