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もんてぃさんのガイドの下、KAZUさんの無料ヒーリングモニターに参加させて頂きました。のんがKAZUさんにメールでお伝えしたままの感想を掲載しました。 4/29 22:00~22:30・・・本日は、DNAレイキ、生まれてくる時のトラウマ、人と場所との関係、前世からのブロック状況性質ヒーリングをいたしまして、そして普通のクンダリーニレイキにてヒーリングさせていただきます。(※KAZUさんの説明より)KAZU様ありがとうございました。感想は、とにかく足の裏(とくに左足)がポカポカして温かかった。のんびりを心がけたのだけど意識してしまってたのか肩があがってました。恋人と焼肉を食べに行って、帰宅して21時にシャワーを浴び、リラックスして22時をむかえ、ベッドに仰向けになってました。時間が来てしばらくして、目を閉じてる暗い中に黄色い(目玉焼きの黄身のような)玉がグルグル回っていてスゥーっと吸い上げられていきました。その時、なんの感情も湧かない状態なのに涙が出ました。偶然時計をみてその時が22:14でした(デジタルなので)。その後、ヒーリングを受けるといつも見える青紫の塊が連続してすいあげられていく(もしくは遠ざかっていく)映像が見えました。頭がグゥーっと枕に沈められるような痛みに襲われ、でもそのまま横になっていました。頭痛は次第に消えていきました。あと、今までのヒーリングではなかった、真っ暗闇にいる自分を感じました。悪いことなのか、いいことなのかはまったくイメージできなかったけれども、瞳を閉じている中の暗闇になんの残像もなく真っ暗。これは驚きと同時に、何かをいったん消去し再生しようということなのか?と考える自分がいました。22:25過ぎに身体を起こし、リビングに移動しました。今日の感想は以上です。リラックスできたと思います。心が晴れてます。過去世を知るということについてよくわかりました。そうですね、望むものでなかった場合、自身を全て否定するような心境になってしまうかもしれないですものね。現世だけでせいいっぱいです(笑)。KAZUさんの判断でお伝えいただけるならウェルカムです。ちなみに、病気はHPにも公表しておりますが重度の子宮内膜症、筋腫、卵巣嚢腫で、病巣のみ摘出しました。医師への深い信頼感から迷いも術後の不信感も一切ないんです。どちらかといえばその後の自身の経過に対しての方が大きいですね。今一番の希望は一日も早い懐妊です。できれば今の恋人との子供です。アドバイスといいますか何か伝えるべきことがありましたらお聞かせください。また宜しくお願いします。 4/30 22:00~22:30・・・ダイヤモンドレイキ送りましたので、これは潜在的で解決されない問題が無くなるまで全てのものを輝かせ、癒す強力なエネルギーです。(※KAZUさんの説明よりKAZU様二日間ありがとうございました。今日は突発的な事情で昨晩のように用意万端では臨めませんでした。ただ、ヒーリングを受けていると言う意識はずっと持っていました。かなり雑念が混じりました。家族との間で生じた問題に心が乱れていました。そのため遅くなってしまった夕食を恋人に用意していました。22:10頃にソファに腰掛けることが出来、気付くと涙が勝手に出てきました。昨日と同じで悲しいわけでも、うれしいわけでもない、無心に近いのにただただ涙が出ました。あとはずっと頭痛と、関係あるかわからないけどお腹が痛くなりました。下腹部で卵巣の辺りだったので切なくなってしまいました。せっかくの機会を頂いたのに申し訳なくて・・・。もっとリラックスしてヒーリングに浸りたかったのに。でも、かなり深刻な事態なのに冷静な自分もいるのはヒーリングによる力でしょうか。また何か気付いたことがありましたらよろしくお願いします。 二日間のクンダリーニレイキヒーリング体験でした。今まで受けたヒーリングも含め、ヒーラーさんによって違いがあることを今回も実感できました。ちなみに、KAZUさんのスタイルだと思うのですが、私の感想を分析はしてくださいますが、「こうこうこうだ」と回答を与えるのではなく気付きを与えてくれるような感じです。KAZUさんからのお言葉は私だけの秘密にします・・・うふふ。このあと、かなり掘り下げた具体的な問題を聞いて頂いたうえ、他のレイキもどうぞと言っていただき明日も受ける機会を頂きました。さっそく、のんのんエナジー充電、パワーアップか!?
2005.04.30
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夏生まれの私には快適な暑いくらいの今日で手術から一ヶ月が経過しました。長かったな。とにかくあらゆる感情との葛藤がすごかった。今までの苦痛からの解放への期待感。手術直後の傷の痛み、身体の痛み、不快感。小さな傷痕。体調不良の波。快復と反比例して湧き上がる社会復帰への焦り。やっとここまで来たという感じかな。まだ生理が来ないことが気になることではあるけど、それは検診の時に先生に尋ねるつもり。うずくまるほどの痛みもなくなった。100%ではないけど、不安は減った。医師が言うように、何日目でこれくらいと言うものは目安でしかない、個人差は大きいんだと。一ヶ月経過してやっとそう思える。大好きなソウルメイトと深い深い話をする機会に恵まれ、自分をじっくりと振り返ることをしている。言葉にしてしまうことで滞っていたものが発散されるような気もある。解決まで行かなくとも、聞いてもらい相手のことを聞く。キャッチボールが解放への一歩になるんだなと思った。もんてぃさんの日記でご紹介されていたKAZUさんの無料ヒーリングモニターに申し込んだ。無料という言葉はもちろん、北海道という土地に私の心のハードルは一気に低くなった。ほどなくしてKAZUさんよりお返事のメールを頂き、ヒーリングをお願いすることになった。恋人の帰宅にあわせ、焼肉屋さんに行った。祝日のためか家族連れで混雑していた。彼にお願いして待つことにした。順番が来てテーブルに。彼のお目当ての牛タンが品切れでガッカリ。でも、しっかり2人でお腹いっぱい食べてきました。21時頃帰宅し、彼の次にシャワーを浴びてリラックス。22時からヒーリングを受けました。今までに感じたことのない感覚もあり、さっそくメールで感想を伝えました。1つは涙が出たこと。もう1つは真っ暗闇の中に自分がいたこと。それらが何を意味するのかはわからないのですが、心が晴れた気がします。恋人に「今日は何の日か知ってる?」と聞き、「わからない」と言ったので『手術から一ヶ月だよ』と言うと、カレンダーを見て「あーそうか」と微笑んだ。その笑顔に、今日がいい日になった。
2005.04.29
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昨夜、ベッドの中で明確なビジョンが見え、やるぞと決意した模様替えにとりかかった。リビングに置いた無印良品のパイン材の棚をベッドルームに移動し、PCとスキャナプリンタを移動し、ベッドルームに置いていた本棚を移動。それぞれ、中に入っていたものを全部出してからの移動なので、家中が嵐になった。元々散らかしていたので早く片付けないと・・・と気にはしていた(何もしていなかったけど)。あらゆる開運アイテムも散らかった部屋の前では全く効果なし。風水だってなんだって清潔で片付いた部屋でこそ効果が出る。部屋の乱れは心の乱れ。ずっと辛抱して、何も言わずにいてくれた恋人のためにもきれいにしないと。全部終わらないうちに16時を回ってしまい、あわててシャワーを浴びて、彼に頼まれていた駐車場の支払をしに近所の不動産屋さんへ。お天気がいいので自転車で出掛けた。そのあしで、駅前の銀行街へ。今日が引き落としの銀行口座にお給料を振り替えに。3つの銀行をハシゴして、ひと段落したところでスタバへ。トールサイズのキャラメルフラペチーノで一休み。まだ片付いてないことを思い出し、のみ終わらないうちに店を出た。近くのパン屋さんに寄り、フランスパンがなかったので店員さんに尋ねたら10分待ってくださいと言ってくれ、3本お願いしてその近くのスーパーへ行った。紳士ものの靴下がバーゲンしてて、恋人と父と祖父にまとめ買いした。¥200とかででもデザインとか悪くなかったのでゲット。野菜を買ってパン屋さんに寄って焼きたてパンを受け取り帰った。恋人が帰宅しないうちにと必死で片付けを進める。疲れてぐったりしてうずくまっていたら、恋人が帰宅。お義兄さんが会社に寄ったらしくドネルキャバブをお土産に持ってきた。フランスパンにあふれるチキンをはさんで一緒に食べた。食後に、片付けしながらふと手にした母の日のギフトのチラシ。「これはイランには送れないよね」と冗談で言う私。少しして、彼の顔を見たら目が潤んでた。それを見た途端、私は泣いてしまった。ママンのことを考えると、屈強な恋人も涙もろくなってしまう。先日、妹と電話で母の日に何を贈るか相談してたときも、もしかしたら彼は心の中で切ない想いをしていたかもしれない。彼は私の母をとても大切にしてくれてる。この先、イランのママに会えたときは彼が私の母にしてくれてる以上に親孝行していきたいと思う。
