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朝日ダイヤモンドリング OMEGA 投稿日:1月7日(日)23時15分51秒だるま夕日掲示板 「 風早海岸線からは、景色のいい撮影ポイントが すくない!、(民家や電線がじゃま)が。*撮影ポイント「p12:北条公園」1月12日7:53*撮影ポイント「p14:北条公園」1月17日7:52高縄山頂にダイヤモンドリングの可能性があります。 」 と、 OMEGAこと(池之内澄英)さんからの情報により先ず、前日の11日はからp12:北条公園でテスト撮影、初日は北条公園(法橋・モンチッチ海岸前)の情報からは少しズレ高縄山(標高986メートル)頂上の電波塔のやや左方谷から、昇る朝日を午前7時53分に撮影、翌12日は公園より少し左、北側の空き地奥で撮影、今度は丁度高縄山頂上から昇る見事な旭日をゲットしましたが、残念ながら、朝日ダイヤモンドリングにはなりませんでした。新年の清々しい初光吸引して旭日に今年の精進を誓いました。FinePix S9000(28~300)×デジタルズーム(600mm相当)
2007年01月26日
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第3回風早夕日コンテスト開催について(ご案内) 「ここ風早地域(旧北条市)では、瀬戸内海では珍しいダルマ夕日を見ることが出来ます。そこで、この美しい自然現象をもっと多くの人々に見て頂き、この素晴らしい夕日をアピールすることによって地域活性化の一助になればと考え「風早夕日フォトコンテスト」を別紙のとおり実施いたします。」 「道の駅」風早の郷ふわり協同組合 理事長 篠原成行 瀬戸内に沈む夕日は、いにしえよりやさしく、力強くそして美しさを兼ね備え、人々の心に安らぎを与え続けている。2006.12.232007.01.11*フジFinePix-S9000(28~300)ズーム(300mm相当)松山市北条立岩川河口、通称(モンチッチ海岸)にて撮影 小生も写真が趣味で、第1回(小生作品がポスター&ふわり賞)・第2回(特別賞)風早だるま夕日フォトコンに連続の入選をしました。地元道の駅風和里HPにて【応募要項】等の詳細をぜひ一度ご笑覧の上、第3回風早夕日フォトコンテストに奮ってご参加トライをして下さい。多くの皆さん方の素晴らしい作品を期待しております。
2007年01月12日
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今年は夕方の天候が悪く、待ちに待った新年最初のだるま夕日が1月9日やっとヒットをしました。大勢のカメラマンが撮影に来られていましたが、丁度北条に今年初めて取材に来こられていたNHKのカメラマンが運良くビデオ撮影にも成功、感激をして早速翌10日の夕方6時半頃「いよかんワイド」で放映されました。 2007.01.09*フジFinePix-S9000(28~300)×デジタルズーム(600mm相当) 松山市北条立岩川河口、通称(モンチッチ海岸)にて
2007年01月11日
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元旦の夜にNHK教育で“NHK映像ファイル#084 あの人に会いたい「中村元」”という番組をやっていた。以下はこの番組での中村元氏発言の先日掲載の後半部分です。 「学ぶこと少ない人は、牛のように老いる。かれの肉は増えるが知恵は増えない。(ダンマパダ)」(ナレータ)~中村元は、漢文からの訳が中心だった仏教研究をインドの古代思想にまでさかのぼり、初めて原始仏典を現代文に翻訳しました。・・・・ 「相手に対する寛容の精神というものが大事です。その点で仏教は無理に暴力武力を用いて、人に強いるということがなかった。昔は宗教が違うということになると必ず武力による闘争と裏腹になっておりました。人類の歴史において多くの宗教が現れたわけですけれど、武力によらないで説得だけによって広まったのは仏教だけである。これは西洋の宗教学者も認めております。こういう考え方が、我々の祖先の中でも生きていたと思います。だいいち聖徳太子の憲法なんかにもはっきり出ております。