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EverQuest2(EQ2)といえば最新の大規模多人数同時参加型ロールプレイングゲームなのだが、私の楽しみ方は少々変わっているかも知れない。何の物語だったか忘れたが、童話とかで、主人公が茸とかを積みに出かけ、『あ、あそこにも。あら、あっちにも』そんな具合に森の奥深くまで迷い込んでしまい・・・、なんてのが往々にしてある。私がやってるのも、それに近い。広大な平原に点在する落木から枝を。地表に覗いた岩から鉱石や希少石を。根からは繊維を。野草の群れからは調理に使う香草など。EQ2のサーバーは毎日0時から30分程メンテナンスの為落とされる。そのUp直後はだから、そんな採取ポイントが刈られぬまま豊富に残っているのだ。採取した原料を元に、家具を作ったり鉄鋼製品を作ったり布皮製品を作ったり料理を作ったりできる。そういった活動を生産というのだが、私は生産がメインというよりは、採取が好きで集めた物で何か作らないともったいないかな、というのが原点にある。そして場所によっては前述の童話の中の話の通り、まさに薄暗い森の奥まで、さまよい込み、凶暴な動物や魔物達の配置や動きを見極めながら、彼らから逃げ回りながら、こそこそとそんな採取にいそしむのだ。そうしてまた無事に森を抜け出し、明るい平原に抜け出ると単純にほっとしたりする。そんな風に私は異世界の放浪を楽しんでいる。
2005.01.31
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9時くらいのNHKのニュースでイラクの選挙の様子を現地特派員が伝えようとしていた時のことでした。彼は緊張した面持ちで言いました。『現地はとても、き、キンパツした状況で・・・』キ、キンパツした状況!?イラクが突如として南国のヌードビーチの様な有様に!?・・・って、まぁ有り得ないし、彼もすぐに、『緊迫した状況で』と言い直したけれどもさ。笑ナイスなトチリという事で、記念に作ってみました。↓ 『現地はとてもキンパツした状況です。』(元画像はこちらから)さて、厳重な警戒はいつも通りとして、30人以上が亡くなられたそうですが、投票率が50%切ってなければ、まぁそのまま押し通すでしょうし、切っていても押し通すでしょう。シーア派とクルド人が投票してる時点でまぁ安泰ってやつですか。そうですか。w
2005.01.30
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200回目となった日記のようなものなので、何か特別なものを書こうかと思ううちに朝方になってしまいました。EQ2やりながらTV見てたわけですが、イラク時間の30日に行われる選挙やそれに対する妨害テロのニュースが何度も流れてたので、それについて書くことにしました。まず全体の状況はだいたいこんな感じらしいです。私が昼間に見たある番組でイギリスに亡命したイラク人家族の子供が、投票しないという理由をこんな風に説明していました。『これがアメリカによって準備された選挙だってことを置いておいたとしても、何百って政党が出ててどんな人達がそれに所属してるか全然分からないのに、そんな状態の投票に何の意味があるの?』投票することは素晴らしい。絶対に良い事なんだ。今まではメクラ状態にしろ出来なかったじゃないか?そんな意見に対する痛烈な、そして健全な、批判だと思います。けれど現実的に、今は暫定政府に、投票率が50%を切っても切らなくても、「選挙を経た」というプロセスを踏ませて、イラクという国を前進させる事が何よりも大切なんだ、という意見も、もちろん的を得ていると思います。例えばアメリカの罪を咎めて命をかけてその占領統治や選挙を妨害している人達のうち、シーア派もスンニ派も納得できるような未来の国体とその設立と運営方法まで考えて動いている人は、おそらくいないと思います。私がこの選挙に関して、今更ですが、実施しておけば良かったと思うのは、1.選挙の項目として、『フセイン大統領の解任』の是非を問う国民投票を含める事。2.選挙期間中は、米英軍はサウジなりクウェートなりに一時的にしろ撤退する事。1については、以前の触れましたが、国際人道法上、占領軍は当地の政体を勝手に変えてはいけない事になっているからです。その帰結として、フセインは、元ではなく、現大統領なのです。疑う方は調べてみて下さい。2については、逆説的に聞こえますが、テロの標的を選挙関連の施設から引き離す為などがあります。米英軍というイラク人にとっては憎悪の対象でしかない軍隊から、日本などの自衛隊のような存在が、本来であれば、投票所などを守る任務を買って出るべきだったと思います。イラクの復興支援を語るのであれば、これ以上の貢献は無かったと思います。冗談では無く。イラクは民主化されるべきだが、米英は出ていくべきだ、というイラク人もいるでしょうし、民主化されれば少数派として権力から離されてしまうというスンニ派は、米英軍が退却した後でも選挙に応じない可能性があるでしょう。クルド人はクルド人で、イラクから離れて独立国家を作りたいというのが本音でしょうし、おそらくその方がイラクの今後の安定の為には良いかと思います。今回の選挙そのものに話を戻しますが、投票率が50%を切ろうと、行われさえすれば、その結果は有効なものとされるでしょう。もちろんテロも止む事は無いでしょう。では今後のイラクはどうすれば安定するのでしょうか?今回の選挙が行われ、暫定政府の面々がそのまま権力を動かしていく仮定します。フセイン解任の国民投票は必要です。彼を権力の座から引き釣り下ろしたのは現実的にもちろん米英軍の暴力によるものですが、国民の意思として、彼を大統領から解任したという手続きを踏む事が、まず彼らが民主国家として、投票で、行うべきまず最初のことです。それから、米英軍の撤退。ただし、条件が一つあり、彼らはイラクの全国境や空を監視し、大規模な動乱の鎮圧や、武器弾薬爆薬などの流入を防ぐ事に任務を変えることです。15~20万人もいればおそらく可能でしょう。イラク人の問題はイラク人が解決するしか無いのです。イラク人警察部隊や軍組織の人や無関係の市民達が何人吹き飛ばされようと、民主国家になるというのはそういう事なのです。シーア派とスンニ派の問題にしても、政教分離という概念を彼らが肌で理解するまでには、まだまだ犠牲者の数は足りないようです。というよりは今までその名目で死んだ人は全体の割合にして少ないので、意識されるのはこれからの事になるでしょう。自分達の国の事は自分達で解決する。宗教や信条に拘る人の数をそう思わない人が越えて、平和裏にその意見の施行を政治に反映できるようになった時、初めてイラクは安定に向かうようになると思います。意識改革。だから10年くらいはかかると構えていた方が良いでしょう。もちろんそんな長期間米英も他の国も駐留を続けられません。あと、書き忘れましたが、もう一つ必要な事は、民主的なイラク政権が誕生するのがいつになるのか分からないので、今の暫定政府がやらなければならない事として、米英の侵略が非合法なものであった事を国際司法裁判所に提訴する事です。今の政権が米による傀儡政権と思われている内は何も進みません。いや実際には進むでしょうが、その場合は混乱を道連れにするだけです。国対国の提訴ですが、おそらく米が安保理事国な事もあり、提訴自体が成立しないでしょう。ただ、傀儡と思われていた政権が、そのアクションを起こす事自体が重要なのです。そして、真面目に、米政権の戦争責任を問う事が、彼らにとっての最優先課題の一つと言ってもいいでしょう。何故ならそうすることによって、彼らはおそらく初めて、イラクの人心を引き付ける事が出来るから。米英の傀儡であったかも知れないが、彼らと決別したと思ってもらえるかも知れないから。もちろん、実現はしないでしょうが、私は、そう思います。そうしない限り、イラクの人達が信条を越えて再び一つになろうとは、しないと思います。おそらくそう思えない内に一つに、今回の選挙をもって、なるのでしょうが、その場合はだから当然、死者が出る事も止まらないでしょう。ま、私がここで何を言っても何のことやらって奴ですね。ではお休みなさい・・・。
2005.01.29
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ここ数日来、頭から離れない感傷に浸っています。偽善的感傷と言ってもいいでしょう。それは、数日前、家の猫のミケの避妊手術と太郎の去勢手術をこの日曜日にやる、と妹から聞いた時から始まりました。既に彼らの母親のハナは避妊手術を受けて久しいし、子猫達の内、メスで成長が早かったクロも数ヶ月前に受けていましたが、その時は、こんな感傷は沸きませんでした。雌猫は避妊手術をしない限り妊娠を繰り返す。雌猫を飼った事がある人なら、体験された方も少なくないと思います。増えすぎた子猫はもらわれる内はいいけれど、現実的に飼いきれなくなります。そうやって野良猫として処分される猫達の数を今更具体的に挙げるまでもありません。だけど、太郎の去勢まですると聞いた時、私は正直にショックを受けました。妹によると、仲の良いミケにいたずらしようとしてたから、ということらしい。(私は現場を見たことないけど)うん。雌の避妊には無感傷で、雄の去勢には感傷を抱く、っておそろしく身勝手な事だとは思います。でもその時初めて、子孫を残す自由を彼らから一方的に奪っているんだな、という実感が湧いたのです。本当に身勝手ですが、毎日可愛いとなでて抱いて可愛がってるつもりでも、彼らの家系、少なくともハナの血統は、途絶える事になるのです。否、意図的に、絶やされるのです。最近、特にミケと太郎がなついてきてくれて、夜PCに向かう私のひざの上で寝たり、朝出勤前にしつこくじゃれてきたり、そんな彼らの生命としての最も根源的な権利を奪う自分らっていったい何様なんだろう。ええ。最初に書いた通り、偽善者的な感傷に浸っているだけです。ついさっきまで膝の上でミケが寝ていた時は、この文を書き始められませんでした。自分は今恋人もいないし、将来子供を作れるかどうかも分からない。あえてこだわっているつもりも無かったけれど、いざ誰かに、「言う事を聞かなければ去勢するぞ!」なんて脅されたら、何だって言う事聞いてしまうかも知れません。将来的に子供を持つかどうかは分からないけれど、少なくとも自分はそのポテンシャル(生殖能力)を保持している、という意識は、実は、ものすごい大きなものだったんだな、と今更ながら、わかりました。だから底抜けにカワイイ太郎やミケを抱き上げ、何も責めないようなまなざしでこちらを見つめてくる彼らを見ると、じわっ、と来てました。妹は数日前から、ミケや太郎にそういった手術を受けるのだと、もちろん人間の言葉で語りかけていました。それでも彼らが逃げ出さなかったというのは、だから彼らが人間の言葉を理解できていない証拠だと、私は勝手に思っています。今夜、これを書き始める前に膝の上にいたミケや床で遊んでいた太郎に、君達、逃げた方が・・・、とか語りかけようと思いましたが、止めました。その代わり、いつもより多めにだっこしたり、なでたり、彼らの毛並みにキスしたり、ぎゅっと優しく抱きしめたりしました。ええ。感傷です。偽善者的な。ここ数日、彼らが以前より触れ合いを求めてきてる度合いが増えましたが、その時、まるで語りかけてくるように泣き声をあげる彼らの言葉のその意味を、ぼくは理解できないで幸せだったのだろうと思います。謝ることはしない。だけど、これからも彼らを可愛がっていこうと思います。彼らの視線から、目をそらさずに。
2005.01.28