2005.04.27
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今日もだらだらと過ごし、無理やり寝ていた。本当は銀行に行こうと思っていたのに、雨が降ってしまって戦意喪失。雨のやんだ午後、携帯の支払をしにコンビニに行った。ポストに祖母から手紙が届いていた。入院前に叔母と祖父母がお見舞いをくれた。現金は本当に助かった。退院後、何日もしないで具合が悪くなり救急外来に行った翌日、母がうちに来てくれてその時に電話で話ししたきりになってしまってて、心配してくれていた。群馬のつつじの名所に住む母方の祖母からの手紙。そこには私を気遣うだけでなく、最近パートをはじめた母のこと、職場で骨折した父のことをそれとなく気遣う一文も。私はすぐに返事を書いた。和紙風のレターセットに最近凝ってる筆ペンで、つれづれなるままに。気付けば便箋4枚にもなっていた。そしてすぐに近くのポストに出しに行った。帰りにスーパーで晩ご飯の材料を買った。ハンバーグでもと思ったのに、近くのスーパーには合挽きしか売ってなくて断念。ご飯を炊いて、恋人に要望を聞きエビフライとカットトマトになった。野菜嫌いの彼のために一年中トマトは欠かさない。22時近くにピンポーンとなって、誰?と思ったら宅配便。楽天ブックスでオーダーした本が届いた。今夜はこれを読んでから寝よう。・・・なんて思ってたら、夕食が消化不良で胃がもたれてたまんなくて胃薬飲んだ。
2005.04.26
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TVで朝からずっと流れている列車大事故。たくさんの死傷者の方が出、そして今まだ、事故の全容も解明されておらず、いまだ列車内に閉じ込められている方もいらっしゃるようで胸が痛いです。数年前の日比谷線脱線事故のことを思い出さずに入られなかった。私はその当時、巣鴨に住んでいて六本木が勤務地だったのでJR山手線で恵比寿まで行き、日比谷線に乗り換えて六本木に行っていた。事故現場は実際には私は通らないのだけど、すぐ近くで想像を超えた大惨事が起きていたのとかなり情報が交錯していたことを記憶している。サリン事件などの影響で、ニュースを聴けない場所にいた通勤途中の人たちには『爆弾テロがあった』といううわさが有力だった。半蔵門線で乃木坂駅に迂回し、そこから店まで歩いて行き、途中の電気店のTVで事故について初めて知った。会社の同僚が、そこを通勤に利用していたので安否を確認できるまで心配だった。今回の事故では「阪神淡路大震災」の経験がかなり活かされて危機対策が乗客や地元住民の方にもあってより怪我の重い方の救助に協力されてたと聞きすごいなと思った。何も出来ず、ニュースを観ることしか出来ないが被害者の方の生存、怪我の快復を強く祈りたい。
2005.04.25
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今日、大事な友達の結婚式に出席するために横浜に行ってきた。電車に乗り遅れ、集合時間に遅れてしまった。教会までのマイクロバスの出発に遅れ、途中で発見し(発見され)ピックアップしてもらった・・・みなさんすみません。教会は山手ヘレン教会で、私の通っていた女子高のすぐ近くだった。なつかしい・・・。花嫁姿の友達はとてもきれいだった。青森県の出身で色白。目鼻立ちがはっきりした美人さん、なのにおもしろキャラ。典型的なA型で、仕事もマメで本当に信頼できる友達だった。以前の職場の私が先輩の立場で、実際の年齢は1歳彼女が上で、でも本当に出会ってすぐから意気投合し仲良くしてもらった。私は彼女が大好きだ。演劇関係の道を行く恋人との先の見えない関係を解消し、しばらくたつとうれしそうなラブラブメールが。大人の年齢の2人は知り合ってすぐに結婚を決意したようで、トントン拍子で進んだそうです。これもきっとご縁なんだろうな~って思いました。青森と愛媛の人が東京で出逢って結婚する。お互いの人生が少し違っても出逢うことはなかったのだろうから。(って、のんと恋人なんて、横浜とイランだけどね。)旦那様とは今日が初対面だったのだけど、本当にいい人って言うのはこういう人を言うのだろうな~っておもえる誠実で純朴な方だった。妻となった友達を本当に大事に思ってくれているようでうれしかった。彼のご家族もみな素敵な方ばかりで、よかったね、と思った。披露宴はお食事会といった雰囲気で、お食事もおいしかった。3/3に入籍を済ませている友達夫婦、本当は3月中に挙式予定だったのだけど、婚約直後に子作り宣言し計画通りにご懐妊となったのはいいものの退職引継ぎ、引越しなどかなりハードスケジュールだったせいか『切迫流産』で緊急事態に。医師より絶対安静と言われてしまって延期になったのでした。もうちょっとで私の手術の時期と重なるところで、出席できなかったかもしれなかった。お腹のベイビーちゃんは母親譲りの粘り強さでなんとか。花嫁のお腹はハッピーバルーンでした。おかげで私も出席できて本当にうれしかった。久々に再開した以前の同僚の中の既婚者のUさんも計画出産で、しっかり的中させ只今3ヶ月とのこと。つわりと闘いながら出席してました。2人の妊婦ちゃんのお腹をしっかり触ってきました。久々の遠出と結婚式でお腹は張って(私は妊婦じゃないんだけど)シクシク痛み、筋力の落ちた脚に久々のヒール靴で脚はパンパン。帰りの電車ではぐったりでした。座れたのが幸いだった。帰宅して、シャワーをあび、ふとおへそを見ると釣り糸のような透明な糸がひょっこり見える。今まではなかった(と思う)。縫った糸???他の3ヶ所は糸は使っていない。どうしたものだ・・・このままでいいのかな?彼にも見てもらったら「溶ける糸じゃないの?病院にきいてごらん」と言われた。とりあえず、激痛もないし、ぱっくり開いて中からなんか出てきて・・・もいないので外来の時間に電話してみよう。時を同じくして私の友達がいたるところで母になろうとしている。私にとってもそれはこころからうれしいことだ。何かに「母親になりたい」のと「子供が欲しい」のは違うと書かれていて、私の心にここ何日かグサリと刺さっていた。私の答えは・・・よくわからない。ただ、恋人と家庭を作りたいと思ったこと。私が生まれた証を残したいと思ったこと。子供を授かることで、自分が成長できたらいいなと、私の母が「こどもってたのしいわよ」と言っていた清清しい顔を自分もしたいと思ったこと。私のもとにもベイビが来る日は遠くない・・・予感と希望があふれた。
2005.04.23
