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気がつけば、日記が全然更新されてなかった。実家に帰ってたのと、体調不良でお友達の所にお邪魔するだけで、自分のブログはおざなりになってた~。書きたいこともあったので、後で更新しようかな~。今月も悲しいがなピリオド到来。相変わらずの、『痛みとの闘い』はあるんだけど、あるカルマを解放できたことで、若干の心の余裕ができた。会社の理解を得て、昨日はお休みを頂いた。今日はだいぶ楽になったので、出勤。男性ばかりの職場、男性陣はとっても気を遣ってくれて、「気にしなくていい」と強く言ってくれる。甘える形にはなってるけど、元来頑固で強がりで生意気なのんがどんな形でもひとに感謝して過ごすということが必然的に起こるということを考えると、毎月『痛い』のも意味があることなのかもな~って思ったり。元気だと、地獄の果てまでぶっ飛んで、自分が過労死してるのを気づかないくらい頑張ってしまう可能性があるので、ブレーキ機能を神様は装備してくれたみたい。『がんばる』ってかっこいいようで、かっこわるい。だって、身の丈を超えたことをしてしまうってことでもあるから、スマートじゃないよね。『がんばれない』のは手を抜くことじゃないものね。残業はせずに、家路へ。途中、上野で寄り道して帰宅。上野にいた時、体調不良(と、ややおサボリ)で休んでた彼が電話をくれた。「ごちそうがあるから早く帰っておいで」家に着き、着替えキッチンに行くと、炊飯ジャーのところにあるしゃもじが汚れてる。「うん?」と思い、ふたを開けたら・・・「アダスポロウ(レンズ豆の炊きこみご飯)」だ~!!やった~。汚れではなく、アダス(レンズ豆)の灰汁だった。彼は、得意そうにニコニコしてた。アダス好きなのんもニコニコ。早速、晩御飯に。食器選びなどいっさい気にしない彼、餃子を乗せる用の楕円形の中華風模様のお皿にそれぞれてんこ盛りしてくれた。少々苦笑いでしたが、彼に任せた。おかずは?とたずねてみた。用意してないのはわかってたので、チキンでも焼こうか?と思ったら、ストックのツナ缶を二つ持ってテーブルへ行く彼。ここも彼に任せた。そして、缶を開けおもむろに中身をボンッとのっけた。彼のアダスポロウは日本向けでオイルはほとんど入れていないので、日本製のオイル控えめのツナ缶のサラダオイルがちょうど良かった。あまりオイルのとくいじゃないのんは、アダスポロウの上にそのままツナ缶をぶっかけずに、ツナだけを盛って食べた。シンプルだけど、とってもおいしかった。彼も、いつもののんに真似て「何点?」と聞いてきた。はじめ、「95点」と言った。「なんで~残りは~」と言ったので、黙って目を瞑ってた。チュをしてくれたので、「はい、100点」と言ってあげた。そして、「うっそ~、本当は120点だよ~ありがとう」と笑った。彼は料理なんて本当にやってくれないので、やっただけでもうれしかった。過去に、イラン料理を教えてくれるために何度か腕前を披露してくれたけど、伝授のためだったようで、「これからはのんが作るのだ」と言ってやらない。オルビエの時は、率先してやってくれるけど(力仕事だから)。まだイランに行ったことがないのと、タンバルなのでイラン料理の手の込んだ方は全然出来ない。ゴルメサブジもゲイメも缶詰で済ませてしまうし。かといって、日本料理に長けてるわけでもないので、なんともな~。ママンががっかりしない程度には、作りましょうかね。料理は得意じゃないし、絶世の美女でもないし、まったくのんのどこが好きなのかしら、彼ったら。まあ、神様が決めた相手だから、理由なんてないんだろうな本当は。そうそう、また生理の話に戻ってしまうけど、一つ気づいた。このところ、痛いのは仕方ないけど生理が来る前に絶対お肌がボロボロになるんだけど、ニキビ(吹き出物?)が出てたのが、それがなくなったな~。のんは、10代の頃も幸いにしてニキビに悩まされることはなかったんだけど、20歳過ぎて不摂生やらヘアーカラーリングのしすぎやら、ストレス、あとは生理のときにお肌がひどく荒れてしまうことが時々ある。もともと乾燥肌で、脂分が少ないのでニキビとは縁遠い替わりに、皮膚が薄いために、接触性のトラブルには弱い。顔剃りの後はいつも赤くなっちゃうし。生理のとき、決まってポツリポツリとできてたのが、だんだん出ないようになってきた。それって、ホルモンが安定してきたのかな?着々と、妊娠できる体に近づいていってるのかな~って考えたら、うれしくなった。大事な友達のところへ続々と訪れている天使たちが、「のんちゃんちへももうすぐもうすぐ」と応援してくれてる。乾燥肌にも、しっかり化粧水を入れてあげてる。やっぱり、ダーリンのためにもかわいいオンナでいたい。オンナに生まれたのだもの、化粧の楽しみも味わいたい。愛するダーリンのためだけに、きれいにしていたい。健康でくすみのないお肌。それって財産だよね~。
2005.11.29
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一夜明けて、今回の滞在の目的を果たすべく、待機。大好きなパイン材のリビングボードとカップボードを半額以下でゲットできたので、都内のマンションではなく、千葉の家に今日届くよう指定して届けてもらったのだ。昨夜、寝たのが遅かったのでゆっくりしていたら、朝早く(と言っても8じ頃)運送会社から電話があった。同市内に似た地名があって、うちのある住所はもとは民家はなかったのだ。バブルの頃に農地転用などして分譲された一画なので、たまに古い地図に載ってないことがまだある。実家が同市内で引っ越したあと、超低金利や住宅ローンの控除のシステムなどの変動に合わせて追い込みで家を購入する人が多かった時期が数年前にあった。それに便乗したのか?一気に周辺の土地が舗装され、いくつも分譲住宅が建った。それでも、地元の人にしたら、地名を言ってもピンと来ないことが未だにある・・・。そして、古くからある方の地名だと家の番地に相当する家がないから、確認の電話が来たのだ。すぐわかったので、説明した。「○○の何番地。あ~○○さんちですね」。ちょっとムッとした私。なぜなら、直近で貸してた人の苗字だったから。その方、変わり者で結局黙って不動産屋に便宜図らせて勝手に出て行った。非常識な人の家扱いされたので、「あ~貸してましたよ、その人に」と嫌味っぽく言ってしまった。運送屋さんに罪はないのに・・・ごめん。大きい荷物は、積み込みなど大変なので、しっかり配送ルートを固めてから出発する。だから、朝確認があったのだろう。風呂好きなのんは、追い炊きできることを口実に朝もお風呂に入った。極楽極楽。お昼頃荷物が届いた。彼が、早速荷解きをし、組み立て式になっているのでせっせと手を付け出してくれた。のんは、近所の100円均一ショップに必要なものなどを買いに行った。ついでに、ガスは通ってるけど、何もなかったので、コーヒーなども買ってきた。ついつい、色々見て回ってしまい、予定より遅く戻ると(15分くらいで戻る予定が30分はいなかった)、彼がせっせと組み立ててる。マメな性格なのと、実は大工の息子。デキル男なのだ。大工さんって言うのかわからないけど、彼のパパは内装関係の会社の社長兼職人だったらしい。長兄が後を継ぎ、今は天国に眠るパパの代わりにママンが会長でしきってるらしい。パパはママにキチンと残すものを残して先に逝ったのだ。日本語は読めない彼。添付の設計図をあくまで絵を元に進めていったのだ。組み立てと言っても、結構大変な作業で、きっとのん一人だったらメチャクチャなものに仕上げて無駄にしたかもしれない。「読めないのに良くわかったね~」と感心して言ったら、「俺を誰の息子だと思ってるの?」と言われてしまった。失礼しました。面倒くさがりで飽きっぽいのん、しかもどうやらピリオドの波が迫って来ているようで、腹痛とめまいがしていて、ガランとした広いリビングは寒く、(彼が)たたんだ毛布と布団の山にゴロンとなったり、ココアをのんだりしてた。でも、ちゃんと二人息を合わせて、作業していいものが出来上がった。イメージどおりの品物に、大満足。事前に、リビングボードは2階に運ぶと話しておいたら、仕上がり直前に運ぶようにしてくれ、2階でガラスの扉を取り付けてくれた。大満足!!埃っぽくなってしまったので、順番にお風呂に入り、身支度をした。ホームセンターに行き、照明を買った。リビングや他の個室の照明が全部無かったので、買ったのだ。幸い、安くて気に入ったものが手に入ったので、予定ではとりあえず1個ってことだったのが、1個の予算で2個買えた。リビングは広いので2個必要だったんだけど、2個納まってくれた。