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ホームページブログランキングポチッとお願いします。絶賛発売中日高義明著・北インド紀行購入場所↑ここ ↑ここ何処かの国のバカなこんな名前の大臣が「久間防衛相」原爆が落とされたから戦争が終わったとのたまって居ります。何を馬鹿なことを言っているんでしょうか、それ程アメリカを擁護したいのでしょうか?無抵抗の人間の住む街の中心に2個もの原爆を落とした国を擁護する発言には驚きました。原爆など落とさなくても、後1ヶ月も持ちこたえられない日本に原爆を落としたのは、もうこの時点で、アメリカは日本など目に無かったんです。それ以後の対ソ連を見据えた末の抑止力のために世界に原爆の威力を見せたかっただけなんです。落とそうが落とすまいが燃料も底を突いた日本には戦う力など無かったのにアメリカは悪魔の兵器を使ったのです。おバカな大臣の言葉に惑わされないようにしたいものです。何処までヤンキーに媚を売れば気が済むのでしょうか、ヤンキー道ずれに三途の川でも渡りたい気分です。かしこ!どれだけ悲惨であったかこれを見ればあのような言葉は出ないでしょう。
2007年06月30日
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ホームページブログランキングポチッとお願いします。絶賛発売中日高義明著・北インド紀行購入場所↑ここ ↑ここ日本政府は弱い国民は死ねと言わんばかりに弱者の面倒など見ないで他国に援助していますが、最近体が悪くて一人暮らしの老人が入院している所まで行って税金の請求をしたり、家族二人暮らしで、一人が病気で看病しながら少ない給料で生活している人が生活補助を要求しても全く無視して話にも乗ってくれない自治体が多いようである。まだまだ沢山このような事例があるのに、政府は見てみぬふりをしています。そして北朝鮮やその他、開発途上国には二つ返事で援助をしています。アメリカが軍事援助金を出せと言えば直ぐに出します。これで良いものなんでしょうか?自国民の弱者を豊かにしてから援助しろと言いたくなる思いです。こんな悪政をして成功した国は殆ど無いのである、早く下らない援助だけは止めて欲しいものである。
2007年06月29日
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ホームページブログランキングポチッとお願いします。絶賛発売中日高義明著・北インド紀行購入場所↑ここ ↑ここ今日のウォーキング中、港で釣りを見ていたら竿の先に付けた鈴が鳴り、釣り人さん勢いよく上げようとしたら凄い引きで悪戦苦闘右へ行ったり左へ行ったりで中々上がってきません。果たして何が釣れたのか周りの釣り人とも集まって来て、一同注目でした。そして激闘、約10分、6メートルほどある港の岸壁から上って来たのは50センチもあろうかと思われる大きなカレーでした。カレイは上げる時に、あの体に水の抵抗を一杯に受けて抵抗するので上げるのがとても大変です。ここの所カレイがだいぶ釣れているようですので、久々にチャレンジしようかと思っています。海が近すぎると何時でも行けると思い、逆に釣りという物は滅多にしなくなるもので、もう数年釣りをした事がありません。贅沢な事を言いすぎですね。(笑)この看板の前で釣れていますよ~!
2007年06月28日
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ホームページブログランキングポチッとお願いします。絶賛発売中日高義明著・北インド紀行購入場所↑ここ ↑ここまたお隣のアホの金ちゃんが日本海に向けてミサイルを撃ったようですが、一体この馬鹿者は何を考えているんでしょう。IAEAの核査察団が入国しているにもかかわらず、馬鹿なことをしています。絶対にこの金ちゃんは核関して、表向きはおねだりするのに都合が悪いので表面的には稼動を稼動を止めるかもしれませんが、また何かおねだりしたくなったらまた始めるでしょう。まったく近所にこんなバカが居ると考えておかないとなりませんね。現在極東に北朝鮮を瞬時に攻撃できる空母が7隻ほど周囲を包囲しているそうですし、原子力潜水艦も日本海に展開しているそうです、これで安心していらるんでしょうか、心配になります。隣組には良い近隣者が欲しいものですね。名前知りません?朝顔の一種かな!
