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初診予約を入れていた、F病院に行って来ました。不育症で有名な先生ですが、元々は内科の先生なので、F病院は不育症専門病院ではなく、内科の診察もされています。なので、待合室に中年男性が座っていたりと、ここ数年、婦人科の病院ばかりをめぐってきた私にはちょっと新鮮。さて、診察室に入り、E病院から預かってきた、子宮内容物病理標本を渡す。1年前の双子ちゃんの標本が揃ってから検査に出すそうで、そのために必要なA病院への紹介状を書いてくださいました。ちなみに検査費用は1万円程度、検査に出して10日ほどで結果が出るそうです。その後、今までの経過(不妊治療の経験・流産した際の週数・心拍は見えていたかなど)を詳しく聞かれ、その際にエコー写真を診てくださったんです。B病院・D病院と不育症専門医と言われる先生に診てもらったけれど、稽留流産を告げられた時の最後の赤ちゃんのエコー写真を診てくれたのはF先生が初めてでした。「ちゃんと、赤ちゃん見えてるのにね…。」と、怪訝そうな先生の声。「そうなんですよ。それなのに、8週くらいの大きさでみんな心拍が止まってしまうんです…。」と私。改めて口に出すと、本当に不思議…。赤ちゃんの姿にまで成長せず、心拍も見えないって言うんなら、赤ちゃんの異常と言われても何となく判るけど、ちゃんと成長してるのに、みんな同じ時期に成長を止めてしまう。やっぱり、赤ちゃん側の原因だけと思えない…。F先生は同じ流産回数でも、赤ちゃんが見える前の流産と見えてからの流産は違うと考えられているようで、赤ちゃんが見えている心拍確認後の流産が1回でもあれば、母体側の異常を調べたほうがいいとの事。そこで、B病院やD病院で受けた、不育症に関する採血の結果を診てもらったのですが、これがビックリずっと異常と言われていた抗リン脂質抗体の抗PS抗体ですが、1.5という数値はギリギリ正常値なんだとか再検査で0.9なら問題ないでしょうとの判断でした。今まで抗リン脂質抗体もちだと思っていたのはなんだったの~。「大学レベルでする抗リン脂質抗体の検査が1つ残ってるけど~、病理標本の結果を診てからでいいか…」と先生。手術費など支払って家計がピンチなので「そうします。」と返事。ちなみに、検査費用はこちらも1万円程度。もう1つ指摘されていた抗核抗体も、40ぐらいは問題視するほどの異常でもないとの事。で、しばらく結果を眺めていた先生が一言。「それよりも…。第12因子が少ないよね~。」はぁ正常値は50~150で、私の数値は61。今までの不育症の先生には何も言われなかったのに~。この辺が婦人科医と母性内科医の違いという事になるのかしら…。F先生によると、正常値内でも少な目と言う事で、再検査する事になりました。そのほか、再検査の項目にプロテインSとかCの文字が…。どれも不育症の検査項目で見たことはありましたが、今まで調べた事はありませんでした。思わぬ指摘に、頭が真っ白…。PCに向かう先生の背中をぼ~っと眺めていると、「聞きたいことあったら、何でも聞いてよ~。」と、自信のこもった声で質問を促す先生ですが、とっさに質問が浮かばず、「判らない事ばっかりで、何がなにやら…。」と、まただんまりな私。採血の用意ができ、看護師さんに案内され処置室に移動。とても気さくな感じの看護師さんで、「先生って超有名人ですよね~。」なんて話をしながらも、さっき質問できなかった後悔が押し寄せる。そこで、半分独り言のように看護師さんに向かって、「聞きたいことって言われても、そりゃ~たくさんあるけど、結局はどうやったら赤ちゃんが産めるかって事だけなんですよね…。」と、つぶやく。「今はそうなりますよね。でも、メモにぎっちり質問書いてくる人もいますよ~。」と、看護師さん。それを聞いて、心の中で次は私もそうしようと、決心したのでありました。何と言うか…ただの感なんですけど、今まで納得できなかった事を、この先生なら納得させてくれそうな気がするんですよね~。お会計¥7430-を支払って、紹介状をもらって帰宅。大きな1歩を踏み出せた…そんな気のする1日でした。
2009年01月30日
