全41件 (41件中 1-41件目)
1

今年も一年間ありがとうございました。来年もよろしお願いいたします。
2010.12.30

炭鉱の石炭運搬機を比古太は「エンドレス」と呼んで絵のモチーフにしていた。
2010.12.29

絵の中に絵のタイトルを書いてもらってたら俺(息子)としては実に助かるよ。この絵好きだな~。
2010.12.28

タイトルは適当であるクロアゲハでもオオアゲハでもムラサキモヨウアゲハでもかまわない
2010.12.27

サインが「比」になっているそれまでのサインを捨てたのには何か意味があったのかもしれない
2010.12.26

てふてふ古いキャンバスの古い絵のうえに描いている
2010.12.25

2002年9月に胃癌手術。翌月10月退院。生還したという喜びで10月、11月を過ごす。12月師走には再び体調が悪くなり2003年1月再入院。抗がん剤治療を拒否。2003年2月13日永眠。比古太には時世の句などというのはあるのかないのかどれなのかわからないんだがこの3枚の絵が結果的には最期の絵になったわけだ。3枚の絵とも写真ではわかりにくいと思うが葉っぱはぜんぶ紙なんだ。貼り絵になってるんだ。上等じゃない糊を使ったのかはがれるから時々貼ってあげないといけないんだ。
2010.12.24

2002 Aug胃癌が判明したのが8月下旬おそらく体調が悪い中で画いていたんだと想像される。
2010.12.23

人物シリーズという時代がけっこう長く続いたような気がするがそれはぼくがこどもだったからかもしれない。人物No.5とか人物No.6とかそのあたりの数字の記憶が強い。この絵は出品作品で、出品前の記念写真なのだろうか?写真を撮ったのはぼくだったと思う。
2010.12.23

ぶらりぶらり
2010.12.22

虎穴に入らずんば、虎子を得ずこけつにいらずんば、こじをえず 大きな成果をあげるためには思い切って冒険をしなければならないことのたとえ。虎の住む穴(虎穴)に入るような危険を冒(おか)さなければ、虎の子(虎子)のような貴重なものを得ることはできない、ということ。
2010.12.21

いつも最後の晩餐だいつも最初の朝飯だ
2010.12.20

ぼくの渇きの季節は終わらないぼくの飢えの季節は未だつづいている
2010.12.19

観自在
2010.12.18

比古太と親交が深かったTさんやSさんの話によるとぼくのエッセイや短文に感化、挑発されてたとのこと。
2010.12.17

熊谷守一の世界にあこがれはじめていたとぼくは推測してるのだが・・・
2010.12.17

2012年関係の本が多い理由について後日書きます。
2010.12.16

すずめだろうと思う。太ってるから冬かな?秋かな?キャンディーズを連想した。
2010.12.16

これはよく描けてる。絵(版画=きり絵)はうまくないけどうまくないぶん格好つけてないところがいい。ペスとオヤジの空気感が伝わってくる。右上の赤い線は必要かな?要らないんじゃない?ま、消せないからね。作者はあの世だし。長く見てると涙がでそうだ。この2年後に地上を去るわけだからこれを晩年というのだろうか。
2010.12.15

これは短時間で描けそうな気がする。比古太らしい賀状だ。
2010.12.14

こんな手の込んだ年賀状を本当に描いたんだろうか?よほど暇か心に余裕があった1999年だったのかな?
2010.12.13

たしかに青いランプもあった・・・。
2010.12.12

「ななほしてんとう」と名づけたが「ナナホシテントウ」がいいのかな?それとmp「てんとうむし」かな?ま、どっちでもいいや・・・1995年の比古太の賀状。
2010.12.11
It falls in love. Scene at Manhattan the endEyes in woody Allen's glasses interiorIt was as disagreeable as my eyes. I suddenly think Setsu to be unpleasant. The selfishness ..why it requests it..To white and the black at New York night while abhorring itPoor settlement of desireIt is also disagreeable it and again why. should not. than the desire dreamThough it is possible to permit when it is a resolutionYou : the world on the day of midday and the world in the dark. It is alive with change places. Do you see light from the dark well?It walks to transverse in that like an Egyptian wall painting. Wherever you walkMy desire never disappears.
2010.12.10
FabricationThe expedition road dies. Even the smile is spilt. It is necessaryIt doesn't think at all. The hand is shut and eyes are shut additionally. It has become an idol. Aiming at you and a warm soilEven thanks on the death : like doing. Does not a nostalgic song fall?I wanted to throw common tears. We were passed. That moment is ascertainedIt is given up that I become poetry. Spring that dances you in the sky and threw it awayAhead of thatWhat being possible to spell means. The expedition road dies. You become like the fragment. AfterwardsWhether it carved or it flowed backward is not understood. While suddenly listening to a nostalgic songIt lies in the room where the light was turned off. Then, in springBe only in spring for a long time ..playing... From that spring to this springTo the way of the footplate of the extending passageEnd ..most memories... I am called back to hollowness at one time. The expedition road goes by Shin. The train goes in Kon between daybreaks. At last without touching the dreamThe spring of the separation came. It is possible to think of the warmth of the hand. It is possible to think only of the warmth of the hand. You become only a hand. The expedition road dies.
2010.12.10

1994年の年賀状は2種類あった・・・。
2010.12.10

渡り鳥になりたかったのか?韃靼海峡を渡るてふてふになりたかったのか?1992年の賀状は見当たらぬ・・・。どなたかお持ちになりませぬか?
2010.12.09

1991年。大連も旅順もロシア人がつくった町なのかな?「坂の上の雲」を見ていたらロシア人の影響があることは確かだな・・・
2010.12.08

1990年。
2010.12.07

誰をモデルにしたんだろう?孫ふたり?長男5才二男3才わからない・・・よくみたら1987年じゃないかな~?
2010.12.07

1987年の年賀状。
2010.12.06

1986年。こうやって見てると年賀状を一年に一枚つくるのもなかなかいいことなのかも・・・僕は年賀状を廃止して8回目の正月がこようとしています・・・
2010.12.06

1985年の年賀状でもいいのだが「母と子」と勝手に名前をつけてみた・・・比古太の絵をじっくり見たことがないことに気づいた・・・
2010.12.05

比古太51才。今の俺より若いんだ・・・。複雑な気持ちで眺める賀状哉
2010.12.05

1981年の賀状なのかな?「遼東の星」という短文(エッセイ)を書いてた。アトリエに残っていると思う。
2010.12.04

アトリエにはさまざまなランプがあった。その中のひとつである。今は全部のランプが消えた。おふくろが誰かに譲ったようだ・・・
2010.12.03

竹ペンではないだろうか?自作の竹ペンをもっていた。インクは万年筆のインクか墨汁かわからない・・・。
2010.12.03

三菱の油性色鉛筆=DERMATOGRAPHのブルーだけで描いた絵葉書。比古太はダーマトグラフをかなり愛用していた。
2010.12.03

私のDAIRENシリーズの下書きはほとんどクレヨンと水彩絵の具である。この葉書もそのようだ・・・
2010.12.03

あざみの花だろうか・・・
2010.12.02

昆虫がモチーフになったのは熊谷守一の影響だと思う・・・。
2010.12.01
全41件 (41件中 1-41件目)
1