2007年06月28日
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ホームページブログランキングポチッとお願いします。絶賛発売中日高義明著・北インド紀行購入場所↑ここ ↑ここ今日は曇りでしたが蒸し暑かったですね。発電用の大きな風車も南東を向いた状態で、殆ど回っていませんでした。とはいっても我が地方は関東でも1番気温は低く、24度程しかありませんでした。この土地の気温に慣れてしまっているので、この程度でも暑く感じるようです。他の地域の人に聞いたら、今日はこちらよりは気温が高かったとのことでした。人間も長い間同じところで過ごすとこの気候に慣れてしまい、暑く感じてしまうようです。慣れとは恐ろしいものです。決して気温が低いとか高いとかという所ではなく、寒暖の差が少ない所のようです。天気予報を見ているとそれが良く分かります。他の地方の気温が上がってもそれ程上がらず、逆に他の地方が下がってもそれ程下がらず意外と気温差が少ないのです。これは太平洋に突き出した半島へ黒潮がぶつかるからのようです。お陰で雪も滅多に降りません。
2007年06月27日
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ホームページブログランキングポチッとお願いします。絶賛発売中日高義明著・北インド紀行購入場所↑ここ ↑ここ何と驚きこれまでADSLで200メガをダウンロードするのに10数時間時間帯によっては20時間ほど掛かっていたものが、光にしてから初めてダウンロードしたら、何と驚きの8分ほどでした。これには流石に驚きでした。これって本当なのか疑った次第です。(笑)予約して半年待った甲斐がありました。いや実際には開通するまで1年掛かりました。理想を言えば後はお値段をもう少しお安くして欲しいのですが、NTTさん宜しくです。やっと捕らえたシラサギ、田んぼで餌探しをしていたようです。
2007年06月26日
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ホームページブログランキングポチッとお願いします。絶賛発売中日高義明著・北インド紀行購入場所↑ここ ↑ここ今日は午後から雨になってしまいましたが、ウォーキング中に沖の空を稲妻が走り始めて、チョット歩いていると怖いですね。小雨であったので濡れながら歩いていたのですが、流石に昨日はコースは貸切で誰も歩いていませんでした。日曜だというのに雨のお陰で釣り人も居らず寂しいものでした。お陰に今日は漁船は日曜で休みであったので、いつも雨だったら跳ねられる水も問題無く歩けました。雨と雷が無かったら快適にウォーキングになったのでしょうが、今は梅雨ですのであまり贅沢は言えませんね。地蔵さん
2007年06月25日
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ホームページブログランキングポチッとお願いします。絶賛発売中日高義明著・北インド紀行購入場所↑ここ ↑ここ北海道苫小牧市の食肉加工販売会社「ミートホープ」が豚肉を混ぜたひき肉を「牛ミンチ」として出荷していた問題で昨日記者会見した社長その他幹部たちですが、何と恥ずかしいことか、社長がハッキリ罪を認めないのに業を煮やした社員が社長を諭したという一件ですが、本当に往生際の悪い社長です。社員に諭されてやっと本音を漏らすような会社では、今後創業してもこんな会社の物など食べる気にもなれないです。若者ばかりが悪いといわれるが、こんな腐れ爺が居ることも全国の皆さんお忘れなく。では本日は梅雨らしくなって、昔の古傷が酷く、体調不良のため本日はこれにて。港に居た長野松本市からのトラック入港
2007年06月23日
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ホームページブログランキングポチッとお願いします。絶賛発売中日高義明著・北インド紀行購入場所↑ここ ↑ここ街の灯りがとてもきれいなヨコハマブルーライト・ヨコハマあなたとふたり幸せよいつものように愛の言葉をヨコハマブルーライト・ヨコハマ私に下さいあなたから歩いても歩いても小舟のように私はゆれて ゆれてあなたの腕の中足音だけがついて来るのよヨコハマブルーライト・ヨコハマやさしいくちづけもう一度歩いても歩いても小舟のように私はゆれて ゆれてあなたの腕の中あなたの好きなタバコの香りヨコハマブルーライト・ヨコハマ二人の世界いつまでも昭和43年1968年今から39年ほど前にこの歌に憧れまだ高速も田舎には無い時代に濱まで出掛けたものです。夜の濱しか知りませんが、とてもよかったです。まだベーブリッジなど影も形も無い遠い昔の話ですが、夜の濱は良かったです。東京には無い外国の香りのする街でした。最近でも誘われて夜のドライブに出かけますが、今は高速も使えるようになったので大分早く帰ってこれます。夜出かけて夜の内に帰ってこれますので時代は進みましたです。昼で知っているのは元町と中華街くらいなものです。殆ど昼に出かけたことは無いので、夜の濱しか知りません。でも夜の濱はいいですよ。
2007年06月23日
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ホームページブログランキングポチッとお願いします。絶賛発売中日高義明著・北インド紀行購入場所↑ここ ↑ここ俺は馬鹿?かいや馬鹿でも良い、世の中のために許せない物は徹底的に潰します。命も惜しまず潰します。今日買い物に行った帰りに、国道のY字路の交差点で信号待ちしていたら、ナンバープレート折り曲げて見えないようにして、消音器も入っていないマフラーで2台のバイクが横道から俺の前に付きました。ここまでなら何時ものことだと思って目をつぶりますが、信号が青になっても発進せず、暫くこちらも我慢をしていたんですが。国道でトラックや一般車詰まっているのに発進しないので、クラクションを鳴らしました。そうしたら、手で挑発して来い来いとやっています。だから、ウインドーを開けてどけといったら俺の間でマフラーを吹かしながら蛇行運転を始めました。