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人混みを好まず、並ぶ事が大嫌いでしかも待つことは死ぬほど苦痛・・・加えて、「神社の撮影=無人」のこだわりを持つ私は「祭り」「神事」には縁がありません。年に1回、近くの「えべっさん」に行くくらいですが、私の病気や家内の怪我もあって、ここ2年はそれさえもパス。そんな私が昨日、明日香村の飛鳥坐神社(あすかにますじんじゃ)の「おんだ祭」に行きました。私がこのお祭りのことを知って30年。家内が「一度見てみたい」と言い出して10年。ブログでこの神社の「陰陽石」をおもしろおかしく紹介したばかりに・・・もしくは日頃の行い(エロおやじ)からか、友人たちから「飛鳥坐神社に行くとpleを思い出す」と、言われ続けて6~7年。初めて「おんだ祭」を見に行きました。 御神事開始予定の1時間半前に境内に入りましたが、既に見晴らしのよい拝殿前は満員状態でした。何とか舞台前のいい場所を陣取りましたが、境内はこんな状態だったのです。待っている途中、気分が悪くなる人もいて救急車で運ばれた人もいました。私のすぐ後ろに立っていたお年寄りも気分が悪くなり、一時騒然となりました。幸い手を貸して座っていただいたら、すぐに回復されたのでよかったです。 「おんだ祭」の「おんだ」とは「御田」のこと。御神事の第一部は、「お田植え」神事が行われます。翁や牛の面をつけた男衆によって、ユーモラスな農作業が演じられ宮司によって、松を稲の苗に見立てた「田植え」が行われます。 雅楽奉納「浦安の舞」これは昭和天皇御製「天地の神にぞ祈る朝なぎの海のごとくに波たたぬ世を」が歌詞に取り入れられた昭和になって作られた雅楽です。正式には4人舞ですが、一人舞、二人舞もよく見られます。前半と最後の扇舞と、後半の鈴舞から成ります。私は巫女舞が大好きなので、この数分間はうっとりとしておりました。と、まあ。ここまではよくある「お田植え神事」全国の多くの神社で行われる、五穀豊穣を願う御神事ですね。しかし古来、農村では「五穀豊穣」と来れば「子孫繁栄」がセットになっていたようです。飛鳥坐神社の「おんだ祭」では、その「子孫繁栄」を願う神事が「第二部」として執り行われます。「子宝に恵まれる神事」としても知られています。それでは「第二部」行きます。 先ずは神前結婚式の様子。学芸会の劇を見ているようでもありますが、大柄な花嫁(お多福)がなんともユーモラスでした。仲人役の翁の目を盗んで、こっそりキスする天狗とお多福。 初夜の前、妻を娶った悦びを(喜びじゃなくて・・・)全身で(あるいは一部で)表現する天狗。隣にいた若い女性が「あんな(デカイ)人、ホントにいるのかなぁ」とつぶやいてました。思わず手を挙げようと思いましたが、隣にいる家内から回し蹴りが飛んで来そうなので自重しました。神様の前でウソはいけません。 新婚初夜の床で、恥じらいを見せるお多福。直前、妻を娶った悦びを「体で」表現していた天狗は待ちきれないと行った雰囲気。さらなる笑いを誘うのですが、ここで演じられる夫婦の和合は「秘め事」とか「禁断」とか、「タブー」や「猥褻」といった言葉とは全く無縁のものだと感じました。 さていよいよ、みんな大好き夫婦の和合。仲人役の翁が、夫婦の営みを観客から隠そうとするしぐさがおかしかったです。これは天狗とお多福の行為をさらしものにしたくないと言うよりは、もっとよく見たがる観客へのユーモラスな意地悪といった感じでした。天狗が疲れて動きが止まると、翁が腰の動きを手伝う場面もありました。写真だけ見ると、まな板ショーみたいですが実際はとてもおおらかで、ほほえましいのです。 夫婦の「行為」のあと、幻の紙と言われる「福の紙」でお多福のアソコを拭きます。つまり「拭く紙」→「福の紙」→「福の神」という語呂合わせです。その「福の紙」は観客に向けて投げまかれます。神社の解説によれば「その紙を持ち帰って、それなりの用途で使用すれば子宝に恵まれるでしょう」とのこと。70を過ぎたと思われる女性が「ちょーだーい!」と言ってたのには驚きました。でも横を見ると、家内も両手を差し出していました。やめてくれ。子宝はいらんちゅーねん。 幸か不幸か、「福の紙」はGET出来ませんでしたが「御供撒」はけっこういい成果が上がりました。今年はいいことありそうです。画像は私がつかんだ、お田植え神事で使われた苗(松)と紅い餅。家内も紅白のお餅を1つずつGETしていました。この御神事は、昔のおおらかな夫婦和合を演じるだけではなく何か不思議な「気」に包まれる感覚がありました。大和の祭ならではの、「大いなる和み」といった感じでしょうか。ここに参列した参拝者たちは、みんな来たときよりも少しだけ笑顔になって帰って行くのです。細部をご覧になりたいあなたのためにいつもより大きいサイズの写真を載せました^^なんだかいつもの日記よりも生き生きした文章になっているような・・・。「飛鳥坐神社=ple」のイメージが、さらに定着しそうな予感ですorz .
