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2025.06.28
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カテゴリ: 文学
由布院の宿 木谷文弘

「母が由布院に行きたかったと言っていたのです」
先日、お母さんを亡くされた友人から電話があった。
「母の供養といってはおかしいのですが、由布院に行こうと思います」

友人はお母さんを由布院に案内する気持ちなんだろうな。
私は思った。

友人は早朝の高速バスで大分に着くという。
うん、私は悩んだ。早朝から開いている食堂など由布院にはない。

私はある旅館の主に頼んだ。

そこの旅館は温泉も一般客に開放していなかった。
宿泊客を大切にする小さな旅館として知られていた。

私は事情を話した。主の顔が崩れた。
「わかりました。宿泊のお客様の朝食が終わる頃にご用意しましょう」

「お母さんもご友人の方もお疲れですから、温泉にまず浸かって下さい」

当日、友人をその旅館に案内した。
紅葉に彩られた緑の小径に、友人は驚いていた。


私は何も言わずにフロントに近づいた。
「お荷物など貴重品をお預かりします」
フロントの担当者は普段どおりの対応をしてくれた。

朝の湯煙が漂う温泉に入った。
「あああーっ、ひと息つける。やっぱり温泉っていいですよね」
「お母さんも女性風呂に浸かっていると思いますよ」
友人は遠くを見る目つきをした。

温泉から上がると、食事の場に仲居さんが案内してくれた。
一番端の静かな席だった。友人と友人の知人、そして私は座った。
「まずは地ビールで乾杯をしますかな」
私は友人に微笑みながら言った。

地ビールで乾杯した。湯上がりのビールはおいしかった。
仲居さんが朝食の準備を始めた。友人と私達はビールを呑んでいた。
仲居さんが御飯と味噌汁を持ってきていた。

ビールを呑んで、少しお酒を呑む気でいた。
「朝から呑んでもいいですか」と主には了解を得ていたのに
そんなに早く御飯や味噌汁を持ってきてと、私は苛立った。

仲居さんは、私の苛立ちに関係ないような顔をした。
仲居さんは、私や友人の前でなくひとつ席をつくり始めた。
御飯とおみそ汁と漬け物と箸とコップをキレイに並べ終えた。

「お母様のお席です。みなさまでお食事をゆっくりと楽しんで下さい」

友人は呆然としていた。お母さんのことを思い出しているのだろう。
私は旅館の主の気配りに感謝していた。
「それでは、もう一度乾杯しますかな。
 お母さん、由布院へようこそいらっしゃいました」

紅葉の由布院の朝、それはそれは透きとおるような青空が広がっていた。





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最終更新日  2025.06.28 04:06:44


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