反対車線から抜こうにも国道で切れ間無く車が来るので抜けなかったので仕方なしにお付き合いしていたんですが、流石に頭に血が上ってきたので、プッツンして2台のぎりぎりの間に自分車の頭をねじ込んで2台を分けてウインドーを開いて諭したら、馬鹿やろうといって逃げ出しました。もうこちらも黙って入られません、追いかけていって捕まえたやろうと追いかけて行ったら、車一台しか抜けられない道に入り込んでほっとした様な顔をしてスピード緩めました。ところが俺がこの切り返さないと入れない90度の直角ターンをサイドブレーキで鋭角的に曲がりワンステアリングでタイヤを鳴らして入っていったので馬鹿餓鬼ども流石にこちらが本気だということが分かったようで、急にスピードを上げて更に細い道を選んで逃げ出しました。全て車一台しか通れない90度ターンでしたが、ここはジムカーナーで鍛えているのでこんな狭い直角ターンはお手の物ですので、全て切り替え無しで追い回してあげました。そうしたら今度はメイン通りに出てしまったので、餓鬼どもは二手に分かれて逃げ始めたので、一段高くなった歩道のに乗り上げて逃げた方を俺も歩道に乗り上げて追いかけました。もう直ぐで駅前の交番だったのでそこまで追って幅寄せして止めようと思ったが、寸前で車進入禁止の策に道を塞がれて逃してしまいました。もう完璧に切れていたので、派出所の中に入っていって、お巡りを駆り立てて早くこんな奴だから追いかけろとがなってやりました。しかし困った餓鬼どもですね。誰も注意も叱ろうともしません。昔は他人の子でも叱ってくれたものです。それに対して反論する親もそれ程居ませんでしたが、今は逆で叱ろうものなら逆に親が居直ってきます。安部総理こんな事で美しい日本できるのでしょうかね?教員ばかり虐めているようですが、教員に叱れる力を与えた方が良いと違いますかね。俺は絶対にこの餓鬼どもを捕まえて警察に突き出すつもりで居ます。おおよそ度の辺にたむろしているか分かっているので探し出すのもそう難しいことでもないでしょう。時には一人くらい、」親父の車の腕と、怒らせたら怖いという所を見せてあげないといけないでしょう。待って居ろよ餓鬼ども!!
2007年06月22日
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ホームページブログランキングポチッとお願いします。絶賛発売中日高義明著・北インド紀行購入場所↑ここ ↑ここ今日も暑かった!南が風が今日も吹いて真夏でした。でも私の所は南風でも吹いていてくれさえすれば太陽が当たる部分は暑いですが、南風を受けた部分はとても涼しいです。だから意外と過ごし易いです。要するに、我々の地方の人間がこの気候に慣れてしまっているので、贅沢ばかり言うようになるんでしょうね。暑い暑いといっても関東甲信越では今日一番高かった所より7℃も低く、関東甲信越では一番低かったです。いかに我が地方の人間が贅沢なのかが、天気予報を見て分かった次第です。(笑)危ないオバサン落ちないでね。
2007年06月20日
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ホームページブログランキングポチッとお願いします。絶賛発売中日高義明著・北インド紀行購入場所↑ここ ↑ここ今撮って来たばかりのトランペットという花です。夕方から夜にならないと咲かない花ですが、家ではこの花が庭にトンネルを作っています。とても丈夫で挿し木して置くと直ぐに根付くようです。大きくて豪快な花です。
2007年06月19日
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ホームページブログランキングポチッとお願いします。絶賛発売中日高義明著・北インド紀行購入場所↑ここ ↑ここ日本の技術はまだまだ無限大に伸びて行くと思う。まともな車も作れなかった昭和12年前後に、日本は試作名「十二試艦上戦闘機」後の零式艦上戦闘機をはじめとする軍用航空機に住友金属が開発した超々ジュラルミン (ESD) 等のジュラルミン材を多用していたのです。あのドイツも、アメリカも考えつかなかった性質の素材です。世界各国に超ジュラルミンはあったが、それ以上の物は考えつかなかったのです。 現在でも航空機の機体やネジ、車椅子など多様な場所で使われている。航空機の性能も2000馬力級空冷エンジンでは米軍機もそれなりの燃料と、トラブルの元となっていた補記類、特にガスケット類の材質などが良ければ稼働率も良くなり最低限1対1なら負けることはなかった。日本は効率の良いエンジンを作っている。グラマンF6Fノーマルで2000馬力、水メタノール噴射仕様で2200馬力であったが、エンジン排気量は四万五千ccであるのに、国産の紫電二一型「改」や陸軍の疾風は中島製「誉エンジン」三万七千ccで国内の粗悪品のオクタン価の低い90オクタン以下のガソリンで1900馬力を出していた。これはこの条件下で、更にこの排気量ではとても凄いことだと思われる。今の日本車に通ずるところがある。コンパクトなエンジンでパワーをという効率の良さである。その為に燃費も向上している。この他にも間に合わなかったが、中島の誉エンジンを蹴って、三菱名古屋航空機(現三菱重工)自社で設計したエンジンMK9Aを烈風に搭載したが終戦となってしまった。戦後これら紫電改や疾風は、アメリカの燃料を使用し日本人パイロットがアメリカ機の監視の下、この飛行機を他の基地にフェリーした時、日本機が全開にすると、もっとも優速なノースアメリカン P-51ムスタング「ロールスロイス マリーン」も追いつけなかったという。結局日本の敗戦は、数の論理と人を大事にしなかったことと、更にハイテクに負けたのである。今はハイテクも負けては居ませんし、戦争は負けたが、今は車の世界やその他で世界を征服しています。平和なことで大いに世界を征服して欲しいものである。F-1なども現在見えない部分でも色々な材質が使用されているのである。日本が無かったら世界のレース界も支障をきたすことと成るでしょう。だが、驕れる平家は久からずという言葉も忘れてはいけないと思う。今後若者にも頑張って欲しいと思います。世界も虎視眈々と狙っているのです。日本の技術に栄光あれ。港に居た岸和田だんじり号!
