おしゃれ手紙

2016.11.09
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カテゴリ: 国内旅行
momotarou

10月27日(木)~29日(土)、岡山に行った。
kura
最後の日に■ 国指定重要文化財<旧野崎家住宅> ■に行った。

旧野崎家住宅は、昔の暮らしぶりや、昔、塩を作っていた頃の道具などが珍しく、塩の博物館となっている。
hamako■昔の給料制度
一番面白かったのが、江戸時代の使用人の給料制度。
給料は、上から*大工・上浜子*さし浜子*花え*夜がま*役なし*かしき
と差がある。

*1か月に1両と扶持米として
一日あたり9合の扶持米(ふちまい)という好待遇だった。

そのため 、「浜子歌」 というのがある。



一日9合の扶持(ふち)をとる。


使用人には、扶持米(ふちまい)のほかに、番茶、味噌、漬物、醤油などが現物支給された。
そのために、屋敷内には、味噌や漬物などをおく場所があった。
tameisi■溜石(ためいし)
塩を煮詰めるために利用した石炭の重量を計るため、船に積んで印(喫水線)を付けるのに使った石(分銅)です。
一個60キログラム(16貫)。
hatazao■旗竿(はたざお)
塩田の事務所(現在の児島駅あたり)へ旗で通信をした。

boukuugou■防空壕
防空壕がふたつあった。
boukuugou
中でつながるようにと思っていたけれど、完成をみないで戦争が終わった。
isigaki■石垣に扇面
敷地の裏には、立派な石垣があった。

明治から大正時代に作られたもの。
その中に、扇の形をした石があった。
小さな遊び心が楽しい。
nozaki
国指定重要文化財<旧野崎家住宅>
野崎家は、製塩業と新田開発で財をなした野崎武左衛門がその気宇に合わせて天保から嘉永年間に次々と築いていった民家である。
敷地面積は約3000坪・建物延床面積は、1000坪近くある。
武左衛門は、文政10年(1827年)から文久3年(1863年)にかけて、野崎浜(現在の児島駅附近)、日比亀浜、東野崎浜、久々井浜など終生161ヘクタールの入浜式塩田を開発した。
その間、岡山藩の命によって、福田新田652ヘクタールの大干拓事業も完成させた。
その謹功により、嘉永6年(1853年)に大庄屋に取り立てられた。
nozakike
武左衛門の全盛期に次々と建てられたこの建物は、創建当時の建築技術の粋をこらしたもので、独特な平面の主屋、意匠に優れた表書院など庭園と共にそのまま今日に伝えられており、雄大な規模を有する当時の大事業家の居宅として貴重である。(財団法人 竜王会館)

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Last updated  2016.11.10 01:11:23
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天地 はるな@ Re:昔語り:父の方言(01/26):追加 ●手にあわん 手ごわい、悪い・・・。 悪…
天地 はるな @ Re[1]:天声人語:消えゆくブログ(06/06) 七詩さんへ 今や主流は、インスタやxの時…
七詩 @ Re:天声人語:消えゆくブログ(06/06) そうですか?消えゆくブログではなく、消…
天地 はるな @ Re:昔語り:父の方言(01/26) ●ほとびる *柔らかくなる。ふやける。 安…

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