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【愛媛新聞・地軸】 植木等さんの時代 約三カ月前、亡くなった青島幸男さんをしのんで「やはり青島さんのおかげで今の私がいるんです」。こう言っていた植木等さんが、後を追うかのように逝った。 ▲植木さんで思い浮かぶのは「スーダラ節」。作詞の青島さんとの二人三脚で、高度経済成長さなかの1960年代、爆発的にヒットした。「分かっちゃいるけどやめられない」と底抜けなまでの軽さ、明るさ。時代の気分をうまく切り取っていた。 ▲映画「無責任」シリーズでは型破りな主人公のサラリーマンを軽妙に演じて、一世を風靡(ふうび)した。「昭和二万日の全記録」(講談社刊)は「人並みになることに悪戦苦闘する人々に、時に痛快な、時にホロ苦い、さまざまな笑いを与えた」と振り返っている。 ▲「無責任男」とだぶって「時代の寵児(ちょうじ)」となったのも無理からぬところだ。「お呼びでない」「サラリーマンは気楽な稼業」「こつこつやる奴はごくろうさん」など数々のフレーズは今思い起こしても、時代に対する皮肉が少なからず交じると同時に、庶民の応援歌でもあった。 ▲ 「スーダラ節」の誕生にはエピソードがある。「こんなくだらない歌は歌いたくない」と浄土真宗の僧侶である父親に相談した。すると「分かっちゃいるけどやめられない~これこそ親鸞の精神に通じる。一生懸命歌え」と父親。これで吹っ切れたという。 ▲エピソードからも、きまじめで繊細という植木さんの素顔が分かる。後年は映画やテレビ、舞台で幅広い演技をこなした。性格俳優としても印象深かった。愛媛新聞1面コラム・地軸(2007年03月29日(木)付より)盟友だった青島幸男さんの通夜に、鼻にチューブをつけて出席し、遺影に手をあわせる植木等さん。これが最後の公の場となった。=昨年12月26日 サンスポ.COMより
2007年03月29日
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クレージーキャッツの植木等氏3月27日に死去 昨年12月20日に亡くなった青島幸男さんに続いて、映画「無責任」シリーズなどで知られ、歌手としても活躍した日本を代表するコメディアンの植木等(うえき・ひとし)さんが27日午前10時41分、呼吸不全のため東京都内の病院で死去した。80歳。三重県出身。 葬儀・告別式は近親者のみで行う。後日、お別れの会などを開く予定。57年から「クレージーキャッツ」のメンバーとして活動。61年に青島幸男さん作詞の「スーダラ節」が大ヒットし国民的人気者に。翌年の「ニッポン無責任時代」に始まる映画「無責任」シリーズで、日本中にブームを巻き起こした。テレビのバラエティー番組「シャボン玉ホリデー」では「お呼びでない」など多くの流行語を生んだ。歌手としては「スーダラ節」のほかに「五万節」「ハイそれまでョ」などのヒットがある。93年に紫綬褒章、99年に勲4等旭日小綬章。 植木さんは今年1月、食欲不振を訴え、都内の病院に入院。今月8日には一時自宅に戻ったものの、翌9日に再入院。今月中旬には病状が悪化し、この日、妻登美子さんと娘3人にみとられて、静かに息を引き取った。(日刊スポーツ: 2007年3月27日号より引用)植木等 - Wikipedia無責任男“自由と平等”日本に浸透 「無責任男」をキャッチフレーズに大活躍した植木等さん。しかし、そのイメージとは裏腹に、素顔は実直でまじめな人だった。差別や労働問題に身を投じ、投獄された父親への思いを胸に秘めながらの芸能活動。「無責任」という概念を通し、戦後の日本に自由で平等な空気を根づかせた。 昨年11月、植木さんは遺言として、登美子夫人と担当マネジャーに「何かあったら密葬にしてくれ」「延命措置などを行うのもやめてくれ」と伝えた。少しでも人に迷惑をかけることを嫌った人柄を象徴する“最後の頼み”だった。 高度成長期に「日本一の無責任男」として一世を風び。「お呼びでない?こりゃまた失礼致しました」のギャグで列島中を爆笑の渦に巻き込んだ。だが、素顔は実直な“責任男”。長年の知人たちによれば「普段は酒を飲まない」「まじめで勉強家」という素顔が浮かんでくる。「スーダラ節」の楽譜を渡された時に「こんなくだらない歌はイヤだ。これを歌うと人生が変わってしまう」と悩んだほど。父親に相談すると「わかっちゃいるけどやめられない」の歌詞は親鸞聖人の精神に通じると諭され、歌うことを決意したという。 この父こそが「人間・植木等」の原点。故郷の三重県宮川村(現大台町)。浄土真宗の寺の住職だった父親は軍靴の音が響く時代に、差別、労働問題に身を投じて「人間平等」を説き続けた。そのために投獄され、小学生だった植木少年は父の代わりに僧衣で檀家を回ったという。 「等」という名前も「人間平等」の精神から父が付けたもの。