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ダーリンが留守の今日、ここ数日もの凄く食べたくて仕方なかった揚げ物欲求を満たすべく、豚カツやさんに行ってきた。別に、チキンカツでもいいんだけど、脂身の不安のない『ヒレかつ定食』をオーダーしました。(ごはん、キャベツ、お味噌汁がおかわり自由のお店)基本的には、ダーリンと一緒でも豚肉が食べたい時は、私は食べてます。まだ、結婚してないから。でも、結婚したら食べないようになるでしょう。欲望に負けて、実家でこっそり食べる日があるかもしれないけど・・・(今から言うなって)。ダーリンは「あれはダメ、これはダメ」とイスラームの戒律を押し付けたりはしない。だけど、「結婚したら、(豚肉は)ダメだよ」と諭した。豚はハラムだからダメ。ということに多くの(ムスリムではない)日本人は「なんで?」と頭の中が「?」でいっぱいになると思うんだけど、ムスリムの数だけ、いろんな理由を話してくれると思うけど「ダメだからダメなんだ」っていうのが一番、妥当なんじゃないか?って思ったりしてる。宗教家の方や、研究家の方は「そうじゃない!」っておっしゃるかもしれないけど、あくまで私個人の見解としては、例えば日本人は「畳のヘリや敷居はふむものじゃない」「畳に土足であがらない」などと子供の頃から躾けられる。それに対し大々的な理由って誰も求めないけど、昔からダメだと言われてきたからしないもの、となっている。そういうニュアンスに近いんじゃないかな?って思ってる。理由が大事なんじゃなくて、守ることが大事なんじゃないかって。守ってることに優劣なんて本当は無いんだけど、例えばトンカツのおいしさを知ってる日本人妻が、ムスリムの夫に合わせて食べない選択をすることって、ムスリムとして生まれ、トンカツの味を知らない人よりも、「がんばっている」ことになるんじゃないかしら?なんて思ったり。神様は、そんなところも見ていたりするんじゃないかな?トンカツをはじめ、豚肉は決して汚れたものではないけど、それをあえて「汚れたもの」として、食さない生活を選択している人たちの人生も尊重したい。そんなことを考える人生を選んだのは私自身。だれに強制されたわけでもなく。今日の『ヒレかつ定食』は、とてもおいしく、きもちよくいただきました。胃も心も満たされ、店を後にしました。ダーリンのもので良いものがないかな~とふと思い、ユニクロに寄ったのだけど、いくつか手にとって見たりもしたけど、何も買わずに店を出ました。整骨院に行きました。左足と腰に電気ビリビリをしてもらい、今日は腰がメインと言う感じでした。足の痛みはあまり気にならなくなってきたような気がするのだけど、スパイラルテープをしていないとまだ不安定な感じ。捻挫って大したことなくても、最後のツメが甘くてしっかり直らないうちに動かしてしまうってケース多いと思う。私もそれで、右足首はクセのようになってしまってる。ちょっとした怪我や病気(風邪とかね)の方が、完治を待たずに無理してしまいがちだね。気をつけよう。そうそう、豚肉の話で、ムスリムじゃない日本人が抱く疑問でありがちなものを一つ。Q:もし、この世に食べられるものが豚肉しかなくなってしまったら(なかったら)?A:ムスリムも生きるため、生きていくために豚肉をありがたく頂くそうです。決して、ハラム(イスラムとして汚れたもの、認められないものを定義する言葉)を我慢してイヤイヤ食べるのではなく、ハラル(認められているものを定義する言葉)として食すそうです。イスラムの考えとして、神様は戒律を遵守することで命の危険があるということは本末転倒なんだとおっしゃってるんだって。どう?けっこう、人間臭いでしょ?私が、ダーリンをはじめとするイスラム圏の人々にボーダーを感じないのは、そういう理解がひとつひとつ増えていっているからです。たとえ最愛のダーリンであっても、私の心の自由は侵害できないからね。
2007.01.31
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沢山のことを同時進行に考える。結婚とか、渡航に関して、自分に必要なこと、準備することなど、関係各所に問い合わせてみたり。100%ダーリン任せになっていることもいくつもある。それは大概、イランでの手続きとかになる。ペルシャ語が話せれば、自分で関係各所に問い合わせてしまうかもしれないけど、多分、ダーリンはそれについて、いい気がしないと思う。うちは、「亭主関白」スタイルです。私の両親もそうだし、イランのダーリンの両親もそうだった(義父はすでに他界)ようなので、それが自然だと思う。女は、産みの性なので、男である夫をたてることは、かえって保身につながると思う。「亭主関白」は『女卑』ではないからね。私の父は、母も私をはじめ3人の娘を一度も蔑んだ態度をとった事はない。大事に大事に育てられた。ちょっと甘すぎるくらいのパパだけど、父の威厳は保たれてきた。だから、ダーリンが「結婚したら、俺の言うことを「ハイ」と聞かないとダメなんだ」って言うけど、それを歪曲せず、納得している。だって、おかしなことを言うような男と結婚なんかしないも~ん。ダーリンは、時折厳しい態度を見せても、結局私のことを一番に考えてくれてきた。だから、信頼を築き上げてこられたのかもしれないな。ダーリンのおかげだよ。私が、仮にペルシャ語をネイティブレベルに話せたとしても、私はダーリンに全てをゆだねると思う。それが、私とダーリンのやり方。きっと、私たちにはそれがちょうど良いんだと思う。私、ダーリンの両親が保ってきたスタイルを継承すべく・・・。いままで そして これから 時を重ねて見えてゆくもの・・・。6年と言う、決して短くない時間の中で、大きな大きな荒波もあった。国道沿いを、泣きながら裸足で駆け出したこともあった。何もかも信じられないと、涙も枯れたこともあった。ダーリンが、涙をこらえられなくて、それを抱きしめながら、一緒に泣いたこともあった。「大嫌い」という言葉が、心の半分くらい、真実になってしまった時もあった。それでも、今日まで来た。ここまできた。「愛してる」なかなか言えない、けど沢山言ってくれた。大好きなGLAYの新曲は『100万回のKISS』というタイトル。まだ、タイトルも仮だったころ、ライブハウスで始めて聴いた時から、心にしっかりと刻まれたこの曲。異なる母国語を持つ私たち2人は、一番届けたい思いは言葉では表せない、届けられないかもしれない。けれど、ことばを超えるコミュニケーションが、私たちをつないでくれた。いままで、どれくらいKISSをしたかな?そして、これからもたくさんのKISSをするだろうな。そのKISSの相手は、いつでもダーリンであって欲しい。ブ~ス!ブ~ス!そう言って微笑むのは、イラン人とペルシャ語を知ってる人だけかな?今日も私は言いましたよ。ブスベデ。
2007.01.30
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妹と母が家に寄ってくれ、妹のクルマで午後、整骨院に行って来た。先生に「なんで土曜日来なかったの?」と通院が空いてしまったことを指摘されてしまった(日曜日は休診)。「風邪がひどくて」と適当に言っておいた。で、今回は、先生に長年の付き合いの腰痛を相談した。転んだ時、腰に変な力が加わったのか、いつもの腰痛にプラスの激痛(ぎっくり腰の2歩手前くらいの痛み)が続いてるので、どうせならと思い、お願いした。左足の電気ビリビリをした後、ホットパックを足ではなく、腰に当てられた。しばらくホットパックしてて、その後、足も温めた。そして、先生の指示でうつぶせに寝て、腰にマッサージ器(あんま?)をかけてもらった。すごい楽になった。左足には、スパイラルテープを巻いてもらった。見も心も軽くなって妹のクルマを外で待ってたら、先生が「寒いから中で待ってなさい」と言ってくれた。多分、風邪引いてるって言ったのを覚えててくれたのだろう。とても優しい先生です。とっても心が温まりました。少しして妹のクルマが到着。お願いしていた鯛焼きを車内で食べた。買い物にも寄って貰った(@ベイシア)。妹はすぐキレる(家系か?)。ペットボトルがたまりにたまってるからどうしよう?と言うので、スーパーの回収BOXに出せば?私はいつもそうしてるよ、と言ったら、沢山入った袋を持ってきた。だけど、中のペットボトルは潰してない、ラベルを剥がしてない、洗ってなさそう・・・というルール違反の状態だったので、それを指摘したら「私だけが飲んでるんじゃない」と言う始末。呆れた。捨てる時に、ちょっとゆすいで、ラベルを剥がして踏んづけておけば良いだけの話じゃない。それだけのことが出来ず、それを指摘されて逆切れって情けない。仕事は一生懸命だし、家族思いだけど、わがままだな~って思った。家族全員がほんの少し気をつければ良いことなのに。ちなみに、私とダーリンの間では・・・基本的には私がやるけど、私がゴミ分別の鬼、エコをちょっと意識してる人だということを今まで付き合ってきて、生活をともにして、理解してるため、23区内に住んでいた時は、彼も可燃・不燃の分別が自然に出来るようになってた。残念なことに、ここM市の分別の仕方は23区内と違うので、せっかく躾けたものが無駄になりはしないか?と不安だったけど、23区内の分別のままでいてくれてるのでホッとしてる。押し付けるのは嫌いだけど、自分がやっている姿を見て、何か感じてもらえたら、それが一番良いね。自宅に送ってもらい、一息ついた。ダーリンが遅くに帰宅し、今夜もレッカー車だったので、今夜はレッカーに私のクルマを積んで一緒に実家に行った。実家の庭にレッカー車を置いて、自宅へ向かった。まだ夕食を食べてないダーリンに、作るのが面倒だった私が外食をお願いした。サイゼリヤに決定。彼は、ピザマルゲリータ、辛味チキン、小海老のサラダ、のんはイタリアンハンバーグ&ライスそして、2人でガーリックパンを頼んだ。ささやかな節約で、ドリンクバーは頼まなかった。くたびれ果ててるダーリンは、黙々と食べてた。私は・・・おしゃべりしてると置いていかれる(食べるのが遅い)ので、必死に食べた。家に着くと、すぐに寝る態勢だった。待ったりと時間が過ぎた。私はこういう瞬間が大好きなんだ。ダーリンも、以前言っていた。どこかに出かけるより、外食するより、家でのんとゆっくり過ごすのが一番リラックスできるって。そうだね。一人じゃ寂しいけど、ダーリンと一緒なら、どこにいても幸せかもね。
2007.01.29
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このところ、めちゃめちゃハードスケジュールをこなしてるダーリンが帰宅した。風邪の薬のせいで、ほとんど眠ってる私と同じくらいダーリンも寝てた。ダーリンは一度目が覚めると二度寝が出来ないタイプらしく、私が寝てるそばで一人でおきてることもある。コーヒーを入れてという理由で起こされた。散々駄々こねて、拒否し続けてたのだけど、こっちが根負けして、入れた。ボーっとする中、お昼ご飯を用意。何をしてても眠くて、食事も食べたか覚えてないくらい。咳のし過ぎで過呼吸になるくらいだった数日前と比べれば、随分楽になった。体調はもう少しだな。ダーリンは「お前は俺がそばにいても寝てばっかりだ」と呆れてる。しかたないじゃん、眠いんだから。
2007.01.28
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昨夜、お薬の効果もあって、リビングで布団をかぶって眠ってしまったのだけど、割合すっきりと目が覚めた。気づくと朝だった。夕べ、始発の次の電車で友達と東京に出かけるといってた末弟のSくんを駅まで送っていった。お小遣いとして、1000円あげた。金欠なのでこれだけしかあげられなかったけど。ホリデーパスを買って出かけるといってたので、券売機まで一緒に行って、お友達とSくんを見送った。そして、自宅に着き、朝の薬を飲んで、再び横になった。今日はもう寝ていよう・・・。そんな気分だった。
2007.01.27
