脳筋の脳筋による脳筋の為のブログ

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2020/11/17
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カテゴリ: RDR2日記





僕は今まで魔法など存在しないと
言ってきたが、実は嘘だ。
どんな困難もたちどころに吹き飛
ばしてしまう秘密の呪文を僕は知
っている。
鏡の前に立ち、自分自身に向かっ
てこう唱えるんだ。


(Why don't you do your best)

           上田次郎



若い頃はゲームに関してはどんな些細な要素でも意欲的にやり込み、全力で攻略に取り組んでいたように思います。

歴史シミュレーションに夢中だった頃は全国制覇を目前にして進行を止めて内政や人材育成に全力を注いでパラメータの最大値を目指し、RPGに夢中だった頃はクリア手前のデータで攻略本片手に全ての隠し要素を遊び尽くし、格闘ゲーム全盛期の頃は明け方まで必殺技の特訓に夢中になり、実生活に必要な時間以外はゲームをプレイする時間に注ぎ込んでいた記憶があります。

15年ほど前、FF11(FINAL FANTASY XI)をプレイしていた当時は、毎日のように明け方5時まで夢中になってプレイし、3時間仮眠して朝8時に起き、通勤電車に30分揺られて9時出社でも全然平気で、自分はショートスリーパーだから3時間睡眠でも問題ないんだと考えていました。



果たして仕事にそこまでの情熱を持って取り組んでいたのかは忘却の彼方ですが、若さ故の過ちか、学生時代は一応体育会系の部活に所属していたので無駄に体力には自信を持っていたのでしょう。

あれから時は流れ…ここ数年はRPGのような地道に経験値を貯めてムービーを眺めるだけのシングルプレイのゲームへの興味が薄れて、マルチプレイ前提のオンラインゲームを1本だけ選んで長期間プレイするようになりました。

当然ながら今よりも時間も体力も持て余していた10代、20代の頃と比較するのは酷な話ですが、その世代ごとの家庭環境の変化に伴い、ゲームに対して重要視する要素も今と昔では大きく変化しています。

その大きな要因としては、やはり老化による気力と体力の低下が一番の理由で、次にムービー垂れ流しでやり込み要素の少ないエンディングを迎えたら何の余韻も残らないゲームに時間を割くほどの余裕がない事が理由として挙げられるかと思います。

地道な単純作業をソロで孤独にやり込む気力もなく、何度も失敗を繰り返して壁を乗り越えていく過程を楽しむ余裕もなく、オンラインに出向くのも馴染みのメンバーと交流するのが主な目的で、常に誰かの力を借りて楽して遊びたい考えが根底にありました。





そんなモンハンシリーズを離れるきっかけになったのが、MHW:IBが終焉を迎えて徐々に新要素の追加ではなく難易度だけが上がり続け、即死級の技を多用する追加モンスターに何度挑んでも勝てない事に苦痛を感じ、純粋に狩猟する楽しさよりもつらさの方が上回ってきた事に起因しています。

そもそも自分がモンハンに求めていたものは、現実には存在しないはずのモンスターがまるで実在しているかのようなリアルな挙動で動くところに魅力を感じていた訳で、一部ユーザーの意見で難易度だけを追求した結果、生物としてあり得ない動きをするようになったモンスターに興味が薄れてしまうのは自明の理でしょう。

PS4でMHW(MONSTER HUNTER:WORLD)が発売された当時、モンスターの生態や環境生物など様々な環境を利用する事でハンター側に有利な狩猟が可能となり、地形の高低差を活かした立体的な狩猟を実現した新機軸の画期的なシステムが斬新に感じられました。

ところが最新版のMHW:IBでは、MHWで導入された環境利用による自由な狩猟スタイルがあっさりと切り捨てられ、追加モンスターは時代に逆行するような斜面の少ない平坦な地形の円形エリアに閉じ込められ、近付く事さえ困難な範囲攻撃を多用し、攻略方法さえも効率を求められる、狩っていてつまらないモンスターばかりで魅力が半減しました。

ちょうど時期的に新型コロナウイルス感染症の影響で不要不急の外出自粛が要請され、次第にMHW:IBに興味が薄れてきていた頃合いだったので、暇潰しに昔からずっと気になっていた『レッド・デッド・リデンプションII』(以下、RDR2と表記)の購入に踏み切りました。





オープンワールド特有の自由度の高さで、あまりにも広大な箱庭世界に膨大な遊びの要素がこれでもかと詰め込まれており、用意された数多くの選択肢からプレイヤーが自分の意志で取捨選択しながら自由に行動していく事になります。

某ゲーム誌のRDR2レビューに書かれていましたが、現実世界におけるリアルな人生を考えた時に、全ての行動パターンを選択したり、選択を選び直してやり直すことは不可能で、つまり人生とは「何をしたか」と「何をしなかったか」で構成されていると考察されていました。

つまりゲームで現実味のある世界観を再現するには、プレイヤーに多くの選択肢を用意し、行動の途中であっても別の選択肢にて分岐する可能性を与え、進むべき道が一方通行ではなく複数に枝分かれしていく自由なゲーム性が理想だと考えられます。

この観点から考えると、RDR2のシステムをベースにオンライン化した『レッド・デッド・オンライン』(以下、RDOと表記)におけるプレイスタイルは、現実世界のリアルな人生と同様に全ての要素が強制ではなく「やってもいい」し「やらなくてもいい」という究極の選択の連続で構成されていると言っても過言ではないでしょう。

ゲームの要素として、ストーリーミッションや密造酒ミッションなど、他のゲームと同じように一連のクエスト的なものも存在しますが、そんなものは全て放置して西部開拓時代の住人として荒野での放浪生活を体験する人生シミュレーションとして遊んでも十分に楽しめるだけの様々な遊びの要素が用意されています。

その他にもPvsPに特化した"戦闘シリーズ"や"レースシリーズ"、他のプレイヤーと協力プレイが楽しめる"職業招待イベント"、毎日課される"今日の挑戦"など、その日の気分によって自由に選択して遊ぶ事が可能となっています。

それらの全ての要素を遊び尽くすには膨大なプレイ時間が必要となるので、自分が一番やりたい事を優先して他を諦める必要があるのですが、それぞれの要素でゲーム性も違うし、プレイヤーによっては向き不向きもあるので、各自のプレイスタイルによってはゲームの評価が大きく割れてしまう結果になるかと思われます。

そんな理由から「個人的に作品としては最高評価だけど決して友人や知人にプレイを推奨できない」という、一見矛盾した考えが頭に浮かび、一緒に遊ぶ仲間を増やしたいけれども気軽に他人を誘えないというジレンマを常に抱えているのです。



さて長々と与太話を書いてきましたが、ここで無理やり話題をタイトルに戻すと、RDOにおいて「ベスト」とは何かと考えた時に、無理して全ての要素を遊び尽くす事ではなく、自分の置かれた生活環境から判断し、どの要素を選択してどの要素を捨てるかが重要なのではないかと思います。

広大な世界に点在する様々な遊びの要素は、「何をしたか」「やってもいい」を構成する要素であり、逆に「何をしなかったか」「やらなくてもいい」を構成する要素でもある、架空の世界でリアリティを追求する為に用意された「選択肢」に対する「答え」だと思います。

他のゲームと同じように「ベスト」を尽くして本気でやり込もうと思ったら、現実世界に悪影響を及ぼしてとんでもない事態に陥ってしまう可能性があるので、あまり気負わずにほどほどに遊ぶのが一番という回答になるのではないでしょうか。









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Last updated  2020/11/17 07:05:38 PM
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