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<体外受精児>10万人超す 02年は76人に1人上記のニュースを今日見たわけですが、先日人口減少の問題について書いた時に、今年の時点ですでに人口の自然増は、8~10万人程度とされていました。つまり、です。体外受精、という、ほとんど無理矢理、命を誕生させる分を含めないと、既に人口減少は始まっている、という言い方も出来るかと思います。上記記事の中でも触れられている顕微受精を、以前、何かのTV番組で見た事があるのですが、率直な感想としては、『そこまでするか?!』というものでした。顕微鏡を見ながら細い針で卵子に精子を直接注入するって、もう既に大切な何かを踏み越えてしまってる気がするのは私だけでしょうか。(もちろん自分がそういう立場に置かれていたら、その手段を採っていなかったとは断言出来ませんが)しかしその手段だけでも3万人以上が現実に産まれていて、彼らの分を引くだけで、人口は統計上減り始めている事になる、って何かすごい事のような気がします。出生率が落ち、子供が欲しくても授からない人達は、ますます体外受精などの補助手段に頼るようになると思います。現在でも受精率は20-30%だそうです。(上記記事中のデータ)そうすると非常に近い将来、例えば年間出生数100万の内、15万~20万以上は体外受精から産まれてくる事になりそうですね。余談かも知れませんが、だから生命の誕生についての教育とかも様変わりしてきそうです。子供「パパ。わたしはどうやって産まれてきたの?」今までの父親「お父さんとお母さんがセックスして出来たんだよ」だったものが、子供「パパ。わたしはどうやって産まれてきたの?」将来の父親「お父さんの精子とお母さんの卵子を試験管の中で混ぜ合わせてお前が出来たんだ」・・・。自分で書いててなんですが、ロマンもへったくれもあったものじゃないですね。^^;例えば将来的に、自然受精と体外受精による出生が半々になったりすると、冗談ではなく、子供たちの間で分化が生まれそうな気がします。自然受精の子供たちがこんな風に悪口を言うのかな。「やーい、お前ら、無理矢理作られて産まれてきたんだぞ!本当なら産まれてこれなかった連中のくせに!」(自分で書いてて何ですが、酷い悪口ですね・・・。)まぁ言い返し方としては、「それでもパパもママも私を欲しがったから、私は産まれてきたのよ!」でいいのでしょう。ハイ、ここから先は私の勝手な想像です。望まれて不自然な手段で産まれてきた子供達は、まだいい。救われているとさえ言えます。けれども、両親が子供を望んでいなかったのに、体外受精で子供を作るような義務がもし社会の中で発生したら、そんな風に産まれてきた子供達の救いは一体どこにあるんだろう。もしそんな義務を押し付けられるとしたら国しかいないのですが「あなた達は国の存在の危機を救う為に産まれてきたのよ」と言われて、納得して生きていくのは辛そうな気がします。とても。とても・・・。ほんとに勝手なただの想像ですが・・・。あとこんなニュースもありました。晩婚化と離婚率の上昇は世界的な現象だそうです。個人的な考えですが、人間が死ににくくなってきてる事が関係していると思います。つまりネズミとかがそうですが、寿命が短ければ短いほど、次の世代を作りそれが育って再生産を始めるまでのプロセスが短い。つまり回転が速い状態ですね。逆に、寿命が伸びれば伸びるほど、次の世代を残し育て彼らが再生産するまでのプロセスが長くなる。ゆったりとした回転になる。寿命がまだ長く残っていて、安定している(すぐに死にそうにない)ので、自分の遺伝子を無理に遺そうとはしない状態、という事になるでしょうか。種族全体としての平均寿命が延びているところに全体の出生数まで上昇すれば、それは現在の自分の生活環境(条件)を破壊しかねないので、そういったバランス感覚も人間(動物として)のどこかにプログラムされているのでしょうかね。ここら辺の事は、ずっと書いてる物語の中とか、これから書く『バジリスク』の中などで触れていこうと思います。
2005.01.27
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20年日本銀行に勤めた人が、国際通貨基金からの要請によって、アフリカの小国、ルワンダの中央銀行総裁に就任し、その財政赤字と国際収支の赤字の解消と経済の立直しに、ルワンダの人々と共に、尽力した記録が綴られた本です。映画や小説が決して持ち得ない事実と思慮と努力の蓄積とその結果が淡々と述べられています。通貨切下げ。この言葉の意味を、本を読了した今でも理解できたとは思いません。しかし著者がルワンダ中央銀行総裁着任を要請された時、ルワンダはこの通貨切下げを行うように国際的な圧力を受けていました。現地に着任後、ルワンダの大統領が著者の家に訪ねてきて、尋ねます。通貨切下げは行わなければいけないのか?その理由は何故か?そして著者は答えます。通貨問題は国の経済政策の大きな問題であって、政治決定があって初めて技術的に実行できるものなのだと。そして逆に尋ねます。あなたの政策は一体どんなものなのかと。あなたはこの国をどんな国にしたいのかと。技術は目的を実現する為の手段に過ぎない。政策があっての技術なのだからと。その下りは原文のままご紹介します。大統領『総裁、あなたはそういうけれども、先日私の顧問がうるさく切下げ切下げというので、私が後進国では政治優先だといったら、閣下が門番に屋根に飛び上がれといってもそれは不可能でしょう、いくら政治優先といっても技術的に不可能なことがありますと口答えした。総裁ならこれになんと答えますか』服部(著者)『それは顧問が間違っています。達成すべき目的、つまり政治は、門番を屋根にのせることです。この方法が技術で、梯子で上がるか、飛び上がるか、ヘリコプターで上げるか、木に登って飛びうつるかは技術なのです。屋根に飛び上がれというのはすでに命令者が不可能な技術をとることを指定していることになるのです』そうして急激な発展よりは、速度は緩くても恒常的な国民全体の発展を望んだ大統領に対し、国民資本の育成が答えとなると伝え、こんな言葉を付け加えます。『通貨は空気みたいなものです。それがなくては人間は生きていられません。空気がよごれておれば人間は衰弱します。しかし空気をきれいにしても、人間の健康が回復するとはかぎりません。空気は人間に必要なものであっても、栄養ではなく、人間が生きるためにはさらに食物をとり水を飲むことが必要なのです。通貨改革をすることは空気をきれいにすることです。財政を均衡させることは生きていくに足る栄養をとることです。しかし健康を回復するためには、栄養の内容が重要になってきます。経済でいえば財政の均衡の内容とその基礎になっている経済条件が、国民の発展に合うようになっていなければならないのです』実務家。まさに彼の為にあるような言葉かも知れないけれど、彼は技術官僚という言葉だけでは表現し切れない存在です。彼は大統領からの信任を受けて、一人で通貨切下げのみならず国の経済政策の全体像から実行計画までの立案、予算編成から税率の策定、その他あるゆる必要と思われる『仕事』に着手し、それを遂行していきます。最初は、5ヶ月半、しかし現実には2,3年の延長と思われていたものが、最終的には6年間、窮乏を極めていたルワンダの中央銀行の総裁を彼は勤めて、その成果は5,6年目に見事に国に根付き、彼はルワンダを去る決意をします。ルワンダとしては、国の経済を立て直した最大の功労者(立案者)であった彼を留任しようとしますが、これに関して著者はこんな言葉を述べています。『中央銀行という重要な国の機関は当然その国の人が総裁とならなければならない』と言い切り、外国人が総裁となるのは特別の必要がある場合に限られるべきと述べ、更にこんな言葉を付け加えています。『中央銀行の運営はそんなにむつかしいことではない。これが国民にできないようでは、独立国の資格がないといわれてもしかたがない』はっとさせられました。民主政体の独立国家に住む、国民であるという事は、自分で自分の住む国の面倒を見れるようにならなければならない。そんな当たり前の事を、この厳しい言葉は再認識させてくれました。私達が普段その中で暮らしているのに目に見えない国という存在の血液(通貨)と、その循環(経済活動)を司る中央銀行の姿や役割を、アフリカにあるルワンダという後進の小国が舞台ですが、垣間見れる傑作です。私も、本文中に書かれている経済的な指標や仕組みの半分も理解できたか怪しい所ですが、それでも充分に、感動できました。笑一人の銀行能吏が、ここまで大きな事が出来るのか。一国の命運を、誇大表現でなく、左右出来るのか、もとい変革したのか、と、目頭が熱くなりました。プロジェクトX系といえば想像はつきやすいでしょうが、あの番組が取り上げた題材の内、この本の内容ほど濃いものはほとんど無かったと言っていいと思います。で、まぁここからは感傷に過ぎないかも知れない疑問なのですが、彼くらいの能力を持った能吏が日本にもいた筈なのに(日本銀行とかにね)、なぜ日本の財政はここまで追い詰められてしまったのか。一つには、指導者の問題があると思います。この著者をサポートした大統領は、非常に政治的に優れ、自分の分からない部分をあいまいにせず、正しい人からの助言を受け入れ、彼に関連する全権(立案と施策)を委ねました。もちろん結果論的な考証が立ち入る余地はあるにしろ、それは是非読んで見て頂いて、みなさん自身にご判断頂ければと思います。夜レストランとかで読んでて、15分くらい読み進めると、それまで昼間一日、いや普段どれくらい自分が頭を使っていなかったのか分かる、そんな一冊でもあります。でも経済的な事とか算数的な事があまり分からなくても大雑把なイメージは掴めるように書かれてますので、普段そういった本は手に取られない方にも、お勧め致します。(『ルワンダ中央銀行総裁日記』服部正也著、中公新書)
2005.01.26
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いつもむかつくのが、毎朝の満員電車内のこんなアナウンスである。『不審物を見つけられたり、迷惑行為を受けられた方は、 お近くの乗務員又は車掌までお申し付け下さい』繰り返すが、満員電車の中である。制服を着てる人が乗ってない限り、どの人が乗務員だなんて分かるわけもない。ましてや走行中に車掌に声をかけるなんてそもそも不可能だ。そんな無理な提案を毎朝聞かされる度にカチンと来る。せめて、次の停車駅でホームの係員にお申し付け下さい、にするべきじゃないのかと?そんなどうでも良いような事を考えながら、品川駅の京急線各駅停車のホームのベンチに座り、定番のシーチキンマヨネーズ(大)おにぎりを食し、ダブルラテコーヒーを飲んでいた時である。ふと横を見ると、両脇を30才くらいの男性に囲まれた中年のおじさんが連れてこられていた。『バッグの中を見させてもらいますよ?』そんな声が聞こえたと思う。そしておじさんの黒い手さげからは、紅茶の小さなペットボトルが出てきた。脇を固めていた一人がぼそっと言う。『レジ通しましたか、これ?』返事は聞こえなかったが、脇の二人には聞こえていたようだった。その直後、理由は分からなかったが、脇を固めていた二人が携帯をパカっと開き、すぐまた閉じた。時間でも確かめたのだろうか。『初めて?毎朝やってるの?』という声も聞こえたように思う。 『じゃあ、とりあえず返しに行こうか』というような声が聞こえたかと思うと、そのおじさんの背後に一人つき腰に両手を添え、もう一人はバッグと片手に手を添えて、不測の事態に備えていた。もっとも、そのおじさんに逃げ出すような雰囲気は感じられなかった。じろじろとは見なかったので、ぱっと見の印象だが、そのおじさんは普通だった。身なりもきちんとしていたし、例えば娘さんが彼氏を家に挨拶に連れてきても、こんなお父さんなら相手も安心するだろうな、という、そんな雰囲気の人に見えた。少なくとも、120円くらいのペットボトルを、お金に困っているから盗むようには見えなかった。出来心、というものなのだろうか。スリルを楽しむ為にやったという感じは、勝手な印象だが、しなかった。何となく、やってしまった。何もかも、ふと、どうでもよくなって、レジに通さずバッグに落として店を出た。そして捕まった。そんな雰囲気があった。会社に通報されたらどうしようと慌てている様子も無かった。盗んで捕まったら普通ある程度はパニックに陥るものだと思う。それが遅れていただけのことかも知れなくとも、淡々とした様子が逆に怖かった。変に開き直っている様も無かっただけに。そうだよね。うん。こうなるんだよね。と、不思議なくらい受け入れてるような、ほんとに勝手な印象だが、そんな風に感じた。それが何故か怖く感じた。えらく怖く。
2005.01.25
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お風呂入る時に、ふと考えた。少子化対策に、人工孵化機のようなものが開発されて、受精卵保育器に受精卵を預けて妊娠から出産までという、母親にとって煩わしいかも知れないプロセスを肩代わりできる機械が開発されたとしよう。そうすると、妊娠したら手術か何かで受精卵を預けておいて、時が来たら保育器から取り出してお持ち帰り、なんて社会がもしかしたら来るのだろうか?そこまで考えて、ふと続きを考えてみた。そうしたら、次には何が来るだろうか?妊娠期間という子供を持つ為のいわば10ヶ月を耐えられなかった人が、突然赤子を渡されてその世話を焼けるだろうか?諸々のストレスに耐えられるだろうか?例えそういった教育や訓練を受けていたとしても。そうすると、次には、3歳くらいまでの一番手間がかかる時期までは、国の保育者(将来的にはロボットとかになるのかな)に育てられてから、遺伝子の親元に引き渡されるのかしら。人によっては、それが5歳とか7歳とか10歳とか15歳とか、もしかしたら20歳、いや一生自分の子供とは認知しない人も出てこないだろうか?もしも、の話だが、例えば国によって子供を「発生」させる為の精子と卵子の提供が夫婦や恋人達に義務付けられるようになったとしたら、その義務受胎から産まれた子供は、やはり両親を、社会を恨むようになるのだろうか?天然腹と機械腹、人間養育とロボット養育、親に引き取られた時期など様々な条件が、子供達の間に「格差」を生んだりするのだろうか?義務受胎、いわば個人的には誰にも望まれず産まれてきた子供達が社会的に誕生したとしたら、自然受胎、望まれて産まれてきた子供達は彼らにどう接するのだろうか?遺伝子操作はされるのだろうか?教育はどうなるのだろうか?『人間自販機』で考えててまだ書いてないエピソードとか、ネット上では公開してないエピソードもまだあったりするのですが、この、ふと思い浮かんで考えた、というか考えさせられた事についても、何か書いてみようと思います。おそらく、タイトルは『バジリスク』。両親の受精卵提供で保育器から産まれ、政府管理の施設内でロボットに養育されて育った子供が、初めて親と面会する所から、たぶん、物語は始まります。(上記内容を考え付いたのがつい先程なので、書いていくのはこれから。もしかしたらネット上の公開はちょっと先になります)おまけ:故途乃葉(コトノハ)