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昨夜傷めた左足は、まだ痛かった。みごとな典型的な捻挫を久々に味わってしまった・・・。今日は、市役所に行った。社会保険から国民健康保険になったので、保険証を受け取りに行った。そして、胸痛が気になってたので、J病院の循環器内科に電話で相談した。とりあえず、心配する事態じゃないだろうと言われた。気になるようだったら、明日(土曜日)もやってるから来てくださいと言われた。気のせいだ・・・って言われたようで、ちょっとブルーに。だけど、気のせいだと思うことにした。行きつけのT医院に行った。旅行前から引いてた風邪がどうやら冷たい空気で悪化したようで、気になったので行ってみた。事前に気になる症状をメモに書いて提出する。予約を入れてなかったので、1時間後にまた来ますと言って出た。末の弟が部活の関係でお世話になってるI整骨院に行った。左足を引きずってた私を入り口ですぐに気づき、「どうした?」とすぐに案内してくれた。昨夜からの一連のことを伝え、先生は左足に電気ビリビリマシンをあててくれた。20分くらい、ビリビリを受け、その後、蒸しタオルでホットパック。10分くらいかな?足首~ふくらはぎまでをじっくり温めてもらった。そして、仕上げは、スパイラルテープ。私の左足は、まるで焼き豚チャーシューのように網目になってしまった(笑)。そして、ミラクルが。歩けるのだ。完全に・・・とまでは行かなかったけど、足がつくことが出来た。すげ~とおもった。そして、その足で内科のT先生のところへ。受付で熱を計ると、さっきより上がってた。先生は私の心房中隔欠損発見のきっかけを作ってくれた先生。症状に胸痛と書いておいたら、心電図まで録ってくれた。インフルエンザの検査もしてもらった。結果は、心電図も虚血性のものは見当たらず、心配ないということ。インフルエンザも陰性だった。単なる風邪だったようで、ホッとした。咳がひどかったので、咳止めと解熱剤などを処方された。実家に寄って、マスクを貰って装着してリビングでぐったりしてた。夕食が鍋だと言ってたので、あてにして寝てた。出来上がって、少し食べて、また横になってしまった。とにかく頭がガンガン痛くて、多分熱が上がってたんだろう。でも、頓服を飲むのが嫌で、我慢した。処方された薬が、眠くなるのか、いつの間にかうたた寝してしまった。ダーリンは、帰らないと思うと言ってたので、そのまま実家で寝てた。頭ガンガンしてたけど、眠れたのでラクだった。遊んできて、そのあとこれじゃあ、あきれるよね~。冷たい空気に弱いんだよね~。これも持病と関係あるって言えばあるから、仕方ないんだろうけどさ。風邪の予防策、更に徹底しないとね。
2007.01.26
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昨夜は、友達と延々とおしゃべりに興じてしまった。時計を見れば、AM4:00くらいだったと思う。少しは寝ないと良くないよね、と言ったと同時くらいに2人とも寝てしまった。朝食バイキングを利用するつもりだったので、8:00くらいには起きないと・・・と思ってたけど、8:45くらいだった。パパッと着替え、適当にメイクし、レストランに向かった。朝食は7:00~9:30(だったかな?)の間で、私たちは9:05くらいに行ったと思う。パックツアーは食事なしプランだったけど、ここのホテルのご飯がコシヒカリでおいしかった記憶があったので、当日申し込み(っていうか行って支払えば利用できる)で食事をとった。相変わらず、ホテルの朝食だとガンガン食べてしまう。バイキングスタイル大好き。ご飯はおかゆを食べたんだけど、おいしかった~。あんまりゆっくりはしてられなかったんだけど、おいしく頂きました。チェックアウトが10:00なので、部屋に戻り、急いで身支度をした。楽しいホテルライフも終わり。フロントにカードキーを返却してから、宿泊者用ラウンジで一息した。PCがあり、インターネットが解放されてたので、HSMS(会員制サイト)で、TERU(Vo.)のメッセージを読んで、盛り上がった(彼はツアー中、ライブ後にメッセージをアップしてくれる。お疲れ様ですね)。フリーのコーヒーをみんなで飲んでた。この旅で親密度アップした友達のMちゃんとKちゃん(もう私も友達になれたと思ってる)と、古くからの友達のKanちゃんとのんの4人で、ちょこっと観光をした。MちゃんKちゃんに連れられ、「レインボータワー」に行くことに。万代橋方面に歩き、伊勢丹周辺にある。程よいレトロ感があって、子供の頃に遊んだ遊園地を思わせる。大人450円。私たち4人とあとおじさんが2人くらいだったかな?ぐるっとガラス張りになってて、椅子が外に向いている状態。大きなプーさんが座ってたので、一緒に記念写真をパチリ。 レインボータワー、かなり楽しめます。新潟市におこしのさいは、是非お立ち寄りくださいませ。新幹線の時間が迫ってきたので、駅に戻る。コインロッカーに預けていた荷物を出し、改札へ。ホームは寒かった。乗車するMaxときが到着。別々に手配してたのに、MちゃんKちゃん組も、ホテルも往復の新幹線も便が同じだった見たい。帰りは席もそう遠くないところだった。格安ツアーなので、そういうこともあるかな。Kanちゃんは疲れて眠ってしまった。私も、しばらくして眠ってしまった。終点東京駅に着いたら、なんとなく寂しくなった。旅の終わりと現実に引き戻される感覚は、何度味わっても切ないね。錦糸町で友達とバイバイし、のんは津田沼駅へ。クルマに戻り、駐車料金を支払って出た。我が家を目指して運転。無事に到着。・・・が、事件はその後起こった!!仕事を終えたダーリンがレッカー車で向かってて、レッカー車だと我が家の駐車場には入らないので、実家の(無駄に広い)庭に置かせてもらうことにして、実家に私がクルマでダーリンを迎えに行く・・・ということになった。まっくらな中、マイカーに向かって歩いてたその時・・・クルマ止めの縁石に足をとられて、左足をグキッと捻ってしまった。転がる私。みごとに捻挫。やった瞬間から痛かった。でも、ダーリンが待ってるから行かないとならない。マイカーがオートマ車でよかった・・・。ズンズン痛かった。実家により、母にシップを貰った。骨には異常は無いというのは実感と経験からわかった。私、右足首は子供の頃から何度も捻挫を経験してて、いっそ骨折してたほうがましだと言われるくらいひどい捻挫も経験したことがある。椎間板ヘルニアで坐骨神経痛が出てた時も右足がマヒしてひきづってたことがあったくらい、右側はネックだった。左足は初めてだった。さすがにやったばっかりだから痛くて困った。見た感じ、腫れもひどくなかったので、明日には痛みもひくかな?と、気にしないことにした。ダーリンの顔を見たら、旅の疲れも、寝不足も、吹っ飛んだ。とか言いながら、グーグー寝てしまった(笑)。
2007.01.25
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一週間前に急遽決まった、新潟行き。GLAYファン友達からの、強い誘いに負け(私も行きたい気持ちはあったけど)、行くことに決めたのが10日くらい前の話。ネットが出来る時間のある私がチケットとツアーの手配を担当した。オークションで、定価で譲ってもらえる出品に絞って入札した。最前列とか、ものすごい値段につりあがってるものがある中、私は密やかに終了時間を待った。やった~、作戦勝ちですごい良い席なのに定価以下でゲット!!時間もあまりなかったので、出品者と迅速なやり取りを心がけ、出品者の方もすぐに送ってくれた。そして、JRとホテルのパックツアーをとにかく安いものを検索。調べに調べた結果、約2年前に利用した、『ワシントンホテル』のプランのツインがラスト1室ということで、早速予約。駅からすぐのホテルで、便利だし、きれいなので安心して決められた。そして、迎えた当日。お昼の新幹線だったのだけど、途中までクルマで行って、パーキングに泊めて行こうと思っていたので、早めに出た。津田沼の駅近くのパーキングに駐車。荷物を持って、JRへ。錦糸町の駅で、友達と合流。待ち合わせ時間より少し早めについたので、改札で待っていたら電車の案内に「外房線、人身事故により遅れ・・・」という表示が!どこで事故があったかはわからなかったけど、クルマで出かけててよかった~。JRの切符もライブのチケットも私が持ってるのに、足止め食らってたら大変なことになってたよ。無事に、友達と合流して、東京駅へ。まだ、時間があったのでぶらぶらと駅構内を歩いた。ランチに『崎陽軒のシウマイ弁当』をゲット。私、横浜出身だからってわけじゃないけど、大好きです。時間が来て、Maxときに乗り込む。おそらく同じ目的だろうと一目でわかる人たちもチラホラいた。発車して間もなく、ランチを食べた。友達が、車内販売のコーヒーをご馳走してくれた(サンキュ)。だんだん車内の気温も下がってきたのがわかった。(暖房は効いてるけどね)長いトンネルを過ぎて、「越後湯沢駅」まで来たら、外は雪景色でした。前回、新潟に来たときよりは、雪が少なかった。暖冬なんだね・・・。ほどなくして、終点「新潟駅」に到着。そのまま、ホテルに向かった。寒い・・・。フロントにはチェックイン待ちのお客さん(全員、GLAYのライブに来た人だった)でにぎわってた。無事にチェックインを済ませ、部屋に到着。荷解きをした。空気が冷たいので、胸(肺)が痛くなった。友達の友達も偶然来ていて、ホテルも同じだったので、合流して、会場まで一緒に行くことにした。ライブ会場の「新潟産業振興センター」まではシャトルバス(@310)が出ていて、直行で20分くらい。到着してみると、2000年のヘビーゲージツアーの時にも参加した会場でした(忘れてた)。あいにくの雨。はい、私は雨女です。開場まで時間があったので、記念写真を撮ったり、ツアーグッズ売り場を見たりしてた。だんだん暗くなり、開場まであと少しという頃に、雨がザーザーと本降りになってしまった。友達と私はそれぞれ折り畳み傘を持っていたから大丈夫だったけど、結構雨に降られてびしょぬれになってしまった人も沢山いた。開場。持参したデジカメを受付に預ける。コインロッカーがあったので、上着と荷物はしまった。うっかりチケットもしまってきてしまったら、前方の席の人はチケットチェックがあって、取りに戻ることに・・・(100円でよかった~)。場内に入ると・・・わ~近い!!!上手より(向かって右より?)だけど、十分ステージ全体が見渡せ、また、肉眼でステージ上のメンバーの顔が十分見える位置だった。気持ちはどんどん高まっていく。開演のアナウンスが流れ、音楽が流れ、そして・・・場内が暗転した。緞帳のかかったステージがライトアップされ、メンバーのシルエットが写る。会場は一気に興奮の嵐!!!緞帳がバ~ンと外され、メンバー登場!!そして1曲目のイントロが流れ出した。会場内がいきなり一丸となった気がした。この瞬間が、大好き。ここには、何の境界線も無い、優しく、楽しく、強く、そして平和を願う皆のきれいな心と、それを彩る音楽、そして大好きなGLAYがいる。ファンなら当然だけど、ファンじゃない人にも、この汚れの無い思い、届いて欲しい。臭いセリフもサラッと言える位、pureな心になれる。それはきっと、GLAYだけじゃなく、沢山のアーティストによって奏でられる音楽でもそうだと思う。こうやって、大好きな音楽を、大好きな人によって心に届けてもらえる、そんな環境にいられることに感謝。そして、いつもいつも思うこと。黙って送り出してくれるダーリンに感謝。GLAYが愛を、家族愛を、仲間の繋がりを、絆を、平和を、生きてきた軌跡を、彼らが奏でる音楽の全ての主役は、私にとってはダーリン、あなたです。2時間の至福のときは、アッという間で、エンドロールが一番嫌い・・・仕方ないか。終わりがあるから、その時が輝くのだものね。シャトルバスに揺られ、新潟駅前に戻り、遅めの夕食をとりに、友達3人と居酒屋さんへ向かった。他愛も無い話で盛り上がり、みんながずっと笑顔だった。のんは、アルコールを飲まないけど、酔いたい気分だった。ホテルに戻り、順番にシャワーを浴びたりして、疲れて眠いはずなのに、友達とまるで修学旅行の学生のように、いつまでもおしゃべりしてしまった。睡眠不足さえ、心地よい?