お風呂のバスタブにかかる蛇口にガタが来ていて、水がずーっと出てしまってる状態だったので、蛇口を丸々交換することになった。取引のあるガスやさんが、形とかおまかせでよければ、¥8000で工賃込みでしてくれると言っていた。彼に話すと、できるからと言い、内装インテリアの売り場で蛇口を買うことにした。またまたラッキーなことに、限定で¥7980→¥4980というものがあった。デザインも悪くない。彼はそんなこともできるのだ。キチンと必要なテープとやらも誰に言われることもなく、それも買うようにとのんの目の前にあったので言われるがまま手に取った。そうしたら、店員さんが後から(日本人の)私に「テープはありますか」と言って来た。「はい、買いました」益々惚れ直してしまった。広~~い店内で、思わずチュをしてしまったよ。「のんは、いい夫をゲットしたよ」って。彼笑ってた。工具を取りに、実家によって、祖父から届いたりんごを貰って家へ戻った。途中、末の弟S君から電話があり部活帰りで、駅に迎えに来て欲しいと言われた。Sくんはどうも彼を好きらしく、普段年頃もあるしあまり陽気に振舞う方ではないのに、彼といるとケラケラ笑い、色々話してくれる。のんとSくんは15歳も離れているのできょうだいというより不思議な関係で、割と良く話してくれる方だと思う。でも、そんなには接してない彼に心を開いてるのが良くわかるので、彼の人徳にもびっくりする。男きょうだいっていいな~なんて思ったり。実は昼を食べ損ねた二人、部活帰りのはらぺこくんと3人で、途中のサイゼリヤに寄ってごはんを食べた。私がドリンクバーに寄っている間に二人で会話したりしたらしい。それぞれがのんに別々に報告してくれるので、くすぐったかった。乗ってきたリムジンは実家の庭にステイさせて、明日仕事なのでのんがうちの車で運転して、彼を東京に送っていく予定だった。そして、妹との予定があるので、実家にのんだけ戻ってくる予定だった。それが、彼が会社に電話して、明日遅番にしてもらったそうだ。食事中に変更を話してくれた。彼も、折角の家での時間をもう少し楽しみたかったみたい。弟を実家に送り、のんと用事がある妹Mちゃんの帰宅を待って、今度はMちゃんが家に一緒に来た。明日の旧友の結婚式に出席するのに持つバッグを決めるため、のんの持っているものの中から選ぶことになった。実家はとっ散らかってるので、ものの無い家の方でゆっくりしようと言うことになった。弟が自分の部屋のTVを提供してくれた。そして、インスタントコーヒーや砂糖を少し貰ってきた。彼は、早速お風呂場の水道工事。しばらくすると、水道の元栓を開けるよう言われた。大成功。すごいと思った。一緒にいたMちゃんも感心してた。家具の梱包材を片付けたり、やっと片付いたらフローリングなので買ってきたクイックルワイパーみたいなので拭き掃除。TVっ子の彼は昨夜一晩TVが無かったので、TVを借りてきてセットしたらもうそこから動かなくなってしまった。近くで、明日のドレスのファッションショーをMちゃんがして、それを見ている彼。何気ない時間が、うれしくてたまらなかった。お布団が足りないのと、明日の支度がまだ出来てないとのことで、Mちゃんを実家に送ってきた。たくさんの予定をこなした彼はヘトヘトだったと思う。明日は東京に戻るので、彼には先に布団に入ってもらい、のんは片づけをしてた。彼と一緒に過ごす家。ここでなくてもいいから、彼との場所を確立させたい。のんの願い。
2005.11.26
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彼の仕事柄、国産・外国産のあらゆるメーカーの車に乗る機会がある。日本で人気のドイツ産の高級車もたくさん乗ってる。自分が運転する羽目になった時は、ちょっとびびった(商品だし)。ちなみにのんの父はテストドライバーをしていた。GT-Rのレースのピットクルーだった。海外のレースやCM撮影のために出張に行ったりもしてた。父は、高校を卒業後、海上自衛隊航空部に入隊した。根っからの運転(操縦と言うのか?)だったみたい。けれど、パイロットの試験を受ける時、聴力検査でひっかかってしまった。子供時代にエアガンの弾を受けて、(まだ弾がのこってるらしいんだけど)片方の耳が聞こえづらいらしい。日常の生活では支障ないんだけど、パイロットになるにはだめだったらしい。事務官のみちはあったけど、それは希望と違うため除隊したらしい。そして、コネで国内第2位のメーカーに採用され、耐久テストのために24時間エンドレスで運転したり、発売前の覆面した車を移送したり、自動車好きの人が聞くとよだれが出るような仕事をしてきたそうだ。父の勤めた会社がレースで黄金時代だったとき(9連覇)、その一員だった父。父は、後年レースの仕事からメカニックの知識と会社の新体制から『お客様相談室』に配属となった。一時期、父の勤務先は長年国内第2位だったのが3位に転落し、会社の体制が崩れかけたことがあった。それはバブル崩壊と重なり、大きな打撃だった。たくさんの大卒の同僚、先輩が早期退職をし、異動した。父は、のんが中2の春、脳内出血で倒れたことがあった。たった半年(←それはホントにミラクルなんだけど)、されど半年ブランクがあった。多分、長年使ってなかった有給で消化できたかもしれない。まだその言葉がなかったけど、半ば「労災」だった。だけど、母は訴えたりはしなかった。父は高卒の中途採用。コネとは言え、学閥のある大企業、当時出世はある程度までと決められていた。とうぜん、リストラなんてことが起きたらまず最初に打診されそうなものなのに、けれど、父は「肩たたき」に遭わなかった。あらゆる企業が時代のニーズで「お客様相談室」の体制を整え出した頃だったので、はじめ「左遷?」心配されたけど、それは逆だった。父が、定年を迎えた時、レースで華々しかった頃の会社に、海外から迎えた新リーダーの導きがが甦らせてくれた。のんは、父に聞いたことがあった。「お父さんは仕事がいやだと思ったことはないの?」父は言った。「お父さんは、自分のしてきた仕事が大好きだった。誰でもできるわけじゃないすばらしい経験もたくさんさせてもらった。だから、その後与えられた仕事も嫌じゃなかった。」のんはうれしかった。父が、喜んで働いてくれて稼いだお金で生活させてもらってたのだって知ることが出来たから。脳内出血の後、自分の年齢を思い出せなかったのに、運転は覚えていた。父の頭の中にはきっと車のパーツが入ってる(笑)。そんなDNAを持つのん。車さえいじっていればしあわせだっていう、しかも一番すきなのはベンツでもフェラーリでもなく、父が深くかかわってきた『スカイラインGT-R』だという、彼。恋人に点数稼ぎをしてるって?違う違う、彼が『スカイラインGT-R』が車で一番好きだって言って初めてのんは父のことを話したんだ。その時も運命だって思ったな~彼との出逢い。父と彼との共通点。父は整備士の国家資格を持っていない。その代わり、整備士の講師(っていうのかな)の資格を持ってる。整備士の試験があったら、その指導をする方らしい。そして、彼はイランで学校を出たので、日本の整備士国家資格は取得していない。だけど、二人とも車一台組み立てられる。のんのDNAは限りなく父に似た、異国のDNAに惹かれたのだ(笑)。そう言えば、肝心な『珍体験』・・・ベンツを預かったんだけど、それがリムジンなの。叶姉妹とかが乗るような、ロングではなく、ショートタイプなのでグワーッとは長くないけど、後部座席とかは映画の世界だよ。実家に行くのにそれに乗って行った。しかも、彼と二人なので、後部座席とトランクに入るだけ、のんの荷物を積み込んだ。夏の服とか、今すぐ使わないものとか。天下のベンツのリムジンも、のんにかかると引越し用トラックになってしまう(笑)。車体が大きいので、風にあおられず、快適だった。外国人の彼なので、左ハンドルも安心して任せられるし。さすがに、乗るのは初めてだったので、面白い体験したな~って思った。オートマだけど、さすがにのんは運転しなかった。そして、実家と同市内にあるもう1軒の方の家に布団を運んで、彼と泊まった。水道・電気・ガスを母に開通しておいて貰ったので、お風呂も快適。エアコンとかが全くなかったので、ハロゲンヒーターを実家から貰ってきてつけて寝た。いつものマンションと比べれば、随分広いので彼ものんびりリラックスしてくれてた。物怖じしなさそうで、すごく気を遣う彼なので、環境が変わると見た目に反して結構疲れてしまう。だけど、実家にはもう随分慣れてくれてるのと、のんが一緒なので初めて入った家だったけど、二人の新居気分で楽しかった。彼に日本で持ち家を持たせる、これものんの野望。彼もそのつもりだと言ってたけど、彼のビジョンをしっかりサポートして実現させていくぞ~。
