小林登志子『古代メソポタミア全史』
~中公新書、 2020
年~
著者の小林先生はシュメル学がご専門で、古代オリエント博物館非常勤研究員、立正大学文学部講師などを歴任された研究者です。
3500
年のシュメル人の都市文明のおこり(それに先行する先史時代も概観)から7世紀のイスラームの創始まで、メソポタミア地方の歴史を概観する概説書です。
本書の構成は次のとおりです。
―――
はじめに
序 章 ユーフラテス河の畔、ティグリス河の畔―メソポタミアの風土
第1章 シュメル人とアッカド人―前 3500
年~前 2004
年
第2章 シャムシ・アダド1世とハンムラビ王の時代―前 2000
年紀前半
第3章 バビロニア対アッシリアの覇権争い―前 2000
年紀後半
第4章 世界帝国の興亡―前 1000
年~前 539
年
終 章 メソポタミアからイラクへ―前 539
年~後 651
年
あとがき
主要参考文献
図版引用文献
索引
―――
高校世界史でも割とさらっと流されてしまうメソポタミア文明の概説ということで、高校時分に興味があったこともあり、このたび読んでみました。なにぶん固有名詞を忘れてしまっていて、懐かしさを感じながら読みました。
概説書なので、個別の章の紹介は省略しますが、印象的だった点などをメモしておきます。
大前提として、ギリシア語で「(両)河の間」を意味するメソポタミア地方は、西側の交易の大動脈であったユーフラテス河(シュメル語では、「銅の河」を意味するウルドゥ河と呼ばれたそうです)と、東側の、しばしば大洪水を起こし「大洪水伝説」も生み出したティグリス河にはさまれた地方です。北部はアッシリア、南部はバビロニアで、歴史の最初期は、バビロニア南部がシュメル、北部がアッカドと呼ばれました。
まず、それぞれの章の冒頭に、その章が扱う時期の年表と地図が掲載されていて、とても便利です。これは分かりやすいつくりです。
シュメルとアッカドを領域的に支配する最初の統一国家を創設したサルゴン王(前 2334-
前 2279
)は、伝説によれば、母親は子供を産んではならない女神官で、出生後かごに入れられ、ユーフラテス河に流されます。その後、庭師に拾われ、やがて王になったといい、「捨て子伝説」の最古の例だといいます (50-56
頁 )
。
最古の法典とされる『ウルナンム法典』の、「もし~ならば、…すべきである」という決疑法形式(解疑法形式とも)は、有名な『ハンムラビ法典』にも引き継がれます。なお、『ハンムラビ法典』は「目には目を…」という同害復讐法で有名ですが、『ウルナンム法典』では、賠償で償うべきという考え方が採用されていたそうです (65-67
頁 )
。
その他、中世ヨーロッパに関する言及について、指摘しておきます。
まず、シュメルにおける大麦の収穫量(初期王朝時代に 76.1
粒、ウル第三王朝時代には 30
粒)を取り上げる際、対照的な事例として、「九世紀はじめのシャルル・マーニュ…のフランス北部の荘園では、一粒の麦を蒔いても、平均二粒しか収穫できなかったという」 (18
頁 )
といいます。しかし、森本芳樹「収穫率についての覚書―9世紀大陸と13世紀イギリスの史料から―」( 同『比較史の道―ヨーロッパ中世から広い世界へ―』創文社、 2004
年
、 169-201
頁、特に 171-177
頁)によれば、カロリング期の収穫率を低く見積もる学説は 1960
年代のデュビィの主張であり、その後の研究により、3から4に近い収穫率はあったという見方も出てきていますので、付記しておきます。
次に、あとがきで、「 [
黒死病(ペスト)が ]14
世紀半ばに全ヨーロッパを襲い、人口の4分の1が死んだ」 (281
頁 )
とされています。しかし、最近の西洋中世史の概説書である 神崎忠昭『新版 ヨーロッパの中世』慶應義塾大学出版会、 2022
年
、 354
頁でも「当時のヨーロッパの人口の半数前後」( 2015
、 362
頁では「3分の1から3分の2」)が亡くなったとされており、「4分の1」の評価は低い見積もりとされていることを指摘しておきます。(ペストによる死亡率については、 石坂尚武『苦難と心性―イタリア・ルネサンス期の黒死病―』刀水書房、 2018
年
を参照。神崎先生の概説書の記述が変わったのも、石坂先生の著作の影響があると思われます。)
以上、西洋中世史の観点から些細な指摘をしましたが、本書は、古代メソポタミアの歴史を分かりやすくたどれる良書だと思います。
(2023.02.22 読了 )
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