2007.01.24
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24~25日と出かける前に、仲直りをしておきたかった。いや、今回こそは別れか?なんてこともよぎりながら、明日の旅行のしたくをしていた。散らかしたリビングも片付けた。夕方、寝てしまった。寝ぼけて、夜が明けてしまったと思った。風邪気味なのも、よく眠れて楽になった。ダーリンの心の中を一番わかってるはずなのに、私がいつもわがまま言うから、結果、彼を傷つけてるし、自分も辛くなる。何があっても、さっぱりと明るくしよう。そうだ。ダーリンとの電話で、笑ってみせた。ダーリンも「へへへ~」といつものように、いたずらっぽく笑ってくれた。よかった。ありがとう。
2007.01.23
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泣き暮れた昨夜、ストーブの前で毛布一枚しかかけずに寝てしまった。朝方、喉が腫れてて痛くて、呼吸困難で目が覚めた。乾燥してて喉がカラカラ。水分を摂って、喉スプレーをして、消炎鎮痛剤を飲んだ。ボーッとしてたら、いつの間にか眠ってしまった。どうも眠気がでる薬らしく、それを飲むとガクンと堕ちる。昼過ぎ、ダーリンに電話した。「帰って来るの?」「今日は帰らない」仕方ないか・・・。寂しかったけど、ぼんやりしてた。妹が、寒中見舞いを仕上げたいからと言ってた。Mちゃんが、仕事帰りに家に寄った。残業になってしまったらしく、予定より遅く来た。エクセルだけで仕上げる私流のやり方を伝授した。最近お気に入りの素材やさんからかわいいイラストなどを拝借して作成。私の影響で、彼女も真似した。年賀状を頂いた方への返礼用と、寒中見舞兼年賀欠礼のお詫び報告用を仕上げた。両親からも依頼があって、さすがにかわいいイラストってわけにいかず、どうしようか?ってなやんだんだけど、パッとうかんだイメージでつくったら、凄く良いのができた。「これよくない?」と、妹と興奮してしまった。それらと平行して、ビーフカレーを作ってた。妹が熱心に作ってる間、私はカレーをペロリ。寂しいとか言いながら、食欲しっかりあります。交代して、私がやってる間に、妹が100円ショップで買ってきたおやつをつまんでた。カレーは仕上がってから食べてた。すっかり遅くなってしまったのだけど、満足して帰っていった。ひとりになると、寂しくなる。先日買ったグッスミンというドリンク剤を飲んでみた。「トマト酢」とか書いてあった。確かに酸味があった。睡眠剤ではないので、それでは眠れなかった。昼夜逆転のような生活はよくないので、戻さないと。私の場合、ぜんぜん眠らない日が続いてしまう。そして、死んだように何時間も寝る日が来る。やっぱりそういうのは、不健康だから、戻したい。仕事してても、そういう日はどうしてもあって、休日に死んだようになってしまう。ドリエルとか飲んでみようかな?睡眠剤とか安定剤って殆ど使ったことがない。どうなのかな?ハーブで、セントジョーンズワートってのがあるんだけど、ピル服用者は使えないんだよね。ハーブだから身体に優しいから・・・と思っても、ピルの薬効を妨げる働きがあるから使えない。別の成分のハーブで安定剤的な働きをもつものがあればいいのだけど。新薬より、漢方とかハーブの方が不安が少ないよね。一番は、日中クタクタになるくらい働いて、夜ぐっすり眠れば良いんだよね。反省すべきことは日常にあるのね・・・。
2007.01.22
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本日、コストコ幕張倉庫店に行ってまいりました。ダーリンと、妹Mちゃんの三人で。 他の用事もあったので、そんなにはゆっくりしなかったけど、それでも1時間はいたかな? ☆お買い物(私と妹MIX)☆ ・USAビーフ切り落とし(¥99/100g) ・冷凍和風野菜ミックス1kg入り ・HPインクジェットプリントカートリッジ 黒 ・ディナーロール ・J&J ベビーローション2P ・エスエス製薬 マルチビタミン ・天温膏 ・カネボウ葛根湯S 本日は、メインは妹の買い物でした。 私は、お肉が安かったので、ゲットした以外は目を瞑って店内を回りました(笑)。 日曜日のコストコって大混雑で行きたくない・・・。 お腹すいてたので、フードコートでダーリン用にチーズピザと、私と妹でホットドックをわけっこして、セットのドリンクバー(ソーダバーだっけ?)を3人でわけっこしました。並んでるとき、前の人が頼んでいたのをみて、衝動で北海道ソフトクリームも買ってしまった。でも、融け気味で、その影響をうけた前の人よりあきらかに盛りが悪かった。よくばりな気持ちだけど、「あれ?」って思ってしまった。でもそのまま食べちゃった。 これで、我が家の家族全員がコストコ体験したということになるかな?Mちゃんもいたく感動し、喜んでいました。18時過ぎに店を出て、津田沼駅方面へ。イオンにクルマを停めて、駅の反対側にあるユザワヤに行きました。妹がハガキサイズのカラーペーパーが欲しいと、本日のメインの目的はコレなのでした。吉祥寺のユザワヤと混同してしまって、売り場がわからなくなってしまいました。津田沼のユザワヤは久しぶりです。ステーショナリーマニアの私にとって、紙類の売り場とか、宝の山です。Mちゃんが選んでる間、ウェディング用のアイテム(招待状とかカードとか手作りできるようなものあるよね)のところを見てた。カラーペーパーでもお祝い事に使えるようなか~わいいものが沢山。スティッカーもウェディング向けのものが沢山。もう、萌え萌えでした。のん「こういうのどう?でもイランでは市販のがあるんだよね?」(カラーペーパーとかを取り、見せる)ダー「こういうのを使って、自分で書いても良いんだよ」(と、涼しい笑顔)のん「でも、のんはペルシャ語書けないから、凄い時間かかってしまうよ」ダー「大丈夫だよ、そんなのみんなにやらせればいいじゃん」(兄弟姉妹が多いので人海戦術を提案 笑)のん「え~それは、どうなのよ~」(嫌じゃないけど、複雑だった。だってDM作成じゃないんだからね・・・)でも、意外と前向きな印象だったので、例えば、どうしても日本での披露宴のような手作りアイテムを使いたいって希望があったら、それはダメじゃないんだ、選択肢にあるんだ~ってうれしかった。イランで一般的であろうカード屋さんも大いに興味あるので、せっかくならイランスタイルにどっぷりってのも醍醐味だから、そうする可能性が大きいけどね。でも、選択肢があることが、やっぱりうれしいよね。しばらく見て回って、Mちゃんも悩んだ末、気に入ったものが手に入りました。そして、ユザワヤを出て、イオンに戻りました。食品類を買いに回りました。その後、私の強い希望だったお寿司を食べました。フードコートに隣接してる回転寿司(結構おいしいです)で妹と二人。その間、ダーリンはと言うと・・・お寿司屋さんに入れない彼(魚介類がにおいもダメなので)、心は痛かったんだけど、無理やりお店に一緒に行ってもらう事の方が酷なので、フードコートで待っててくれた。ダーリンには好物の、サブウェイのケイジャンチキンサンド(カスタマイズ:ピーマン抜き、トマト・ピクルス増量)とコーラを買って来て食べててもらいました。一緒にいるのが一番だけど、これだけは難しいんだよね。満足いく食事が出来、ダーリンと合流。2Fの洋服やさんをサラッと見て周り、家路へ。結局、行きも帰りもダーリンに運転してもらってしまった。帰り道、途中でもの凄く眠くなってしまって、寝てしまった。実家に妹を送り届けた。買い物を振り分け、母がお米をわけてくれた(うちは農家じゃないので買ったもの)。ありがたや~。無事に家に着いた・・・と言いたかったのだけど・・・ある事について、話がもつれた。私がしつこく詰め寄った。別に、ダーリンが何か悪いことをしたわけではない。ただ、「どうして?」ってことに、私が納得できない返し方をしてきたので、しつこく言ってしまったのだ。話が平行線になってしまい、険悪ムードに。彼は、私の心情をわかってたのか、今までにはないような態度を見せた。それは、喧嘩になると彼はキレてしまって、落ち着くまで近寄れない感じになる。手は上げないし、暴言も吐かない人だけど、頑固だからほとぼりが冷めるか、私が折れるしかない。それが、彼がスキンシップ(ふざけてプロレス技かけたりして)をすることで、雰囲気を良いものに戻そうと努力してくれてたようだったのが私にもわかった。だけど、ご存知の通り、私もそうとう頑固。しつこい。私は、しっかり会話できれば、自分の意見と違っても受け入れることはできる。だけど、ダーリンは面倒くさかったり、ハッキリしないことだと、邪険にと言うか、話し合いを拒否することがある。どんなことでも「理由が知りたい」タイプの私に、うんざりしてるところはあるかもしれない(苦笑)。会話を最重要視する私は、おしゃべりだってのもあるけど、しっかりなんでも話したい。それが、ダーリンなら尚更ね。そして、私が詰め寄ったある事への彼の返答に、私が泣きながら「もし○○が○○だったら?・・・」とあくまで仮定の答え(しかもマイナス思考なもの)をグズグズ言い出した。泣くのが嫌いなダーリンは、私が泣くと「もう話は出来ないから」ってなるので、それだけでイライラしてたと思うけど、私の不安定な気持ちを理解してて、精一杯辛抱してたけど、だけど、「それしかない、そういうことだから!」と理由らしい理由を言わずに言い切り、プイッとした。そして、また私の両目からは大雨が。お互いイライラしてた。「出て行け!」ダーリンはタンスから靴下とパンツと着替えを持って、出て行った。私は追いかけなかった。行き先はわかってる。隣の市にある、義兄の別荘だ。しばらくして電話した。案の定出ない。ストーカーばりに、ずっとかけ続けた。向こうも痺れを切らし、出た。「別れたいんなら、別れれば良いじゃん」・・・思ってもないことを言うのん。「別れは・・・しない」・・・ちょっとへんてこな日本語になってた彼。完敗。彼の方が、何枚も上手。私の悪い癖をしっかりわかってる。でも、もう許してくれなくて、二度と帰って来ないかもしれない。結婚が白紙になるかもしれない。それでも、あれだけ泣いて怒った私なのに、彼に穏やかな感情を抱いてる・・・不思議だ。喧嘩のきっかけとなったこと・・・誰が悪いって趣旨のものではなく、あることへの取り組み方について、私が不安を持ってるということ。ちょっと結婚にも関わることだけど、イランでのことではなく、日本でのこと。待ってれば、私に悪いようなことは一切無いのはわかってるのに、不安が私を急かしてしまった。ダーリンごめんなさい。
2007.01.21
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とにかく眠かった。のどが腫れてて、咳き込んで起きて水分とってまた寝た。先日申し込んだ旅行のチケットが今朝、宅急便で届いた。一緒に行く友達に頼まれて、ツアーの申込みを私がして、振込は友達がしてくれた。日が迫っているので、ネットからはもう受付が不可で、電話で予約した。その時対応してくれた男性は、最初声の印象では頼りなさげだったんだけど、一生懸命な感じが伝わって、丁寧だったので、よしとした(えらそうだな、おい)。友達が仕事の合間に振り込むよって言ってくれてたので、お任せだったんだけど、振込時間が昨日の15時までに間に合うか?ってところだった。念のため、キャンセルはしないからと発送は振り込み確認が出来なくてもしてくれるように約束取り付けておいた。だけど無事に間に合って、予定通り今日チケットなどが送られてきました。(友よ、ありがとう)中身を確認し、旅の目的である某Gのコンサートチケットと一緒に保管。楽しみだな~。そして、その後またふわふわと寝入ってしまった。母からもメールが来たり、電話が来たりしてたけど、放っておいた。面倒くさい病が出てて、リビングの片付けとか、洋服の整理なんかをちょこっとだけして、あとは寝てるような一日だった。元気の源がないと、ミイラのようなのんなのでした。
