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2007.09.28
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(Michel Pastoureau, Les animaux celebres , Christine Bonneton editeur, 2001)
~筑摩書房、2003年~

 原著を直訳すれば、『有名な動物たち』ですね(私は原著未見)。邦訳書の副題に、原著タイトルが反映されていますね。
 著者ミシェル・パストゥローについては、このブログでも邦訳書や論文を紹介していますが、もともと、古文書学校で学んでいて、そのときの卒業論文で中世の動物誌を扱った方です。たしか、紋章に現れる動物について、詳細な分析を行い、高く評価されたと、どこかで読んだ覚えがあります。

 本書は、創世記あるいは先史時代から、現代までの「有名な動物たち」について、それぞれ3-8頁で簡単に紹介しています。全部で36章あります。
 まえがきで著者自身が言うように、本書はがちがちの研究の合間の「息抜き」の性格もあるようです。その一方、これまでに発表してきた論文や、その他の研究による知見をベースにした、充実した内容にもなっています。本文自体に註は付されていないのですが、それぞれの章の末尾に参考文献が掲げられていて、さらなる研究の手掛かりになりますね。

 先にふれたように、全36章全ての標題を掲げるのは大変なので、どんな章があるのか、興味深いところをピックアップしてみましょう。最初におかれているのは、「原罪の蛇」。その他、ラスコーの動物壁画、ミノタウロスなどが、先史~古代の動物としてあげられます。中世では、邦題にも使われている「王を殺した豚」、「カール大帝の象アブル・アバス」、ルナール狐、イングランドの豹、聖アントニウスの豚などが紹介されます(ここで書いている順番は、目次の順番にはしたがっていません)。


 それぞれの章は、二つの部分から構成されています。前半で、その動物に関わる事件、事実、伝説などを提示し、後半で、その文脈、係争点、問題点を提示します。
 その中で、著者が一貫して強調しているのは、「想像界は常に現実の一部であること」、動物は「動物学の世界に属すのと同じくらい象徴の世界に属している」ということです。こうした研究態度のため、動物の象徴性に関する議論がしばしば行われています。

 では、邦題にも登場する「王を殺した豚」について、少しふれておきます。
 被害者は、ルイ6世の長男、フィリップ若王です。3歳で王国の統治に名目上協力、 12歳のときに王として聖別されました(当時の慣習として、父王の存命中に長子を王座に関与させていたのだそうです)。そんな彼が、2年後、激しく落馬して亡くなります。落馬の理由は、豚が馬の脚に飛び込んできて、馬を転ばせたからです。気の毒に、彼は何世紀ものあいだ、「豚に殺された国王フィリップ」と歴史書に書かれつづけたのだそうです。
 19世紀末に編纂された浩瀚な歴史書にこのエピソードは収録されませんでしたが、それまでは、 19世紀中葉まで、あらゆる年代記やフランス史で語られていたそうです。
 この事件が重大だったは、まず、フィリップが既に聖別された、「王」あるいは少なくとも「副王」であったこと。そして、落馬だけならまだしも、その原因が、不名誉な動物とされた豚にぶつかったことだということです。 12-14世紀の歴史書では、この死を、「恥ずべき死」「屈辱的な死」「哀れな死」などと、その不名誉な点を強調しているそうです。
 当時、豚は、都市でうろちょろしていました。ゴミ掃除の役目を果たしたとのことですが、そのため、非常に身近で、またこの事件のように、事故を起こす可能性も大きかったようですね。

 本書でネッシーもふれられていることは上に書きましたが、ネッシーがおもちゃだったことが判明したのはいつのことでしたか…。怪獣がネス湖に住んでいるかどうかはともかく、ネス湖周辺は、精霊や幽霊にまつわる話も多いそうです。
 なお、ここで重要なのは、ネッシーという怪獣が実在するかどうかではなく、多くの人々がそれを見たとし、信じている(現在でいえば、いた?)ということです。そして、そうした人々や彼らの信念こそが、あらゆる考察の出発点となるべきだといいます。
 ここでパストゥローが述べていることを、少し引用しておきます。「研究者がある社会を研究し、想像界に属することすべてを排除する ―科学の名の下に―としたら、彼は自分の調査と分析を不完全とすることになり、その社会を何も理解できないであろう」(249頁)。示唆的な指摘ですね。

 なにはともあれ、読み物としてもとても楽しめる一冊です。


Michel Pastoureau, Figures et Couleurs : Etude sur la symbolique et la sensibilite medievales , Paris, 1986
Michel Pastoureau, Couleurs, Images, Symboles. Etudes d'histoire et d'anthropologie , Paris, Le Leopard d'Or, 1989
Michel Pastoureau, Une histoire symbolique du Moyen Age occidental , Seuil, 2004
ロベール・ドロール(桃木暁子訳)『動物の歴史』みすず書房、1998年