現在でもこれは大切な心がけじゃないでしょうか」・・・・ 「 世界が一つになる場合、異質的なものに対する理解と寛容ということ、これが絶対に必要である。」 中村 元 田辺 祥二 欲望を滅ぼし、死を克服する道を説く。 人間ブッダは苦行を離れ、悟りを開いた。伝道を決意したブッダは「不死は得られた」と高らかに宣言した。形ある一切のものは無常であり、苦しみであり、我ならざるものであると明らかな智慧をもって見るとき、人は苦しみから離れ、清らかなる道を見る。ブッダは悟りの内容を説き、清浄行の実践に生涯をかけた。電子書籍価格:420円(税込) ファイルサイズ:17.0MByte
2007年01月10日
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死と太陽は直視することは不可能である。 ラ・ロシュフコー(1613~1680年、フランスの貴族、モラリスト文学者)人間死ぬ時は死ぬがよい。 白隠 慧鶴(諡は神機独妙禅師、正宗国師、貞享二1686~明和五1769年、江戸中期の名僧・臨済宗中興の祖)死は人生の終末ではない。生涯の完成である。 マルティン・ルター(1483~1546年、ドイツの宗教改革者、宗教改革の先駆者)よしどうであろうと人生はよいものだ。ゲーテ( 1749~ 1832年、ドイツを代表する詩人、劇作家、小説家、科学者、哲学者、政治家)僕の前に道はない。僕の後に道ができる。 高村光太郎(明治十四1883~ 昭和三十一1956年、彫刻家・詩人)楽しまずして何んの人生ぞや。吉川英治(明治二十五1892~ 昭和三十七1962年、昭和期の小説家)一日生きることは、一歩進むことでありたい。湯川秀樹(明治四十1907~昭和五十六1981年、日本人初のノーベル賞を受賞・理論物理学者
2007年01月09日
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人生は、私たち1人1人が、それぞれの目を通して見ている映画です。そこに何が起こっているか、は大した違いはありません。それをどのように受け取るかが重要なのです。 デニス・ウェイトリー(能力開発研究家)人生の真実は、美味で、恐ろしく、魅力的で、奇怪、甘くて、苦い、そしてそれがすべてである。 アナトール・フランス(20世紀前半のフランスを代表する小説家・批評家)忙しい人間は涙のための時間を持たない。 C・G・バイロン(1788~1824年、19世紀のイギリスの詩人)人生を喜び楽しめ。人生は人を愛し、働き、遊び、星を眺める機会を与えてくれる。 ヘンリー・ヴァン・ダイク(アメリカの宗教家)世の中の人は何とも言わば言え。わが成すことは我のみぞ知る。 坂本龍馬(天保六1836~慶応三1867年、明治維新前土佐藩士)人生と云うものは、かっきり切りのつくものじゃないのだ。葉山嘉樹(明治二十七1894~昭和二十1945年、プロレタリア小説作家)人生のどんな溝にも、どんなつまらなそうな境遇にも、やっぱり望みはあるものだ。 菊地寛(明治二十一1888~昭和二十三1948年、小説家・劇作家・ジャーナリスト)
2007年01月09日
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人生とは一体なんでしょうか?一度しかない人生。今、人生に悩んでいるか方。人生を謳歌しようとしている方。あなたの生き方のご参考になればと思い、今年はこれから人生に関する色々な名言・格言を少しずつ集めて掲載して参ります。意味のない千の言葉よりも道にかなうたったひとつの言葉の方が価値がある。 ブッダ(しゃか、シャーキャ、生没年は仏教研究上未決、一説に紀元前463~前383年、前560年~前480年等)仏教の開祖。本名(俗名)はゴータマ・シッダッタ(パーリ語: Gotama Siddhattha)漢訳では悉達多( しっだった)と伝えられる。「釈迦」は釈迦牟尼(しゃかむに)の略である。釈迦牟尼世尊、釈迦牟尼仏、釈迦牟尼如来ともいう。略して釈迦尊、釈尊(しゃくそん)、釈迦仏、釈迦如来ともいう。称号だけを残して世尊、仏陀、ブッダ、如来とも略す)われわれは自分の言葉を統御していると考えているが、しかし、われわれが言葉によって支配され統御されているのである。