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2回目の流産手術後、1週間が経ち、E病院に診察を受けに行ってきました。手術後から続いていた出血は、昨日から落ち着いて、茶オリ程度になっていましたが、駅まで歩いたり、電車を乗り継いだりと、久々に体を動かしたからか、診察前のトイレで少し赤いものが…。診察で、発熱や痛みは無かったことを告げ、内診で出血も少量・子宮内もきれいとの事で、術後の経過は問題なし。一時は部分胞状奇胎か?と言われた部分の病理検査の結果も異常なしとの事で、本日でE病院は卒業となりました。 でも、胞状奇胎じゃ無かったんなら、何の影だったのか?と質問しても、「とにかく調べたけれど、悪性のものではなかった。でも、正常の妊娠では見られないので、稽留流産となったのは仕方がない。」的なことを言われ、結局なんだったのかは判らずじまい。これ以上聞いても、この先生にも判らないんだろうな~と、何となく思ったので、それ以上は私も聞かず…。「不育症を調べたいので、子宮内容物病理標本を借りたい」と申し出たところ、事前に電話していたのもあって、すんなりと貸してくれました。10cm×10cm・厚さ5mm程度の薄いプラスチックケースに、赤い染料で染まった細胞(?)のようなものがくっついたプレパラートが2つ入っていました。それを見るまでは、もっと生々しいものを想像していて、それを自分が見て冷静でいられるだろうか…と心配していたので、ちょっと拍子抜け…。病理標本は手術した病院に保管義務があるので、検査が終わったら返却に来るように言われ、その際は診察予約も不要で、婦人科外来の受付に返却したらいいとの事でした。その後、赤ちゃんの染色体検査に関して、「細胞を培養して検査をするので、培養がうまくいかないと結果がでない事もある。」と言われたんです。正直、そんな事は想像もしていなくて、検査前にも聞いていなかったので、ビックリ。¥1650-を支払い、E病院をあとにしました。値段の事を言うのもなんですが、6万円も出したのに~って感じです。何でもいいから、流産になった原因が知りたい。結果が出るまで、あと5週間。どうか検査がうまくいって何かしらの結果が出ますように…と、神様に祈らずにはいられません。
2009年01月30日
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流産手術後、自宅安静をしているのですが、生理のような出血が続くくらいで、特に痛みも無く、はっきり言って退屈。もう一度、流産の原因などの書かれたサイトを読み返していました。そこで、大阪で不育症に関して有名な先生が、総合病院を退職され、F病院を開業したとの情報を入手。総合病院は遠方だし、敷居の高い感じもして、「ここにかかるのは最後の手段。」と思っていたんです。ところが、開業された病院は、ずっと不妊・不育治療で通っていたD病院の近所。これなら通いやすいし、D先生とは意見の違う先生だし、セカンドオピニオン的に話を聞くのもいいかも…と、病院のHPを読むと、初診の際「子宮内容物病理標本」を持ってくるように書いてある。なんだそれ?どうやら、その病理標本を詳しく精査することで、胎盤の血流が悪かったとか、感染症があったとか判断ができ、血流が悪くて血の塊が出来ていた場合、F先生お得意のヘパリン療法の対象になる様子。他の病院ではそんな不育症の検査をしていると聞いたこともないし、この先生に診てもらいたい。流産の原因がわかって、治療が受けれるものなら、調べて次に活かしたい。そう思ったとたんに、受話器を握り締めていました。診察時間に電話したところ、F先生の手の空いている、お昼の休診時間にかけ直して欲しいといわれ、お昼に再度電話。部分胞状奇胎の可能性があると言われた部分の病理検査と、赤ちゃんの染色体検査はお願いしたけれど、病理標本の作製はお願いしていない。もし、お願いしないと作らないものなら、手術から4日経っているけれど間に合うのか?と質問したところ「特に依頼しなくても作成するもの」のようで、手術を受けた病院名を聞かれ、1年前に受けたA病院と、4日前に受けたE病院の名前を先生に告げる。「E病院は判らないけど、A病院は必ず保管しているから、紹介状を書くのでそれを持って、借りてきてください。」との事。まさか、今になって1年前の双子ちゃんの流産原因を調べる事になるなんて…。他にも、抗リン脂質抗体はグレー程度の異常であるが、ヘパリン療法の対象になるのか?→数値が高くても出産できる人もいれば、低くても流産を繰り返す人も居て、数値だけでは判断できない。病理標本など色々調べてから判断する。他院で同種免疫異常の可能性が高いと言われたが、自己抗体が少しあるため、夫リンパ球移植は受けれない。ピシバニール療法は受けれるか?