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朝からPCに向かい作業をしている日曜日。NHK-FMをらじるらじるでかけながら。ところで、さきほどの7時のニュース、東北地方のニュースに移って大槌町の震災後に見つかった写真などを持ち主に返すイベントの報道で、じっさいに亡くなられた親戚の思い出の写真を見つけた来場者の方がいた。心をうつ出来事で、今なおこのような報道をするメディアの姿勢には敬意を表する。ところで、アナウンサーがこの来場者の発言を紹介する形で、こう言っていた。「大槌のことを忘れない日はありません」一瞬、間違い?と思った。NHK盛岡放送局のサイトのニュースを読んだが、やはりそう書かれている。------------震災の津波で大槌町の自宅を流されたAさん(ODAZUMA注:匿名に)(78)は、津波で亡くなった親戚の子どもの頃の写真を12枚見つけ、「写真が見つかって楽しかった日々を思い出し、懐かしい気持ちになりました。大槌のことを忘れない日はありません」と話していました。------------まだ悩みの中です。
2022.11.27
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山形県の棚田カレーが記事になっていた。今朝の河北新報。ご飯を盛り付ける「型」を県内の飲食店に無料で貸し付けるという、面白い取組。各地の棚田米を使うのが条件で、カレーの具やおかずにも地元の食材をつかってもらう。記事によると(多少のネット情報も加味)、2年前に、棚田に観光客は来ても、農家がもうからないという生産者の声をきいた山形県庁の農村計画課の担当者が、ダムカレーがあるなら棚田カレーにしてもいいだろうと発案したという。そして、本気を出したのだろう、すごいのは、企業に委託してドローンで朝日町の棚田を実際に撮影、そのデータを基に3Dプリンターでライスの型を作る。樹脂の14戸を製作。ご飯を畔に見立てて、田んぼに水を張るようにルーを乗せる。今年の2月から山形県庁の食堂や遊学館で提供して人気を博した。今月29日から再び県庁食堂で販売(780円)。山形県内には国県の認定する棚田が24箇所。耕作放棄による荒廃が懸念される。このような本気の取組が、生産者の方々の勇気になればと思う。大いに広まってほしい。自分も食べることで参画したい。■関連する過去の記事 棚田遺産(2022年2月16日) 山辺町(画像は大蕨の棚田)(2015年6月21日) 大蕨の棚田と地方創生(2015年3月7日) 日本の棚田百選 椹平の棚田(08年9月11日)(山形県以外の棚田の記事もあります。フリーページの記事リストを参照ください。)
2022.11.26
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昨日(19日)の夜7時50分頃、涌谷町の民家で起きた殺人事件は、県民に驚きを与えた。インターホンが鳴って玄関に出た住人の64歳男性が、ニット帽の犯人と揉み合いになって刺された。この家にいた知人女性が目撃しており、犯人は車で南の方へ逃走したという。警察が威信をかけて鋭意捜査中だろうが、あまり情報が出ていない。涌谷町では、午後10時過ぎ町内全域に注意を呼び掛ける防災無線とメールを流した。警察の統計では宮城県内の殺人事件は、令和3年で12件。前年の令和2年は19件だ。
2022.11.20
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今朝の河北新報の記事。アイヌ語や宮古島方言を研究したロシア人言語学者のニコライ・ネフスキーが、約100年前に登米を訪れて伝承や風習を調査したという。南方村の大嶽山をねぐらにした大嶽丸という鬼が坂上田村麻呂に成敗された言い伝えなどを記録した。調査成果は天理大学付属図書館に残されている。今月13日、登米市歴史博物館の主催で講演会「ロシア人が書いた登米の民俗 高橋清治郎とニコライ・ネフスキー」が開かれる。登米市南方農村環境改善センター。口承伝承学を専門とする石井正己教授(東京学芸大学)がネフスキーの調査と南方村の民俗学研究家高橋清治郎との交流も紹介する。以上が記事の内容だが、こんな小さなスペースの記事から、地域の息づかい、悠久の歴史、そして100年前の国際交流、というさまざまな見方た広がってくる。まさに当ジャーナルの取り上げたいテーマだ。登米市の関係者に賞賛をおくりたい。高橋清治郎(1869-1944) 小学校教員をしながら郷土史を研究。宮城県史の編纂委員にも。ニコライ・ネフスキー(1892-1937) ロシア人学者。言語学、民俗学。日本に滞在した。大嶽(おおだけ)山興福寺(登米市南方) 一説には、一帯を支配していた豪族・大武丸(おおだけまる)を807年に征夷大将軍坂上田村麻呂が討伐し、その亡骸を葬った塚の上に観音堂をたてたのが始まり、という。(登米市ホームページから)
2022.11.09
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