フランシス・ベーコン(1561~ 1626年、イギリス経験主義の哲学者)食物を選ぶように、言葉も選べ。 アウグスティヌス(354~ 430年、古代ローマ帝国キリスト教神学者)ある人に合う靴も、別の人には窮屈である。あらゆるケースに適用する人生の秘訣などない。カール・グスタフ・ユング(1875年~1961年、スイスの精神科医・心理学者・分析心理学の創始者)世には沢山のいい格言がある。人がそれらを適用することに欠けているだけだ。 パスカル(1623~62年、フランスの哲学者・数学者・物理学者。ポール・ロワイヤル学派に属し、ジャンセニスムを代表する著作家の一人「人間は考える葦である」という『パンセ』の中の言葉で知られる)
2007年01月08日
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NHKアーカイブス「あの人に会いたい」から、 チャンネル :教育/デジタル教育1 放送日 :2007年 1月 1日(月) 放送時間 :翌日午前1:50~翌日午前2:00(10分)りゅうLONGさんのブログより、(転載許可済み)今日は哲学者「中村 元」さんの仏教をベースにしたメッセージを・・・ 人間の体は王様の飾り立てた車のようにやがては朽ちてしまう。けれども人から人に伝えられる真の法は何時までも輝く、つまり、人から人へ心理が伝えられるわけでございましょう。それはもう永遠の価値を持っているという意味なんでございましょうけれど、本当の自己というものはどういうものか、誰でも人間はどこかの場所で何らかの いつかの時点で生まれてきたわけです。そして必ず両親があった訳ですねそれから育ててくれる人があった。助けてくれる人があった。その助けてくれた人の数というは無数でございます。 ただ、人間だけじゃなくてですねぇ山川草木周りのものがですねぇ、何か関係を持っていまして遠く考えますと あのぅ宇宙の彼方から、例えば太陽が光線を送ってくる。そうするとその太陽の恩恵も受けているわけでしょう。宇宙にある如何なるものも孤立したものではないという思想、宇宙とつながりがあるわけですそのつながり方がめいめいみんな違うわけです。だから、この、個々の自己は非常に微々たるものと考えるかも知れません。けれど実はその内には偉大なものを秘めているわけでございます。ですからその偉大なものを受けていることを自覚すれば、そこでその、自分の生きる道はどうかということが自ずから、この、明らかになって実現されるということになるんじゃないかと思うんですが、仏教の教えというものはこの上に輝く日月のようなものである。太陽や月があらゆる人を照らすように仏教の教える真理というものはあらゆる人に明らかでありあらゆる人を照らすというわけです。続けて釈尊はこういわれました。「もしも自分が人々を導くのであるとか或いは、この修行者の仲間が 私を頼っているとか、思うならば私が死ぬということは大変なことで あろう。しかし、私は自分がみんなを導くなんて思ったこともない、 また、みんなが自分を頼りにしているなどとも思わなかった。 自分はただ、人々の寄るべき心理真の生き方というものを明らかに した。それだけなのだ。だから、何も自分が消えてなくなったからと いって嘆き悲しむな、およそこの世のもので何時までも敗れないで 存続し続けるものは何も無いいつかは破れ消えうせるものである。 その道理を私はお前達に今まで説いてきたではないか、ただ私は そこにある。一貫した真理というものそれを解き明かしてきた。 だからそれに頼れ。」 この変転常ない世の中ではまず自分に頼るべきである。自分に頼るというのはどういうことであるか、自分はこの場合どうすべきかということをその場合、その場合に考えると言う事でしょう。と、その場合、何を判断決定の基準にするのか、それは「人間としての道」「法」インドの言葉で言うと「ダルマ」と呼ばれるものでございます。これを「法」と訳しますが、この人間の理法というものこれに頼ること「自己に頼れ」「法に頼れ」これが釈尊の最後の教えで有りました。・・・中村 元 (なかむら はじめ)大正元(1912)年11月28日生~平成11(1999)年10月10日に86歳で没。日本を代表する哲学者、仏教学者。島根県・松江市出身。在家出身でありながらも、仏教思想にとどまらず、西洋哲学にも幅広い知識をもち思想における東洋と西洋の超克を目指していた。東京大学卒業。長く東大教授を勤める。東大教授退官後は、財団法人東方学院を設立。一般への東洋思想の普及にも尽力した。また比較思想学のパイオニアとして、比較思想学会も創設した。サンスクリット語に精通し、仏典などの解説に代表される著作は多数にのぼる。わかりやすい翻訳や解説には定評がある。東京大学名誉教授、日本学士院会員。文化勲章受章。勲一等瑞宝章受賞。日本以外にも、アメリカの大学各地で講義し、国際的な仏教学権威として紹介されている。