2012.02.07
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とうとうワイドショーにまで取り上げられた、アホなトラブルについて。以下、変人オヤジpleのぼやきとご承知おきください。少々、毒を含む可能性があります。裏を取らない曖昧な記憶と、独断と偏見に満ちた特異な戯言であります。画像は2005年当時の晴明神社です。その京都の晴明神社と、隣接する土産物屋のトラブルが、裁判沙汰に発展する可能性があるのだとか。陰陽師グッズを売る店が、晴明神社から「ご神徳を冒とくする」として商品の販売中止を求められ、店側は営業妨害と反発しているのだとか。詳しくは下記をご覧ください。http://www.j-cast.com/tv/2012/01/30120386.htmlそもそもこの土産物屋さん、元々は西陣織の会社でおよそ10年前に御神紋「五芒星(ごぼうせい)」使用の了承を晴明神社から得て陰陽師グッズの販売を始めたのだそうです。「陰陽師」がSMAPの伊達男主演でTVドラマ化され、野村萬斎主演で映画化されて晴明公ブームとなった頃のこと。祭事では寄進もしていたそうで、両者は持ちつ持たれつの関係であったと言えるでしょう。そもそも門前町あるいは参道の商店と寺社、お祭りや縁日での露天商と寺社は昔から持ちつ持たれつの関係だったはず。ブーム以前はどちらかと言えばマイナーだった晴明神社。他にさして名所も見所もない堀川今出川の裏通りで、陰陽師グッズの販売に踏み切ったかの店は先見の明があったと言えますし、経営者としては大きな決断でもあったでしょう。なにせあの場所でしか売れない、オリジナル商品を開発したのですから。ただし時代ですね。ネット販売も行われているようです。このネットショップの占い、けっこう楽しいです。http://www.onmyojigoods.co.jp/しかしブームの影響が思いのほか大きいと感じたのでしょうか、神社の考えか氏子さんの思惑かは不明ですが後に「桔梗庵」というグッズ店を、神社でも始めることになりました。堀川通側の境内に、現場事務所みたいなお店を建てたのです。晴明神社HPでは桔梗庵を「神社公認はここだけ。御祭神をちゃかすようなものはない」 と宣伝しています。http://www.seimeijinja.jp/それらの競争意識も働いたのかも知れません。例えば、土産物屋で商品を買った参拝者が神社の御利益があるものだと勘違いするケースが多発していたのかも知れません。ブームが去れば、たいした問題もなかったかも知れません。しかし、陰陽師ブームと入れ替わりにスピリチュアルブームが続きました。パワースポットへの関心が高まったことや御祭神の特異性から、京のパワースポットとして頻繁に晴明神社は取り上げられました。陰陽師ブームのピーク時ほどではないにしても、参拝者がとぎれることはなかったのです。今回の騒動の発端は、神社側からの販売中止要求だったようです。神社の言い分は「御祭神の名を呼び捨てにした商品」「御祭神の3頭身のキャラ」などが「神への冒涜である」として、(このキャラ、よく出来ています。ゆるキャラにすればいい)同店販売のグッズの持ち込みをしないよう、参拝者に求める看板を神社境内と店の近くに設置。結果、売り上げが3割減った店側が、営業権の妨害排除を求める仮処分申し立てを京都地裁に起こしたのだそうです。全くばかばかしい話です。参拝者の立場で言わせていただければ、「神社さん、あなたはどうなの?」と問いたい。晴明神社は御祭神やブームを利用して、「商売」をして来たというイメージがあります。