2005.11.25
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今日は本当は、運動も兼ねて、買う予定のある電化製品の価格リサーチに出かけようと思っていた。だけど、午前中は寒くてベッドから出られずグズグズ寝たり起きたりしてた。意を決して起きて、洗濯機を回しPCを見ようとしたら電話が鳴った。なんとamikoちゃんからお電話が・・・!!先月から日記の更新もなくて、ふとしたきっかけで入院していることを少し前に知って、妊娠中の彼女、日記で出血が・・・なんて言ってたのでずいぶん心配だった。家も東京と新潟だから、簡単に会いにもいけないし、旦那さんとは面識もないしで、連絡も取れなかった。メールではずっと前からお友達で、お互い顔も知ってるのだけど、実は電話で話すのが初めてだったことにお互いびっくりして笑ってしまった。amikoちゃんからの電話の10分位前に間違い電話があったので、「またかな?」なんて不審げに出てしまったら、彼女いわく『低い声』で男の人かと思ったらしい(笑)。彼女も、もうすっかり体調もいいらしく、元気そうで色々話が弾んでしまった。すっかり長話になって、またね~と電話を切った。連日のんに届くいいニュースの連鎖が途切れない!!すごいうれしい。これって、偶然じゃないよね~!!彼女と電話を切ったすぐ後に、今度は携帯が鳴った。祝日でオフィス街は閑古鳥だそうで、暇だからと早引けして今から帰る~との電話だった。実はのんは、昨日のうちからこうなるだろうなと思ってた(笑)。シャワーを浴びて、出かける支度もしていた。彼が帰宅して、一緒に簡単なランチを食べた。彼に、買い物ツアーに誘ったら、「行かない」と言うので、すっかり意気消沈、のんもゴロゴロと寝っころがり、いつの間にかうたた寝してしまった。途中で、寒くなってベッドに移動して、本寝してしまった。彼に起こされた時は、窓の外が暗かった・・・。あ~、一日が終わってしまった・・・。夜になって、出かけられなかったことを悔やんでいたら、「言ってくれたら出かけたのに」とか白々しいことを言われて、ふてくされた。TVでハンバーグの対決がやってて、物凄くたべたくなったんだけど、冷凍庫のストックにはチキンしかなくて、ビーフのミンチがなかった。食材の買い物にも行けなかった。なんか、損した気分だな~。彼を当てにしないで、一人ででも出かければよかったな~、なんて思ったけど、微熱があってだるかったから、寝られてしまったってのもあるんだよな。まあいいか~。会社でもらったと言うビールをめずらしく晩酌してた、彼。夕食はチキンのソテーバジル和え、ポテトフライ、枝豆、納豆(のん専用)、ごはん、わかめと豆腐の味噌汁。なんだか、居酒屋みたいだけど、ちょっと意識した。彼はビールの時は必ず枝豆って言うから、言われないうちに出したらご機嫌だった。酔うとエロくなる彼、でも相手しなかったらさっさと寝てしまった。一日寝てたのに、のんも眠くなってしまった。おやすみなさい。
2005.11.23
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今日は、うれしい気持ちでいっぱい。自分自身のことと、お友達のこと。詳しくはまた後ほど。一人で生きていないことの再確認。一人で出来ることの小ささ。沢山の支えが、あたたかい心が、のんのカサカサハートを潤してくれた。ありがとうありがとう心からありがとうございます沢山の心が、のんを温めてくれた。冷え性ののん、すぐに身体だけでなく、心まで冷え込んできてしまう。弱さが、くだらない思考をすぐに呼び起こして、いらないネガティブを沢山抱えてしまう。自己反省は必要だし、過信もいけない。けれど、前だけを見ることも大切だし、時にはわがままいっぱい、甘えることも必要なのかも。のんは、甘々グランプリがあれば、上位狙えるのは必至なんだけど、それを許してくれてる、大きなポッケの人たちが本当に、ありがたいことに身近に今沢山いてくれてる。失いかけてたものを、忘れ物を届けてくれるかのように「ほら」と差し出して、しっかりと持たせてくれた。頑張ろう。無理はしない(出来ないし)。そんな気持ちで、一日を終えた。そして、お友達からのいいニュースに心が沸いた。うれしくて、うれしくて、ニコニコになってしまった。以前、天使はいつもすぐ近くで守ってくれている、と教えてくれた大事な友がいる。彼女の言葉どおり、天使はすぐ近くにいてメッセージをくれる。うれしいことに、のんは今回それをキャッチできた。歩こうとする、その足の先の石ころを誰かがどかしてくれているかのように、前に進むことが怖くないと、そして開けたドアを閉める手も怯えてない。ドアの先に続く道は確かにこっちだよ・・・と、微笑む天使に逢えたのだ。ありがとう、みんな。
2005.11.22
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今朝は12時の待ち合わせに遅れないよう、頑張って起きた。身支度をし、忘れ物がないかチェック。玄関を開けた途端、目が回った。はぁ・・・少しため息をついたけど、待ち合わせの相手は妹のCちゃんなので、少し安心。電車を乗り継ぎ、新木場へ。珍しく遅れるとメールが来たので、約束の時間に着いたのんは、先に駅を降り、目的地をリサーチ。12:30にCちゃんと合流。腹ペコの二人は、のんのリクエストでラーメンを食べた。そして、駅から徒歩10分足らずの目的地へ。そこは、新木場STUDIO COAST。本日は、楽しみにしてたCANDY STRIPPER 10TH ANNIVERSARY PARTY なのでした。愛するGLAYとも縁の深いアパレルブランドで、しかも年齢もさほど変わらない女性二人が頑張って作り上げてきたということで、10周年のお祝いに参加させてもらった。お目当てはSHOW DJを担当するHISASHI(GLAY)!!そして、ライブ出演の氣志團。その他、はじめて音源に触れるアーティストも参加で盛りだくさんの内容。会場限定販売のグッズも記念に購入してきた。整理番号は後ろの方だったので、入場した時はもう人でいっぱいだった。誘導が徹底されていなかったのか、人がところどころに集まってしまって、のんとCちゃん、なんとオープニングから3時間ほとんど音のみで楽しみました。氣志團をお目当てとするキッシーズさんたちが一番多かったので、ライブ出演ラストの彼らの演奏が終わって、ショウの準備中、場内の状況が大きく変わった。二階(というのか?)にいたのんとCちゃん、一階ステージ近くに移動。場内はフリーなので移動可能だった。もっと早くそうすればよかった(少し後悔)。そして、ショウがスタート~と思ったら、HISASHI登場!!あくまでもメインはショウなので、モデルさんも観て楽しんだ。かわいいモデルさんの中に、良く見た顔が・・・そう、スペシャルゲストで、PUFFYのAMIちゃん、吉川ひなのちゃん、坂井まきさん、オセロの松嶋さん、ヨッピーちゃん、あと誰だったかな~。とにかくみんなかわいくて、釘付けだった。だけど、しっかり愛するHISASHIくんも観てきました。相変わらずの、刺激的なアプローチに酔いしれてきました。好みの選曲に、盛り上がってきました。HISASHIくん自身も終始ニコニコで、オフィシャルサイトで「稀に見る緊張」だったなんてわかりませんでした。・・・なんて、実は「もしや緊張してる?」って気づいてしまったのん。案の定、緊張していたとのことでちょっと気づいた自分にうれしかった。先に出演してたFPMの田中さんというDJさんを尊敬してるそうで、クールなイメージのHISASHIくんがプレッシャーと闘ったそう。でも、すばらしいDJっぷりだったって思うよ~。楽しかったもん、ギタリストの彼らしく、生ギター演奏も聴けて満足。久しぶりのHISASHIくんに、しっかり充電させてもらいました。4時間超の、ロングステージにヘトヘトとなってしまいました。時間も遅かったので、Cちゃんとは東京駅で腹ペコのままバイバイとなりました。鬱々としてたのんへのいい栄養剤となってくれました。楽しかった~。会場の新木場STUDIO COAST・・・すっごくかっこいい会場だったので、今度是非GLAYのライブで来たいな~って思いました。ここでリクエストしても届かないかな~(笑)。
2005.11.20