→今は同種免疫異常が流産につながるという考え方はあまりしていない。夫リンパ球移植もピシバニールも当院ではやっていない。(う~ん、まさにD先生と正反対…。)などなど、思いつくまま質問をし、E病院の診察の帰りに寄れるよう初診予約を入れて、電話を切る。う~ん。ピシバニールを望むとしたら、名古屋の不育症で有名な病院に行くしかないのかな…。でも、それもF先生に診てもらって、ヘパリン療法対象じゃないと診断されてからでも遅くない。その後、ダメもとでE病院に電話してみたところ「子宮内容物病理標本」を作成していて、借りる事が出来るとの事。これで2回の流産・3人分の病理標本を、F先生に診てもらえる。どんな結果が出るのか想像もつきません。でも、何か新しい発見があるような気がします。お空の3人が残してくれたメッセージをしっかり読み取って、元気な赤ちゃんを産む事がみんなの願いと信じて、頑張ります。
2009年01月26日
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前日に流産後の手術を受け、病院で1泊過ごしました。1月23日いきなり病室の電気がついて、目が覚める。どうやら隣の人の採血がある様子。起こす前に声ぐらいかけて欲しかったな~と思いながら時計を見ると、きっかり6時でした。寝不足でふらふらしながら、トイレに行き、ベットに戻ると、隣のベットから出てきた看護師さんと鉢合わせ。「のんきさんもお熱いいですか?」と熱を測り、出血や痛み・尿の出方などを聞かれ、それに答えて、朝食までの時間また寝て過ごす。朝食もパンかと思いきや、ガッツリ白ご飯…。味もイマイチなのもあって、半分ぐらい食べて終了。入院中は食事が楽しみって聞くけど、それって正解だなと思いました。出された食事が食べ切れないと、元気が出ない気がして、テンションも下がるしね…。食後洗面を済ませた頃、看護師さんがやってきて、先生の診察で問題が無ければ退院できるが、病棟に来る時間がまちまちで何時かわからないとの事。入院のしおりに10時までに病棟を出るよう書いてあったから、そのつもりだったのに…。9時くらいに迎えに来た旦那に事情を説明していると「先生が来られたので、診察の用意が出来たらまた呼びに来ます。」と看護師さん。しばらくして、呼びに来た看護師さんと一緒に、病棟内の診察室に移動。ガーゼを抜いて、エコーで子宮内を確認。「子宮内には何も残っていないし、出血も落ち着いてきて、順調のようですね。」「何も残っていない」その言葉が、嬉しいような悲しいような…。その後、説明室に移動し、先生から説明を受ける。1週間はシャワーのみで入浴しない事。1週間位は出血が続くけれど、量が増加したり、激しい痛みや38度を超える発熱があったら、すぐに受診するようにとの事。それらがない場合も、1週間後に受診が必要との事で、診察予約をとって終了。質問はないかと聞かれたので、「心拍確認後は流産の確率も下がるのに、それが2度も続いたのは、赤ちゃんの染色体異常以外に原因があるとしたら、何の可能性が大きいか?」と、ずっと心に引っかかっていた事を聞いてみました。流産が2度連続して続くと「習慣流産」と言って、最近は検査や治療の対象になる。染色体異常でなければ、夫婦の免疫が似すぎていて妊娠が継続できない「同種免疫異常」の場合が多いと言われている。と言うような事を、ひと通り説明し、D病院が専門なので、そちらで相談するよう勧められました。前回流産後も色々調べて感じた事ですが、医師によって言う事が違い、本当に悩まされます。心拍確認後の流産は「同種免疫異常」が多いというD先生とE先生。そうなると治療法は夫リンパ球移植ですが、自己抗体を持っている私は受けれない。D先生お勧めの柴苓湯という漢方で臨みましたが、結果流産でした。(胎児の染色体異常の場合は、どんな治療でも避けられない流産なので、柴苓湯が無意味とは言いません。それが判断できる染色体検査の結果は6週間後です。)でも、B病院やインターネットで調べると、心拍確認後の流産は「異種免疫異常」と言う先生も居るのも事実。その代表となる抗リン脂質抗体はグレー程度の異常だし、アスピリンやヘパリン治療を受けようと思うと、D先生は否定派なので、他の病院を探さないといけない…。3度続けて流産する確率は0.3%という情報もあり、次は99.7%の確率で赤ちゃんが産めるかと言えばそうでもなく、2度続けて流産した人の次の流産率は40~60%という情報もある。不育症のどの治療を受けたらいいの?受けるならどこの病院で?