2007.01.20
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『ハナバンド』のこと、ダーリンに聞いた。文字通りに伝えたら、案の定、発音が違うらしく、最初は「何それ」と言われ、内容を教えてもらったとおり伝えてみたら「ああ、それね」と解ったようでした。が、残念なことが・・・。「うちは、それやんないよ」え~!?!?なんで~???「そういうのをやる地域もあるけど、うちはやらないよ、お姉ちゃんたちもやってないし」どこの地域限定のことかはわからなかったんだけど、彼の勝手な考えとかじゃなくて、彼のファミリーはやらない方針(っていい方硬いけど 笑)みたい。あ~ん、2着ドレスが着られる(作れる)~って思ってたのに、残念。お姉ちゃんたちも、白いウェディングドレスだけまとったらしい。こうなったら、日本での披露宴(時期は未定)で、お色直ししよう!!カラードレスも着る気になっていたので、ちょっと拍子抜け。まあ、披露宴はするのは間違いないから、いいか。他にも「こんなことしたよ」「こういう儀式あるよ」って情報、くださ~い。あ、イラン限定でね。最近挙式披露宴した方から、懐かしい記憶の引き出しを開ける花嫁の大先輩方、皆様よろしくお願いしますね。
2007.01.19
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妹が体調悪く、寝込んでた。彼女は、私と違って、小学校から無遅刻無欠席を続け、皆勤賞で表彰されたくらいの人。今も、私と同じ婦人科疾患(程度は違うけど)があるので、時々は体調がとことん悪いことがある。それでも、仕事は休まない。年休を月経期を予想して取っていたり、努力家だ。私のように、寝込むのが当たり前のようにならないで欲しいと祈るばかり。今日も、彼女は年休で、せっかくの休みなのに寝込んでた。母からメールがあり、あれこれ買ってきて欲しいとリクエストが入ったので、私も本調子じゃなかったのだけど、妹もかわいそうだと思って、車を出した。まず最初に『なかやの鯛焼き』を買い、果物などを買うため、実家に近い方のスーパーでバナナとみかんを買った。ドラッグストアで、薬と私用に「グッスミン」を買ってみた。実家に着き、妹の近くに行き、買ってきたものを広げた。母が買ってきたものを見ながら、いつもの明るい調子で「ありがとね~」と言いながら、お茶を入れてくれた。母のお茶を待たずに、妹は鯛焼きにパクついた。私も、鯛焼きにかじりついてた。お茶を入れてくれた母にも鯛焼きを勧め、お茶を頂いた。おだやかな時間が過ぎた。何も考えず、鯛焼きをかじって笑ってた。ダーリンから電話が入った。外が暗くなったので、自宅に帰った。母が外まで見送りに来てくれたのだけど、咳が止まらず、胸が痛かった。冷たい空気を吸ったせいだとおもうけど、ここ数日喉が腫れてて、ダルかった。まあ、精神的リスクを強く感じたせいもあるだろうけど、体調が悪くなっていくのが実感として感じられた。家に着くと、ダーリンが帰ってきてた。なだれ込むように、眠ってしまった。ダーリンが、フランスパンとスィーブザミニを買ってきてくれた。アダッスィを作ると言ってアダスを鍋に入れ、火にかけていったのはわかってたんだけど、意識は朦朧としてた。ダーリンが帰宅しても、ボーッとしてしまっていた。夕食はとてもおいしかった。ダーリンありがとう。ダーリンがいてよかった。食後も、意識が遠い感じがしてた。みぞおちの辺りが重くて、動悸がしていた。不整脈が起きてたかもしれない。循環器内科に電話して相談しようかと思ったんだけど、心因性とか気候の影響かな?と自己判断でやめてしまった。なんか、不快症状があっても、循環器内科だと、もっと緊急性の高い重症の患者の方が山ほどいると思うと、「ちょっと不安」とか「不快症状の自覚症状がある」とか言う程度では、大袈裟に考えてるだけかも・・・って思ってしまったり。そこら辺の線引きがわからなくって。持病の方は、おそらく急激に悪くなるということはないけど、やっぱり手術の計画は早めにした方がいいのかな?私は、彼に言ってある。持病の問題があるから、イランに行くには沢山の準備が必要だと。それが観光旅行だとしても、結婚の手続き、挙式披露宴のためだとしても、私は準備がいるのだ。心臓のことだけではなく、婦人科疾患もある。イランの医療レベルは問題ないということは聞いている。だけれど、私は私の主治医に診てもらいたい。それは行き先が、国内であっても同じ。これ以上、遠方には引っ越したくないのだ。結婚のことも、ここで楽しく話題としてあげている『花嫁への道』も、私の事情で全てダメになることもあるかもしれない。けれど、ダーリンが私をしっかりと支えてくれ、二人で歩いていくと決めたから、私も幸せになりたいし、ダーリンを幸せにする義務が私にはあると思う。ダーリンは、たくさんの二人の夢を叶えるべく、頑張ってくれている。こんなハイリスクな女を、「のんじゃないとだめなんだ」「のんがいてくれればそれでいい」と言ってくれる。子供のことも、それ以外のことも、私とじゃなければもっと楽に生きられるかもしれないのに、私と人生を歩むことを決めたダーリン。結婚はタイミングだと思う。焦ってもダメ、時間をかけすぎてもダメ。私たち二人にとってのベストタイミングに結婚できたら、それは私たちのファミリーのファミリーにとっても、友達にとっても幸せな出来事になると思う。誰にも迷惑をかけず、私たちを知る全ての方に祝福してもらえるような結婚でありたい。どうやら、風邪引いてるみたい。デトックスしなくては。そろそろ岩盤浴にも行きたいな。寒い日が続きます。皆さんも温かくしてね。
2007.01.18
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ここを読んで下さってる皆様には、大変ご心配とご迷惑をおかけしましたこと、あらためてお詫び申し上げます。のんの結婚準備は、妄想もたっぷり含みつつ現実に進行しておりますので、ご心配なく(笑)。『花嫁への道』もパート4になりました。今回は、ブライダル雑誌などについて・・・書店でも独立してコーナーが設けられているくらい、ブライダル関連の雑誌はたくさんあるね。ものすごいページ数で、しかも値段も高い(ものが多い)。けれど、こういう雑誌とかを読んでる自分に酔いたい気分(あ~私結婚するんだな~とか、まさに妄想)もあったりするので、厳選して買ったり、痺れる手をごまかしつつ長時間立ち読みしたり(嫌な客)してしまいます。そこで、ネットで情報検索してたら発見。結婚情報誌City Weddingというもの。首都圏限定になるそうなんだけど、半年間(6回)無料購読できるんです。無料だからと申し込んだら、早速届きました。タイミングのせいか、1月号が届いた数日後に2月号が昨日届きました。無料なので興味がある方はぜひ申し込んでみたらよいかと思いますよ。あとは、ネットで結婚に関する情報サイトがけっこうあって、テーマが結婚なだけにサイトの雰囲気もかわいらしいものが多く、そういうところを覗くのも楽しいものです。ブライダルフェアの情報とか、各種割引情報とか結構お得な情報があったりします。ドレスの試着フェアとか、興味深いものもあって、ダーリンをどう言って連れ出そうか?と思案中です。イランの挙式を先にする予定なので、日本での挙式披露宴の情報だと、不要なものもあるんだろうけど、一通りの用意するものとか眺めてると、心がウキウキしちゃうよね。引き菓子一つとっても、いろいろあるし、選ぶのも楽しいよね。イランではどういうスタイルなのかは、詳しくは知らないので、イランオリジナルの準備リストが欲しいな~。今、一番力を注いでるのはやっぱりドレスのデザイン選びかな~。(ニルファママさん情報で)2種類用意するであろうドレス、メインのウェディングドレスの方はほぼ決まってて、飾りとかそざいとか細かい部分をこうしたいああしたいと考えているところ。もう一つのドレス(ハナバンドで着る方)は、まだ何にも考えてないけど、色の候補とか、こういうデザインがいいかな~とか、妄想(←)は果てしなくなってる。ちなみに色の候補はターコイズブルーかな。ピンク好きなんだけど、ライトブルー系に気持ちが行ってます。ターコイズブルーは似合うとよく言われる色なので、いいかもしれない。ターコイズはイランの特産品でもあるしね。プラス、ドレスをまとう私のボディね。エステも行きたいし、ダイエットも必要。ブヨブヨなお嫁さんはやっぱりいただけないものね~きれいになりたいね。ただ体重減らすのは美容的にいいことないので、健康的にダイエットしよう。健康的←これ、私は重要ね。持病があって、しかも、美容面に影響が出やすい婦人科疾患。それをカバーできるくらい、心身ともにスマートに素敵なお嫁さんになれるようがんばろう。せっかくダーリンからたくさんの愛情を貰っているのに、おブスで醜い女じゃ恥ずかしいし、申し訳ないものね。他人と比較する必要はないんだけど、ダーリンが喜んでくれるようなお嫁さんになれたらいいな~。
2007.01.17
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昨夜から、不本意ながらもこのような内容の記述が続いておりますこと、ご容赦ください。昨夜、私に対しての迷惑行為が横行しだしたことを報告しました。複数のお友達の方から、「私がその方に対して悪口を言っている、気をつけろ」といった内容のメールが届いたとのこと。お友達は、私を信頼してくださり、内容は事実無根であることは相互理解済み。プロバイダ名などの情報を頂きました。やはり、同一人物です(送信時刻からしても、一連の作業を終えての送信だったようです)。受信者の方は、私に気を遣ってくださり、知らせない方がいいのでは・・・?と迷われたそうです。私は、これが一番許せないです。相互リンクをしている方、書き込みをしてくださったことのある方、Mixiや他サイトで交流のある方など、私に関わる方に対する迷惑行為は、断じて許せません。私を孤立させる、私がバッシングを受けることを楽しみとしているのかもしれません。それは別に大したことではありません。けれど、私に関わることで、私以外の人間がいかなる形でも迷惑を受けることは絶対にあってはならないし、申し訳ない気持ちでいっぱいです。そこで、お願いがあります。もし、(ハイパーのんちゃんが○○さんのことこんな風に言ってるから気をつけて)などの不審なメールを受けた方がいらっしゃりましたら、お手数ですがお知らせ頂けないでしょうか?受信者の方のプライバシーを侵害するようなことは一切いたしません。内容の公開はご本人様の了解を得てのみ致しますので、宜しくご協力お願いします。先ほど知らせてくださった方は、全ての内容を公開してもいいとおっしゃって下さったのですが、その方への嫌がらせが始まってしまってもいけませんので、ご了承のもと、現段階では内容は伏せております。私のブログを長らく読んでくださっている方々には、このようなつまらない、くだらないトラブルで、画面を汚すこと大変遺憾であり、恐縮しております。これからも、気軽に立ち寄れるようなブログでありたいと思っておりますので、しばしご理解のうえ、お待ち下さいますよう、お願いします。当ブログ筆者 ハイパーのんちゃん