2005.01.24
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ゲームの楽しみ方っていろいろあると思うんです。それがマリオのようなものであれ、レースゲームであれ、オンラインで多人数同時に楽しむRPGであれ。で、私としてはEverQuest2で今日はこんなキャラを作って遊んでました。ね?もう何か髪型以外はどうでも良くなるでしょ?見てるだけでもう満足みたいな。(デザイナーがサリーちゃんのパパを知ってたかどうかは謎だけど。笑)え、ならない?(おかしいなぁ・・・。)ちなみに彼の職業は、『薬剤師』ゲーム内で様々な物を生産する為に必要な化学薬品みたいのを生産する為のキャラとして生まれました。娘のSarryちゃん役募集中です!(嘘)
2005.01.23
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最近読んでいるのは、司馬遼太郎のエッセイ集なのですが、その中にすごい自分の中でヒットした言葉あったのでご紹介します。『若いころの苦労は薬になる』 というのは、よほどの大才の場合か、たまたま成功した人のいうことで、苦労というのはほとんどのばあい、人間を小さくするほかは役立たない。(『司馬遼太郎が考えたこと 2』より)そう書いている司馬氏こそ若い時分戦争に取られたりして苦労はされているのですが、要は苦労を活かせる気力と才能が無ければ、苦労しただけ人は小さくなるだけという事だと思います。苦労したからといって、それが必ず成功する保証になるわけもなく。当たり前と言えば当たり前の事なんだけれども、学校や親からは間違ってもこういう言い方では聞かないでしょう。人によっては、つまり育った環境によっては、人生の成り行きに踏みにじられるまま苦労し続けてそのまま亡くなる人だって、現実には多い。その場合、苦労は単に苦労であって、それが後で必ず活きて来るからと言われても、死んでからでは何の慰めにもならない。報われて初めてそれが活きたと言えるのだから。司馬氏は、現代ものを書かない理由として、あまりにも多くの制約を受けすぎる事にも何度か触れています。例えば男性を書くのは好きだけど、泰平の世にあっては、男に求められるのは女房子供を食わせる事だけで、それをわざわざ小説に書く必要は無いとか。(家族を養う事が無価値であると言ってる訳では無いので注意)例えば苦労して苦労してそのままくたびれて死んだだけの人の話など、おそらくほとんどの場合は、読まれないし売れない。(北の国から、とか、おしん、の様な売り方はあるにしろ)人が喜んで聞き、見るのは、あくまでも成功した人の成功談や、ハッピーエンドを前提とした、暗い時期や苦労した話であるのだから。かく言う私も33で、若いだけではいられない年齢になってきました。人によっては、完全におじさんに分類されるにしろ、中年と言われるにはまだ早いくらいの年齢です。苦労というのは、自分の怠慢によって呼び込んでしまっている場合と、自ら挑戦した場合とで、全くその意味合いは違うと思う。人生の場面場面で体験した事は生きてきた時間分だけ、もちろん私にもあるわけですが、私はあまり『苦労してきた』とは思っていません。交通事故にあったりしたとか、親が離婚したとか、クビになった事もあるだとか、女性にはあまりもてないできたとか、数え上げようとすれば可能だろうけど、自分でどうにか出来た場合とそうで無い場合の両方があったにしろ、私は今まであまり苦労してきたとは思いません。私の同年代の例えばイチローとかが、『苦労してきました』と言えば格好はつくかもしれないけど、おそらく本人はそうは言わないと思います。私とイチローを比べるのはもちろん不遜に当たるだろうけど、私は私で好きなように生きてきました。それは確かな事実です。「苦労してきた」と自分で言わないし思わない理由はたぶんそこら辺にあると思ってます。
2005.01.22
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鬼姫の野望むかしむかし、ある海沿いの小さな島に、ある国から落ち延びたお姫様とその家来達がいました。家臣達は、まだ幼い君主が育つまでは力とお金を蓄えようと、近隣の村々を時々荒らし、金品や人を奪って勢力を少しずつですが拡大していきました。そして十年後。お姫様は強く賢く美しく育ち、家臣達から鬼姫と呼ばれる様になりました。彼ら一同が落ち延びていた島の名前から一字取ったからです。その頃、お姫様の生家を倒し近隣の豪族と戦い続けていた領主も、略奪行為を繰り返す鬼姫達一党を放っておけなくなりましたので、兵を呼集し、見事鬼姫を捕らえた者には褒美をつかわすと約束しました。その中には領主の息子達も参加していました。長男を猿彦、次男を犬彦、三男を雉彦、といいました。また、太郎という青年も手柄を立てようと鬼姫捕物に参加していました。故郷の村で孤児だった自分を拾ってくれたおじいさんとおばあさんに恩返ししたかったのです。鬼姫とその家臣達は、兄弟仲の悪い領主の息子達を見て一計を案じました。領主の呼集した強者達は海を渡って堂々と島を取り囲み、島に上陸してくると、家臣達はまともに戦おうとはせず派手に叫んで逃げ回り、あっという間に降参して鬼姫と宝を差し出しました。鬼姫は観念したように言いました。「あなた方には敵いませぬ。今までの非道をどうかお許し下さい。奪った宝も全てお返し致します」領主の息子達は、予想していたより美しかった鬼姫に見とれ、ぜひこれは手に入れなければと思いました。そして彼らは鬼姫が提案するままに、和睦の宴で酒肴を思う存分楽しみました。けれども太郎はまだお酒は呑めませんでしたので、手をつけておりませんでした。そうして領主の息子や兵達に酒が十分に回った頃、鬼姫の家臣達が一斉に打ってかかり、領主の息子達も手下の兵達も一網打尽に討ち取られてしまいました。お酒を飲んでいなかった太郎は孤軍奮闘し、その戦いぶりは鬼姫の目に好ましく映りました。そこで鬼姫は太郎の命を救い家来に取り立てました。太郎はこの恩に命がけで応え、鬼姫の仇である領主を討ち取る時も犬彦、猿彦、雉彦の成りすましと共に活躍し、見事大役を果たしました。こうして鬼姫と家臣達は旧領を取り戻し、鬼姫に見初められ充分に期待に応えた太郎は婿に迎えられました。そして太郎は故郷で田畑も無く貧しく暮らしていたおじいさんとおばあさんを呼び寄せ、家族一同幸せに末長く暮らしました。尚、鬼姫の本当の名前は桃姫でしたが、この一件以降姓を改め、鬼の一文字を含んだ姓を持った太郎と桃姫の末裔達は、その後も勇武に優れた一族として歴史にその名を残しましたとさ。おしまいで、なんでこれを今日書いたのか?それは、今朝の事でした。会社に行く前に点けてたTV。出かける直前にふとチャンネルを回していると、NHKの教育チャンネルの不思議な光景が目に留まりました。それが桃太郎の一場面である事はすぐに分かったのですが、自分の覚えている桃太郎とは少し様子が違います。桃太郎と雉と犬と猿の前に鬼達が宝を差し出しひれ伏していたのですが、桃太郎の脇には、なぜか若い女性が!?教育チャンネルのナレーションの中で桃太郎は、宝物はいらん!、お姫様だけくれ!、と一歩間違えるとエロエロな反応してました。さすが教育チャンネルですね!(しかも朝っぱらから!)宝に関しては、奪われた人達よりも鬼達の今後の生活費の事を思いやった桃太郎の優しさをアピールしたかったのでしょう。・・・きっと。そして桃太郎とお姫様は村に帰り、おじいさんとおばあさんと一緒にいつまでも仲良く暮らしたそうです。と終わったのですが、あれれ?桃太郎にお姫様って出て来たっけ・・・・・・!?で、仕事から帰ってきて調べたら、確かに一部地方では、『鬼退治後に奥さん見つけて幸せに暮らしましたとさ』で終わってるバージョンもあるみたいなのですが、根本的には、「一寸法師とか他のヒーローは相手を見つけて幸せになっているのに、 桃太郎だけ独身のまま終わるのはおかしい」って論法だそうです。(大真面目に)あのね、うんとね、えっとね・・・・・、逝っとけや、くぉのヴォケが!時代に合わせて語り継がれる物語も変化するかも知れないけど、何でもありにしすぎですがな。てわけで、お姫様が絡むなら、ってバージョンを考えてみた次第です。笑
2005.01.21
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決して犬派に転んだわけではありませんが、カワイイものはカワイイわけです。こんばんわ、週頭の徹夜×2が効いて口内炎が出来てまだ治ってない名無之直人です。若くないと睡眠不足は肌に来るらしいって、内側にかいっ!?とまぁそんな一人ぼけ突っ込みも寂しい今日この頃、形骸的にもこのサイトに一応の節目が来たらしいので、記念に何か書いてみようかと思いました。が!行き詰まった挙句、ブッシュの二期目の就任演説をちょうど生で見たのでその感想を簡単に書いて、その代わりとします。(こういう時ですね、翻訳を解さずに英語を理解できて良かったと思えるのは。)(スピーチ全文はこちらで→■(英語です))えーと、まず全体を通してブッシュが一番使ったのは、Liberty(自由・解放)という言葉だったのですが、一言で突っ込むとすると、「あなたのいう自由から自由になれる自由を下さい」"Could you give us the freedom to be free from the freedom you are offering?"になるかと思います。スピーチ全文に対する突っ込みは後日おそらく暗いニュースリンクさんの方でUpして下さると思うのですが、一番すごいのが、『アメリカにおける自由(や安全)が保証されるかどうかは、他の土地で(我々が提供する)自由が定着するかどうかにかかっている』(原文:The survival of liberty in our land increasingly depends on the success of liberty in other lands.)という言葉でしょうか。彼はスピーチの中で多様性を認める言葉も吐きました。民主化や自由という言葉が我々の慣習や思想などから離れているものになったとしても、我々はそれを否定しないという意味のことも言いました。が、現実的に考えてみましょう。イランあたりが、完全に民主的に選ばれた政体によって、自国を防衛する為の核兵器やミサイルの開発や配備を進めたとしましょう。今はまだヨーロッパの一部までしか射程範囲に入ってないのであまりアメリカも表立っては騒いでませんが、アメリカ本土まで射程に入れたミサイルが配備されたとしたら、おそらくもう形振りは構わないで潰すでしょう。アメリカの言う自由とは、アメリカにより提供され、アメリカによって認可を受けた範囲内での自由です。今更言うまでもありませんがね。この就任演説で、ブッシュは一期目の路線を推し進める事を表明しました。日本の新聞が選挙直後にこぞって書き立てていた『二期目は協調路線で』というのは無いものねだりのクソ記事であった事が、まぁ当然ですが、判明しました。(さよなら日経。続けるな日経。まぁ日経だけに限った事じゃないけどね)私としては、他に気付いた事と言えば、会場の寒さもあったにしろ、集まった観衆の反応の薄さが気になりました。集まっている(集められた)のはほぼ全てブッシュ支持者の筈なのですが、ブッシュが拍手待ちのわざとらしい間を作る度に拍手や歓声を上げてあげていたのは、全体のほぼ3割くらいに見えました。2割未満という時も多かったです。ラストの一番盛り上がるべき所でさえ、半分には満たなかったと思います。演説内容のあまりの白々しさもあったでしょうが、支持者の反応は、特に吉本興業辺りの人達が見れば、「お寒い」の一言に尽きたと思います。元大統領(夫妻)とかも来ていたのですが、一番印象的だったのが、ヒラリー・クリントン。ぜんっぜん、笑ってませんでした。笑顔ってどこ?美味しいのそれ?って感じでしたね。TV画面に何度もUpで映ってたのですが、横にいるビル・クリントン元大統領のどちらかと言えば(ブッシュの演説姿への)好意的な表情とは、ものすごい好(嫌?)対照でした。やはり、次かその次で打って出るのでしょうかね。「けっ!今は好きな事ほざいてやがれ!」と内心では毒づいていたとしても不思議ではありません。そのくらいの表情はしてました。笑全体で20分未満くらいの演説なので、WEBのどっかにUpされる画像とかテロップ、興味ある方は眺めてみるといいと思います。彼の一期目に成した内容を暗いニュースリンクなどで確認しながら二期目の演説を聴くと二倍楽しめるかも知れません。え?そんな無駄な事に時間費やしたくないって?ごもっとも。笑おまけ:故途乃葉(コトノハ)
2005.01.20