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恋人が腰痛でうなっていた。それでも無理を押して出て行った。会社から何回も(出勤)催促の電話がきて、頭にきた。でも、彼が行くといったので「無理はしない約束」で出した。連日の不快感と痛みについて、明日、友達の結婚式に出席するので、その前にと病院に電話をしてみた。実は、先日電話した時に事務の中年(声で判断)の女性に「来て頂かないとわかりませんから。」と切られてしまって電話することに抵抗感が生まれてしまっていた。超有名大学病院の婦人科だから、忙しいのは知ってる。でも、いつも看護師さんは皆スマイルだし、先生も親切丁寧。だから甘えていたのかな?と遠慮してしまった。でも、パリサRS姉さんの助言に後押しされ電話してみた。前とは違う方が出て、状況を説明した。カルテを探すので10分後にかけなおしていただけますか?と言われた。15分くらいしてかけてみた。待たされたと思ったら、病棟主治医だったS先生だった。先生の方は多分、顔は覚えていないと思うけど、状態と私のカルテをみて丁寧に説明してくれた。もちろん、診ていないので、わかる範囲の回答である。先日の激痛も継続してたら救急車で行くつもりだったと話すと、それでいいよと。先生とのやり取りで、とりあえず経過を見ていて大丈夫だろうと。『術後まだ日が浅いから多少の痛みや違和感、不快感はあります』先生に言われてしまった・・・。「まだ・・ですか?もうだいぶ経ってるのに気持ち的な問題かなとも思いました。」と告げると、小さく「ははは」と笑われてしまった。一ヶ月経過して違和感が全く無くなる人が約半分だそうだ。「外のキズがあまりにきれいなので、普通に動くと痛みがあって」と言ったら、中はまだまだですと言われた。「痛みの感じ方には個人差があるので、自分で辛いと思ったら来てください。」と言ってくださった。電話してよかった。私が顔のわかる先生だったことも安心して話が出来た理由のひとつでもあるかな?痛いのは自分なのに、一番自分が甘く見ていたのかな。大袈裟なくらいがまだいいのかもしれない。無理して動いて、青ざめて寝込むより、出来ることをゆっくりやっていく方が、周りにも迷惑も心配もかけないしね。明日も晴れるといいなそうそう、今日は両親の結婚記念日。世は『いい夫婦の日』、私たち5人きょうだいがすごくすごーく仲良しでいることが両親の『いい夫婦』の証明かな?お金はないけど、愛はある家族だから。娘三人からささやかながらかわいいお花を贈りました。
2005.04.22
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気がつけば3週間、やっとというかまだというのか。今日は右側のお腹が不調だった。右下腹部(盲腸で痛くなる部分)がつれて、ヒリヒリして横隔膜が引き攣れてる。そういえば、母にも「これで外側のキズもグジュグジュだったら大変でしょ?外側だけでもきれいになってるなら、感謝しなきゃね。でもまだ内側はキズだらけだよ。慎重に」と言われたところだった。夕方、公共料金を払いにコンビニに行って、スーパーで鶏胸肉とジュース、私用にサトイモとごぼうの煮しめのお惣菜を買った。ちょこちょこ動くことはできてるけど、お腹がまるで薄紙で出来てるようでふとしたことでお腹がビリッと破れてしまいそうな感じがする。帰宅した恋人のために夕食を仕度しようと身体の向きを変えようとしたら、右側のお腹に激痛が走った。内臓がビリッと行ったかと思った。継続はしなかったので、少ししたら動いたけど、怖い。この場合は医師に相談した方がいいのか、これぐらいなら気にしないでいいのか?ジャッジに困っている。次の診察までまだ10日くらいある。気になったことはメモしてはいるけど、実際のところどうすべきなのか?まったくわからない。『ファントム・ペイン』というやつだろうか?本当は痛くないのに、そんな気がしてるだけなのかな?自分がよくわからない。イライラするし、無気力だし。もしこれがPMSだったら、ホッとできるんだけどな~。
2005.04.21
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寒い・・・昨日も調子悪かったけど、天気が悪いと気分も沈むしお腹が攣れる。しかも、お昼頃強烈なお腹の痛みに襲われた・・・トイレに駆け込む。下痢になってしまった。キュルキュル~とお腹がしぼられる痛み。癒着をはがした、キズがある腸に穴でも空かないか?と心配になるほど痛かった。トイレで悶絶してしまった。冷えてますます辛いので毛布に包まって再びトイレにこもった。ガスストーブにへばりついてとにかく温めた。冷や汗、脂汗の地獄だった。母からメールが来て、ことを伝えたらJ病院に行けと言われ、でもこんなくらいで行っても・・・と躊躇。結局、温め作戦で過ごした。うどんを食べた。恋人のお給料を引き出しに出かける。本当はその銀行に行きたかったのだけど、まだ天気も怪しいし、バスには乗りたくないし、自転車で行ったのばれたらまた叱られちゃう。仕方なしに、いつも行ってる自転車で5分の郵便局に歩いて行った。郵便局のATM手数料¥105かかったけど便利だと思った。低金利の時代、105円だって恋人の働いたお金、無駄にしたくない。元気だったらちゃんと銀行まで行ったのに、ごめんね。スーパーで買い物をして、本屋さんで雑誌などを買った。読みたい記事があったのと、雑誌以外にヨーガの本を買った。読みやすそうで、ピンと来るものがあったので¥1000だけど購入。私は子供の頃とても身体が柔らかくて、『立位体前屈』だけは学年で3本の指に入る記録だった。誰に習うでもなく、小さな頃からストレッチのようなことをほぼ毎日していた。今思えば、丸顔なのに身体はやせていたのはこのおかげかもしれない。TVの健康情報番組でも身体が柔らかいと太りにくいと言っていた。基礎代謝が高いそうだ。それは納得できる。クラシックバレエにあこがれもあった。中学の頃からの親友がモダンバレエの経験者でよく中学のろうかでバーレッスンの真似事をやっていた。ヨーガはストレッチというより、呼吸を大事にするのだろうから(まだよく知らないので)、赤ちゃんの頃から呼吸が下手な私にはいいと思う。健康促進のために子供の頃スイミングも習っていた。大好きだった。とくに潜水。実は私なんどか心臓の検査で引っかかっている。どうも心臓が大き目らしい。そして、手術前検査の心電図でわかったことだけど心臓の右側に負担がかかってるらしい。いずれも治療を勧められてはいないので大丈夫だとは思う。呼吸が下手で心臓に負担をかけてきてるのかな?ヨーガは女性らしさを取り戻すのにもいいとおもう。宇宙の、大自然のエネルギーに自分を合わせて乗せていく。楽しみだ。きれいな写真の本なので早速読もうと思う。下痢は治まったけど、おかげでぐったりだよ。お腹は痛いし、おへそのキズもまたヒリヒリしてきた。まいった~。
2005.04.20
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★お寿司 ¥ 1400 ★キャラメルマキアート トール ¥ 440 ★無印良品(洋服、靴下、ペン) ¥19125 ★ハイヒール ¥14700 ★下着 ¥25240 ★洋服、かばん ¥15330 ★マスカラ(お徳用) ¥ 2100 たまにこんな買い方をする。ほんの数時間の買い物なのにお腹がつれて痛くてぐったりだった。夕食用のフランスパンが焼き立てであったかかった。ラッキー。簡単な夕食で済ませた。飲み物がなかったので恋人にもミネラルウォーターで我慢してもらった。お腹が今日も痛い。少し生理痛のような痛みでもあって、もしかしたら戻ってくるのかな?と考えたり。注射で止めてたので次はいつ来るのかまったく計算できない。私は月経過多だったし、月経困難症だったけど不順ではなくほぼ26日(25~28日周期)で来ていた。わからないというのはこわい。
2005.04.19