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実はあまり調子がよくない。と言っても、痛めたところや持病が悪化してるわけではないので、お友達のみなさんご心配なく。健全な肉体と健全な精神と言うのは表裏一体であって、どちらが欠けても成立しない。のんは何度となく、身をもって体感して来ている。けれど、根っからも甘ちゃんなのんは、逃げ道ばっかり探してる。ここしばらく、空けない夜明けが来てしまっていて、というか白夜というのか、夜が訪れるから朝に感謝できるのだと思うんだけど、灰色の世界がず~っと続いている。ついつい元気な振りをしてしまう。だけど、ちょこちょこ弱音は吐いている。幸い、聴いてくれる人がいる。黙って抱きしめてくれる人もいる。なんか赤ちゃんがえりしてるのかしら?ダーリンにベタベタ甘えてる。彼は、のんのベタベタはちょうどいいみたいでうるさがらないし、のんの心がカサカサのよれよれになっていることに気づいてるので、まるで父親のように包んでくれている。わかっててそうなってるのかな?普通の人だったらなんてことなくできることができない。悔しくて、苦しい。また、肌がひどくくすんでて肝機能障害でも起きてるのかと不安になる。肌は心を映し出す。疲れていても、充実しているとクマは出てるけど肌はなぜかツルツルだったりする。スキンケア、メイクアップが大好きなのんは、肌がくすむとがっかりする。クマはいつも出てるからある程度は仕方ないんだけど、たるみとしわが出てしまってて貧乏くさい、所帯疲れみたいな顔してる(何にもしてないのに)。明け方、目が覚めてふと思い立った。以前にアドバイスされたことを実行してみた。うちのバスタブはマンションの割りに大きめなので、半分位45度くらいのお湯を張った。そして、前に買ってあった天然塩1kgを一袋入れた。何%相当の塩分なのかな~。そして、ゆっくり浸かった。潜ってみたり、うがいしてみたりもした。身体に絡みついた、邪気のようなものを洗い流したくて、浄化の作用があるというので試みてみた。元々泳ぐのが好きで、海も大好き。サーファーではないけど、冬の海も大好きだし、どんなに辛くても海に来るとリセットされてエネルギーが満ちるのがわかる。バスタブの塩水だけど、海の、また胎内の羊水の記憶を呼び起こしてくれるような安らぎがあった。多少は効果があったのかもしれない。身体も温まった。そのあと、またうとうとしてぐっすり眠ってしまった。会社にしばらくおやすみを頂いていた。心身にこびりついたタールのような邪気を削ぎ落とすために、まずは汗をかく。ダーリンがよき理解者なので、のんのペースが著しく乱れたときドンと構えて待っていてくれる。ひとり、猛ダッシュを始めてしまったら、しっかりついて来てくれて、足踏みがピタリと止まってしまった時は、そばで待っていてくれる。ありがとう。のんびりのんちゃん、貧乏家のお嬢様育ちで人とペースをあわせるのが下手、みんなが右を向いてるとき一人左を向くようなコ。それはいまだに変わらない。だけど、いつもすぐ近くに理解者がいて支えてくれる。のんきなくせに、短気でせっかちでもある。でも、本質はのんびり。こんな気まぐれな娘を辛抱強いダーリンはしっかり掴まえててくれる。神様は全てわかってる、元々一つのものを色をつけるために二つに分かちこの世に放った。だけど、ちゃんと出会えるようにしてくれてる。飛行機で行っても1日がかりの国と国に放たれたピースなのに、しっかり見つけられた、元の一つになれるように。彼との出会いはやっぱり、運命。じぶんらしく、ゆっくりと・・・チャイでものみながら行きますか。そんな中、お友達からいいニュースを聴いた。ここの底からうれしくて、ダーリンにも熱弁ふるって話しちゃった。いい知らせは、伝染るもの。もっともっといい知らせが吹き込んできますように。
2005.11.18
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紀宮清子内親王が、黒田慶樹さんとご結婚なさった。今日の紀宮様はとても綺麗でした。いまどきのファッションなどと比べれば随分と保守的な紀宮様。皇室の決まりごとなどもあるのだろうけど、のんも若い頃は「なんて地味なんだろう」と残念に思ったりしてた。けれど、紀宮様の内面からにじみ出る美しさは、流行にとらわれない、おそらく誰が見ても不快感を抱くことは無い外見に表れてるんだなってわかってきました。雅子様、紀子様とは逆のお立場になるので、結婚式も披露宴も一般人のそれらより質素なイメージを意識されたのかもしれない。純白のドレスも紀宮様らしいシンプルなデザインだった。披露宴は母である美智子皇后のお召しになったもの。その、心がすばらしいと思った。昨今の日本では似合う似合わないは別として(笑)、豪華なお姫様のようなドレスを着る花嫁さんは多い。お着物も花嫁らしい豪華絢爛なものを選ぶ。それは晴れの門出だから良いと思う。だけど、欧米諸国では意外と代々受け継がれたウェディングドレスを纏う花嫁も少なくない。ご存知、サムシング・フォーのうちの「古いもの」「借りたもの」にそれを相当することが多い。日本の皇室から嫁ぐ公人だから、国民皆が「わぁ」とため息をつくほどの豪華なドレス、式などを行うことも可能だったと思う。けれども、一般のお嫁入りよりおそらく「実家に行く」ことが簡単ではないお立場上、ご両親との、とりわけお母様とのつながりを大事にされたんだな・・・って感心した。いつ嫁に行ってもいい年齢の私だから、思わず両陛下、紀宮様に思いを重ねてしまって、TVを見て胸が熱くなった。黒田清子さんとなった、紀宮様はとってもお幸せそうで、美しかった。一般人でも結婚前後は忙しく、そして新生活でも大変なことは沢山ある。それが黒田清子さんのお立場なら、更に沢山のご苦労もあると思う。けれど、暗く悲しいニュースのほうが多い昨今、多くの人間に安らぎと喜びを与えてくれた、慶ばしいニュースに、うれしい気持ちでいっぱいになった。おそらく、他国民になるであろう将来、日本人としての誇りは持って嫁ごうと思う。自国を愛せてこそ、パートナーの国を愛せると思うから。そんなことを考えさせてくれた一日でした。
2005.11.15
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昨夜、夕食後にずっと続く胸焼けから吐き気をもよおし、きっとすっきりするだろうと自ら吐いてみました。摂食障害ではないのだけど、胃があまり強くないくせに食いしん坊だから、時々、吐きたい時は自分から吐いてしまいます。昨日は、胃薬飲んでも一向にスッキリしないし、ぐったりしてしまいました。もしかしたら、少し風邪かな~?って思います。汚い話でゴメンね。もなと言う存在。私は本名の意味を由来するHNとして、もなという名前を使っている。ただし、キャラクターは特に作らず、のんの人格のままイランに関するサイトやYahoo!掲示板を利用してきた。ある人のアドバイスで、もなとのんを別けておいた。理由の一つに、ここに来てくれる友達への配慮もあった。大抵の友達はHNを共通して使っているので大丈夫だけど、TPOでHNを使い分けたい方もいるから。もなはのんであり、のんはもな。だけれども、疲れてしまった。楽天のブログはあくまで私のことを記している。イランを紹介しているわけでもないし、イスラームを斬っているわけでもない。けれど、最愛の恋人はイラン人であり、ムスリムであるから『のんの生活』の中にそれらは当然のごとく存在する。それらはのんにとって、優先順位は違うけどGLAYを中心とする音楽であったり、愛用のコスメやヒーリング、倫理学、あらゆるのんをとりまくものの1つに過ぎない。イスラームに関して言えば、私は私で学んでいる。イランに関しては、お友達からの情報も含め、楽しんでいる。でも、それはのんのパーソナリティの全てではなく、一部である。おそらく、もうなくしては考えられないアイテムにはなっているけどね。まだまだ知りたいことは沢山ある。だけれども、建設的な会話をできない場所での会話はエネルギーを無駄に使う。最愛の彼はイラン人だし、ムスリムだけど、いかにもって感じの宗教家タイプの外見ではない。だけれど、知りうる限りのムスリムの旦那さんを持つ方(友達含め)の中でも厳しい方だってわかる。イスラームって、日本で言えば「躾」の部分もあるから、彼の姿勢を見て来て、彼の両親のやり方がものすごくわかるし、キチンと躾けられてきた人なんだって安心できる。のんの言動からだと、私の彼はあまり熱心なムスリムライフを送ってない人ってイメージがあると思うんだけど、違うんだよね~。なぜかって言うと、イスラームにのっとって生きることは誰と比較することでもないし、誰に強制することでもないから。