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【YouTube】ラットが死んだ / P.I.N.A.…紙新聞を読んでいると、自然と"ラットが死んだ"が脳内で再生される。そして「この情報量は格別だ」と思っている。紙新聞の情報量はスゴい。びっちり文字が張り巡らされて膨大な情報を提供してくれる。各記事はもちろん、広告も多く掲載されているからネタが豊富だ。そんな膨大な情報量をもつ紙新聞ではあるが、その中で個人的に使えそうなネタはごく僅かでしかない。でも、それでいい。薄くてもいい。浅くてもいい。とにかく多くのアンテナをつけること。少しでもその情報に触れていれば、アンテナに引っかかって点と点が線につながって何かにつながるかもしれない。それに、紙新聞を読むのは個人的な興味のためである。仕事は二の次。仕事と思って読むと長続きしない。他人事のために頑張る気はしない。だから、あくまでも個人的な興味や趣味で紙新聞を読むだけだ。少し空いたスペースに陣取って立ち読みする。誰の邪魔にならないよう空きスペースで紙新聞を読む。その情報料は200円ほど。200円で膨大な情報量が手に入るんだ。あとは、読む早さと情報処理能力の向上をさせていくことだ。気になるワードがあればスマホにメモする。タイトルだけでもいい。カレンダーやLINEにメモる。いったんメモるだけでいい。使う使わないはどちらでも。気が向いたら使う程度でいい。なんせ、単なる趣味なのだから。その次いでに使えたら使うくらいの認識でいい。主な目的は「世の中を知ること」である。地政学などの動画を観てから世の中に興味を持ち始めた。NBAを見続けて組織論に興味を持った。今は今できることに専念する。その一つが、紙新聞を読むことである。
2026.08.06
…道理を学ぶ者。道理を理解している人がいる。そういった人は、それを自分のために使う。自分を研鑽するために使う。ビジネスに使う。コミュニケーションツールとして使う。その用途は様々だ。そこに、その人の人間性が表れる。とある事実に基づいた物語が面白かった。主人公は、道理を学んで理解に努めた人物だった。だが、人格者ではない。学んだ道理を商売に利用した。それで一気に成功者として脚光を浴びていた。その態度に賛否両論。崇める人がいる一方で毛嫌いする人もいた。とても両極端な評価。それが、物語を更に面白くする要素となった。たしかに一世を風靡した。しかし、長続きはしなかった。それでも、比較的穏やかな最期だったようだ。道理が分かれば、どのように立ち振る舞えば良いか自ずと分かるようになる。その理解した道理からどのような人生を歩むのか。この主人公のように強欲に生きるのか。それとも、分相応に無理のない生活を送るのか。それは個々の自由だ。他人に迷惑をかけなければ自由だ。ま、他人に危害や不利益をもたらすなら、因果応報で何かしらの形で返ってくるんだけどね。その身で報いを受けるだけ。それは、悪くも良くもそうなる。良い因果応報はなかなか来ない。よほどの人徳者で他人に施さない限りは良い報いは来ない。その反面、悪い報いはすぐ来る。憎しみは強いエネルギーとなるからね。施すよりも陥れる方が手軽に出来てしまう。それが、人間社会の怖いところだ。それでも、そこそこに人間と関わって生きていかなければならない。資本主義だからね。金や法律を通じて相互協力で社会は成り立っている。金さえあれば必要最低限の人間関係は築ける。正直、その程度の繋がりで俺は構わない。人間関係の素晴らしさよりも怖さの方が上回るからね。数の暴力はなかなかに恐ろしい攻撃力となる。社会露出は控えめに。有名人になんてなりたくない。心穏やかにマイペースに日々過ごしたい。物語の主人公みたいな生活は望んでいない。なるにしても、物語を客観的に眺める狂言回しの立場にとどめたい。物語を描かれるよりも、描く側になりたい。そのためにも、道理を学んで理解していこう。
2026.08.05
