Bar UK Official HP & Blog(酒とPianoとエトセトラ)since 2004.11.

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2021/06/09
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カテゴリ: ITTETSU GALLERY
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 ITTETSU GALLERY:もう一つの成田一徹(221)~(240)

 バー・シーンを描いた切り絵で有名な成田一徹(1949~2012)ですが、実は、バー以外をテーマにした幅広いジャンルの切り絵も、数多く手掛けています。花、鳥、動物、職人の仕事、街の風景、庶民の暮らし、歴史、時代物(江戸情緒など)、歴史上の人物、伝統行事・習俗、生まれ故郷の神戸、小説やエッセイの挿絵、切り絵教則本のためのお手本等々。

 今回、バー・シーンとは一味違った「一徹アート」の魅力を、一人でも多くの皆さんに知ってもらいたいと願って、膨大な作品群のなかから、厳選した逸品を1点ずつ紹介していこうと思います(※一部、バー関係をテーマにした作品も含まれますが、ご了承ください)。
※故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします。


(221)銀座の路地  2004年
 ※銀座を象徴する光景(場所)と言えば、銀座和光のある交差点や銀座和光ビルそのものをイメージする人が多いだろう。だが、一徹氏にとっては、やはり、バー・ルパンもある銀座5丁目の細い路地がそれだったらしい。この切り絵は、2004年の「八・一トリオ銀座展」の案内はがき用に制作されたもの。この路地とルパンの看板を描いた切り絵を、一徹氏は生涯に何度か制作しているが、カラーの作品は珍しい。昨年12月に改訂版が刊行されたバー切り絵作品集『NARITA ITTETSU to the BAR』に収録されているのはその最初の作品(1989年作)である=下の画像ご参照。






(222)銀座の路地Ⅱ  2000年頃
 ※昨日に続き、バー・ルパンがある銀座5丁目の路地を描いた作品。おそらくは、男性誌の銀座特集のために依頼されたのだろうが、ルパン以外の店の看板については、一徹氏は若干、想像を交えて描いているような気もする。




(223)江戸の美女  2003年
 ※雑誌での特集記事(「文庫本と新書で楽しむ江戸」というタイトル)の挿絵として、依頼されて制作したもの。残念ながら、何の雑誌だったのかの記録はない。制作時期も最初は不明だったが、その記事の冒頭にあった「今年は江戸幕府開府400年…」という一文が決め手となった。浮世絵を下敷にした切り絵は、それまで何度か手掛けていた一徹氏なので、江戸の美女を描くのはお手の物だった。





(224)猫も食わん不味いメシ  1990年代後半
 ※雑誌掲載でのエッセイ(何の雑誌、誰の作品かは残念ながら不明)のための挿絵として制作したもの。日本各地で刑務所生活を経験した筆者が、刑務所内での食事についてその思い出を記した内容。この「猫でも食わん」不味い食事は、岡山刑務所の食事。平均年齢の高い長期受刑者が多いため減塩食が中心で、例えば「ほとんど味のない焼き魚と茹でモヤシ。めちゃくちゃ薄味だった」という(逆に、前橋刑務所の食事はレストラン並みのレベルだったとか)。





(225)駿馬三頭  2000年
 ※カクテルグラスと何かのモチーフを組み合わせる切り絵は、この頃(2000~2003年)、新聞連載でのエッセイのために毎月制作していた。この作品もその「流れ」でつくったものだが、最終的にはエッセイには使われず、オリジナルのグリーティング・カードのための絵として使用された。躍動感あふれる馬の後脚が「グラスのステムに変化した部分」のスパッタリング(霧吹き手法)が実に効果的である。





(226)バーでの談笑  1990年代前半
 ※比較的大きなキャパのバーのテーブル席。そこで談笑する6人の男女。階段が見えることから、二階にも席があるようだ。これも小説かエッセイの挿絵として制作された作品だが、制作時期以外の情報は現時点では得られていない。初期の作品によく見られる特徴だが、服やソファの柄にスクリーントーンを使って絵の全体に変化を与えている。
 PS. この切り絵はどこのバーをモデルにしたのか、心当たりがある方はぜひご教示くださいませ(情報は、arkwez@gmail.com までお願いします)。