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手術後はじめて、バスタブにお湯をはって入浴した。多分、入っても良かったんだと思ってはいたけど、入浴って結構体力を使うから気が向かなかった。のんは大の風呂好き。お風呂に入れないことはすごくストレス。お腹の外のキズは本当にきれいでもっとわからなくなっていくのだろうな~とは思う。おへそとおしも(看護師さんが言っていた)から雑菌が入らないようにだけは気をつけたいと、バスタブは入念に洗った。オレンジオイルの入ったお風呂用洗剤はいい香りでよかった。ラベンダーの入浴剤を入れて、ゆっくりつかる。水圧でお腹に少しクッと来たけど、やっぱりそれ以上に身体がほぐれた。冷えていたのがわかる、首までつかったら体中がピリピリとかゆかった。ラベンダーの香りもよかった。出た後はリラックスしていた。湯冷めしないように、早く着替えた。夕方、気分が悪くなり吸い寄せられるように布団に入った。グルグル目が回ってしまい、寒くてガタガタしてしまった。お腹の中も内臓の位置が定まらないみたいに気持ちが悪くて、仰向けにしてもお腹がつれて、右向きに身体を寝返って布団で支えた。スーッと意識がなくなった。しばらくしたら、恋人が帰宅したようで「どうした?具合悪い?」と聞いて来た。麻酔から醒めたような感覚だった。すごく悲しくなって彼にしなだれて泣いてしまった。「ずっとこんなだったらどうしよう・・・」痛み云々ではなく、半病人のような寝たり起きたりの自分が悲しかった。「お腹の外は大丈夫でもお腹の中のキズはまだ治っていないんだから、でももうすぐなおる、だんだんよくなるから大丈夫。同じ格好していたらダメ、冷やしたらダメ。パソコンもずっとやってたらダメ。」諭す様に、優しくだきしめてくれた。軽くめまいが残っていたので、横になっていた。しばらくして、夕食の仕度をした。残り物ばかりでごめんね。唯一、大好きなパリサRSさんからメールで退院の知らせが来たことが今日のいいニュース。よかった。
2005.04.18
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ゆっくりな朝を迎えた。TVを見ながら、昨日買ってきてた『塩豆大福』やおせんべいを『おめざ』に寝食いしたり。お昼過ぎに、出かける仕度をし、サラダが山ほど食べたいねとシズラーに行く。14:00頃の三鷹のシズラーはもう空いていて、待たずに入れた。希望通りに三人でテーブルに乗らないほどサラダや料理を運んで食べた。スローフードと言うのか?のんびりよくしゃべりながら食べた。最後にお茶するまでしっかり2時間は食べ続けていたかも・・・笑。その後のスケジュールも考えて出発し、吉祥寺へ。お目当てのものがある妹について、GAPへ。お腹がシクシクしたりしてあまり長い時間人ごみにはまだいられないのだけど、妹2人がいることで気は楽だった。1時間ほどショッピングして、妹のCちゃんを送りバイバイして、私のうちへ。眠いと妹のMちゃんは寝てしまった。私のうちについてしまったのでタッチ交代でバイバイした。マンションへ帰ると恋人が珍しく晩酌していた。ほぼ、丸二日放っておかれた彼はすねていた。そしてちょっと酔っていた。2,3私が質問をした。半分ロシア人の彼は白い肌で赤くはなるがお酒には弱くない。回答はきちんと帰ってきた。一日のうち、なんどかズキンと痛くなることがある。その瞬間は飛び上がるくらい痛い。でも、継続的ではない。消化が進んで腸が動くと、お腹がしぼられるように痛い・・・。これくらいで病院に行くのは大袈裟かな?手術の後には別の爆弾がぶら下がっているようで、めんどうだ。病は気から・・・この痛みも気の持ちようなのか?
2005.04.17
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お仕事について、派遣先の担当者のかたにお詫びの電話を入れた。「また5月にありますからよろしくお願いしますね」と言ってくださった。申し訳ないやら、ありがたいやら・・・。もっと早期に社会復帰されて頑張っている方はたくさんいるのに・・・そう思って落ち込んだ。激痛ではないけど痛みがあったり、だるかったり。無理は禁物という言葉はいつ頃まで通用するのだろう。「いつまで病人ぶってるのよ、あんた」だれかがそう言ってるような気がする。妹が用事とその後大学時代の友達と会うため車で来た。その間、うちで車を預かってあげるために待ち合わせしていた。と言っても私は自宅で待ってるのだけど。新宿で友達と待ち合わせていて渋滞で遅れてしまったので、巣鴨まで私が送ることになった。妹を送った帰り、巣鴨名物の『塩豆大福』とおせんべいを買って来た。運転してるとどうもお腹が痛くなる。同じ姿勢でいるのが良くないらしく、ずっと座っていたりはまだ負担が強い。座っているのものけぞって偉そうにして、お腹に負担がない格好がラク。運転自体は好きなので、かえってストレス発散になるんだけどね。昨日いい匂いにつられて作ったビーフカレーを今日も食べた。夜に友達と別れた妹を池袋駅でひろい、同じく友達と新宿で会っていた(後で知った)下の妹Cちゃんを中野駅でひろい、一緒にCちゃんのうちへ。三人でゆっくりした。のんはお腹が少し痛くて、仰向けでしか寝られず、そして脚をまっすぐにしているとお腹がつれるので眠りが浅かった。このところずっとそうなのだ。それでも大好きな妹たちとお泊り会なのでリラックスしていた。私が鬱々としていることには気付いてくれている。「今焦って無理してもしょうがない!!」と強く言ってくれる二人。ありがとう。
2005.04.16
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昨夜から続く頭痛と、疲労感(大して働いてはいないが)のため、お仕事をお休みしてしまった。派遣先に電話し、お詫びした。明日はいけるようにゆっくり休もう。お昼ごろまで、ゴロゴロしていたけど起きた。ずっと封印していたものを、久々に利用したらコントロール不能に。私もレイキを習おうかしら、エネルギーの回復と調整を覚えたい。オークションで落札されたものを発送するため郵便局に行った。帰りにスーパーで食料を買った。なんかすごくやきそばが食べたくて、行ったら安売りしてた。ラッキー。友達に手紙を出そうとレターセットや絵葉書を整理した。絵手紙という筆でかくやつも習ってみたいな。私の祖母、母、妹のMちゃんはみな書道の師範である。が、私はセンスなし。絵は2歳で習い始め好きだったけど。味のある字や絵を描きたいな。私はデジタル社会の今でもメールよりお手紙が本当はすきなんだ。メールも便利でいいけどね。腰が痛くて、のけぞって軽くストレッチをしたらお腹に軽い痛みが走った。一瞬忘れてた、お腹の中のキズ・・・あはは。予定通りなら、今夜、楽天ブックスで注文した本が届く。横森 理香さんの新刊。私は気に入った本は古本を買わない。節約のためにブック○フなんかもよく利用するけど、本来前の持ち主の波動が残ってしまう古着、古本は苦手。骨董も。唯一、アンティークマイセンなんかはかつて仕事で少しだけかかわったけどいいなあと思った。アンティークまでいくと前の持ち主の波動自体も古くなってることが多いので大丈夫だったりする。でも使えない。古着は今でも苦手だ。長女なのであこがれたけど「おふる・おさがり」の経験がない私は洋服は高価でなくてもかまわないけど新しいものがいい。リビングの窓を全開にしてたら、さっきは野菜を煮込む匂いがしてたのに、日記をつけてる間にカレーの匂いに変わった。いい匂い。カレー大好き。またカレー作っちゃおうかな、私しか食べないけど。
2005.04.15
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前日とは一転、暖かな春の日が戻ってきました。こんな日は屋内でお仕事してるのはもったいないのだけど、今日もお仕事してきました。今日は17:30まで。筋力の落ちきった私の足は張ってました・・・とほほ。もう今夜の食事も昨日のサラドゥオリビエで済ますと決めてるので何も仕度せず。私の治療、入院、手術のために退院後の彼はずっと禁欲生活。欲求不満の塊になっている。私自身も、医師にきちんと相談していなかったので『いつからメイクラブOK』なのかよくわからないでいた。ただ、3/8に打った最後のリュープリンの影響で私自身の性欲が減退していた部分は徐々に回復しているのだろうなとは思っている。お腹に圧迫することや、腹筋をつよく使うことはまだと言われたので2,3週間は無理だろうと判断してた。でも実はそういうことより、メンタル的に「恐怖心」が芽生えてしまっていることもある。私の病気の自覚症状の一つに「性交痛」がある。私はそれがあった。意識が飛びそうになるくらい、身体にズキーンと走る。もしそれが、手術でキズのある子宮にさらに想像を超える痛みがあったら・・・。痛みに弱い私は怖いのだ。私のためにも可能になれば、一日も早く妊娠することは残された病巣にも効果的で主治医もそれを期待してくれてる。そんな大きな希望をこめた期待と裏腹に、恐怖心も育ってしまってる。私をずっと支えてくれてるもんてぃさんが私にヒーリングしてくれた時に受けた深い胸の痛みはこれもあるのかな。でも、これは時が来れば解決できると私は信じているので、あまり深刻にならないようにしている。我慢し続けてくれてる(笑)彼のためにも。私が一番ネガティブにならざるをえない材料は二つある。でも、まだ解放できないし自分だけの問題でもないこともあるのでもう少し秘密にします。うう・・・頭が痛い。
