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2026年NHK大河ドラマ 『豊臣兄弟!』のあらすじ及び感想日記です。 この回は前半が山崎の戦いで秀吉(池松壮亮さん)と明智光秀(要 潤さん)が対峙し、後半は弟・小一郎(仲野太賀さん)の嫡男・与一郎(大西利空さん)の死でいよいよ秀吉が天下をとる決意をした、という流れでした。 定説では光秀は、小栗栖(京都市伏見区)の山中で農民の落ち武者狩りに遭って命を落としたとあるのを、このドラマでは秀吉が密かに光秀を生け捕りにしていた、というものでした。ドラマというのはいろいろアレンジというか解釈を変えられるのだなと思いつつ、番組ラストの紀行はホント助かりました。 自分の地元の愛知県やその周辺は、現地がどんなところかと気になればわりと行きやすいのですが、山崎の合戦の現場は行ったことがなく、現代の風景と当時の合戦の絵図があって、すごくイメージがとれました。 秀吉も小一郎も若いころから戦国の世にうんざりしていて、皆が楽しく暮らせる世を作りたくて、信長に仕えて命ぜられるままただただ懸命に働いてきて、でもまだ意識のどこかにはきれいごとを考えてきました。それが信長の跡を継ぐ決意をした秀吉がいよいよ甘い考えを捨てて、この先はどうなっていくのか。 これからは、清須会議、賤ヶ岳の戦い、越前北ノ庄城落城、小牧・長久手の戦い、と実に盛りだくさんです。秀吉と小一郎の兄弟からどのような発言が出て、周囲の武将たちはどう動くのか。地図でのイメージも含めて、いろいろ楽しみです。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 天正10年(1582)6月2日、主君の織田信長が京で明智光秀(要 潤さん)に討たれたと報を受けた羽柴筑前守秀吉(池松壮亮さん)は急ぎ備中高松城(岡山県岡山市)から戻ってきて、京の手前で光秀との決戦に備えました。その光秀は有力な武将たちを味方につけることができないまま山城(京都府の南部)に陣を敷き、弔い合戦のために怒涛の勢いで迫りくる織田軍を迎え討つ備えをしていました。頼みにしていた中川清秀と高山右近も織田方につき、明智家の重臣の斎藤利三(内藤剛志さん)は土佐の長宗我部に織田の背後を脅かすよう書状を送ってはと主の光秀に進言、しかし光秀は、皆が絶対的に恐れてきた信長はこの世にいないから勝機は自分にある、と利三の進言を受け入れませんでした。 そのころ明智との決戦を控えて山崎(京都府大山崎町)に布陣していた信長の三男の織田信孝(結木滉星さん)のもとには、丹羽長秀(池田鉄洋さん)や備中から急ぎ戻ってきた秀吉らが集まり、明智討伐のために出陣しようとしていました。しかし秀吉は、はらわたが煮えくりかえる思いを必死で抑えながら、今すぐに動けばそれこそ光秀の思うつぼだから十分に考えてから動くべし、と進言しました。実際、光秀も「逆上した急ごしらえの織田方を返り討ちにするのはたやすい。皆がわしの首ほしさに勝手に動く。数が多いほど、急ぐほど、足並みは揃わぬ。」と読んでいました。 織田方の軍議では黒田官兵衛(倉悠貴さん)が地形図を広げて諸将らにこれからの作戦を提案しました。しかしその策には乗れないと、この戦で織田方に寝返った高山右近(市川知宏さん)と中川清秀(すがおゆうじさん)が反対すると池田恒興(堀井新太さん)が二人を挑発する物言いをし、3人で激しい口論となりました。その様子を見た丹羽長秀は突然、高笑いをしました。光秀はまさしくこの光景を思い描いて笑っているであろう、と「上様(信長)なら仰せになるはず。」そう言って涙をこらえて亡き信長を偲んでいました。 羽柴小一郎長秀(仲野太賀さん)の進言もあって冷静になった信孝が秀吉の策を進めようとしたとき、伊勢にいる信長の次男・北畠信雄からの急使が来ました。信雄は弟の信孝に、合流して共に父・信長の仇を討とうと呼びかけ、家臣たちもそれがいいと思いました。しかし兄に手柄を取られたくない信孝は、悠長なことを言っていたら明智を取り逃がすと言い、戦場での采配は秀吉に任せ、一気に総攻めをするよう命じました。秀吉と家臣の皆は、信雄と信孝はどちらも信長と長兄・信忠が亡き後の織田家を統率したいのだ、と読んでいました。 そのころ三河の岡崎城では信長の弔い合戦のために本多忠勝(夏生大湖さん)が稽古に励んでいました。しかし主君の徳川家康(松下洸平さん)から、すでに秀吉が備中から京に戻って明智と対峙しているから西には行かない、代わりに武田勝頼亡き後の甲斐と信濃を平定に行く、と聞かされて忠勝は納得しました。また北陸で上杉軍と対峙していた柴田勝家(山口馬木也さん)は、明智謀反の報を聞いてもすぐには動けませんでした。居城の越前・北ノ庄城(福井県福井市)に戻っていつでも出陣できるよう支度をしていたら、前田利家(大東駿介さん)から上杉勢が撤退するとの報を受けました。これでようやく上様の仇討ちに出陣できると腰を上げたとき、秀吉がすでに備中から京に戻ったと急使が入りました。誰よりも自分が明智を討ちたかったのに秀吉に先を越された!ーー勝家は悔しくてたまりませんでした。 天正10年(1582)6月13日、秀吉は山崎において明智軍と対峙し、陣形を整えていつでも戦える態勢でした。大好きだった亡き信長に思いを馳せる秀吉に、小一郎は兄の気持ちに寄り添おうとしていました。そこへ小一郎の嫡男の羽柴与一郎(大西利空さん)が戦況の報を持ってきました。高山・中川勢が明智方の攻撃を受けて敵陣に攻め入ったと聞き、秀吉もいよいよ動く決断をしました。自分は正面から援軍を送り、小一郎には官兵衛と共に山側から回り込むよう指示しました。与一郎は父・小一郎に同行することを願いましたが、小一郎は彼に、戦況を総大将の信孝に知らせて、そのまま信孝を守るよう命じました。 そして小泉川を挟んで織田方と明智方の激突となりました。開戦のきっかけとなった明智方の攻撃は織田方への挑発であり、織田方は光秀の計略どおりに動くはめになりました。さらに斎藤利三は混乱に乗じて刺客を忍ばせていました。敵の策にはまった高山・中川勢は苦戦、しかし後方より秀吉の援軍が入り、山側からは小一郎と官兵衛の兵が一気に駆け下り、さらに池田勢が淀川を上って明智の横腹を攻めこみ、形勢は逆転していきました。 織田方が優勢になった報を聞いた信孝は、自分も戦場に出て皆を鼓舞したいと思い、丹羽が止めるのも聞かずに兵士たちのところまで出向いていきました。馬上から兵士たちを激励していたとき、信孝が広げた扇を矢が貫通していきました。そこにいた兵士たちの何人かは明智方の刺客でしたが誰も気がつかず、その中の一人が信孝に矢を向けたのを見た与一郎は信孝様を守れという父・小一郎の言葉が脳裏に浮かんだ瞬間、信孝をかばって敵の矢を受けて倒れてしまいました。 戦況が不利になった明智の陣では利三が光秀に、自分たちが敵を引き付けておくからその間に逃げるように進言、光秀はそれを受け入れ居城の坂本城(滋賀県大津市)で待つ、必ず生きて戻るようにと言いました。利三は光秀を「上様」と呼び、再会を約束して斎藤利三軍は織田方に最後の抵抗を見せました。