(227)「露天風呂にいた女」のための挿絵(2点)  1995年
 ※週刊小説(1974~2001年、実業之日本社刊)誌上で、1995年3月に掲載された薄井ゆうじ氏(1949年~)作の官能小説「露天風呂にいた女」(読めば、官能小説とまでは言えない”おとなしくて上品な”筆致だが…)のための挿絵。生前、一徹氏は「僕はエロチックな絵は基本的に苦手」とよく言っていたが、絵からは艶めかしい雰囲気がよく伝わってくる。















(228)芳味シリーズ「味の匠」「味極め」のために(商品パッケージ6点)  1987~88年
 ※プロデビュー1年前の1987年と翌年の1988年、一徹氏は(どういうルートかは不明だが)東京の食品製造会社から、商品パッケージに使う切り絵の依頼を受けた。日本名門酒会の芳味シリーズ「味の匠」「味極め」。スープご飯3種(蟹、鶏、青梗菜)と、しめじのオイル煮、香茹焼売、肉包子の中華風味の6点。原画は残っていないが、商品パッケージは終生そばに持ち続けていたので、おそらく、本人にとっては忘れられない嬉しい仕事だったに違いない。





(229)エッセイ「お金について」のための挿絵  1993年
 ※直木賞作家・阿刀田高さん(1935~)のエッセイ「お金について」(月刊誌「愛’s」1993年8月号掲載)のための挿絵として制作。内容は、株式投資に熱中し始めた知人女性の目的が、当初の「金儲け」から「政治や経済の仕組みを学ぶこと」に変わっていった話を中心に展開される。切り絵は、新聞の株式欄をコピーした紙をベースにつくられており、一見コラージュ風にも見える。一徹氏にしては、一つの実験的な作品だったのだろう。


※絵の制作時期については正確に分からないものも多く、一部は「推定」であることをお含みおきください。




(230)レトロなビル  1980年代前半  ペン画
 ※スケッチブックに残されていた1枚の絵。ささっとペンで描いているようだが、レトロな雰囲気を巧みにとらえているのはさすがである。何かの媒体で使うために描いた絵ではなく、スケッチの練習のつもりで描いたのであろう。
 ところで、この建物はどこのビルなのだろう。神戸の居留地にある昔の銀行か何かの古いビルかと思ったが、調べても似たような表情のビルは見当たらない。一徹氏の好きだった倉敷・大原美術館の本館でもない。どなたかこのビルに心当たりがある方は、ご教示願いたい。





(231)謡曲の義経(上)船弁慶  1994年
 ※3回に分けて「(能楽の)謡曲に登場する源義経」というテーマでの作品を紹介する。すべて月刊誌「ノーサイド」(1991~96年、文藝春秋・刊)に掲載された半藤一利さんの鼎談「新・歴史よもやま話」での挿絵(1994年8月号誌上で)。
 まずは有名な「船弁慶」から。壇ノ浦の合戦に向けて船出した義経一行。向かう波間に、屋島や一の谷で滅んだ平家の怨霊が現れるという筋書き。一徹氏は、髪を振り乱す平忠盛の舞(立ち回り)の静謐な一瞬を見事にとらえている。