2007年01月07日
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青春-1青春とは人生のある期間ではなく心の持ち方を云う歳を重ねただけで人は老いない理想を失った時初めて老いる人は信念と共に若く、疑惑と共に老いる人は自信と共に若く、恐怖と共に老いる人は希望と共に若く、失望と共に老い朽ちる今、頭を高く上げ、希望の波を捉える限り例え何歳であろうと君は若い。Stay Young青春ー2青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相(ようそう)を言うのだ。優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦(きょうだ)を却(しりぞ)ける勇猛心安易を振り捨てる冒険心、こう言う様相を青春と言うのだ。歳を重ねただけで人は、老いない。理想を失うときに初めて老いが来る。歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失うときに精神はしぼむ。苦悶や狐疑(こぎ)や不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰(あたか)も長い年月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥(あくた)に帰せしめてしまう。年は70であろうと16であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。曰く、驚異への愛慕心、空にきらめく星辰(せいしん)、その輝きにも似たる事物や思想に対する欽迎、事に処する剛毅な挑戦、小児の如く求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味。人は信念と共に若く、疑惑と共に老ゆる。人は自信と共に若く、恐怖と共に老ゆる。希望ある限り若く、失望と共に老い朽ちる。大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、そして偉力の霊感を受ける限り、人の若さは失われない。これらの霊感が絶え、悲嘆(ひたん)の白雪が人の心の奥底までも蔽(おお)いつくし、皮肉の厚氷(あつごおり)がこれを堅くとざすに至れば、この時にこそ人は、全く老いて、神の憐れみを乞うる他はなくなる。原作:サミエル・ウルマン/邦訳:岡田義夫
2007年01月06日
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理想を失った時 人は老いて行く齢を重ねるだけで誰でも老いてゆくのではない理想を失った時のみ老いる年齢は皮膚にしわをよせるが情熱を失うとその人の魂にしわがよる常に明るい希望を持ち勇気を漂そう 未来の夢に挑戦する人 生命の歓喜を神仏に感謝する人で あれば80歳であろうが 90歳であろうがその人は青春である美しい笑いは家の太陽である 人生最高の幸福は 心身共に健康であり 多くの友達をもち そして自分の器の中で 生活できることである。 【愛知県三河、妙法堂 都築友潤上人の言葉より】
2007年01月05日