しかしその日の夕刻、明智軍は敗れました。 坂本城を目指す光秀はわずかな供を連れて夜の山中を進んでいましたが、その動きはすでに秀吉に知らされていました。家臣に命じて光秀を生け捕りにした秀吉でしたが、その一方で重症を負った甥の与一郎が秀吉の陣に運ばれてきました。父の言いつけどおり信孝を守ったと息も絶え絶えに報告する与一郎を秀吉は褒め、小一郎には息子を看病するように言い、その場を後にしました。 一夜が明け、捕らえられた光秀は秀吉が待つお堂に連行され、そこでは秀吉が茶の湯の用意をして待っていました。秀吉は光秀に茶を点てながら、あと少しで天下一統を成し遂げられた上様になぜ謀反を起こしたのかを問いました。死を覚悟する光秀は己の思いを込めて秀吉に伝えました。自分も一度は信長がつくる世を信じようと思ったが駄目だった、自分が真にお仕えしたかったのは公方様(足利義昭)ただ一人、信長に奪われたものを今一度取り戻したかった、と。本音を語って思い残すことがなくなった光秀は表情が柔らかくなり、存分に恨みを晴らせばいいと言いました。しばらくしてお堂から出てきた秀吉は、外で待機していた福島正則(松崎優輝さん)と加藤清正(伊藤絃さん)に、秀吉は百姓の落ち武者狩りで命を落とした、首は百姓が我らに届けたことにするよう命じました。 小一郎は重症の与一郎を連れて長浜城に帰っていました。長浜城では身内の皆が与一郎のためにと、この時期は手に入らない干し柿や、山で採った薬草を持ってきてくれました。その与一郎は早く治して父・小一郎の力になりたいと、腕だけでも鍛えようと床で体を起こして素振りをしていました。まだ無理をするなと言う父に詫びた与一郎がふと目をやると、大好物の干し柿がありました。干し柿は父と初めて会ったときのことを思い出す、あのとき自分は初めて己に自信が持てた、父上のおかげと語りました。そんな与一郎に小一郎は、皆がそれぞれに持ち寄ってくれた与一郎の回復を願う品々を見せ、皆が案じているから無茶をするなと諭しました。そんな与一郎は、自分は信孝の覚えめでたい者になったから将来のお家の役に立っていると思う、と父に誇りました。しかしその直後、与一郎は再び倒れこんでしまいました。今晩が峠だと医師から聞き、身内の皆は覚悟しました。自分の枕元で付き添ってくれる義父・小一郎と母・慶(吉岡里帆さん)に、与一郎は絶え絶えの息で最後の力を振り絞り思いを伝えました。「皆で楽しめる、そういう世を父上たちが・・。」与一郎は力尽き、父母に看取られてあの世に旅立ちました。 羽柴家の皆がそれぞれに悲しみに暮れる中、秀吉が戦場から長浜城に戻ってきました。姉のとも(宮澤エマさん)が「あんたが采配したんだよね。」と悲しみの怒りをぶつけても秀吉は何も反論せず、小一郎のところに向かいました。縁側で干し柿を食べながら与一郎を偲んで泣く小一郎。秀吉がそっと声をかけると小一郎は「わしら、いつの間にか偉くなって、いい生活をするようになって、でも(戦があるたびに大事な誰かが死んでいくあのころから)何も変わっとらん。わしらは何のために侍になったんじゃ!」と兄に泣きながら思いをぶつけました。秀吉は弟の顔に両手をやり「お前がわしに言ったのだ。己を責めても何も変わらぬ。この世は何かが間違っておる、と。」そして秀吉は何かを決意した顔で小一郎を抱き寄せました。「だからわしが変える。これはまだ我らだけの秘め事じゃ。このわしが上様(信長)の思いを継ぐ。」信雄と信孝の器量には失望した。そして長浜に信長を迎えたあの日の朝、信長から羽織を賜り、信長という青空の下で自分が太陽になるとあのとき誓った。小一郎には兄の決意のほどがまだよくわかりませんでした。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
July 30, 2026
2026年NHK大河ドラマ 『豊臣兄弟!』のあらすじ及び感想日記です。 今回は、本能寺の変の後で山崎の合戦の前、という流れでした。織田信長(小栗旬さん)が明智光秀(要 潤さん)討たれた後、戦国の世ではそれぞれの立場や考えどんなことが起こるのかをいろいろ見た回でした。 信長と関係の深い者は早く逃げて身を隠さないと危険だから、秀吉(池松壮亮さん)の居城の長浜城にいた者たちは明智の追ってが来る前に逃げました。逆に秀吉は信長を救おうと、備前高松城から大急ぎで京まで戻ってきました。 ただ、この超・長距離マラソンになる中国大返しのシーンは、足軽の兵たちが甲冑をつけたままだったので、あの当時はどうだったのかな?と思いました。というのも、現代のように軽くて丈夫な金属がないあの時代の甲冑はかなり重たいのです。馬についていく全速力での、超・長距離の駆け足です。以前、歴史の番組で、秀吉が大返しをやるときは、武具など重たいものは輸送隊が先に運んでおいたと聞いていて、私はそれで納得していました。だから今回のような、馬でも走るのを嫌がる距離だと、甲冑をつけて走ると落伍者続出なのでは?とも思っていました。 また徳川家康(松下洸平さん)が伊賀越えをせず海路をとったというのも、化かし合いは面白かったけど、詳細は省きますが設定には正直、無理を感じました。 それでも前回、小一郎(仲野太賀さん)が安土に来る途中の宿場で「信長のためにバラまいて無駄になったと嘆いた銭」が、この回では秀吉の、まさに「いざ!」という行軍を助ける結果となり、この展開は面白いと思いました。そして桶狭間の戦いの後で、秀吉と小一郎が信長から褒美でもらったあの草履が、まさかこの回に飛んで出てくるとは全く予想していなかったので、これは本当に感動でした。 信長の死を絶対に受け入れなかった秀吉と、光秀をナントカときれいごとを考えていた小一郎が、最後には二人とも考え方を180度変えて、二人で心を合わせて光秀討伐を決意しました。次回の山崎の合戦がどう描かれるのか、楽しみです。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 天正10年(1582)6月2日、織田家の重臣・明智光秀(要 潤さん)が謀反を起こし織田信長(小栗旬さん)は本能寺で自害、遅れて寺に到着した羽柴小一郎長秀(仲野太賀さん)は信長がいるはずの寺が燃え盛るのを見て愕然としました。 一方、明智家の重臣の斎藤利三(内藤剛志さん)は家臣たちに寺の焼け跡から信長の首級を探すよう命じていましたが首級は見つからず、光秀は利三に首級を必ず見つけ出すよう、さらに羽柴兄弟からの今後の報復を防ぐためにも、小一郎が京にいるはずだから捕らえるよう命じました。 京の町の人々は、明智光秀が信長を討った、信長の生死はどうなのか、次の天下人は明智なのか?と口々に話していました。京の町には織田の残党狩りと小一郎を探すために明智勢が歩き回っていて、その様子を確認した浅野長吉(秀吉の義妹・ややの夫;大地伸永さん)は秀吉が贔屓にしていた遊女屋に入っていきました。 このとき小一郎と前野長康(渋谷謙人さん)と藤堂高虎(佳久創さん)は実は明智の追手から逃れるために女将の吉祥(鶴田真由さん)にかくまわれていました。