…思いは衝動的に溢れ出てくる。そして脳内を巡り巡って堂々巡りする。その思いに脳内はエネルギーを費やす。延々と、同じようなことをぐるぐる思い続けている。その堂々巡りから解放されるには、その受け手を見出す必要がある。俺はその受け手、というか受け皿としてブログを選んだ。人に話しても思いは伝わらず悶々とする。煮え切らない思いになる。だからいっそ、思いの見える化としてブログにぶち込むことにした。それが、このブログ開設のキッカケだ。最初は承認欲求もあった。だから初めの方は、なんだか諂ったような今思えば不気味な文体となった。でも、それを経たから今がある。衝動的に書き続ければ、思いは落ち着き、冷静になる。そして、客観的に物事を考えていく感覚がする。本当に客観的になれているかは懐疑的だ。どうしても主観は入る。それは当然だ。主観を拒否る奴がおかしい。それは、その人を拒否しているに久しい。そんな奴とは距離を置こう。俺は自由と意思を尊重する。その言動を観察して、その人生背景を考えて、どうすればお互いにより良い状況にもっていけるかを考える。この考えは論語を参考にした。いま思い出したよ。先人達が遺した知恵や論理、哲学は、俺の中で記憶の欠片としておさまっている。そして、必要なときに必要な形として引き出されていく。それが普遍的だ。使おうと思って捻り出そうにも、それは単なるこじつけでしかない。自分なりの形にして自分なりに使う。それが、本当の理解と実践なのだろう。このブログは、そんな理解と実践のための研究場だ。これからも、自由に思いつきを書いていき、自分自身についてより深く理解をしていこうか。
2026.08.04
…倹約は意識や思考で、節約はその為の方法や習慣だ。倹約は思いや決意で、節約が実際の具体的な行動となる。倹約の意識が生じたときに、その実現に向けてどのような手段を講じるか考える。資産があれば安心できる。金を正しく使う習慣が身に付けば、たとえ収入が少なくても快適に過ごせる工夫ができるようになる。また、自分を律して浪費を抑え、必要な時に必要な金額のみ使う習慣が身に付けば、内に潜む欲望をコントロールできるようになるだろう。本能を理性で抑制してコントロールする。欲望や欲求の解放を制御できる。その結果、足るを知るようになる。衝動的な行動の前に一旦足を止めることができるようになる。思慮深くなる。論理的に具体的に考えるようになる。行動力は鈍る。フットワークは重くなる。それでも、安易な判断で無駄な行動や金と時間の浪費を抑えることができるようになる。若いときはフットワークが軽くていい。だが、年齢を重ねるごとに、一挙一挙に意味や意義をもって動けるようになれば、たとえ身体が衰えたとしても充実した日々を送れるようになるだろう。どのくらい動けばいいか。どのくらい学べばいいか。どのくらい実践すればいいか。時間は有限だ。限られた時間内で、いかに有意義に過ごすかが今後大切になってくる。ただ無為に過ごしていると時間はすっ飛ぶ。今一時の意識で過ごしていると充実感が湧いてくる。小さなことでいい。今、これを楽しんでいる、という気持ちが大切。目の前のことに向き合って生きているか。今あることは今だけ経験できる。じっくりと向き合えば、時間の流れもゆったりとなる。そんなときは、限られた時間内で多くの事が出来ている状態だ。今一時の気持ちは、今に対する集中力を高める。そんなときは、質の高い仕事が出来ている状態だ。それが出来るのも、今一時に力を注いでいるからだ。その気持ちで、一日一日を大切にする。
2026.08.03
…今更だか、マイケル・ジャクソン凄いなと思っている。最近、マイケル・ジャクソンの伝記映画『Michael/マイケル』が上演されたと聞いて、まずはThrillerのMVをYouTubeで観てみた。30年以上前に作られたMVとは思えないくらいのダンスのキレと物語性に驚いた。そこから他の曲のMVも観てみた。その中から気になったのがSmooth CriminalのMVだ。【YouTube】Smooth Criminal / Michael Jackson…ホント、30年以上前に作られたとは思えない、キレの良いダンスと物語性のあるMVだと思う。なに、このキレッキレなダンス。マイケル・ジャクソンは勿論だけど、その周辺のダンサー達も凄くキレッキレなダンスじゃないか。これは驚いた。今でも、多くの人がマイケル・ジャクソンに魅入られているのが分かるよ。実際、俺も何度もSmooth Criminalの動画を何度も見返している。音楽性、物語性、そして、ダンスのキレが凄い。何度も見返してしまう。んで、この曲の歌詞が気になったんだけど、大半が『Annie Are You Okey』なんだけど、どういうこと?翻訳で調べてみたけど、タイトルの和訳が『震えて眠れ』と出たけど、何だか不穏だね。