嫌がらせを受け、寺を追われたことでの故郷への積年の思いを胸に秘めながらコメディアンをし、初めて郷里に帰ったのは58歳の時。村人を前に「2度と来るものかと思っていました」と話し、涙を流した。 晩年の04年10月。新潟県中越地震では、200万円を寄付。その事実を公表せず「自分は体が動かないから、事務所で大いにやってほしい」と伝え、事務所によるチャリティーオークションに全面協力した。 「スーダラ節」で半分笑いながらの“不謹慎”な歌い方をしてみせた植木さん。それは「無責任」という概念とともに、父親が説いた「自由・平等」の精神を戦後ニッポンに響かせた。(スポーツニッポン2007年3月28日号より引用)
2007年03月28日
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3月16日午後7時より(2月16日の月遅れ)★宗祖日蓮大聖人ご降誕(こうたん)会法要☆奉行 日蓮さま(786回目)のお誕生会一、引き続き新入学児童の祈願会(無料・記念品贈呈・要申込) なお、本年度小学校新入学の子供さんがおられるご家庭で子供さんご本人をご同伴にてお連れ出来る方のみ、学業成就の祈願を併せて行いました。一、紙芝居風アニメーション物語り「輝け善日丸」ビデオの上映 日蓮聖人は、貞応元年(1222)2月16日、(お釈迦さま御入滅2月15日の翌日)千葉県安房小湊片海の地に降誕されました。 その時、庭先から泉が湧き出し産湯に使った「誕生水」、 時ならぬ時に浜辺に青蓮華が咲いた「蓮華ケ渕」、 海面に大小の鯛の群れが集まった「妙の浦」という不思議な「三奇端」が伝えられています。ご誕生の地・大本山誕生寺HP
2007年03月16日
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3月15日は小生53歳(昭和29年生)の誕生日でした。ある方から素敵な押し花誕生祝いカードを頂戴しました。「自分の番」(いのちのバトン)お誕生日、おめでとうございます。父と母で二人 父と母の両親で四人 そのまた両親で八人こうして数えてゆくと 十代前で、千二十四人二十代前では? なんと、百万人を超すんです過去無量の いのちのバトンを 受けついでいま、ここに 自分の番を生きているそれがあなたのいのちですそれがわたしのいのちです
2007年03月15日
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プレミアム10「小椋佳・63歳のメッセージ」チャンネル:NHK総合、放送日:2007年 3月12日(月)放送時間:午後10:00~午後11:30(90分)ジャンル:音楽>歌謡曲・演歌 ドキュメンタリー/教養>ドキュメンタリー全般 番組HP: ▽小椋佳さんの世界を、アーカイブス映像も交えながら、名曲とインタビューでたっぷりと伝えられ感動しました。番組のナビゲーターは、小椋と親交の深い中村雅俊さんでした。▽伝説の初コンサートから最新の歌まで ▽過去・現在・未来、貴重な映像もたっぷり ▽団塊の世代への熱い思いも… <曲目>「シクラメンのかほり」「しおさいの詩」「さらば青春」「白い一日」「時」「少しは私に愛を下さい」「ただお前がいい」「俺たちの旅」「泣かせて」「夢芝居」「愛しき日々」「愛燦燦」ほか、【出演】出演、小椋 佳, 中村 雅俊【VTR】研 ナオコ, 梅沢富美男, 堀内 孝雄, 美空ひばり等。予告!『小椋佳コンサート~未熟の晩鐘~』チャンネル:BS2 放送日:2007年 3月17日(土)放送時間:午後10:00~翌日午前0:00(120分)今年1月7日に生放送した小椋佳コンサートの短縮版。 50代から60代の団塊の世代はもちろん、幅広い音楽ファンに向けた上質なコンサートの模様がBS2のデジタル画像で放送されるそうです。これは必見!、DVDでも永久保存録画をしたい楽しみな番組ですね。
2007年03月12日
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寒桜 (かんざくら) 2月24日、立岩川中流土手、氏神さん左の県道17号線にて撮影 ・薔薇(ばら)科。 ・学名 Prunus × kanzakura Prunus : サクラ属 kanzakura : カンザクラ(日本名) Prunus(プラナス)は、ラテン古名の「plum(すもも)」が語源。 ・咲き始めるのは桜のなかでは早い方。1月頃から咲くものもある。 新宿御苑にも早咲きの寒桜がある。 ・大島桜と寒緋桜(かんひざくら)との雑種。ピンク色の花びらがいっぱい。寒桜の仲間には「大寒桜(おおかんざくら)」や、 伊豆半島に咲く「修善寺桜(しゅぜんじざくら)」や「河津桜(かわづざくら)」などがある。
2007年03月11日
