明日に架ける橋 Bridge Over Troubled Water    ケン高倉☆彡

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2005年10月14日
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直接著者より購入出来るそうです。


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1964年にF2で頭角をあらわし、その年のアメリカGPにスポット参戦の形でデビューした男、ヨッヘン・リント。

1969年ロータス移籍後の初優勝で開花する。

翌年1970年は5勝を上げチャンピオン街道をまっしぐらに走り、迎えたイタリアGP、予選初日のパラボリカにてコントロールを失いガードレールにクラッシュし、命を落とした。

この後、ジャッキー・イクスのみが逆転チャンピオンのチャンスを持っていたが、アメリカGPで4位に終ったため、ヨッヘン・リントのチャンピオンが確定した。

死後にチャンピオンとなったヨッヘン・リント、死して本懐を遂げる。
この頃F1GPは日本国内では、数ヶ月に一度ほど録画でのみ、間瀬明氏の解説でテレビ放送が放映されていた。この後、日本から生沢徹がヨーロッパF2にチャレンジこの当時は、F1ドライバーはF2と掛け持ちでドライブしていたので、生沢もこの連中と走っていた。

その後、後を追うように日本の期待の若手の風戸 裕がチャレンジする。
それから暫らく後に、桑島正美がF3へとヨーロッパへ渡った。
しかし、彼も帰国後GCなどで暫らく走ったが、シャブで捕まりその後は姿を見ない。
岩城晃一、舘ひろしなどと爆発暴走族と言う東映映画などにも出演した。イケメンだったが、残念ながらレース界からは姿を消した。

風戸はこの後、富士GCシリーズで東名自動車社長、鈴木誠一と共に、黒沢元治、北野元選手等の事故に巻き込まれ事故死した。

風戸は翌日シェブロン・ワークス入りのため、ヨーロッパへ旅立つ矢先の出来事であった。
それにしても、GCレースは後半のシングルシーターより、ツーシーターのが
バランスはどうあれ楽しかった気がしてならない。シングルシーターになってからは、F2と共用でシャーシを使用出来るので経済的には助かった様ではあるが、やはりツーシーターの、マーチ、ローラ、シェブロン、GRDなどの
ツーシーターがお好みでした。


昔から日本にも海外へ目を向けていたいた連中が居たのである。

嗚呼~何か久々に懐かしい名前を思い出して書いてみました。
やはり私はおじさんでした。変なおじさん!!(笑)


昨日病院で会った懐かしいスバル360、西のワーゲン東のスバルと呼ばれた!私しゃ16歳の内から乗っていたが。こいつの一速をぶちかますのにはチョットこつを飲み込まないと難しかった。下手な人間だと完全停止しないと入らなかった。一速はノンシンクロであったからWクラッチを必要とした。こいつのお陰で今でもヒールアンドトーで一速まで回転を合わせて落とせる様になった。
運転は理屈より実戦あるのみである。それから理屈をコケは良い。
しかし、この後出て来たNコロには驚いた。100キロをオーバーして、120キロ以上回った。常時噛み合い式のミッションにはチョット戸惑ったが。それを追うように出てきたのが、スズキのフロンテの360SSである。後にSSSとなる。こいつは当時画期的な加速を見せ今ではお笑いだが、0~400、20秒を切ったのである。この当時のサニー1000は後ろから追い回せた。

それよりも驚くのが、HONDAがS360様に製作したDOHCエンジンを積んだスポーツトラックである。この当時N3が出るまで、軽では日本で一番早い軽であったろう。昔は遅いなりにも夢があった。親父の独り言である!今でも歳など無くガンガン迷惑のかからない所で走っている中年暴走族である。団塊の世代か?(笑)

私の従兄弟の子など、ポルシェであろうが、NSXであろうが、Zであろうが、ガンガン走る。けち臭くは走らない、車は走らせて何ぼのものであると豪語する。飾って置いてはフェラーリーもプラモデルだと言う。

私は車を磨くのも良いが、大事にし過ぎてだらだらは走らない、車は走らせて何ぼのものである。歳だからもう遣らないとは言いません。
好きなのですから、車に乗れる限りにガンガン行くでしょう。
それが出来なくなったら、車など乗るのは止めてもいいと思って居る。
歳など関係ない。外国へいったら60過ぎのバーさんがコーナーでスキール音を立ててコーナリングしていく。こうでないと農耕民族だから、狩猟民族に
レースの世界でも後塵拝するのである。人のテールランプを拝んで走っていては、早くは走れないのである。頑張れ日本人!!

スバル360
HONDAT360
HONDAT360

同T360エンジンDOHC、京浜CV4連キャブ搭載
エンジン
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最終更新日  2005年10月14日 20時34分07秒
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