長吉は京での明智勢の様子を報告し、二条城にいた信長の嫡男・信忠の生死が確認できないことから、もしかしたら上様(信長)と共に信忠も生きているのでは?と一縷の望みをかけました。しかし小一郎は、あのとき燃え盛る寺の中から明智の足軽に扮して出てきた森乱(信長の小姓;市川團子さん)から上様を守れなかったと聞いていたので、信長の死を確信していました。 ただこうなった以上、ぐずぐずはしていられません小一郎は長康に、文をしたためるから一刻も早く備中で高松城(岡山県岡山市)を囲んでいる兄・秀吉にこの変事を知らせるよう、長吉には急ぎ身内と家臣たちが残る長浜城に走って皆を逃がすようにと頼み、二人は快諾しました。そして高虎には、畿内周辺の諸将が明智につかぬよう足止めをするよう頼みました。その際には、信長の生死がはっきりしないうちは明智につくか迷う者も出てくるから「上様は生きている」と触れ回るよう、何より兄・秀吉が来るまでは時を稼ぐよう、3人に言いました。 そのころ四国攻めのために摂津の住吉に布陣していた信長の三男の織田信孝(結木滉星さん)は父が討たれたことに激怒し、直ちに引き返して明智を討つと家臣に命じました。ところがそのとき同時に、大坂城にいる織田信澄(信長の弟・織田信勝の遺児;緒形敦さん)が謀反を起こしたとの報せが。また徳川家康(松下洸平さん)は堺の津田宗及(マギーさん)の屋敷にいて京での変事を知りました。重臣の石川数正(迫田孝也さん)は一刻も早く岡崎に戻って信長の弔い合戦の軍勢を整えるよう家康に進言、家康も納得してすぐに岡崎に戻る決断をしました。家康は伊賀を越えることにし、そこに宗及が来て家康に砂金が入った袋を持たせてくれました。家康は宗及に礼を言って直ちに出立、しかしその後で宗及は「家康は伊賀を通る」と光秀に知らせるよう家来に命じました。しかし家康は周りに誰もいなくなったら本多忠勝(夏生大湖さん)に、すぐに船を調達するよう命じました。伊賀越えは見せかけで海路で岡崎へ。家康の化かし合いの上手さに数正も感心することしきりでした。 浅野長吉は京から命がけで駆け抜け、やっとの思いで長浜城に到着しました。「明智勢が襲撃してくるから、城を捨てて一刻も早く逃げるように。」と小一郎からの指図を伝えると、皆はにわかには信じられませんでした。それでも寧々(浜辺美波さん)が逃げる決断をすると皆も納得してすぐに出立の支度をし始めました。ただ小一郎の嫡男の羽柴与一郎(大西利空さん)は、これから長吉と一緒に父・小一郎のもとに行って一緒に戦いたいと考え、母・慶(吉岡里帆さん)に懇願しました。慶は与一郎の思いを汲み、行くならばと「ある物」を父に渡すよう頼みました。 そのころ備中で高松城と対峙している羽柴筑前守秀吉(池松壮亮さん)は長康から小一郎の文を受け取ったものの、文の内容を全く信じようとしませんでした。「上様は必ず生きていて、我らの助けを待っている!」小一郎は信長が生きていれば兄・秀吉が誰よりも早く戻ってくると考え、信長が討たれたことは伏せていました。秀吉は京での変事を毛利が知る前に、すぐに毛利との和議を結ぶよう命じました。 本能寺の変の2日後、秀吉は毛利方の安国寺恵瓊(立川談春さん)と和睦交渉に入りました。条件は、高松城主の清水宗治の切腹と、備中、美作、伯耆の3か国の割譲とする、としました。秀吉は、まもなく信長が3万の軍勢を率いてこちらに来る、その前に和睦を成し得なければ自分は信長からきつく叱られどうなるかわからない、これからの双方のために今は自分の顔を立ててほしいと恵瓊に話し、恵瓊もそれに応じました。そして黒田官兵衛(倉悠貴さん)は、和睦の証として互いの旗指し物をいくつか交換したいと申し出、恵瓊も納得して秀吉のために毛利方の旗指し物をいくつか渡しました。 清水宗治の切腹を見届けた秀吉は家臣の皆に檄を飛ばして、備中から京までを駆けに駆けました。そのころ越中の魚津城(富山県魚津市)で上杉軍と対峙していた柴田勝家(山口馬木也さん)も京での変事を知り、激高してすぐにでも京に向かうと取り乱していました。佐々成政(白洲迅さん)は、今我らが京に向かうと上杉に背後を突かれて惨敗となる、と力尽くで止めて進言。前田利家(大東駿介さん)は勝家の気持ちを理解しつつも命がけで諫言をして勝家を引き止めました。 一方、明智光秀は信長の象徴だった安土城に入って信長がいた場所に座り、斎藤利三から信澄が大坂で謀反を起こした件と、秀吉の居城の長浜城は皆が逃げてすでにもぬけの殻だったと報告を受けました。また調略の件では、細川・筒井・中川・高山・長宗我部に使者を送っているがいまだ返答がない、と報告を受けました。誰か一人がこちらにつけば皆も味方になると考えた光秀は、利三の言うように、自分とは旧知の仲であり娘の玉が嫁いでいる親類の細川家ならばと期待しました。 ところがその細川藤孝(亀田佳明さん)は一足先に小一郎に呼ばれて、京の遊女屋に来ていました。小一郎は藤孝を呼びつけた無礼を詫び、今まで織田家で共に働いてきた光秀に対してどうしたらいいのか教えてほしい、と藤孝に迫りました。しかし小一郎は本能寺の変があってからというもの、ずっと不眠不休で根回ししていた疲れが出て気絶してしまいました。小一郎が気が付いたとき、藤孝はまだ帰らずにいました。そして小一郎に、光秀は一時の情に流されてあんな大それたことはしない、やるからには強靭な覚悟と確かな勝算がある、今のような甘い考えでは羽柴は明智に討たれる、と忠告してくれました。 そのとき、そこに急使が入ってきました。秀吉が率いる2万5千の軍勢が6日に姫路城に入った、と。そして小一郎には、尼崎城で合流せよと命がありました。藤孝は秀吉のあまりの早さに驚愕するばかりでした。実は、小一郎が備中から安土に来るときに、信長をもてなすためにと途中の宿屋に置いてきた銭がこのとき、秀吉軍が移動するための休息の場所や兵糧や替え馬となったのでした。兄・秀吉なら上様のために走り続ける。小一郎は兄のことを誰よりもわかっていたのでした。そして藤孝の言葉で目が覚めた小一郎は、兄と共に明智を討つと決意し、もう迷いはありませんでした。 山城(京都府の南部)下鳥羽の明智の陣にいた斎藤利三は、羽柴の大軍勢がもう尼崎に入った、中には毛利の旗印もありそれを見て他の軍勢も続々と集まっている、と報を受けて信じられない思いでした。利三は、ここは居城の坂本城(滋賀県大津市)に戻って兵を整えるべきだと光秀に進言しました。しかし光秀は、信澄が謀反の責めを負って自害して信孝と丹羽の軍全を足止めしたから今ここを引くとそれが無駄になる、羽柴は大軍でも足並みはそろっていないから攻めるなら今だ、と考えました。するとそのとき急使が来て、細川藤孝の文を持ってきました。文には、藤孝は出家し、家督は忠興に譲る、明智に加勢はしない、とありました。それでも光秀は、明智は朝廷より織田に代わって畿内を守ることを許された、大儀は我らにあり!と家臣たちを鼓舞し、これより勝龍寺城(京都府長岡京市)にて賊軍どもを迎え討つ!と下知しました。一方、小一郎は尼崎城で秀吉と合流、まだ信長が生きていると信じている兄に「すまん。」と詫び、涙ながらに真実を伝えました。上様が死ぬはずがない!