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森の声

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2017.01.08
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カテゴリ: カテゴリ未分類
それでは、「子どもの心やからだの育ち」という観点から見たら、どのようなおもちゃが「子どもの成長を支える力」を持っているのか、ということです。

世の中に、「知育おもちゃ」と呼ばれるものは多いですが、「心とからだを育てるおもちゃ」と呼ばれているものはあまりありません。

そういうものに対する必要性を感じていないからなのでしょうか。
それとも、「おもちゃ」と「心とからだの育ち」がつながっていることを知らないからなのでしょうか。

そもそも現代人は「おもちゃ」とは「おもちゃ屋さんで売っているもの」という固定概念を持ってしまっています。

ですから、道端に落ちている小石や、森や林に落ちているドングリや木の実や、小枝や、普通の布を「おもちゃ」とは認識していません。

大人にとっては、商品でなければ「おもちゃ」ではないのです。

でも、子どもにしてみれば、「それで遊べるか遊べないか」が重要なのであって、「お店で売っているものか」、「拾ってきたものなのか」などということは関係がありません。

台所にある、ボウルや鍋でもそれで遊ぶことが出来れば立派な「おもちゃ」なんです。



「自己主張が強いおもちゃ」の方が宣伝しやすいし、お店でも目につくし、子どもも欲しがるのかも知れませんが、でも、そのような「自己主張が強いおもちゃ」は、子どもの遊びに付き合ってくれないのです。

だから、子どもがおもちゃに合わせて遊ぶことになります。

木でできた素朴な自動車なら、子どもの心の中でどんな自動車にも変身することが出来ます。でも、リアルにできたベンツでは、ベンツ以外にはなりようがないのです。

それは「お料理の食材」と似ているかも知れません。

キャベツや玉ねぎのように、あまり強く自己主張しない食材は色々な料理に自由に使うことが出来ます。

でも、ゴーヤのように強く自己主張する食材は、その食材に合わせた料理を作るしかありません。

それはそれで「生活を豊かにするもの」としての意味はありますが、どちらかというと「大人の趣味」です。

「子どもの育ち」に必要なものではありません。
それに、自己主張が強い食材は、子どもはあまり好みませんよね。

ということで申し訳ありませんが、今から出かけるのでこの続きは明日書かせていただきます。





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Last updated  2017.01.08 07:49:44
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