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今日は祝賀会に行ってきました。招待状を頂いた時は ちょっと悩んだのですがその後、考え直し出席する事にしたのでした。退職して19年、当時お世話になった方々のお名前と顔が一致しない状態の私…当時、私のような職員は ほとんどが職場結婚なのに変わり者の私は まるっきり関係の無い人と結婚退職でした。まして退職後は北海道の北の果てに住むという…当時、職場の周囲ではかなり驚かれたのでした。その事がよほど珍しく、皆さんの記憶に残っていたようで、「ピミーちゃんじゃない、あらら~久しぶり~、」と いろんな方から声をかけていただきました。なんてありがたいのでしょう。皆さん、20年ぶりとは凄いものがありました…私もすっかりおばさんになり 皆さんを驚かせたことと思いますが、当時50歳の上司は70歳…もう心の中は うひゃ~!! うひゃ~!!一気に老けた方は 一瞬誰だったか思い出せないほどです。20年ってすごい…と思いましたです。今から20年経ったら、私は生きていれば61歳、もうおばあちゃんでしょうね~、懐かしい方々との再会、昔の苦労話を久々に聞いたりして、私もまだまだ努力が足りないな~と思ったりして、懐かしい話に花が咲きました。ちょっと悩みましたが、皆さんのコメントのおかげです。やっぱり出席してよかった~ありがとうございます。
2007/11/25
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11月に雪掻きをするなんて思ってもみなかったけど、今日は2回も雪掻きをしました雪で 東北道が通行止め…国道は渋滞…もしかして夏タイヤ?と思われる車がノロノロ運転、ショッピングでもしてから行こうね…と言っていたお店にはぎりぎりで到着心待ちにしていたお洒落なお店のランチになんと片道3時間もかかってしまいました広瀬川沿いのお店は、隠れ家的でちょっとおしゃれ、でもね、時々不安な景色が…紅葉で綺麗な対岸は雪で時々見えなくなるし…見えなくなる度に 帰り道が心配になっていました。帰り道はお気に入りのケーキ屋に寄る予定だったのに午後は晴れる予報だったのに まだ雪が降ってる…もう美味しいケーキそれどころじゃない気分となってしまった~帰り道は2時間半かかりましたいつもなら1時間半の道なのに~でもね、渋滞の中を友達とおしゃべり三昧、車の中は、誰かに聞かれる事も無く安心して喋れるとりあえずスッキリして家に帰りました。そしてまた雪掻き…今日のランチのデザートでした
2007/11/22
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ドンと落ち込んでいた日々から少し立ち直った…とホッとしていたところを弁護士さんの電話で現実に戻されてしまった私です。先週末、義母のゴミ屋敷に行き現実を見て、ぐったりとしていたところの電話でしたので余計に堪えました。裁判は4回目…なのにさっぱり進まない…そもそも アルツハイマーだったのが一番悪い…こちら側もはっきりと言えない所があり辛いのです。そこに付け込んで来るのが相手側…汚い人間の為を思って動く弁護士を見てるとあまりいい職業には見えなくなってしまいまった私…弁護士さんにいろいろ聞かれても さっぱり答えられない我家…今更ですが、過去の記録を残しておく事の重要さを痛感しています。日記でも付けておけばよかった…今更悔やんでも仕方ないのですよね~ゴミ屋敷の片付け作業中に出てきた義父の手帳、実はとても細かい記録手帳でした。一日の自分の行動はもちろんのこと家族の行動まで記録されています。子供達が町外で遊ぶ時は、友達の名前と時間、家族で食事に行けば、店名と時間、もちろん奥さんの記録も付いています。病院に行けば担当された先生の名前その行動記録には驚きました。ここまで記録していれば その手帳は証拠となったのでしょうね。義父は議員でしたので これは議員たるもの当たり前の記録だったのかな、、、私の記録は手帳と、このブログですね。記録するには遅かりし…だったけどね、まぁ仕方ないんだよね~、諦めは早い性格です。
2007/11/20
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Kさんの死から1週間が過ぎ ようやく落ち着いてきました。どうしてこんなに落ち込んだのか…自分でも分かりませんが何をやっていても涙が流れ 一人になることが怖かった…家族が家に帰ってくると とてもホッとしてまた涙が流れるのです。ブログに少しでも気持ちを書き留めることは辛かったけど文字に表し 何度も読み直していると更に落ち込むのですが 底にたどり着いたような感じでした。皆さんのコメントを読んでとても勇気付けられました。不思議ですよね、私は誰ともお会いした事が無いのにしょっちゅうお喋りをしてる友達とのやりとりと同じ気分となっています。バーチャルであるけれどパソコンの向こうには素敵な友達がたくさんいます。勝手に いつかは会えるような気分でいる自分がいます。何とも不思議な感覚です。ブログの中の友達に とっても勇気付けられた事に感謝です。みなさんありがとうございました。現実の友達に Kさんのことを話したのは2人でした。あまりベラベラと喋りたくも無く かといって辛い時に聞いてくれる友達聞いてほしい友達は ほんの一握りです。一緒にランチに行ったり買い物に行ったりする友達はいますがこんな時に喋れる友達は そう多くは無い私でした。まぁそれでいいんです。深い付き合いが苦手なので 私自身を理解してくれる人は数人いればそれだけで嬉しいです。Kさんに出会えたことに感謝そしてブログの中でもたくさんの友達に出会えたことに感謝ありがとう。これからもよろしく