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よく腹を立てる怒りっぽい人は仏さまを拝んで下さい。 相好円満なお姿を拝んでいると、相手の立場に理解がもてるようになり、物事や出来事の是非、善悪がよくわっかって、無闇に腹が立たなくなり、争うことは人を傷つけ我を傷つける愚かなことであると気がついて、心がはればれしてきます。 せっかちで、いつもイライラしている人は仏さまを拝んで下さい。微笑みを豊かにたたえらえた御顔を拝んでいますと、いつの間にか心が落ち着いて、気持ちがゆったりしてきて、せかず焦らず、悠々と日暮しが出来るようになります。 疑い深い人は仏さまを拝んで下さい。やさしい慈悲の御目を持って、いつも私たちを見守って下さる仏さまを拝んでいるうちに、人を疑う不安と気持ちと、疑心暗鬼からくる苦しみとが消え失せて、なにもかも仏さまが御存知だという心強さが湧いてきてビクビクしなくなります。 【本妙山法善寺本堂内陣像造式大曼荼羅ご本尊】 悩みを持っている人は仏さまを拝んで下さい。あの温情にみちた御顔をジット拝んでいますと、今のこの苦難を切り抜けてゆく道が自然に見つかりますから、何をこんなに悩むのか寝ても起きても仏さまと一緒に暮らしているのだという安心が得られて、すべての悩みはサラリと解けます。 人生を悲観している人は仏さまを拝んで下さい。境遇が悪い身の立つ瀬がない思うようにならぬから此の世がイヤになったというのは捨て鉢です。生きる価値にない者は世の中に生きていません。自分が生きているということは、何か働く道が与えられているのです。 仏さま方の御手をご覧下さい。様々の形をして、色々な物をお持ちになっているでしょう。その御手を拝んでいると、生きてゆく道がわかってきます。 【兵庫県福崎町、妙法寺院首 園田麗厚上人の言葉より】
2007年01月04日
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限りある命と、限りなく永遠に続く魂。闇から生まれ、闇に帰る。光ある生命(いのち)の間(ま)喜・怒・哀・楽の感情の選択は自由短い人生の中だから楽しんで生きれば酒もうまいし、元気も出る。死して後悔をもって行くより限られた時間心から楽しく生きればいい今を生きよう。 今すぐに月は山より出でて山を照らす禍(わざわい)は口より出でて身を破る幸(さいわい)は心より出でて我をかざる。 【京都、一心寺 藤原信良上人の言葉】
2007年01月03日
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恭 賀 新 嬉 2007年の新春を寿ぎ、謹んでお慶び申し上げます。 昨年の6月1日に開設をしましたこの「写心ブログ」もお陰様で7ヶ月間で6600カウントを突破、一日平均32名もの方々が小生の未熟なブログをご訪問をして頂いた事になり、深く感謝いたしております。本年もどうか、よろしくご訪問下さいますようお願いいたします。 合掌。 本年は丁亥(ひのと・い)です。丁は草木が繁茂して充実するという意味が有り、亥は核で、万物が次代の種になることだそうですが、成長が頂点となった時、いい気にならず次の飛躍に備える心構えを整える次期で、通常言われる猪突猛進とはちょっと違いますが、意外に猪も意味もなく突進するだけでなく、次の目標を見据えて突き進んでいるのかもしれませんね。 袖触れ会うも多生(他生)の縁!、これからもこのブログでのご縁を大事に地道にコツコツと勇猛精進をして参りたいと思っております。皆様方におかれましても充実したより良い年でありますよう祈り上げます。再拝。 平成19年丁亥年 正月
2007年01月02日
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正月の一日は日の始め 月の初め年の始め 春の始め此をもてなす人は・・・徳もまさり 人にも愛せられ候なり。 弘安4年「重須殿女房御返事」日蓮大聖人御遺文(お手紙) (聖語解説) =新年の慶び= 1月1日は全てが新しい。元旦を大切にする人は自然に徳が授かり、人間として人生にけじめを尊重するものは、自らの生活も正され人々にも尊重され意義ある日々を生きることが出来る。又、元旦を迎えた心には、今年こそはという、大きな夢と希望が膨らんで、精神的にも自分が今生きているよという喜びと勇気が湧いてくる。 元旦は信仰の始まりであり、たゆまぬ努力精進に励みましょう。
2007年01月01日
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