2007.01.16
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「イラン」関連のコミュニティ(主にイラン人のパートナーをもつ女性の方のコミュニティサイト)である『Samimi』へは、管理人さんともご縁があり、また、私もパートナーがイラン国籍なので、数年前からお世話になっている。 BBSにも時々書き込みさせてもらっている。 なんとなく、虫が知らせたのか、サイトを覗きに行った。すると、第2掲示板のずいぶん前のスレが、UPされているので「?」と思ったら、全て、私のコメへレスがついていた。 出産を控えている方へのコメントには 『ヒトノシンパイシテルバアイジャナイーーーヨノンジャンジブンガウメヨナ』 イラン人と交際している方の悩みへのコメントには 『ヒトノシンパイシテルバアイジャナイーーーヨノンジャン』 ある手続きについてのコメントにも 『ヒトノシンパイシテルバアイジャナイーーーヨノンジャン』 と23:07~10の間に、レスをつけてくれていた。 ちなみに、プロバイダはこのブログの私書箱メールへ届いたものと同じ。 IPアドレスも同一人物。 これ以上の詳細は書けないが、同じ人物の「しわざ」なのは文章のクセなどからもわかる。すごいね、笑えるよ。 ちなみに、これらに答えるとすれば 「アリガトウ」 かな。わざわざ心配してくれて。 でも、他人様が管理しているサイトにまで嫌がらせの手を伸ばすのはモラル違反。 言いたいことがあるなら、正々堂々と言って来い。 ゲスオンナ!! (口汚いね、ちょっと反省)私は、争いたいのではない。これらの行動は、今回初めて起きているのではない。以前にも同様の動きがあり、私以外の人が被害に遭って来た過去がある。これは、病気です。自身の行動に責任と歯止めが効かないってことは、治療が必要な病気です。心の病は、時間がかかると思います。けれど、私は思います。精神疾患ではなく、育ちとか性格もあるって。(※これは、精神疾患にかかってる方を指してるのではありません、ご了承ください)そういう生き様の人は、何かアクションを起こすとなると、こういった手段しか取れないってこと。これは、その人の親の代からの責任でしょう。たとえ、今大人であっても、子供の次元に戻って修正しないと一生こんなことの繰り返しになると思います。相手が私でよかった。私は、この人を憎んでも恨んでもいない。ただ、こういうやり方から早く卒業して欲しい。
2007.01.16
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2007年01月15日22時00分 From: 通りすがりさん 結婚できなくて妄想?出来ないのはニンシンか。藁藁 私は、割と好き勝手なこと言ってる割に、変な嫌がらせってあんまり受けてない。スパムメールとかも来ないし(普通に対策はとってるけど)、ブログ閉鎖に追い込まれるような変なこともされてない。ですが、めずらしく本日上記のようなメッセージが私書箱に届きました。「通りすがりさん」なんて掲示板ユーザが使いそうなHNの某プロバイダユーザさん(特定済み)から、面白いコメント頂きました。結婚できなくて妄想か~、そうかもしれないよね。だってさ、ブログなんて全てがフィクションだっていいわけでしょ?できないのはニンシン・・・当たってるよね、再手術しないと自然妊娠(ニンシンってこういう漢字つかうんですよ、「通りすがりさん」)できないかもって言われてるし、実は男性不妊かもしれないしね。藁藁・・・この漢字って便利だよね(藁)←こう使うんでしょ?あ~傷ついた。すごいショックで立ち直れない。このショックで不妊症になってしまうな~。どうしようかな~、日常生活に支障が出るくらいのダメージだな~・名誉毀損だな~。傷害罪だな~。迷惑防止条例違反だな~。どの弁護士に頼もうかな~?「このくらい、気にしません」「彼が無視しろって言ったので相手にしません」とか言うと思ってるのかな?私はうやむやにすることは大嫌いなんだよね。送り主は、大したことないと思ってるかもしれないけど、大事に仕立て上げることもできるよね。
2007.01.15
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本日は、母の60回目のBIRTHDAY。お母さん、お誕生日おめでとう。母も還暦、赤いちゃんちゃんこは着てないけど、来年からは1歳ずつ若返っていくんだね、と昨日話してた。私がグズグズしてたばっかりに、まだ孫を抱かせてあげることができてなくて、心苦しい。33歳になっても尚、心配ばかりかけている。昨年は交通事故に遭って、怪我をしたり、色々苦労が多かった母。今年は、いい事がたくさんあって欲しい。まずは、ダーリンとの幸せな結婚を無事に成し遂げ、安心してもらいたい。お母さん、これからも元気でいてください。そうそう、昨日MちゃんとCちゃんがこっそり買ってくれた、プレゼントはかわいいちりめんのポーチとめがねケースらしい(見ていない)。もっとババーンと大々的なプレゼントもあげたいけど、とりあえずささやかなプレゼントを。
2007.01.14
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妹Mちゃんの用事に付き添って、北区王子方面に出かけた。Mちゃんの用事が午後からなので、お昼ごろ家を出発した。昨日からの月経痛で朦朧としていた・・・。とりあえず、約束してたので運転は彼女に任せて同行した。天気のいい土曜日なので、道がそこそこ混んでいた。お昼ごはんがまだだったので、明治通り沿いの『バーミヤン』で遅めのランチ。皿うどん、焼きギョーザ、水ギョーザ、ラーメン、ライスセットを母とMちゃんと3人で分けた。あと、ドリンクバイキングも。腹ペコだったので、ガッツリ食べた。食べながら、いろんな話題に盛り上がってしまった。果ては政治の話題まで・・・。Mちゃんの用事の時間が迫ってたので、店を出た。目的地までは、今度は私が運転した。彼女を見送り、母とクルマで待機した。なんだか今日は、私はいつも以上におしゃべりになってたな~と後で思った。1時間くらいでMちゃんが戻ってきた。王子駅前のスタバに寄ろうと思ったら、これからご飯食べに行くんだから・・・と言われてしまった。しかたなく、スタバには寄らずにそのまま巣鴨に向かった。下の妹のCちゃんが、巣鴨駅で合流することになっていた。刺抜き地蔵通りは、17時を過ぎる頃になると閉まってしまう店もけっこうある。もちろん、お楽しみの『塩豆大福』なんて午前中で売切れてしまう・・・。母とMちゃん、のんの3人で歩いていく。しばらくしたら、巣鴨に着いたとCちゃんから電話が入った。かわいい和の雑貨屋さん(ちりめん小物やさん)で合流。かわいい小物にすっかり心奪われ、キャーキャー言いながら、店内を観て回ってしまった。今回の第一の目的地は『マルジ』。刺抜き地蔵尊の前を通り過ぎてすぐに、マルジはある。いろいろ観て回った。のんは、お腹が痛くてそれどころじゃなくて、おトイレを借りたり、ボーっとしたりしてた。今回は、特に何も買わなかった。店を出て、来た道を歩いて戻った。途中、大判焼き(小倉あん)を1個買って、Cちゃんと食べながら歩いた。CCレモンが特売だったので、4本も買ってしまった。(重い・・・)先に歩いていってしまった母とMちゃんを追いかけた。またちりめん小物屋さんにいた。明日の母の誕生日のプレゼントをここで買おうとMちゃんから秘密の相談があり、OKをして、私はCCレモンのペットボトルを車に置きに行くので・・・と母と一緒に先に行くことにした。プレゼントはMちゃんとCちゃんにゆだねた。母と二人で歩いて、地蔵通り入り口すぐのおせんべいやさんで草加せんべいのしょうゆ味と母にはざらめを買って、車に向かった。荷物を置き、また戻った。妹たちと合流し、行きつけのお好み・もんじゃの店『味千』へ。ここのお店とはもう何年もの付き合い。もんじゃはここ以外では食べない・・・って言うくらいこのお店がお気に入り。のんは、お腹が相変わらず激痛で、鎮痛剤を飲んだけどなかなか痛みが引かず唸ってた。だけど、しっかり食べた(笑)。今日はお店が混んでて、2時間の時間制限を言われた。お酒は飲まないので、それでも十分な時間だった。イカキムチもんじゃ、チーズお好み、もちベビースターもんじゃ、ゲソバター、じゃがバター、とうふバター・・・が我が家の定番。デザートにソフトクリーム(マンゴーと小倉をセレクト)を食べて、おひらき。みんな大満足だった。Cちゃんを家に送るために、西東京方面へ車を走らせた(のんは、お腹が痛くて運転はまたまたMちゃんに依頼)。ダーリンから電話があり、現状を報告。無事に、Cちゃんを送り届け、千葉へGO。のんは、月経痛が辛くて、車に積んであった毛布にくるまり、後部座席で寝ていた。2時間くらいしか経ってなかったけど、鎮痛剤を追って飲んでしまった。イブプロフェン製剤のお薬なんだけど、なんか効きが超遅くて、悪いし、短い。その上、すごく眠くなって、眠ってしまった。おかげで、痛みは忘れられたけど、この薬は次は買わないかも。同じ成分でもメーカーによって多少差があるのかもしれないな。24時近くに家に到着、母とMちゃんと別れた。ダーリンがリビングで死んだように寝てた。私に気づいたけど、またそのまま寝てしまった。明日もまた仕事で朝から出かけてしまうらしい。体温が高いダーリンに抱っこされて寝ると、本当に体が温まる。心もかな。
2007.01.13
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1/10で、3シート目のピルが終了した。1/11~17は休薬期間。通常、休薬期間に入って2~3日で月経が来るのだけど、見事に来ました。腹痛がじわじわと迫ってきて、期待してた「無痛月経」というわけには行かず、けっこう痛い。それでも、今までのMAXの痛みが10段階で9だとしたら、7ぐらいかもしれない。悶えるほど痛いし、鎮痛剤を飲まないと我慢できないし(薬は一応効く)、めまいはまるでメニュエール病のようにグルグルまわってる。むくみもあるし、吐き気もする。それでも、ピルの効果は少しでてるような気がする。腺筋症を削り取る手術をしないと自然妊娠できないかもしれない・・・。その言葉が頭の隅にあって、だけど、ピルを服用している間は妊娠はしないわけだから、「不妊にたいするフラストレーション、ストレス」は見事に消えていた。子供が欲しい気持ちは変わらない。でも、自分の体を傷めつけるかのような感情は、抑えられている。月経困難症という嵐が少しでも小さく、短く過ぎてくれることを祈る。
2007.01.12