2005.04.14
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今日から5日間、以前にやった子供服人気ブランドのセール会場でのお仕事をまたやることに。『夢手帳』に書いたことが叶った。手術の前後に単発、短期で条件の合う仕事が来ますようにと願っていたら見事に、入院前日に終了予定の10日間ほどの仕事が来たし、手術後も、仕事の方からやってきてくれた感じで2つの案件が。術後は体力的にも精神的にも不安もあったし、また以前やった仕事が来ないかな~って思っていた。だから、退院1週間後くらいに案内メールが来た時は迷わず決められた。派遣会社には入院のことも手術のことも伝えてあったので「大丈夫ですか?」って言われたけど「慣らしとしては程よいと思うのでお願いします」とエントリーしたのだった。術後2週間が一応の目安だからタイミング的にもピッタリ。お腹の違和感は多少はあるけど大丈夫。15:30には終業。帰りは、青山のパン屋さんで超ロングパリジャンを買った。そして気になっていた、『NATURAL HOUSE』に寄ってみた。NOポークのハムがあるかな?と思ったけど大豆ハムならあった。あとはノンケミカルの日焼け止めも気になった。お店の奥に、オーラソーマのボトルが並んでいたり、ヒーリング関連の書籍やグッズ、ヨーガのグッズもあった。かわいいヨガマットにヨガを習いたくなった。本当はピラティスに興味があるんだけどね。一番気になったのは、オーガニックコットンの『布ナプキン』とベビー服。無漂白のベージュカラーで、でもとってもかわいかった。子供の頃から好きだった玄米パンのあんなしを買った。となりのスタバでアイスのキャラメルマキアートを頼みおやつに。『イチロー・スターバックスカード』(¥1000)が売っていた。カードを1枚(¥1,000)買うと¥200がメイク・ア・ウィッシュ オブ ジャパンやその他、 子供たちを応援しているボランティア団体の活動のために寄付されます。とのことで、私も一枚ゲット。ささやかだけど、自己満足のために。帰宅後、今日は忙しくなかったので片付けとかでせっせと動いたと話したら彼に「あんまり無理しちゃダメだよ」と言われた。私のSWEET CHOCOLATEはとってもSWEETでした。ありがとうね。彼が『サラドゥオリビエ』を作ってくれることに。私は下準備として新ジャガを洗って茹で、鶏ささみを茹で、切れてたマヨネーズを買いに行った。茹だった鶏を割くのも、ジャガイモの皮を剥くのも彼がやってくれた。しっかりつぶして練るのも彼がやってくれました。食べる直前にゆで卵を忘れたことに気付いたけど、OKOK。おいしかった~。今日の2人はとっても仲良しで、心の底からうれしかった。また愛が深まっちゃったな~。アドバイスをくれたソウルメイトさま ありがとう。
2005.04.13
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今日は東京もずいぶんと寒い。そして、雨。お昼に、気になるおへそのキズを病院に電話してきいてみた。術後2週間を過ぎた頃からなくなってくると言われ、もう少しかな・・・と。わからないで気にしてるのと、医師に尋ねて理由がわかるのとでは同じ痛みも全然違う。聞いて良かった。主治医ではなく、名前を聞いてもピンと来ない先生だったけど。そっけない感じはあったけど、気になるようでしたら来てください、でした。もう少し様子みることにした。鎮痛剤で治まるしね。15時頃に楽天でお買い物した、ロールケーキが青森県からはるばる届いた。今、解凍中。そして、○フオクで落札してもらった商品を配達に来てくれたクロネコさんに集荷してもらった。雨の中ご苦労様です。はじめてクロネコメール便を利用してみた。¥80で普通郵便よりちょっと多く入れられるので、私のように小額商品の取引にはいいかも。メール便は職場では会員会報誌の発送などでものすごい量を取り扱っていたので慣れていたけど、個人的には初めて。これからも活用させてもらおうかな。彼の帰宅とバトンタッチでお仕事へ。といっても今日は搬出のお手伝いなので、ほんの数時間の拘束。時間ピッタリに到着。結構大変で、汗かいた。時間も気付けば22:30だった。雨はやんでいたけど、寒かった。この雨でずいぶんと桜は散ってしまったのかな。でも、それもまた季節感があっていいのかもね。寒の戻りで、狂ったように咲き乱れてた桜の遅咲きちゃんたちが少し一休みしてくれてもうしばらく桜を楽しめるようになってくれたかもしれないね。まだ、桜餅も桜道明寺も食べてないな、今年は。私はもち米がプチプチの道明寺がすき。葉っぱも食べます。
2005.04.12
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術後13日、退院後11日目にして、初のお仕事。昨夜はやけに神経が高ぶってしまって眠れなくなってしまった。いきなり本を2冊も読んでみたり、寝ている恋人にちょっかい出してたり(無意識)。寝返りをうつとおへそが引き攣れて痛いので、しかたなく仰向けのまま。結局寝られたのだけど(多分)、変な夢見だった。そうこうしてるうちに地震が起きて、もう心臓バクバク。寝起きで低い血圧と、ドキドキする心臓に、目が回り、とりあえずもう一回寝た。余震への恐怖感でそうは眠れなかった。リラックスして、のんびり仕度をしていた。お昼ごはんに梅茶漬けを食べた。すると、恋人が帰ってきた。会社が暇だったらしく帰ってきたそう。そんなんでダイジョウブなの?と思いつつ、もう出る時間だったので私は出かけた。今日の職場は新宿。電車に揺られたのと、寒いのと、緊張で、お腹の内部が痛くなってしまった。あわてて、ロキソニンをキオスクで買ったドリンクで流し込む。担当営業に連れられ、現場へ。イタリア直輸入のアクセサリーの販売でした。もともとジュエリーもアクセサリーも大好きな私は、楽しいなと思えました。派遣先の責任者の女性も身体の事情を念の為話したら理解してくださりました。逆に、婦人科相談をされました(笑)。ずっと立ちっぱなしの仕事ではあったけど、昔取った杵柄?大丈夫でした。気に入った商品もあったし、売上も取れたので楽しかった。帰りは21時になってしまったのだけど、約束どおり、恋人が迎えに来てくれました。やっぱり疲れてはいたので、助かりました。ヘトヘトだったので、なじみのドミノピザへネットオーダー(5%OFFになるので)。トッピングはいらない(食べられない)ので、トマトだけのプレーンピザを頼みました。恋人がピザ好きでよかった。急遽頼まれて、明日も夕方からちょこっとお仕事をお手伝いしに行くのですが、日中がOFFでちょうどよかった。社員で働いている人は大変だよね、有給やボーナスがあるとはいえ退院後の職場復帰はグズグズしていられないだろうし。何人もの方の婦人科疾患の闘病記を楽天だけでもたくさん拝見したけど、本当に頑張って頑張って頑張り倒してる方がたくさんいる。私なんかより、もっともっと重症で読んでて吐きそうになったり(痛みを理解できるから)しながらも過去の日記をずーっと読ませていただいたり。家計のためにも、無理をおして、不安をかくしてお仕事を再開される方もいる。本当に頭が下がるな~。でも卵巣のう腫が20センチもあったり、子宮筋腫が20センチもあったりなんて想像を絶するよ・・・。私はどちらも小さめだったけどね、内膜症がひどかったからやっぱり激痛との闘いだったし、月経過多にも苦しんだ。(不思議と貧血は大丈夫で、献血400CCもOKでした。)昔、勤めていた某通販化粧品売上ナンバーワンのあの会社のサプリに『プルーンエキス』の錠剤があって、それをずっと愛用してる。お勧めです。以前は、レーズン以外ドライフルーツが食べられなかったんだけど、数年前のある日急にプルーンが食べられるようになり、オーガニックの種無しプルーンとか、今では大好きでよく食べます。身体が欲してるのかな?貧血はないけど、必要なミネラル分とか、便秘でもないけど予防としても効果的だし。術後、腸との癒着もはがしたからなのか、お通じの前(便が動いてるのか?)に必ずお腹がギューっと痛くなります。下痢で絞られるみたいな痛み。下痢枝ではないので痛みだけ。だから絶対便秘にならないよう意識してる。医師にたくさん水分を取るように言われててお茶もよく飲んでる。元々、ウーロン茶が大好きで、日本であまりポピュラーになる前からの愛用。25年位かな?一番すきなのは伊藤園で、次がサントリー。あとはアクアクララの水を飲んでる。リプトンのレモンティと大好きなスターバックスのキャラメルマキアート。そういえば、私の入院、通院してたJ医院はエントランスにスタバが出来て、入院中も利用した。うれしかった~。ちなみに、私のパーソナルカップはマグカップタイプのもち手がついたもの。六本木で働いていた頃に買ったもので、今ではこの形作ってないらしい。ちょっとした自慢。