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Last updated  2008.07.12 18:15:31
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王を殺した豚  
hirsakaki さん
こんばんは。昔の記事にコメントお許しください。

フィリップ若王が往来で豚に躓いて落馬し不慮の死を遂げ、1131年に「豚殺し」の布告が出されたが汚物処理が滞ってやがて廃止された・・・という話、小学生の時にとある本で読んで以来ずっと頭に引っかかっていました。
この記事を読ませていただいて、「動物の歴史」より先にこちらを古本で発注して読むことにしました。

私は西洋史はもとより、専攻(=数学)ともあまり関わりのないIT産業の領域で日々の糧を得ています。ITの世界では「ナレッジデータベース」の構築をoracleやSQLを使って作りますが、所詮それらは「単語の羅列」に過ぎません。

一方のぽねこさんのblogは、このままで理想的な「知のデータベース」になっています。昔の記事も、決して輝きを失っていませんね。私のような素人にも理解できるような平易な記述も、ともすれば先鋭な知に走って難解になってしまう類似のblogと違って、可用性に富んでいます。私も自分の仕事の領域で、こういった「知のデータベース」を構築してみる気になりました。

以上、話が逸れてしまいました(=失礼)が、9月はご多忙と承知していますので、どうかあまりお気にされませぬように・・
(2008.09.03 21:29:07)

補足  
hirsakaki さん
自分で投稿して読み返して、理解に苦しむこと多々あり、説明を補足いたします。

一般のblogというものは、「日記」に過ぎないので過去の記事は古新聞同様あまり価値を持たないのですが、
のぽねこさんのblogは「知の集成」だと言いたかったのです。過去の記事と言え、これだけの珠玉の記事にコメントする愉しみを与えて頂き感謝しております
(2008.09.03 21:33:58)

Re:王を殺した豚  
のぽねこ  さん
hirsakakiさんへ
コメントありがとうございます。いえいえ、過去の記事にコメント下さるのも大歓迎です。
なるほど、私は豚殺しの布告については知らなかったのですが、廃止の経緯では、いかに豚が汚物処理に役立っていたかがうかがえますね。

それにしても、身に余るお言葉をいただき、光栄に思います。もともとミシェル・パストゥロー氏自身が、一般の読者にも読みやすく分かりやすい著作を書かれる方なので、そのおかげもあると思います。
逆に、中世説教研究は私自身が専門にしたこともあり、油断すれば難しい記述になってしまいそうなので(専門こそ、分かりやすく発信していきたいテーマなのですが)、気をつけたいと思います。

比較的初期の段階から、ブログでは基本的に本の紹介を中心にしようと考えたこともあり、データベース的な方向で進めてきました(といって、基本的には自分のメモですが…)。ともあれ、続けてきて良かったと思いました。

あらためて、ありがとうございました。 (2008.09.04 07:19:20)

読了しました:『王を殺した豚 王が愛した象―歴史に名高い動物たち―』  
hirsakaki さん
ちょっとご無沙汰しました

昨日読了いたしました。ミシェル・パストロー先生の平易な記述に加え、松村恵理・剛両氏による邦訳もこなれていたので、あたかも夕刊紙の連載コラムの集成の如く楽しく読めました。

特に面白かったのは二編、「ジェヴォーダンの獣」と「アントワネット・キュレの恋した熊:です。
前者は文字通り「得体の知れない連続殺人」が果たして人間の関与の元で行われたのか、そもそも獣の招待は何だったかが未だに判明していないというミステリアスな事件ですね。映画化(B級)されたそうで、機会があれば見てみたいと思いました。
後者も、果たして熊と人間が子供を産むということが現実に可能か否かという下世話な興味も手伝って、短編ながら楽しく読めました。確か「熊の子ジョン」というこの事件?から派生したと思われる童話もありますね。

実はこのところ、先月友人が上梓した数論幾何の本を並行して読んでいて、西洋史の読書のペースが落ちていました。
「解き明かされていない真理の探究」という意味では、数学も(抽象的ですが)ミステリーの一種です。

(2008.09.13 09:03:06)

hirsakakiさんへ  
のぽねこ  さん
コメントありがとうございます。
内容も分かりやすく、訳も良いですよね。
気になって「アントワネット・キュレに恋した熊」をざっと読み返してみました。なるほど、面白いですね。それこそ謎解き的なコメントもあり、良かったです。
「熊の子ジョン」という童話は知らなかったのですが、同章でも少しふれられていますね。

どの学問にも「なぜ?」「いかに?」などの問いかけがあり、解答を探っていくという面ではミステリー的性格があると思います。
私は数学とは縁遠いですが、高校時分に数学の先生にパラドックスの話を聞きに行ったりして、わくわくしたのを覚えています。 (2008.09.13 18:57:40)

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