2007/11/17
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11月8日 主人の友人、Kさんが くも膜下出血で急死されて奥様が、どうしても自分と重なってしまい落ち込んでいます。主人が大手食品メーカーに入社した時の同期の方で当時13人いらした中で 新人研修中に1人が同じ、くも膜下出血で22歳で亡くなっています。当時、遠距離の彼女がいたのはKさんと主人の二人、結婚はKさんの方が先でした。函館出身のKさん、奥さんは同級生と聞いていたのでお付き合いも長かった事でしょう、大きな会社でしたが 技術系同期の方とのお付き合いは2年間の研修を一緒に過ごしたこともあり 主張先に同期がいればホテルではなく同期宅にお泊り、付き合いは深く、何かあれば同期同士の連絡は密でした。主人が退職、実家に戻りましてもお付き合いは続きKさんはご夫婦で我家に遊びに来てくれました。こんな山奥に…ここ数年はKさんが札幌、仙台支店私は生協の勉強会に参加し 支店の方とご一緒する機会もありKさんの話題になったこともありました。山奥から勉強会に参加する私がKさんと知り合いということ…支店の方は驚いていました…せっかく支店に行っても忙しいKさんとはなかなか会えずじまい…Kさんから電話がきても お互い忙しくて連絡がつかないまま…それが去年の11月の出来事でした。主人が会社にいれば 我家も転勤族として全国を回った事でしょう、お子さんがいないKさんの奥さんが東京でどう過ごされているのかと思うと 悲しみで一杯になる私、今まで家族、友達、知り合い…いろんな死を受け入れて受け入れる事が出来た…と思っていた私でしたがKさんの死を受け入れる事が どうしてこんなに辛くて悲しいのか一人で家にいると涙が溢れてきます。何か違う事を無理に考えるようにしないと駄目なのです。もう40代、死について考えた時 いつも誰か遠くの話でした。70過ぎの方が亡くなることは あまり悲しみも強くありませんやはり順番だわ…仕方が無いね…諦め…でも違うのですね、死はいつも隣にあるものなのでしょうね、我家は高校生の娘、中学生の息子 二人の子供達は健康だし勉強もまぁまぁできて 元気に過ごしています。主人も仕事から離れることが出来ないけど 元気に過ごしています。我家を見れば幸せなはず…なのに悲しみで一杯の私…主人はもう立ち直った様子…私も前向きに歩かなければ、それがKさんにとって一番の供養かもしれないのだから…ここに書くことで少しでも心が落ち着けばいいのだけど…最後まで読んでくださった方へ ありがとう。
2007/11/14
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PTAの役員や部活動の親会、町内会などなど 様々なところでご一緒してしまうAさん、様々な役員会の中でAさんだけが携帯電話を持ってないのです。それはそれで仕方が無いけどね…「いつも家にいるから気軽に電話ちょうだいね」という彼女の家は自営業、そして舅姑も同じ会社で働き従業員も数名…彼女の自宅電話は会社の電話と同じ、そして家にいないことが多い…いろんなところで いろんな方々が同じ事を言うのですよ…電話かけにくいのよ~、かけても仕事中だったり…お客さんの応対中ですと言われたり…ただの連絡だからメールで済ませたいのに、何時にかけていいのか 時間を気にしてかけると舅姑、従業員が電話に出る、伝言してもちゃんと彼女に伝わらないらしい…結局連絡が上手く伝わらず 時々困ってるAさん、そして周囲の方々、もちろん私も困っていますよ~、Aさんと仲良しと思われてる私には 「Aさんに伝えてね、」というメールが会合が近くなるたびに数人の方々から回ってくるのです。もう皆Aさんに直接連絡入れようなんて思わなくなってるの、携帯電話を持っていれば メールで済むのに…確実に用件を伝えられるのに…時間を気にせず連絡できるのに…確かに携帯電話を持ってない人もまだいますよ~、持ちたくても持てない人もいますよ~、Aさんに聞きました、どうして持たないの?とそしたらね、あれこれ縛られる感じがして嫌なのだそう、気が付いたら自分にだけ連絡が来なくて苛ついてるAさんどうしてなのか、そろそろ分かってもいいんじゃない???忙しいAさん、是非、携帯電話を持ってほしい~あなたの周りはみんな困ってるのに~!!
