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7月初旬より危ない、危ないとい言われていた父親が亡くなりました。享年65歳です。若いねとよく言われます。戦国時代は「人生60年」だったけど、今では若いのね。前日に「そろそろ」という電話を受け、会社を早引きし、姉と見舞ったその翌日でした。この日の朝3時に電話をうけ、病院に駆けつけたときには亡くなっていました。8月1日は友引ということもあって、その日のうちに通夜、翌日葬儀ということになりました。はっきりいまして、ワタクシ父親が大嫌いでした。むしろはやく氏ねと思ってましたが、本当に亡くなってしまうとそういう気持ちも無くなってしまうものです。亡くなった時にこうしてやる、ああしてやるとかってのは全部する気がなくなりますね。只もう「苦しいことも、悲しいことも全部忘れて早く成仏してくれ」と、成仏するためならできる限りのことするよ!と思うばっかりです。誤解無くいいますとワタクシ仏教徒でして、やっぱりいい場所に行って欲しいと思ってます。そういうつもりです。
2005.07.30
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いちおう、誤解のないように申しますと、初婚です。マンションは自分で買いました。理由は家賃がもったいない!まあ、いろいろ彼とも話し合った結果(当然選択肢に別れるというのもあった)、彼の熱心さにほだされて二人きりで結婚することになった。すっごい悩んだけど、結局は二人なのねみたいな・・・というか、私のような超わがままな奴の言うことを聞いてくれるような貴重な存在は他にいない!というのが私の選択理由でして・・・。彼自身はめちゃめちゃいい人です(すこーし変わっているけど)ということで駆け落ちすることになりました!
2005.07.29
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兄が九州から帰ってきて3日後くらいに電話がかかってきて・・・「もう一度ささらさんとおかあさんに会いたいわ!」と彼ママから電話がかかってきた。なんだか嫌な予感がした、ここで嫌な予感がしない人などいないのでは?と思うくらいいやーな予感がした・・・。私「何のごようですか?」彼ママ「いえ、電話ではねあれだから。直接あってお話したいの」私「何を?」彼ママ「色々と」私「電話で話せないようなことなんですか?」彼ママ「そうね~、何時がつごういいかしら」(←答えになってない)その後食い下がって理由を聞いた結果・・・「なぜ父親がでてこない!」「離婚したら母親は他人のはず、なぜ出てくる」「ささらさんの籍は父親がわだから、父親が問題」「家を処分して身ひとつで嫁ぐべき」「最初からこの結婚は反対!」「今でも反対!」「うちの家は(教職が多いから)いい家柄なのよ!」「ささらさんキャリアがあるんだから結婚するのはもったいないわ」(←おおきなお世話)「ささらさん仕事で夜おそいし、息子の世話をきちんとしてくれるか心配」「マンションのローンは借金だ!」「妊娠して働けないときマンションのローンは誰がはらうのか?」「なんで30前にマンションを購入するのか理解できない」「嫁の家に息子が引っ越すなんて、情けない!!」(なら家用意してくれ!)「家は用意しない、二人で力合わせて10年くらいがんばって1000万貯めて、息子名義で家を買え!」「っていうか、その家、前夫に買ってもらって慰謝料としてもらったんでないの?(再婚だろ!初婚ではないだろ!)」そのほか、興信所で調べなければわからないような発言をしたため私が逆切れボンバー!機関銃のように文句をいった。それにかんして「ええ~」という人は多いが、私は後悔していないし、言い返さなければ逆に後悔してたし。おしんのように「耐え・忍」という文字は私の辞書にない!最後に「あなたのような、失礼な人に貴重な時間を割いてまで話をすることなんかもうない」といって終了した・・・。それ以来、彼ママとは話をしていない。(3月ぐらいの話です)
2005.07.28
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ずーっと6月に結婚式するものだと思っていたあに。何事もなく順調に進んでいると思っていたはは。年明けたら食事会をすると思っていたあね。話が違う!どうなっているんだ!と私以上に怒ってくれた。埒があかん!と兄と母は相手方の親にはるばる会いに言ってくれた。「本来であれば男方の親のほうが先に挨拶に来るのが筋だけど、そんなことは気にしない(っていうかわざわざ出向いてやる)」そこで、息子が親に何の相談もしてくれないこと。私の父親がでてこないこと。私が持ち家なのが気になる(気に入らない)ことなどなど話し始めたらしい・・・むこうのおかんは涙ながらに・・・「ささらさんが勝手に衣装を決めたりする。今度衣装を決めるときは私も一緒に選びたい」と言ったそうだうちのおかんはのけぞったそうだ。なんで花嫁の衣装を婿はんのおかんが選ぶねん!(12月のうちに私と母親で衣装を選びに行ったのが気に入らないらしい)「(和装希望の私に対して)和装はお金がかかるし~、洋装のほうが・・・」など、などびっくり発言をしながらも、30過ぎた娘の結婚に必死なおかんとあには11月の挙式に合意、いろいろ話ながらも8月に結納しましょうとそのときは、向こうから大阪へ出向くという話を約束した。おかんは「この姑は苦労するやろうな~」と思ったそうだ・・・。とりあえず、話がまとまってよかったよかったということで終わったはずだった。
2005.07.26
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私の結婚話ですが・・・最初は大歓迎だったんですよ!でも6月挙式だというのに年が明けても音沙汰ないどうしたの?と思ってたら2月に突然母親が何も聞いてない!といいだして。そのときはうまくやろうと思っていたので、式場を案内したり、いろいろお話したりしていた。そのときはそれですんだけど、3月になって「6月は無理、暑し、雨がふったらどうするの?冬用の着物しかもってないの、M子(妹ね)も振袖きれないじゃない!11月にしなさい。6月なら私たちでないし親戚にもいえないわ!」と言われた・・・。はぁ~って感じで腹がたったけど、たったけど上手くやらねばと思った。その後、わけのわからんメールがきたり「なんで貴方の親は私たちに挨拶しないのか?常識を疑う」という内容・・・。「家を処分しろ!」「なんで家を持っているのか?本当に初婚なのか?」とか、とか、とか、とかそれなりに耐えたさ(;。;)では挙式は11月にって譲ったさ・・・。将来に激しく不安を感じたじきでした。
2005.07.26
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前の日記は2月・・・ずいぶんたったものです。始めたのは長いのですが記入率が悪いのがこの日記さてさて、人生いろいろです。ずっと自分は独身だと「わたしの人生に結婚という選択肢がみあたらない」などと抜かしていましたが、どうも結婚するみたいです・・・。っていうかその件でここんとこずっともめていた(^^;相手側の家の発言が2転3転したのだ・・・。本当なら6月に結婚式だったはずなのに・・・梅雨だし暑いからという理由で11月に延期させられた・・・8月に結納といっていたのに身元調査された挙句「はなっからこの結婚は反対だったの」とのたまわれてぶち切れた・・・「うちの兄がわざわざ九州くんだりまで話し合いに言ったのにもかかわらずなんだそれは!本来なら男側から先に挨拶するところを言ってやったのにその後で反対ってなんだ!それなら最初からいえ!」もう結婚はなしだ!別れる!慰謝料はいらないから交通費と式場の手付金返せ!と彼に迫ったところ、別れたくない・別れるくらいなら親はいらないというので、「駆け落ち」決定ということで二人っきりで海外挙式を決めたのですが・・・まあいろいろあったのでおいおいお話したいと思います
2005.07.25
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