近頃のTVに毎日のように登場する 稲田朋美防衛大臣が参院予算委員会で 、 社民党の 元党首だった 福島みずほ議員の質問に答える中で 、 「教育勅語の核である、例えば道徳、それから日本が道義国家を目指すべきであるという、その核について、私は変えておりません」 とか、 「私は教育勅語の精神であるところの、日本が道義国家を目指すべきである、そして親孝行とか友達を大切にするとか、そういう核の部分ですね、そこは今も大切なものとして維持している」 と語り、 教育勅語 の 核の部分 を 取り戻すべきだと考えているという主旨の発言をしている。 このように教育勅語がホットな話題になっている背景には、現在進行中の森友学園という学校法人に関連する一連のスキャンダルがあるという。
そのスキャンダルのさなかに松野博一文部科学大臣という容易ならざる立場にある人間が、わざわざ教育勅語の意義について憲法や教育基本法に反しないような配慮があれば「教材として用いることは問題としない」と表明したというのだ。このたびの松野博一文部科学大臣の発言は国会の場で「憲法の理念に反する」として「排除」され「失効」した歴史的な教材を、文部科学大臣の名において「憲法や教育基本法の理念に反しないような配慮」を条件にしているとはいえ、「有効」であるとして再び召喚しようとした措置に見えるというのだ。戦時下において賛美されていた教育勅語は既に効力を失った教材だとされ、単に効力を失ったのではなくてより積極的に教育現場から「排除」された教材だとされている。
この教育勅語に関しては「新しい憲法の理念に反する」として 1948 年に衆議院で「排除決議」が採択され、あわせて参議院でも「失効決議」が採択されているというのだ。教育勅語を教材とするようなことを言う文部科学大臣の下で果たして文部科学行政の一貫性は保持できるという問題となっているというのだ。ある雑誌にたとえ話としてこの問題に関して面白い記事が載っていたが、「腐っていることが認定されて食べてはいけないことになった食品について、『腐敗に気をつける配慮』があれば『食材として用いることは問題としない』てなことを保健所の所長が言ってのけるような世界で、果たして食卓の衛生は防衛できるものなのだろうか。こういうことが起こったら早晩食中毒で死ぬことになるだけだ」というのだ。
稲田朋美防衛大臣は国会で野党側の質問にさらされて自分の本心を表明しただけだということのようだが、それも稲田朋美防衛大臣はどちらかといえば誇らしいというのか晴れがましい気持ちで自分の道徳観を表明したのというのだ。松野博一文部科学大臣にしてもおおむね同様だと言わなくてはならず、政権の中枢への目配りがなかったとは言えないものの彼自身が教育勅語は道徳的に優れた文書である点は疑っていないというのだろう。今の安倍政権にいる人物は誰もが教育勅語を良いものだと信じ切っていると思われるのだ。それだけではなく現状の日本人の多数派は教育勅語を悪いものだとは思っておらず、多少古くさいところはあっても基本的には昔ながらの古き良き日本人の良さについて評価しているというのだ。
総体としては輝かしい先人の知恵であるのと同じように教育勅語も、天皇に関する部分だけを取り除いてしまえば、現代にも通用する好ましい徳目だと思っている日本人は少なくない。というよりも日本人の多数派がそう思っているからこそ、文部科学大臣や防衛大臣が公然と支持を表明しているというのだ。教育勅語の核心に当たる根本思想は「個」よりも「集団」を重んじ、「私」よりも「公」に高い価値を置いて個々人の自由よりも社会の秩序維持に心を砕く社会の実現ということだというのだ。戦前の日本の子供たちを皇軍の兵士に仕立て上げるにあたって大きな役割を果たし、そのことで一度は教育現場から追放された教育勅語が、いままた復活への道を歩みはじめているというのだ。
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