2007/11/07
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結婚前にお世話になった方が秋の叙勲で受賞され祝賀会の招待状が届きました。喜ばしい事なのですが、そんなお呼ばれには無関係で過ごしてきましたので…思わずどうしていいものやら…オロオロ…ウロウロ…本当は出席した方がいいのでしょうが、今の私とは遠い世界の方々ばかりの参加でしょうし会話も思い浮かびません、このような場合の対応を親戚に聞いてこなければ…多分祝電とお花でしょうかね…何年か前に隣に住む親戚が受賞した時、それはものすごい量の花が届きました、次々と…あまりにも近い親戚だったので 特に物などのお祝いもせず忙しい日々が終わったあと お茶のみしながら皇居での話など いろんな話を聞いて 受賞の式典時に頂いたお菓子を一緒に食べてきた私…、今だったらデジカメに撮っておけばよかった…と思うのでしょうが、当時はまだ持っていませんでした。残念…ゴミ捨て作業の日々を過ごす私にとっては突然ポカンとしました…別世界の扉が目の前にやって来たような、慌てて閉めてるような感じですね~
2007/11/05
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義姉に思い出ダンボールが届いたようで大喜びで電話がきました。京都の義姉は話が長く 平気で1時間以上喋り捲ります懐かしい品々が入っていたので 中学、高校時代に舞い戻って次々思い出話をし始め…気が付くとやっぱり1時間経過…東北の山奥の実家から 遠く離れた京都にお嫁に行った義姉離れてるから余計にでしょうか…いつも実家の事を大切に思い心配してくれています。自分の話も多いのですが、ほとんどが実家…主人の仕事のことや隣に住む親戚そしてお墓、仏壇の心配までしてくれています。複雑な家なので 義母が放置していた仏壇とお墓は以前も書いた通りの状態です。義母のせいで 家には誰も寄り付かなくなり放置されたままの仏壇と墓、離れて暮らす義姉は心配で心配で仕方が無いのでしょう…気にかけてくれてる…その気持ちだけでも充分に嬉しく思った私でした。
2007/11/04
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片付け作業で先日見つけた義姉の思い出ダンボール中身をチラッとお見せしますね~次の日にも新たなダンボールが出てきて 荷物を送ったのは昨日になってしまいました、京都に届くのは今日?明日?
2007/11/03
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片付け作業中、ふと作業小屋を見ると黒板の文字がそのまま残っていました。昔は農家もやっていた家でした。黒板には農作業の記録が残されたまま、道具類も取り残されて…「かんじき」もありました。
2007/11/02
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今日は義母の大物家具を処分しました。ありがたいことに 鉄くず屋さんがゴミ処理場に運んでくれる事になったのでした。数年前までは 鉄くずを捨てるにもお金がかかったのに今は捨て時なのですね、古い電化製品と鉄くずの収集業者が こんな田舎にも毎日トラックで回ってくるのです。田舎の家は大きな倉庫に眠る古くなった農機具、電化製品などなど出てくるものですね~、我家も相当な量のゴミを出しましたが 他所もなかなかすごい様です。回収業者のおかげで 義母のタンス3竿を運んでもらいました。実はまだ8竿もあるのです。恐るべし義母…どれほど洋服に執着し捨てずにいたのでしょうか、タンスに入りきらない洋服もすごい量でした。施設にいる義母は 自分が買い集めた服は着ていません。買い集めた服はサイズが合わないことと黴臭く ねずみの巣になっていたので処分しました。それに服の趣味が悪過ぎ…80近いおばあさんが高校生のような?小学生のような?昔のキャバレーで踊るのか?そんな服ばかりだったのです。何で着れそうも無い洋服ばかり買ったのかしら???今、施設で着ている服は 私が買ったもの義母のお金で 私がおばあさんらしい服を購入、年相応じゃないとね。来週はまた施設に行かねば…支払いとインフルエンザの申し込みがあります。
2007/11/01
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