私の個人的な意見ですが「どっちもどっち」って感じがします。神社を維持・運営して行く上で、そういう方法が悪いとは決して思いません。むしろ、そういう神社も楽しくていいと思います。しかし、土産物屋さんの営業を妨害する(またはそう思われてしまう)行為はいかがなものでしょう。お互いに得をする、そういう解決策があったはず。今回の騒動は、たとえ神社側に法律の軍配が上がったとしてもイメージとしては神社の負けだと思います。懐の深さが神道の良さだと思っています。近隣の方々と、ブームと御神徳を分かち合う方法は考えつかなかったのでしょうか?宮司さん主導のものとは思いたくないですね。神社側の主張は、一部の氏子さんの入れ知恵か何かだと思いたいです。「氏子のどなたかと、そこの社長さん、飲み屋で喧嘩でもしたんちゃうの?」そんなゲスの勘ぐりもしたくなるような低レベルの騒動だと思います。毒を吐いたついでに申し上げます。私は神社巡りを始めた当時から、晴明さまとのご縁を感じておりました。こちらにアップした画像でも、おわかりいただけると思いますが晴明神社には数え切れないくらい、参拝に訪れています。しかし私は、ここが「パワースポット」だと思ったことは一度もありません。昨今のパワスポブームでの定義は知りませんが、私の物差しで計れば、かすりもしないのです。私がパワースポットという言葉と場所を知り、興味を持ったのは1991年。以来、そういった場所を求めて歩いてまいりましたがパワースポットと言うからには、せめてそこにいるだけでα波が出るそんな場所であって欲しいのです。では、なぜ何度も晴明神社に行くのか。それは、晴明さまにご挨拶するには晴明神社の本殿前が最も象徴的な場所だからです。画像は2004年から現在までの、神社の様子です。陰陽師とパワースポットブームの恩恵と、それに乗ろうとした神社の姿勢の一端が伺えます。 2006年以降拝殿前に順次作られた晴明公座像と厄除の桃桃が先に作られ、晴明公像は元々桃があった場所に建てられました。TOPの画像のように、2005年にはどちらもありませんでした。 最近になって固められた地面と描かれた星座。スピ系参拝者向けハグ台。私は御神木にハグしたり手で触れることに反対はしませんがやり方が問題です。木からパワーをもらおうと言うのなら、せめてその木を言祝ぐなり先に感謝の意を伝えるなり、何かを「与える」方が先でしょう。ほとんどの人は、ただの「Taker(奪う人)」になっています。我先に御神木に触れようとするから、こんな足場が必要になるんです。少しでも高い位置に触れよう、少しでも木と密着しようとして木の根の部分をズルズルと踏みつけている人などは愚かとしか言いようがありません。 そして晴明神社を訪れるたびに出来ていた新しいものたち。晴明さまファンとしては喜ばしいことではあるのですが・・・。左から順に手水の屋根・境内入り口の扉・堀川通沿い鳥居の五芒星の額束。ちなみにこれらに、上の晴明公座像、厄除の桃、地面や台などが加わります。こういった神社の姿勢に反対ではありません。好きか嫌いかは別として、これはこれでいいと思うのです。こういった姿勢が「神を冒涜」しているわけでもありませんし。しかし、御祭神のおかげで「商売」している点においてかの土産物屋さんと「どっちもどっち」だとも思うのです。どうか、看板などは撤去して心の広い、歩み寄りの解決策をご両人にお考えいただくことを望みます。 .
2012.02.04
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