過労死や・過労自殺あわせた労災認定件数はこの 10 年以上 200 件前後で推移しているそうなのだが、電通入社 1 年目の高橋まつりさんが過労死認定された事例のように、ニュースとして取り上げられることはあまり多くないのだ。内部情報がリークされたり遺族が記者会見を開いたりしない限り企業名はなかなか表に出てこないからだが、遺族が会社名を公表すれば社会的には大きなインパクトがあり、労働環境の改善などにつながる可能性があるのだが、メディアの前に姿を表す遺族は少数だとされている。「全国過労死を考える家族の会」の代表である寺西笑子さんは、「誹謗中傷などに晒されるので、行動を起こすには勇気がいる。そもそも泣き寝入りする遺族も多い」と過労死遺族が置かれた苦境を語っている。
今年初めて政府のつくった「過労死白書」の中には、遺族を支援する弁護士や遺族のコラムも掲載されているが、。「全国過労死を考える家族の会」の代表である寺西笑子さんはその中で、「被災者は中高年が主流だったのが、近年は若年層に広がり、娘や息子を亡くした親御さんや、婚歴の浅い子どもを抱えた妻が相談に来られています」と記している。「配偶者を失っても子どもがいる場合は、生活と子どものために、頑張ろうと思える。でも、過労死で子どもを失った親御さんは、『生きる希望』が絶たれてしまうんです。何をしても子どもは生き返って来ませんし、亡くなったことと業務の因果関係の立証責任は遺族側にあるので、労災認定のハードルはとても高いのです」と語り、泣き寝入りしてしまう人を何人も見て来たというのだ。
「全国過労死を考える家族の会」の代表である寺西笑子さんよると、遺族が言い出せない背景に「過労死は自己責任」という風潮があるというのだ。過労死・過労自殺の労災申請をしたり、会社に対して安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求をしたり場合には、過労死・過労自殺が業務に起因することを証拠に基づいて立証する必要があって、この業務起因性を立証するためには亡くなった方の勤務実態を把握することが重要だと言われている。そして勤務実態のうち「労働時間の証明」とりわけ残業時間の証明は、業務の過重負荷・心理的負荷を考えるにあたって重要な論点の一つなのだが、誹謗中傷への恐れや社会の無理解のために遺族が責任を内向きに抱え込んでしまいがちなのだそうだ。
家族は忙しいことは知っていても会社で何が起きていたかは分かりませんし、何が原因かよく分からないんというのだ。また過労死を主張しても周りからは「なんで辞めなかったの。なんで辞めさせなかったの」と批判されるというのだ。自殺だと特に言えないそうで「精神が弱い」とか「個人の責任だ」で片付けられてしまうというのだ。一般に過労死する人はまじめで責任感が強く仕事や悩みを一人で抱え込み周囲に話さない傾向があると言われ、「全国過労死を考える家族の会」の代表である寺西笑子さんの場合も、夫の彰さんの葬儀で土下座して謝る社長たちを見て「会社に責任がある」と思ったそうだ。その後労災を申請して裁判では会社に責任を認めさせたというのだが、裁判の過程で夫の過重労働が判明したというのだ。
それでも「全国過労死を考える家族の会」の代表である寺西笑子さんが夫の労災を申請したのは死後 1 年以上経ってからだったというのだが理由は子どもへの配慮だ。当時は過労自殺に対する認定基準がなく長期戦が予想されていたことから、「上の子は大学 2 年生でしたが下は中学 2 年生でした。高校受験が成功するまでは動けなかったんです」と当時のことを語っている。子どもがいる場合配偶者が亡くなれば残された一方は子育てをしながら働かなくてはいけない中で、労災を申請したり裁判で戦ったりするのは大きな負担になる。これも遺族が表に出て来づらい理由の 1 つだという。しかも労災が認定されたり裁判で会社への慰謝料や損害賠償請求が認められたりしても悩みは尽きないというのだ。
「全国過労死を考える家族の会」の代表である寺西笑子さんよると、「労災が認定されてホッとした反面、補償のためにやって来たのかと思えて、急に嫌悪感を覚えました」と語っている。ある遺族は裁判に勝訴したことが新聞に載ったところ周囲から「ご主人が亡くなったけど、これだけもらえて良かったな」とか、「もう働かなくていいな」などの心ない言葉をかけられひと前に出るのが怖くなったと話していたそうだ。「全国過労死を考える家族の会」の代表である寺西笑子さんは「電通では 1991 年にも過労自殺が起きているだけに罪が重い。遺族に謝罪と誠意ある対応をしてほしい。電通だけでなく、日本全体が働き方への意識を変える必要があります」とこの事件に関して話しているという。
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