2007年06月19日
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ホームページブログランキングポチッとお願いします。絶賛発売中日高義明著・北インド紀行購入場所↑ここ ↑ここ昨日TVで放送していたが、地球の汚染と破壊が今まで以上に急激に進んでいて、100年単位ではなく、10年単位で考えて行かないと危なくなっているようです。温暖化の結果、太平洋の島々は水没が既に始まっているし、中国のあの大黄河も水が涸れ始めていて、下流まで来る間に水が無くなって、時には海まで届かない状況だそうである。そして北極氷河ばかりではなく、ヒマラヤの氷河も溶け始めていて、そのため海の水が増えているそうで、さらに陸は水没が進んでいるそうです。そして、ブラジルなどの熱帯雨林は、アルコール燃料を作るために一日に京都府の1.3倍の木材が切り出されているそうです。これもガソリンの代わりに使をうとしているのですが、この結果ガソリンは節約できるが、環境が更に悪化しているそうです。木を切ったらCO2を吸って酸素を吐いてくれないので、その内には酸素も少なくなって行くことでしょう。もう次の世代ではなく、現実問題として我々に世代で最悪の事態になり兼ねない状況になって来たようです。土や水、それに草木を大事にしてゴミなどみだらに捨てないようにしたいものです。
2007年06月18日
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ホームページブログランキングポチッとお願いします。絶賛発売中日高義明著・北インド紀行購入場所↑ここ ↑ここ地球環境変化か、今年は梅雨入りは遅いし、梅雨入りしても雨は降らず、真夏のような暑さです。これは間違いなく異常気象になりそうな予感ですが、これも序章で、今年はこれから夏にかけて天候のに関して嫌な予感がします。大きな台風などが来るのではないかと、ここの所とても気になっています。何しろ台風のコースになる場所なので、今年は梅雨明けには周辺を何があっても良いようにして置きたいと思い今から考えています。良い方向になることを期待しているが、ここの所、数年大きな台風が多すぎます。海岸に咲いていた花、名知らず!
2007年06月18日
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ホームページブログランキングポチッとお願いします。絶賛発売中日高義明著・北インド紀行購入場所↑ここ ↑ここ先週のカナダ・グランプリでの、BMWザウバー のR.クビサ選手の事故の連続写真ですが、一瞬コーナー横飛びにスライドしてきて、ウォールに激突した時はセナの事故を思い出しました。しかし更にその ウォールからヘアーピー進入口まで転がって再度ウォールに当たって止まった凄い事故でした。しかし今のマシーンは丈夫に出来ています。 10年前なら重症または死亡のというような事故でした。でも足の骨折だけで済んだようで良かったと思います。という他無いですね。火も出なかったので更に救われました。写真TVスカパーより転載させて頂きました。破片を避ける後方のマシーン
2007年06月17日
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昨日はお天気も良く適当に風もあり爽やかなウォーキング日和でしたが、海はその爽やかな風でも、吹く方向によって海は波を立てます。強い風でも意外と穏やかな時もあります。しかし、昨日は北東の風が少し吹いていた程度でしたが、海岸から陸地を見ると波の飛沫で霞んでいました。その為、波が川へ逆流して白波を立てていました。ということで、何時も今は夜に出漁する船が夕方港を出て行くのですが、今日は休漁で、船は港に係留されている状態でした。漁師殺すにゃ刃物は要らぬ、風の三日も吹かば良いと言うほど風は漁師の天敵です。雨は殆ど問題ないのですが、風には弱い巻き網漁です。自然とは本当に面白くもあり、怖いものでもあります。嵐がかじった傷痕もペンキで癒す暇も無く海の機嫌が変わらぬうちに行こか鹿島灘の沖あたり霧も解(ほど)けて 漁日和どちらの船が大きいか分かりますか。左のは数万トンのタンカーで、右は漁船で200トンほどです。距離感が生んだ目の錯覚です。
2007年06月15日
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ホームページブログランキングポチッとお願いします。絶賛発売中日高義明著・北インド紀行購入場所↑ここ ↑ここいよいよ梅雨に入りました。遅れながらも関東甲信越地方もこれからうっとうしいじめじめした日が続きそうです。今シトシトと外では雨が降っています。そしてチョット外を覗いたら、隣から壮絶な声で罵声と、謝る声が聞こえてきました。夜も遅いのでその声が響いて聞きたくなくても聞こえてきます。兎に角隣が近いとこんな時は煩くて困ります。大変迷惑ですので、夫婦喧嘩は遠くへ行ってやって欲しいものです。生きるの死ぬのというのなら飛んで行きますが、夫婦喧嘩は犬も食わないと言いますので、そっと玄関を閉めました。^_^;
