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2008.10.18
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 なお、この書物は、書名もフランス語ですし、所収論考の大部分はフランス語なのですが、本稿のように英語論文も何本か収録されています。
 著者のGerhard Jaritzについてはブダペスト大学所属ということくらいしか分からず、名前の読み方も心許ないです(ドイツ語風に表記しておきました)。

 本稿は、タイトル通り、後期中世中欧の文学史料や図像史料に描かれた「下層民」が、決して中立的ではなく、良きにしろ悪しきにしろ模範として表現されたということを示します。
 いくつかの図版が紹介されているのも興味深いです。
 全部で20段落の、特に節分けもない短い論考ですが、適宜小見出しを付けながら、流れに沿って内容紹介をしておきます。

[1.序]
 下層民やその振るまいは、中世においてはふつうは関心を持たれることはありませんでした。彼らが関心を集めるのは、次の三つの場合です。
1.生活の中で起こる非日常的な、信じられないような現象との関連で。
2.社会的秩序を脅かすような行為をする場合。


[2.非日常的な出来事と下層民]
 1段落だけですが、下層民が描かれた非日常的な出来事がいくつか紹介されます。残念な話もあるので、割合きれいな例を紹介しますと、妊娠中にキリスト像をよく見ていた女性が生んだ子どもが、祈りのために手を上げた、といった話があるとか。

[3.文字史料に描かれた下層民―旅人(遍歴者)と農民の場合]
 ここでは、旅人(文脈から遍歴職人?)と農民それぞれの、悪い見本、良い見本が紹介されます。
 旅人は、若くて節度がなく、暴力的な存在として、悪く描かれました。一方、悪さをしない場合の例としては、川に溺れた子どもを助けるために川に飛び込んだ遍歴ガラス職人が紹介されています。
 農民も、悪い例も良き例も示す存在として描かれます。悪い見本の最たるものは、社会の中で自分に与えられた地位を捨て去ろうとする場合です(騎士になろうとするけれど失敗する例)。一方で、農民はその労働によって、社会の人々を支えるという、重要な役割も持っています。

[4.図像史料に描かれた下層民]
 ここでは、図像史料の分析が行われるので、特に興味深く読みました。
 まず、農民を肯定的に示す「月々の労働」サイクルを描いた壁画が紹介されます。ここに描かれているのは、農民の仕事と農村的生活の理想だといいます。
 他方、「悪い」農民として、果樹栽培をしている農民の絵が示されます。彼らは、その仕事は正しいのだけれど、そのふるまいは正しくないといいます。農作業に適した服装ではなく、その髪も長くて巻き毛にしています。この髪型は若い貴族なんかがする分には良いのですが、農民がするのは良くないと考えられたそうです。該当する絵を見てみると、心なしか農民たちの目もいってるようです…。
 さて、農民の描写とは離れますが、下層民が描かれる場合として、奇蹟が誰にでも起こることを示そうとする場合があります。
 なお、奇蹟は、あらゆる病人を癒し、あらゆる問題ごとを解決し、あらゆる人々を救いますが、これを「何でも誰でも[救う]」構造("anything to anybody"-construction)という言葉で示しているのが興味深かったです。

[5.上流層と下層民の対照]
 農民が苦しむ者を代表する機能も持つということに触れた後、話は上流層と下層民の対照に移ります。
 例として、15世紀後半のある作品が紹介されます。ウィーンの市民が皇帝の城を包囲し、城では食べ物に困ることになります。まだ3歳のマクシミリアン(後のマクシミリアン1世)は、肉が食べたいのに、嫌いな大麦やエンドウ豆を食べさせられます。ある日、またエンドウが出たときには、怒ってしまったというのですね。その作品では、「この食べ物は彼にはふさわしくない。敵に与えるべきだ」と書かれているそうです。大麦やエンドウ豆は下層民の食料とみなされ、皇帝には不向きだが、敵にはふさわしいと考えられたのですね。

[6.結論]


   *   *   *

 後期中世、しかも中欧が対象なので、普段はスルーするところですが、図像史料もテーマも面白そうで、内容も短いので読んでみたのですが、いやはや、予想通り面白かったです。
 私自身は、前回紹介した ニコル・ベリウの論文 のように、中世の説教史料について中心に勉強してきていて(最近はとんとご無沙汰)、それこそジャック・ド・ヴィトリによる「下男・下女への説教」も読んでいるのですが、説教もまさに人々の良い手本、悪い手本を示そうとする性格がありますので、本稿の内容が補強されると思います。
 ただ、決して中立的に描かれることがないのは「下層民」だけなのかな、という疑問は浮かびます。私自身はほとんど一次史料は読めていないので、さしたコメントはできませんが…。





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Last updated  2008.10.18 07:03:37
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