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ダーリンが、お昼過ぎに仕事のために義兄の所に行き、帰ってこないので、今夜は寂しい晩御飯。外に行けばお金もかかるので、野菜のストックと冷凍庫を覗き込んで、具沢山味噌汁とチャーハン(卵とごはんと混ぜるだけの素を利用)を作った。ジャガイモニンジン長ネギキャベツしめじしいたけグリーンアスパラダーリンがいても、この具だったら私一人で食べることになったと思う。それでも、二人で食べる方がおいしいに決まってる。チャーハンはパラパラに上手にできたけど、ご飯が多かったので残してしまった(明日食べる)。TVをダラダラと観ながら食べてしまった。食後のデザートにりんごを食べた。寂しいとついつい何か食べてしまう・・・昔、「寂しい女は太る」って本があった(読んでないけど)けど、これって「あるな」って思う。
2007.01.11
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ここ数日、超多忙で義兄の家に行ったきりだったダーリンが久々に帰宅。夕食は、焼肉を食べに行きました(安楽亭ね)。最近、ブログで結婚についてのアレコレを書いているんだよ、と話したらニコニコしていた。ドレスについては、ネット検索で見つけた中に、私のイメージとほぼ合致するデザインのものがあって、その画像をマイピクチャーに登録しておいて、見てもらいました。「どう思う?」とたずねたら、「ふ~ん」。ひとつは、とてもシンプルなもので、デザインこそ工夫があるのだけど装飾がぜんぜんないものでした。次に、おなじようなタイプで、フリルとか装飾があってパッと見最初のより少し華やかなものを見せたら、「これいいじゃん!」って言ってくれました。私の着たいドレスのタイプはもう決まっているので、イメージは伝わったと思います。いわゆるプリンセスタイプなどの『ザ・ウェディングドレス』って感じではないので、「え~こんなのダメだよ~」とかマイナス返答が来るかな~?ってドキドキしてたら、「俺のお姉ちゃんでこういう感じの着た人いたかも」って。意外だった(イランの女性の好みとは違うかな?って勝手に思ってたので)。「素材とか選べるかな~?」と言ったら、「シルクだよ」と「安いやつとかだったら他にもあると思うけど、だいたいシルクでしょ?」と言ってくれたので、素材選びについての不安は少し減った。デザインもそうだけど、着たいドレスの素材のイメージってのもあるので、ただ服飾関係の知識は乏しいのでそれが何て言うかは良くわからなくて、触ったり見たりして選びたいと思ってます。日本の披露宴のようにお色直しするのも楽しそうだけど、多分、白いウェディングドレスをずっと着ると思います。満足できるドレスが出来てくれると期待します。それから、エンゲージリングについて・・・。TIFFANYのホームページをおもむろに開き、「これだよ、憶えてる?」とリングの画像をアップして見せた。「ベファニーでいいでしょ?最初はベファニー、結婚指環がティファニーでいいじゃん」と理解不能なことを何度も言ってくるので、私も「や~だ~ティファニ~イ~!!」としつこくダダこねました。しばらく言い合って(喧嘩はしてないよ)、「ママにもう頼んであるから、もらえるもんは貰いなさい」と、既に手配済みであることを言われてしまった。そういえば、随分前に、ママが来日するはずだった時(直前に、イランに住む家族が事故に遭ってしまったためキャンセルになった)に、「のんの希望とサイズは伝えてある」というようなことを言ってた・・・。ベファニーならぬ、ママファニーと来てしまったら、何もいえない・・・。我慢するわけじゃないけど、そのママが手配してくれたリングを楽しみにしてもいいじゃない、って思ったので、エンゲージリングはそうしますかね。ダーリンが言ってくれたように、マリッジリングをティファニーにしようかな?(ってそのつもりだったけど 笑)ティファニーのハイジュエリーは結婚記念日でも、誕生日でもゲットするチャンスはまだまだあるわ(うっしっし)。ティファニーブルーに白いリボンのBOXへの執念にも似た想いは必ず叶えます!
2007.01.10
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ドレス、エンゲージリングと来まして、今度は・・・『ベール』『ヘッドドレス』について。私のんは、着たいドレスのデザインがもうありまして、それに合うことが一番なんですが、似合うかどうかは別として、まとってみたいベールがあります。『マリアベール』です。聖母マリアがまとっているアレと同じデザインのベールです。素敵ですよね~。それから『ヘッドドレス』については、『クラウン』が希望です。タレントの千秋さんがちょこんと被っている様な、キュートなタイプ、あ~たまりませんな~。でも、マリアベールとクラウンって合わないよね、きっと。だとしたら、クラウン優先なので、クラウンが映えるロングベールがいいな~。イマジネーション(妄想?)は果てしないのだけど、ふと思う。私も華の33歳と4ヶ月。お肌の張りも衰えつつあります。くすみは顔だけじゃなく、全身のいたるところにあると思います(冷え性だし、血行不良だし)。花嫁たるもの、真珠のような艶肌だからこそ、ウェディングドレスをまとい、ベールを被り、クラウンを飾って、さらに美しく輝くのではないか?いかんぞ~、ボディケア、一番大事じゃないか?ブライダルエステはもちろん通うつもりだけど、私の場合、一番大事なのは健康状態。こればっかりは突貫工事はだめだから、少しずつ挙式にピークを持って行けるように健康体を目指さなくては!!色白は七難隠すなんて言うけど、セレブのように健康的に焼けた肌ってものいいな~。とにかく、艶やかで張りがあって、たるみのないボディ作り、そして、ハードスケジュールに耐えられる体調作りを頑張らねば。本日の質問イランに限らず、結婚式を挙げた方、お髪に飾ったものは・・・ティアラ?クラウン?ポンネ(って言うんだっけ?)?お花?また、ベールはどんなものをセレクトしましたか?和装を着た方のコメントもどうぞ。楽しみにお待ちしてます。
2007.01.09
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am0:15、実家から母、上の妹Mちゃん、末の弟Sくんと4人で東京へ出発。運転は私。目指すは西東京エリアに住む、下の妹Cちゃんの家。母は助手席で、早速眠ってしまった。妹はしばらく起きてたけど、寝てしまったようだ。弟とずっとおしゃべりしながら進んだ。幕張のセルフSSで給油し、深夜なので道も空いていると判断し、一般道を通って向かった。am3:00無事到着。時間が時間なので、遠慮してどこかで車を止めて朝まで待っていようか?とグルグル回ってきたんだけど、結局場所がなくて、トイレに行きたくなった私は妹Cちゃんにメール、「大丈夫だから来てください」との返信。無駄に30分も深夜のドライブをしてた私たちって・・・笑。到着するや否や、敷いておいてくれた布団にもぐりこんだMちゃん、Sくん。順番にトイレに入り、母も横になった。布団に潜り込んだはいいけど、運転してたせいで妙に目が覚めてしまって、Cちゃんが買ったファッション雑誌を読んだ(しかも2冊読破)。さすがに朝からの予定に支障が出ると思い、寝た。am7:00に近くのガストにモーニングを食べに出た。ツナトースト、結構おいしいです。本日のメインイベントである、不動産屋さん訪問の予約がam9:00なので、8:00過ぎに店を出た。朝のラッシュを懸念して早めに出たのだけど、すぐに着いてしまい(苦笑)、時間を潰すのが大変だった。9:00ちょうどにお店に行き、母とCちゃんSちゃんを置いてきた。のんとMちゃんは、駐車場が有料の一般パーキングしかないとのことで、乗車したまま路駐して待ってた。本日の目的は『西武池袋線沿線の大学に入学するSくん』と『西東京エリアで仕事し、一人暮らししてたCちゃん』がこれを機に一緒に住むことになり(CちゃんがSくんをサポートしてくれる形になります、偉いです。)、そのための物件探しをしてて、内覧の予約を入れての訪問です。去年、指定校推薦で受験生の中でも一足早く合格が決まり、それから少しして、Cちゃんと一緒に住むことがハッキリと決まり、PC環境にある私がネットを駆使して物件探しが始まりました。地方に住む方よりは、探している場所が日帰りできる距離なのと、すでに土地勘がある場所なのでラッキーだけど、何度も往復するには経費がかかりすぎるので(ただでさえ物入りな時期だし)、ネットでリサーチし、情報を集め、不動産会社にメールで問い合わせしたりして、物件を絞り込んでいった。不動産屋さんを入れないうちにいくつかの住所がわかった物件は外側を実際に見に行ったりもした。お正月休みが過ぎ、本格的に動き出すことにし、不動産屋さんにメールを入れて、内覧の予約をした。私や妹たちの経験からも、不動産探しのシーズンと言うものがあって、とくに大学とかがあるところは3月になってからだと、良い物件はもうなくなってしまう。妥協して、条件を下げた物件を渋々決めることになることも少なくない。今回は単身ではないので、ワンルームはNG、男女の同居なのでセパレートタイプの間取りが希望となる。社会人のCちゃんは会社から通勤費が出るので、学生のS君に便がいいような場所で捜すことになった。某H市、K市、N市、M市からどんどん絞込み、最寄り駅を絞り、Yahoo!の地図で駅との距離、立地を調べるため、地図を頭に入れ、○○町はここらへん、△△町は駅の反対側だから候補から外す、など詳細を覚えた上で、絞り込んだ100件くらいの物件の詳細情報や間取りを一つ一つ見ていった。某市の地図、もう頭に入ってます(笑)。条件に近いものをピックアップしていった。そして、去年の暮れに行った時に探し当てて見て回った。本当は、そんなことせずにすぐに不動産屋さんに行けばいいのだけど、そうしなかったのは、もし気に入っても、入居の時期は3月頃で良いので、家賃の発生を先延ばしに出来るかわからなかったこと、初期費用の支払いもなるべく後回しにしたいということもあったので、急げなかった。あと、知人の不動産屋さんが暮れの迫った時期に不動産屋さんに行くと、何か良からぬ事情があるのではないかと、悪い印象をもたれる場合があるというアドバイスをくれたので、年が明けてから動き出そうと決めていたのだ。女性の担当がつき、本日の物件巡りの案内をしてくれることになった。5人で出向いた私たちは1台には乗り切らないので、母、CちゃんSくんが不動産屋さんの車に乗り、私とMちゃんは現地で合流することになった。内覧の予約を入れた4件のうち、家賃が5千円安い物件は決まってしまったそうで、他の物件も用意しててくれたのだけど、希望と違ったので、3件を見せてもらうことで決まった。住所は全部わかってたので、私とMちゃんは直接アパートに向かった。1件目は、駅から割りと近いけど、ゴミ集積所がめちゃめちゃになってた時点で家族全員が「だめだ」と感じていた(後でわかった)。物件自体は古めだけど広くて、とにかく日当たりが良かったのだけど、更新ができない事情がある物件だったため、見て気に入ったら考えたけど、結果NGということに。2件目は、1件目と同じ大家さんで同じく更新できず、古いけど1件目よりは常態は良かったのだけど、住環境は同じで、NGということになった。3件目は、駅からの距離は1~2件よりは5分くらい遠くなるけど、閑静な住宅街に立地し、建物もきれいだった。実は、ここが私の一番の候補で、一度年末に電話で問い合わせをしてたんだけど、その時出た男性スタッフが「この家賃はキャンペーンで、年内までです。