でも、不育となる原因を持ちながらも、無治療で出産されている方が多いのも事実。この先、いったいどうしたらいいんだろう…。「他に質問はないですか?」と先生に声をかけられ、「今回の赤ちゃんのエコー写真が一枚も手元に無いので、コピーでもいいから欲しい。」とお願いすると、カルテの後ろに1枚残っていたエコー写真を下さいました。相談室をあとにし、病室までの間、今回妊娠が判ってからはじめてもらったエコー写真を、そっと胸に当てると、これからの不安も重なって思わずこみ上げるものが…。病室に戻って、パジャマから洋服に着替えて、旦那に手伝ってもらいながら荷物をまとめていると、看護師さんがやってくる。退院後の生活や昨晩から始まった薬(クラビット・アドナ・メテナリン)は4日分飲み切る様になど説明を受け、挨拶をして、病棟をあとにしました。会計に行き、¥86020-(内6万は自費検査分)を支払い、帰宅。部屋に入るなり、ブシュブシュと鼻から空気が漏れるくらい激しくゴロゴロ喉を鳴らし、頭突き交じりの激しいスリスリで迎えてくれた愛猫マロンとたっぷり遊んで、癒されて、一息ついたら、旦那共々どっと疲れが…。寄り添って一緒に眠るマロンで、寝返りが打てない…と思いながらも、久々に幸せな気持ちで眠りに着けました。考えないといけない事もいっぱいあるけれど、今はとにかく手術後の経過が順調に行き、心と体を回復させる事だけ考えよう…。
2009年01月23日
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2度目の妊娠も残念な結果となり、子宮内容除去術を受けた経過を記録として、まとめておきたいと思います。1月21日10w0dで稽留流産を告げられ、手術の説明を受け、同意書や入院のしおりをもらう。胎児の染色体検査をお願いしたところ、E病院ではあまり行っていない検査との事。検査会社に連絡等を取ってもらい、保険が効かず、自費の検査になるので費用は6万円…。正直、簡単に出せる値段ではないけれど、新鮮な細胞が必要で手術の時にしか受けれない検査でもあるし、1回目の流産の時、調べなかった後悔も大きかったので、旦那と相談して、検査を受けることにする。その後、採血や胸のレントゲン・心電図などの術前検査を受けて、¥6050-を支払って帰宅。入院の保証人が2人必要で、そのうち1人は住所が別の人ではいけないとの事で、義父に保証人になってもらうため、旦那1人で実家に帰省してもらい、私は入院のしおりに沿って、荷物をまとめる。22時以降は絶飲食ということだったので、22時前に軽い食事を取って、布団に入るけれど眠れない…。1回目の流産の時は、手術の前日に入院したので、最後の夜を病室でさびしく過ごしたんですが、今回は、旦那と私とお腹の赤ちゃん、そして愛猫マロンと最後の夜を過ごせました。さびしくは無かったけど、やっぱり眠れない夜でした。1月22日我が家に来て最長のお留守番となるマロンの為、たっぷりのえさとお水をあげて、家を出発。外来は9時からだったのですが、主治医が9時から他の方の手術に入ってしまうということで、少し前に婦人科外来にいって、ラミナリアを挿入。1回目の流産の時は進行流産に移行しかけていたからか、入れずに手術をしたので、今回がラミナリア初体験。噂には聞いていた痛みの方ですが、全然というわけにはいかないけれど、予想していたよりは大丈夫でした。診察後、入院する病棟の方が迎えに来てくれるのを待っている間、いすに座っていたのですが、座面にお尻をつけるように座ると、痛みが強かったので、立ってみたけどそれでも違和感があって、辛い…。立ったり座ったりを繰り返し、お尻をずらして腰で座ると、少しマシな事に気づき、最後はその姿勢で落ち着きました。迎えの人と一緒に歩いて病棟に向かったのですが、腰や下腹部が重だるい感じで、そろりそろりとゆっくり歩くのが精一杯。ひと通り病棟内の説明を受け、ベットに着くなり、すでにどっと疲れが…。すぐに着替えて、横になり一眠り。目が覚めた時にはラミナリアは馴染んでいて、重だるさも無くなって、ラミナリアが入っているのを忘れるくらいでした。ちょうど看護師さんがやってきて、案内されるまま旦那と一緒に相談室に移動。今回の経過を説明し、熱や血圧を測り、スケジュールの説明。他の方の手術が順調にいけば、当初の予定通り16時からの手術になりそうとの事でした。病室に戻り点滴を挿入。この時点で、10時頃だったでしょうか…。ここからが長かった…。点滴のお陰か、喉が渇くということは無かったのですが、とにかくお腹がすいた。