と絶対的に信じている、いや、信じようとしている秀吉は小一郎に強く腹を立て、弟の胸ぐらをつかんで「目を覚ませ!」と怒鳴りました。小一郎も、信長の死という真実を受け入れようとしない兄に腹が立ち、「目を覚ませ!」と兄を殴りました。兄弟が共に泣きながら喧嘩をしていたら、与一郎が母・慶から託されたあの箱を持って二人のところにきました。風呂敷の包みをほどき「母上と寧々様から。」と言って箱を二人に渡すと、中には亡き信長の草履が入っていました。それは22年前の桶狭間の戦いの後で二人が信長から褒美でもらった草履でした。「草履は片方だけでは役に立たん。互いに大事にせい。」「家宝にいたしまする!」秀吉と小一郎の脳裏にはあのときの信長の言葉と、二人で信長に誓ったあのときの情景がまざまざとよみがえりました。上様はずっと自分たちと共にいる。そして兄弟で力を合わせて日の本を平らかにするために働けと言っている。秀吉は全ての現実を受け入れて決意しました。「出陣の支度を急がせよ。目指すは明智の首。上様の敵討ちじゃ!」秀吉は小一郎にそう命じ、小一郎も力強く返事しました。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
July 23, 2026
2026年NHK大河ドラマ 『豊臣兄弟!』のあらすじ及び感想日記です。 この回はいよいよ本能寺の変でした。織田信長がメインキャストのドラマでは見せ場となる場面です。本能寺の変が出るドラマではよく、信長が自害する前に敦盛を舞うとかあるのですが、今回はそんな余裕はナシ。自害に至るまでにひたすら戦いました。 織田信長(小栗旬さん)が京に向かう前に小一郎(仲野太賀さん)と酒を酌み交わしながら話ができて、信長の心にずっと引っかかっていた弟・信勝への思いが和らいだ場面があったのは、よかったと思います。明智光秀(要 潤さん)に襲撃されていよいよ自害するしかなく、この世との別れとなったときに、肉親を死なせるしかなかった自責の念で凝り固まった気持ちから解放されたのですから。 以前、NHKだったかどこかの歴史番組で、本能寺はたまたまだけど寺の構造が炎がよく回る造りになっていて、そのため信長の遺骸が燃え尽きてしまい、後で探してもわからなかった、みたいな話を聞いた記憶があります。信長は自分の首を敵に渡さなかった、だから生死がはっきりできず秀吉(池松壮亮さん)は信長は生きているとして次の行動がとれて天下人への道を進んでいきました。このあたりが、信長と秀吉の運の強さなのでしょうか。 次回はよくあるパターンなら、羽柴軍の備中からの大移動。馬で休みなく駆けても「尻がもたん。」と言ったあの距離を下の者たちは、今時のような足に優しい靴ではなく、草鞋で長距離マラソンをするのです。戦国ドラマや歴史番組で「中国大返し」を表現するために、俳優さんたちが必死に走っているあの場面です。このドラマではどう描かれるのか、次週が楽しみです。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 天正10年(1582)3月、甲斐の武田勝頼は織田信長(小栗旬さん)に敗れ武田家は滅亡、信長は東国の一統は成ったも同然と考え、北陸は柴田勝家が上杉征伐をするのを待っていました。明智光秀(要 潤さん)に四国の長宗我部からは和睦の申し出があったかとに確認するとまだとのことだったので、三男の織田信孝(結木滉星さん)に織田信澄(亡き弟・信勝の遺児;緒形敦さん)と共に四国を総攻めするよう命じました。 そのころ信長から早急に西国を平らげよと命じられていた羽柴筑前守秀吉(池松壮亮さん)と羽柴小一郎長秀(仲野太賀さん)の兄弟は、毛利方との境界にあった備中の高松城(岡山県岡山市)を落とすために水攻めを行っていました。城を水で取り囲み、これで毛利は攻撃も救援できないと判断した秀吉は小一郎に、毛利攻めの総仕上げを上様(信長)にやってもらうために急ぎ安土に戻って上様をここまで連れてくるよう命じ、小一郎も了承しました。 小一郎は備中から安土まで(約270km)を浅野長吉(秀吉の義妹・ややの夫;大地伸永さん)、前野長康(渋谷謙人さん)、藤堂高虎(佳久創さん)らと共に急ぎ駆け抜けました。ところが小一郎が信長に備中行きの話をすると、信長はそんな話は聞いていないと言います。ここまで来る途中の宿場には上様を迎えるための支度を命じて銭をたくさん置いてきたこともあり、皆は腹が立ってます。でもこれはもしや秀吉が明智光秀や柴田勝家を出し抜くために最初から適当なことを言っていたのか?と考え、皆は妙に納得してしまいました。 一方、黒田官兵衛(倉悠貴さん)は高松城内に入って毛利方の安国寺恵瓊(立川談春さん)と和睦の交渉していました。条件は、高松城主の清水宗治の切腹、そして備中、備後、美作、伯耆、出雲の割譲だと伝えました。恵瓊が、さすがにその条件はのめない、毛利から割譲は3か国までと言われていると返事をすると、官兵衛は交渉不成立で席を立って帰ろうとし、恵瓊も帰ろうとしました。すると秀吉が入ってきて恵瓊を引き止め、ひょうたんに入れた酒をたくさん持ってきて、これを皆にふるまうよう言いました。秀吉は自ら毒見をし、ひょうたんは自分の馬印、百姓だった昔、家にはいつもひょうたんがぶら下がっていたからこれを見ると落ち着く、和睦がうまくいくためのおまじないだと笑いました。恵瓊は秀吉の態度から遠慮なく酒をもらうことにし、秀吉の人たらしぶりを褒めつつ、ある種の恐ろしさを感じました。 そのころ信長は安土城を訪問した徳川家康(松下洸平さん)をもてなしていて、接待役は明智光秀が務めていました。膳に鯉の煮つけが出されたとき信長は、自分の切り身のほうが大きいが今日の主役は家康だからと、料理を交換しました。煮つけに舌鼓をうつ石川数正(迫田孝也さん)ですが、家康は身を箸で取った後で違和感を覚え、今は川魚を食べると体調を崩すと言って食べないようにしました。家康の言い訳を不自然に感じた信長が追及するので、やむなく家康は料理に毒のにおいがすると言いました。毒のにおいがするのは最初に信長に出された料理だけなので、もしや自分を狙ったのか?と思った信長は毒かどうかネズミで試してみることにしました。 果たしてそれは本当に毒でした。怒りが収まらない信長と、まさかの事態に青ざめる光秀。少し前に娘婿の信澄から、幼いときに今は亡き母・ちよ(樋口日奈さん)からいつか信長を討って父・信勝の仇をとるように言われていたと聞かされていたので、光秀はもしかして信澄がとふと思いました。信長から心当たりを問われた光秀がごまかすと信長は、ならば台所にいた者たちを皆殺すと言います。そうなるのはあまりにもむごいので光秀が慌ててそれを止めると、信長はやはり光秀が犯人を知っているのだと考え、誰の仕業かを白状させようと光秀を激しく折檻しました。同席する者たちが思わず顔をそむけるような激しい折檻でも光秀が口を割らずにいると、丹羽長秀(池田鉄洋さん)が来て、この件を手引きしたのは信澄だったと報告しました。信長は四国に向かった信澄を追って直ちに腹を切らせるよう、長秀に命じました。 