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(232)謡曲の義経(中)安宅&屋島  1994年
 ※3回に分けて「(能楽の)謡曲に登場する源義経」をテーマにした作品を紹介している(すべて、月刊誌「ノーサイド」=1991~96年、文藝春秋・刊行=に掲載された半藤一利さんの鼎談「新・歴史よもやま話」での挿絵<1994年8月号誌上>)。
 2回目はまず「安宅」。歌舞伎の「勧進帳」でも知られる安宅の関での出来事を下敷きにしたのは言うまでもない。一応、あらすじを紹介すると-ー。
 兄・頼朝と不仲となった義経は、弁慶などの家臣とともに山伏の一行に身を変え、奥州平泉を目指す。しかし、加賀の国・安宅の関で、関守の富樫に見咎められる。弁慶は「東大寺再建の勧進(寄付)を募る旅」と偽り、間に合わせの巻物を本物の勧進帳のように朗々と読み上げた。富樫は変装した義経を疑ったが、弁慶はとっさの機転で義経を責め、金剛杖で打ち据える。その迫力に押され、富樫は通行を許したというあまりにも有名な話(史実かどうかは疑わしいが…)。
 もう1枚は「屋島」。都から讃岐の国に旅をしてきた旅僧一行は、源平の古戦場である屋島を訪れ、そこで一人の老いた漁師に出会う。漁師は一行が都から来たと聞くや、懐かしんで宿を貸し、往時の合戦を語り始める。義経の勇猛ぶりをまるで見てきたかのように話すので、不思議に思った僧が名を尋ねると、漁師は義経の亡霊であることをほのめかし、姿を消すという筋書き。
 なお、一徹氏は90年代後半に、月刊・文藝春秋の挿絵でも少し違うバージョンの「安宅」(下の画像ご参照)を制作している(この連載の第104回でも紹介)。







(233)謡曲の義経(下)弓流&船弁慶(静の舞)  1994年
 ※3回に分けて「(能楽の)謡曲に登場する源義経」をテーマにした作品を紹介している(すべて、月刊誌「ノーサイド」=1991~96年、文藝春秋・刊行=に掲載された半藤一利さんの鼎談「新・歴史よもやま話」での挿絵<1994年8月号誌上>)。
 本日は最終回。まずは「弓流(ゆみながし)」。これは前回も紹介した「屋島」の中で演じられる。馬上の義経が波打際で戦ううち、落とした弓が潮に流され、敵船近くまで馬で追いかけ取り戻したという故事に由来する。家臣らは「残念なお振舞い。千金を延べて作った弓であろうとも、お命には代えられませぬ」と具申したが、義経は「弓を惜しんだのではない。この弓を敵に取られてしまい、弱い武将だと思われるのが無念なのだ。武士の名(恥)は末代まで残る」と語ったので、家臣らは皆涙を流したという。
 もう1枚は「船弁慶」に登場する「静の舞」。兄・頼朝に疑念を抱かれた義経は、弁慶ら忠実な従者や愛妾の静(しずか)御前を伴い、西国に逃れようと摂津の国・大物(だいもつ)の浦に着く。しかし、女の身の静をこれ以上同道することは難しく、弁慶の進言もあって、静は都に戻ることになった。別れの宴席で、静は義経の無事を祈り、再会を願い舞を舞う(いずれも史実かどうかは否定的な見解が多数派だが…実に泣かせる話である)。





(234)ヒマワリ  1993年
 ※花をテーマにした切り絵は数多く手がけた一徹氏だが、ヒマワリをモチーフにしたのは数えるほど。ヒマワリと言えば、やはりゴッホのイメージが強いので敬遠していたのかもしれない。この作品はこの年に出版した「最新切り絵教室」(誠文堂新光社・刊)の冒頭のページで作例の一つとして紹介された。背景の青のグラデーションが見事である。





(235)フクロウ  1993年
 ※フクロウを切った一徹氏の作品は、極めて珍しい(ひょっとしてこの1枚限り?)。正面から見た表情が人間っぽいフクロウは、あまり鳥らしくない鳥だったので、絵心をそそられなかったのか。この作品もこの年に出版した「最新切り絵教室」(誠文堂新光社・刊)の作例の一つとして紹介された。





(236)クラシック・ファッションのための小品(E)  1990年代前半
 ※この連載の第18回目、48回目、90回目、188回目でも紹介したクラシック・ファッションの作品と同時期の作品。切り絵技法書の作例としても掲載された。
 いずれも1920~30年代の欧米の女性ファッションをモチーフにしているが、一徹氏が、ファッション誌から依頼された訳でもないのに、なぜこうしたクラシックなファッションの作品を作り続けたのかは、私自身もその理由を把握していない。どなたか生前に一徹氏から何か聞いておられたら、ぜひご教示ください。