手術までの時間はしみじみと過ごすのかと思っていたのですが、お腹が空き過ぎて何も考えららないという感じでした。かといって、旦那をつき合わすわけにもいかず、食事を取りにいくよう促して、1人の時間は本を読んでごまかし、帰ってきた旦那に、グチグチ文句を言って気を紛らわせ…。仕事を休んで、グチグチ文句を言い、甘える私に1日付き添ってくれた旦那には感謝です。前回の時も思ったのですが、大事な人が苦しんでいるのに、何も出来ずに見守るしか出来ないというのも、また辛いことだろうに…。500mlの点滴がなくなりかけた頃、予定の時間が来て、看護師さんに点滴を見てもらいながら手術着に着替えました。1回目の時は、手術室で行ったのですが、今回は婦人科病棟に処置室がありそちらで行うとの事。点滴をコロコロ押しながら歩いて、処置室に入り、処置台の上で、手術前の筋肉注射を受ける。10分後位に、主治医の先生と麻酔科の先生が登場。「病理と染色体の検査があるから、容器を2つ用意して。」と、看護師さんに指示。どうやら、病棟の看護婦さんがそのまま介助につく模様…。まだ若い看護師さんだし、仕事とは言え正直見たいものではないだろうし、申し訳ないな~なんて思っていると、麻酔科の先生が頭元から「酸素マスクをつけるので、頭を上げてください。」「注射入れていきますね。」と、色々話しかけてくる。喉が熱い…そう言えば前回もそうだったな~と、思っていると麻酔が効いてきたのか、頭の中がグルグル回るようなめまいと吐き気。前回はスッっと寝れたのに、今回は気持ち悪い~と思っているうちに、眠ってしまいました。気づいた時には、おそらくストレッチャーの上。意識はあるけど目が開かない感じで目の前は真っ暗のままでした。ストレッチャーの細かな振動と浮遊感で再び吐き気がする~と思うのと同時に、子宮が収縮するような激痛。前回は、子宮の中が引っかかれるような鈍い痛みだったので、こういう激しい痛みは初体験。「お腹が痛いです。」と必死に声を出しても、誰からの返事も聞こえてこない。酸素マスクのせいか、口の中がパサパサだったし、麻酔が残っていて、自分の声が思うように出ていないんだと、何度も何度もお腹の痛みを必死で訴えました。すると看護師さんの「部屋に着きましたよ。横のベットに移れますか?」という声が聞こえて、あ、横に人が居てるんだと初めて実感。体を横に転がすとストレッチャーからベットに移ったような、柔らかい感触がして、布団をかけてくれた看護師さんに「お腹が痛いんです。」と必死に訴えました。「座薬入れますね。」という声が聞こえて、これで楽になる…と安心したら、眠ってしまいました。また、激痛で目が覚める。「お腹が痛い…。」とつぶやくと、「今、薬入れてくれてたで。」と、手術後初めて旦那の声が聞こえました。うっすら目を開けてもぼんやりとしか見えないし、とにかく子宮が収縮するたびに激痛がする。ベットの柵をグッと握って、痛みを堪えていると、握りこぶしの中に、旦那が指を滑り込ませてくる。これじゃ思いっきり握られへんやん。と思いながらも、その心遣いに感謝。寝たり起きたりを繰り返し、少し痛みも和らいできた頃、運の悪い事に面会時間。隣の患者さんのところにに入れ替わり立ち代り面会の人が来て、その話し声がすごく耳に障る。麻酔も冷め切らないし、吐き気もするからもう少し眠りたいのに…。結局、話し声が途切れる事は無く、寝るのを諦めた私。グルグルまわる頭を起こし「口の中がパサパサや…。」とつぶやくと、「目が覚めたら水飲んでいいって言ってたで。」と、ポカリを握り締めて旦那が話かけてくる。ちょうど看護師さんもやってきて、ポカリを飲んで一息。「大丈夫そうですね。」と看護師さん。痛みも楽になってきた事を告げ、「点滴が無くなったら抜きますね。」との事。新しい点滴のボトルになっており、まだまだ先になりそうだ…。乾燥しきった喉と唇を潤そうと、ポカリを飲んでも飲んでも落ち着かない。そのうちまた吐き気がしてきて横になっても、隣のベットからの話し声で眠れない。正直、気分は最悪。もう、うんざりって感じでした。夕食の時間もまだ吐き気が残っていたので、少し遅らせてもらって、運ばれてきた食事を見てまたうんざり。丸1日近く食事を取らない状態の上、手術後初めての食事だったので、おかゆぐらいが良かったのですが、思い切り普通の食事。パサパサ感の残る口に、パサパサのご飯が入っていくわけも無く…。メインは豚肉のソテーにクリーム系のこってりソース。一口食べて、吐き気が倍増。結局、汁物とサラダをついばんだ程度しか食べれませんでした。