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地元のイオンに入っているカルチャーセンターでママヨガの体験クラスがあり、子ども連れOKなので子どもを預けるために家族に気を使わなくていいからぜひやりたい!と思って友達と参加しました。最初はステップでウォーミングアップ。それから骨盤の歪み矯正を目的とするストレッチヨーガ。体験なので40分弱で終了。もう午後のクラスしか空いてないと言われ、チーちゃんの昼寝と重なるので止めました。付き合わされる子どもにとっても全然楽しい時間じゃないし、それに何か物足りない。「もっとコテコテのがやりたいよね~」食事しながら友達(彼女もインドに所縁がある)とも話しました。最近少し腰痛になりそうなので、やれば効果があるだろうけど、なんかDVDとか見ながらでもやれそうな簡単なポーズが多かった。そのうち子どもの手が離れたら本格的なのがやりたい!
2007.11.28
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最近私が余りにボケボケしているので、相方が「これを読んで目を覚ませ」と本を貸してくれました。藤原てい著『流れる星は生きている』終戦後に夫(後の新田次郎)は抑留され、満州から子供3人を抱えて命からがら日本に引き揚げた女性の体験記です。ちょうど子どもの年齢が我が家とほぼ同じ。北朝鮮のある町で疎開しているときに子どもがジフテリアで死にそうになって血清を買うために夫の形見の時計を手放し、やがてお金がなくなり、物売りをしたり、市場で野菜くずを漁ったり、最後には物乞いをしたり・・・。でももっと恐ろしいのが、決死の38度線越えの行程でした。母も、2歳の正彦も、裸足の足裏に小石が食い込んでそれが化膿した痛みに耐えながら歩き通し、雨風にさらされ子どもたちは低体温で死にかけ、いくつもの川を子どもを抱えて渡り、子どもたちの下痢が止まらず他の疎開者から忌み嫌われ、まさに生地獄のなかを生き抜いたのです。自分もお腹を空かせているのに僅かなお芋を妹にあげてと言う5歳、まだまだ分からず屋で手が焼ける2歳、お乳がでないから栄養失調で下痢が続いて今にも死にそうな0歳が、読みながら、ピーちゃん、チーちゃん、ミーちゃんとダブって涙が込み上げました。余るほど出るオッパイ、それを飲んで福々しく太っているミーちゃんの顔、暖かいふとんに包まれてぬくぬくと眠る夜、安らかな子どもたちの寝顔、それが当たり前になっている今の平和。それがどれほど尊いものか、しみじみと噛み締めました。病気であっけなく死んでいく子のことを考えたら、ワクチンは有害だの薬は不要だのと言っていられるのも平和であればこそだと思いました。もし私なら…と思うと身がすくみます。何が何でも子供を守って生き延びなければ。たとえ物乞いしてでも。本当に戦争は嫌だ。
2007.11.27
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教育テレビ『知るを楽しむ私の人物伝』で澁澤龍彦を取り上げています。澁澤にはかなり影響を受け、エッセィの類はほとんど読んでました。さいたま市で春に幻想美術館やってたの見たかったな。没後20年かぁ・・・もうそんなにたつんですね。今でこそ、ナチュラルなインテリアや服が好きになったけど、放送で澁澤の部屋(当時のまま残してある)を見たら胸が騒ぎました。やはり私が心底憧れるのはこっちなのだと確信めいたものを感じて。あと、放送で知ったのですが、最初の妻は矢川澄子さんだったなんて。彼女の名前、私の好きないくつもの絵本の訳者として記憶していましたが、そんなところでもまた、澁澤に繋がっていたのかと感慨が沸いてきました。澁澤の奥さんといえば澁澤龍子さんの印象が強いけど、澁澤の死後に矢川さんが結婚生活を綴った本を出していることも知って、読みたくなりました。今回ネットで調べていたら、常人の理解を超えた夫婦の問題もいろいろあったようで(矢川さんは5年前に自殺されたそうだし)、少し胸が苦しくなったのですが、やっぱり今も澁澤龍彦は魅力的です。
2007.11.27
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23日は相方が高崎で結婚式に出るので私たちも一緒に車で行き、別行動して高崎観音を観光しました。観音様の体内を登ると、階段の途中には極彩色の仏像などがいろいろあって子どもたちも面白がり、てっぺんで北関東が一望できました。周辺は意外に深い森で、また葉っぱや木の実を拾いながら歩きました。途中の染色植物園という施設が気になったけど今回は時間がなくて断念。夕方には相方と合流して温泉にも入り、回転寿司でたらふく食べて、家に着いたのは10時。一日たくさん遊びました!
