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2007.07.28
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(Jean-Louis Flandrin et Massimo Montanari dir., Histoire de l'alimentation, Fayard, 1996)
~藤原書店、2006年~

 性の歴史に関する研究を進め、後に食の歴史の研究も進めたフランドランと、食の歴史の研究で有名なモンタナーリの監修のもと、総勢43名の研究者が執筆した大著『食の歴史』の邦訳第一巻です。原著は900頁をこえるのですが、邦訳では三巻に分かれて、2006年1月から3月まで、一巻ずつ順番に刊行されました。
 本書は、先史時代から、現代までを通史的に、またそれぞれの時代ごとにいくつかの観点から論じていきます。邦訳第一巻は、先史時代から初期中世までを扱っています。
 目次は以下の通り。

ーーー
序論
用語解説(北代美和子)

第1部 先史時代と古代文明

 第1章 先史時代の食糧獲得戦略(カトリーヌ・ペルレス)
 第2章 初期文明における宴会の社会的役割(フランシス・ジョアネス)
 第3章 古代エジプトの食文化(エッダ・ブレシャーニ)
 第4章 聖書の道理―ヘブライの食物戒律(ジャン・ソレール)
 第5章 フェニキア人とカルタゴ人(アントネッラ・スパノ・ジャンメッラーロ)

第2部 古典世界
 食のシステムと文明のモデル(マッシモ・モンタナーリ)
 第6章 肉とその儀式(クリスティアーノ・グロッタネッリ) 
 第7章 ギリシアにおける都市と農村(マリ=クレール・アムレッティ)
 第8章 ギリシア市民社会での儀式としての共同食事(ポーリーヌ・シュミット・パンテル)
 第9章 シュンポシオン(饗宴)の文化(マッシモ・ヴェッタ)
 第10章 エトルリア人の食生活(ジュゼッペ・サッサテッリ)

 第12章 ソラマメとウツボ―ローマにおける食べ物と社会階層(ミレーユ・コルビエ)
 第13章 政治的理由―都市国家の言い分(ピーター・ガーンジイ)
 第14章 古代世界における食と医療(インノチェンツォ・マッツイーニ)
 第15章 他者の食べ物(オッドーネ・ロンゴ)

第3部 古代末期から中世初期―5世紀-10世紀
 ローマ人・蛮人・キリスト教徒―ヨーロッパの食文化の黎明(マッシモ・モンタナーリ)

 第17章 農民/戦士/聖職者―社会的ステイタスと食生活のスタイル(マッシモ・モンタナーリ)
 第18章 「食べれば食べただけ義理が生じる」―会食・宴会・祝祭(ゲルト・アルトホフ)

原注及び参考文献
原タイトル一覧
執筆者紹介

ーーー

 私は中世盛期(11-13世紀)頃が専門ではあるのですが、古い時代のことも好きだということもあってか、全ての章を興味深く読みました。

 たとえば、第一章。狩猟・採集から、農耕・牧畜に移っていく中で(あるいは、個人的な狩猟から、集団的・計画的な狩猟への移行の中で)、人間は集団を作るようになります。貧富の差の拡大が生じるのはもちろんですが、農耕・牧畜という技術をもち、集団生活を営むようになったために、伝染病の影響を受けやすくなる、という指摘。もっともといえばもっともなのですが、なんらかの技術が進展することで、人間にとって負の影響も起こるというのは、人間につきまとうことなのですね。

 意外だったのは、ギリシア人は、それほど肉を食べていなかったということ。そして、食事メインの会食の後に、ワインを飲むのがメインのシュンポシオン(饗宴)が続き、食べることとワインを飲むことは、基本的に別個に行われたということ。ねそべって飲んだり食べたりというイメージがあったので、そのイメージが覆されました。勉強になりました。

 食事は、自集団と他集団を区別する指標にもなります。極端な言い方をひきますと、「大麦食らい」はギリシア人を、「粥食らい」はローマ人を指しました。そして、このような穀物を主食とする(ギリシア・)ローマ人にとって、ゲルマン人は肉を食う野蛮な連中です。15章は、ヘレニズム期の著作に描かれる「他者」の中に、「バッタ喰い人」、「枝葉喰い人」などが現れることを指摘します。このように、ギリシア・ローマ人による記述の特徴は、記述の対象となる民族を、文化的に自分たちより下位の、ときには動物と紙一重の存在とします。また、それらの民族の食生活について、例外を認めない、断定的な言い方をするわけですね(先に例を挙げたように)。15章の中の小見出しにあるように、「単食人種」とみなすわけです。

 初期中世には、農耕が基本的な生産方法となりますが、それまで軽蔑されていた狩猟、あるいは放牧による肉食も価値を認められてくるなど、その食べ物は多様化します。特に、「庶民階層の食卓に、野菜と並んで大量の動物性食品が登場した事実は、食生活の歴史で他に例を見ないこととして、特記されなければならない」(363頁)とのこと。とまれ、興味深いのは、初期中世は多様な生産システムであったことから、すべてがいちどきに不足する事態は考えにくい、ということ。ジャガイモ飢饉の起こる18、19世紀のヨーロッパとは状況が異なるということですね。

 時代を追いながら、興味深かった点を書いてきましたが、もう少し全体的なことを書いておきましょう。
 本書のうち、いくつかの章は、該当する時代の人々(民族)が何を食べていたのか、という、概説になっています(たとえば、第3章、第10章、第16章など)。もちろん、それらの章も、食物の生産様式、通商のありようなどにもふれてはいるのですが。
 そして、いくつかの章は、食を通じて、民族のアイデンティティであるとか、食の宗教的側面、権力者のあり方、政治のあり方、社会的ステイタスの差異などを示す具体的な研究になっています。これらは、現代にも通じるテーマですね。
 宗教的な面について、特に興味深かったのは、第4章です。なぜ、ヘブライ人は豚を食べることを禁じたのか。聖書を綿密に読み解き、この問題に解答を与える中で、聖書の中の動物観ともいえる部分もうかがえます。たとえば、動物は、地上に生きるもの、水の中で生きるもの、空を飛ぶものの三種類に分けられました。そのため、海の動物としては、カニのように、足で移動するものはだめです。水の中で、陸地の器官を使って生きるからです。鳥なのに飛ばないダチョウもだめですね。ここから見えてくるのは、「区別の廃止は悪である」という思想です。そこから、議論は同性愛などの禁止にまで及びます。面白い章でした。

 邦訳の第2巻は、盛期・後期中世が中心となっているので、こちらも楽しみです。

*なお、序論の次に置かれている「用語解説」は、邦訳版のために加えられています。料理の仕方など、欧米語と日本語でちょうど対になるわけではない言葉もあるので、それらの説明となっていて、便利です。

(追記)
・邦訳第2巻の記事についての記事は こちら
・邦訳第3巻の記事についての記事は こちら

*日記カテゴリを整理するため、記事をあらためて投稿しようとすると、楽天さんによる表現の検閲にひっかかってしまいました。まったくそういう意図はないのに…。不快なサイトを規制するのには有効かもしれませんが、これでは一般の本あるいは学術書の紹介も難しくなりますね。筒井さんの議論が思い起こされます…。





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Last updated  2008.07.12 18:32:27
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