2005.04.11
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今朝は本当は家族と午前中から集まる予定でした。昨夜から続くおへその傷の痛み、寝返りをうつとお腹の中が痛む。今朝も痛くてロキソニンとセルベックスを飲んで、母にメールしまた眠った。電車で待ち合わせ場所まで行く気力がなかった・・・。薬の効果もあってよく眠った。お昼過ぎに東京に車で向かってる、母、妹2人、上の弟の4人がうちに来てくれるとのこと。少し元気も出たので気晴らしに出かけることに。といっても、武蔵野市に住む妹を送っていくだけなんだけどね。合流して車に乗り込むと、おしゃべり。もっぱら私の体調が話題の中心。主治医で執刀医だった先生から受けた説明について、私はやっぱりきちんと聞いてなくてもう一度妹に聞きなおしたり。途中、ユニクロに寄った。久しぶりだ。弟と妹たちが目的のものがあったらしく、私もヨロヨロとお店に入っていった。私もパイル地のルームウェアのワンピースと半端品で安くなってた靴下(¥190)と長袖のシャツを買った。全部で¥2500ほどだったからいい買い物だと思う。予定より遅くなってしまい、夕食をサイゼリヤで食べた。妹をアパートに送り、うちに向かった。気付けば22時。ずっと運転してくれた妹Mちゃんお疲れ様。たくさん会話できると、不安も吐き出してるのか楽になるね。楽しいひと時を送れました、みんなありがとう。そして、私の日記と先がポキッと折れてしまってるアンテナをキャッチしてメールをくれた愛するソウルメイトさん。明日への活力のために、ダイアモンドレイキというものを送ってくれました。ありがとうございます。実は、帰宅途中で集中もできず、鎮痛剤をずっと飲んでいたので、感覚が鈍くまったくわからなかったのですが、今日記を書いてる時点で不安がほとんどない(なんとかなるさと思えてる)ということは大成功ですね。午後から、術後初のお勤めです。何があるかはまったくわからないのだけど、連絡をくれた派遣会社の担当営業もなんだか明るいしとにかくなんとかやりすごそうとおもえました。ロキソニンを3回のんだのは珍しい。我慢できないほどの激痛ではないのだけど、ずっと気になる痛みを持ち続けるというのも激痛とはまた違う不快感がある。まあ、やっと術後12日、退院10日目だからね。おへそのキズが気になるけど、あとは順調なんだと言い聞かせて・・・。
2005.04.10
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マタニティブルーやマリッジブルーのように、手術の前後に訪れるウツ症状を私はオペブルーなんて名づけてみた。医療の現場では正式な言い方があるのかもしれない。私は確実にオペブルーに陥った。時を同じくして緊急入院し緊急オペをしたパリサRSさんとメールで会話し、私の悩みに対し、「要らないものとはいえ、身体にあったものを取るということはそれなりに身体に負担を与えるし、バランスを失うよね。」そう話してくれた。実は、私の母からも同じことを言われていた。そうか、さほど大きくなかったとはいえ2個のチョコレート嚢腫と2個の筋腫を取り、癒着を可能な限り剥がしたんだから、貧血はなくてもメニュエール病と思うほどのめまいが続いたり、喪失感にさいなまれても仕方ないか。どれ1つとっても残しておいた方がいいものはないし、子宮も卵巣もちゃんと残っている。傷跡もじきにきれいになると思う。それは全然気にならない。快復の度合いが外見とイコールでないこと、日常生活を復活させていくペースがわからないことなど不安は結構ある。大それた手術をしたわけでもないのに大袈裟ね・・・と思う方もいるかもしれない。自分が何と戦っているのか、何を気にしているのか?恋人に八つ当たりをし続けている。何かにつけ「別れる」「もう好きじゃない」という私。仕事から恋人が帰ってくる頃になると、具合が悪くなっていた。彼には相変わらず平気で傷つけるようなことを吐く、私。ふとしたとき、彼の手が私のお腹のキズに叩くように当たってしまった。偶然なのだけど、涙が出る私に、本気で「ごめん、そんなつもりはなかった」と青ざめる彼。本当は涙が流れるほど痛くはなかった。少しだけ、ね。それより、いつも心配し、手術のずっと前から私の身体のことばかり気遣っていてくれる彼のことをわかっていながら憎まれ口をたたく私を受け入れてくれていた彼に涙がでた。「私、病気なんだ」「わかってる」私が、ヒステリー状態なのも、ウツ状態なのも、具合が良くなれば治っていくと大きな心で包んでくれている彼。「ごめんなさい」素直に出た言葉。ついさっきの出来事。
2005.04.09
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昨夜、ネガティブなオーラたっぷりに今の気持ちを楽天日記に綴っていた。ここは私の感情のはけ口でもあるから、自分のことに限って言えば何を書いてもかまわない。胸を締め付けられるような思いに押しつぶされ気味な自分をすべて吐露していた。けど、弱音を吐きに吐いたところでPCがフリーズした。強制終了する以外すべもなく、切々と綴った文章は跡形もなく消えた。これは、書くなということだな。多分、昨日悶々と打ち込んだ内容を見てくれた友達は、慰め、励ましてくれただろう。でもそれは、今の私にはベストではないと見えない力が働いた。神様かもしれない、大自然の力かもしれない。痛かった傷口にもらっていた鎮痛剤を思い出したかのように服んだ。少し眠気をさそうこの薬に夜はよく眠れた。翌朝は痛みもなくラクだった。これが答えだった。人間、健康な肉体に健康な精神が宿ると言う。決して、病を抱えている人が万全ではないということではない。人間、指先にササクレができただけでも冷静さを欠くこともある。私がいい例だ、痛みが不安を助長し、全てにおいてネガティブになった。余裕がなくなっていた。今でも、あらゆることに焦る自分がいることは間違いないが、それを生きることへの欲だと言い聞かせ頑張れるならがんばろうと思える今日が訪れたのだ。のんはたんじゅんにできている(笑)。
2005.04.08