騒動の結論が出て、光秀が痛む体をかばいながら自室に戻ろうとすると、廊下で小一郎に会いました。小一郎が見舞いの言葉をかけると光秀は、接待役を解かれて代わりに秀吉と共に西国を攻めるよう命じられた、これより坂本城(滋賀県大津市)に戻って出陣の支度をする、備中でまた会おう、と小一郎に言いました。 その夜、毒騒動のことを兄・信長から聞いた市(宮﨑あおいさん)は、信澄に激しい怒りを覚えました。信長は信澄が20年もの間、自分に気取られないよう本心を隠してきたことに、よほど自分のことが憎かったのだろうと感じていました。さらに信長はこれまでの人生を振り返り、自分はどこかで道を間違えたのか、とも思いました。兄・信長がいつになく気落ちしているのを見た市は「死んだ者にはもうどうすることもできない。生きている者にしかこの世を変えることはできない。我が娘たち(茶々、初、江)が悲しむことのない安寧の世を早くつくってほしい。それだけが生き延びた我らに残された唯一の道。」と兄を鼓舞しました。しかしその日の信長は妹・市の言葉を気持ちよく受け取れず、「たやすく言うな!」と怒り、盃を叩きつけました。天下一統のためとはいえ、自分は数え切れないほど多くの者を殺めてきたのだと、信長はわかっていたのでした。「お前が男であれば。」ふと信長がもらした本音を聞いた市は、こんなにも苦しむ兄を救えない自分をふがいなく思い、その場を退席しました。 一人になった信長が亡き弟・信勝との思い出にふけっていたら、市に命じられた小一郎が入ってきました。信長に呼ばれていないとわかった小一郎が退室しようとしたら信長が呼び止め、信長の相伴にあずかることになりました。主君・信長が大好きな兄・秀吉がもしこの光景を見たら、さぞ羨ましがるだろうと小一郎が言うと、信長が問いました。「兄を憎んだことがあるか。殺したいと思ったことはあるか。」「もう、しょっちゅう。特に侍になりたてのころは無茶ばかり言われて何度自分が死にかけたことか。ああ~、思い出したら憎らしくなってきた。」と小一郎は本音を答えました。しかし信勝の位牌が出ているのを見た小一郎は、信長の心情を慮り、静かに話を続けました。「それでも放ってはおけない。どうでもいいと思っていたら腹など立たない。憎いというのは慕っていることの裏返し。」そして笑顔を向けて信勝様は上様を恨んではいないと答えると、信長から叱られました。それでも小一郎は「自分にはわかる。到底かなわぬ兄を持った弟の気持ちが。」と信長に訴えました。(信澄はともかく)信勝は自分を恨んでいないのか。小一郎の言葉で気持ちが柔らかくなった信長は、京での茶会を終えた後で秀吉が待つ備中に行くと約束してくれました。「6月4日、京の本能寺より出立する。」小一郎が嬉しくて涙を浮かべて礼を言うと信長は、礼なら市に申せと言い、小姓には、早馬を出して昼間に丹羽長秀に命じた件を沙汰があるまで待つよう伝えよと命じました。 天正10年(1582)5月29日、信長は僅かな供回りを連れて京の本能寺に入りました。そのころ光秀は、信長に追放された足利義昭との連絡を命じてあった明智家の重臣の斎藤利三(内藤剛志さん)からの報告を受けていました。義昭からの返答は、もう自分を巻き込むな、ということでした。光秀にとって義昭は、生涯の主人と決めて心から仕えた人。義昭の命で信長に仕え、自分の意に反する信長からの命令でも義昭のために黙って従い耐えてきたのです。その義昭が、もう自分を関わらせるなと。自分を支えていたものが崩れた光秀は、信澄が義昭をかたって書いた偽の御内書を「上意」として信長を討つことを決意し、出陣を皆に伝えるよう利三に命じました。「敵は本能寺にあり!」ーー光秀には迷いがありませんでした。 そして6月2日の夜明け前、本能寺で眠る信長を小姓の森乱(市川團子さん)が起こしに来て、敵の襲来を告げました。旗には白の桔梗紋ーー明智光秀の軍勢でした。利三が指揮を執る大軍勢の明智勢を相手に、信長が連れてきた精鋭の小姓たちは多勢に無勢ながらも奮戦しました。 やがて奥から信長も出てきて、自ら武器を取って戦いました。しかしこのままでは信長が敵の手にかかって首級を取られてしまうので、森乱は信長に奥に入るよう進言しました。寺には火が放たれ、手柄を求めて信長をしつこく追う明智勢。攻撃を受けて深手を負った信長は迫りくる敵の中に、かつて自分が滅ぼした浅井長政や弟の信勝らの幻影を見ていました。信長は最期のときを悟り、自分を追ってきた森乱から脇差を借りて自害を決意しました。ひざまずく乱の頬に愛おしそうに手を添え、信長は「わしの首、決して敵の手に渡すでないぞ。」と命じました。「お任せくださいませ。」ーー乱は信長に敵を近づけぬよう部屋の外に出て再び戦いに身を投じました。そして信長は信勝とのことを思い、あるいは自分にひたすら仕えてくれた秀吉と小一郎を思い出し、秀吉が長浜城で自分に誓った約束を信じて、炎の中で自刃しました。遅れて安土を出た小一郎の目に映ったのは、信長がいるはずの本能寺が炎に包まれて燃え盛る姿でした。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
July 16, 2026
2026年NHK大河ドラマ 『豊臣兄弟!』のあらすじ及び感想日記です。 この回は私にとって久しぶりに感動した神回でした。天下一統のためとはいえ、敵が多い織田信長(小栗旬さん)の身が心配でならない秀吉(池松壮亮さん)。此度もまた甥の信澄が敵になりかねない状況なので、なんとか信長の機嫌をとっていい方向に持っていこうとします。 でも信長にしてみたら、秀吉が一族郎党をあげてやけに自分の機嫌を取るかと思ったら目的があって、しかも信長にとってのデリケートな部分なので、案の定、怒りが爆発しました。 秀吉と小一郎(仲野太賀さん)が代わる代わる心情を訴えるものの、信長の怒りは収まりません。いよいよ兄弟への折檻か、下手すれば無礼討ちか?! と緊迫の場面になったとき、酔っぱらった姉のとも(宮澤エマさん)が信長のいる席であろうことか・・。次に妹のあさひ(倉沢杏菜さん)がおそらく場の緊張に耐えられず大泣きを始めて・・。 笑いました。そして、場の打開のためにたぶん無理に酒を呑んだであろう寧々(浜辺美波さん)の愚痴が信長の心に刺さって、信長は信澄と秀吉たちを許すことになった、と思いました。 宴席での信長の笑い方もドラマの盛り上がりと連動していて、初めは仕方なしに小さく笑っていたのが、怒り爆発でいったん気持ちが反対方向に向いて、でもその後で最後に声を大にして腹の底から笑った、という感じでした。 強烈な緊張感の後に、笑いと安心感を与える。これが脚本の八津弘幸さんの得意とする場面なのでしょうか。 またこのドラマでの信長像もいいなと思います。長年自分に仕えてきた老臣であっても容赦なく追放する信長だけど、家臣の母にすぎないのに なか(坂井真紀さん)には配慮をもった言葉遣いしています。これは自然体で生きるなかの性格もあるけど、弟ばかり贔屓する母から十分な愛が得られなかった信長が、どこかで優しい母を求めている姿なのかなとも思いました。