年内に決めて、入金しないと駄目です」と客に対して良いとはいえない対応をされて、「ならけっこうです」と断った経緯があったのでした。母とMちゃんはそれを気にしてたんだけど、ネット検索したらまだあったし、家賃は予算内のその値段のままで掲載されてたので、問い合わせたのでした。間取りも振り分けタイプ、ゆったりとした広さが合って、条件的にはベストだった。実際に住むことになるCちゃんに電話で確認してた時、彼女も第一候補は実はここだと打ち明けてくれていた。内覧の予約を取り付け、本日中を見ることが出来た。1、2件目がクリーニングしてない、リフォームしてない、という状態だったこともあり、リフォームが済んだばかりのきれいな部屋に皆がホッとした様子だった。陽当たりもとてもよく、明るかった。DKは余裕があり、脱衣所もドアで仕切られていた。トイレもゆったりめだった。文句をつけようと思ってもなかなか見つからなかった。ひとつあげれば、部屋は2Fなのだけど、階段が狭いってことかな?不動産屋さんに戻り、話を煮詰めた。家賃は本当は提示されてる額より1万円高くて、共益費も2000円かかるそうだ。だけど、今回はマイナス1万円で、共益費は0円。父に電話し、決めて良いか相談した。内覧した家族は全員気持ちは決まっていた(後で確認した)。私と似ていて潔癖で神経質なS君でさえも、ずいぶんと気に入ったようだった。内金を支払わずに帰ると、他のお客さんにも案内されてしまう。ドキドキしていたが、母を中心に、担当の女性ともじっくり話し、手付金を払うことにした。まさかトントン拍子に決まるとはさすがに思わなかったので、皆お財布にお金が入っておらず、お札をかき集めて手付金を支払った。沢山の書類を用意され、目を通し、説明を受け、随分長居したけど、お昼を過ぎたところで一連の流れが終わり、店を出た。決まってしまった!!!ドキドキしてしまったけど、この予算でこの先これ以上好条件、好物件は出ないだろうと全員一致の意見だったので、即決したのでした。皆が笑顔だった。よかった。腹ペコだった。5人でサイゼリヤに行って、たらふく食べた。不動産って本当に出逢いだから、こういうドラマも起こりうるのだけど、私が沢山の中から探し出し、縁あって辿り着いた物件に決まったことは、お姉ちゃんとして少しでも貢献できたとうれしかった。調べたり、探し出したりすることは好きだし、得意なので役に立ててよかった。これから先、経済的協力が出来るように頑張りたいな。
2007.01.08
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ドレスに続き、エンゲージリング。どんなものをもらいましたか~?私は、王道、定番のTIFFANY Co.がいいな~と思っています(すでにしつこく主張済み)。父が仕事でアメリカに行ったとき、母にお土産を買ってきて、それがTIFFANYだったの。あの、水色の箱は心が躍るよね~(あ、中身の方がもっと踊るけど 笑)。過去に、自分でリングとバングルを買ったことがあったので、その時のBOXは今でも大事にとってあるけど、エンゲージリングの時のBOXって違うのかな?「寿」って入ったエンジとか赤いBOXを見たことがあるんだけど・・・。私は、そういうのより水色のアレのほうがいいな~。いつも、「ティファニーでお願いしま~す」って言ってるんだけど、ダーリンは自分の名前をもじって「ベファニーでいいでしょ~?」って笑ってごまかします。そして冷静に、「同じ金額出したら、他ならもっといいのが買えるでしょ?」というもっともなご意見もされるのでした。母の大学の同級生の宝石商の方に頼んだら、きっとサービスしてくれるかもしれないのだろうけど(勝手な想像)、それもな~。単純な憧れもあるけど、25年位前の記憶(父のアメリカ土産)という思いもあって、これは敵国(笑)の会社だけど、ゆずれない・・・と思っています。さすがに、エンゲージリングは御徒町の問屋街で買うのは複雑です・・・。普段使いのアクセサリーのほとんどは上野近辺だけどさ~。私のわがままこだわりです。あ、ちなみにプラチナではなく、イエローゴールド派なので、エンゲージももちろんYGにします。日本人はプラチナ台の方がやっぱり人気が高いので、扱っていないところもあるんです。ティファニー銀座店、取り扱い確認済みです、ウシシ。今年、ティファニー銀座店で、イラン人(に見えないけど)と丸顔のつぶらなタレ目がショーケースにかじりついてたら・・・私です。お気楽なことばっかり言ってるけど、大変なことはまだ先にならないと降りかからないから、今のうちだけ、好きなこと言ってます。ドリーマーになっているわけではないので、ご安心を。
2007.01.07
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昨夜から降り出した雨、一日中降っていた。関東でも北のほうは大雪だったそうだけど、南関東千葉県は終日雨でした。昨日は風邪症状が出てて、夜もみぞおち(心臓部分)が痛むことがあって、不安になった。痛みが続くようだったら医師に相談しようと思ったけど、眠れたし、起きたら大丈夫だった。目下、服用中の低容量ピルも今クールはお蔭様で、不正出血や頻発月経も起こらず、腹痛もなく、順調に来ている。だけど、異常なくらいの食欲・・・危険だ(ピルのせいじゃないかも?苦笑)。もうすぐ今回のシートが終わるので、次の月経の状態が気になるところ、何かしら快方に変化が見られたらいいな~。薬の副作用がない私は、ラッキーだな。体質に合わなくてのめない方いるもんね、ヘビースモーカーもだめだしね(漫画NANAのナナはピル飲んでるのにタバコスパスパ、本当はだめだよ~。若いからいいのかな?)。 ところで、花嫁と言えばウェディングドレス。のんも、こんなのが着たいな~ってデザインがあるのだけど、デザイン画を起こす事も出来ないし、ウェディング系雑誌って高いからバンバン買うわけにも行かない(宣伝広告ばっかりなのになんであんなに高いのよ~)し、悩んでいます。別に、急ぐこともないのだけど、なんとなく心はやるって感じ?我がダーリンはイラン国籍、イラン人の旦那(彼氏)をお持ちの方ならお解かりだと思うけど、日本のように一年前にはこうして、半年前にはこうして、なんてスケジュールは描かないほうが身のため。イラン人、の~んびりしているけど、いざ何か行動するとなると、即断即決。旦那が「明日○○するゾ!」って言ったら、それが結婚式でも明日行われる・・・というのが大げさじゃないってこと。なので、私が勝手にドレスのデザインをいつから考えいようと、早すぎると言うことはないってこと。本番はいつになるのかわからないもの・・・ね。それでも日本での披露宴は、そうはいかないのは我がダーリンはわかっているので、私主導でやればいいよ、と言ってくれている(日本でも開く予定です)。けれど、イランでの挙式披露宴となったら、おそらく私の希望・意向は受け入れてもらえるだろうけど、イランスタイルに従わねばならぬことも多々あるだろう(郷・入・郷・従)。ダーリンのファミリーは男女一緒のスタイルなので、いわゆる披露宴会場ではなくて、自分家でやるよ、と言われた。私もそのほうがいい。パーテーションごしの披露宴なんて、私は嫌だモン。(今ママが住んでる)彼の家なのか、ファミリーのどなたかの家で大きなお家を借りるのか?そこらへんは、まだ聞いてない。ここで、質問。イランで挙式披露宴をした経験のある皆様、ドレスはどんなのをお召しになりましたか?デザインとか、できれば細かくきかせてくださ~い。コメント公開NGなら、私書箱宛でもOKで~す。よろしくね。花嫁への道は、スタートしたばかりです。どうぞよろしくね
2007.01.06
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ここ数年、ネットを介して自分とは違うスタイルを生きてきた人々との出会いが沢山あった。リアルな人生においては、たとえば小学生、中学生くらいまでは、生まれた場所、育った場所、年代、環境なんかがほとんど同じだから、趣味趣向は違えど、なんとなく共通の視点というものを持っていることが多い。高校生くらいから、社会が広がり、多種多様な人間の存在に触れる機会が増えて行くのだと思う。今は、ネットのおかげでそういう段階を経ることなく、多種多様な人間と触れ合う経験できる。また、全く同質の趣味趣向を持つもの同士のみの触れ合いだけしか経験せずに大人になる・・・ということも大いにある。最近の風潮として、スタート地点ですぐにゴールをさがすか、答えを知りたがる人が多いような気がする。ゴールや答えに行き着くには、行程(工程)があり、例えばゴールに向かうには、いくつかの角を曲がり、坂道を登ったり降りたりする必要もあるかもしれない。私自身も、先に答えを求めてしまうこともあったかもしれない。ろくに土を肥やすこともせず、種をまいた次の日に実りを求める、花が咲かないと腹を立てる。そんなことは、今まではずかしながらも沢山あったような気もする。お稽古事を幼いころからいくつか経験している。2歳からはじめたピアノと絵画は、自分が好きで楽しくて仕方なかった。だけれども、ピアノならレッスン日まで毎日お稽古しなくてはいけないし、絵画なら作品展までに規定のテーマを仕上げないといけない。「しなければならない」私は、これが苦手であり、大嫌いだった。ピアノなんて、好きだから一日中弾いていることもあったし、教則本を続けて何冊も弾いたりすることもよくあった。絵画は、「おえかき」「らくがき」だけど、スケッチブックやらくがき帳を何冊も何冊も書いたりすることもあった。発表会で、自分より大きなお姉さんたちがきれいなドレスをまとい、ステージで堂々と演奏する姿には憧れた。ピアノはあまりに幼かったので、先生が変わってしまったのと引越しを機に辞めてしまった。その後は自宅にマイピアノがあったので独学で自由に弾いていた。考えてみれば、それからの方が熱心だった気もする。それでも、先生について習っていた子は、キチンとしていると子供ながらに違いを感じていた。絵画は10年以上続けていたかな?賞もいくつかもらった。けれど、作品展に出品するとき、いつも私は締め切りギリギリだった。マイペースと言えばスマートかもしれないけど、単にわがままなだけ。ピアノだってドレミの練習の次にいきなりショパンは弾けるようにはならないし、絵画も2歳であっても色彩学の基礎は勉強した。意外かもしれないけど、芸術やスポーツのジャンルにおいては、階段を飛ばしてはいけない。天才と呼ばれる人であればあるほど、才能が溢れている人ほど、基礎を徹底して学んでお稽古している。私は、コツコツ積み重ねることが大の苦手。自分で言うのも変だけど、幼いころから、机の上の勉強は得意だった。読み書きが早かったこともあるし、ませていたので、随分幼い頃から辞書や百科事典を引いて色々知ることが好きだった。それでも学校では、いわゆる「優等生」ではなくて、授業では発言はバンバンするし、テストも学年上位だった。けれど、学校の成績はそれだけでは評価されない。忘れ物はする、宿題はサボる、提出物は期限を守らない。廊下に立たされたりなんてしょっちゅうだった。私とは正反対の友達がたくさんいた。忘れ物はゼロ、宿題は早めに済ませている、提出物はいつも最初に出す・・・すばらしいよね。そこだけ見ると、私とそういう友達は、はなっから別々の道を行きそうだけど、人間ってだいたいの人生って決まってる。