食べ物に関する制約も、彼の姿勢を崩さないよう気をつけるのは私の役目だから、気にならない。現時点、ムスリムでないのんは今まで通りの食事をしてるけどね。その他の戒律も、穏やかな心で遂行できなかったら意味はないし、どんなにお祈りを欠かさなくても実際に悪いことに手を染めてる人はただの格好だから。だからと言って、お祈りをしないことが良いということではないけど、それを彼に言うのは私の立場ではないと思うから。まあ、のんはムスリムだから付き合ってるのでも、イラン人だから付き合ってるのでもないから、そんなに重要なことじゃないんだよね。のんにしたら、心に深く刻まれる音楽のほうが大事だし、その音楽というアンテナから発信される大事なメッセージをしっかりキャッチできる自分が常にいるということの方が大事なんだ。そのために、イスラームや実践倫理やヒーリングなどからの学びは大事だし、自分を形成していく上でいらないものではないとは思ってる。だけれども、全てのアイテムをもってしても、のんがありきでのことだと言うことは大前提。全ての付属物に自分がなってしまわないよう、人生の主役は自分だと言うことを意識している。そんなことを再確認したら、彼に怪訝そうな顔をされてまで「もな」という存在を残す必要は無いなと思い、まずはHNを削除した。便宜上、使うことがあるかもしれないし、「もな」という名前はものすごく気に入っている。希望と言う意味を持つMONA。私の名前は、『のぞみ』だから。だけど、今現在の役目は終わったと思うので、さよなら・・・なのだ。私と「もな」として出会ってくれた友達が、ここに来てくれたら喜んで歓迎したい。沢山の励みをくれた友達に・・・「のんをこれからも宜しくね」
2005.11.14
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実家からすぐ近くの家を見に行った。と言っても、父の名義の家だけど。一度売りに出して、その後借家物件としていた。数年前、売却が決まり追い出すように急いで引越しを言い渡され、こちらの準備も整わないまま無理やり入り込んできたNさん一家。仲介した不動産業者もいい加減で、うちに不利な条件ばかりを提示し、Nさんの要望ばかりを提示してきた。同市内にそこの4倍くらいの土地を買い、家を建ててたところだった。全てが整わないうちに追い出されるように引越しを余儀なくされた。そのおかげで、お金に換算できない父の宝物がそのときの業者の誰かに盗まれた。父は某有名自動車メーカーのレースメカニック、テストドライバーの仕事をしていた。市販では手に入らない、工具が(無造作に)父の工具箱に入っていた。30年以上の思い出も詰まっていた。バタバタしたドサクサに、不動産業者が「手伝い」として連れてきた誰かにやられたのだ。車好きの人が見たら、価値がわかるものだから多分見た瞬間から狙われてたんだと思う。その他、いい加減な対応は続いた。強引な入居後、ローンの承認がおりず、Nさんは購入ができなくなってしまった。「購入」を前提に、増築(と言ってもいい加減な工事)やら、家中にTVの配線を通すため壁に穴を開けていた。ローンが組めなかった時点で、「賃貸契約」を申し出てきた。仲介している不動産業者も言葉巧みに両親を説得した。仕方なく、賃貸契約を結んだ途端、増改築の費用を大家であるうちに出させようとしたり、常識を外れるようなことばかりしてた。その上、Nさん一家はバッタ屋さんのような仕事をしていたらしくて大きなことばっかり言ってるし、ものすごくいい加減な印象しかなかった。持病を抱えたご家族がいたことで、いきなり追い出せないということから、賃貸契約にスライドさせたのに、難病指定で国から障害者認定を受けているそうだけど、それも「もらえるものはもらう」という姿勢がさせてる感じで、同情の気にもなれなかった。挙句、家賃がだんだん遅れ、滞り、結局出て行った。仲介不動産は管理もしていたので、家賃の支払遅延があると立替たりとリスクを背負っていた。でも、両親はそれ以上の負担を強いられた。我が家は決して、「投資」などのつもりで2軒家を所有してるわけじゃない。簡単に言えば、不動産売買に失敗したのだ。付き合いのある不動産業者なので両親は、告訴こそしてないけど、私だったらするね。すっかり悪い気に包まれてしまったこの物件、その後賃貸で物件をだしていたけど、変な客ばっかりだった。それを仲介してる賃貸担当の社員の女性の仕事の仕方に問題がありすぎたんだけどね。千葉の田舎だから、クビにならずにいるけど、ちょっとそれでお給料もらえるんだ~ってのんはびっくりしていた。直近の入居者も問題があって、それも勝手に話を進めてしまった。その入居者、多分しっかり「大家さんの入居審査」できたら、入居はお断りできたのにって思う。その人、もめた挙句、黙って出て行った。一ヶ月前の申し出もなしに。しかも、管理してる担当者が別の物件を斡旋したんだから、その会社の姿勢を疑う。その女性社員、うちに恨みでもあるのかなって思うくらい。勝手に、家賃を値下げしてしまったり、条件をかえてしまったり、完全委託物件じゃないのに・・・。その女性社員、母の知人が借家を探していて経済的には余裕があるんだけどリタイヤした老夫婦の二人暮らしだと言うことから、なかなか貸してもらえず探していて、もしうちが空いているとその時すぐに知らせてもらえてたらお貸しすることも出来たのに、その当時の入居者がもういないことを黙ってたばっかりにそれもできず、その上、紹介した物件が雨が降ると家の周りが大きなみずたまりになってしまうような年寄りには向かないひどい物件だったらしい。その時はさすがに、母は逆上して怒鳴り込んで行った。私も、母の顔をも潰してくれたその女性社員を殴ってやりたい気持ちだった。ちょうどその頃、実家に行く用があって、私も連れ立って不動産会社に行き話し合いをしたことがあった。バカばっかりのその会社、早く縁を切りたいと思った。実家のある街は開発途上の田舎町だから、都内のように大家さん業で食べていけるようなところではない。きょうだい全員が両親の苦労を見て、かつ下の子たちは横浜から引っ越して幼い頃から慣れ親しんでるこの街の最初の家だから思い入れがある。高校まで横浜だった私とは思い入れの深さは違うと思う。だから、また変な人の手に渡るのは嫌でたまらないらしい。けれど、住宅ローンはまだ残ってるので、そのためにも入居者があったほうが良い。それで、のんが住むということが持ち上がったのだ。都内の今の彼のマンションは古いし、狭いので引越しを検討していた。でも、外国人の彼は日本人のそれとは同じようには行かない。イラン人の夫を持つ奥さん方はそれをよく知ってると思う。なので、ゆくゆくは都内に家を買う予定だけど、それはもう少し先。彼も、何度も往来して慣れた場所なのでOKを出してくれている。お互い、都内で仕事をしているのでまだすぐの話じゃないけど、計画してしている。日曜日は通常勤務の彼なんだけど、暇だったからと早退して思いがけず実家まで私を迎えに来てくれた。そして、一緒に家を見に行くことが出来た。彼は「どうせ住むんだからいつ見に行ったって同じ」とこのところ暇が出来たら一緒に家を見に行ってとのんが何度も言ってたけど、マイペースだったのが、思いがけず願いが叶った。家の中に入って、一部屋一部屋見て回る。のんにとっては久しぶりの家。横浜から引越しした、15年ほど前に建てたけど、床の間のある和室以外フローリングなので綺麗だった。賃貸で入居してたどなたかが壁紙を張り替えて安っぽい壁紙になってたけど、薔薇の花模様でまあいいかって感じだったし。一部は我が家が澄んでた頃の壁紙も残ってた。バブル崩壊の頃に建てたので、いい素材を使ってる(笑)。彼も気に入ってくれた。この先、この広い家に二人で住む日が来るのかな?一緒に来てくれた母と妹が澱んだ気に取り囲まれていたこの家が変わったと言ってくれた。のんは、浄化されるよう心の中で念じた。エネルギーが高次な彼が訪れたこと、気に入ったことでこの家も本来もつエネルギーを復活できたのかも。家なんて、住む人で決まるから。東京に戻るとき、めずらしくものすごい渋滞に巻き込まれたんだけど、穏やかな心だった。あれほど、受け入れられなかった実家のあるあの街。彼の存在は私のあらゆるマイナスをプラスに変えてくれている。愛の溢れる家にして行こう。
2005.11.13