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 天正9年(1581)2月、織田信長(小栗旬さん)は京で盛大な馬揃えを行った後、長宗我部元親(磯部寛之さん)に四国の地を切り取り(自力で切り従えた土地をそのまま自分の領地にすること)勝手の許可を与えました。ところがその後で信長は阿波(現在の徳島県)の三好一族からの願いを聞き入れ、元親との約束を反故にすることに。明智光秀(要 潤さん)には、気が変わった、元親をうまく説き伏せよ、と命じました。しかしここまで勢力を伸ばすために多くの家臣たちの血を流し、苦労を重ねてきた元親にはとうてい受け入れられるはずもなく、怒り心頭でした。 信長は近江の安土城下にある桑実寺で茶会を開き、四国の件は元親が不服従であると光秀から報告を聞きました。信長は直ちに三男の織田信孝(結木滉星さん)に四国討伐を命じ、お点前をした今井宗久(和田正人さん)には長宗我部を討つのに十分な鉄砲を用意するよう命じました。 信長が茶会を終えて廊下に出たとき、信長を狙った刺客が突如何人も現れ、小姓の森蘭(市川團子さん)たちがすぐに刺客を倒していきました。果ては寺の僧までもが刺客の一人で信長に近づいて命を狙ったものの、織田信澄(信長に謀反を起こした亡き弟・信勝の遺児;緒形敦さん)が身を挺して信長をかばい、信長は無事でした。ただそのとき信長は信澄を見て、ふと信勝の最期の瞬間を思い出してしまいました。羽柴筑前守秀吉(池松壮亮さん)と羽柴小一郎長秀(仲野太賀さん)の兄弟は鳥取城攻めから戻り、安土城で信長に戦勝を報告して信長からお褒めの言葉をもらっていました。信長から褒美は何がよいかと問われた秀吉はすぐさま、茶会に同席したいと申し出ました。秀吉の様子がおかしいと感じた信長が問いただすと小一郎が、兄は上様(信長)を案じていてお傍で守りたい一心だと説明、しかし信長は秀吉に早く備中を平らげるよう命ずるだけでした。 二人が退室した後で廊下ですれ違った信澄と光秀は、ちょうど信長に呼ばれて向かうところでした。しかし信長が信澄を呼んだのは、信澄が長宗我部と通じているという謀反の疑いがあるからでした。信澄は長宗我部と話し合ったことは認めたものの、それは謀反ではない、自分なりに織田家を考えてのことと釈明しました。しかし信長は、桑実寺で賊に襲撃されたのは信澄が手引きしたのでは?と疑い、やはり父(信勝)を殺した自分が許せぬか?と信澄に迫りました。そして信長は信澄に蟄居を命じ、光秀には監視を命じました。 秀吉と小一郎は信澄の一件を光秀から聞きました。信澄を許してもらうことでなんとか信長を守りたい秀吉の姿を見て、光秀は秀吉が本当に信長を好きなのだと感じました。そこで秀吉は、信長の五男で羽柴家の養子に迎えた秀勝が次の備中攻めが初陣となるから長浜(滋賀県長浜市)に来て会ってやってほしいと懇願。信長は最初は断りましたが、小一郎が先に味方につけておいた妹の市(宮﨑あおいさん)が来て、兄上は疲れているから2~3日長浜に行って静養してはどうかと進言、信長が唯一弱い妹の市なので、これで信長の長浜行きが決まりました。 秀吉は長浜城で信長をうんと楽しませて、機嫌がよくなったときに信澄を許してもらおうと考えました。でもそんなことよりなにより秀吉は、信長の笑った顔をずっと見ていない、だからとにかく信長には楽しんで笑ってほしい、その一心でした。信長が来るとなった長浜城では、身内一同、家臣一同で信長を迎える準備が始まりました。 信長と市が長浜城に到着し、二人を出迎えて挨拶した羽柴秀勝(柊木陽太くん)に信長は、初陣への激励をしました。秀勝への言葉が済んですぐに帰ろうとする信長に小一郎が声をかけ、隣室で待機していた家臣たちが出てきました。続いて鳴り物や歌や踊りと共に酒と馳走が次々と運ばれてきて、信長は席を立ちずらくなりました。せっかくだからと市の勧めで馳走の芋を口にした信長は思わず「うまい」と声に出しました。酌をする秀吉の母・なか(坂井真紀さん)は、中村でとれた芋だと言い、信長も生まれ育った尾張の地を懐かしく思いました。 次の余興は羽柴家の女たちによる信長を称える舞いで、昔は秀吉の百姓だったとも(宮澤エマさん)やあさひ(倉沢杏菜さん)たちの、つたないながらも一生懸命に舞う姿に信長は小さく笑みを浮かべました。夜になっても余興は続き、今度は猿回しの芸です。信長から二匹の猿と呼ばれた秀吉と小一郎と本物の猿2匹との芸に、信長も思わず小さく笑ってしまいました。そして最初は渋々だった信長の機嫌がだんだん良くなっていくのを見て、家中の皆は期待を寄せました。 すっかり夜もふけて宴は終わり、信長もそれなりに楽しめたと秀吉を褒めました。信長の機嫌が良くなったと思った秀吉と小一郎は居住まいを正し、信澄を許すよう信長に乞いました。わざわざこの席を設けて自分の機嫌をとっていたのはそれが目的だったのか、と信長は激怒しました。膳をひっくり返し、秀吉を蹴飛ばし、さらに「信澄に味方するお前も信澄にくみしているのか?」と秀吉を疑いました。 秀吉がなおも続けて釈明しようとしたとき小一郎が、上様に口答えするなと兄を止め、これはすべて上様を思ってのことだから此度のことはどうかなかったことにと許しを乞い、頭を深く下げ、一同も小一郎に倣いました。それでも秀吉は信長に口答えを続けました。たしかに自分には上様の心の内はわからないが、自分の気持ちならわかる、確かな証もなく信澄を処分すれば上様に恨みを抱く者がまた増える、そうなるといつまた上様が危ない目に遭うのかと思うと恐ろしくて、心配で心配で戦にも気が入らぬ、と涙ながらに訴えました。 すると今度は小一郎が口をはさみました。ここは織田家のために信長に許してほしい、そうすれば昔のことも忘れられるやも、まさに一挙両得だ、と訴えました。黙れと言っても利いた風な口をきいて自分に意見してくる兄弟に、怒りが頂点に達した信長は小一郎を睨み据えながら近づいていきました。激しい折檻なのか?と家臣一同が息をのんだとき・・・ 信長の背後からいびきをかく声が聞こえてきました。なんと、この場面で姉のともが酒を呑んで寝入ってしまい、夫の長尾弥兵衛(上川周作さん)が必死に詫びました。小一郎と秀吉が狼狽する中、今度は反対側から妹のあさひが泣き出す声が聞こえてきました。自分が何の役に立っていないと思うと悲しいと泣きながら詫び、家臣一同も同じ気持ちになって泣き詫びました。 泣く者や酔いつぶれる者で座が騒然とする中、信長の背後で盃を叩きつける音がしました。秀吉の妻の寧々(浜辺美波さん)が酒に酔って立ち上がり、よろけた足取りで信長と夫・秀吉のいるほうへ歩きました。寧々は秀吉の前に座りこみ、信長の目の前ではっきりした口調で文句を言い始めました。「やっと戦から戻ったと思えば、やれ上様をもてなせだの励ませだの労えだの、上様、上様、上様。あなたはいつも上様のことしか考えていなくて、その次は小一郎とお市様。私はどこにおるのじゃ!私は何番目じゃ!」 よりによって信長の前で、しかも羽柴家の存亡がかかるこの大事な場面で、思いもよらぬ妻・寧々の壮大な愚痴。秀吉は寧々をたしなめましたが、信長が目の前にいることに気が付いた寧々は急に気分が悪くなって倒れ、退席しました。