2007年06月14日
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明日は病院に朝8時までに行かないと成らないので、今日の内に日記更新します。今日ニュースで報道されていたのを見たんですが、中国では狂犬病がとても多く何人もの人が亡くなっているそうです。その結果政府が出した回答とは、何と酷いことか、何でもない犬での兎に角犬を飼っている人間は全て犬を自分で殺害する命令が出たようです。自分で殺害しない場合は政府から罰金まで徴収されるそうです。なら何故こんなことになる前に予防接種を国が率先してさせなかったのか?共産国家とは、よう分からん国です。
2007年06月13日
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ホームページブログランキングポチッとお願いします。絶賛発売中日高義明著・北インド紀行購入場所↑ここ ↑ここ昨日はウォーキング中にお蛇様と鉢合わせになり、今年で2度目のご対面となりました。歩いていたら草むらからにょろにょろと出てきて、人の気配に驚いたか、そそくさとブロック塀をよじ登り夏みかんの木に逃げて行きました。最後に挨拶とばかり尻尾を軽くチョンチョント引っ張ってあげたら、更に速度を上げて逃げて行きました。もう蛇の出る季節になったようです。我が家の周辺は本当に蛇が多いです。2メートルクラスは良く見ます。時には3メートルクラスの青大将が道を我が物顔で歩くといえば良いのか、すべるというのか時々脅されます。
2007年06月13日
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ホームページブログランキングポチッとお願いします。絶賛発売中日高義明著・北インド紀行購入場所↑ここ ↑ここ最近ニュースで賑わせている、中国の製品や、リサイクル問題ですが、あれでオリンピック開催できるんでしょうか?お客の使った楊枝を拭いただけで次の人間に出しているようで、そこからはエイズ菌まで発見されて居るそうです。とてもこんな話を聞いてしまうと怖くて中国製品は食べられませんね。先日は中国から原料をアメリカルートで送りそれを加工して販売したら、病気で亡くなった犬や猫が大分出たそうです。もうこれからは中国と書いてあったらスーパーでも怖くて手が出なくなりますね。もう少し経済大国に成りたかったらこんなことは十分配慮して欲しいものです。当分中国産は食べたくないです。海に咲いていた特攻花
2007年06月12日
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ホームページブログランキングポチッとお願いします。絶賛発売中日高義明著・北インド紀行購入場所↑ここ ↑ここ何故か分からんがここの所ウォーキングに毎日行っているが、殆ど雨にも合わず良いコンディションでノルマを消化出来ています。昨日は遠くまで足を延ばしたので、万歩計を見たら27.800歩になっていました。何時もの約倍近く歩いていました。結構慣れてくると4キロのウエートを巻いても何とか歩いちゃうものですね。でも流石に翌日には筋肉痛でした。という事で今日はローペースで海を眺めながら、釣り人の連れた魚を見ながらのんびりとお散歩を楽しんできました。夕暮れの海も良いものですよ。夕暮れの港と太平洋九州軍団コンボイ
2007年06月11日
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各地は落雷や雨で大変なようですが、不思議にも我が地方は暫く快晴が続いています。今日もとても暑かったです。そのため久々に磯の香りをかいできました。何ともいえない江戸紫の味ですね。ご飯だけあればおかずは要らないって感じです。今日は土曜日のせいもなるんでしょうが、お天気も良いのでいろいろな所でバーベキューをしてビールを飲んでいました。悔しい~~~こちらは喉が渇いているのに、旨そうに飲んでおりました。梅雨前の行楽にはまだ余裕がありそうですので一度如何ですか。
2007年06月10日
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ウォーキングの相棒モックンが花に囲まれ気取っています。この相棒がいないとウォーキングもおろそかに名ってしまいます。どうしてかって!それは彼には彼の体内時計があるようで、普段に時間には要求されませんが、いつもの時間になったらぜったに連れて行けと飛びついて来ます。それを置いてゆこうものなら、暫く鳴いています。ということでウォーキングは彼のお陰で半分はしている同じです。でもこいつもタフです。1万歩以上歩く犬もそれ程いないでしょう。歩く時には2万歩近く歩きます。もう直好きな海水浴にご褒美に連れて行ってあげましょう。