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また強制的に今度はスマトラ沖震災の募金を徴収された会社帰り、私が駅近くの中古CD・本屋から出てきた時、ふと横を見ると、日本人らしき男性、白人の金髪の女性、その子供に見える白人金髪の女の子がいました。その日本人男性と白人の女性は、おそらく、夫婦。その店の前の交差点の信号が青に変わるかどうかという時、その女性がいきなり男性に向き直って両肩をつかみ、何かを言ってました。ただならぬ雰囲気があったといえばそうかも知れなかったけど、他人の痴話喧嘩にいちいち鼻突っ込むほどウブでも無いので、そのまま横断歩道を渡り、次の交差点でまた信号待ちをしてました。ふと右を見ると、さきほど男性の両肩を掴んでた女性が走ってきて、歩道の赤信号にかまわず渡り始めました。なにごと?と思ったのも束の間、今度は女の子が、Mammy~!(マミー!)と泣き叫びながら後を追って走っていきました。横断歩道は完全な赤で、右折車が曲がり始めてる頃、向こう側へほぼ渡りきっていた母親は、今度は交差点を斜めに横切って対角の方へ走っていきました。その母親を追っていた女の子はホーミングミサイルのごとく・・・、交差点のど真ん中を斜めに横切り始めました。ええ、車道のどまんなか。超ストライクゾーン。(謎)右折しようとしてたタクシーも慌てて減速して女の子に気遣ってましたが、状況に気がついてる人達が注視する中、父親らしき男性は、後からのそのそと歩いてきました。そして娘らしき女の子が車道の真ん中を斜めに突っ切っているにも関わらず、彼はぼんやりとその成り行きを見守って赤信号が変わるのを待っていました。ってオイ!?そこで待つのかお前!?と思うのは私だけではおそらく無い筈・・・。母親は途中僅かに振り返っただけで、そのまま走り去っていきました。子供はその後を追っていきましたが、振り切られて、全く見知らぬ第三者のおばさんにだっこされてました。私は帰る道筋を少し変えて、女の子が父親らしき人に引き取られて、手をつないで母親の走り去った方へと歩いていく姿まで見届けましたが、そちらの方から母親が戻ってくる気配は有りませんでした。突然の出来事で事情は良くわかりませんでしたが、とりあえずあの父親らしき男は信号待ちしてる場合じゃなかったと思います。背中を蹴飛したい衝動は、もしかしたら子連れの売春婦をたまたま買ってしまったお客なのかも、という、まぁ有り得ない可能性も一応考慮した為、止めておきました。母親の走り去りっぷりもすごかったのですが、それ以上に父親(?)のとろくささぶりもすごかった。というかあれを見て、なぜその女性が走り去ったのか、その理由をいろいろ想像したりしました。子供が車に轢かれても構わないと思うほどに、目前の何かから走り去りたいと思う心境。いったい何でしょうかね・・・?
2005.01.19
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とある文を読んで思うことがあったので、今まで書いてこなかったものを書いてみようと思います。おそらく社会人的に一番底辺にいた時期に、あるバイトをしました。拡張時期にあった、とある通信会社の電話受け。会社の名前その他はご想像にお任せします。問題は、私も片棒を担ぐことになった、その商売のやり口。当時まだブロードバンドという存在がそれほど広まっていない世の中で、駅前とかでモデムを配り契約書に相手の氏名住所を書いてもらい契約にこぎつけ、電話会社に連絡を取って、工事の日を決め、顧客の家でも必要な作業を行ったりする。自ら望んでその会社と契約した人に私は特に何も言うつもりは有りません。ただ、私がお客からの電話を受けている間に、『どう考えても犯罪だろう、これは?』という商売のやり口が多々有りました。例えば、アンケートですからと偽って相手に契約書に氏名住所を書かせ、契約したことにしてしまうのなんて、ぜんぜんカワイイ方です。信じてしまった相手にも、言葉は悪いですが、非があります。何も分かってないおばあちゃんとか子供とかに書かせて契約取った事にして、勝手に相手の電話回線をいじって、元に戻そうとすれば、その相手に払わせるなんていうのも、「ごめんなさい」で済ませるというまだ序の口の手でした。ええ、数百万の顧客情報漏えいを起こしたというあの会社のニュースに私は全然驚きませんでした。だって、既に漏洩してその会社に渡っていた個人情報が、2次的に外に再び漏れただけのことですから。今更何を騒いでるの?、て感じでした。私からすれば。で、あの会社は、委託してる外部の会社に多量のバイト君達を雇わせ、そういった出所の知れない個人情報を元に電話をかけさせ、売り込んでいました。もちろん中には望んでその会社と契約して、幸せにインターネット生活を送ってる方もいらっしゃるでしょう。ただ、その会社のやり口は半端じゃなかった。何故かというと、バイト君たちはリストを手渡されます。そして、彼らの「この人とこの人から契約が取れました」という言葉一つ、チェック印一つで、その人の電話回線はいじられ、いつの間にかその会社と契約したことにされてました。そのバイト君は、その人の家に電話をかけたかも知れません。でも一瞬で切られても、今その人は留守ですと言われても、絶対うちはそんなものいらないと言われても、彼または彼女のチェック印一つだけで、その上司はそれを通信会社やNTTへと流し、まぁ以下略。実話です。作り話ではありません。そういった勝手に契約させられたという人達からの苦情の電話を自分でも何本取ったか分かりません。しかも、顧客データベースで契約を取った会社名も見れたのですが、クレームを数多く取ってくる外部の委託の会社もあったのですが、それらに発注を出してる親会社、つまりその通信会社本体でも、やはり、同じことをやってました。その会社の経営状態が軌道に乗ったらしいことからして、強引な手法もあったにしろ、結局残る人は残って収入が安定したということでしょう。ヤッタモン勝ちの世の中。最低の時期を何とかそこの会社から得る収入で乗り切った後、今は別の会社の契約社員として働いて収入は落ち着きましたが、お金と仕事の清濁については、だから割り切れない部分を背負ってしまう事になりました。世の中奇麗事だけでは済まないとしても、自分の納得のいく形でお金を稼ぐということは、ものすごく、自分にとって大事なコトです。これは後から、自分の身の安全と収入を確保してから、内部告発すればいい、という問題ではありません。その場で内部告発して、今まで受け取っていたお金を返せるような人なら、そもそもそんな場所で働くことも無いでしょう。というか実際に銀行の口座に数百円しか残っていないという状態を体験したコトがある人なら、お金というものの重みを頭では無く胃の辺りとかで理解してると思います。それと単に収入という面だけでなく、クビにされたコトもある人が、自分の働ける居場所、能力を活かせる場所をおいそれと捨てられるかというと、これも、体験してみて初めて分かりました。奇麗事だけに拘ってなぞいられない、と。おそらく家庭とか家のローンとか持ってる人とかなら、そういった思いはもっともっと強いでしょう。いろんな大企業とかでも不祥事とか隠して後からバレてひどい目にあったりしてますが、大学生の時の自分と、今の自分では、だから見る目が全然違います。大学を卒業して安定した会社に入り、順調に収入を増やして何も不安が無い人ならまた違う視点を持つことと思います。今だから言えるのですが、私は今まで見てきた全ての事を見れて良かったと思っています。そうでなければ分からなかったコトや考えられなかったコトもたくさんあります。だから失業してみろとか、どん底に落ちてみろとか言うつもりは、もちろん有りません。笑ただ、こんなことがあって今の私がある。これからの私もそれを踏み台にしていく。そんな覚書として、書いてみました。
2005.01.18
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職場でね、宿題を出されてるわけですよ。この半期中に、『自分は業務を改善・効率化するために○○と△△をやります』て誓いを立てさせられて、そのチェックが今日の18時にあるわけです。はい、今午前3時56分。起きたのが3時。寝たのが午前0時20分くらいでした。ちなみに徹夜明けでした。・・・・・。(時間の感覚がとてもとてもおかしくなってます)昔は10分睡眠とかで一日動いたりしてたなぁ・・・。徹夜して、ルームメイトが起き出してシャワー浴びてる間だけ寝て、戻ってきたら起こしてもらったとか、いい思い出です。最初の3ヶ月とか平均睡眠時間が2時間切ってたりしたなぁ。(遠い目)『早起きは三文の得』って午前零時に寝て午前三時に起きて仕事始めるのとは何か違う気もするけど、気のせいですよね? ・・・・ね?さて、始めるか・・・・。昨日は神戸の震災から10年という日だったそうで。あれから10年経ったのかと思うと感慨もひとしおでした。最近の津波の被害が20万人を越えるとかいうニュースで犠牲者の数の観念がおそろしく曖昧模糊になってますが、数千人が亡くなられその何倍もの人達が人生を立て直すのに必死にがんばってこられたかと思います。弔意と敬意を表して。(東京や横浜辺りは世界で一番震災リスクが高いそうですが、ま、気にしてもね。^^;)
2005.01.17
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いい年こいて何してるんだか。反論の言葉はありませんが、言い訳はしてみます。^^;私が最近遊んでいるのは、EverQuest2という多人数同時参加型RPGです。まぁネットを介してみんなで遊べるドラクエのようなものとでも思ってみて下さい。アメリカのメーカーから発売されてるゲームですので、当然プレイしてる人達も英語圏の人々が大半です。行動様式とか考え方とかも、かなり、こちらの人とは違ったりもします。それもあって今日は朝方まで彼らに付き合ってしまいました。EverQuest、果てしない冒険、という名前の通り、プレイヤー達はそれぞれの目的や趣向を元に行動し、様々なクエスト、具体的にはゲーム内に散りばめられたコンピュータ操作のキャラクターからの様々な依頼を受けて旅に出たりします。6人グループで、それぞれが別々の借り物競争に参加してると想像してもらえると近いかも知れません。ある人はたわし4個、モップ2本、別の人は雑巾3枚、また別の人はモップ1本にバケツ5個とか。そんなのを6人分いっぺんにやろうとどうなるか?もうお分かりになりましたね?笑ですから、ある一つのエリアに集まった人達で構成されるグループでも、全然別のクエストをそれぞれに受けてますので、下手をするとみんな好き勝手に行動して他のメンバーを危機に陥れたりします。というかそんなの日常茶飯事だったりします。笑そしてキャラクターが死ぬと、その経験値にペナルティーが課されるのですが、同じグループのメンバーが死んだ場合、そのペナルティーはメンバーに均等に賦課されます。そんな訳ですから、メンバーが死にまくるグループだと、稼いだ経験値よりも、積み重なってしまったペナルティーの方が多いというのもこれまた日常茶飯事だったりします。^^;当然の帰結として、まとまりが良く、難関も乗り越えて進めるようなグループにたまたま行き当たった時は、皆がんばります。そしてそれぞれが受けているクエストをなるべく進めようとします。例えば、私が受けているあるクエストでは、Aというモンスターを10匹、Bというモンスターを12匹倒すというもので、そのグループが始まった時、Aの残りは3、Bは残り9といった感じでした。Aが終わり、Bが残り6となった時、Bが10匹必要というメンバーが加わったり、Cが6、Dが4、Eも少しという人が加わったり、いや俺はFが6必要という人も加わったりすると、もうどれだけ時間があっても足りません。で、アメリカの人達は、自分の用が済めばぽんとグループを抜けてしまう人が多いです。(だから上記のように人がころころ入れ替わるのです。)でも私はようやっと苦労して自分のクエストの終了条件を満たしたし、経験値も稼げてるグループなので、ころころ入れ替わるメンバー達の要求を取りまとめながら、何とか一つずつこなそうと頑張ってる内に、朝方になったという次第です。ハイ。全然偉く無いけど、つまりはそういう事です。朝方40分くらいだけ布団の上に横になって、ちゃんと起きだして会社来て仕事もしてます。(それ以外の事もしてるかもだけど。笑)歳を取ると徹夜が辛くなるというのは恐らく事実だけど、やってしまえば何とかなるというのも事実だと思います。体験談として。でも今日は恐らく夜遅くまで残業しなきゃいけないんだよなぁ・・・。orzそうそう、先日、英語の勉強の事に触れましたが、海外の人も参加してるオンラインゲームでも、英会話の練習にはなりますよ。タイプするチャットですけどね。FF11とかベースが日本語だし、周りの大半は日本人で入りやすいしお勧めです。PS2でも出来てお手軽です。
2005.01.16