突然始まった身内の女たちの騒動を秀吉と小一郎は信長に深く詫びましたが、先ほどまで何の話をどこまでしていたのかわからなくて二人が必死で考えていたとき・・・ 信長が突如「ハハハハハハッ!」と大声で笑いだしました。先ほどまでの愛想笑いではなく、腹の底から笑ってます。身内や家臣一同が恐る恐る信長の様子を見守る中、信長は「お前らとおるとすべてがバカバカしくなってくる。」と優しいまなざしになりました。そして秀吉の前に座って呑み比べを提案、秀吉が勝ったら信澄を許す、と約束しました。思いがけない好機到来に秀吉はもちろん快諾、信長は酒を持ってくるよう命じ、家臣一同は酒の支度のためにすぐさま飛び出しました。 いよいよ信長と秀吉の吞み比べが始まりました。秀吉にとっては絶対に負けられない勝負なのですが、信長は先ほど愉快に笑い飛ばしたせいか酒がうまくて、いくらでも酒が入っていきます。家臣の皆が囃して座を盛り上げ中、勝負は続きました。でもさすがに両者ともそろそろ限界がきて、先に信長が酔いつぶれて寝てしまいました。秀吉は勝利を宣言し、家臣の皆と共に喜んだ直後、秀吉も酔いつぶれて寝てしまいました。酒に酔い正体をなくして眠りこける二人の寝顔を見た市は、兄と秀吉にどこか似ているものを感じました。 勝負から一夜が明け、信長は天守の廻縁の高欄(てすり)に腰かけて長浜城からの景色を眺めていました。遅れて目が覚めた秀吉は信長に駆け寄り、昨夜の身内一同の無礼を詫びました。信長は、酒のせいでよく覚えていないが約束は覚えていると、そして信澄を許すと言ってくれ、秀吉はにはよくぞ自分を諫めてくれたと礼を言いました。秀吉は、自分はただ上様と一緒にいたいだけ、上様と共に新しき世をつくり皆を喜ばせたい、と思いをぶつけました。 信長はふと真っ青な空を見上げました。あの空のように境目のない、争いのない、どこまでも一つの国をつくりたい、と思いを語りました。秀吉はそれを受け、自分は母から言われたように太陽になる、太陽になって上様がつくりあげたこの国を照らし続ける、と素直な思いを答えました。 「この男ならそれをやり遂げるかもしれない。」信長は自分の羽織りを秀吉に与え、かがんで秀吉と目線を合わせ、よき侍になったと言葉を贈りました。百姓だった自分が信長にここまで引き上げてもらえ、そしてこれまでの働きを認めてもらえたのです。嬉しくて涙が出る秀吉に信長は、さっさと毛利を倒してこいと命じ、その後で茶会をしようと言ってくれました。秀吉は泣きながら空を見上げ、自分があの太陽になることを心に誓いました。 秀吉は酔いつぶれて雑魚寝している家臣たちを叩き起こしてすぐに出陣の支度をするよう命じました。安土城に戻った信長は、仕方なしに出向いた長浜だったけど、おかげで楽しい時を過ごせたと振り返り、市も羽柴家の者はことごとく人たらしだったと感心して微笑んでいました。ところが、その許された信澄は信長の誤解ではなくて本当に何か企んでいたようでした。光秀が足利義昭から送られた「信長を討て」という御内書のことを信澄は知っていて、あれは実は自分が書いたものだと光秀に打ち明けました。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
July 9, 2026
2026年NHK大河ドラマ 『豊臣兄弟!』のあらすじ及び感想日記です。 今作は戦国時代の大河ドラマには珍しいくらい合戦のシーンやそれにまつわる話は少ない感じで、私にはどちらかというと心情描写が多いように思えます。だから何の予備知識もなくリアルでドラマを見たとき、時には少々物足りなく感じてしまうこともあります。 でもこのブログを書くために改めてじっくり見てみると、ああ、こういう部分にも見どころがあるのかと思ったりもします。例えば今回、織田信長(小栗旬さん)から突然、追放の命令を下された老臣の林秀貞(諏訪太朗さん)と佐久間信盛(菅原大吉さん)と安藤守就(田中哲司さん)を演じたお三方。 青天の霹靂のごとく、何の前触れもなく突然転落人生となってしまい、でも生き長らえるには信長に従うしかないのです。喪失感、侘しさ、悔しさ、安穏としていたつもりはないにせよ家来たちを路頭に迷わせることになった情けなさ、・・etcそういったものをベテラン俳優のお三方が、感動のセリフや涙はなくとも、表情や肩を落とした姿勢、あるいは背を向けた姿で十分に感じることができました。 最後、小一郎(仲野太賀さん)に引き止められた安藤守就がそれでも「これから家来たちが苦労するのに、自分だけ安泰で生きていくわけにはいかない。」と断った場面はよかったと思いました。なにせ前回は、自分が生き残ることだけを考えて行動した結果、一族郎党と何百もの家来たちやその家族を死なせてしまったドクズ男を見ただけに、余計にそう感じてしまいました。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 天正8年(1580)春、播磨を平定した羽柴筑前守秀吉(池松壮亮さん)は居城の長浜城で重臣の皆と、西播磨の龍野城(兵庫県たつの市)について議論していました。軍師の黒田官兵衛尉孝高(倉悠貴さん)は、この城は防御の態勢が不十分で毛利が攻めてきたら抗えない、早急に普請をしなければならない、と秀吉に進言しました。そう聞いた秀吉は蜂須賀正勝(高橋努さん)に普請を任せると、さらに「己の城は己で直せ。」と言いました。正勝ははじめは何のことかわからなかったけど、秀吉から「蜂須賀正勝、これよりそなたをこの龍野城主とする。」とはっきりと任命され、ようやく理解しました。秀吉が墨俣に砦を作ったときに(1566年)無茶な協力をしてもらう正勝と交わした約束ーー「褒美は3年後に城持ちに!」あれからもう15年もたってしまったけど、約束はちゃんと守られました。正勝の出世を喜び祝う皆と、感無量で言葉が出てこない正勝。正勝は秀吉の前で姿勢を正し、改めて挨拶をして、この先は何があろうとも殿(秀吉)の力になる!と誓いました。 一方で織田信長(小栗旬さん)が長きにわたり普請を重ねてきた安土城(滋賀県近江八幡市)がついに完成しました。信長の前に整列した重臣たちはそれぞれに祝いの言葉を述べ、また信長のほうからは城の普請で主導をしてきた丹羽長秀(池田鉄洋さん)を褒めて褒美の太刀を与えました。信長の嫡男・織田信忠(小関裕太さん)は、丹羽を支えてよく働いた織田信澄(緒形敦さん)にも褒美をと父に進言。信澄は信長に謀反を起こした亡き信長の弟・信勝の遺児であり、信澄の後見をしてきた柴田勝家(山口馬木也さん)をはじめ一同には緊張が走りましたが、信長も信澄の働きを認め、信澄には追って褒美を与えるとのことでした。 信長は安土城の完成を祝う宴を大々的に催しました。能が舞い、列席する重臣たちが酒と馳走を楽しむ中、秀吉は弟の羽柴小一郎長秀(仲野太賀さん)に「さすがは上様だ」と自分の思いをそっと語りました。秀吉の言わんとすることは、信澄は信長に謀反を起こした信勝の遺児で本来なら命がなかった、でも信長は幼き信澄を勝家に預けて生かした、信澄は今では明智光秀(要 潤さん)の娘を妻に迎えて皆から慕われている、ということでした。