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☆夕暮れ時の浜辺。 若い恋人どうし。互いの名前を波打ち際の砂に書きあう。すぐにやってくる大きな波にかき消される。 ☆石川啄木「一握の砂」より 頬につたふ なみだのごはず 一握の砂を示しし人を忘れず 砂山の砂に腹這ひ 初恋の いたみを遠くおもひ出づる日 いのちなき砂のかなしさよ さらさらと 握れば指のあひだより落つ ☆札幌の教会でお世話になっているフランス人神父さん。彼は世界中の砂を集めるのが趣味だという。これまで行った国、アフリカ、ハワイ、イースター島。。日本では、長崎、函館、石狩。。写真は、その神父さんが集めた砂。 僕も集めよう(笑)。
2007.09.19
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17日午後、きわめて細かい小雨が降る中、北大博物館で開催されている「ファーブルに学ぶ」展を見てきました。 「昆虫記」刊行百周年を記念しての日仏共同企画で、札幌のあとは東京、北九州、滋賀、兵庫と続きます。 ☆「ファーブルに学ぶ」公式サイト http://www.museum.hokudai.ac.jp/exhibition/kikaku45/ 札幌は今日が最終日なので、万難を排して行ってきました(笑)。 まず、風格のある博物館(旧・理学部)の正面玄関をくぐり、アインシュタイン・ドームの天窓から洩れくる光にウットリしつつ左に折れて会場へ。 沢山の小学生や中学生くらいの子供たちがお父さん、お母さんと一緒に興味深げに見入っていました。 ファーブルが実際に採集した昆虫の標本の数々をこの目で見るのは初めてだったので、何だかジ~ンと震えるような感動がありました^^ こんなの子供のときに見れていたらな~と思いました(笑)。 中でも、ずっと見たいと思っていたキノコなどを画いた水彩画が肉眼で見れたのは涙が出そうでした! 震えるような繊細な線と奥ゆかしい色使いがしてあって、ファーブルの自然への愛情が伝わってきました。よっぽど自然が好きだったんですね~。 とにかく水彩画には、ファーブルの息づかいが聴こえてきそうで、ファーブルがすぐ近くに居るような錯覚をおこしそうでした(笑)。 ファーブル所縁の品々を観て回っているうちに、ファーブルの子供時代のある出来事がオーバーラップしました。それはこんなのです。ファーブルは子供の頃貧乏(けっこう後年まで続きますが)で、いろんなアルバイトをしてました。ある時、街の本屋で見かけた詩集が欲しくて、食事代に当てる筈のアルバイトをして貯めたお金をはたいてその詩集を買ったのでした。その日はお腹は減っていましたが、嬉しくて、夜中までその詩集を読んで感動していたという、お話でした。 さらに、僕がまた見たことがなかったファーブルの写真が沢山展示されていました。高齢の頃のファーブルの顔は、一生を自然の観察に奉げた人の持つ気品があるようです。どことなく哀しさみたいなものも感じました。 それから、「昆虫記」の歴代の翻訳者の紹介もありました。みなさんは、「昆虫記」第一巻の初代翻訳者が無政府主義者・社会主義者の大杉栄だったってご存知ですか? その大杉の顔写真と解説を見たときは不意をつかれたようにジ~ンときました。僕は、個人的に大杉栄は非常に思い入れが深いのです(のちほど、日記にしますね)。 ということで、今日は非常に有意義なものを沢山見れて、良かったです^^
2007.09.17
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徒然にまかせ、こんなことを。。 江戸時代の和算家・吉田光由著「塵劫記」に記された数の単位です。 一・・・・・・・・10の0乗 十・・・・・・・・10の1乗 百・・・・・・・・10の2乗 千・・・・・・・・10の3乗 万・・・・・・・・10の4乗 億・・・・・・・・10の8乗 兆・・・・・・・・10の12乗 京(けい)・・・・10の16乗 垓(がい)・・・・10の20乗 穰(じょう)・・・10の24乗 溝(かう)・・・・10の28乗 澗(かん)・・・・10の32乗 正(せい)・・・・10の36乗 載(さい)・・・・10の40乗 極(ごく)・・・・10の44乗 恒河沙(ごうがしゃ)・・・・・10の48乗 阿僧祇(あそうぎ)・・・・・・10の52乗 那由他(なゆた)・・・・・・・10の56乗 不可思議(ふかしぎ)・・・・・10の60乗 無量大数(むりょうたいすう)・10の64乗 こうして漢字で書くと、気が遠くなるような不思議な神秘感が増しますね。昔の人はこういう単位を見て、無限へ想いを馳せていたのでしょうね。
2007.09.17
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朝からずっとシトシトと雨が降っています。 今日は、午後から、教会でのオルガンコンサートに誘われているのですが、この天気で、どうも、外に出る気力が出ません(苦笑)。 オルガニストは、かつて、札幌コンサートホール「キタラ」のオルガニストを務め、現在はパリのノートルダム寺院専属オルガニストのモニカ・メルツォーバさん。我が教会の出来立てホヤホヤのオルガンを弾きにきてくれるのですが。。 あ~、ポシャ、ポシャ、ピチャ、ピチャ、雨がやむ気配がないです。 何故か、CDを聴く気にもなれず、ただ、雨音に耳を澄ましているのみ。。 どうやら今日は、生オルガンの音はおあずけで、終日雨音をバックに、家でポツポツ仕事していることになりそうです。
2007.09.15
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今日はどういう訳か四時過ぎに目を覚まし、朝食に林檎を食べました。 早朝のヒンヤリとした空気のなか、新鮮な林檎をサクッとかじると、何ともいえない幸福感に満たされますね^^ 一年ほど前から、徐々に菜食・フルーツ中心の食事に移行していて、朝は林檎一個とかが多いこの頃なのです。 菜食にして感じるのは、贅肉がみるみる落ちて、心身ともに、気体成分が増加しているような感触がしてくることです。 物質の固体・液体・気体の三態のなかで、何といっても、僕は気体がダントツに好きです(笑)。こういうのって、風の星座生まれのせいもあるのかな~などと妄想してます(笑)。
2007.09.02
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今日から九月。 心なしか、空の色は澄み、風の音もサラサラ乾いています。たった一日にして、昨日から今日へ季節感ががらりとシフトした気がします。 そんな一日、嬉しいニュースを目にしました。 アルセイニ・タルコフスキーの詩集の邦訳が、この六月に出版されていたんですね! 知らなかった~!(笑) 題名は、まだ九月になったばかりでかなり気が早い感じですが、 「雪が降るまえに」 息子アンドレイ・タルコフスキーの映画「鏡」などで、アルセイニの詩が朗読されているのを聞いて(読んで)、たいそう感動を覚えたものです。 大学時代、ロシア語の先生と、アルセイニの詩のことはよく話したりしていました。そのときは、まだ邦訳は出ていないんだよと仰っていましたが、あれから十数年、ようやく、日本語で読めるようになったんですね~。さっそく近いうちに買おうと思います。 「はじめの頃の逢瀬」 夜が来ると、僕に慈悲が 与えられた。至聖所の扉が うち開かれ、闇にまばゆく輝き ゆるやかにもたれてきた裸身。 それから目を覚まし、「君に祝福あれ!」 そういって僕は知ったものだ、不遜なのだ、 僕の祝福の言葉など。君は眠っていた、 その瞼に宇宙の青で触れようと 君のもとへライラックがテーブルから身を伸ばした、 青に触れられた瞼は 安らかで、手があたたかだった。
2007.09.01
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