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とある仮面屋のお話むかしむかし、あるところに、大変有名な仮面屋がいました。その男が作る笑い顔の仮面をかぶれば悲しみを忘れて笑いこける。泣き顔の仮面をかぶれば世の悲しみ全てが降りかかってきたように涙にくれる。でも、男にとってそんなのは序の口でした。頭が冴える仮面、嘘つきがうまくなる仮面、異性に人気の出る仮面なんていうものから、幸せになれる仮面、商売がうまくいく仮面、果てには英雄になれる仮面を作ったという噂までありました。そんな仮面屋ですから、とんでもない人気があったのですが、本人は決してどんな仮面も被ろうとしませんでした。それに、仮面のお代も一風変わっていました。喜怒哀楽といった単純なものなら普通のお金を受け取っていたのですが、注文が難しいものになればなるほど、お代もまた高いものにつきました。迷子の子猫を探す仮面を欲しがった子供の場合は、親の形見のペンダントでした。それほどその子猫が子供にとっては大事だったのです。王様の病気を治す仮面を欲しがった医者の場合は、その孫娘の命でした。注文に来た医者は何度も他のもので購えないかと泣きつきましたが、仮面屋は言いました。「命を購えるものは命だけだ」そうしてもう助からないと思われていた王様は助かり、まだ若く健康だった孫娘は突然亡くなりました。そんな仮面屋ですから、みんなおいそれとは彼に注文はできなかったと思うでしょう?いえいえ。誰も見ていない時なら、人は意外なほど大胆になれるものです。そのくらい願いが強いのであれば。お代以外の問題で、仮面屋が注文を受けない事もあり、それはそれで人々の噂になりました。ある男は死んだ妻を生き返らせる仮面を作って欲しいと頼んできましたが、自分の命を差し出すと言う彼の頼みを仮面屋は断りました。死人を生き返らせる事はできないと。そんな風に理由が明らかになる時もありましたし、明らかにならない時もありました。またこの仮面屋は、一度注文を受けた人からは二度と注文を受けませんでしたので、いっそう人々の関心を引き付けました。そんな仮面屋に、ある晩、一人の女性が尋ねてきました。注文は、前の恋人の事を忘れさせてくれる仮面、でした。仮面屋はじっとその女性を見つめた後、言いました。「断る」当然、その女性は理由を尋ね、仮面屋は答えました。「あんたは忘れたがっていないからだ。望んでいない事を叶える物は作れない」女性は頑として抗議しましたが、仮面屋の答えは変わりませんでした。そこで女性は注文をいろいろと変えてみました。次の恋に出会える仮面、どんな男でも魅了する仮面、果ては幸せになれる仮面などなど。仮面屋はまたじっと女性を見つめ、はっはっはと笑って言いました。「言ったろう?願ってもないものは叶えられないと?」「あたしだって幸せになりたいわ!」女性は怒って言い返しました。そこで仮面屋は笑うのを止め、仕事場にかけてあった鏡を女性に手渡して言いました。「その鏡に向かって言ってみろ。自分は幸せになりたい。前の恋人の事を忘れて、幸せになりたいと」女性は勢い良く口を開き、鏡に向かって叫ぼうとしました。自分の望んでいる筈の事を。けれども、鏡に映っている自分のひきつった顔を見て、口を閉じました。何度試しても、結果は同じでした。「それが今あんたが被っている仮面だ。それが取れるまでは他のものは被れん」と仮面屋は言いました。「あなたにも外せないの?」と半分悔し紛れに女性が言いました。「自分の被った仮面を外せるのは己だけだ」「でも、どうやって外したらいいかわからないのよ」仮面屋はふと考え込み、まだ何も手を加えていない仮面を手にとって女性に渡しました。「それを被って鏡を見てみろ」「でも、これまだ目が開いてないじゃないの?」それでも言われた通り仮面を被って顔の前に鏡をかざしてみましたが、当然真っ暗で、何も見えませんでした。「その仮面を被って、鏡の前に映っている自分を想像してみろ。前の恋人の事を忘れて、幸せになっている自分が映っている事を想像してみろ」そうして仮面屋は、鏡と仮面を持たせたまま女性を仕事場から追い出しました。「お代は?」女性が慌てて言うと、仮面屋は、女性が髪に挿していた髪飾りを抜き取り、「見えるようになったら取りに来い」と言って扉を閉めてしまいました。「ちょっと、それ返しなさいよ!」と女性は扉を叩きましたが、仮面屋は無視し続けました。それは以前の恋人から贈られた物の中で、女性が唯一捨て切れなかった物でした。夜こっそりと仮面屋を訪ねた女性が鏡と手付かずの仮面を持たされて締め出された話は、次の日あっという間に街中に広がりましたが、日が経つに連れて他の噂話の前に薄れて消えていきました。その後ある時、街でも器量良しだったその女性は、良い人を見つけて一緒になり、幸せになったという噂が広まりました。彼女が作ってもらったのはやはり幸せになれる仮面だったと人々は噂しあいましたが、その女性を仮面屋の扉の前で見かける事は二度とありませんでした。おしまいおまけ:故途乃葉(コトノハ)
2005.01.15
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英語に限った事では無いんだけど、私個人に限った場合で、なぜ英語を勉強しようと思ったのか書いてみます。私の通った高校は、進学志望校と呼ばれるくらいのランクのものでした。進学校ではなく志望校です。進学しようと思う人は多いけど、半分くらいは志望のみで終わるって感じです。で、自分は高校まで勉強で不自由する事は少なかったのですが、高校の数学とか物理とかに全くついていけなくなりました。国語や社会といった得意科目でも、目だった成績という程ではありません。そんな私が将来を考えた時、何をして食べていくか、又は、自分の取り得る選択肢の中で、普通に進学せずとも競争に参加する事が出来るかを考えた時、留学というオプションがありました。語学留学では無く、アメリカの大学を卒業するという事にそれはつながったのですが、その頃から、英語が出来てコンピュータを扱えれば何とか食べていかれるのではないかと考えました。そしてそれは『当たり』でした。単純にコンピュータが使えるだけではダメですが、ハードウェアとかソフトとかネットワークとかセキュリティーとか、そこから更に進んでいって、さらに英語も扱えるというのは、やはり一つのアドバンテージにはなります。なぜ英語を勉強するのか?その動機は、人それぞれでいいでしょう。英語を字幕無しで観たいとか、洋楽を直に理解したいとか、将来は海外に住みたいとか、何でも。私が特に留学中に感じたのは、歯痒さです。例えば好きな人がいて、その人に自分の気持ちを伝えたい、話たい事が言葉にできない、というのは、非常に悔しいのです。誰かに言葉で喧嘩をふっかけられて、言い返す言葉が見つからないとか、言い様が分からないとか、そういう思いも何度もしました。義務教育とか高校とかで英語の時間を苦痛に感じて将来も英語に縁を持ちたくないという人は、学校を卒業できる程度に頑張ればいいでしょう。ただ、なんらかの動機があって英語を勉強しているんだけど、続かない、力が上がらない、というのであれば、自分にとっての必要性を探す事です。例えば学校では英語は散々だった人が職場で必要に迫られて勉強し始めると、結構覚えるのが早いです。元々使えていた人が驚くくらいに。英語の上達法はいくつもあるでしょうが、私が考える簡単なものは、こんなものでしょうか。・英語が原文の物語を日本語訳版と読み比べる(長文に対する恐怖感を消すのにお勧め。文脈の中で単語の意味をとる習慣もつけられます)・好きな洋画を何度も見た後、字幕を英語字幕で観て、その後は字幕無しで見る。(DVDの字幕モード切替が大変便利な世の中です)・自分の言いたい事、書きたい事を英語で書いてみる(学生なら、先生に添削してもらいましょう)・TVでやってる英語会話講座みたいのとか、ラジオ英会話とかFENを活用する(お金をかければ上達するというものではありません)最期に日記のテーマとは少しずれた話をします。私が歴史が好きなのは人名や年号を覚えるのが好きだからではなく、歴史上の出来事というのはそれ自体が一つの大きな物語だからです。司馬遼太郎の本とか読んだ事ある人なら分かりやすいかと。英語も別にテストや英会話学校の為にあるのではなく、使う為にある言葉に過ぎません。自分も必要だから覚えて使えるようになりました。教育とか、学ぶとかって、要は自分の為に自分がする事です。英語に限った事ではありませんが、そう思います。
2005.01.14
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明日は職場の同僚達とのこじんまりとした新年会。焼肉を食べよう!との事で、先日私と同僚の一人とで行った普段混んで無い店の予約を取るべく品川へ。(お店の名前を二人とも失念してしまっていたので。)で、新年会たけなわなシーズンの週末の夜にもかかわらず、予約取れました。あっけなく。(昨日の夜、その店の近くの牛角で取ろうとしたら6時半からしか空いて無いと言われ断念したのと好対照)その後空腹を抱えて、品川で美味しいスパゲッティが食べられるお店を開拓すべく、駅前のビジネスビル街の中のレストランを物色。その4Fにあるコースも頼めるような店内に腰を落ち着け、自分が初めての店に入った時、大抵頼んでいるカルボナーラとハウスワインを注文。何故かというと、この2点が及第点ならまた来ようと思えるから。窓際の席に案内されて、その隣の席には女性二人組みが座っておりました。あまり彼女らを見ないまま窓際に座り、司馬遼太郎のエッセイ集を読みながらワインを傾けたりしてたのですが、まぁ席と席の間が30cmほどしか空いて無いので、どうしても、彼女らの話し声は聞こえて来ました。満員電車の中の会話が全部聞こえてきて逃げようが無いのと同じですね。で、聞こえてきた話をかいつまんでみると、"やっぱり私たちもそろそろ・・・"といったものでした。会社の同僚らしい二人なのですが、年はおそらく30歳前後。まず聞こえてきたのが、「こないだのコンパ、あの後何かあった?」「ううん。そっちは?」「私は何も無くて、帰ったわよ」「私も」といった非常に生々しいものでした。笑で、その次が、「○○さんに紹介されたあの人とはどうなったの?」「ん~、イイ人だったんだけど。分かるでしょ?」「分かる分かる!イイ人なんだけど、ダメなのよね~」「そうそう!」「紹介してくれた○○さんとその旦那さんは、こんなイイ人もういないよ?他の人は紹介しても食事とかに誘ったりしなかったのに、XXちゃん(おそらくその女性の名前)の事は誘ったのに、それだけ気に入ってたんだろうけど、なんてもったいないことをなんて言われても、ねぇ?」「うんうん!」とか、「やっぱさ~、一度結婚して失敗してる人とかがいいのかな~?」「そーだねー。年齢的にも丁度つりあいが取れるだろうし、一度は誰かから、『この人は(結婚するに)いい人だって思われたんだろうし」「それに一度失敗してるから、今度はこうしようって(初婚の人より前向きに)思ってるかも知れないし」「うん、そうだね。でも・・・」(この後二人ともこの話題は避けて再浮上はしませんでした)とか、「でもさ~、紹介所とかでも、あっちだって若い方がいいわけでしょ?だから最低でも20台後半からせめて30台前半くらいまでって検索かけるだろうし」「そうだね~・・・」とかとか。笑(一人でレストランで食事するのは慣れたといえば慣れましたが、料理が値段に見合わなくても得をしたと思われるのはこういう時ですね。笑)1,2度くらいだけ、彼女らの顔をちらりと見ましたが、若い時は、そりゃ不自由してなかったろうなぁ、という感じのきれいな人達でした。(特別ってほどでは無いにしろ)彼女らはワインをボトルで頼んでたり、料理も何皿か注文してたので、まぁ経済的にも自立してるし、ある程度の余裕もあるのでしょう。まぁ取りとめの無い話がループしてる隣で私は静かに本読んだりしてたわけですが、いきなり横から会話に乱入はせずに、大人しく、時折、彼女らの話を愉しんでおりました。結婚するしないなんて、誰かと付き合うかどうかとある意味同次元で、それを踏み切れるかどうかというフンギリだけの問題。でしかないでしょう。笑「だから私ら独身なんだろうね~」「そうかもね~」とつぶやく彼女達を、レストランの天井近くに飾られた往年のハリウッドスター達のパネル写真達が見下ろしておりました。中でもお気に入りの一枚は、ヘップバーンで、こちらに挑みかかってくるような大きな瞳が素敵でした。で、肝心の料理の味の方は、カルボナーラは量が少なめな上に味は中の下か下の上。ハウスワインは、まぁ可といった程度。注文してないモノで楽しめていたので、まぁ払った値段の半分と考えればあまり損した気分にはなりませんでしたが。(普段あまり贅沢しない人なので、お金をかけるといえば外食くらいだけど、たかが知れてる程度)追加で頼んだ和牛のカルパッチョは美味しかったけど、帰り道、先日下痢嘔吐症に苦しんだ時と同じような感じで胃の辺りが苦しくなってヒヤヒヤしましたが、これはとりあえず大丈夫そうです。さてと。明日の新年会、あの言外の存在も来るんだよな・・・。今年一年もよろしくなんて言いたく無い~。「あと数ヶ月だけよろしくね!」、て思い切り言いたいところをこらえる毎日なのに。しかも次の人がアサインされる気配がまるで感じられません。本社はやる気がなさそうです。ん~む・・・。
2005.01.13