2007年06月09日
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ホームページブログランキングポチッとお願いします。絶賛発売中日高義明著・北インド紀行購入場所↑ここ ↑ここ今日に意味には出産したばかりのサメの親子が捕獲され丘に放り投げてあった。体調約4メートル大ものである。こんなのが3頭ばかり陸に揚げられていた。見るに忍びないのは、子供がお腹から飛び出していた。魚のい宿命とはいえ、見るのは偲び無かったです。今後生まれて来るときは捕まらないようにして欲しい物でありる。
2007年06月08日
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ホームページブログランキングポチッとお願いします。絶賛発売中日高義明著・北インド紀行購入場所↑ここ ↑ここ相変わらず止まらないゴミ投棄!何時ものウォーキングコース暫く大量のゴミは整理されて綺麗になっていたのに、在る日捨て始められたら、その翌日から増えること増えること、初めは玩具などが捨てられていたが、その後は色とりどりなものが捨てられるようになって来ました。昨日などは車のサスペンションやショックアブソーバー更にはフロントスポイラーまで捨ててありました。人が捨ててある所に捨てるのは、多少なりにも罪の意識が少なくなるのでしょうか?これからも更に増えて行きそうな気配である。それに引き換え港の公園でスケートボードをやっている若い連中は缶などのゴミを終わったらビニール袋に入れて持ち帰っているようです。これは汚して置くとスケートボードが許可されなくなるので真面目に清掃しています。他の中国人やタイ、フィリピン人が夜来て飲んだ缶ビールなどの空き缶が沢山捨ててあるもんもまで片付けています。これは偉いと思います。それにしても外人どもお前らは最低限の常識くらい人の国に来たら守れ、馬鹿野郎ども。だからアジア人は後進国と言われるんだ。人の国のことなどまったく考えはしない。信号は無視して突っ込んでくるは、自転車は盗んでくるは、夜中中煩く騒いでいる。お陰で夜の公園は女の人などは怖がって行けない状況である。使用者に一言、少しは教育をしろ。
2007年06月05日
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ホームページブログランキングポチッとお願いします。絶賛発売中日高義明著・北インド紀行購入場所↑ここ ↑ここ今の時代にこんな上司がどれ程いるのでしょうか?そしてこんな男がどれ程いるのでしょうか?書 簡 冷え十二月の風の吹き飛ぶ日 荒川の河原の露 と消し命。母とともに殉国の血に燃ゆる父の 意志に添って、一足先に父に殉じた哀れにも悲 しい、然も笑っている如く喜んで、母とともに 消え去った命がいとほしい。父も近くお前たち の後を追って行けることだろう。嫌がらずに今度 は父の暖かい懐で、だっこしてねんねしようね。 それまで泣かずに待っていてください。 千恵子ちゃんが泣いたら、よくお守りしなさい。 ではしばらく左様なら。父ちゃんは戦地で立派 な手柄を立ててお土産にして参ります。 では、一子ちゃんも、千恵子ちゃんも、それま で待ってて頂戴。 陸軍特攻第四五振武隊:二式複戦一〇機:知覧発藤井 一 命 陸軍中尉(戦死後・少佐)享年二九歳藤井中尉は本来、特攻隊員になる必要がなく、またなれない立場にあったのでした。ただ本人の強い愛国心と指導者としての責任感から、わざわざ特攻を志願したのでした。藤井は茨城県の農家に、七人兄弟の長男として生まれた。親としては家業を継いでほしかった。しかし、本人の強い希望で陸軍に志願したのであった。機関銃隊の歩兵として入隊したのだが、特別に有能だった藤井中尉は抜擢され、陸軍航空士官学校に入校。そして卒業するや、熊谷陸軍飛行学校の中隊長として赴任したのであった。中隊長の藤井中尉はパイロットではなかったので、生徒に教えたのは精神訓話であった。藤井がパイロットを志願しなかったのは、歩兵科機関銃隊だった頃、中国戦線で迫撃砲の破片を左手に負い、操縦桿が握れない手になっていたという事情があった。当時の精神訓話といえば、軍人精神を叩き込むことも大きな狙いであり、軍人勅諭にそっての、これまた厳しい鍛錬であったという。忠誠心が強く熱血漢の藤井中尉は、心根は優しくても教育はけっし甘くなかったという。藤井の口癖は「事あらば敵陣に、あるいは敵艦に自爆せよ、中隊長もかならず行く」これは「特攻攻撃」が開始される前から、藤井が口癖のようにいつも生徒に言っていな言葉であった。