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昨日の無茶がたたって体が動かなかったら?なんて心配はいいお天気と共にすっきり。昨日よりはお寝坊したけど、身体も軽いし、まあ両脚の筋肉痛は少しあるけど。体力の快復も大事だね。自転車で5分ほどの距離の郵便局に行く。公共料金を納めに行った。手持ちのお金があまりないので、全額払いきらなかったけど残りも少しずつ払おう。元気になってきたとはいえ、まだ完璧ではなく午後は少しぐったりしてしまった。キズは日ごときれいになりこれだけなら本当にもう大丈夫なんだけどね。つい忘れて、動き回ろうとしてしまう。まだ退院7日目、無理は禁物。おへそのキズは縫ってあるのかな?化膿したものが固まったようなのが絆創膏のガーゼについてぺロッと取れた。痛みが少しある。登録している派遣会社より電話。単発・短期の仕事の斡旋を依頼してるのR社からだ。販売系の仕事だった。もうひとつ日にちをずらして、1月にやった仕事も経験者ということで案内が来た。少しずつ社会復帰していこうと慎重になっているところにうまいこと話が舞い込んできたことは本当にありがたい。無理せず、頑張りきれるよう調整していこう。夜はさらにだるくなって、お腹がズキンっとしてしまって顔をゆがめ、座り込んでしまったら恋人が「病院行く?」と真顔で言った。「大丈夫だよ」と言ったけど、彼の姿勢に感謝した。ずっと心配してくれてるんだな・・・。痛みが治まったので、冷凍していたオージービーフを解凍して私用にトマトたっぷりカレー、(カレー嫌いな)彼用に焼肉を作った。家事もまだあまりしていないけど、長年の習慣で退院初日に身体が勝手に動いてた時は自分でもびっくりした(その時は彼に止められた)。世の中の主婦の方、病気の時は思い切って何もしないでくださいね。
2005.04.07
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今朝は7時に目覚め、二度寝して9時に起きた。入院前の一時期のように、お昼に起きて寝るのは明け方なんて生活は身体のためにも、すばらしい妊娠生活をゲットするためにもやめよう。洗濯をし、テーブルの上を片付け、玄関と階段と集合ポストの周りを掃き掃除。お休みしていた某オークションの出品を再開すべくPC をいじる。シャワーを浴び、外出する決意。気持ちを整え、自転車で外出してみる。恋人が知ったら怒るかな~?○ルイのカードの引き落としが残高不足でされておらず、そろそろ支払いに行かないと督促の電話が来るかもしれないとそわそわしていた。病院に行ったり、外出はしていたがそれどころではなかったので気付いた時はすでに遅く後回しになってしまった。お腹のキズは小さく4ヶ所(おへそ含む)。しかし私は内臓のほうがザクザク刻まれてるので、果たして自転車の振動に耐えられるのか?お米も買いたかった。イランライスはまだあるけど、入院中にほぼ日本食だったのですっかり和食嗜好になっている。ゴルメサブジィもいまは食べる気がしないほど。自転車で30分くらい走らせ、巣鴨に行った。以前、姉妹で住んでいた巣鴨はよく知っている街。行きの道中、自転車をこぎながらクラ~ッと来てしまった。気合を小さくいれ、目的を次々果たす。西友ではコシヒカリが5キロで¥1780だった。ありがとうございます。少し前にインターネットで見た、魔法瓶?保温ポットが安く売っていた。1.5リットルサイズをゲット。ありがとうございます。なんだか私が買いに行くのを待っていてくれたかのように欲しいものがお買い得。おまけにサンリオのウサハナというキャラクターが最近お気に入りののん。西友の2階の奥にあるサンリオ売り場でホワイトディの売れ残りであろう50%引商品にウサハナを発見。少しばかり衝動買い。私、妊娠したらやばいかも、べビのためと言ってなんでも買いまくるかもしれないな。帰り道は、落ちきった筋力が悲鳴をあげてた。ペダルをこぐ両脚がガクガク言っていたよ。無事に帰宅。ぐったりしてしまった。仕事から帰宅した恋人におそるおそる話したら『ギロッ』と見られた。だんだん恋人も今までどおり色々言ってくるようになってきた。晩ご飯はコロッケをあげた。冷凍のだけどね。少しずつ、日常を取り戻していこう。あせってパニックになっていた退院後。おかげで再度、病院のお世話になる始末。ひとつひとつ順番にクリアすることの大切さを再認識です。
2005.04.06
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ほとんど痛みがない。といえばうそだけど、身体がずいぶん楽になってきた。お昼過ぎ、用事で東京に来ていた母から電話が来て家によってくれることになった。JRと都電を乗り継いで来る方法を教えたら、降りる駅を一個過ぎてしまったと電話。道を簡単に伝えた5分くらいでピンポーン。びっくりした。すごい速さで我が家に着いたのだ。恐るべし母。しばしのんびり過ごし、銀行や郵便局に行く用があるとのことで自転車を貸した。おじいちゃんから電話。私が、退院してすぐまた救急外来にかかったことを知り心配して電話をくれた。お見舞いももらっているのでもう少し良くなったら『快気祝い』をしないとね。用事を済ませた母がケーキを買って帰ってきた。ペコちゃんのチーズケーキ。初めて食べた種類ですごーくおいしかった。ありがと~お母さん。母が恋人に手紙を書いていた。(代読は私の役目)18に終業の恋人に母を途中まで送ってほしいとお願いの電話を入れた。快くOKしてくれた。(断り辛いことだけど・・・えへへ)近くのファミレスで夕食を食べ、千葉方面に向かった。途中、妹より電話。「今仕事が終わったけどお母さんはどうしてる?」「車で、幕張まで行くよ」「じゃあ、私も行くよ、これから」会社から直行で幕張まで向かってくれるとのこと。お母さんの受け渡し計画が決まった(笑)。ドリンクバーとスィーツを食べて、後から到着した妹と合流。少ししゃべって、恋人と妹は明日も仕事があるのでお別れした。帰りの車中、恋人に母からの手紙を読んであげた。一字一句変えずにそのまま読んだ。わかるかな?というようなフレーズもあったけどあえてそのまま読んだ。かれに「全部わかった?」とたずねると、「うん」と笑顔だった。お疲れのところありがとうね。術後、初の遠出(クルマで1時間弱)に痛みがでてしまいそんな時に限って薬を持ってでなかったのでちょっと脂汗が・・・だったけど無事帰宅。夜更かしせず、彼と一緒にベッドに入って休んだ。のんってしあわせものだよね。
2005.04.05
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昨夜は、救急外来でもらってきた風邪薬をのんで寝たおかげか、久々にぐっすり眠れた気がする。今朝も9時頃目覚めてトイレに入り二度寝。10時過ぎ、恋人から電話があった。「何時から病院行くの?」「午後」「何時に終わるの?」「わからないよ」寝ぼけ半分で受け答えしていた私。お昼近くに起きだしてチョコがけカステラを少し食べた。午後からの外来受診の仕度をしていた。シャワーを浴びていると玄関の方からガチャガチャという音。ビクッとして身体をこわばらせていたら、「ただいま」恋人だった。私が午後から病院に行くということでまた途中で倒れたら困るからか?昨日よりはずいぶん元気になってるんだけどね。ありがとうございます。外来で受付を済ませ待合ロビーで待つ。なんか久しぶりな感じだな・・・1~3月の注射のための来院時はあまり待たずに済んでいた。初診外来なんて本当に一日がかりだから。待つといってもそんなでもなかった。今回はじめてお会いしたY先生の診察と傷のチェック。「(主治医の)Kから伺っています」と丁寧に対応してくださったY先生。とても親切でやさしいお人柄にここの大学病院の方針のすばらしさを感じた。傷も良好。一箇所だけ水ぶくれになってて潰してしょうどくしてもらった。普通のガーゼを止めるだけで次にシャワーに入ったらもう何もしなくていいそうだ。すごいね~あっという間だね~。そして、昨日の救急外来での左わき腹の件も先生は気にしていらして今日もエコーで診てくれた。結果、腫れは引いてしまったのか大丈夫だった。それでもY先生は考えられるすべてのことを説明してくださり、生活上の注意点などもアドバイスしてくださった。「痛くなったら真夜中でもすぐ来てください、診ますから。」私の目を見ておっしゃってくださった。ものすごい安心感と信頼の気持ちでいっぱいになった。先生は私の性格を見抜いたのかもしれないな?無理してはいけない時に限って我慢するあほちゃんだって。一応経過観察で、次回の受診のときにも検査をすることになった。恋人は外でずっと待っていてくれた(駐車料金も高いしね~)。昼ごはんをろくに食べていなかった私は、昨日食べそびれたおにぎりをぱくリ。母にも報告の電話。やっと少し落ち着けたかな。彼は私がパソコンをいじることを嫌がる。時間を問わずのめりこむから。退院の日も本当は『パソコン禁止令』を言い渡されていたのだけど、なんだかんだ理由をつけてやっていた。全ては私の身体を気遣ってのこと。私はほんとうに聞き分けのないオンナだよね。夜更かしして快復が遅れないように、気をつけよう。