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「1人の人間ができる最も重要な貢献は、現金を出すことなのです」(The most important contribution a person can make is cash.)先日の日記でも触れたブッシュ大統領のスマトラ沖大地震に個人的寄付をする決断に寄せた言葉。自分の大統領任命式の祝賀ディナーパーティで、自分と挨拶を交わす資格を約1000万円(10万ドル)で売りつけていた人間は、さすが言う事が違いますね。そんな彼が1万ドルも寄付するというのだから、アメリカ国民も見習うべきでしょう。金正日あたりは、1万1ドル寄付するといいです。きっと北朝鮮の歴史に残る喜ばしい1日(もしくはブッシュが増額するまでの数時間)になると思います。で、相も変わらずなニュースを見たのですが、松井秀樹が結婚したら景気回復とか、この手のニュースもイイカゲンにしかせんか?どの球団が優勝したらとか、金メダル何個以上なら、誰それが結婚したらとか、もうね、アボカドバナナ状態。景気が悪くなってからこのかた、そんな事で回復なんてしないこと、みんな分かってるのに。大真面目に地元から結婚してとせがまれる松井としても、内心は「放っておいてくれ!」と苦笑している事でしょう。ダルビッシュは別にどうでもいいのですが、彼に10年2軍にいて欲しいとせがんだ市長とかね。あんたら、他力本願すぎ。自分の景気回復や財政再建は、自力でお願いします。まぁ他は、カレー屋やゲーセン寄って帰って、EQ2で家具作ってみたらお子様サイズベッドでびっくりとか、平和な一日でした。
2005.01.12
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「恋や冒険というものは、ほとんどの場合、値札をつけてやってくるものなのである」最近読んでる司馬遼太郎のエッセイ集の中の言葉なのだが、妙に腑に落ちて、くすりと笑えた。そういえば、そういうものなのだな、と。恋に関して言えば、普段の服装や身だしなみに使うお金もカウントされるだろう。私は今の所相手がいないので最小限の費用で済ませている。卵と鶏の議論になるが、少なくとも見込みが出来てからお金をかけようと思ってる私は考えが甘いのかも知れない。デートにかかる費用をけちるつもりはないが、身を持ち崩してまで誰かと付き合いたいとは思わないし。冒険に関して言えば、恋の後の結婚や子供を持つ事や家を買う事も入るだろうし、転職、引越、起業といった類のものから、長期休暇を取ったりしてどこかに旅に出る事とかも冒険といえば冒険だろう。全てお金で支払いが済むとも限らないが、恋や冒険には値札がついてくるとは一つの至言だと思う。値札に書き込まれる金額は自分の意思次第だとしても。おまけ:故途乃葉(コトノハ)
2005.01.11
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ていっても別に色気があるものではなく、時々やる外出して帰りが朝方になったという類のものです。ちなみにお酒は一滴もからんでません。長い休みの後とか、日夜の感覚が狂ってしまった時とか、何かの感覚を取り戻したい時にやる奴です。ハイ。何か書き物でもするつもりで出て、漫画喫茶で朝方まで。そしてファミレスで6時くらいまでいろんな事のメモ書き。朝焼けを見ながら帰って来ました。明けの明星もひさしぶりに見ました。うん。9連休の後、出勤して、その夜から例の感染性の下痢嘔吐症にかかって、2日休んで、3連休。しかも寝込んでた間とかに寝すぎてて完全に昼夜とか寝るタイミングが狂ってしまったのを強引に修正する為とも言えばそうなるでしょうか。ま、何にせよ、これからシャワー浴びてヒゲ剃って歯磨いて出勤してきます。笑書いたものとかは、気が向いたら後日Upします。おまけ:故途乃葉(コトノハ)
2005.01.10
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むかしむかし、ある所に、家に子供が多すぎて捨てられた子供がいました。川に流されて下流の老夫婦が気まぐれに拾って育てたのですが、たいそうひねくれてかわいげがない子供でした。しかし老夫婦の住む村が、鬼達に襲われた時、子供は老夫婦を見捨てて村からいち早く逃げ出し、村がさんざんに荒らされた後になって帰ってきました。これには温和な老夫婦でもその子供に愛想を付かし、太郎と名づけられていた彼は、家から追い出されました。おばあさんがお情けで作ってくれた団子だけがせんべつでした。さて、この太郎には、動物の言葉が分かるという特殊な能力がありました。鬼達が襲ってくる前に森の鳥達の噂を聞いていちはやく逃げ出していたのです。団子を口に放りながら、太郎は何とか自分を追い出した老夫婦や、最初に自分を捨てた誰かを見返してやろうと思い立ちました。しかし出世する為のコネも金もモノもありません。そこで近隣を荒らしまわってる鬼達から宝をうばってやれば金も名声もついてくるに違いないと考えました。しかし子供で家来も持たない自分が鬼達にかなうわけがありません。そこで太郎は近隣を旅しながら、自分の家来になってくれそうな動物達を探しました。最初に太郎が出会ったのが、ある老いた雉でした。彼は団子を一つくれるなら家来になって、知恵も貸してやろうと太郎にもちかけ、太郎も喜んで承知しました。団子を食べた雉は太郎に知恵を授けました。「よいか。鉄製の武器で武装している盗賊達、まぁ村人達は鬼と呼んでおるが、にオマエごときがかなう筈も無い。そこでだ。この近隣の山で勢力争いをしている野犬の群れの首領と、大猿の群れの首領に話をつけるがいい。お前達がそんなに強いのであれば、鬼が島の鬼達を退治してみろと。なに、連中に家来になってもらわんでも、策はある」雉の入れ知恵通り太郎が犬の首領と猿の首領に話を持ちかけると、より多くの鬼を狩った方の勝ちと決まりました。首勘定は公平に太郎が行うことも。そしてある夜、太郎と雉は船で、犬と猿達は泳いで盗賊達の根城である離れ小島、鬼が島へと渡りました。犬も猿もその数50ばかりずつ。盗賊の数は30足らずと雉は昼間に偵察して一行に伝えていました。無事人気の無い浜に上陸した太郎達は、盗賊達の船着場を見つけて、犬と猿達はそれぞれの首領に率いられて猛然と盗賊たちに襲い掛かっていきました。見張り達があっという間に倒されて犬猿達が姿を消した時、雉は太郎に言いました。「まず海賊達の船の櫂を海に投げ込んでしまえ。逃げられんようにな。それから騒ぎに乗じて宝物を探し出し、小船に積めるだけ積んだら、犬猿の連中が全てを終える前に逃げ出すのじゃ」既に狭い鬼が島はすさまじい喧騒に包まれていて、太郎はようやっと二抱えほどの宝物を見つけ出すと、それだけ抱えて小船に乗り込み、急いで岸へと戻り、岸辺の林に隠れました。鬼が島の戦いの物音はしばらくすると止みましたが、今度は犬と猿達の吼え声が朝まで続きました。明るくなってから雉が空から見ると、盗賊も犬も猿も全部死んでいました。そこで太郎は、宝を全部島から運び出しましたが、雉は太郎に他の誰にも分からない場所に最初の二抱え以外は埋めて隠しておくようにと教え、太郎もそれももっともだと考えて言われた通りにしました。全部持って帰ってしまえば、それは元々おれのだと村人達に言われて取られてしまうと雉が入れ知恵したのです。そこで太郎は意気揚々と自分を追い出した老夫婦のいる村へと宝を荷車に載せて帰りましたが、雉は途中で別れると言い出しました。「どうしてだい?こんなにお世話になったのに?」太郎が言いました。「村人に食われたくないのでな。手柄は全部お前一人のものにするがよい。動物と話せる事も秘密にしておいた方がよかろう」雉は答えました。「じゃあ教えてくれ。なんでぼくを助けてくれたんだい?」「昔の話じゃがな。あの犬猿達の喧嘩のせいで、わしと連れ添いの巣と卵が何度もひどい目にあってきたんじゃ。いつか仕返ししてやれる日が来るのを待っておったんじゃよ」太郎の問いに雉が答え、得心のいった太郎は雉と別れました。そうして太郎は大威張りで村へと戻り、大いに面目を施したのですが、村人達は太郎が持ち帰った宝が余りにも少ない為、残りの宝のありかを問い詰めました。「もう無かったんだよ。きっと全部売っちゃったんじゃないかな?」と太郎はうそぶきましたが、村人達は太郎を信じようとせず、結局は痛めつけて白状させ、その時の傷が元で太郎は死んでしまいました。その様子を空から見ていた雉はぽつりと言いました。「すまんな、太郎よ。おぬしに恨みは無いが、かつてわしの連れ添いが何度も人に狩られておってな。さて、これで全部わしの気もすんだ」そうして老いた雉も死にましたとさ。===(ここから下がラスト部分修正したバージョン)=====村人達は太郎に宝の残りの在り処を吐かせようとしましたが、太郎はがんとして知らぬ存ぜぬと嘘を貫きました。村人達は村の広場の木の枝に太郎を縄でつるし上げ、白状するまではおろすまいぞ、飯も食わせまいぞ、と脅しましたが太郎も意地になっていたので口を割りませんでした。また襲ってきたかも知れない盗賊達を退治してやったというのに、この扱いに怒りに震えていたからです。ならば宝の在り処もろともあの世に逝ってしまえば、それが一番の復讐にもなると考えました。そんな太郎と村人達の様子を空から眺めていた雉は、村人達の見張りが眠りこけていた朝方に太郎を吊るしていた縄を口ばしでつつき切り、太郎を助けて言いました。「もうこの村に未練も無かろう。このまま逃げて、後は隠した宝を元手にうまく生きていくがいい」「すまない。こんなに何度もよくしてもらって、何も恩返しできないなんて。そうだ。ぼくと一緒に来ないか?」と太郎は言いました。「いいや。もう犬猿に敵討ちもしてもらったしの。隠した宝を取り戻させない事が、かつてわしの連れ添い達を何度も狩ってくれたこの村人達への復讐になるんじゃよ。ほっほっほ。さぁ、お逃げ」そうして雉は飛び去り、太郎は深々と雉にお辞儀をした後、一目散に逃げ出しました。やがて慌てふためく村人達の姿を見て雉は満足げに永遠の眠りについたことでしょう。太郎がその後どうなったのかは、みなさんのご想像にお任せします。(雉の復讐相手が太郎ではなく村人達である事から、ちと変えてみたバージョンを考えてみました。)
2005.01.09
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私は別にお笑い芸人が嫌いな訳では無いけど、例えばゲストのその他大勢にパペットマペットが混じる事は無意味だと思う。あまりテレビを見てない身で言うのも何だけど、それまでメジャーな時間帯に出ていなかった芸人でも深夜帯で少し売れるとすぐにメジャーな時間帯に顔を出すようになってきたと思う。個人的な極狭い芸能知識の範囲内で言うと、青木さやかとか杉田かおるとかヒロシとか、まぁその他大勢。私がギター侍を見たのは、ある深夜番組か何かの中で、彼が伝統のあるお笑いライブハウスでライブをやって、そこで一部の人にしか許されていない壁にサインをする事を許されて、彼が恐縮しつつ壁の隅に自分のサインを書き込んでる姿が印象的だった。それがいつ頃だったか正確には覚えていないが、私が見た年末年始番組の中でも彼を複数回見た。青木さやかとかもすごい勢いで複数局で出ていたが、例えば彼らが去年と今年とでTVのメジャー局に登場した回数と時間を単純比較してみれば面白い結果が出てくると思う。笑点は好きな番組なのだが、そのスペシャル番組で若手芸人対笑点レギュラー組というのをやっていて、笑点レギュラーから、『この若手さん達の中で来年何人が生き残っているでしょうねぇ?』と冷やかされていたが、おそらく当人達はどきりとしていたと思う。少しお笑いで売れると夜の7-9時辺りのゴールデン時間帯(でいいのかな?)番組の司会を任されるという潮流も、あまり好きでは無い。たけしなんて番組のタイトルにだけ名前を貸して、内容的には数分しか顔を出さないという行き着いてしまったものもあるし、さんまはさんまでどの番組でもほとんど同じ。笑ダウンタウンはどうでもいいけど、まっちゃんが伸介と組んでた番組は時々見てました。伸介は、好きだったんだけど、話ずれるのでノーコメント。そんな私がこの一年くらいで安定して面白いなぁと思ってたのは、でぶや、とか、恋エプ、かな。どちらもエンターテイメントの基本を守ってて、それぞれのオリジナリティーをしっかりと持っていると思う。お笑い芸人という存在が中心に来てる番組では無いけど、たいてい見てて笑える事が多かった。お笑い芸人を特に数多く出せば視聴率が上がるという傾向(迷信?)に対する、良いアンチテーゼな二つの番組だと思う。でぶやなんて、でぶ達がうまい料理食うだけの番組と言ってしまえばそれだけなのに、主演(?)の二人と番組の味付けでしっかりと楽しめる内容に仕上がってる。恋エプは、番組の内容のシンプルさもそうなんだけど、あのランキングの名札を青森県だかどこかまで持って帰ってもらってたのがすごいウケたりしてました。で、それをまた持って来てもらったり。笑個人の芸人では、残って欲しいなぁと思うのが、パペットマペット。彼は、『芸』で売ってる。人形二体のかけあいという一人劇場の限界はあるだろうけど、彼は変な話、司会とか進行役とかにはなりようが無い分、今の方向性で行って欲しいと思う。笑点の特番では良い味出してたけど、どうでも良い番組のゲスト出演はある程度控えてもいいんじゃないかと思う。彼の芸は本人のコメントにあるんじゃないから。歌手の本分は歌う事。映画監督の本分は映画を作る事。芸人の本分はだから芸をする事にある筈。下手に、『お笑い』という冠がついてしまっている為に、今のブームが捻じ曲がって伸びている気がするのは、私だけでしょうか?