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先日、乗って帰る予定だった車に不用品(夏服の衣装箱も含む)を積み込んで単身実家へ。弟が乗っていた、ブルーバード。彼がお金の無い弟に、格安で提供した中古車。14万キロを超え、ぶつけたりとボロボロになってた。それでも、欲しい人がいればと知人に預けてたのだけど、廃車にするので持ち帰ることにしたのだ。ボロだけど、運転はしやすくてのんは楽だった。・・・だけど、配線の問題か、ステレオが使えなくなってた。音楽なしで運転が出来ないのんは、MP3を聴きながら帰った。予定より出発がかなり遅くなってしまい、午後になってしまった。土曜の15時頃って、明治通り~千葉方面はものすごく渋滞する。一度出たんだけど、忘れ物して戻ったらその渋滞に引っかかってしまった。おもしろいけど、それが14時だと全然混んでないんだから、うまく動けたらよかったんだけどね。お昼を食べてなかったので、途中スーパーでおにぎりと飲み物を買った。運転しながら何か食べるのって大好き(笑)。実家に居た頃、車がないと生活できないところなのでマイカーを持っていた。どこまでもすぐに出かけてしまって、ドライブもしょっちゅう。小さかった末の弟はそのいいパートナーだった。巣鴨に住んでいた頃は、実家に車を置いていった。その後、船橋市に妹と住んだ時は、駐車場が安かったので車を持って行った。ものすごく役に立った。その頃、ちょうど彼と出会ったんだよな~。津田沼のイオンに寄った。ニトリで、パイン材の棚を買った(自分で組み立てる)。かごとか、洗濯ハンガーとか買いたかったものが格安で、デザインも良かった。ラッキー。そして、実家に電話したら妹から晩御飯の材料を買って来てと言われ、食料品売り場へ。イオンって安い!!鶏肉を使った、ワンタンと餃子。ムスリムじゃないんだけど(笑)、うちはあるときから餃子もワンタンも鶏肉になった。都内のうちのほうも結構物価は安い。だけど、大型スーパー故の安いものってある。便利だし、駐車場は広いし安い。いいね~。餃子のときは沢山作るのでホットプレートを使うんだけど、コンセントがなくなったとか言ってたので、売り場で2番目に安かった(笑)タイガーのを買ってきた。本当は、使った後うちに持って帰ろうと本気で思っていたんだけど、あることの上納金代わりにした。山ほどの買い物をして、実家に到着。妹とおしゃべりしつつ、片付けや食事の支度をしてた。キッチンの大きなシンクに洗い物がたまってたので、並行して食器洗いもした。『世界不思議発見』でイランが特集されてた。彼から電話があって「6チャン、早く見て」と言われて見れた。母はイスファハーンの数々の風景に感激してた。いつか、家族みんなで行こうね。気づけば夕食が23時になってた(イランみたい)。遅番の仕事だった父も帰宅して、妹と4人で食べた。部活で疲れて、お菓子を食べた弟は部屋から出てこなくて、そのまま寝てしまっていた。その後も、お茶を飲んだりしてみんな寝てしまった。BSを見たり、深夜番組を見たりしてた。深夜のドキュメントの再放送で、介護保険にまつわることを取り上げていた。結婚40年のご夫婦。14歳年上の奥さんが、13年前脳梗塞で倒れ、左半身不随の寝たきりになり、夫が献身的に介護してきたことを追っていた。愛に溢れたその後夫婦にはお子さんが無かった。最期の最期まで、夫は奥さんを愛し続けていた。何度も涙が溢れた。体の弱い私だけど、彼より先に死んではいけないなってって思った。置いてかれるより、置いていくほうが辛い。彼にあんな辛い思いはさせたくないって思った。彼はきっと私が寝たきりになったら世話をしてくれると思う。私もきっと、彼のことなら下のお世話も出来ると思う。だけど、死ぬときは一日だけあとに死にたい。これだけは、神様にお願いしたい。
2005.11.12
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今日は、お昼から出社。今日はなんだか人の出入りが激しかった。普段不在の社長もいたし、関連会社の方も来たり、一時的に人でにぎわってた。出向で来ているNさんが和菓子の差し入れをしてくれた。和菓子、洋菓子の話題でよく盛り上がり、今度買って来てあげるねと言ってて早速買って来てくれたのだ。おいしかったよ~西荻のおもちやさん。うっかりお薬を飲むのを忘れ、持って出るのも忘れたら、腰が痛くなってしまった。持っていた、イブAを飲んだけど効果なし。座っているのも辛くて、片付けたい仕事だけ済ませ、定時に退社。秋葉原のヨドバシで、CD‐ROMを入れるケースを買ってお店をウィンドウショッピングして、彼と待ち合わせ。腰は痛いんだけど、歩くのは大丈夫。今日の痛みはぎっくり腰の方じゃなくて、ヘルニアのほうかも・・・。困ったな~。晩御飯は、近くのバーミヤンにむりやり行ってもらった。「食べるものがない」と言いつつも、北京ダック、鶏の唐揚げ、上海ポテトフライ、チャーハン(のんがチャーシューを取り除いて渡す)を食べた。のんはワンタンメンと焼き餃子の豚三昧。おしゃべりしてたけど、疲れた彼が帰りたいと言ったのでドリンクバーも2杯目で終了。偶然、バッグに割引クーポンが入ってたので助かった。手抜きフィアンセで申し訳ない。痛みって一度出てしまうと、薬飲んでもなかなか効かない。腰がカパッと外れてしまいそうな感じ・・・。色々これから山積みの計画が先延ばしにならないよう頑張るぞ~。
2005.11.10
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今朝も、かなりリキンデお弁当を作った。通常出勤。昨日のいきさつを話して、謝ったら「薬飲んでるから仕方ないよ」と優しくフォローしてくれた。本当にありがとうございます・・・。出勤すれば、頑張るのんだけど、今日はさほど忙しくなかった。社員さんでのんの直の上司に当たるEさんが具合悪くてお休みした。やっぱり、みんななんとなく本調子じゃない。空気が悪いね~と朝から窓を開けたりしてかなり気を遣ってるけど、多分色々続いた心痛(ある事情で頑張りたくてももどかしい状態があった)でのんも含め社員みなさん、心に隙間ができてたのかもね。そんなところにウィルスは侵入するからね。もう少し、会社が軌道にガシッと乗ったらみんな元気になると思う。忙しいほうが性にあってるひとばっかりなんだよ、きっと。少し残業して、蔵前橋通りにある、ハナマサに寄った。仕事を終えた彼にもそこで待ち合わせをお願いした。お目当ての鶏ムネ肉2kg、鶏ささみ、牛ランプステーキ肉などをゲット。どれもお徳用。牛モモのブロックも安くて欲しかったんだけど、二人だし冷凍庫に入りきらなくなるので諦めた。4~5kgのかたまりだった(笑)。上野に寄って貰い、お直しのズボンを受け取って帰宅。晩御飯を作るのは面倒で、外食しようか~なんて言ったけどやめて、彼のために鶏の唐揚げを揚げ、のんは鶏肉入りのキムチチゲにした。冷凍うどんと緑豆春雨、にら、もやし、長ネギと桃屋キムチの素。結構我が家では定番メニュー。おいしかった。一人分じゃない量で作ったので、残った。また明日食べるかな~。
2005.11.09
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信じられないかもしれないけど、一度も起きなかった。確かに遅めに寝た。だけど、お昼に会社から出勤確認のメールを貰って、寝ぼけながらお詫びメールを返し(あとで確認した)、そのまま眠った。そして、確実に目覚めたのが・・・彼が仕事から帰宅した夜だった。いったい何時間寝てたんだろう。腰痛であまり寝返りが打てないので、ほぼ同じ格好で寝ていた。おトイレにも起きてない(と思う)。もちろん、何にも食べてない。彼が帰宅して電気やTVを点けるまで、真っ暗になった部屋でずっと寝ていたのだ。一日損した・・・。ただ、寝起きはスッキリしていたので良かった。社会人としては失格。あ~あ。
2005.11.08
