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「あ~、湧いたな~… New! かめおか ゆみこさん

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森の声

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2006.01.27
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カテゴリ: カテゴリ未分類
今日は、私がなぜ“自由”ということにこだわっているのかということをお話しします。

私には忘れられない映画があります。それは1958年にテレビドラマとして放映され、1959年に東宝によって映画化された 「私は貝になりたい」 という映画です。主演はフランキー・堺というドラマー(タイコのドラムです)で役者さんだった人です。

彼は名前を清水豊松といい、町で床屋を営む普通の人でした。その彼が徴兵され兵隊さんになりました。当時はB29というアメリカの戦闘機が日本中を空爆していました。もう、戦争も終わりの頃の話しです。
そんなある日、日本軍に撃墜されたヒコーキから脱出したアメリカ人パイロットが二人捕らえられました。

二人は木にくくりつけられていました。そして、上官は豊松ともう一人に“突撃訓練”と称して、その捕虜を殺すように命令します。二人は泣きながらアメリカ兵を銃剣で刺し殺します。
当時の日本軍の中では上官の命令は絶対です。従わなければ自分が殺されても文句は言えません。さらには家族にまで類が及びます。

やがて、終戦を迎え、彼は床屋に戻りました。
そして、進駐軍による東京裁判が始まりました。

そんなある日、進駐軍とともに警察がやってきて豊松をつかまえてしまいます。
そして、東京裁判に引き出されました。以下は、その時の会話です。



日系の通訳は事務的な冷えた口調で裁判長の言葉を伝えた。
「上官の命令といえども不当と思えば拒否できた筈ではないか?」
「・・・そんなことしたら銃殺だよ・・・」
「軍法会議に掛けることもできた筈である。被告がそれをしなかったのは、捕虜を殺す意志があったからではないか」
「・・・どこの話をしてるんですか、あのねぇ、日本の二等兵は・・・牛や馬と同じなんです、牛や馬と・・・」
豊松の気持ちは容易には伝わっていないようであった。


そして、豊松は絞首刑を宣告されます。
でも、彼に命令を下した曹長、上等兵は20年、15年の重労働だけでした。

映画の最後は死刑台の上で彼が“どうしても生まれ変わらなければならないなら、私は貝になりたい・・・”というシーンで終わります。

この映画を見たのは小学校2,3年生の頃だろうと思います。でも、今でも映画のシーンの所々を覚えています。
銃剣で捕虜を刺すところ、最後に死刑台に登っていくところ・・・・。

私は直接戦争を知りません。でも、私が子どもの頃は町には傷痍軍人がいっぱいいてアコーディオンを弾いていたり、乞食もいっぱいいました。(ホームレスとは違いますからね)
まだ、戦争の傷跡が残っている時代に私は生まれ育ちました。
そして、私の親の世代は直接戦争に行っています。(私の父親は特攻隊でした。幸いに生き残りましたけど。)
父方の祖母、そして伯母は東京大空襲で亡くなりました。


もう、二度と戦争はして欲しくありません。

でも、私は反戦を叫びません。
黄色いリボンも付けません。

なぜなら、国が本気で戦争をする気になったらそのようなものは全く無力だということを知っているからです。
反戦活動も、黄色いリボンも今の日本が平和な社会だからこそ初めて可能な活動なんです。

(でも、そのような活動を非難しているわけでも、否定しているわけでもありませんからね。ただ、そのような活動の限界を言っているだけです。)

子どもたちに“戦争が起きたらどうする”と聞くと、ほとんどの子が“逃げるから大丈夫”と答えます。

でも、逃げても、どこまでも追いかけてきます。さらには、万が一逃げおおせても一族郎党みな社会から排除されます。子どもたちは石を投げられ、結婚出来なくなります。父親は会社を首になります。
さらに、抵抗するものは捕まり拷問を受けます。時には殺されます。

これが先の戦争の時に起きた現実です。
それでも逃げたり、反戦を叫ぶことができる人がどれだけいるのでしょうか。

私は、反戦を叫ぶより、黄色いリボンを付けるより、子どもたち一人一人を“自分で考え、自分の肌で感じ、自分の意志と責任で行動することが出来る自由な人間”として育てることの方が遥かに戦争の抑止力になるのではないかと思っているのです。

子どもたちを塾に追いやり、受験競争に追い立てながら戦争反対を叫ぶのは矛盾しています。
そのように育てられた子どもたちが平和のために戦うとは思えないからです。


今の子どもたちは戦争に反対できません。客観的に思考し、自分の意志で判断する力がないからです。感覚としては“戦争は嫌だ”というでしょう。でも、“なぜ戦争がいけないのか”ということを体験を通して知らない子どもたちは、すぐに洗脳されるでしょう。
実際、先の戦争でも子どもたちが一番最初に洗脳されました。
そんな中でも洗脳されない子がいるとしたら、体験的に平和の素晴らしさ、みんなと助け合い、仲良くする素晴らしさを知っている子どもたちだけだろうと思います。
でも、今の日本にそういう体験をいっぱいしている子がどれだけいるのか、それが不安です。

今では戦争に興味を持っている子さえけっこういます。
そういう子達は、戦争の悲惨さを証言する写真や映像にむしろ興味を覚えます。
人が死んでいる写真を面白がって見る子もいます。
「死」というものに対してリアリティーがないからです。

戦争の悲惨さを訴えても、その訴えに共感してくれる人は戦争の悲惨さを知っている人です。悲惨であると言うことにリアリティーを持っていない相手には悲惨さは伝えられないのです。

それに、戦争の体験を語ることが出来る人が消えてしまったらどうやって戦争の悲惨さを伝えることが出来るのでしょう。

平和はずっと続いてほしいと思います。
誰も昔戦争があったなどということを覚えていなくなるほどずっと続いていて欲しいと思います。
そのためには、悲惨さを訴えるのではなく、現実に平和な社会を創り出し、運営、維持できる人たちを育てるしか道がないのです。

それはどういう人たちかというと、上に書いたように“自分の肌で感じ、自分の頭で考え、自分の意志と責任で行動できる”人たちです。
そういう人を私は“自由な人間”と考えています。

戦争が一番嫌うのは“自由”です。 ですから、戦争が始まったらあらゆる面で国は国民から自由を奪おうとします。その時、国から与えられていた自由は奪われてしまうでしょう。
でも、“自由に感じ、自由に考えることが出来る心”までは奪うことが出来ません。ですから、子どもたちを自由に感じ、自由に考えることが出来るように育てることが一番確実な平和への道なのではないかと思うのです。

私はそう思っています。





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Last updated  2006.01.27 21:16:51
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