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2023.01.29
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カテゴリ: 札幌農学校精神
神を愛し、人を愛し、土を愛す1



白痴院の目的は三なり。
一、これら神経機能発育の防阻せられし者を取り、特種の方法をもって、この防阻を排除し、規定的発達(ノーマルデポルブメント)を促すにあり。
二、これら人類中の廃棄物を看守し、一方には無情社会の嘲弄より保護し、他方には男女両性を相互より遮断して彼らの欠点をして後世に伝えざらしむるにあり。
三、これら社会の妨害物を一所に集め、一方には社会をその煩累より免れしめ、他方には適宜の訓導のもとに彼らをしてその資給の一部を補わしむるにあり。
 余はまず看護人として本院に雇い入れられたり。余の職務は白痴22名を預かり、これに衣食沐浴の世話を与うるにありき。しかして余が白痴教育の原理に達せんがため
に院長は余をしてドイツ婦人某の助手たらしめ、彼女と共に最下級生(すなわち単数4個以上をかぞえ得ざるもの)40余名を分配して教授なさしめたり。余は明治18年1月1日よりこの聖職に就けり。しかして爾来(じらい)3か月間は余のいまだかつて味わざる生涯の苦戦なりき。
 余はまず教授上の実験より談ずべし。教授の課目はおおよそ左のごとし。
一、 行状-おもに静粛なるを教う。そは彼らは5分時と同時に平靖(へいせい)なるを得ざればなり。彼らをして15分間手を組みて静粛ならしむるの教師は熟練のものといわざるを得ず。

三、 算数なり-最下等のものは4を超ゆるあたわず。最上級のものは阻滞なしに20までかぞえ得るものあり。書物を取りてその四隅あるを知らしめ、男女を両別して、互いにその数をかぞえしむ。一時間を消費してまず滞りなく10をかぞえしめたりと思い、なお一時間を経て彼らを試むれば、8を5の前に置くあり。6を9の後に言うあり。しかれども癇癪(かんしゃく)は起こすべからず、また再び試みんのみ。
四、 指先の鍛錬なり-釘を平板にうがちたる穴に差し入れしむ、女子部においては針の穴に糸を通すの法を教うるをもって専とす。
そのほかおおむねかくのごとし。その気長の仕事たる察すべし。



余の受持の級中、余の特別の注意を惹きしもの2人ありき。一は前述のオスカー某なる留め針狂、貪食漢なり。他はハリー某なる猿猴(えんこう)的小児なりき。余は非常の「インテレスト」をもってこの児を研究せり。そは彼が猿が進化して人間となりしものにあらずして、人間が退化して猿となりたつものなればなり。彼の面貌の猿猴的なるは一目瞭然たり。しかれども彼の行為においてはなお一層そのしかるべきを見たり。その床につくや前方に身をかがめ、床衣を背部にまとうをつとめて腹部に意を留めざるはたしかに猿猴的なり。彼の物を食するや、まずこれを手にし、八方よりこれを眺め、しかる後一意をこれに注射して食するの状も猿猴的なり。しかして彼の猿猴的傾向にいたりては彼の全く猿猴族の親類たるを証するに足れり。
 余は一日彼を試みんために余をして全く彼の自由に任じたり。しかして彼がいかにして余を処するかを見たり。彼はまず余の頭を撫ぜてしきりに余の静粛にして彼の意にしたがうをほめ立てたり、(余が常に彼に向かって為すの状なり)しかる後に余を引き立てたり、余は彼の命ずるままに行けり。彼は余を伴いて教場の附属室にして一日一回小児に分与すべきパン菓子の貯えある所に連れ行けり。余に命じていわく、「なんじ、その箱を取りおろせ」と。余は彼の命に従えり。彼はまた大いに余の従順をほめ立てたり。いわく「ユー、グー、ボイ」と。彼は夥多の菓子を彼の両衣嚢(かくし)の中に取り込みたり。しかして余に向かっていわく、「なんじにこの一個を給す。おとなしくあれ」と。余は黙して彼の為さんとするところに注意せり。彼は面を余よりそむけ、知らぬまねして菓子を取り出し、まさに一々これを平らげんとせり。
時に余は声をはげましていわく、「ハリーよ、なんじは盗賊なり。なんじはこれを食すべからず」と。彼は朱色を面にはらして発怒せり。あたかも浅草の奥山における猿に与えんとする菓物を転じて与えざりし時の状に少しも異なることなし。怒れるハリーは泡をふきながら彼の席に帰れり。しかして彼の不機嫌は終日にわたりたり。

余の看護的職務は以上のごとく学術的の趣味を有せざりき。20余の自己を顧みざる人間を取り扱うは決して安易の業にあらず。彼らは朝夕口をすすぐの要と快とを知らず(彼らたいがい15歳以上なり)。ゆえに傍らに付きまといて一々口中を検査せざうを得ず。彼らは糞尿を床中にのこすも、もし他人の注意を加うるにあらざれば何日たりとも、これに安んずるものなり。ゆえに毎朝厳しく彼らの寝台をしらべざるべからず。彼らは無理に浴中に投ぜらるるにあらざれば、何年間なりとも自己の垢に安んずるものなり。ゆえに彼らを浴中に押し込み、ブラッシュもて彼らを擦(す)らざるべからず。しかして無責任なる彼らにして看護人の不注意より疾病にかかるものありとせんか、その責は皆吾人の頭上に来りて彼らに来たらず。朝夕、房内の寒暖を調和せざるべからず。空気の流通に注意せざるべからず、ノミ・シラミの征伐に従事せざるべからず。看護人は彼らの奴隷なり。彼らもし普通の病者にして身体不自由のために病床にあるものならんか、吾人はよく彼らのために忍ぶを得ん。しかれども彼らは強壮なる一人前の人間なり。彼らの病はただに責任を知らざるにあり。ここにおいてか真正の耐忍は要せらるるなり。ここにおいてか論理的の徳義も宗教も無用に帰するなり。この場合において益を得しものは彼らにあらずして余自身なりき。

 院則として院長の許可なくして笞杖(ちじょう)的の譴責(けんせき)を入院者に加うるを得ず、ゆえにいかに無礼を加えらるるも、靴もて蹴らるるも、つば吐かるるも、子羊のごとくに忍ばざるを得ず。責任を知らざるものを感化するに道徳的な感化力をもってせざるべからず。ほとんど無理相談と称して可なり。しかりといえども道徳的感化力は彼らにいけるも最大勢力なり。しかして、院則のこれに出しものは確実なる経験に基づきしものなり。費府(フィラデルフィア)の癲癇(てんかん)院長故キルクプライド氏は彼の患者に接するに常に君子の礼をもってし、癲癇者なるのゆえをもって彼らに対し虚言を吐きし事なく、また彼の配下に立つ役員雇い人等に至るまでこの規を固く守らしめたりという。白痴またしかり。彼らの無知なるは彼らをして、親切に対し無覚ならしめざるなり。吾人一度彼らの依り頼むところとならんか、彼らに優りて愛すべきものは余はいまだかつて知らざるなり。これ白痴看護事業において希望の存ずるところなり。
 しかれども彼らは容易になずまざるなり。このゆえをもって本院の雇い人にして3か月以内に解雇を願い出ずるもの多し。そは彼らはいまだその苦のみを知りて、その快楽を知るに至らざればなり。しかし3か月以上を経て止まず、役員にして25年を院内に過ごせしものすくなからず。看護人にして十年以上のものまた多し。戦争は最始の3か月なり。これ白痴教育事業の皮切りなり。





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最終更新日  2023.01.29 03:40:40


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