信澄は信長のところに行って酌をし、信長もそれを快く受け、その様子を育ての親の勝家は遠くから見守っていました。 舞いが終わると、見事な舞を披露した土佐国主の長宗我部元親(磯部寛之さん)が面を取って信長に挨拶をしました。元親は信長に目通りがかなったことの礼を述べ、切り取り(自力で切り従えた土地をそのまま自分の領地にすること)は着々と進んでいる、信長が自分たちに切り取りを認めてくれたことが何よりの褒美だと伝え、信長も「これからも存分に切り取りせよ。」と伝えました。 その後で信長は、宴の酒肴を楽しんでいる重臣たちに余興で相撲の勝負をするよう命じました。武田佐吉(村上新悟さん)が行司を務め、我こそはと思う者は名乗り出るよう呼び掛けると、力自慢の者たちが何人か進み出てきました。しかし信長はあえて老臣の林秀貞(諏訪太朗さん)を指名し、続けて近習の森蘭(市川團子さん)を呼んで林との対戦を命じました。勝負は森蘭が勝ち、負けた林には信長から追放の命が。余興だと思っていた相撲で一族ともども追放となることに林は青ざめ信長に許しを乞いましたが、近習たちに力ずくで退場させられました。 思いもよらない展開に宴を楽しんでいた皆はすっかり酔いが覚め、次は誰の番なのかと一同は固まりました。信長は林と同じく老臣の佐久間信盛(菅原大吉さん)の名を呼び、森蘭との勝負を命じました。佐久間もあっさりと負け、追放を覚悟をしていた佐久間は自ら退場していきました。そして次に信長に呼ばれたのは、小一郎の舅である安藤守就(田中哲司さん)でした。舅の一大事なので小一郎は自分が代わりに出ると名乗り出ましたが、守就はその気持ちだけ受け取り勝負に出ました。 果たして守就はあっけなく負け、家で娘の慶(小一郎の妻;吉岡里帆さん)の手当を受けていました。慶は夫と父の話から、おそらく信長は初めから罰する者を決めていたのだろうと思いましたが、守就には自分が罰せられるような心当たりは全然なくて、追放及び領地没収となったのでした。しかし秀吉が密かに探ったところ、守就が敵である武田と通じている疑いがある、と光秀から聞かされました。守就には全く身に覚えがなく、ただ此度のことで安藤家の所領が全て稲葉良通(嶋尾康史さん)のものになった、と小一郎に伝えました。 守就と小一郎は稲葉を訪れ、事の真偽を確かめました。稲葉は守就が武田と内通しているやもと信長に伝えたと認め、それは家来から聞いた話だ、と言いました。さらに守就を「ただの浪人」とあざけり笑い失礼極まりないことをするので小一郎の怒りが爆発、「義父上を愚弄するなら羽柴を敵に回すことになる」と稲葉を抑えました。ただ稲葉の屋敷を出て、小一郎はふと気が付きました。もしや守就とは別の誰かが武田と通じているのでは?と。守就は、それができるのは息子の安藤定治(森優作さん)しかいない、と考えました。 そのころ追放の身となり出家を決めた佐久間信盛は最後に信長に会えないかと願いましたがそれは叶わず、やむなく取次ぎをしてくれた秀吉に「上様が天下一統を成し遂げる日が一日も早く訪れるよう御仏に祈っている。」と言伝を頼み、高野山へ向かいました。もう一人、追放された林秀貞は山城国に身を潜め、そのわずか2カ月後にこの世を去りました。 守就は息子の定治に会い、武田のことの真偽を訊ねました。定治は泣いて取り乱して切腹しようとしたので、同行した小一郎と藤堂高虎(佳久創さん)が止めました。定治は父・守就に詫び、そして織田についてからはずっと戦続きでもう疲れた、息つく暇もなく、家来たちも次々と死んでいった、織田信長には素晴らしい世はつくれない!と思いのたけを父に訴えました。 一方、3人に追放を言い渡した信長は安土城から琵琶湖を眺めて佇んでいました。妹の市(宮﨑あおいさん)が来て、確たる証があってからでは死罪は免れない、今なら追放で済んだから彼らは運が良かった、と兄の心情を慮りました。信長は「天下一統に情けなどいらぬ。血も涙もなき覇道の者、それが織田信長よ。」と自分に言い聞かせていました。そう言いながらも気持ちが沈んでいる兄に活力を与えたい市は信長にお願いをしました。「馬揃えが見たい。兄上にしかできないような華やかな馬揃えを。さすれば見た者は皆、明るい気持ちとなり、織田家の威光が世を照らし、きっと兄上も皆から親しまれる。」 追放となる安藤守就が別れの挨拶に来た羽柴家は、身内が皆集まってにぎわっていました。生まれて間もない孫娘の末が可愛くてしかたがない守就は末を抱っこしながら「安藤の名は消えるが血は残すことができた。これも小一郎のおかげだ。」と上機嫌でした。小一郎は義父に、どうかここにいてほしいと懇願、秀吉も戦や政に関わらなければ上様(信長)も許してくれるはず、と守就が去るのを引き止めていました。皆から口々に出る優しい温かい言葉に、守就は思わず嬉し涙があふれてきました。 そして夜が明け、守就は旅支度をしてまだ薄暗いうちに羽柴家を出ていこうとしました。そんな守就の行動を読んでいた慶と小一郎は門の外で待ち、再び守就を引き止めました。守就は娘夫婦の言葉を有り難く思いつつも、小一郎たちにあらぬ疑いがかからぬよう、自分と息子・定治のために路頭に迷うことになった多くの家臣を思うと自分だけ安泰なのは許せない、そんな思いから申し出を断りました。 守就は慶に「今、この場限りでお前との縁を切る。」と告げましたが、与一郎が生まれたときに我が子と縁を切ることの辛さを嫌というほど味わってきた慶は、父・守就と縁を切ることを拒みました。互いにかたくなな父娘に小一郎は「ならば縁は切らずに、またいつか慶や与一郎や末にまた会いに来てほしい。一度胸に刻まれた思いはず~と消えないから。」と言いました。守就は小一郎の思いを受け取り、またいつかと言って慶と小一郎に背を向け歩き出しました。守就はもう二度と戻らないだろう。二人には十分にわかっていて、守就の背に一礼しました。 天正9年(1581)2月、信長は京で盛大な馬揃えを行い、その勢力を諸国の人々に見せつけました。戦に出ている兄・秀吉の代わりに馬揃えを見物する役目を受けた小一郎は、京の町で長宗我部元親に出会いました。元親は少々変わった身なりの所以を小一郎に説明し、好き嫌いの話から「戦は好き嫌いでやるものではない。四国を一つにするのは我ら土佐の大願。」と思いを語りました。信長から許しを得た切り取り勝手で四国を着々と一つにまとめている元親は希望にあふれていました。 一方、明智光秀は馬揃えの采配を信長から褒められて安堵していました。しかし信長が次に言い出したのは、長宗我部の四国切り取りを認めるわけにはいかない、気が変わった、元親をうまく説き伏せよ、ということでした。人の気持ちを無下にする信長に激しい怒りを覚える光秀。そこへ娘婿の信澄が誰かの言伝の文を持ってきました。それはかつて主として仕えた足利義昭からの文で、文には「信長を討て」と。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
July 1, 2026
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