2005.04.04
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ずっと続く左わき腹(腎臓のあたり)の痛みが今日また強くなった。キズの痛みがあったので処方されてる鎮痛薬を服んでも左わき腹の痛みだけとれない。不安になって実家の母に電話で泣きついたら、叱られた。「ばかね、あなたはお腹のなかどれだけ切ってると思ってるの?手術の傷口は小さくて5日で退院してもそれでもう大丈夫だってことじゃないんだからね!!他の病院だと3週間入院なんだから。今すぐ病院電話しなさい」術後、退院後の生活の注意のようなプリントを病院から頂いていて、こんな時は電話してくださいなんて書いてある。息も切れ切れで病院に電話した。日曜なので救急外来に回され、婦人科の当直医に話す。「来れるようでしたら、きてください」寝てばかりはよくないと、歩いて5分ほどのコンビニとお弁当屋さんに行ってお昼を買ってきて食べようかなと思っていたところに痛みが強くなったので、テーブルの上にはおにぎりとインスタントの味噌汁が。それも食べないまま、部屋着にロングコート羽織って出かけた。タクシーでは渋滞するかも・・・とふらふらのまま電車で行く。痛みとめまいで真っ白に血の気が引いた顔。(おそらく)脳貧血で、両手、両足先が冷たくビリビリしびれてきていて足には力が入っていなかった。乗り換え駅のホームでもうふらふら。壁にしなだれかかってると親切な女性が「大丈夫ですか?」と心配そうに声をかけてくださった。ありがとうございました。なんとか駅を出てタクシーをひろい、病院まで向かう。やっとの思いで着いた病院だったけど、いつも利用してた正面玄関しか知らなかったので救急外来の受付を案内され向かう途中の通路で、目の前が真っ白になり座り込んでしまった。幸い、そのままストンとなったのでどこも打たなかった。通りかかった看護師さんが車椅子を持ってきて連れてってくださった。ありがとうございました。エコーで痛い部分を調べたら腎臓の一部がひろがってるとのことで念のため血液検査と腹部レントゲンを撮ってくれた。検査結果を待つ間、点滴(栄養)してもらった。まだ入院時の点滴の痕が残っててずらして注射してくれた。今現在私の身体にはいくつの傷痕(注射痕含む)があるかしら。ベッドにねて点滴受けてたら、年配の看護師さんがカタカナの聞きなれた(日本人には聞きなれない)名前と格闘していた。「婚約者の・・・」なんて声と共に看護師さんに連れられて恋人が着てくれた。病院に向かう途中、念のため彼の職場に電話し、彼に「具合悪いから病院行くから、会社帰ったら迎えに来てください」とお願いしておいた。私が電話をしたあと少しして早退して来たそうだ。今日はなんか昼ごろから帰りたくなっていたらしい。虫が知らせたのかしら?点滴を打ってもらって立ちくらみのめまいも治まり、痛みも和らいだころ検査結果が出て、緊急を要する事態ではないということでホッとした。ただ、考えられる痛みの原因が3つほどあるということで今後も経過観察することになった。私は完治しているとはいえ幼少期に2度腎臓の病気をしたので少し不安があったけどとりあえず今日は帰宅できる。入院後期からあやしかった風邪症状の風邪薬も出してもらった。ここの大学病院は技術は最先端だけど、簡単な薬はよく知ってるおなじみの薬だったりするので薬代が安くて助かる。他の病気はわからないけどね。痛み止めなんかはたいていの人が一度は見たことあるうすピンクの錠剤、ロキソニンだしね。私が病気に縁がありすぎるから薬に詳しいってのもあるかな?帰りが21時を過ぎてしまい、恋人には本当に申し訳なかった。帰りの車中、母に電話し、経過報告。「長年、痛みと闘って来たから、痛みに対して我慢してしまう(これくらいだったら我慢した方がいいのか・・・とか)ようになってしまってるのかな?」と母と妹で話していたとのこと。図星だった。私は怠け者だ。辛抱強くもなく、嫌なことはすぐ投げ出してきた。時々は誰よりも頑張ることもあったけど、身体がどうにもならなくなりダウンするから人に迷惑ばかりかけてきた。具合が悪くても、もしかしたら仮病なのかもしれないと自分で自分を疑って悪化させたこともある。あなたは意志が弱いからとか、他の人は気力で頑張ってるのに・・とか言われてきたトラウマなのかな。痛みは表立ってはわからない。私の悪い癖は人前ではスマイルでいてしまうため人によっては「なんだ、のんちゃたいしたことないじゃん」と思われてしまう。こんなに痛いし苦しいけど、自分が大袈裟に騒いでるだけかもしれないと変な葛藤にさいなまれたり。だから今回の入院でも同部屋の同日オペの方がすごい元気だったり、隣のベッドの方がハイペースで快復するのをみて私はひとり快復が遅いし、痛がってる。大袈裟なのかも。と比較しては心の奥でブルーになっていた。実際そのお二方は卵巣のう腫を1個切除するのみのオペだから最悪レベルの子宮内膜症に始まって、卵巣のう腫は両方、癒着もひどいなんて私が同じペースで快復するわけがないのだ。今日、救急外来で診てくれた医師は主治医でもないのでカルテをずいぶんじっくり読んでいた。私を家に帰すにあたってももう一人いた医師に相談していた。その医師も雑誌を読むかのように私のカルテを熟読していた。(おもしろいのかな・・・?)「あなたはひどい癒着があったから」としきりに言われ、不謹慎にもうれしくなってしまった。あぁ、私の痛み苦しみはうそじゃなかったんだ。私の痛みを理解してくれなかった人たちが間違いだったんだ。大袈裟だけど苦しんだことが報われる思いだった。母にその話を電話でしたら、「馬鹿だね、手術したK先生も言ってたんだからね!子宮内膜症でこれ以上ひどいのはないってくらいだったんだから。絶対に無理しちゃダメ」勉強について人と競うのが嫌いだったくせに、病気や健康について人様と比較してどうするの?ほんとうにのんというやつは生きるのが下手なおばかさんなんだな。
2005.04.03
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帰って参りました。10代後半より発症し、日常生活さえ蝕まれた20代。30歳にしてよい医師と医療機関に恵まれ、重度の子宮内膜症、両側卵巣のう腫、子宮筋腫、子宮腺筋症の治療として腹腔鏡手術を終え本日退院しました。ここに至るまで、本当に長く、つらい茨の道もありました。でものんには家族、恋人、友達~ソウルメイト・・・本当にたくさんの大事な人たちに助けられ、時に茨で傷ついた足をそっとなでてくれるような、時に茨のとげを一つ一つ抜いてくれるような、常に私はひとりではありませんでした。実際は痛いのも苦しいのも私自身だったかもしれないけど、いつもそれを分かち支えて、大きな愛情で包んでくれたのは間違いのない事実。こころからの感謝の気持ちでいっぱいです。本当に本当にありがとうございます。直接会ってすぐにいえない皆様へは失礼かとは存じますがこの場で感謝を申し上げたいと思います。ありがとう。昨年6月の出会いから絶対の信頼関係で今回も執刀してくださったK先生そして病棟主治医のS先生、担当の先生方。大変ご多忙なのでゆっくりお礼を言うこともままならず帰宅してしまいましたが、本当にありがとうございます。入院中のケアをしてくださったナースの皆さん本当にありがとうございました。不安でいっぱいの私を支えお仕事とはいえ何から何までケアしてくださり忙しい中も常にスマイルで接してくださったナースの皆さんにはあらためて『看護師』の仕事の重要性を再認識しました。同じ病室の同士とも快適な入院生活を過ごせ共に励ましあい心強かったこと、感謝しています。ずっと苦しむ姿を見続け、入院中もまいにち来てくれた家族にもあらためて感謝します。そして、愛する恋人に・・・常に安心と安らぎだけを与え続けてくれ決して不安や心配の顔など微塵も見せず大きな手で支え続けててくれた。恋人としても、妻としても決して合格点じゃない私を愛してくれてありがとう。愛しています。これからも宜しくお願いします。
2005.04.01
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