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「 法華経を信ずる人は 冬のごとし 冬は必ず春となる いまだ昔よりきかず みず 冬の秋とかえれる事を 」 建治元年『妙一尼御前御返事』日蓮大聖人御遺文(お手紙)(聖語解説) =信仰の厳しさ= 妙一尼が身延山へ衣を送られたのを謝し、その夫を失った悲しみを慰め感謝と同情に満ちたご消息で、法華経を信じた亡き夫は必ず佛になられていると説かれ、法華経を聞く人は一人として成仏しない者はない、冬は春にお題目を受持する人は如何なる苦況にあっても必ず佛となることができる。「若有聞法者 無一不成仏」(法華経方便品第二) 寒梅は、じっと冬を耐えて美しい花を咲かす。私共は自然の中に佛様の存在を知ることができる。もっと自然や季節の移ろいに感謝しなければならない。
2007年03月08日
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菜の花 (なのはな)(Rape blossom, Celery cabbage) 2007(平成19)年3月4日, 松山市浅海原本谷にて撮影 ・油菜(あぶらな)科。・学名 Brassica campestris Brassica : アブラナ属 campestris : 原野生の、野原のBrassica(ブラシカ)は、古いラテン名で「キャベツ」を意味する。 ・開花時期は、 2/1頃~ 5/5頃。・一面黄色に群生しているさまがすばらしい。 ・”野菜(菜っ葉)の花”という意味から「菜の花」になった。 おひたしや和え物(あえもの)として食べられる。・蜜(みつ)を作る原料として、養蜂業者の人たちは九州などの暖地から花期に従って しだいに北上しながらその花蜜を集めるらしい。 ・3月の「桃の節句」では、 桃の花とともに一緒に飾られることがある。 ・別名 「花菜」(はなな)・「菜種」(なたね)菜の花が咲く頃に降り続く雨を ”菜種梅雨(なたねづゆ)”という。昔は、種子から菜種油(なたねあぶら)をとる、「油菜」(あぶらな)のことを菜の花と呼んだ。今も、油菜=菜の花とする説あり)「油菜」= 40%が油分。昔は灯火、食用油、潤滑油などに使われ、搾りかすは肥料に使われた。 ・3月7日の誕生花・花言葉は「豊かさ、財産」(菜の花) ・千葉県の県花 ・「 菜の花や 月は東に 日は西に 」与謝蕪村(よさぶそん)
2007年03月05日
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【 狐の牡丹 】 2007(平成19)年3月4日, 松山市浅海原本谷にて撮影 「狐(きつね)の牡丹(ぼたん)」の名は、キツネの住むような野原に生え、葉がボタンを思わせることによるとされる。湿り気のある道端や田のあぜ、溝のそばなどによくみられる。高さは30~50センチ。全国に分布し、4月から7月にかけ、1センチほどの黄色い花を咲かせる。今年はもう2月末から咲いていた。葉は3つの小葉に分かれ、それぞれの小葉にはさらに1、2カ所の深い裂け目がある。果実は小さな粒が集まってできた球形で、先がとがり、下向きに曲がった多数のトゲがあり、コンペイ糖を思わせる。茎や葉の柄に毛が多く、果実のトゲの先がほとんど曲がらないものを、特に区別して、ケキツネノボタンと呼ぶ。 似たものに、ウマノアシガタがある。こちらは、やや乾いた場所を好み、根元から出る葉は、小葉に分かれず、やや深く三つに裂け、花も1.5~2センチと、やや大きい。 開花期の水洗いした生葉を豆粒大に切り取り、手首の内側に5~10分張りつけると赤くはれるが、扁桃炎(へんとうえん)によいとされる。ただし、有毒成分を含むため、取り扱いに十分注意が必要とされている。
2007年03月04日
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「苗は変じて草となる。草は変じて米となる。 米変じて人となる。人変じて佛となる。」 弘安3年『王日殿御返事』日蓮大聖人御遺文(お手紙)(聖語解説) =縁に生きる= 人はあらゆる「縁」の中に生かされてこそ、人間として素晴らしい人生を生きることが出来る。しかし往々にして、この大切な縁を悪縁と決めつけようとする。それは全て自らの「欲望」によって変化するもの。人間の縁は感謝によって良縁となり佛となることが出来る。 籾ー苗ー稲ー米。米ー人ー佛と連鎖し、人は米によって佛の働きを生む。法華経の1字は大地の如し万物を出生す。1字は大海の如し衆流を納む、1字は日月の如し四天下をてらす。この一字返じて月となる、月返じて佛となる。・・・
2007年03月01日
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