(237)「美術探偵・仙堂耿介」のための挿絵  1997~99年頃
 ※一徹氏は、作家・高橋克彦氏の連載小説「美術探偵・仙堂耿介(こうすけ)シリーズ」のための挿絵を3年ほど(1997~99年)担当した。これはその中の1枚。小説は江戸時代の美術品の贋作を巡る事件などをテーマとする。江戸の風俗・文化をモチーフにした絵を得意とした一徹氏にはお手の物だった(後日、また別の作品を紹介します)。





(238)もう1枚の自画像  2000年  ペン画
  ※一徹氏の自画像と言えば、第20回でも紹介した1990年代前半に描いたもの(下のコメント欄ご参照)が知られているが、同じような自画像で少し違うバージョンを、1枚のチラシから見つけた。カクテルグラスの形や服装(ノーネクタイ)などが違う。なお、原画は現時点では確認出来ておらず、チラシの画像も粗くきれいではない。
 この年、同業のウノ・カマキリ氏、楢喜八氏と結成していた「八・一」トリオの大阪展(11月15日~20日、道頓堀・茜屋画廊)が開催され、中日の18日に飛田「鯛よし百番」で少し早い忘年会が企画された。この自画像は忘年会を案内するチラシ(同)で使われたが、チラシのために新しく描いたのか、それとも本来は別の目的のため制作したものか、今となっては天上の一徹氏に聞くしかない。










(239)「いま、なぜ二宮尊徳か」のための挿絵  1993年
 ※月刊誌「オール生活」(実業之日本社が1950~99年に発行)の1993年3月号に掲載された籔田耕一氏の記事「いま、なぜ二宮尊徳か-ー宇宙船地球号の実現に向かって」のための挿絵。二宮尊徳(1787年<天明7年>~1856年<安政3年>)は、江戸時代後期の思想家、農政指導者。戦前は「倹約・勤勉・親孝行」の理想像のような存在として政府に虚像を作り上げられたが、この記事を読むと実像はかなり違ったらしい。一徹氏にしては珍しく、2枚とも絵の中に文字を数多く入れた作品に仕上げている。






(240)「いま二幕目」のための表紙絵ほか  1986~88年頃
 ※一徹氏はプロデビュー(1988年)の前から、エッセイスト・西舘好子氏(作家で故・井上ひさし氏の元夫人)と懇意となり、彼女の連載の挿絵をよく担当した。これは週刊誌「サンデー毎日」での連載「いま二幕目」(1986~87年、88年に単行本化)のために制作したキーとなる絵。
 井上氏との離婚が正式に決まり、「西舘好子」の名前で人生をリセットして初めて仕事であった彼女のために、一徹氏が選んだ切り絵のモチーフは「羽化するセミ」。西舘氏がこの「モチーフ」(表紙)をいたく気に入っていたこともあって、一徹氏は裏表紙、本文内表紙も同じく「セミ」の切り絵(下の画像ご参照)で統一した。








★過去の総集編ページをご覧になりたい方は、 こちらへ。

【Office Ittetsuからのお願い】成田一徹が残したバー以外のジャンルの切り絵について、近い将来「作品集」の刊行を計画しております。もしこの企画に乗ってくださる出版社がございましたら、arkwez@gmail.com までご連絡ください。

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kopn0822 @ 1929年当時のカポネの年収 (1929年当時) 1ドル=2.5円 10ドル=25円 10…
汪(ワン) @ Re:Bar UK写真日記(74)/3月16日(金)(03/16) お久しぶりです。 お身体は引き続き大切に…

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▼Bar UKでも愛用のBIRDYのグラスタオル。二度拭き不要でピカピカになる優れものです。値段は少々高めですが、値段に見合う価値有りです(Lサイズもありますが、ご家庭ではこのMサイズが使いやすいでしょう)。 ▼切り絵作家・成田一徹氏にとって「バー空間」と並び終生のテーマだったのは「故郷・神戸」。これはその集大成と言える本です(続編「新・神戸の残り香」もぜひ!)。
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