10代、20代、30代に経験すること、するべきことってだいたい同じでしょ?人生がすごろくに例えられるなら、人生には時には何マスも飛び越えることが出来ると思う。でも、最初にゴール目前に突っ走って行ったものや、ゴール目前のマスまでワープしたものが、『勝利』なわけじゃないことを、あのボードゲームの『人生ゲーム』でもわかる。10代は20歳までの3年位を病気と怪我で苦しんだけど、高校も普通に卒業できたし、大学も合格した(中退しちゃったけどね)。20代は、いろんな経験をできた。涙に暮れた、生きる自信を無くし、心がどこかで彷徨っていたような頃もあった。持病に苦しめられ、痛みと共存してきた20代だった。けれど、それをサポートしてくれるダーリンとの出逢いもあった。30代になり、友達、親友がみな結婚し、出産を経験し第2子を授かっている子もいる中、持病を主な理由とする不妊に自分を追い込んでいた。体にメスを入れ、大きなメンテナンスもした。33歳になって初めてわかった、身体的特徴(先天性心疾患)。社会人として、何一つ満足できる結果を実感できずに来た。幾度もの転職(派遣契約の終了も含む)の度、自分を責めたり、対企業の不満に心を濁らせてきた。出来ない理由をみつけること、出来なかった言い訳を探すことに必死だった自分がいる。仕事が忙しければ、家が片付かないことも、自炊できず外食が続いたこともすべて「仕事」のせいにした。仕事をしていなかったり、とくに忙しくなくても、結局部屋は片付いていなかったり、料理もたいしたものを作れなかったり。自分のマイナス部分をすべて、誰かの、何かのせいにしてきた自分がいた。こんな自分は、もういらない。今年の私は、そういうのはもう去年の自分とともに置いて来た。家族のあり方を一生懸命伝えても、届かなかった相手が他人の言葉を自分のものにして語っていたことがあった。最初は「は~?」と思ったりもしたけど、「あ、届いてたんだ」と思えるようになった。何そんなこと言ってんだよ~!!って言いたくなるようなことを見ても、そんな言葉に出会った自分は、自分がそうなっているのかも?と、一呼吸おけるようになった。スタート地点に立ったときには笑顔でも、ゴールに向かうその顔は人を押しのけ、踏みつけ、我先に、ダレより早く、誰より多くのものを手にして・・・と餓鬼になっていはしないか?ゴールはひとつかもしれない、けれどゴールまでの道のりはひとつじゃないと思う。いばらの道が得意なものもいる、濁流うずまく水中を何より得意とするものもいる。苦手な道を進まねば行かないときもあると思う。今年の私は、どんどん進む、それが道なき道であっても、真っ暗闇であっても、進めるような気がする。いつだって、足元を照らしてくれる人が私にはいる。人の弱さからくる目の力に、今年の私はぶれない。大きな心を持って、大きな器を持って、何一つこぼすことのないよう、私にむかってくるもの、私をひつようとするものすべてに目をむけ、耳を傾けよう。いつでも必要あれば手を差し伸べられる強さを身につける。自分と違う生き様の存在を、正視できるよう強くなる。そして、間違っていればまっすぐに正すことが出来るような大人になろう。愛情の意味を身をもって知っている私だからできること、沢山あるはず。愛している人を裏切らない。まずはそこから。
2007.01.05
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三が日が過ぎ、ダーリンは仕事に出た(呼び出されたと言った方がいいかしら)。私は去年暮れからボチボチ始めたお仕事探しの連絡が来たり、なんとなく日常を取り戻しつつある感じ。風邪っぽくて、冷たい空気を吸うと胸が痛かった。咳が出て、少し黄色いハナやタンが出たりして、寒気もあった。葛根湯を飲んで、家でダラダラしてた。少し動くだけで強い動悸が時々あって、不安になることもあったけど、慢性的な運動不足かなと反省の気持ちを込めて前向きに考えることにした。大学生になる弟Sくんのために家探しを去年からスタートしている。まだ、ネット検索とか、不動産屋さんを流している程度で、具体的に進めてる話はないのだけど、2~3月あたりになると引越しシーズンだからいい物件はドンドン決まってしまうので、予算に限りがある我が家としては、人海戦術(笑)でまずは情報集めをしている。いい方向に進んでくれるといいな。赤ちゃんだったSくんが大学生か・・・小さな体で、小さな手で、病気とストレスに心を閉ざしてた私のことをギュッとHUGしてくれた、小さな紳士の彼。幼稚園に行かなかったことと、性格から、団体行動に慣れておらず、新一年生の集合写真はプイッと横を向いていた彼。弱者にとくに優しく、決して誰のことも偏見を持たず、フラットな心で、ピュアな心で人と接する彼を、高く評価してくれたのが、実は家族よりも彼の友達、同級生だったことを15歳も歳が離れ、生活の場が違った私は後から知ったこと。聞けば「そりゃそうだよ、Sくんだもん」と言えるし、思っているけど、それが家族の贔屓目だけではなく、世の目もが彼を評価してくれているということに、彼を育ててくれた全ての人のことを思わずにいられない。私にとってSくんという存在は、Sくんにとって私という存在はどうなんだろう。ただただかわいい、いとおしいという掛け値なしの強い思いは、彼にまっすぐに届いているかな?大人の男性に一歩一歩進んでいき、身長なんてとっくに追い越され、恋のひとつやふたつもおぼえていくだろう。それでも、わたしにとってはかわいいSくんなんだ。それがとっても頼りになる、一人前の男性になったとしても。私は不器用だし自分本位だから、きょうだいが下に4人もいるのだけど、姉らしいことなんて全然してあげられていない。Sくんに限らず、つらくてどうしようもない時、きょうだいみなが、私を頼って、心のよりどころのひとつとして思っていてくれてるだろうか?行き場がないと苦しかったとき、寂しかったとき、私はおにいちゃんが生きていたら(生まれていてくれたら)と何度、思っただろう。だから、私にとって5歳上のダーリンは、幼い頃から見えない影を追いかけていた兄の存在も重ねているような気がする。私がダーリンを心のオアシスのように感じられたように、私は小さな小さな泉かもしれないけど、きょうだいたちのオアシスになれてるだろうか?今年の私は、どんどん動く、どんどん進む。愛するきょうだいたちがいつでも種まきできるような、豊かな土作りが私の今の使命のような気がする。いい土にするには、乾いてなんていられない、どんどん光と水を、大自然の恩恵を受けて強くなろう。
2007.01.04
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昨夜、Cちゃんを西東京エリアのアパートまで送り届けるため、24時に実家を出発。途中、幕張のガソリンスタンドに寄り、高速に乗った。途中、鬼高SAでコーヒーを買った。小松川で一般道に降り、ダーリンの行きやすい「明治通り経由」の道で行ってもらった。いろんな話で3人で盛り上がった。途中、Cちゃんは寝ていたようで、2人で(というか私が)おしゃべりしていた。無事に家に着き、荷物を運ぶのを手伝って、おトイレを借りて、足早にバイバイした。帰りも、ダーリンが運転。ダーリンも慣れた道なので、何も言わなくてもドンドン進んでくれる。途中、以前すんでいたマンションの前を通った。やっぱり便利なところに住んでたんだな~としみじみ思った。ある車の名前が思い出せず、ず~っとその話題で盛り上がった。あと、結婚式に関する話でも。ウェディングドレスはどうするか?→デザインをのんが決めて、イランで作ってもらうのが今のところの候補。結婚式に誰を呼ぶか?→決定しているのは私の家族全員(をイランに招待)。日本での結婚式(というか披露宴かな?)はいつやるか?→未定。そして、結婚の手続きの段取り・・・イランのほうは強いコネがあるので時短は可能。そんなことを、具体的なのか、漠然としているのかわからない感じで話し続けた。今年中に全部終わる出来事かもしれないと思うと、ドキドキしてきた。ダーリンの運転のおかげでam4:30には家に帰ってこれた。お疲れ様。ダーリンは運転していたので、神経が高ぶっているのか、連続で放送されている「PRISON BREAK」(スペルミスあったらごめんね~)を観ていた。私は、到着と同時に眠くなってしまったので、そばで寝てしまった。お昼頃まで2人とも寝ていた(ダーリンは起きたかもしれない)。予定変更で、何もなくなってしまったので、そのまままったり過ごしていた。ダーリンは明日からまた忙しくなるだろうし、私も始動予定。のんびりとしたお正月もいいよね。友達からの年賀状が楽しみで、喪中のハガキを出さなかったので、年賀状がチラホラ届いている。うれしいもんだよね、年賀状って。来年は、たくさん出したいな~。
2007.01.03
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昨夜、仕事を終えて帰宅したダーリン。今年最初のKISS、HUG。笑顔で迎えられました。ダラダラの寝正月って感じで、買い物にも出ず、冷蔵庫にあるもので食事も済ませていた。ランチは、去年末のコストコ買い物のストック、メニセズのパンとパニール(イランのクリームチーズ)とチャイ。ディナーは、キムチそうめん鍋。具は白菜、長ネギ、鶏むね肉、はるさめ、そうめん。22時を過ぎた頃、帰省していた下の妹Cちゃんからメールが来た。明日、上の妹Mちゃんと、ダーリンとのんでCちゃんを送って行ってあげる予定だったんだけど、Mちゃんが仕事で疲れてしまって、しかもヘルペスが出来てしまったようで急遽キャンセル。で、深夜のうちに出かけましょうか?ということになった。ダーリンが運転をかってでてくれて、今夜のうちに行ったほうがUターンの渋滞にひっかからないだろうと言ったので、24時出発の約束をした。メールを返信した後、順番にシャワーを浴びて、支度をした。そして23:35出発。ダーリンって本当にしっかりしている。時間厳守、15分前行動、約束は絶対守る・・・私の父とよく似ている。そういう男性ってカッコイイ。私のダーリンの自慢できるたくさんのうちの1つです。
2007.01.02
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寒中お見舞い申し上げます旧年中は大変お世話になりました。昨年3月に祖母(98歳)が他界し喪中のため、新年のご挨拶を控えめにしておりました。ご挨拶して下さった方、ありがとう。喪中とはいえ、祖母は98歳の大往生で、家族、一族皆に暖かく見送られ天に召されました。バイタリティにあふれ、ポジティブ思考で、勤勉で、明朗快活な祖母でした。そんな祖母だから、新年を明るく迎えることをきっと願ってくれていると思います。なんせ、私の祖母ですからネ。今年はのんはいい年だと、あらゆる占い(細木数子さんのとか、四柱推命とか、西洋占星術とかとか)で出ているので、どんどん計画を実行して行こうと思います。このブログで、いい報告がひとつでも多くできる様、努力精進したいと思います。また、健康でいられるよう、今まで以上に気をつけていこうと思います。これからもどうぞよろしくお願いします。
2007.01.01
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