午前中、あんなに待ち焦がれた食事だったのに…。そんなこんなしているうちに、意識もはっきりして、落ち着いたのは19時ごろ。面会時間はまだ1時間ほどありましたが、マロンも心配だったので、旦那をベットの上から見送り、隣の面会人も居なくなって、やっと静かな病室。やっとゆっくり休めそう…。なのに、尿意がおかしくて、眠れない。トイレから帰ってきてもまだ残っている感じがして、30分置きにトイレに行く状態。消灯前、熱を測りに来た看護師さんに聞くと、「手術後にガーゼが入っているのでその違和感ではないか。」との事。「尿が出なくなったら教えてください。」と言われ、ちょうど終わった点滴を抜いてもらって、手術着からパジャマに着替えました。尿意の理由が判ったので安心したのと、点滴も外れた事も重なって、トイレの回数が減って、これで眠れると思ったら、再び空腹に悩まされる…。もう限界!と、消灯後、廊下の明かりの差し込む薄暗い病室で、旦那が買っておいてくれた菓子パンをこっそり食べ、やっと眠る事が出来ました。~続く~
2009年01月22日
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楽天ブログの皆さまには、たくさんの励ましとご声援を頂き、本当にありがとうございました。それまで交流の無かった方々からも、たくさんの暖かいお言葉を頂き、励まされとても心強く、不安だらけだった2度目の妊娠生活を頑張る事ができました。先日の日記にご声援のコメントを寄せてくださったのに、お返事のかけてない方がいて申し訳無いのですが、もう少し心が落ち着くまで時間を下さい。後日、必ずお返事を書きに伺います。診察の前日に少量の茶オリがあり、嫌な予感はしていたのですが、残念ながら奇跡は起こらず、10w0dの診察で、赤ちゃんの心拍は停止。稽留流産の状態と言う事で、出血も始まっているのであまり間を置かないほうがいいということで、手術も済ませてきました。お腹のベビちゃんは16.3mm。8w4d±1wの大きさで成長は止まっていました。前回の双子ちゃんと同様、私の気づかないうちにひっそりと、お空に帰って行ったようです。部分胞状奇胎の可能性と言われていたところは、エコー状、粒々がなくなっていました。hCGも、D病院では8万代、E病院に転院した日は7万代、そして稽留流産を告げられた日には3万代、と数値が下がっており、部分胞状奇胎では無いとの事でした。それならどうして赤ちゃんは育つ事ができなかったの?そんな思いが強く湧いてきて、胞状奇胎の可能性があると言われていた部分の病理検査と一緒に、赤ちゃんの染色体検査をお願いしました。結果は6週間後になるそうです。染色体が正常で、本当だったら産まれてこれるはずの子だったら、私の不育症は確定。柴苓湯以外の治療法が必要なので、色々検査をする必要がありそうです。妊娠当初から流産の可能性を指摘されていて、心の準備も出来ていたからでしょうか…。前回の稽留流産後より冷静な自分がいます。旦那も旦那の両親も、2度流産した私を攻めることも無く優しく接してくれますし、愛猫マロンも癒してくれます。今回お空に帰った赤ちゃんも、お空にいる双子ちゃんに迎えられ、寂しい思いをすることないでしょう。姿かたちは見えなくなってしまったけれど、私はお空にいる3人の赤ちゃんのママであることに変わりは無いのだから、子供たちに心配かけないよう早く元気にならなくちゃとも思うのですが、1人になるとやはり涙も出てきます。大事な赤ちゃんを失ったんだから仕方がないですよね~。しばらく泣いて過ごして、今回の事をじっくり受け止めて行きたいと思います。そして、前向きに考えるようになれたら、また頑張ります。旦那の赤ちゃんが欲しいし、ママになりたい気持ちは変わりませんから!!まだ、頭がごちゃごちゃで支離滅裂な文章ですが、とりあえず、ご報告まで…。
2009年01月22日