歌詞の和訳も調べてみたら、どうやら『アニー』が犯罪に巻き込まれ、その安否を『Annie Are You Okay』と聞き続けている。つまりは『アニー、大丈夫か』と安否を呼びかけ続けている歌詞のようだ。アニーの安否を心配するハラハラ感を曲にしたのかな。よく分からないな。でも、安否不明の人を心配する気持ちはこういうものなのかもしれない。そのハラハラ感を曲として作ったのかな。よく分からないな。それでも、このMVには何か惹きつけられる魅力がある。何なんだろうね。よく分からない。それでも、何となくハラハラ感は伝わる。焦燥感というか、安否を案じる気持ちなんだろうか。どこか落ち着かない感じがする。それが、『Annie Are You Okey』という歌詞に含まれているのかな。詳しくはよく分からないが、それでも、Smooth CriminalのMVはなんか凄いなと思う。
2026.08.02
…どんな時間を過ごしたかで、今後の人生展望は大きく変わってくる。目標を定めて生産的に日々過ごしていけば、その目的地に日々近付くことになる。特に何も考えずに気ままに過ごしていけば、その行き着く先は不透明だ。どちらが良いとか悪いとかではない。この先、どのような人生を送るのが好ましいか。これは好き嫌いの問題だ。今を気ままに生きたいならそれはそれでいい。その後にどんな道に辿り着こうとも自分が選んだ道として納得するだろう。自分で目標を定めて求める道に行くのも良い。目標は自ら定めるもの。他人が関わるものではない。アドバイスはもらっても最終的に決めるのは自分自身だ。他人の意思で目標を定めても、自分が納得していない目標ならいつか迷いが生じる。それは気分が悪い。自分自身の人生目標に、他人の意思を介入させない。あくまでも自分の意思で決めることだ。
2026.08.02
【BASKETBALLKING】クレイトンプソンが語る長続きの本当の秘訣「バスケットボールが大好きだからこそ、僕は仕事としてだけでなく、空いた時間でもプレーしてきた。それが本当の秘訣かな。フェイダウェイショットを打ちながら『コービー』とつぶやく…。そこが、僕の安らげる場所だった。それだけ、僕はこのゲームを何よりも愛しているんだ」…プロとして長年続けてきたとしても、競技への愛情を失わずに楽しめていることが、クレイトンプソンが長くリーグで生き続けている本当の秘訣と語っている。プロとして長く続けていると、楽しむよりも義務感が強くなって、競技そのものを純粋に楽しめなくなることは多いと思う。クレイトンプソンは、プロとしてプレイしつつも、個人的な時間でも楽しめるくらいにバスケットボールが大好きなのだろう。コービーと呟きながらフェイダウェイショットを放つとか、まるで中学生みたいな心意気を感じる。こういった童心や初心を持ち続けるからこそ、長く続けても楽しめるし上達もするのだろう。さすがに近年は身体の衰えからか個人スタッツは下がってきているが、それでもまだまだ戦力として十分価値のある選手だ。現在はチームとのタイムラインのずれが生じてトレードの噂も多くなっているが、果たして彼の今後のキャリアはどうなっていくのだろうか。静かに見守るとしよう。
2026.08.01
…長期的な目標を定めて、具体的な行動計画を立てて、それを着実に遂行して、見直しながら正しい方向性を見出す。目標を達成させるために、その過程を工夫すること。一日一日の積み重ねが今後に大きく関わる。一日一日に集中すると、その一日が長く感じる。長く感じると疲労感もあるが、成果が出ているなら問題ない。心身のケアをしながら日々励んでいけばいい。成果を挙げて目標を達成させて、その存在感を確立させていく。そこに実力も伴えば立場は盤石となる。それを淡々と粛々と続けていく。その為のネタは多く抱えとく。簡単には揺らがぬよう無数に備えておく。限られた時間内でいかに多くの有効的な行動が出来るか。一日一日、集中して励んでいく。疲れたら休む。休んでリラックスして考える。ボーッとする時間も大事。その間に脳内の思考がまとまっていく。座りながらうたた寝もいい。脳内整理が行われるからだ。その場その場の有効なアクションを起こすこと。動くか考えるか休むか。その時々で適切な判断を続けていこう。
2026.08.01
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