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ほとんど眠らず、お弁当を作り、バスタブにお湯を張り、入浴。彼を送り出し、自分も支度。ラッシュの電車は腰にこたえるけど、出勤。なんとなく忙しい一日だった。一日を終えたらぐったり。帰り、上野のマルイのGAPにジーパン(って死語?)を2本お直しに出した。先日錦糸町のマルイのGAPで買った戦利品だ。赤いカードでお直し料は半額になった、ラッキー。ずっと気になってたショートブーツを悩んで、店員さんに次々出してもらったりして結局ゲット。だいたい毎年一足は買ってる。寒がりののんは通年ブーツでもOKだよ。彼がお義兄さんの会社に寄ってくると言ってたので、寄り道をウロウロ。完全にナチュラルハイになってる。疲れてるのに、眠いのにそれを超えちゃった。本屋さんで好きなモデルさんの載ってる雑誌を購入。GLAYのリーダーTAKUROの愛妻岩堀せりちゃんの妊婦姿が載っていた。6ヶ月の頃だそうで、ぽっこりHAPPYバルーンのお腹は目立ってた。というか、L.A.での写真なので例に習ってお腹を目立たせたファッションをまとってのショットだった。日本位かしら、お腹隠したがるのは?でも、いまのプレママはとってもファッショナブルで、お腹のラインが綺麗に見えるフィット素材のおしゃれを楽しんでる方も多いからそんなことも無いかな?大好きな大好きな存在だったTAKUROだから、複雑な心境になるかなと不安もあったんだけど、不思議と結婚も、愛妻の懐妊、先の出産もうれしい気持ちの方が大きかった。きっと、のんもTAKUROとせりちゃんに負けないラブラブダーリンに愛されてるからだろうな。今も、TAKUROのことは変わらず大好きだよ。GLAYファンとしては、家族を得たTAKUROが描く曲の世界も楽しみなんだ。守るものが増えたことは、大きな財産だし、かけがえの無い存在、溢れる幸せ、これらは今不遇な状況下にいる世界中の誰かの心の栄養にきっとなってくれるって思うから。辛いとき、寂しいとき、苦しいとき、悲しいときばかりの支えじゃない。幸せだから、愛されてるから、満たされてるから見えてくるものもある。自分は幸せだから、困っている人の力になりたい・・・そんな気持ちも大事だよね。美しく、かわいいせりちゃんを見るとき、愛されてるんだろうな~と思いつつ、TAKUROくんを愛してくれて、大事にしてくれてありがとうって思っちゃうんだよな~。のんもママになるぞ~。
2005.11.07
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腰の痛い時間が随分減ってきた。すっかり怠けきってしまったのんの体内時計は、日本時間ではなくなってしまっている。いかん、いかん。午後から、都バスの一日乗車券を利用して錦糸町にでかけた。寝込んでてできなかったことなどの用事を済ませ、マルイへ。GAPのクーポン券を利用して、買い物をした。15,000円以上買うと25%引きになるので、しかもセール品はそこから更に値引きなので超お得。自分用に、セール品とデニム。あとメンズを少し。金額に対して、びっくりな数の買い物が出来た。GAPはbabyがかわいいので早く自分の子供用に買いたいな~。スタバでキャラメルフラペチーノライト(トールサイズ)をゲット。LIVINの無印良品でのんの必需品、『スパッツ』を購入。ちょうど、セゾンの5%オフをやっていた。食料品も買った。雨の降る中ものすごい量の荷物になってしまった。時間も遅くなってしまい、彼は自分でご飯食べたと言うので、てんやの天丼を食べてきた。ならしで出かけたにしてはヘビーなスケジュールだった。
2005.11.06
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彼は昨日言っていた通り、休みでどこにも行かなかった。車のオークションもキャンセルしたみたい。のんは、夜更かしとお薬がたたってお昼くらいまで寝てた。腰が痛くて起きられないので、そのまままた寝てとかを繰り返してた。彼は、面倒くさいと何も食べずに待っている。ろくな食材もないので、買い物に行きたいと言っても頑なに「面倒くさい」と行ってくれなかった。のんも意地になって、何もしなかった。散らかしてるレベル100くらいの部屋でゴロゴロ。ソファで横になってると、彼も一緒に横になり、抱っこ&腕枕してくれる。あれは自動なのか?と思うくらい、頭を近づけると腕がウィーンとセットされる。これくらい銀行の利息も増えたら良いな~と思うくらいの伸び率の彼の髭(笑)。ジョリジョリわざと頬をこすりつけて、フェイシャルマッサージとか言って遊んだ。(肌の弱いのんはあとで荒れる)だっこしてもらってると安心する。何かの詩じゃないけど、ふたりはちみつになって一緒にとけてしまいたい~♪なんて思ったり。明日は運動がてら、どこかに出かけようと思う。彼は仕事だから一人だけど、そのほうが気楽だし(彼は待てない)。右太腿の筋肉がピキピキいってる。腰をかばって過ごしてるので、普段使わない筋肉に来てるみたい。太腿の筋肉がつる感じで、こわい。なので、プレママcocoちゃんにもならって少しウォーキングもしよう。彼に、痩せろと言われてしまったから。人生最大のおデブ状態なので。反省。
2005.11.05
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いや~ちょっとした睡眠剤くらい寝られる。起きてて、時間が来るとまだ痛いから、寝られるってありがたい。けど、会社行けなかったよ。すみませ~ん。去年の昨日は振り返ると仙台に単身ライブに行ってた。もち、GLAYね。必死の思いでチケットを取り、その当時、特定のパートナーが(妹以外に)いなかったのんは雨の中仙台に行ったのだ。初めての仙台は寒かった~。会場に着いたら、東京や横浜から来てる顔馴染みのファンの子、友達がいた。どこにでも着いていくんだよね~お互いね~。新潟中越地震の後で、義援金の募金箱があって思い切って紙のお金をはじめて出して、自己満足してみたり。帰りの新幹線がGLAYのメンバーと偶然同じで、乗る場所も同じだったのんは、気づいて押し寄せたファンに押され、ものすごくJIRO君に接近してしまったなんて苦い記憶がある。危険行為はだめだよ~。そして、HSMSでTAKUROがファンにとってはうれしいメッセージをくれ、好きな人のささやかな言葉で元気が出るんだな~ってうれしくなった。ファンでなくてもGLAYがTVに出てないことなんかはわかると思う。水面下で活動はしてはいるけど、不安を助長するようなニュースが出たりしてた。大人年齢ののんはあまり動じなかったんだけど、10代のファンや、音楽業界などの事情に詳しくないファンの子は不安でたまらなかったと思う。でも大丈夫。愛するGLAYは生きてるし、解散もしてない。それだけでも、待つ価値はあるよね。沢山のアーティスト達が、愛するファンの元からあらゆる形で遠く去っていってしまった中、GLAYは存在してる。また、ファンの心にズシンとくる音楽を引っさげて笑顔を見せてくれるよ。なんかね、妊娠を心待ちにしてる自分の気持ちと、GLAYの表舞台での活動再開を待つ気持ちって似てる。自分が努力してもどうにもならないんだけど、自分が待ってれば必ず来てくれるってこと。諦めないことは、大きな力。
2005.11.04
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世の中は祝日でお休みモードだけど、シフト勤務の彼は通常出勤。しかも、燃えないゴミの日なので、のんの替わりに出してくれた。昨日もらってきた薬を変な時間に飲んでしまったのでずっと寝ていた。確か初めて飲む薬なんだけど、ものすごく眠くなる。午前中はベッドの中、お昼に起きてトイレ行って、またウトウト。薬の影響で眠いから、ず~っと眠い。1日2回の薬なので、切れてくる時間になったら目が覚めてきた。ピリオドも来てしまった。あらゆるネガティブな思考を産んでしまうので、日にちをカウントしないでいたけど、体調をチェックしてる手帳をみたらピッタリ来てた。28日周期の私。昨日は新月だそうで、しかもこのところはお薬漬けなので妊娠はしないし、しなくていいなって思ってた。月の満ち欠けは女性の身体に強く作用するし、メンタル面にも働きかける。昨日、手の指がものすごく浮腫んでたのと、味覚がおかしくて食欲がなかったのでわかってたけどね。妊娠については、これからの計画でベストなタイミングを感じつつある。今じゃないということはやっと納得できてきた。毎月、生理が来るたび、死にたくなるほどのうつ状態になり、彼を攻め、あらゆる痛みにもだえ苦しんだ。腰痛に出されてる鎮痛剤が生理痛にも効いていて、PMSもほとんどなかった。あっても薬飲んでてわからなかった(ぎっくり腰でわからなかった)自分が自分を追い込んできた。私は決して自分に厳しい人間ではない。どちらかといえば自分を随分甘やかして来てる。けれど、本当はそれは一時しのぎのことであって、実際は自分を苦しめ、傷つけてきたことなんだと思う。薬を飲まずに痛みのないピリオドを迎えられることは、閉経まで私の場合ほぼ100%無理だと思う。でも、婦人科疾患については自身で納得しているし受け入れている。妊娠、出産でがらりと変わるということもあるらしいので、これからに期待もある。他にもっと、自分が受け入れて変わらなくてはいけないことがあって、それがのんをもっと健康に元気に、心身強い人間になれるよう導いてくれるって思う。自分が一歩踏み出さないとならないからね。痛いのも自分、だけどうれしいのもしあわせなのも自分なんだものね。ずっと寝てた割には、じっくり考えた。彼の寝顔を観ていたら・・・やっぱりしあわせだよ、のんは・・・と実感。