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「胞状奇胎の可能性がある」との事で紹介された総合病院のE病院に行ってきましたD病院で紹介状を頂いた時に、診察予約も取って下さっていたので、初診でしたが長時間待つ事も無くスムーズに診察を受けることが出来ました。見ていただいたのは、E病院の婦人科部長の先生。紹介状を読んだ後、診察前に書いた問診表に沿って今までの経過について少し質問。その後、診察台に横になって、お腹や足・首を触って診察。最後に目を診て触診は終了。基礎体温表を見ていただいて、現在9w0dと言う事でした。出血や腹痛は無く、つわりも軽いものである事を、質問されるがままに回答し、いよいよ内診室へ…。両手を胸の前で握り合わせ、唇をかみ締め、祈りながら内診台に乗る事が当たり前になっている自分の行動に気づき、「本当なら赤ちゃんの姿が見える」とワクワクしながら乗る時期なのに…となんだか、情けない思い…。D病院のエコーは画像を拡大して詳細を見ることが出来なかったのですが、E病院はそれが出来るエコーだったので、今の子宮の中の状態を詳しく知ることが出来ました。その結果、D病院で「胎嚢の形が悪い」と言われていた、左上のガタガタしていた部分に、直径6mmの粒がいくつか確認されました。そして少しの空間を挟んで右下に赤ちゃんの姿を確認できました。D病院では小さすぎて、画像上に影が見えてもそれが赤ちゃんなのか胞状奇胎と思われる粒々の影なのか判別できなかったんです。そして、赤ちゃんのサイズも2cm近くあって、9週程度の大きさだそうです。でも残念な事に、拡大しないと心拍が確認できない状態になってきていました。その後、診察室に戻り、先生からの説明。「左上の粒々が胞状奇胎かもしれない部分ですね。赤ちゃんは週数程度まで育っているけれど、拡大しないと心拍が見えない状態でしたね。」と結果について一つ一つ確認。それをふまえた上で「これが胞状奇胎かどうかは今の段階では判断できません。」と言うのが、診断結果でした。仮にこれが胞状奇胎だったとしても、赤ちゃんの姿も見えない、粒々ばかりの全胞状奇胎より、私の様に赤ちゃんが一緒に存在する部分胞状奇胎の場合は、今後、ガンに移行して抗ガン剤の治療が必要になる事は極まれな事だそうです。でも、胞状奇胎がガン化した絨毛ガンは、ガンの中でも一番進行が早いので、経過をこまめに診て行く事が重要と言う事で、血中hCGの採血を行い、1週間後にも再び採血と診察を行って経過をみていく事になりました。お会計¥3590-を済ませ、病院内で携帯電話の使える場所に移動し、仕事中の旦那に電話。ひと通り説明したあと「諦めたほうがいいって?」と旦那。「でも、赤ちゃん頑張ってくれてるし…」と反射的に答えたけれど「心拍が弱いみたいだから、いい状態ではないと思う。」と…、それ以上は旦那も何も聞きませんでした。次は10週目の診察。1年前に双子ちゃんを稽留流産した時も10週目。今度こそは10週目の壁を突破したい。
2009年01月14日
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年始初の診察で「胞状奇胎の可能性がある」と言われ、入院施設のある総合病院に転院するための紹介状をもらいにD病院に行ってきました。気分が落ち込みがちだったからか、ここ数日つわりがひどくなってきていました。今まではつわりがあっても「赤ちゃんが居るんだから…」と頑張れたのですが、胞状奇胎はつわりがきつい事が多いらしく、今なっては「胞状奇胎が進行してるんだろうか…」と不安になるばかり…。8月終わりに通院をはじめ、3周期目に妊娠。胎児心拍の確認も出来たのに、まさかこんな形で卒業する事になるなんて…。紹介状をもらうだけで、診察は無いのかと思っていたのですが「念のためもう1回診ておこう。」と言う事で、内診台に…。胞状奇胎の異常増殖が進むと、胎児が取り込まれ稽留流産となるらしいので、1年前、稽留流産を告げられた時の衝撃が思い出されて、正直エコーを見るのが怖かったです。しかし、赤ちゃんはまだ頑張ってくれていました。前回のエコーは1つの細胞の塊の中に、2つの心拍があって、その間に境界のようなものは無い印象だったのですが、今日はちょっと違う印象。手前と奥に少し重なるような形で、2つの心拍を確認できました。とは言え、小さすぎてよくわからないと言うのが正直な感想なのですが…。「やっぱり2つある感じやね。赤ちゃん、まだ生きてますよ。」とD先生の声。それに前回は聞こえなかった、胎児心音を今回は聞く事ができました。「ドッ。ドッ」という心音を聞きながら、この短い間でも頑張って成長してくれてたんだ。そう思うとすごく心が励まされ、赤ちゃん達にカツを入れられた気分でした。「赤ちゃんが生きてる事は紹介状にも書いてるから経過観察になるかもしれないけど、赤ちゃんが生きているうちは漢方薬も続けて頑張ってね。不安な事があったら、いつでも電話してくれていいからね。」そう送り出してくれたD先生にお礼を告げ、D病院をあとにしました。総合病院のE病院での診察は、次の水曜日。お産はやっていなくて、一般婦人科と不妊治療をやっているそうなので、お腹の大きい妊婦さんを目にして心揺れる事は無くて済みそうです。妊婦さんを見るのが嫌とか妬ましいといった気持ちは無いのですが「どうしたらお腹で赤ちゃんを育てられるのか」質問した衝動にかられて…。でも実際問題、突然見ず知らずの人にそんな事聞くわけにもいかず、そのもやもやした気分が辛いんです。前回稽留流産を告げられた週数と同じ頃の診察だし、逃げ出したい気持ちが大きいのですが、逃げても何も始まらないので、とにかく赤ちゃんを信じて頑張ります。