2005.01.08
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ついさっき見てたNHKのニュースで、有名人達がこんだけスマトラ沖震災の被害者に寄付してますよってやってました。で、シューマッハの10億円とかは前にも聞いてたんですが、紹介はだいたいこんな順番。ミヒャエル・シューマッハ 約10億円ビル・ゲイツ 約3億1千万円(300万ドル)スティーブン・スピルバーグ 約1億5千万円(150万ドル)レオナルド・ディカプリオ 約1億円(100万ドル) イギリスの歌手達 チャリティーコンサート開く予定松井秀樹選手 5000万円ヨン様 約3000万円NBAの選手達有志 1ゴールにつき10万円(その1試合で12とか17点取ってx10万円寄付)シャラボワ選手 約100万円で、一番最後にぽつりと、ブッシュ米大統領 約100万円吹きました。やるな、NHK! 笑
2005.01.07
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金曜日の18時過ぎになってようやく起き上がれるくらいになりました名無之直人です。昨日木曜日の日記としては、『病に臥せってました。』の一行で済んでしまうといえば済んでしまうのですが、それだと芸が無いので、流行っていると言われる下痢嘔吐症がどんな具合なのか今後かかる方もいるかも知れないので書いてみます。まず、根本的にこれは風邪と併発、もしくは風邪ウィルスによってうつるみたいです。ただし、咳とか発熱はほとんど無くとも、胃とか腸にダイレクトに症状が来ます。まず強烈な『気持ち悪さ』が第一段階として来ます。車で悪酔いしたような感じを十倍濃くしたような感じなのですが、私もそれまでぜんぜんへらへらしていて前兆は全く無く唐突に来ました。そして次に『下痢』が来ます。最初は普通にトイレが近いという感じになるのですが、何度行っても止まらない感じです。出るものが無くなっても水だけ出続けるみたいな。でも、何度トイレに行っても『気持ち悪さ』は残ります。胃の辺りが内側から殴られ続けるような痛みが有り、私は1人で家まで帰るのにも四苦八苦しました。遠距離の方とかなら、迷わず救急車呼んだ方がよろしいかと思います。で、もう一つの『嘔吐』。これは吐いても何かがずっとこみ上げてくる感じが無くならないのです。私は帰宅後病院に行って薬をもらって飲みましたが、寝込んでる間もずっと体の中で鉄球が口の方と下の方に転がり続けている様な感じがありました。寝付けても2-3時間後には起きるというのを繰り返しつつ、6日午前5時頃まで残っていた下痢と嘔吐感は、2回目の服薬でだいぶ楽になりました。ここからが第二段階でした。気持ち悪さと、後は頭痛とか節々の痛さとかがずっと残り、寝込んでる事自体が苦痛と言えば苦痛なのですが、起き上がれもしません。ほとんど何も食べる気になれなかったので、ウィダーインゼリーのような流動食だけ流し込んで、薬を飲んでました。昨夜遅くに胃の周りの気持ち悪さがあったものの、納豆ご飯を2膳卵かけて流し込み、薬を飲んで、今朝の6時頃までにやっと胃の辺りの痛み以外は大分消えました。が、胃の辺りが痛い時は飲みなさいと病院からもらった薬を飲んでも直らず、それがほぼ今日(7日)2時半過ぎまで。お腹の中に何も入れないのもまずいので、近くの薬局まで流動食を買いに出かけたのですが、徒歩1分くらいの近くにあっても、何度もうずくまりそうになるほど、胃の辺りは痛かったです。で、ようようと帰宅して胃に流動食を一袋だけ流し込み、やはり寝込んでいた妹が効いたという胃薬と風邪薬を飲んで、また一休みし、先程起きて、ようやく起き上がれるくらいになった感じです。総論としては、この感染症(下痢嘔吐症)、かなりヤバイです。まず下痢とか嘔吐が続いてる時は、とてもじゃないけど仕事するのはもちろん、1人で家まで帰る事すら大変に苦労すると思います。で、周りに誰もいない1人暮らしの場合、素直に入院した方が良いかも知れません。人によっては起き上がって病院行ったり食べ物買ってくるとかも出来ないでしょうから。もう一つ大事なのが、これにかかったら極力完治する事。普通の風邪ならうつされても薬飲んだりするだけでも業務は出来るかも知れませんが、この症状の場合は、全く行動不能になると言っても過言ではありません。うつしちゃって「ごめんなさい」で済むレベルではありません。いやホントに。私の家族の内5人は今の家で暮らし始めて3年くらい経ちますが、いっせいにやられたというのはこれが初めてでした。昨日のひとみいごさんのコメントにもあった通り、かなり感染力は高いようです。というわけで皆様、冬もまだ数ヶ月残っておりますので、ご用心を・・・。
2005.01.06
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今日一日の業務を平和裏に終えた午後6時過ぎからそれは唐突に始まりました。(ちょっとキタナイ話入りますのでご食事中の方はお気をつけ下さい。)いきなりものすごく気持ち悪くなり、まず下痢数回。帰宅途中だけでも3回別々の駅のトイレ使ったり。胃の辺りが猛烈に気持ち悪くなり、下痢も出るのはほとんど水になりながら続く感じ。でも、何度トイレにこもっても嘔吐感が消えない。喉元にずっとこみあげてくる感じでした。20代の最期はいつに吐いたかなってくらい吐いた覚えが無いので、酒を呑んでもいないのに吐く事は自分に許しませんでした。が、そうも言ってられなそうな状況になったので、無事ホームタウンの西葛西駅にまで辿り付けたら吐いてもいいと自分に許可しました。まぁ、何とかようようと西葛西駅のホームに降りた時、体は要求しました。私もそれを無視するわけにもいかなくなり、『よし、よくここまでがんばった!』と心の中でだけ褒めて、階段下りて車椅子・障害者用の広いトイレに入りました。ちょっと回りに人がいる所で吐きたくなかったもので。それから便器に顔を向けて口に指を突っ込み!なんてことはしませんでしたよ。笑ダウンジャケットと背広の上着を離れた所にかけ、ネクタイまで外してYシャツの喉元を緩め、『さぁ、来い!』とばかりに手を軽く胃の上の辺りに当てて、こみ上げるのを待ちました。んで、最初は、ンケッ!てくらい軽く、ちょっぴりとだけ出たんですね。あれ、これで終わりかな、って少し待ったら。はい。ンゲッ!って感じで一息に、綺麗に、吐けました。どこも汚さずに。笑これでしばらくの間すっきりはしたのですが、ゲーセン寄った後、バーミヤンで胃に優しそうなフォーガー(ベトナム風うどん)でも食べようかとも思いましたが、胃とか食道の意見は、『却下!』でしたので、タクシーで自宅まで戻りました。会社出て最初の電車乗る前に正露丸買って飲んでたんですが、90分以上経って帰宅した後も家でも下痢は止まらず嘔吐感も去りませんでしたので、しぶしぶ病院行ってまいりませんでした。お医者さんは冷静に症状を聞いた後、『最近、下痢と嘔吐流行ってるからねー』と、母からうつされたのではないかという意見に同意してました。ま、感染手段とか経路とかその他詳細は聞きませんでしたが。で、薬もらって帰宅して、お茶漬けを少し食して無理やり胃を食後状態にして、もらった複数種類の薬を飲み込みました。その薬の内、2種類は母親が普段飲んでる20種類くらいの内にも含まれてるもので、何となく母というかその薬に親近感が沸いたりもしました。(だからどうしたってわけもありませんが)それ以外は、ぐったりしながら電車の中の時間をもたせたる間とか、夜間受付という事で他に待ってる人もいそうなのに各ステップでやたら待たされてる間とかに、司馬遼太郎のエッセイ集、『司馬遼太郎が考えた事1』を読んでたくらいでしょうか。その中の一つ、「請願寺の狸ばやし」というエッセイの中の最期の文章をご紹介致します。『佐名伝(さなて)に灯をともした人、この梨を広めた人、その人はすでに亡いが、その人の子は、世のすべての児童の心に灯をともそうと、いまここにがっちりと立っている。そしてその後ろには元気一ぱいに育っている七人の男の子たちがいる……。 何か、人間が地上に残して行く仕事というものについて考えさせられる晩だった。』それではお休みなさい~。
2005.01.05
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あと5時間もしない内に起き出して今年一年の仕事が始まる名無之直人です。こんばんわ。てか実際にはおはようございます。25日から実際の休みに入っていたのですが、31日まで私事でかかってた仕事があった関係で、本当にゆっくりできたのはその仕事が終わった年明けから昨日まででした。というのが、今日は今日でゆっくり仕事始めの準備でもしようかと思っていた所に、ずっと安定してたと思われる母の具合が悪くなってしまい、家中てんやわんやでした。といっても病院に担ぎ込まれたとかでは無いのですが、要はほんの一日だけ妹の嫁ぎ先に外泊しに行って帰ってきて体力が落ちてた所に兄が引いてた風邪をうつされたらしくそれが原因で今朝から嘔吐と下痢が止まらず、従って具合も体調もよろしくない。健康な人であれば薬飲んで寝て治すだけなのですがね。ルーチンワーク的に定期的に往診に来てくれてるお医者さんがこんなに頼もしく思えたのは初めてでした。点滴を打って、終わったらその針を外して下さいと説明されたのも初めてでした。5時間くらいを目安にと言われてたのですが、寝付いてた筈の母がいつの間にか起き出してトイレに行った時に針が外れてしまい、母が自分で針を刺し戻したらチューブの途中にまで血が逆流して点滴も落ちてない状態になってました。男ですので普段は血を見ません。(職業柄そういう人でない限りそういうものでしょう)医師の方に連絡して、半分以上点滴が終わっているなら、もう外していいと言われて、針外した所にやはり少し血が出てきて、拭き取って絆創膏張り替えてという程度で終わりましたが、なんかこう、やっぱ病人の世話って大変なんだなぁ、としみじみと思いました。で、そんなこんなでワタワタしてた合間にEQ2やら久しぶりにFF11に入ったり、風呂に入った後『荒野の七人』を観て、更にその後メイキング映像特典まで観ていたら、もう寝る時間です。(荒野の七人の所感はまた後日)だから明日から仕事という不安に駆られる暇も逆に無かった。笑仕事は仕事でそんなに心配してません。実際に飛び込んでみるしかないという性質のものだと判ってますからね。なるようになる。恐れる前にヤレ。みたいな。笑おまけ:故途乃葉(コトノハ)
2005.01.04