が、まもなく「特攻」がはじまって、結果としてそれは、大切な可愛い教え子を自分の手で死地へ送り込むことになったののでした。藤井中尉は苦しんだ。自責の念にも駆られた。「俺もかならず後から行く」といって生徒を行かせておきながら、自分はただ座して教育するだけ、その繰り返しに耐えられなくなった。このままでは自分は教え子との約束を果たすことはできない。他の教官たちがなんの疑問も矛盾も抱かずにやっていることだったが、自分に厳しい藤井には、そういう自分が許せなかったのでした。自分の教えを守って、つぎつぎと将来あるはずの純粋な教え子たちが、毎日、敵艦に突っ込んで行く。あいつも、あいつも・・・俺はいつまでこんなことをしているのか。藤井はついに「特攻」を志願した。しかし、受け入れられなかった。学校を仕切っている重要なポストの中隊長に、任務を離れられては困るからだ。自分の立場での責任を果たせ、という軍の理屈は当然だったが、藤井にも解っているのだが義憤に駆られた藤井には、どうしても生徒だけを死なせることが納得できなかった。生徒と教師の間の誓い、命をかけた誓い、男の誓いを、藤井はどうしても破るわけにはいかなかったのである。断わられても、断わられても、藤井は「特攻」を志願した。藤井一中尉の妻・福子(当時二十四歳)は、夫が「特攻」を志願していることを知った妻・福子は仰天した。妻として、二人の子を持つ母として、それは絶対に納得できるものではなかった。それが天命ならいざ知らず、本来のあたえられた責務を放棄してまで、なぜ?なぜわざわざ特攻を志願して死のうとするのか。福子はどうしても理解できない。毎日、夫を説得した。藤井は当時、深谷市の自宅から、やはり近くに下宿していた部下の嶋田准尉といっしょに自転車で飛行学校に通っていた。軍隊では下士官は外に出られないが、曹長になると営外居住が許され、少尉になると週番以外は全員が外に居をかまえて通っていた。藤井は荒物問屋を営む中島家の離れを借りて、妻福子と三歳になる一子、まだ生後四ヵ月にしかならない千恵子の四人で暮らし、そこから熊谷飛行学校に通っていたのである。だから、福子は夫の特攻志願を知ってから、毎晩、勤務から帰って来る夫に、特攻志願を思い止まるよう説得したのだ。説得し、哀願した。言い争いも二度や三度ではなかったという。福子の実家は高崎市の商家で、三女として生まれた彼女はピアノや歌をたしなむお嬢さんだったが、戦争がはじまって野戦看護婦として勤務していた。藤井と知り合ったのは、藤井が中国で負傷したときであったという。戦場での出会いであり、福子は軍人としての藤井中尉と交際し、恋愛結婚したのである。だから藤井が「軍に忠、親に孝」をモットーとする愛国心に満ちた熱血漢であることは充分に承知していた。誇りにもしていた。しかし、結婚して二人の娘をもうけて、飛行学校の中隊長にまでなって、順当に暮らしているのに、どうしてわざわざ本来の任務を離れて、特攻を志願するというのか。福子にも夫の考えが解らないわけではなかったが、教え子との約束だから、学生たちが可哀相だから、申し訳ないから、気がすまないから、という気持ちは解っている。しかし、それは指導者全員が背負っている宿命的感情だ。司令官だって、一参謀だって、同じはずだ。それなのにどうして夫だけが、ちょっと夫の考え方を変えれば、視線を変えられれば、と福子は思う。しかし、夫の視線は妻子の方ではなく、頑固に遠くばかり見ていた。学生たちと交わした約束のために、妻と可愛い二人の子供を見捨てて、どうして死にに行くの軍人なのだから、戦場に行けば戦死することは覚悟している。しかし、特攻の許可が出ない立場の人間が、わざわざ何度も特攻志願をするというのは、死ぬために行こうとしているとしか思えないのである。特攻として死ぬ覚悟をしている夫と、夜をともに過ごしながら、福子は誠心誠意、根限り夫の心を掴もうとした。妻としてあらん限りの愛と知恵と、二人の子供も盾にして命をかけて戦った。しかし、夫の決意は変わらなかった。「愛」は「忠」に勝てなかったのだ。これは妻として女として、耐え難い屈辱であり、敗北だった。完全に敗北を認めたとき、福子が選んだ道は死であった。二人の子供を道連れにしての無理心中である。それを決行したのは夫・藤井中尉が週番司令として一週間、隊に宿泊勤務し、家を留守にしていたときであった。日が暮れるのを待って、福子は机の上に夫宛の遺書を置き、身仕度をして永の門出をしたのである。二人の子供に晴れ着を着せ、自分も身仕度をして永の門出をしたのであった。日が暮れるのを待って、福子は机の上に夫宛の遺書を置き、二人の子供に晴れ着を着せ、自分も身仕度をして永の門出をしたのである。昭和十九年十二月十五日の早朝、藤井の家の近くを流れる荒川に、二人の子供を紐で結びつけた母子三人の痛ましい溺死体が浮かんだ。近所の住民の哲言から藤井中尉の妻と子供であることが判明し、すぐに熊谷飛行学校に連絡された。知らせを受けた藤井中尉は、鳴田准尉といっしょに警察の車で現場に駆けつけた。あまりにも大きな不幸だったので、隣りに座っている鳴田は慰めの言葉も出なかった。「焔は、今日は涙を流すかも知れない。今日だけはかんべんしてくれ、解ってくれ」呻(うめ)くような声で藤井が言った。師走の荒川べりは、凍てついた風が容赦なく吹きつけ、歯が噛み合わないほどに寒かった。流れの中を一昼夜も漂っていた母子三人の遺体は、福子の最後の願いを物語るように、三人いっしょに紐で結ばれたまま蟻人形のように並んでいた。