2009年01月09日
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昨年末に胎児心拍を確認し、「赤ちゃんが欲しい」テーマを卒業させていただきましたが、またまた戻ってきてしまいました。と言うのも、さらに赤ちゃんが産めない可能性が高まってきたんです。「妊娠したのだからテーマ違いかな?」とも思うのですが、今はまさに「赤ちゃんが欲しい」という気持ちで頑張っているので、もう少しこちらのテーマに居させてください。昨年末の胎児心拍の確認と同時に「胎嚢の形が悪いので流産の可能性もある」と言われていました。おまけに、漢方薬で治療はしていますが、抗核抗体と抗リン脂質抗体が陽性の不育症もあります。それだけでも、不安な妊婦生活を送っていたところ、さらに新たな問題が加わりました。月経周期59日目。高温期39日、おそらく7w3dの診察の時の事でした。エコー画像が通常ではなく、どちらが頭ともお尻とも区別のつかない、白くてまん丸の細胞の塊しか見えないのです。その塊も、私の妊娠週数に比べると+1週分程大きすぎるとの事…。おまけに1つの細胞の塊の中、右上と左上の2ヶ所で心拍のような拍動が見られました。拍動が2つって双子ちゃんって事?1年前に流産した2卵性の双子ちゃんが、今度は1卵性の双子ちゃんになって帰ってきてくれたんだろうか?と、一瞬喜びましたが、エコーを診ている先生の重苦しい空気が、カーテン越しにも伝わってきて質問できる雰囲気でもなく…。特に説明も無いまま内診台を降りて、診察室に移動。診察室のドアを開けると、そこには難しい顔をした先生が…。説明もショッキングなものでした。「部分胞状奇胎の可能性があります。」説明を要約すると、胎盤になる部分が異常増殖し、胎児を飲み込んでしまい、ゆくゆくは流産になるとの事。しかも、それだけは終わらず流産の手術後に異常増殖した細胞が残っていると、癌化して肺や脳に転移することもあると言うのです。そうなると命の危険もあるので、入院して抗がん剤の治療が必要と言う事でした。外来のみのD病院では管理できないと言う事で、入院施設のある総合病院を紹介していただく事になりました。胞状奇胎だとhCGの値が異常に高くなると言う事で採血をして、¥5230-を支払って終了。携帯を見ると「診察が終わったらすぐ連絡してね。」と旦那からのメール。何て説明しよう…。しばらく悩んでもいい言葉が見つからず、「今回もまた難しいみたい。詳しくは帰ってから話す。」ということだけ伝えて、帰宅しました。仕事を切り上げて帰ってきた旦那に、「うまく説明できないから…」と、胞状奇胎について詳しく書いているサイトを見てもらいました。先に泣いたのは旦那。それに連られて、私も我慢していた気持ちが一気にあふれ出しました。しばらく2人で泣いて落ち込んでいると、D病院から指定された時間になり、hCGの結果を聞く為電話をかけました。数値は88700。「胞状奇胎と言い切れるほど高い数値でもなく、正常妊娠でも出る値。」だそうです。しかし、念のためやはり今後は総合病院で診てもらったほうがいいとの事。「大丈夫?」と心配そうに電話口の看護師さんが尋ねてくれたのですが、「頭が真っ白でよくわかりません。」としか返事出来ませんでした。「まだはっきり判らないんだから、胎児心拍のある限りは、漢方もちゃんと飲んで、くれぐれも無理をしないようにね。出血が始まったらすぐ連絡してください。」と言う説明を受け、紹介状をもらいに金曜日の診察予約を入れて、電話を切りました。また、流産?おまけに抗がん剤?1週間後の自分がどうなっているのか、見当もつきません。でも、赤ちゃんはまだ心臓を動かしてくれてるんだから、私が一緒に頑張ってあげないととは思うのですが、さすがに心が折れそうです。
2009年01月05日
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