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完璧な映画。おそらく現在まで作成された映画の中でも最高傑作に数えられるだろう一本。A Master Piece.私が今更言うまでも無い事だろうけど、そういった評価が当てはまる一本でした。私が今までに見た多く見積もっても数百本程度の映画の中で、5点評価なら満点をつける5点の2本目の映画。(もう一本はこちらも映画史上評価が高いカサブランカ)3時間半に迫ろうかという長めの映画ですが、私は全く気になりませんでした。むしろ最近の2時間くらいで物足りなかったり中途半端な内容な物を見せられるよりはずっと満足しました。ストーリーは、野武士(盗賊みたいなもの)に追い詰められた百姓達が村を守る為の侍達を雇って彼らを撃退してもらう、という非常にシンプルな内容です。この年末年始にも沢山の歴史ドラマなどがTVで放映されてましたが、大河ドラマの新撰組!などの他の歴史物にしろ、私がいつも感じる物足りなさをこの七人の侍では全く感じませんでした。それは何か?単純に言うと、役者の質だと思います。七人の侍を観て頂くと分かるのですが、お百姓さんの顔どれ一つ取ってもハマッテいるのです。主役の7人の侍達の顔も演技も質が高いのは勿論なのですが、映画の内容が彼らにフィットしている。役者が映像と物語と比べて上滑りしていない。香取とかその他の役者にしても、他の現代物のドラマならもちろんそう感じはしないでしょう。けれども、見る側からして、ウソくさい、ハマッテいない、上滑りしていると感じてしまえば、もうそこから先見る気は起きないのです。(もちろんこれらは私個人の主観に過ぎませんが)(日本で時代劇を演じられる役者がいなくなっとというのと同じ様に、アメリカでも西部劇を演じられる役者がいなくなったというのは、おそらく同じ次元の出来事。それは演技そのものというよりは、役者の顔立ちや持つ雰囲気などにむしろ左右されるから)大河ドラマに関して言えばだから、視聴者離れを防ぐ為に演技経験の浅いタレント達を多く起用するというのは止めるべきですね。ハイビジョンでも何故か白黒で作ってみるとかもある意味で良い試みでしょう。いやむしろフル3D-CGで作ってみたらイイ線いくかも知れませんね。笑ネタバレな感想文はここには書かないでおきます。しかし、物凄いお勧めな一本である事は確かです。(とは言っても、私自身今日の今日まで気にはかかってても観ていなかったんですがね。笑)出会うに時有り、です。大河ドラマとかラストサムライとかに、何か言葉にしにくい物足りなさを感じた人達は観てみるとその物足りなさが何だったのか氷解する一本かも知れません。さて、明日はこの映画に影響を受けて作られたという『荒野の七人』でも観てみようかな♪おまけ:故途乃葉(コトノハ)
2005.01.03
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さて、昨日に続いて今日もゆっくりしたのだが、ぼちぼち動き出そうかと思う。1月1日の朝刊のTOP記事が、国の人口がこれから減少に向かうというものだった。(yahooでも出ていた記事はこちら)去年一年間の自然増は約8万から10万という事らしい。で、2006年を境に、本格的に日本の人口は減り始め、私がまだ生きている間にももしかしたら一億人を切るかも知れない。さてと、結婚もしてないし子供も作ってない身ですが、総人口が減っていくという事に関してつらつらと考え付く事をテキトーに書いていきます。なぜ人口が減るとヤバイのか?『人口が減ると、都市の過密化も薄れ、通勤ラッシュも楽になり、いずれ受験競争も就職競争も無くなるんだからいいじゃん?』という見方も出来ない事は無いでしょう。ただし、生活レベルというものを考慮に入れなければ、です。人口が減るという事は、それだけ働き手も減りますが、買い手の数も減るのです。つまり日本という市場の縮小と、市場価値の減衰です。単純な例を挙げるなら、100円のものを100万人が買える市場と50万人が買える市場とでは、どちらが魅力的でしょうか?どちらの市場で流通している通貨がより有利でしょうか?日本は原料を輸入して加工した物を輸出して生活必需品や嗜好品を買ってきました。通貨は円です。もし円の価値が人口の減少に伴って落ちていったとすると何が起こるでしょう?つまり単純に生活物資の値段の上昇という形で反映されてくる筈です。それはさらに経済活動にブレーキをかけ、国家財政にさらに悪影響を及ぼし、恐らくは抜け出しようのないスパイラルへとはまって破滅へとまっしぐらに落ちていく事でしょう。SFでも絵空事でもありません。天然資源、例えば石油の枯渇なども今後50年で更に顕著になっていくでしょう。現在1バレル50ドルとかになってる原油相場が単純に2倍になった時、円の価値が半分に下がっていたら、ガソリンその他全ての値段がそれに連れて上昇している筈です。しかし生産者人口、つまり稼ぎ手も半減している筈の日本が、必要とするエネルギーや外貨を全部稼げているだろうかというと、かなり危ういかと思われます。高齢化がもう一つのファクターになる事は間違い無いのですが、ここでは社会保障費(年金とか)以外の事に触れておきます。現在、日本の総資産の少なくない部分を65歳以上の人達が持っています。その彼らがほとんど死に絶える50年後、単純に資産そのものも消える訳ではありませんが、彼らが稼ぎ保持していた資産はおそらく二度と再生産される事が無い、というのがポイントでしょうか。これは輪転機を回せば良いという問題ではありません。さて、悲観的な観測であれば誰でも出来るとして、では何が対策として出来る事なのか考えてみます。政策として、子供を産みやすい、育てやすい社会環境、法環境を作るというのは現政権でも模索していますね。例えば父親が育児休暇取れるようにするとか、育児休暇を取った後に元の職場に戻れるようにするとか。でも、そのくらいだと現在の少子化志向は止まらないと思います。何故でしょうか?まず社会全体が、結婚を前提としたものでは無くなりつつあるからです。つまり、結婚して子供を育てて、というのが人生の価値観の中心から外れてしまっている。30代の独身女性達がマンションを買うという流行が象徴してます。社会全体の就労構造の変化も大きいです。派遣や契約、バイトやパートなどという契約形態で働いている人口の割合が急増し、それに連れて平均所得も実質的には低下しているのに、一年毎、つまり子供の成長や家族の増加に連れて収入も増加するという比例関係には無くなっている特に若年層が多い。要は相手がいたとしても、子供を持てないし、結婚を考える余裕も無い人達が多い。もし結婚出来たとしても、子供は1人までが限界な夫婦が多い。もし適齢期の人口が全て(一度は)結婚して子供を作ったとしても、2人がかりで1人なら単純に人口は1/2へと減っていく。要は結婚や出産・育児や子供の養育費用などについて男性は(もし願望が有ったとしても)青息吐息、女性はその手前の恋愛や結婚などについて反対に凄く冷めた目で見ている、というのが現状なのかな。だからまず優遇すべきは、現在もうくっついていて子供を養育出来る立場にいる人々。要は既婚夫婦でしょうかね。出産費用の一部はもちろん、義務教育費用なんて一切かからないようにしなければならないと思います。冗談では無く、その部分の国家予算から削っていって無駄な公共工事(高速その他や外郭団体への出費)などは残すなんて本末転倒もいいとこです。次に出来る事は、これは非現実的に聞こえるだろうけど、日本の人口が1億を切る(つまり国の価値がそこまで落ちる)前にしか出来ない事ですが、結婚や出産を望まない日本の女性を当てにするのを止める事。ハイ、物騒に聞こえるのはもちろん承知してます。具体的に言うと、日本より国力の低い海外の国から、結婚や子供を持つ事を望んでいる男性達に嫁をあてがう事。(まぁ、私自身も含めてそれを潔しとしないというか単純に断る人も多いでしょうが)でも、国という立場からすれば、四の五の言ってられない状況なのです。国民の義務として、1人につき1人の子供を残すように法律で決めたとしても、人口は微妙に減っていくからです。なので、聞こえは非常によろしくないし、実現味も低いのですが、前提条件として、・その結婚期間中に最低でも2人以上の子供を設ける事。・それまでの離婚は(肉体的な暴力行為とかが無い限り)認めない事。・離婚したとしても子供の国籍は日本国籍になる事。などは、連れてくる嫁さん達に呑んでもらっておかないといけないのでしょうね。それらをもし実施したとしても、実質の出生率が2%を越えるかどうかは微妙な所だと思います。(2人子供を作るまで離婚を認めないなんて相手の人も国もまずのまないだろうし。もしその条件が無ければ無いで、何も日本の事がわからない人を連れてきて見合いで結婚させても、何にもならないまま離婚するカップルが激増するだけに終わりかねない)でもね、結局の所、日本人という民族が、日本という国を見限っているとしたら、それを維持しようとする努力自体がそもそもの無駄ということなのかも知れませんが。笑だから私からすると、日本という国の魅力を上げて、どんどん外から人に入って来てもらって、『国籍』という考え方ももっと柔軟にして、少子化という問題が実は国の財政とか憲法とかのあり方と密接に関わっているのをもっと真正面から捉えて日本人達自身が日本という国を残したいと思えるようにならないと何をやってもダメなんじゃないかな、と思います。以上、長々と、書初めに代えて。
2005.01.02
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(略キャンセル)おめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。ってわけで、今日は久々にゆっくりした一日だったのですが、その締めくくりにチャウ・シンチー監督の『カンフー・ハッスル』を見て参りました。あの『少林寺サッカー』の監督の最新作なのですが、いや笑った。良く出来てる。話も練られてるし編集も細かい所まで行き届いていて、CGやカンフーも食傷気味にならない程度にちゃんと活かされている。何よりすばらしいのが、もちろん観に行かれる方が一番気にするだろう「笑えるポイント(度合い)」。この映画の可笑しさを言葉で表現する事は不可能だけど、「少林寺サッカー」より良く出来ていると思います。映画としてね。それから、これはこれから観る方々へのアドバイスなのですが、パンフレットは鑑賞前に買って読んではダメです。買うのはOKだけど読んではダメ。全く事前情報無い方が、絶対に笑えるからです。評価としては、5段階評価なら4。100点満点なら85点くらいかな。確実にお勧めできる一本で、これは是非劇場で楽しんでくださいな作品です。以上、カンフーハッスルはここまで。その後、「ハウルの動く城」2回目観たりもしました。1回目観てから原作読んだりして、今回は全部把握してからの2回目だったので、「ああ、ヒントがこんな所に」という視点で観れました。マルクル萌えな方々の視点にも改めて注目してたりする余裕もあったくらいです。笑まぁ、脳内で全部話の欠落部分が補完されてるので、1回目より楽しめました。それでもやっぱり原作の方が私は好きですねぇ。活字派というだけでなく、話が原作のままのが良くできていたからと思うので。ま、こんな感じで今年もゆるゆるといろいろがんばっていこうと思います。本年もよろしくな方よろしくです♪
2005.01.01
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