2007年06月03日
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ホームページブログランキングポチッとお願いします。絶賛発売中日高義明著・北インド紀行購入場所↑ここ ↑ここ4年前に楽天で知り合った友達が亡くなって先月の26日で丁度3年になりました。この時は毎日必ず日記を付ける人なのに26日を境に数日、日記を更新しなくなったので、気になり電話をしてみましたが出ませんでした。もう1日待っても日記も電話も全く繋がらず、一人暮らしの人なので、その人が住んでいる場所は市営住宅なので、その市のサイトへメールでをしてみましたが、何の返事もありませんので、もう面倒なので最寄の警察を探して、第三者が捜索願いを出しても良いかと訊いたらOKという事で、直ぐに頼みました。そうしたら1時間ほどで親御さんから連絡があり、自宅で心筋梗塞で亡くなっていました。良くみると5月26日の日記の返信が以下のような物だったので、一寸気にはなったのですが、相当に体調が悪かったのが後になってうかがえる返信でした。以下のような書き込みでした。一番下のキエルという言葉がとても気になりました。何か嫌な予感を感じさせる言葉でした。(ノ゚ο゚)ノ オオオオォォォォォォ-一番乗りかい(~o~)好かったね元気になれて(^o^)丿ガンバ!何か今日は疲れた・・・[枕]_ノ(・・ノ)サッ。。。((/``)ノ⌒?ポイッキ( ̄□ ̄ *)エ( ̄□:;.:... ル( ̄:;....::;.:.ゥ :::;..::;.:... (5月26日0時29分) そして初めにメールを出した市役所は警察から言われてメールを確認したそうです。行政とはこんなものなんでしょうかね?情けなくなりました。数日後、福祉課の課長とやらが電話をしてきて平謝りでした。そこの市では月に1度もメールを確認していなかったそうです。今後は毎日確認することを確約して電話を切りました。なんといい加減なんでしょうかね。それにして私もアホなんでしょうか!毎月命日になるとまだ残っている楽天のサイトの掲示板に書き込みに行っています。でもこれも供養になるのかな?それにしても事件性が無く本人が家で亡くなっていたのが救いです。合掌!!
2007年06月03日
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昨日のウォーキングで気が付いたのだが、何か知らないが港の防波堤を壊していました。何をするのやら、これから梅雨になって豪雨になったら上流からの水量が多くなって港に水が溢れない間に元に戻して欲しいものである。何しろ日本一の川幅の大河の水量は凄いです。ちなみに遠くに見える橋も川に架かる橋では日本一ですが、対応年数が過ぎたので、隣へ今建設中。今度は吊橋になるようですので完成が楽しみです。今この橋で話題は、有料なのか無料なのかの話題です。この橋は我が町と茨城県を結ぶ幹線道路ですので交通量が途方も無い数ですので、皆気を揉んでいるところです。毎日仕事で通う人は大変な負担ですので気になるところです。
2007年06月02日
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昨日は病院の帰りに携帯を掛けながら、ブラインドの直角になっているコーナーの我々の車線へセルシオが突っ込んできました。あと30センチ位の所で止まりました。もう完全に切れましたもので、降りていってどやしつけてやりました。1発蹴りを入れるとこちらが障害で捕まりますので、散々お説教をして上げました。こちらはヒートベルトをしていたからまだしも、相手のタコはベルトもしてないで、携帯を掛けてよそ見運転です。でも流石に自分が悪いと思ったのか、散々こちらに言われてもただ謝るばかりでした。あれで居直ったら警察に電話してやろうかと思いました。真正面へ飛び込まれたら流石に焦りましたよ。インコースを通ると時は見通しの利くコーナーでやってくれ。タコが!危なく入院だったぞ!今日はエイが昨夜夜更かししたらしく、港の道路で寝ていました。危険だから注意してね。
2007年06月01日
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