2007.11.23
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チーちゃんがグランマの買い物に付き合って○○スーパーへ行った帰りに「どうして黄色いスープ飲まなかったの?」と何度も何度も聞いたんだそうです。グランマは何のことか???と思ったそうだけど、チーちゃんは、ファミレスのコーンスープが大好物で、スーパーのことを「スープ」と間違えていたみたい。それから、どんな話の中で言ったのか分からないけど、「グランパ!そういうのはね、和やかに言うんだよ!」と2歳のチーちゃんが68歳の舅を諭したそうで、等の舅は孫の言語能力の高さに大喜び。はっきり意味は分からなくても、いちおう言葉を使う文脈は合ってたらしいです。舅に意見できるのは我が子たちだけだわ
2007.11.20
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今日はいろいろな事務的手続きのために熊谷に行き、お昼は大きな公園で持参のお弁当を食べて遊んできました。最近、子どもたちと出かけるときは簡単なお弁当を作っていきます。いつも外食していましたが、子どもの数が増え、大きくなればその食費もばかにならないので、お弁当を作れば節約になるし子どもたちも外で食べるのが楽しくて、喜んでくれます。公園近くのお弁当屋さんで買った、揚げたてのからあげも美味しかった。
2007.11.14
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今日はミーちゃんにBCG受けさせました。自然育児界でも、シュタイナー医療でも、ホメオパシーでも、予防接種は無用、さらには有害だという意見すら見受けられかなり迷うところでした。でも、「積極的に受けさせるべきでない理由」に説得力がない気がするし、私にとっては受けなかった場合の不都合の方が大きいので、受けることにしたのです。ただチーちゃんの場合も、個別接種の三種混合とはしか・風疹ワクチンは受けてないまま、ずるずると迷っているのですが・・・。せめておたふくと水ぼうそうくらいは自然にかかってほしい。でも去年、チーちゃんは水ぼうそうになったのに、ピーちゃんはとうとうかかりませんでした。なぜでしょう?
2007.11.09
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また家族でハイキング行きました。佐野市に近いみかも山は万葉集にも歌われた名所です。初めて行きました。日本固有の雑木林に被われ、ドングリがたくさん!枝にぶつかりながらカラコロ落ちてくる音があちこちで聞こえました。ヤマトタケルノミコトが歩いたという自然岩の急な石段は振り返ったら怖いくらい。チーちゃんが甘えだしたので山頂まではあきらめて、中腹の尾根づたいに歩きました。見晴らしはいいけどこんな高いところまで高速道路の轟音が聞こえて残念。途中には何箇所も変わった遊び場があったり、仕掛けがあったり、大人もワクワクしました。山腹にはチューブ形の滑り台があって、行き先がわからないくらい長い!私は乗りたかったけどピーちゃんが怖がったのであきらめました。行き先がわかっていれば、一人でも滑っちゃったのに。特に面白かったのがわんぱく広場。写真に写ってるふわふわドームのほかに、すり鉢状の全周型すべり台?などで、子供たちは全身で遊んでました。山登りとは別にして、またきたいです。あと、ふもとの「道の駅みかも」は入口に貼ってある店長の言葉、必見です。食料自給率の低さを憂いだと思ったら、最後に「今のうちにうまいものを食え!」と畳み掛けるアグレッシブな宣伝文句。店内にもいろいろ書いてあるので、探して読みまくりました(笑)
2007.11.05
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