2005.11.03
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焦る気持ちとは裏腹に、身体は正直だった。腰が痛い・・・。お昼までねばったけど、今日は諦めて休ませてもらうことにした。明け方寒かった。痛いのと、下半身が冷え切ってしまったのとで、掛け布団と毛布をしっかりかぶってたけど、眠りが浅かった。そういう時って、変な夢見るんだよね~忘れたけど(笑)。そういえば、数日前大好きなGLAYのHISASHIくんとラブラブな夢を見た。欲求不満だろうか?正夢になったら・・・(ありえね~って)、ゴメンねダーリン(爆笑)。彼との関係に決して不満はありません。身体をほぐしたく、お風呂にお湯を張って入った。実家のデカお風呂が欲しい。マンションのユニットバスだけど、そんなに狭くは無いから贅沢はいけないんだけど、追い炊きができないから冷めていくと、お湯を足すしかないんだよね(不経済)。入浴中に小包が届き、意を決してバスローブで出てしまった。彼には絶対言えない。言ったらモノスゴク叱られるだろう。ヤフオクで落札した、ミスドの景品のお皿。ポンデライオンが大好きで、だけどドーナツあんまり食べないので集まんなくて、ヤフオク活用。ドーナツ食べてポイント集めるより実は安く上がる、えへへ。どなたかいらない方、送料負担しますので譲ってくださ~い。ポンデライオングッズ限定でお願いしま~す。横になってても腰は痛いので、ゴロゴロ動き、洗濯機を回した。夕方病院に行った。整形外科の先生が夜間(18~21時)に担当してて、その時間に行ったのだ。ものすごく混んでて、診察券は早めに出しに行ったのに2時間待ちだった。腰が痛かった・・・。先日のレントゲンの結果を細かく説明してもらった。椎間板ヘルニアはじわりじわりと迫って来てた。坐骨神経痛を指摘された。実はある。長らく腰痛と付き合ってるので、知識はある(笑)。坐骨神経痛の場合の痛みの道もよく知ってる・・・そんなの知らないほうがいいとおもうけど。悪いところはシロウトが見ても悪そうだった。まだ全然良くはなってないんだけど、今日は痛み止めの注射はナシで、お薬を変えて、処方してもらった。またしばらく通院だ。痛みがひいたら、筋トレ。前々から気になってるピラティスを口ばっかりじゃなくて、やってみるか。婦人科系にもいいらしい。駒込にあるのまでは知ってる。ちかいんだから行けばいいのにね。また医療費貧乏で苦しくなってきたぞ~。待合室で待ってたときふと思ったんだけど、神様ってすごいって思った。だって、このぎっくり腰をする前鈍い痛みから始まって2週間もはっきりしない、体調不良が続いていた。半病人~病人の間を行ったり来たりで実生活がおざなりになってた。そこに、とどめを刺してくれたことで今すべきことがはっきりした。神様は超えられない試練は与えないと言うけど、本当だな~と思う。好転反応と言ったらいいのか。健康になるための総決算だと思ったら、きっちり受け止められるよね。パン屋さんの焼きたて食パンとフランスパンとケンタッキーのありがとうセットを買って、夕食は済ますことにした。だけど、もうすぐピリオドが来そうなのんは味覚がおかしくなって来てた。「おいしくない・・・」ケンタッキーは好きなんだけど、いつも脂身と皮は全部とって食べる。肉の部分と味が好きなんだけど、今日はそこも美味しく感じられなかった。彼はおいしかったと言ってたのでのんの口がおかしいんだな。ちぇっ。焼きたての食パンばっかりなにもつけずに食べてた。それは美味しく感じたから。そうそう、31日に飛び込みで期間限定の楽天スーパーポイントを使ったんだけど、今回はスィーツじゃなくて、オーガニックハーブティを探してみた。ローズヒップの専門店でお試しセットを発見。さっきそれも届きました。楽しみだな~。Tea&Oil★お手頃 有機ローズヒップお試しセット
2005.11.02
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今年もあと2ヶ月。ブログをはじめたのもこの頃だったな~。そういえば、去年の今頃も腰痛めてたな・・・寒くなると、心筋梗塞や脳梗塞なんかも増えると言うから、筋肉はじっくり温めてから動き出さないといけないよね。自己防衛だね。今日もお昼からの出勤だった。だけど、電車が混んでて、脚を引きずってるくらいじゃ誰も席なんか譲ってくれない。痛い思いをしてはじめてわかるね、弱者への配慮の不足に。自分も元気になったら、必要な方に率先して席を譲ろう。職場では明るく振舞ってるけど、痛いのはごまかせず、険しい顔をして仕事してたり、「う~」と唸って、うずくまってしまったりと、周りの人には申し訳ない気持ちでいっぱいになる。健康な人のそばでいつもどこか悪いってそれだけで迷惑な気がして、恐縮してしまう。のん自信は、割と病気経験があるのでのんが元気でそばに具合悪い人がいても「風邪が伝染る?」という心配はあっても(すぐこじらすから)、テンションが下がるとかってことは全くない。だけど、ずーっと健康で来た人は、そういうことにピンと来ないから、人によっては「おちる」から近寄んないで~って思う人もいると思う。その人が冷たいとかじゃなくて、仕方ないよね、わからないんだもん。ひとりっこがきょうだいの感覚をわからないのとおんなじだよね。だけど、自分が病人の場合だと、気にしてしまう。早く元気になればいいんだ。まだ、痛みはあって腰かけてるのは正直つらかった。社員さんは「無理しなくていいよ」と、本当にとても気遣ってくれてる。のんは恵まれてるな~。なので、できることはせっせとしてきた。当たり前って言えば当たり前なんだけどね、社会人なんだから。帰りは彼と時間を合わせて会社まで迎えに来てもらった。愛車のスカイラインは修理に出してて、シーマで来てた。これは商品なんだけど、元の持ち主のCDがチェンジャーに入ったままで、その内容が面白かった。演歌、デカレンジャーとかの曲、なぞのビジュアル系、プリプリ、B-T、(なつかしい)、初期のLUNASEAも入ってた。明らかに90年代前半だった(笑)。プリプリ、BUCKTICK、LUNASEAはのんが熱唱してた。彼は・・・デカレンジャーを知っていた。いつも余裕を持って出勤する彼。日曜の朝、会社について一服しながらほぼ毎週見てたらしい。朝にめっぽう弱いのんは、一回も見たこと無い。昔、土曜の夕方やっていたデンジマンとかは大好きだったけど。帰宅し、夕食の支度。ストックのステーキ肉を焼いた。脂身の嫌いなのんはサーロインよりヒレか安いモモ肉を買うんだけど、モモを特売で買っておいたものだったんだけど、柔らかくてすごく美味しく焼けた。ラッキー。ご飯も炊き立てだったので、美味しさ倍増だった。火垂るの墓の実写版というのかな?がやっていた。アニメは何度も何度も見ては泣いた。松嶋奈々子さんがあの憎まれ役のおばさんを演じるということで気にはなっていた。TVのスケジュールをすぐ忘れるのんは、偶然やってるのを途中から見たのだけど、あのせつこもせいたさんもよかった。どの配役もすばらしかったと思う。アニメで当たっているものの実写版って大抵ハズレが多いんだけど、すばらしかった。せつこちゃんはアニメにすごく忠実で、ストーリーを丸ごと記憶してる私は、涙がザーザー流れながら見ていた。結末を知っているのに、溢れる涙。戦争は全てをうばってしまう。戦争が生むものなんて、なにもない。食べることに、生きることに不自由しない日本に生まれ育ったからこそ、するべきこと、できることは沢山あると思う。ホワイトバンドについても、賛否両論があった。今、お腹が空いている人には明日への希望より、目の前の一個のパンかもしれない。けれど、繰り返してはならないことは大きく変えなくてはならない。そのためには、パンを毛布を綺麗な水を提供するだけでは、もうだめなんだと気づかなくてはいけない。それは、明日の朝をおそらく平穏に迎えられる保障の高い、私達のすべきことだと思う・・・そんなことを考えながら、60年前の日本の事実をTV越しに観た。明けない夜はない。戦地にも、難民のキャンプにも、朝は来る。新しい朝が、世界中のみんなにとって同じ朝であるよう、新しい一日が希望に満ちたものであるよう、できることを考えたい。考えるだけじゃだめですか?
2005.11.01
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